今週は映画音楽の名曲をたっぷりとお楽しみいただきました。いずれも1960年代までの往年の名画ばかり。懐かしさで胸がいっぱいになったという方も多かったことでしょう。若い方であれば「昔の映画にこんな名曲があったのか!」と驚いた方もいらっしゃるかもしれません。
かつて映画音楽にはオーケストラは必須の存在だったといっても過言ではありません。シンセサイザーなど電子楽器が広まる以前の時代に、物語の壮大さや奥深さを伝えるためには、オーケストラのゴージャスなサウンドが最適。名曲は一瞬で観客をドラマティックな世界へと引き込んでくれます。
指揮の原田慶太楼さんがおっしゃっていたように、アメリカにはヨーロッパから渡ってきた作曲家がたくさんいました。『風と共に去りぬ』の「タラのテーマ」で知られる作曲家、マックス・スタイナーもそのひとり。彼は1888年にウィーンで生まれ、音楽の神童として名を馳せ、10代からすでに自作のオペレッタを作曲していました。ウィーンの音楽院ではあのマーラーにも師事しています。しかし、1914年にアメリカへ渡ると、ブロードウェイやハリウッドで活躍して名声を築きます。
「ハリウッド映画以前の最大のエンタテインメントはオペラだった」という考え方からすると、このあたりが、まさにオペラ界からハリウッド映画へと時代が移り行く過渡期だったといえるでしょう。『風とともに去りぬ』の「タラのテーマ」には、どこかオペラの序曲や前奏曲の名残りが感じられます。そもそもオーケストラの音楽で物語の幕を開けるという考え方自体がオペラ的とも言えます。
オーケストラによる壮大なテーマ曲という伝統は、後に「スター・ウォーズ」をヒットさせるジョン・ウィリアムズへと受け継がれます。そのジョン・ウィリアムズのアシスタントを務めたのが原田慶太楼さん。東京交響楽団とともに、豊麗なサウンドを聴かせてくれました。
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映画黄金期の名曲を楽しむ音楽会
良子と幹二のおしゃべり音楽会
昨年デビュー50周年を迎え、今なお精力的な活動を続ける森山良子さん。伸びやかな声がすばらしかったですよね。今回は「良子と幹二のおしゃべり音楽会」と題して、トークと音楽の両方をお楽しみいただきました。
最初の「星に願いを」では、小さなオルゴールを持って登場、このオルゴールの伴奏に導かれて森山さんと石丸さんがデュエットするという趣向でした。コンサートホールの広大な空間に、オルゴールのみの伴奏でふたりの声が響く。これはとても新鮮な体験です。
「私のお気に入り」はミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の名曲。間奏で良子さんと指揮者の原田慶太楼さんがふたりで踊り出して、びっくり。「まるで踊るような指揮」を見ることはよくありますが、本当に踊る指揮者を目にする機会はめったにありません。原田慶太楼さんはアメリカを拠点とする新進気鋭の指揮者で、あちこちのオーケストラから引く手あまたの人気ぶり。ダンスも板についています。
「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は石丸さんとのデュエット。いつもは日本語歌唱の石丸さんですが、今回は良子さんとともに原語で歌ってくれました。ふたりの息がぴったり合っていましたよね。それにしても良子さんの発声は驚異的です。最後の高音がスーッと無理なく伸びてゆく様子は爽快の一語。
「聖者の行進」は、名ジャズ・プレイヤーたちへのリスペクトにあふれた前田憲男さんの編曲。良子さんのエネルギッシュな歌に、石丸さんがこの日のために購入したというテナーサックスや、有田純弘さんのバンジョー、オーケストラのメンバーたちのソロが加わって、ゴージャスなパフォーマンスがくりひろげられました。ルイ・アームストロング風のトランペット、ベニー・グッドマン風のクラリネットといったように次々と名プレイヤーたちの名前が登場します。こういった趣向はおもしろいですね。客席の興奮は最高潮に達しました。
高嶋ちさ子が絶賛!凄腕チェリストの音楽会
演奏家が有名になるきっかけはさまざま。これまでは有力国際コンクールで優秀な成績を収めるというのが典型でした。でも現代は個人が発信力を持つ時代。従来とはまったく違った方法で世界に向けてアピールすることもできます。
今やスーパースターとなった2CELLOSが、最初に脚光を浴びるきっかけは2011年のYouTubeへの投稿でした。クロアチア出身のルカ・スーリッチとステファン・ハウザーのふたりが留学先のロンドンで、マイケル・ジャクソンの「スムーズ・クリミナル」を2本のチェロのみで演奏した映像をYouTubeにアップしたところ、これが爆発的な人気を呼びました。2本のチェロのみという演奏形態は従来のクラシック音楽の世界にはないもの。「スムーズ・クリミナル」という選曲もよかったのでしょう。激しく情熱的なパフォーマンスは、チェロという楽器へのイメージを一新したといってもいいかもしれません。YouTubeの動画はどんどんとSNSを通じて拡散されました。本人たちもまさかこんなに拡散されるとは思っていなかったのでは?
もっとも、彼らはアイディアだけの一発勝負で有名になったわけではありません。ふたりとももともとチェロ奏者としてのしっかりとしたバックボーンを持っていたのです。ともに名門の音楽院に学び、ルカ・スーリッチは2009年にルトスワフスキ国際コンクールで優勝を果たしています。ステファン・ハウザーもおびただしい数のコンクールでの優勝経験者。もし、彼らが「スムーズ・クリミナル」をYouTubeに投稿しなかったとしても、クラシックのチェロ奏者として相応の成功は収めていたにちがいありません。
それにしても2CELLOSは、どんなジャンルの音楽を演奏しても絵になるのがいいですよね。「スムーズ・クリミナル」のような激しい曲だけではなく、「ハレルヤ」のようなしっとりとした曲を演奏しても、実に情感豊か。「ヴィヴァルディ・ストーム」ではイタリア・バロック音楽のダイナミズムが現代風に再現されていました。
クラシックの名曲を遊ぶ休日
今週はジャズ・ピアニストの山中千尋さんが、クラシックの名曲をひと味もふた味も違ったテイストにアレンジしてくれました。どれも予想外のアレンジばかりで、おもしろかったですよね。
「乙女の祈り」は原曲のサロン音楽的なムードが一掃されて、スリリングでエネルギッシュな曲に。19世紀の乙女が、21世紀の都会の女性に変身したかのよう。サン=サーンスの「白鳥」はまさかの五拍子に。すいすいと水面を泳ぐというよりは、活発自在に飛び回る白鳥の姿が目に浮かびます。
山中さんはビル・エヴァンスをモネ、セロニアス・モンクをピカソといったように、ジャズの巨匠を画家にたとえていました。これはわかりやすい説明では。ビル・エヴァンス風のシューベルトとか、セロニアス・モンク風のベートーヴェンとか、こんな弾き方ができるんですね。「エリーゼのために」はクール。ベートーヴェン本人が聴いたら、大喜びしてくれるかもしれません。
ジャズとクラシックには共通点もたくさんあります。例に挙げられていたのが協奏曲のカデンツァ。古典的な協奏曲では、よく第1楽章の終盤にソリストがオーケストラ抜きで独奏する見せ場としてカデンツァが用意されます。ここは自由に弾けばOK。本来、楽譜はありません。モーツァルトの時代には、もっぱらモーツァルト本人がピアノ協奏曲でソロを弾いていたので、アドリブで自由に弾けばよかったのです。このあたりはジャズっぽいですよね。でも、時代が進むにつれて、だんだんカデンツァはあらかじめ用意されるものに変質しました。作曲者本人が書くこともあれば、過去の大家が書いた楽譜を後世の演奏家が弾く場合もあります。
クラシックでは作曲と演奏の分業化がすっかり進んでしまいましたが、ときにはこんな遊び心にあふれたアレンジに浸ってみるのもよいもの。新鮮な感動がありました。