今週は高島ちさ子さんがモーツァルトの魅力をさまざまな角度から語ってくれました。
よくモーツァルトの音楽は「子供には簡単だけど、大人には難しすぎる」と言われます。高島さんいわく「ピュアな心がないと弾けない!」。一見、技術的に容易に見えても、大人が説得力のある演奏をするのは簡単ではありません。モーツァルトを得意とする演奏家を「モーツァルト弾き」と呼んだりしますが、逆に言えばモーツァルトの演奏に慎重な有名演奏家も少なくないのです。
モーツァルトの曲は大半が長調で書かれていますので、天真爛漫な音楽と思われがちですが、長調の曲でもしばしば短調に移って影が差す瞬間が訪れます。こんなふうに長調と短調の間を自在に行き来できるのがモーツァルトの魅力。明るいけど悲しい。暗いのにすがすがしい。モーツァルトのほとんどの作品には、そんな陰影の豊かさがあります。
「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」では、ヴァイオリンの山根一仁さんとヴィオラの安達真理さんが、精彩に富んだソロを披露してくれました。ヴィオラの調弦を変更して、輝かしい音を出そうというのがモーツァルトのアイディア。安達さんが通常の調弦と、この曲のための変則的な調弦で同じメロディを弾いてくれましたが、違いは伝わったでしょうか。微妙な違いですが、前者はヴィオラらしいコクのある音色、後者はいくぶん明るく華やかな音色になっていたと思います。
ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」は、当時流行のトルコ趣味を反映した作品。番組中ではベートーヴェンの「トルコ行進曲」も紹介されていましたが、たとえばハイドンは交響曲第100番「軍隊」で、トルコ風の軍楽隊を模しています。モーツァルト自身、このヴァイオリン協奏曲のほかに、ピアノ・ソナタ「トルコ行進曲付き」やオペラ「後宮からの誘拐」で、トルコ趣味を前面に押し出しています。ウケるネタは何度でも、といったところでしょうか。
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高嶋ちさ子のわがまま音楽会~モーツァルト編
2人の天才作曲家を世に送り出したクララ・シューマンの音楽会
大作曲家ロベルト・シューマンの妻であり、名ピアニストでもあったクララ・シューマン。今年、生誕200年を迎え、クララへの関心が高まっています。
クララ・シューマンとロベルト・シューマンは音楽史上まれに見る才能に恵まれたカップルといえるでしょう。ふたりは苦難の末に結ばれました。ロベルトの師であった高名なピアノ教師ヴィークの娘がクララ。クララは幼少時より音楽の才能を発揮して、天才少女として知られていました。やがてロベルトとクララは愛し合うようになるのですが、クララの父ヴィークはふたりの交際に猛反対。ずっと父に対して従順だったクララは、父と恋人との間で板挟みになります。しまいには裁判にまで発展し、父ヴィークはシューマンに対して結婚を許す代わりに「過去7年分のクララの全収入に匹敵する金額を払え」などと非現実的な要求を突き付けます。結局、ヴィークの理不尽な要求は退けられ、クララとロベルトは結婚にたどり着くことができました。
そんなふたりだけに、ロベルトの作品内に秘密の愛のメッセージが込められているのも無理からぬこと。小菅さんが「幻想曲」の冒頭を弾いて、ここにも「クララ」の暗号が隠されているとおっしゃっていましたが、これなど説明されなければ、まずわかりそうにありません。
シューマン夫妻のもとを訪れたのが、若き日のブラームス。クララはブラームスのよき理解者となり、お互いの間には友情、そして愛情が育まれます。クララとブラームスの関係についてはさまざまな見方があります。ふたりの間で交わされた手紙がたくさん残っていますが、両者が特別な強い絆で結ばれていたことはまちがいありません。
クララは女性作曲家の先駆けでもありました。当時の社会では女性が職業作曲家として活躍することは困難でしたが、もし現代に生きていたらロベルトに負けないほどの名曲を書いていたかもしれませんね。
東北を奏でる音楽会
今週は先週に続いて、坂本龍一さんと東北ユースオーケストラのみなさんにご出演いただきました。東北ユースオーケストラはさまざまな個人や団体の支援によってなりたっています。吉永小百合さんもこのオーケストラを応援するひとり。吉永小百合さんの朗読と坂本龍一指揮東北ユースオーケストラが共演する場面がありましたが、朗読と音楽が絶妙のバランスでひとつに溶けあっていたのが印象的でした。曲は坂本龍一作曲の Still Life 。もともとは2009年のアルバム「アウト・オブ・ノイズ」中の一曲で、ヴィオラ・ダ・ガンバによるイギリスの古楽アンサンブル、フレットワークと共演した楽曲です。こうしてオーケストラ・バージョンで聴くと、柔らかくやさしい響きがいっそう引き立ちます。
ロンドンを拠点に活躍する作曲家、藤倉大さんは、このオーケストラのために Three TOHOKU Songs を作曲しました。藤倉さんといえば、著名演奏家や音楽団体から次々と新作の依頼が舞い込む世界的な作曲家。近作のオペラ「ソラリス」はフランスやドイツなど各地のオペラ劇場で上演され、昨年は東京でも演奏会形式で日本初演されて話題を呼びました。自由な発想により新鮮味のあるサウンドを聴かせてくれる藤倉さんですが、今回のような日本の民謡を題材に用いた作品には意外性があります。東北の民謡が、新しい音色とハーモニーに彩られた21世紀版の民謡として生まれ変わりました。カッコよかったですよね。
仙台市出身の作曲家、仁科彩さん作曲の「くぐいの空」は、くぐい(=白鳥)が題材となった曲。ラヴェルやリヒャルト・シュトラウスを思わせるような緻密で色彩感豊かなオーケストレーションに、東北の白鳥のイメージが加わって、独自の世界が生み出されていました。白鳥の描写を通して、人と自然の共生へと思いを巡らされるような、みずみずしく壮麗な作品だったと思います。
坂本龍一が手がける東北ユースオーケストラの音楽会
ユースオーケストラにもいろいろな形がありますが、東北ユースオーケストラほど独自の経緯で誕生した団体もないでしょう。最初の第一歩は、震災をきっかけとして坂本龍一さんが設立した「こどもの音楽再生基金」。楽器の修理から始まった復興支援は、やがてユースオーケストラへと発展します。東日本大震災の被災三県(岩手県・宮城県・福島県)の子供たちが中心となって、2013年秋に宮城県松島町にて開催された音楽祭「ルツェルン・フェスティバル ARK NOVA 松島 2013」を機に、東北ユースオーケストラの活動がスタートしました。すぐれた音楽家たちとの出会いや、仲間たちとの交流は、子供たちにとっての貴重な成長の場となっているといいます。単に大人が用意した場に子供たちが受け身で集まっているのではなく、子供たち自身が主体性を持って活動に取り組んでいる様子が伝わってきましたよね。
番組内では坂本龍一さんと東北ユースオーケストラの共演によって、「戦場のメリークリスマス」テーマ曲や「ラストエンペラー」、「ETUDE」といった坂本さんの名曲をお聴きいただきました。これは貴重な機会だったと思います。コンサートホールで坂本さん自身がピアノを弾いて、オーケストラと共演しているという状況に興奮せずにはいられません。
ピアノとオーケストラという協奏曲スタイルの演奏ということで、おなじみの曲にも一味違った新鮮な雰囲気が感じられたのもおもしろかったですよね。たとえば、「戦場のメリークリスマス」テーマ曲には、エリック・サティ風の無機的な手触りと、オリエンタリズム、そしてしなやかな抒情性が一体となって、独特の味わいが生まれていたと思います。
最後に演奏された「ETUDE」は、1984年にリリースされたアルバム「音楽図鑑」のなかの一曲。挾間美帆さんによりピアノとオーケストラ用に編曲されていました。ステージと客席が一体となって盛り上がりました。