楽器の分類のひとつに「撥弦楽器」があります。弦楽器のなかでも弦を指やプレクトラム(ピック)ではじいて鳴らすのが撥弦楽器。例を挙げれば、リュート、ギター、マンドリン、ハープ、ツィター、チェンバロ、箏、三味線、等々。本日の「楽器を知る休日~リュート編」では、西洋と日本の撥弦楽器の第一人者であるリュート奏者のつのだたかしさんと三味線奏者の上妻宏光さんをスタジオにお招きしました。
リュートはヨーロッパで中世から18世紀にかけて盛んに用いられた撥弦楽器です。つまり、クラシック音楽のなかでもかなり古い時代の楽器ということになります。なんとなくギターのような楽器だと思っていましたが、つのださんの解説を聞いて、ずいぶん違うところがたくさんあるのだなとわかりました。
特に弦の数が違いますよね。リュートにはずいぶんたくさんの弦が張ってあります。弦が2本で一組になっているというのがおもしろいところ。2本の弦が組み合わさることで、豊かで奥行きのある音色が実現しているのでしょう。
ウードやチャランゴのように、リュートと似た民族楽器は世界各地にあります。チャランゴの胴体はアルマジロでできていましたが、なんというか、生々しすぎて楽器として実用するには抵抗を感じるような……?
クラシック音楽の歴史のなかでは、19世紀になるとリュートはいったん廃れてしまいます。演奏会の会場が広くなって、より大きな音の出る楽器が求められるようになったのが大きな理由でしょう。
しかし、20世紀に入ると古楽への関心が高まり、リュートは復興します。イタリアの作曲家レスピーギは、古い時代のリュート曲を探し出し、弦楽合奏やオーケストラのための「リュートのための古風な舞曲とアリア」に編曲しました。この曲集で特に有名なのが「シチリアーナ」。番組冒頭でつのださんがその原曲を演奏してくれました。物悲しいメロディが心にしみます。
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楽器を知る休日~リュート編
ネマニャの音楽会
今週は「ネマニャの音楽会」。ネマニャ・ラドゥロヴィチはクラシック音楽界では数少ないファーストネームで呼ばれるヴァイオリニストです。ラドゥロヴィチという姓が日本人になじみづらいという事情もありますが、それ以上に本人のオープンなキャラクターが親しまれているからこそでしょう。
ネマニャが日本で一躍注目を集めることになったのは、2007年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」への出演がきっかけだったと思います。ゴールデンウィークの有楽町を舞台に開催されるこの音楽祭には、毎年ヨーロッパで注目される新鋭アーティストが大勢招かれます。なかでもネマニャの存在感は別格。長髪をなびかせながら、まるでロックスターのような風貌でステージに登場するその姿は異彩を放っていました。以来、ネマニャはこの音楽祭にたびたび出演し、音楽祭公式アンバサダーを務めていた石丸幹二さんを魅了することになったのです。
今回の収録でも、舞台袖からネマニャが姿をあらわすと、客席からどよめきが起きました。ファッショナブルで見た目のインパクトも大きいのですが、驚きはそれだけにはとどまりません。切れ味鋭いテクニックはまさしく本格派。しかも彼の手にかかるとどんな作品にも生き生きとした表情が宿るところがすばらしいと思います。
「チャールダーシュ」の演奏では、オーケストラのメンバーを交えながら、足踏みをする場面がありました。こんな趣向もネマニャならでは。共演者たちといっしょになってひとつの音楽を作り出そうという姿勢が伝わってきます。
番組中でネマニャの少年時代の写真が紹介されていましたが、これは貴重なショットですよね。セルビア生まれのネマニャは14歳でフランスに渡っています。内戦を目の当たりにして祖国を離れた彼の激動の人生に、思いを馳せずにはいられません。
海を感じる音楽会
夏になるとどこかに出かけたくなってきますよね。みなさんは海派でしょうか、山派でしょうか。
大作曲家たちが残した名曲を眺めてみると、どちらかといえば海派が優勢のように思います。今週は「海を感じる音楽会」。波がもたらす不規則なリズムは、作曲家の創作意欲を刺激するのかもしれません。
ブリテンの「ピーター・グライムズ」は北海に面した漁港を舞台とした20世紀オペラの大傑作です。主人公の漁夫ピーターが村人たちから疎外され、追い込まれていくという大変重苦しいテーマを描いているのですが、本日お聴きいただいた「日曜の朝」には、ほのかな希望が垣間見えます。
武満徹もくりかえし「海」をテーマにとりあげた作曲家のひとり。本日の「波の盆」以外にも、「海へ」(I、II、III)、ドビュッシーの交響詩「海」からの引用を含んだ「夢の引用」、調性の海に独奏ヴァイオリンが流れ込んでいくという「遠い呼び声の彼方へ!」など。武満作品には「水」にまつわる曲も多いですよね。
メンデルスゾーンが序曲「静かな海と楽しい航海」を書いたのは21歳の頃。メンデルスゾーンの場合は実際の海ではなくゲーテの詩にインスピレーションを受けているわけですが、これほど見事に航海が描かれた作品がほかにあるでしょうか。ワーグナーはメンデルスゾーンのことを「第一級の音の風景画家」と評しました。これは微妙なニュアンスの言葉です。ほめているような、それとも貶しているような?
しかし風景画が人の心を動かす力は侮れません。流麗な天衣無縫の音楽はメンデルスゾーンならでは。終結部の部分でティンパニの連打が始まるところは、なんど聴いても胸が熱くなります、田中祐子さん指揮の東京交響楽団が精彩に富んだ演奏を聴かせてくれました。
ブルックナーの音楽会
今回は作曲家アントン・ブルックナーの魅力に迫りました。ブルックナーの交響曲第3番、本当にカッコよかったですよね。
ブルックナーの交響曲は、オーケストラの演奏会のメイン・プログラムに欠かせないレパートリーになっています。ウィーン・フィルをはじめ世界の超一流楽団の来日公演や、日本のオーケストラの定期演奏会では、ベートーヴェンやブラームスに負けず劣らずブルックナーは人気のある演目といえるでしょう。
ブルックナーの交響曲は70分や80分もかかるような大曲ぞろい。長いだけに近づきがたい印象を受ける方もいらっしゃるかもしれませんが、これだけ盛んに演奏されるのは、なんといっても大作ならではの深い感動があるから。小説でたとえれば大長篇を読み終えた後に放心するような、そんな特別な感情を呼び起こしてくれるのです。
オーケストラの演奏会でとびきりの名演が生まれたときは、なんどもカーテンコールで指揮者が呼び出された後、オーケストラのメンバーが舞台から退いてもまだ拍手が止まず、最後に指揮者ただひとりが盛大なブラボーの声とともに呼び出されることがあります。これをソロ・カーテンコールなどと呼びますが、これまでの経験からいって、もっともソロ・カーテンコールが起きやすいレパートリーはブルックナーの交響曲ではないかと思います。それだけ作品の力が強いともいえますし、指揮者もオーケストラもすべてを出し尽くす作品だともいえるでしょう。
ブルックナーの交響曲はどれも共通した特徴を持っています。番組中でも説明があったように「ブルックナー開始」「ブルックナー・ユニゾン」「ブルックナー休止」「ブルックナー・リズム」「ブルックナー終止」といった言葉があります。音楽的な特徴に対してまるでプロレスの決め技のように名前が付いているのがおもしろいですよね。ここぞという場面で、期待通りの技がビシッと決まる。ブルックナーの交響曲には、そんな快感があります。
レーピンの音楽会
世に「神童」と呼ばれた音楽家は数多くいますが、そのなかでも別格の存在を挙げるとすれば、ヴァイオリンならワディム・レーピン、ピアノならエフゲニー・キーシンではないでしょうか。ともにロシアの出身で、少年時代より国際的な注目を浴び、そのまま順調にキャリアを積み上げて、現在は成熟した大人の音楽家としてトップレベルで活躍しています。
本日の「レーピンの音楽会」では、そんな名ヴァイオリニストの魅力をお伝えいたしました。演奏のすばらしさはもちろんのこと、ジェントルマンな人柄に魅了されたという方も少なくないのでは? 子供の頃から天才と騒がれていたにもかかわらず、尊大なところが微塵もなく、しかも奥様であるザハーロワさんへの眼差しがなんともやさしいんですよね。
ザハーロワさんはあのボリショイ・バレエ団のプリンシパル。収録時には、会場に姿を現しただけで、客席がどよめきました。姿勢の美しさからすでにオーラが発せられているといいますか、場の雰囲気ががらりと変わってしまいます。先日、ボリショイ・バレエ団が来日公演を行なった際に安倍首相を表敬訪問している様子がニュースになりましたが、夫婦そろって世界最高峰のアーティストというのがすごいですよね。
今回はサン=サーンスの「白鳥」を本来のチェロではなくヴァイオリン版で聴きました。この曲はバレエの世界では「瀕死の白鳥」の名で呼ばれる有名な演目で用いられています。ザハーロワさんとレーピンさんはこの演目でたびたび共演しています。
レーピンさんは故郷のノヴォシビルスクで、「トランス・シベリア芸術祭」の芸術監督を務めています。この名称は芸術を東西の架け橋にしたいという思いを込めたもの。昨年に続き今年日本でも9月に「トランス・シベリア芸術祭in Japan」が開催され、レーピン夫妻が共演します。日頃それぞれに世界中を飛び回る芸術家夫妻にとって、同じ舞台での共演はこの上なく大切な機会であるにちがいありません。