日常的によく耳にするけれど、だれのなんという曲かは知らない。そういう曲って、ありますよね。
「お風呂が沸きました」のあのメロディを日々耳にしている方も多いかと思いますが、作曲者はテオドール・エステン。まさか19世紀のドイツで書かれた曲だったとは。エステンはクラシック音楽の世界でも決して有名な作曲家とはいえませんが、給湯器で使われる「人形の夢と目覚め」はピアノ学習者のためのレパートリーとして、現代でも使用されています。小原孝さんの表情豊かな演奏のおかげで、曲が本来持っているストーリー性が伝わってきました。あのメロディは人形が夢を見る場面で出てくるんですね。すっかりお風呂のテーマ音楽だと思っていましたが、これからは童心に帰ってピュアな気分で浴槽につかれそうです。
ショパンのバラード第1番を、フィギュアスケートで知ったという方もいらっしゃるかと思います。こちらはもともと名高い傑作ですが、羽生選手のおかげで一気に広く知られることになりました。「バラード」というと、一般的にはスローテンポのラブソングを連想する方が多いのではないでしょうか。ショパンの「バラード」は叙事詩的な曲調の作品、つまり物語性のあるピアノ曲を指しています。といっても、作曲者が具体的な物語のイメージを示しているわけではありませんので、いろいろな解釈が可能です。反田さんの解説がおもしろかったですよね。
3曲目の「バロック・ホウダウン」は、ディズニーランドのエレクトリカルパレードのイメージがあまりにも強いのですが、本来は初期のシンセサイザー音楽。ホウダウンはアメリカの農村部で踊られるダンスのこと(コープランド作曲の「ロデオ」にも「ホウダウン」が出てきます)。これにシンセサイザーを用いたチェンバロ風の音色でバロック音楽のテイストを加えてみたのがこの曲。松武秀樹さんのモーグ・シンセサイザーによる演奏を聴けて感激しました。
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実はこんな曲だった!オリジナル曲を知る音楽会
展覧会の絵を味わう音楽会
今週はムソルグスキー作曲、ラヴェル編曲の「展覧会の絵」をお聴きいただきました。藤岡幸夫さんによる思い入れたっぷりの解説が熱かったですよね。ムソルグスキーが作品に込めた親友ガルトマンに対するさまざまな気持ちが伝わってきました。この曲が単なる音で描いた絵画ではなく、深い悲しみの念が込められたエモーショナルな作品であるということは、ラヴェルの編曲があまりに華やかなのでつい忘れがち。藤岡さんのお話を聞いて、一段と曲への共感が深まったように思います。
「展覧会の絵」はかなり特異な経緯で広く知られるようになった作品です。もともとこの曲はピアノ独奏曲として書かれたのですが、ムソルグスキーの生前にこの曲が成功を収めることはありませんでした。作曲者の死後、フランスの作曲家ラヴェルがこの曲をオーケストラ用に編曲してから、「展覧会の絵」は世界的に有名な曲になったのです。オリジナルよりも他人によるアレンジのほうがよく知られていて、なおかつコンサートのメイン・プログラムになるような大規模な作品は、クラシック音楽の世界では稀有な存在です。ラヴェルの編曲がヒットしたおかげで、ムソルグスキーの原曲も次第に知られるようになりました。
実は「展覧会の絵」には、ラヴェル以外にもさまざまな編曲が存在します。レオポルド・ストコフスキ版、ヘンリー・ウッド版、セルゲイ・ゴルチャコフ版、レオ・フンテク版など、いくつものオーケストラ編曲があります。ラヴェルの編曲が圧倒的に高い人気を誇ることはまちがいありませんが、指揮者によっては珍しい版を用いたり、自分自身の編曲を使うこともあります。また、シンセサイザーを用いた冨田勲版や、プログレのエマーソン・レイク・アンド・パーマー版といったジャンルを超越した編曲も存在します。ムソルグスキーの原曲には、他のアーティストの創作意欲を刺激する特別ななにかがあるのでしょうか。
植松伸夫が厳選!ファイナルファンタジー吹奏楽の音楽会
今週はファイナルファンタジー・シリーズのなかから、植松伸夫さんにとって特に思い入れのあるファイナルファンタジーVIIの音楽をお届けしました。ファイナルファンタジーVIIがリリースされたのは1997年のこと。PlayStation用に発売され、大ヒットを記録しました。
こうして曲を聴くと、ゲーム音楽ってすでに自立した音楽の一ジャンルになったんだなと感じます。ファイナルファンタジーVIIをプレイした人にとって懐かしい音楽であるというだけではなく、プレイしていない人も聴いて楽しむことができる音楽になっています。
よく思うのですが、ゲームそのものは世代で愛され、ゲーム音楽は世代を超えて聴き継がれるものではないでしょうか。筆者のようなファミコン世代のゲーマーにとっては、ファイナルファンタジーといえば、まずIIやIIIを思い起こします。スーファミ世代、プレステ世代であれば別の作品を思い出すでしょうし、最近のプレーヤーならオンラインでプレイするファイナルファンタジーに親しみを感じるかもしれません。でも、ファイナルファンタジーの音楽は、世代にかかわらずに、ゲーム音楽の名作として聴かれているように思います。VIIをプレイしていないけど「片翼の天使」は聴いたことがある、といった方も少なくないのでは?
ゲーム音楽の先輩格、映画音楽でも似たようなことが起きていると思います。映画「ゴッドファーザー」は見ていないけど、ニーノ・ロータの音楽は知っている。映画「スター・ウォーズ」に関心がなくても、ジョン・ウィリアムズのテーマ曲は聴いたことがある。そんな現象です。
もっと遡れば、オペラにだって同じことがいえます。マスネのオペラ「タイス」は見たことがないけれど、劇中の「タイスの瞑想曲」は大好きだ、といったように。名曲はそう簡単には古びないんですよね。
ジャンルを超えた音楽祭を楽しむ休日
フランスのナントで始まった音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」の大きな特徴は、クラシック中心の音楽祭でありながらも、ジャンルの垣根を超えた音楽家たちが参加するところだと思います。民俗音楽系のバンドだったり、ジャズ・ミュージシャンだったり、どんなジャンルにも収められないようなパフォーマーだったり、毎回のテーマに応じていろいろなアーティストたちが登場して、驚きをもたらしてくれます。
音楽祭の創設者ルネ・マルタンさんは、音楽に対してとてもオープンな姿勢を持っています。マルタンさん自身、少年時代はジャズに夢中になり、ドラムを演奏するバンド少年でした。クラシック音楽に目覚めたのは、バルトークの弦楽四重奏曲を聴いたことがきっかけ。それからマルタンさんは、ナントの音楽院に進学し、やがてクラシックのコンサートをプロデュースすることになります。あるときU2のコンサートに出かけて何万人もの若者たちが熱狂しているのを目にして、「この人たちが集まるようなクラシックの音楽祭を作れないか」と思ったことが、ラ・フォル・ジュルネ誕生のきっかけになりました。
ラ・フォル・ジュルネに出演するジャンルの垣根を超えたアーティストたちには、なんらかの民族的伝統に立脚しながらも、そこに新しい表現を取り入れて、オリジナリティのある音楽を生み出している人が多いように思います。林英哲さんやクレズマー音楽で活躍するクラリネットのヨムなどはまさにその好例でしょう。もともとマルタンさんがクラシックに目覚めるきっかけとなった作曲家バルトークも、やはり故郷ハンガリーの民謡収集を通じて独創的な音楽語法を開拓した人ですから、こういったアーティストがラ・フォル・ジュルネに招かれるのは必然といえるかもしれません。
冬にナントを賑わせたラ・フォル・ジュルネは、この連休に東京へ。未知のアーティストとの出会いに心を揺さぶられた方も多いのではないでしょうか。