今週はドイツのミュンヘン出身のピアニスト、アリス=紗良・オットさんをお招きしました。ドイツと日本にルーツを持つアリスさんは、クラシック音楽界で早くから注目を集め、世界各地で意欲的な活動を展開しています。これまでに来日公演も多数行っていますので、ライブでお聴きになったことのあるかたもいらっしゃるかと思います。クラシックの老舗レーベル、ドイツ・グラモフォンの専属アーティストとして、さまざまなアルバムをリリースしてきました。
古典から現代まで多彩なレパートリーに挑むアリスさんですが、独自の切り口を持ってプログラムを組み立てるのがアリスさんの魅力。特にアルバム「エコーズ・オブ・ライフ」にはその特徴がよくあらわれています。ショパンの「24の前奏曲」の合間にさまざまな現代曲がおりこまれているのです。これら現代曲には、今回演奏してくれたチリー・ゴンザレスのようなジャンルを超越した音楽家の作品もあれば、20世紀の前衛を代表するリゲティだったり、映画音楽の巨匠ニーノ・ロータや、日本の武満徹の作品も含まれていて、時代も地域も実に多彩。それでいて、アルバム全体がひとつの作品のように感じられるのが、おもしろいところでしょう。
今回は、そのチリー・ゴンザレスの前奏曲とショパンの前奏曲「雨だれ」が続けて演奏されました。「雨だれ」は有名な曲ですが、先にチリー・ゴンザレスを聴くことで、また普段とはちがった新鮮な気持ちで聴くことができたのではないでしょうか。チリー・ゴンザレスの前奏曲は、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻の前奏曲ハ長調に触発されています。実はショパンもバッハの平均律クラヴィーア曲集に触発されて前奏曲集を書きました。両曲にはバッハという共通項があるんですね。
アリスさんは「雨だれ」を自然へのオマージュととらえ、「暗い雲と嵐が襲って来るけれど、嵐が去った後に現れるのは、もとの世界ではない」と語っていました。短い小品のなかにとても大きなドラマが描かれていたと思います。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)