今週は先週に続いて「もっと有名作曲家のひねりすぎた曲名を楽しむ休日」をお届けいたしました。
フランス音楽界きっての異端児エリック・サティこそは「ひねりすぎた曲名」の王様にちがいありません。「犬のためのぶよぶよした前奏曲」を出版社に持ち込んで断られたら、今度は「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」を書いて持ち込んだ。そんなエピソードからもうかがえるように、一筋縄ではいかないひねくれ者がサティ。ほかにも「梨の形をした3つの小品」や「官僚的なソナチネ」など人を食ったようなタイトルの曲をたくさん書いています。サティの基本姿勢は反権威。偉そうにしている連中を笑い飛ばすようなところがあります。
そんなサティの作品のなかでも、近年話題を呼んだのが、短いメロディを840回もくりかえす「ヴェクサシオン」。今年5月、世界最高峰のピアニスト、イゴール・レヴィットがこの曲にチャレンジして話題を呼びました。演奏にかかった時間は、なんと約20時間。さすがに途中で食べたり、トイレ休憩をはさんだりしていたようですが、それでも最後はすっかり嫌気がさしてしまったそうです。サティにしてみれば「あの曲を真に受けて本当に弾く人間がいるなんて!」といったところでしょうか。
ベートーヴェンも風変わりな作品をいくつか書いています。ダジャレをもとにした「ホフマンよ、決してホーフマンになるなかれ」や、先週の「お願いです、変ホ長調の音階を書いてください」などは、仲間内の戯れから生まれてきた曲なのでしょう。これらは小曲ですが、ベートーヴェンの場合、交響曲や協奏曲といったシリアスな大作のなかにも、ユーモアの要素が少なからずあるのではないでしょうか。前例のない革新的なアイディアを実現して「ガハハハハ」と高笑いをする作曲者の姿が、楽曲から思い浮かびます。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)