同じ作品が、演奏するアーティストによって違った表情を見せる。クラシック音楽の聴き方のひとつとして、こういった同曲異演の楽しみがあります。
では、現在第一線で活躍するプロのヴァイオリニストたちは、往年の大ヴァイオリニストの演奏について、どう感じているのでしょうか。今回の「題名のない音楽会」では、徳永二男さん、三浦文彰さん、そして司会の五嶋龍さんの三人のヴァイオリニストたちが、「演奏の違い」について語ってくれました。徳永二男さんは長年NHK交響楽団のコンサートマスターを務めていらっしゃいましたので、テレビを通してご存知の方も多いと思います。また、三浦文彰さんは大河ドラマ「真田丸」のオープニングテーマで、ソロを演奏している若き俊英です。ちなみにお父さまの三浦章宏さんは現在東京フィルのコンサートマスターを務めていらっしゃいます。
三浦文彰さんが憧れのヴァイオリニストとして挙げたのはナタン・ミルシテイン。品格と高雅さを感じさせる大家です。決して派手な人ではありませんので、若い奏者からこの名が挙がると「おお!」と思ってしまいますね。徳永二男さんが挙げたのはヤッシャ・ハイフェッツ。「技巧が高い」と呼ばれる名奏者は大勢いますが、そのなかでも別格なのがハイフェッツでしょう。龍さんはお姉さんの五嶋みどりさんの名を挙げていました。幼いころからいちばん身近なところに世界の「MIDORI」がいたわけですから、これは納得です。
後半ではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をイヴリー・ギトリスとイツァーク・パールマンの演奏で聴き比べていただきました。ふたりの個性の違いを感じ取っていただけたでしょうか。濃厚で奔放なギトリスと、天衣無縫の流麗さを誇るパールマン。番組内ではほんの少しだけの演奏でしたが、もし機会があったら、全曲演奏を聴いてみてください。同じ曲でもこんなに違ったアプローチができるのかという驚きが待っているはずです。
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歴史を彩るヴァイオリニストたち
弦を奏でる音楽家たち
今週は「弦を奏でる音楽家たち」。そうなんです、ヴァイオリンもギターも同じ弦楽器だったんですね。
たしかにどちらも弦を奏でているわけですが、ヴァイオリンとギターではずいぶん雰囲気やキャラクターが違います。ヴァイオリンというとコンサートホールのようなかしこまった空間が似合う楽器のように感じますが、ギターはぐっと身近な楽器といいましょうか、日常のなかの親密な空間で演奏される楽器というイメージがあります。
そんなキャラクターの違いもあってか、ギターとヴァイオリンがいっしょに演奏するようなクラシックの名曲はあまりありません。しかし、例外的にパガニーニはこのふたつの楽器が共演する曲をいくつも作曲しています。最後にお聴きいただいた「ヴァイオリンとギターのためのカンタービレ」もそのひとつ。
パガニーニといえば「悪魔に魂を売り渡した」とウワサされるほどの超絶技巧を持ったヴァイオリンの名手でした。その一方で、演奏旅行に出る際には常にギターを携えて、折に触れて弾いていたといいます。一説によればパガニーニは若き日の一時期、ギターを嗜む裕福な貴婦人の寵愛を受け、そこでギターを習得し、婦人のために作品を書いたとか。常に最高難度の技巧をアピールしなければならなかったヴァイオリンと異なり、パガニーニにとってギターとはリラックスして心からくつろぐための楽器だったのかもしれません。
今回はギターの持つ音色の多彩さにも目を見張りました。村治佳織さんと村治奏一さんがさまざまな奏法を披露してくれましたが、ギターってこんなに表現力の高い楽器だったんですね。アルペジオ奏法とかトレモロ奏法はいかにもギターらしい奏法ですが、ベリナティの「ジョンゴ」でのパーカッション奏法にはびっくりしました。弦楽器なのに、まるで打楽器のように演奏できるとは! しかもギター2台で共演。楽しかったですね。
第25回出光音楽賞受賞者ガラコンサート
今回は第25回出光音楽賞受賞者ガラコンサートの模様が放送されました。出光音楽賞といえば、将来有望な若手音楽家を表彰する賞として、クラシック音楽界ではだれもが知る存在です。
今回の受賞者は3名。ヴァイオリンの周防亮介さんに加えて、三味線の本條秀慈郎さん、バンドネオンの三浦一馬さんといった少し珍しい楽器の演奏家が選ばれているのが目を引きます。
特にバンドネオン。一見、アコーディオンに似ているのですが、番組中でも解説されていたように、不思議な配列のボタンによって音を出す仕掛けになっています。ドイツ生まれの楽器で、アルゼンチンに渡ってタンゴの楽器として広く使われるようになりました。日本では90年代にアルゼンチンのバンドネオン奏者、ピアソラの音楽がブームになりましたので、そのときにこの楽器を初めて知ったという方も多いのでは?
そのピアソラに続く、現代のバンドネオンの巨匠が、三浦一馬さんの師ネストル・マルコーニ。三浦さんは16歳のときにマルコーニの生の演奏を聴いて衝撃を受け、終演後にマルコーニを探して打上げ会場のお寿司屋さんにまで押しかけて、その場で演奏を聴いてもらったそうです。晴れ舞台で演奏する師匠のバンドネオン協奏曲、カッコよかったですよね。
三味線の本條秀慈郎さんが演奏されていたのは大家百子作曲の「薺(なずな)舞 ―三味線とオーケストラのための」。こちらも現代の作品です。日本の伝統楽器と西洋音楽との接点から、新しい音楽世界が生み出されていました。
唯一、伝統的なクラシックの名曲を弾いたのがヴァイオリンの周防亮介さん。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲から第1楽章が演奏されました。若さに似合わず風格の漂うチャイコフスキーとでも言いましょうか。堂々たる名演でした。会場から「ブラボー!」の声があがったのも納得。将来が楽しみな逸材です。
歴史に残る名器と音楽家たち
いやー、びっくりしました。今回の放送、なにが驚いたかといえば、東儀秀樹さんがお持ちになった笙(しょう)の古さ。慶長3年、1598年製なんだそうです。ということは、今から500年以上も前! そんなに古い楽器が、今でもちゃんと美しい音を出してくれるんですね。
ヴァイオリンをはじめ、西洋楽器の世界にも名器はたくさんあります。番組中でご紹介したグァルネリやストラディヴァリの名器は、主に17世紀後半から18世紀前半に作られたもの。古さという点では東儀さんの笙にはかないません。
西洋の楽器でも日本の楽器でも共通して言えるのは、古い名器が現在も演奏に使われている、ということでしょうか。
たとえば、何百年も前に当時の名工が作った筆入れがあったとしましょう。普通、そういったものは博物館に展示されるものであって、実用品として使おうとは考えません。壊れたり失くしたりしたらそれっきり。そう思うと、怖くて持ち歩くこともできません。
でも楽器は違うんですね。ヴァイオリンは博物館にただ展示しておくよりも、実際に鳴らしたほうがコンディションを維持できるといいます。貴重な工芸品であり、収集品でもあり、それでいて実用品でもある。名ヴァイオリニストたちはそんな名器を携えて世界中を旅しているのです。
じゃあ、歴史的名器はそんなに価値のあるものなのか、そんなにいい音がするものなのか。番組中で古澤巌さんが歴史的名器のグァルネリと20世紀のポッジを弾き比べてくれました。
「さすが、グァルネリの音には深みがある!」
そう感じた方も大勢いらっしゃるでしょう。
「うーん、なんだかポッジの音のほうが好きだなあ」
もしかすると、そんな感想を持った方もいらっしゃるかもしれません。
そう感じたとしても、なにも不思議はないと思います。歴史的にグァルネリやストラディヴァリは多くの演奏家と聴衆を魅了してきました。しかし、「美しい音」に正解はないはず。あなたの心の琴線に触れる音が、真に「美しい音」なのです。