今年の桜は平年より少し早めに満開を迎えているようです。東京は満開を過ぎて、桜の花びらが風に舞うようになりました。今週はこの季節にふさわしい多彩な春の名曲をお届けしました。
やはり日本の春の曲となると、桜を題材にした曲が多くなります。日本古謡の「さくらさくら」から森山直太朗「さくら」まで、桜の花に春の情景を託した名曲は数知れず。桜が開花する時期は南は3月下旬、北は5月上旬くらいと、日本全国でもかなりばらつきがあります。その土地ごとに春の到来を実感させてくれるシンボルとして、桜ほどふさわしいものもないでしょう。
クラシック音楽でも春を題材にした曲はたくさんあります。おそらく四季のなかでも春の曲がもっとも多いはず。今回演奏されたのは、メンデルスゾーンの無言歌集より「春の歌」。これは耳にする機会の多い曲ですよね。無言歌とは「言葉のない歌」の意。メンデルスゾーンが抒情的なピアノ小品を無言歌と呼んで以来、他の作曲家もこの題を用いるようになりました。人間の声で歌うようにピアノを奏でる、といったニュアンスが込められているわけです。小林愛実さんの流麗な演奏はまさしく無言歌の題にふさわしいものでした。
石丸さんの歌唱による福山雅治「桜坂」では、春が到来して過ぎ去った恋に思いを馳せるという歌詞が歌われていました。曲調もしっとりとしていて、ノスタルジーを喚起します。こういった曲を聴くと、日本らしい春の音楽だなと感じます。クラシックの春の名曲の場合は、ヨーロッパの厳しい冬が終わってようやく春が来た喜びを表現した曲や、生命力にあふれた自然賛歌の音楽が大半だと思います。しかし日本では4月から新年度が始まるという事情もあり、春は別れと出会いの季節に重なります。喜びだけではなく、しばしば寂しさをにじませるのが日本の春。そんな様子が音楽からも伝わってきたのではないでしょうか。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)