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ワーグナーの壮大な楽劇『ラインの黄金』を知る音楽会

投稿日:2025年07月26日 10:30

 オペラの超大作といえば、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」。「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の全4部からなりますので、通して上演するには4日間が必要です。
 4部作のなかでは今回特集した「ラインの黄金」がいちばん短く、上演時間は2時間半ほど。いちばん長いのはおしまいの「神々の黄昏」で、こちらは正味4時間半くらいあります。「神々の黄昏」では幕間の休憩もたっぷり入りますので、実際の上演には6時間ほどかかります。そんな長丁場をオペラ歌手のみなさんは大編成のオーケストラと渡り合って歌うのです。はっきり言って、超人です。
 物語のスケールの大きさも尋常ではありません。今回の「ラインの黄金」は、ライン川の乙女たちが、地底のニーベルング族のアルベリヒに黄金を盗まれるところから物語が始まります。ラインの黄金で作った指環があれば権力は思いのまま。一方で神々の長であるヴォータンは、女神フリッカを報酬として巨人族にヴァルハラ城を建てさせるのですが、いざ完成すると、フリッカを渡す気などなく、狡猾な火の神ローゲと一計を案じて地底に向かいます。そして、策略でアルベリヒから指環や財宝をとりあげてしまいます。神様なのに卑怯ですよね。ヴォータンは巨人族に報酬として財宝を与えるのですが、その際に、指環まで要求されてしまいます。本当は指環を渡したくないヴォータンですが、智の女神エルダの警告に従って、指環を巨人族の兄弟に渡します。するとさっそく呪いが発動して、指環を欲する兄弟同士の殺し合いが起きるのです。
 北欧神話等が物語の題材になっていますが、オペラの台本を書いたのはワーグナー自身。すごいですよね。台本も曲もひとりで書いているのです。この物語は最後に「神々の黄昏」、すなわち神代の終焉までたどり着きます。なんという壮大さ。人類が生んだもっとも偉大なオペラのひとつと呼んでも過言ではありません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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名指揮者の考察!ショスタコーヴィチの隠されたメッセージを探る音楽会

投稿日:2025年07月19日 13:42

 今年没後50年を迎えたショスタコーヴィチは、20世紀最大の交響曲作曲家のひとり。その作品の真意を巡る議論は尽きることがありません。なにしろ当時はソビエト共産党による文化統制が敷かれていましたので、芸術家たちは自由な表現を許されていませんでした。国家の方針に逆らう者は粛清されるという危険な状況で、文字通り命がけの活動を余儀なくされていたのです。
 そこで、ショスタコーヴィチが用いたのは、作品にメッセージを巧妙に隠すという手法。今回は指揮者の沼尻竜典さんが、隠されたメッセージについて考察してくれました。
 交響曲第10番に隠されていたのは「ラブレター」。なんだか意外ですよね。この曲にはふたつのイニシャルが込められていると言います。ひとつはショスタコーヴィチのイニシャルからとったD-S-C-H(レ-ミ♭-ド-シ)。ドイツ語ではミ♭をEsと呼ぶので、SをEsに当てはめています。沼尻さんによれば、これは「政治に翻弄される自身の姿」。この音型はショスタコーヴィチのさまざまな作品に登場するのですが、決して耳に心地よい音ではなく、まるで警告を発するような雰囲気があります。
 もうひとつのイニシャルは思いを寄せていた教え子、エルミラ。少し変則的なのですが、ELMIRAをE-L(a)-MI-R(e)-Aというふうに音名をイタリア語とドイツ語でミックスして読んで、ミラミレラに当てはめています。ホルンがこの主題を奏でていましたが、たまたまというべきなのでしょうか、D-S-C-Hとは対照的にロマンティックな性格が感じられるのがおもしろいところです。
 交響曲第5番は、党から批判されて窮地に陥っていたショスタコーヴィチが名誉を回復した作品です。なにも知らずに聴けばとても輝かしいフィナーレだと感じます。当局はこの曲を成功作だと認めました。しかし沼尻さんは、ここにショスタコーヴィチの旧作、プーシキンの詩による4つのロマンスから第1曲「復活」が引用されていると指摘し、これは「強制された歓喜」だと言います。凡庸な画家が天才の絵を塗りつぶすけれど、時が経つと絵の具が剥がれ落ちて、本来の天才の絵があらわれる、という詩は、状況を考えればかなり物騒な内容です。
 同じ曲を聴き方によって勝利とも皮肉とも受け止めることができる。音楽とはおもしろいものだと思いませんか。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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名演奏家の陰に名指導者あり

投稿日:2025年07月12日 10:30

 音楽家にとって不可欠とも言えるのが、才能を開花させる指導者の存在。今回はピアニストの角野隼斗さんを育てた名教師、金子勝子さんの指導法に迫りました。角野さんは「金子先生がいなかったら僕はピアニストになっていなかった」と言います。
 金子先生が20年をかけて考案した独自のメソッドが「指セット」です。すべての指を自在にコントロールするための基礎練習に用いられます。生徒のレベルや年齢に関係なく、曲の練習前に「指セット」を指導するのだとか。このトレーニングについて、角野さんが語った言葉でとりわけ印象に残ったのは「金子先生はシンプルなフレーズでも音楽的に弾かないことを許さない」。メカニックを鍛えることを最終的な目的にするのではなく、あくまでも音楽を表現するための練習なのだということがよくわかります。
 今回は、角野さんが小学5年生頃に初めて弾いたというショパンの「木枯し」を演奏してくれました。角野さんとショパンといえば、思い出すのは2021年のショパン国際ピアノ・コンクール。インターネットでライブ配信されたこともあり、セミファイナルまで進む様子が大きな話題を呼びました。それまでの活躍ぶりから、角野さんを従来のクラシック音楽の枠に留まらないタイプのピアニストと思っていたので、伝統と格式を誇るショパン・コンクールに参加したことを意外に感じたのを覚えていますが、その背景には金子先生の後押しがあったんですね。ピティナ・ピアノコンペティション特級に挑戦した際の「僕よりも先生のほうが僕のことを信じていた」という角野さんの言葉にも、グッとくるものがありました。
 おしまいに演奏されたのは、ガーシュウィンの名曲「アイ・ガット・リズム」にもとづく変奏曲。レベル1、レベル2、レベル3……と、どんどん技巧的に変奏され、ショパンの「英雄ポロネーズ」の引用をさしはさみながら、最後は華麗なレベル10へ。爽快でした。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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宮殿で育まれる!ウィーン少年合唱団の音楽会

投稿日:2025年07月05日 10:30

 今週はウィーン少年合唱団のみなさんをお招きしました。その清澄な声はまさしく「天使の歌声」。少年合唱団ならではの透き通った清らかな声がすばらしかったですね。
 ウィーン少年合唱団のはじまりは、1498年に神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が創設した宮廷礼拝堂の少年聖歌隊まで遡ります。なんと、500年を超える歴史があるとは。かつてはウィーン生まれの大作曲家シューベルトもこの合唱団に所属していました。
 現在は9歳から14歳の約90人が所属し、モーツァルト組、ハイドン組、シューベルト組、ブルックナー組というオーストリアの作曲家たちの名前がついた4つの組に分かれています。合唱団全体では毎年約300回ものコンサートを開催しており、4つの組が交替で演奏旅行に出かける仕組みになっています。今回出演してくれたのはモーツァルト組。モーツァルト組には日本人の団員が2名いましたが、ほかにもいろいろな国からやってきた団員がいて国際色豊か。昔のイメージとはずいぶん変わり、すっかり多国籍化が進んでいます。もっとも、子どもたちが話すのはドイツ語。国外からやってきた子どもたちはみんな寮生活を通して、身につけて行くのでしょう。歌とドイツ語を学んだ経験は、きっと卒団後も大いに役立つにちがいありません。
 卒団生は音楽の道に進む子もいれば、まったく違う分野で活躍する子もいて、さまざま。歌手ではカウンターテナーのマックス・エマヌエル・ツェンチッチがウィーン少年合唱団の出身。ウィーン・フィルのダニエル・フロシャウアー楽団長もこの合唱団の出身です。
 カペルマイスター(指揮者)のマヌエル・フーバーさんが、すごく日本語を上手に話すのでびっくりしましたが、フーバーさんが教えてくれたウィーン少年合唱団のモットーは「歌う人は幸せな生活を送れ、人を幸せにすることもできる」。これはとてもすてきな言葉だと思いました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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