まさかあの有名な肖像画にそんな秘密が隠されていたなんて。そう思った方も多いのでは。本日は「バッハの謎を知る休日」。もっとも有名なバッハの肖像画に描かれている小さな楽譜の秘密を探りました。
あの肖像でバッハの手にしていた楽譜が、本当に演奏可能な作品だったとは驚きです。なにしろ、「カノン」と題されているのに、楽譜を見てもどこがカノンなのかよくわかりません。しかも「6声」と題されているにもかかわらず、書かれているのは「3声」分の音符のみ。見慣れない記号まであって、読み方がわかりません。しかし、あの曲が題名通り「6声の三重カノン」として再現できることを、鈴木優人さんが鮮やかに解いてくれました。
楽譜を上下反転させるなんて、普通は思いつきませんよね。このように先行声部に対して後続声部が反行形で模倣するものを反行カノンと呼びます。ほかに後続声部が先行声部を逆行して模倣する逆行カノン(蟹のカノン)といった例もあります。カノンの手法は主に古い時代の作曲家たちによって使われ、バッハより後の時代になるとごく限られた場面でしか用いられなくなりました。
パズルのようなロジックでできた音楽ですが、演奏を聴けばわかるように、「6声の三重カノン」は美しい音楽になっています。このあたりがバッハの非凡なところ。いくら複雑で緻密な構造を持っていても、耳で聴いて喜びがなければ芸術作品とはいえません。
カノンやフーガのように、複数のメロディをそれぞれの独立性を保ちつつ組み合わせる作曲技法を対位法と呼びます。その対位法の大家であるバッハの究極の作品のひとつが、最後に演奏された「音楽の捧げ物」より「6声のリチェルカーレ」。各パートが複雑に絡み合って眩暈がするような立体感を生み出しつつ、全体の響きは玄妙で味わい深い。これぞバッハの魅力でしょう。
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バッハの謎を知る休日
もっと東京藝術大学を知る休日
今週は「もっと東京藝術大学を知る休日」。先週に続いて、普段は目にすることのできない東京藝大の様子をお伝えいたしました。
ピアノを備えた個人練習室が廊下にずらりと並ぶ光景は、一般の大学では見ることのできないものですよね。100室以上もあるという数の多さにも驚きました。
さらに驚きなのは奏楽堂です。大学のなかにあれだけ立派なコンサートホールがあるんですね。奏楽堂はサイズもほどよく、音響もすぐれたホールです。レッスンに使われるだけではなく、一般に公開されたコンサートも多数開かれています。プロの楽団である藝大フィルハーモニア管弦楽団、学生たちを中心とした東京藝大シンフォニーオーケストラや東京藝大ウィンドオーケストラといった団体が定期的にこの奏楽堂で演奏会を開いています。また、優秀な学生がソリストとして藝大フィルハーモニア管弦楽団と共演するモーニング・コンサートも開催されており、多彩なレパートリーがとりあげられるのも魅力。入場料は格安です。お近くの方はぜひいちど足を運んでみてはいかがでしょうか。
大浦食堂の話もおもしろかったですよね。バタ丼、おいしそうでした。バタ丼は藝大出身者にとってのソウルフードだという話をよく聞きます。材料はもやし、豆腐、しょうゆとマーガリン。手軽にそろいます。卒業生のなかには家庭で再現して味わっている人もいるとか!?
教授陣の豪華さも藝大ならでは。ヴァイオリンのマンツーマンのレッスンでは、フランスの名奏者ピエール・アモイヤルが指導していました。レッスンは英語。クラシックの音楽家を志す人にとって語学は避けて通れません。英語はもちろんのこと、人によってはドイツ語、フランス語などもできたりして、みなさん本当に優秀なんですよね。切磋琢磨の日常がうかがえました。
東京藝術大学を知る休日
ノンフィクション『最後の秘境 東京藝大』(二宮敦人著/新潮社)が話題の本になるなど、いま東京藝大への関心が高まっているようです。東京藝大といえば石丸幹二さんの母校。今週と来週は「東京藝大を知る休日」として、日本の芸術教育の最高峰にある東京藝大を特集します。
東京藝大には、やはり特別な大学という印象があると思います。国立大学なのに芸術大学というのも特別ですし、一般的な音大とはちがって美術学部がいっしょになっているところや、器楽科や作曲科だけではなく邦楽科があるなど、ほかに例のない大学であることはまちがいありません。
そして、なにより難関であることも大きな特徴でしょう。ゲストの上野さんが、藝大を目指した理由として「いま活躍している人たちのプロフィールを見ると、だいたい東京藝大卒と書いてあった」と語っていましたが、この大学には才能にあふれる若者たちが集まり、日々切磋琢磨しています。藝大なくして日本のクラシック音楽界は成立しないといっても過言ではないでしょう。授業の風景が映っていましたが、短い映像からも学生たちのレベルの高さが伝わってきました。先生たちもすごければ、学生たちもすごい!
授業といえば、一般大学と大きく異なるのが少人数教育を主とするという点でしょうか。ひとりの先生に対して学生が少数であるのみならず、マンツーマンの指導も行われています。映像ではベートーヴェンのピアノ協奏曲の独奏パートを学生が、オーケストラ部分をピアニストの迫昭嘉先生が弾いて、レッスンをする光景がありました。楽器のレッスンとは本来そういうものなのでしょうが、大学教育としては実にぜいたくな環境ですよね。
近年、世界を舞台に活躍するすぐれた日本の演奏家が次々と誕生していますが、その背景には質の高い教育環境があるのだと納得できました。
カンタービレの音楽会
カンタービレ、つまり音楽用語で「歌うように」。「のだめカンタービレ」でこの言葉を知ったという方もいらっしゃることでしょう。今週はそんなカンタービレな名曲をたっぷりとお楽しみいただきました。
器楽曲であっても歌うように演奏するということは、ある意味で音楽の基本ともいえます。とりわけシューベルトなどは、歌心が求められる作曲家だといえるでしょう。シューベルトは31年の短い生涯の間に、およそ600曲ともいわれる膨大な歌曲を書いたことから「歌曲王」とも呼ばれています。「魔王」や「野ばら」といった名曲は、だれもが耳にしたことがあるのではないでしょうか。
しかも、シューベルトが名曲を残したのは歌曲の分野に留まりません。「未完成」や「グレイト」といった交響曲や、21曲のピアノ・ソナタ、さらに本日演奏された「ます」をはじめとする室内楽曲など、器楽曲にも数多くの傑作が残されています。そして、これらの名曲に共通する要素が歌謡性、すなわちカンタービレな音楽。「ます」のように歌曲を原曲とした作品に限らず、どの曲にも思わず口ずさみたくなるようなメロディが登場します。よくもこんなに美しいメロディが次々と書けるなと思うほど。やはり天才と呼ぶほかありません。
ラフマニノフの「ヴォカリーズ」も、シューベルトの「ます」と同様に、歌曲を原曲としています。こちらは「14の歌曲」作品34のなかの一曲。ロシアの名歌手アントニーナ・ネジダーノヴァに献呈されました。ネジダーノヴァはこの曲に歌詞がないことを残念がったといいます。しかし、ラフマニノフは「あなたは言葉がなくても、声と歌ですべてを表現できるのだから、歌詞は不要でしょう」と答えたのでした。
今日の横坂さんのチェロにも、そんな言葉を越えた歌心が感じられましたね。