今週はヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんとスーパーチェロ7のみなさんにご登場いただきました。独奏ヴァイオリンとチェロ・アンサンブルという組合せは珍しいですよね。
高嶋さんがチェロを「万能楽器」を呼んでいたように、チェロは一人で何役もできてしまう楽器です。あるときはソリストとして主役になり、あるときは低音楽器として縁の下の力持ちにもなれます。幅広い音域を生かして朗々とメロディを歌い上げるのもチェロの魅力なら、オーケストラでコントラバスとともにブン!と唸るような重低音を聴かせるのもチェロの魅力。
チェロ・アンサンブルという演奏形態が成立するのも、万能楽器だからこそ。普通は同じ楽器のみでアンサンブルを組むことはめったにありませんが、チェロであれば無理なく同種楽器で役割分担ができてしまいます。「ベルリン・フィルの12人のチェリストたち」のようにチェロだけで多彩な音楽を演奏する人気アンサンブルも存在します。
スーパーチェロ7は、東京都交響楽団首席チェロ奏者古川展生さんを中心に、日本のトップレベルで活躍するチェロ奏者たちによるアンサンブルです。名手ぞろいとあって、超絶技巧もお手のもの。小林幸太郎さんがワンボウ・スタッカートを披露してくれましたが、実に鮮やかでした。あまりに軽々と弾いてしまうので、なにが難しいのかわからないほど。でも音楽のテクニックとは本来そうあるべきですよね。江口心一さんはリムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」を速弾きしてくれました。この曲、もともとはオペラのなかの一場面で登場する曲で、速弾きのための曲というわけではないのですが、熊蜂の羽音の描写がコミカルなこともあって、よくヴァイオリンの速弾きなどで用いられるようになりました。しかし、この曲をチェロで速弾きする人がいるとは! まるで熊蜂がヒュンヒュンと超高速で飛び回っているかのようでした。
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高嶋ちさ子と7人のチェリストの音楽会
クラシックの音楽祭を知る休日
クラシック音楽の世界にもスポーツ界などと同じように「シーズン」という考え方があります。ヨーロッパの伝統に従って、秋から春までがレギュラー・シーズンで、夏はシーズンオフという区切り方が一般的。では、夏はコンサートがないのかといえばそうではなく、この期間に各地で音楽祭が盛んに開かれます。夏は都会の喧騒を離れて、豊かな自然に囲まれた土地で開放的な気分で音楽に浸ろうという発想です。
ただし、近年は大都市で開くタイプの音楽祭もたくさんありますし、「ラ・フォル・ジュルネ」のようにあえて夏以外の季節に開催する音楽祭も増えています。日本でも番組内でご紹介したように、実に多彩な音楽祭が開かれるようになりました。
音楽祭での公演はコンサートホールで開かれるとは限りません。ときには野外だったり、お寺だったり、日本家屋だったり、美術館だったりと、さまざまな場所が活用されています。大都市以外でも集中的にコンサートを開くとなれば、いろいろな会場が使われることになります。そんないつもとは違った環境も音楽祭の魅力のひとつといえるでしょう。
また、音楽祭では普段のシーズンではなかなか聴けないような珍しいレパートリー、貴重なアーティストの共演、意欲的な企画に出会うことができます。吉野直子さんが武生国際音楽祭で即興演奏と生け花のコラボレーションに挑んだといったお話がありましたが、音楽と他のアートを組み合わせるような試みも盛んに行われています。
夏の音楽祭は旅行と組み合わせて楽しむこともできます。たとえばセイジ・オザワ松本フェスティバルだったら、コンサートのついでに評判のお蕎麦屋さんに立ち寄ったり、松本市美術館に行ったり。日程が合えばサッカーの松本山雅FCの試合を観戦するのも一手。大人の夏休みを存分に満喫することができるでしょう。
王道のピアノ協奏曲に熱くなる音楽会
今週は1990年モスクワ生まれの気鋭のピアニスト、ルーカス・ゲニューシャスの独奏で、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をお聴きいただきました。
ゲニューシャスはこれまでにたびたび来日公演を行なっておりますので、日本の聴衆にとってはなじみのあるピアニストです。今年開催されたラ・フォル・ジュルネTOKYO2018では、ショパンのピアノ協奏曲第1番やピアノ・ソナタ第3番、ヒンデミットの「ルードゥス・トナリス」といった曲を披露してくれました。
ゲニューシャスの魅力は、なんといっても磨き抜かれたテクニック。ショパン・コンクールとチャイコフスキー・コンクールという二大コンクールで2位入賞を果たしただけあって、技巧を技巧と感じさせないような洗練された技術の持ち主だと思います。パワーも十分でオーケストラと共演しても聴き映えがしますが、決して自己顕示欲の強い演奏ではなく、作品の本質に迫ろうとする姿勢が伝わってきます。今回のチャイコフスキーも、改めて作品の雄大さや情感の豊かさに気づかせてくれるような秀演だったのではないでしょうか。
ゲニューシャスのおもしろいところは、チャイコフスキーやショパン、ベートーヴェンといった中心的なレパートリーに取り組む一方で、ヒンデミットの「ルードゥス・トナリス」を十八番にしていたり、現代作曲家のデシャトニコフの作品を広めることに尽力したりといったように、レパートリーに対して強い探求心を持っている点です。お祖母さんが名教師ヴェーラ・ゴルノスターエワということで、音楽一家出身のサラブレッドという印象が強いのですが、活動ぶりは決して保守的ではありません。
ちなみにラ・フォル・ジュルネでヒンデミットを演奏した際、ゲニューシャスは譜面台にタブレットPCを置いて、フットスイッチで楽譜をめくりながら演奏していました。このあたりは若い世代ならではですね。
世界を魅了するイル・ディーヴォの音楽会
今週は世界的なスーパースター、イル・ディーヴォのみなさんをお招きしました。イル・ディーヴォは2004年のデビュー以来、全世界で3000万枚以上のアルバムセールスを記録した男声ヴォーカル・グループ。日本での人気もすさまじく、客席には歓声が盛んに飛び交い、普段の収録とは会場の雰囲気がずいぶん違っていました。格調高い東京オペラシティ・コンサートホールの空間に、いっそうの華やかさが加わったように感じます。
イル・ディーヴォの4人の声が調和して生み出す輝かしさ、情感の豊かさは他に類を見ないものだと思います。そして、4人それぞれが異なる声のキャラクターを持っているところも大きな特徴といえるでしょう。デイヴィッドの軽やかで伸びのある高音、カルロスの深みのある力強いバリトン、セバスチャンの表現力豊かで甘い声質、ウルスのリリカルで端整な歌唱スタイル。それぞれのソロの部分も大変聴きごたえがあります。
イル・ディーヴォのようなオペラ的な歌唱をベースとした男声ヴォーカル・グループの先駆けとなったのは、1990年のワールドカップ・イタリア大会を機に結成された三大テノールだと思います。プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラスというオペラ界のビッグスターが一堂に会してコンサートを開くという革新的なアイディアは、音楽界に大きな驚きをもたらしました。本来オペラにはテノールの三重唱などという場面はめったにありませんが、彼らは男声ソリストによる重唱がどれほどゴージャスでリッチな響きを生み出すかを教えてくれました。イル・ディーヴォはそんな三大テノールを、よりポップな傾向に発展させたアンサンブル重視のヴォーカル・グループだと言えるでしょう。
それにしても、石丸さんとイル・ディーヴォの共演が実現するとは! あまりにも違和感がなさすぎてびっくりしました。