番組2500回記念シリーズの掉尾を飾るのは「歴史を彩る音楽会」。クラシック界を担う若きスター奏者のみなさんが一堂に会して、アンサンブルを組んでくれました。超優秀な奏者たちがひしめく若い世代を代表するような豪華メンバーが勢ぞろい。みなさん、本当に上手いですよね。あのメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲ときたら! あれだけ細部まで彫琢された精妙な演奏はめったに聴けるものではありません。
メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲は、よく音楽祭などで演奏される名曲です。室内楽というと多くの作曲家が弦楽四重奏の名曲を書いていますが、八重奏が書かれることはまれなこと。弦楽四重奏団2つ分の奏者が必要になりますので、本来演奏機会は限られているのですが、なにしろ曲がとてつもなくすばらしい(これを16歳の年に書いたメンデルスゾーンの早熟ぶりには驚嘆するしかありません)。ですので、弦楽器の名手がたくさん集まる機会があると、せっかくだからこの曲を演奏しようということになります。番組収録中に奏者の方々もおっしゃっていましたが、いつかこのメンバーで全曲演奏するところを聴いてみたいものです。
ショパンのピアノ協奏曲第1番では、辻井伸行さんのピアノや川瀬賢太郎さんの指揮も加わって、いっそう華やかなアンサンブルがくりひろげられました。本来はピアノとオーケストラのための作品ですが、今回は室内楽編成に編曲してのショパン。こういったピアノ協奏曲を室内楽編成で演奏する試みは19世紀にも行われていました。なるほど、小編成には小編成の魅力があるということに気づかされます。個々の奏者間の対話の要素が強まり、奏者たちの技量の高さがしっかりと伝わってきます。辻井さんの華麗なピアノと川瀬さんのキレのある指揮ぶりのコントラストも絶妙の味わいを生み出していました。
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2500回記念④ 歴史を彩る音楽会
いま音楽業界が注目する4人の音楽家たち
今週は「いま音楽業界が注目する4人の音楽家たち」。ピアノの反田恭平さん、辻井伸行さん、ヴァイオリンの成田達輝さん、クラリネットの吉田誠さん、いずれも音楽専門誌や音楽業界関係者の間で実力が認められた気鋭の奏者たちです。
反田恭平さんは昨年夏にデビューアルバムをリリースして以来、大きな話題を呼んでいます。今年1月にはサントリーホールでデビュー・リサイタルを開くという快挙を成し遂げました。新人ピアニストが2000席クラスの大ホールでデビュー・リサイタルを開くのは異例中の異例。しかもチケットは完売。番組では得意のリストの作品から「タランテラ」を弾いてくれましたが、今の反田さんの勢いが伝わってくるような生き生きとした演奏でした。
辻井伸行さんがヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝を果たしたのは2009年のこと。もう7年も前のことになるんですね。以後、世界的巨匠ゲルギエフやアシュケナージと共演するなど、着実にキャリアを築いています。「悲愴」ソナタの第2楽章、名演でした。以前放送したピアノ協奏曲第5番「皇帝」もそうでしたが、辻井さんのベートーヴェンは風格があって、聴きごたえがあります。
ヴァイオリンの成田達輝さんはぜひこれから長く聴き続けたいアーティストです。最近、成田さんにインタビューをする機会があったのですが、音楽に対して真摯な姿勢をお持ちで、技術の高さはもちろんのこと、表現という点でも突きつめられた演奏を聴かせてくれる人だと思います。
クラリネットの吉田誠さんも楽しみな大器です。クラリネット奏者として際立った活躍をくりひろげる一方で、指揮も学んでいるという異色の奏者。今後どんな領域に活動の場を広げていくのでしょうか。
楽しみな才能が次々と登場する日本の音楽界。俊英たちから目が離せません。
辻井伸行によるベートーヴェンの音楽会
ベートーヴェンの「皇帝」って、聴けば聴くほど傑作ですよねえ。辻井伸行さんの演奏を聴いて、改めて実感しました。
ベートーヴェンが最後に書いたピアノ協奏曲がこの「皇帝」。当時の協奏曲には共通する「型」があります。楽章の数は3つ。第1楽章と第3楽章が速いテンポで、第2楽章は遅いテンポで書かれています。第1楽章の終盤には「カデンツァ」と呼ばれるソロの聴かせどころが置かれます。カデンツァではオーケストラはお休み。ソリストだけが自由に即興的に演奏し、華やかな技巧を披露します。
カデンツァは「おお、このソリスト、すごい!」とお客さんに思わせるための見せ場とでもいえるでしょうか。楽譜にはカデンツァが入るという指示があるだけ。なにを弾くかはソリストが決めます。
しかし、型破りな作曲家ベートーヴェンは、「皇帝」で従来のようなカデンツァを止めてしまいます。当時、多くの場合、作曲家本人がソリストとしてピアノ協奏曲を演奏していましたが、すでに聴力の衰えていたベートーヴェンは演奏を他人に委ねるしかありませんでした。他人が弾くと決まっているのなら、即興などいらない、自分でぜんぶ作曲してしまおう。そう考えても不思議はありません。
番組中で辻井さんがおっしゃっていたように、その代わり、ベートーヴェンはソリストのための見せ場を曲の冒頭に用意しました。最初にオーケストラが力強い和音を響かせるやいなや、ソリストがきらびやかなパッセージを奏でて、聴衆にアピールします。普通の協奏曲であれば、ソリストの登場までお客さんはしばらく待たされるのですが、この曲ではいきなり見せ場がやってきます。こういった趣向もベートーヴェンの型破りなところのひとつです。
「皇帝」は第2楽章から第3楽章への移行部もすばらしいですよね。静かに瞑想するかのような雰囲気のなかで、ゆったりと第3楽章のテーマが出現して、切れ目なくパワフルな第3楽章へと突入します。あの瞬間にブルッと鳥肌が立つのは私だけではないでしょう。
※辻井伸行さんの姓の「辻」は正式には、点がひとつの「辻」です。