今週は大井駿さん指揮による東京フィルの演奏で、川にまつわる名曲をお届けしました。大井さんによれば、当時のヨーロッパの人々にとって川は身近な存在で、飲料水を得るための生命線でもあったと言います。そのためか、クラシック音楽の名曲には川を題材にした曲が少なくありません。今回演奏されたベートーヴェンの「田園」とスメタナの「モルダウ」以外にも、ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」やシューマンの交響曲第3番「ライン」、シューベルトの「冬の旅」や「ます」等々。
ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」で描かれるのは自然の光景。第2楽章は「小川の情景」という標題が添えられています。弦楽器がさらさらと流れる小川を表現し、さらには小鳥の鳴き声も登場します。フルートがナイチンゲール、オーボエがウズラ、クラリネットがカッコウを模倣する場面は、まるで音の森林浴。散歩を日課としていたベートーヴェンにとって、自然がもたらす喜びは創作力の源になっていたのでしょう。
ベートーヴェンが描いたのはごく小さな川でしたが、スメタナは交響詩「モルダウ」で大河を表現しました。山奥のふたつの源流が合流して、だんだんと大きな川になる様子が雄大なサウンドで表現されています。狩のホルンが聞こえたり、結婚式の踊りの音楽が登場したり、とても描写的な曲です。この曲は合唱曲としても親しまれていますし、さまざまな形でカバーされていますので、耳なじみのある方も多いのではないでしょうか。
スメタナはチェコ国民楽派の創始者として知られる作曲家です。代表作は連作交響詩「わが祖国」。祖国の伝説や自然が題材になった全6曲からなる大曲で、その第2曲が「モルダウ」です。建国にまつわる神話や英雄たちの戦いなどと並んで、モルダウ川(ヴルタヴァ川)がとりあげられているのですから、川がその土地にとって大切なシンボルであることがよくわかります。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)