今週は初夏の北海道を舞台にしたスペシャル企画の第3弾。釧路に生まれた偉大な作曲家、伊福部昭(1914~2006)の音楽を特集しました。
伊福部昭は9歳の頃に音更に移り、アイヌの人々と親しく交流します。
ここで接したアイヌの音楽や踊りは、後の作曲家人生に大きな影響を与えることになりました。独学で作曲をはじめ、北海道帝国大学農学部を卒業後、チェレプニン賞に応募した「日本狂詩曲」が第1位を獲得。北海道では林務官として勤務していましたが、戦後、東京に移り音楽に専念します。管弦楽曲や器楽曲、さらには300作を超える映画音楽を手がけるなど、旺盛な作曲活動をくりひろげました。また、名著「管絃楽法」はこの分野における古典として知られています。
一曲目に演奏されたのは、「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」第1楽章より。1948年に作曲され、その後、改稿が繰り返されて1971年に決定稿が作られました。映画「ゴジラ」と共通のテーマが用いられています。どこか懐かしさを感じさせる民謡のような旋律、力強く荒々しいリズム、湧きあがるような生命力。伊福部昭の音楽の特徴がよく伝わってきます。
続いて演奏されたのは「土俗的三連画」の第1曲「同郷の女達」、第3曲「パッカイ」。1937年に書かれた初期の代表作です。チェレプニン賞を得た伊福部は、来日したチェレプニンの招きにより横浜のホテルに滞在し、一か月にわたって作曲を学びました。レッスン代どころか滞在費も食費もすべてチェレプニンにより賄われ、「払おうにも当時の月給が65円で、部屋代が一晩45円ではどうにもならなかった」といいます。金の心配は一切するなというチェレプニンに対して、伊福部は作品の献呈でお返しをしたいと申し出て、師を喜ばせました。こうして書かれたのが「土俗的三連画」です。
アイヌ文化からの影響とチェレプニンとの出会いが、伊福部独自の音楽世界に結実しました。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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