今週はオペラの役柄と声の関係を探ってみました。オペラの世界ではもっぱら声の高さによって役柄が決まっています。多くの場合、主役は高い音域を担いますので、ヒロインはソプラノ、ヒーローはテノールの役になります。となると、そのライバルや悪役はコントラストをつけるために、より低いメゾソプラノやバリトンが歌うことになります。さらに低い声、男声であればバス、女声であればアルトになると、特殊な役柄を歌うことが多くなります。賢者や権力者、神様、老人、魔女など。
プッチーニの「トスカ」ではヒロインの歌姫、トスカの役をソプラノが歌い、その恋人である画家の役をテノールが歌います。そして、悪役のスカルピアはバリトン。今回、大西宇宙さんがスカルピアを歌ってくれましたが、この役は数あるオペラのなかでも悪役中の悪役といえるでしょう。血も涙もない冷血漢で、このオペラを観るたびにムカムカしてくるのですが、そういう役にもプッチーニは見せ場を作ってるんですよね。ストーリー上は心底嫌なヤツなのに音楽で魅了してくるという……。悪役にもすばらしい音楽が用意されるところがオペラの魅力かもしれません。
同じくプッチーニの人気作「トゥーランドット」では、流浪の王子役カラフが歌う「だれも寝てはならぬ」がよく知られています。フィギュアスケートでもおなじみですね。本来はテノールが歌う曲ですが、今回は実験的にバリトンで歌ってもらいました。やっぱりそこはかとなく悪役感が漂ってきます。
バリトンが主役を務めることもありますが、その場合はアンチ・ヒーロー的な物語がほとんど。常軌を逸したプレイボーイを描く「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト)、王を殺して王位を簒奪する「マクベス」(ヴェルディ)、大酒飲みの好色な老騎士の物語「ファルスタッフ」(ヴェルディ)など。どれも一癖も二癖もある役柄です。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)