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いま“挑みたい共演”を実現する音楽会

投稿日:2026年04月25日 10:30

 今週はテノール歌手の宮里直樹さんと箏奏者のLEOさんが、いま“挑みたい共演”を実現しました。
 2月に放送された「第34回出光音楽賞受賞者ガラコンサート」では、ドニゼッティのオペラ「ランメルモールのルチア」より「わが祖先の墓よ」で美声を披露してくれた宮里さん。数々の名作オペラで主役を務め、今や日本のオペラ界にはなくてはならない存在と言っても過言ではありません。
 宮里さんは歌の勉強をする前にヴァイオリンを学んでいたという異色の経歴の持ち主。高校生の頃、ヴァイオリン曲として有名なパガニーニのカプリースを村治さんがギターで弾いているCDを見つけて購入したことがきっかけで、村治さんに憧れるようになったと言います。そんな宮里さんがヴァイオリンから歌に転向し、こうして村治さんの伴奏で「ムーン・リバー」を歌うことになったのですから、不思議な巡り合わせに感嘆せずにはいられません。ふだんはオーケストラの分厚いサウンドを突き抜けてくるような輝かしい声を聴かせてくれる宮里さんが、ギターに寄り添ってやさしく繊細な表現で歌ってくれたのが印象的でした。
 LEOさんはこれまでにもさまざまな異ジャンルとのコラボレーションにチャレンジしてきましたが、今回は「箏の可能性を極限まで突きつめるような共演に挑みたい」ということで、シンセサイザーの網守将平さん、ドラムの大井一彌さんと共演。網守将平さん作曲の「ペルペティウム・モバイル・ファンク」はリズミカルで軽やか。曲名にあるperpetuum mobileとは常動曲とも訳され、一定のリズムによる速い動きが連続する楽曲のことを指します。大井一彌作曲「Tenraku」では箏にエフェクトをかけ、心地よいビートと電子音を用いた幻想的なサウンドが、これまでに聴いたことのない新しい音の世界へと誘ってくれました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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鈴木雅明によるバッハのシンフォニアを楽しむ音楽会

投稿日:2026年04月18日 10:30

 今週は鈴木雅明さん指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハの演奏をお楽しみいただきました。先週、鈴木優人さんがベートーヴェンの交響曲に対するバッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの影響を解説してくれましたが、今回は父バッハへと遡ります。バッハには交響曲の前身ともいうべき「シンフォニア」と題された作品がいくつもあります。
 鈴木雅明さんのお話にあったように「シンフォニア」という語は、イタリア語でまさしく「交響曲」のこと。この言葉はさまざまな意味で使われており、古い時代のオペラやオラトリオ、カンタータといった大規模な声楽曲における器楽合奏の部分(典型的には冒頭の曲)を「シンフォニア」と呼びます。今回の例ではバッハのカンタータ第12番および第42番の第1曲が「シンフォニア」でした。
 器楽の曲を「シンフォニア」と呼ぶのは、裏を返せば声楽が作品の中心になっていたということでもあります。声楽曲であれば歌詞がありますので、音楽がなにを表現しているのか分かりやすいですが、器楽曲には言葉がありません。そこで、作曲家は強弱だったり、ソロとトゥッティ(全合奏)だったりといったさまざまな対比によって、音楽を組み立てるようになりました。これが発展して、先週のベートーヴェンの交響曲のような、器楽のみによる大規模な音楽が作られるようになったわけです。
 バッハのヴァイオリン協奏曲第1番を聴くと、ソロとトゥッティの関係性がよくわかります。まずは全員がひとつになって音楽がはじまり、やがてヴァイオリンのソロが始まると、他の奏者は伴奏に回ってソロと掛け合いをします。後の時代になるとソリストとオーケストラの役割ははっきり分かれるのですが、バロック時代の協奏曲はずいぶん違った書き方になっています。実はモーツァルトの協奏曲も、本来はソリストが合奏部分でもオーケストラといっしょになって弾いていたと考えられます。鈴木雅明さんは、現代ではほとんどのソリストが合奏部分を弾かないと嘆いていましたが、いつの間にそうなったんでしょうね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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鈴木優人が考察!“バッハに影響を受けたベートーヴェン”の音楽会

投稿日:2026年04月11日 10:30

 来年はベートーヴェンの没後200年にあたります。クラシック音楽界では、すでにベートーヴェン・イヤーに向けて期待感が高まっており、さまざまな公演が企画されています。
 今回、鈴木優人さんはカール・フィリップ・エマヌエル・バッハが与えた影響という角度から、ベートーヴェンの音楽の特徴を解説してくれました。バッハ一族が多数の音楽家を輩出したことはよく知られていますが、有名な大バッハの息子たちがどれだけ活躍したかは、あまり知られていないかもしれません。実は生前のエマヌエル・バッハは父バッハを凌ぐほどの名声を獲得しており、続く作曲家たちに多大な影響を与えたのです。
 ベートーヴェンの交響曲に感じるエマヌエル・バッハの影響として、優人さんが挙げたのは「はっきりとした強弱の対比」「全員で弾くユニゾンの力強さ」「予想を裏切る大胆なハーモニー」という3つの要素。ベートーヴェンの交響曲第1番の第1楽章とエマヌエル・バッハのシンフォニア第1番の第3楽章、さらにベートーヴェンの交響曲第2番の第4楽章をお聴きいただきましたが、なるほど、この3つの要素はふたりの作曲家の共通項であることが、よく伝わってきました。
 エマヌエル・バッハの音楽を聴くと、作風が父バッハとはぜんぜん違うことに驚きます。このシンフォニア第1番に限らず、彼の作品は感情表現がきわめて多彩で、気分がどんどん移り変わるため、先の展開が読めません。調和のとれた美の世界とは正反対で、冒険心にあふれ、聴く人を驚かせてやろうという意欲が伝わってきます。シンフォニアという言葉は初期の交響曲に使われる用語ですが、まさしくベートーヴェンの交響曲の先駆的な存在だと感じました。
 精鋭ぞろいのバッハ・コレギウム・ジャパンによる演奏は、実にスリリング。ベートーヴェンは手に汗握る名演でしたね。当時の聴衆が感じた驚きに思いを馳せずにはいられません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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あの名曲の“有名になった意外な理由”を知る音楽会

投稿日:2026年04月04日 10:30

 今では世界中で盛んに演奏されるような人気曲でも、作曲者の生前はほとんど知られていなかったというケースは決して珍しくありません。今週は名曲が有名になった意外な理由に焦点を当ててみました。
 20世紀後半、録音再生技術の普及によって音楽の世界は大きく変貌しました。レコードが名曲を生み出す時代になったといってもよいでしょう。その典型が、パッヘルベルの「カノン」。この曲が有名になったのは、1968年録音のパイヤール室内管弦楽団によるレコードのおかげです。パイヤール室内管弦楽団は、楽譜から想像されるよりもずっと遅いテンポで、情感豊かなスタイルで「カノン」を演奏しました。このロマンティックな演奏解釈がなければ、これほどまでに「カノン」が有名になることはなかったかもしれません。
 同じくレコードが決定的な役割を果たしたのが、ヴィヴァルディの「四季」です。イタリアのイ・ムジチ合奏団による「四季」のレコードは世界的な大ベストセラーとなり、バロック音楽ブームの立役者となりました。1955年以来、イ・ムジチ合奏団はくりかえしこの曲を録音し、日本をなんども訪れて演奏会を開いています。家庭にステレオ装置が普及する時期と重なったこともあって、一頃はイ・ムジチの「四季」のレコードは一家に一枚あるのではないかと囁かれるほどの人気を誇りました。
 ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」は、他人の編曲によって原曲も有名になった珍しいケースです。この曲は作曲者の生前に出版されておらず、おそらく演奏されたこともなかったでしょう。しかし、ラヴェルがオーケストラ用にカラフルな編曲を施したことで人気を呼び、それに伴って原曲への注目度も格段に高まりました。
 リムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」は、技巧的なアンコールピースとして、さまざまな楽曲で演奏されています。原曲はオペラ「皇帝サルタンの物語」の一場面。こんな形で曲が広まるとは、作曲者は想像もしていなかったのではないでしょうか。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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