今週はドイツを拠点に活躍する国際的なピアニスト、小菅優さんをお招きして、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンのピアノ・ソナタをお楽しみいただきました。3曲のピアノ・ソナタは、小菅さんが「このソナタなくして今の自分はない」とおっしゃる思い入れのある作品ばかり。これら3曲のイメージを小菅さん独自の言葉で表現してもらえたのもおもしろかったですよね。
モーツァルトのピアノ・ソナタ ハ長調K.330の第1楽章は、小菅さんいわく「失われた幸せ」。なるほど、そういう表現ができるのかと、思わず膝を叩きました。この曲の喜びと悲しみが入り混じった陰影の豊かさはモーツァルトならでは。一見明るくはつらつとした曲調であっても、モーツァルトの音楽には複雑な表情があります。そこに儚さを見抜くのが小菅さん。ニュアンスに富んだすばらしいモーツァルトでした。
ベートーヴェンは近年小菅さんが力を入れる大切なレパートリー。ピアノ・ソナタ第17番ニ短調には「テンペスト」(嵐)という愛称が付いています。これはベートーヴェン本人による題ではありません。ベートーヴェンの秘書シントラーが作品理解について尋ねたところ、ベートーヴェンは「シェイクスピアの『テンペスト』を読みなさい」と答えた、という逸話に基づいています。ところがシントラーという人はたくさん自分に都合のよいウソをついた人物でしたので、現代ではこの逸話は眉唾ものとみなされています。小菅さんが「テンペスト」第3楽章に感じるイメージは「遁走」。たしかにこの曲にはなにかに追い立てられているような切迫感があります。
最後はショパンのピアノ・ソナタ第3番の第4楽章。小菅さんはこの音楽に「葛藤の後の救済」を感じるといいます。このように言葉にしてもらえると、曲がいっそう親しみやすく感じられます。パッションにあふれた演奏が雄弁な音のドラマを伝えてくれました。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)