音楽家にとって不可欠とも言えるのが、才能を開花させる指導者の存在。今回はピアニストの角野隼斗さんを育てた名教師、金子勝子さんの指導法に迫りました。角野さんは「金子先生がいなかったら僕はピアニストになっていなかった」と言います。
金子先生が20年をかけて考案した独自のメソッドが「指セット」です。すべての指を自在にコントロールするための基礎練習に用いられます。生徒のレベルや年齢に関係なく、曲の練習前に「指セット」を指導するのだとか。このトレーニングについて、角野さんが語った言葉でとりわけ印象に残ったのは「金子先生はシンプルなフレーズでも音楽的に弾かないことを許さない」。メカニックを鍛えることを最終的な目的にするのではなく、あくまでも音楽を表現するための練習なのだということがよくわかります。
今回は、角野さんが小学5年生頃に初めて弾いたというショパンの「木枯し」を演奏してくれました。角野さんとショパンといえば、思い出すのは2021年のショパン国際ピアノ・コンクール。インターネットでライブ配信されたこともあり、セミファイナルまで進む様子が大きな話題を呼びました。それまでの活躍ぶりから、角野さんを従来のクラシック音楽の枠に留まらないタイプのピアニストと思っていたので、伝統と格式を誇るショパン・コンクールに参加したことを意外に感じたのを覚えていますが、その背景には金子先生の後押しがあったんですね。ピティナ・ピアノコンペティション特級に挑戦した際の「僕よりも先生のほうが僕のことを信じていた」という角野さんの言葉にも、グッとくるものがありました。
おしまいに演奏されたのは、ガーシュウィンの名曲「アイ・ガット・リズム」にもとづく変奏曲。レベル1、レベル2、レベル3……と、どんどん技巧的に変奏され、ショパンの「英雄ポロネーズ」の引用をさしはさみながら、最後は華麗なレベル10へ。爽快でした。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)