今週は矢野顕子さんと上妻宏光さんのユニット「やのとあがつま」による、新しい姿に生まれ変わった民謡をお楽しみいただきました。矢野さんと上妻さんでユニットを組むと最初に聞いたときは「えっ?」と驚きましたが、なるほど、民謡にこんな可能性があったとは。矢野さんと上妻さんは、新しさと懐かしさを同時に感じさせてくれる絶妙の組合せなのだと納得しました。
熊本県民謡「おてもやん」で驚いたのは2番の歌詞。矢野さんがいきなり英語で歌いだして、なにを歌っているのかと思えばオリジナルの歌詞でした。この発想がスゴいですよね。しかも、こんなにも自由に扱われ、音楽の外観が変わっていても、曲はやはり「おてもやん」らしさを残しているという不思議。民謡には根源的な柔軟さや強さがあって、いかなるアレンジにも耐えうるものなのかもしれません。
富山県民謡「こきりこ節」では、シンセサイザーとピアノ、三味線、ボーカルが一体となって、響きの妙が生み出されていました。それにしても「即興がほとんど」というのにはびっくり。
宮城県民謡「斎太郎節」も斬新な今の音楽でしたが、それでも潮の香りが伝わってくるのがおもしろいところ。やはりこれは民謡です。
民謡はヨーロッパのクラシック音楽でも大きな存在感を放っています。ハイドンもベートーヴェンも、ストラヴィンスキーもバルトークも、多くの大作曲家たちは民謡を素材として、まったくオリジナルな音楽を生み出してきました。バルトークは東欧の農村を巡って民謡を採集し、そこから独自の語法を生み出しました。革新的作品として知られるストラヴィンスキーの「春の祭典」にもリトアニア民謡などが借用されています。民謡は洋の東西を問わず、音楽家たちのインスピレーションの源であり続けています。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)