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「これは誰に捧げた名曲?」を知る音楽会

投稿日:2022年06月25日 10:30

クラシック音楽の世界では作品がだれそれに献呈されたという記述をよく見かけます。献呈相手になるのは当時の権力者やパトロンだったり、あるいは名演奏家や友人だったりと、パターンはさまざま。今回はそんな捧げるという行為から、名曲の背景に迫ってみました。
 大まかな傾向として、古い時代の作曲家たちの献呈先は経済的あるいは社会的な事情が反映されていると言ってよいと思います。たとえば、ベートーヴェンの最初の交響曲はパトロンのファン・スヴィーテン男爵に捧げられています。これから世に出る新進作曲家が作品を自分の支援者に捧げるというのは自然なことでしょう。交響曲第3番「英雄」は当初ナポレオンに捧げようとしたものの、ナポレオンへの失望から献呈を取りやめたという逸話もよく知られています(結局は支援者のロブコヴィツ侯爵に献呈されました)。
 それに比べると、後のロマン派の作曲家たちは作曲家同士で曲を献呈したり、妻に捧げたりと、個人的な関係にもとづく例が目立ちます。音楽家という職業のあり方が、権力者に仕えるものから、自立したものに変化していったことのあらわれといってもいいかもしれません。シューマン、リスト、ショパンらが互いに作品を献呈し合っているというお話がありましたが、同世代のライバルたちが切磋琢磨している様子が伝わってきて、すてきなエピソードですよね。
 最後に演奏されたのはフランクの代表作、ヴァイオリン・ソナタ。友人のヴァイオリニストであるイザイ(作曲家としても有名です)の結婚を祝って捧げられました。阪田さんいわく「ヴァイオリン・ソナタのなかでいちばん好きな曲」。フランクはベルギーのリエージュに生まれ、フランスで活躍した作曲家です。今年生誕200年を迎え、あらためて注目が集まっています。実はイザイも同じくリエージュの出身。フランクはパリに移り住んできた同郷の若き才能にこの傑作を贈り、イザイは演奏を通して作品の真価を世に広めたのです。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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知っているようで知らない楽器・木琴の音楽会

投稿日:2022年06月18日 10:30

木琴ほど「知っているようで知らない楽器」と呼ぶにふさわしい楽器はないかもしれません。おもちゃの楽器や教育用楽器として触ったことのある方は多いはず。でも、シロフォンとマリンバの2種類の違いがなにかと言われると考えこんでしまいます。番組冒頭で演奏された「チョップスティック」でわかりやすく比較されていましたが、乾いたシャープな音がシロフォン、柔らかく深みのある音がマリンバなんですね。
 シロフォンがヨーロッパ出身、マリンバがラテンアメリカの出身の楽器だというお話も興味深いと思いました。どちらかといえば身近に感じていたのはマリンバのほうだったのですが、よく考えてみると、クラシックの有名曲で出番が多いのはシロフォンのほう。サン=サーンスの「動物の謝肉祭」や「死の舞踏」、ショスタコーヴィチの交響曲第5番、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」など、みんなシロフォンが使われています。マリンバですぐに思いつくのはライヒの「ナゴヤ・マリンバ」など、現代の曲が多いような気がします。
 カバレフスキーの「道化師のギャロップ」やハチャトゥリャンの「剣の舞」といった曲は、運動会でもよく使用される曲です。シロフォンの歯切れよく軽快な響きが運動会にぴったりということなのでしょう。カバレフスキーはもともとは児童劇のための組曲として「道化師」を作曲しました。そう考えると学校の運動会に使われるのも無理はないのかも。一方、ハチャトゥリャンの「剣の舞」はバレエ「ガイーヌ」の一場面。こちらはサーベルを持った戦いの踊りを表現した音楽です。後ろから追い立てられるようなムードがあって、やはり体を動かしたくなります。
 「実験!もしもシロフォンでヴェルディのレクイエムを演奏したら?」には爆笑。あの重々しく恐ろしい音楽が、すっかり陽気な音楽に変身していました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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ドアの向こうの音楽会~ウェディング~

投稿日:2022年06月11日 10:30

6月といえば「ジューン・ブライド」。古くから欧米では6月に結婚すると幸せになれるという言い伝えがあります。一説によれば、6月は結婚と女性の守護神とされるジュノー(=ギリシア神話でのヘラ、主神ゼウスの妻)にちなむ月であることから、そのように言われるようになったそうです。今回はウェディングをテーマに、一流音楽家のみなさんにドアの向こうの仮想現実のなかで演奏していただきました。
 オルガニストの石丸由佳さんが演奏したのはメンデルスゾーンの「結婚行進曲」。よく耳にする有名な「結婚行進曲」には2種類あります。ひとつがこちらのメンデルスゾーン。晴れやかな曲想で有名ですよね。シェイクスピアの「夏の夜の夢」の上演に際して作曲されました。もうひとつはワーグナーがオペラ「ローエングリン」のために書いた「結婚行進曲」。こちらはゆっくりと歩くような曲調で、新郎新婦入場の場面でよく使われます。実用性が高いのがワーグナー、気分が盛り上がるのがメンデルスゾーンと言えるでしょうか。
 ピアニストの萩原麻未さんとヴァイオリニストの成田達輝さんは「ハウルの動く城」より「人生のメリーゴーランド」を演奏してくれました。著名音楽家同士のカップルとして話題を呼んだおふたりですが、プロポーズにそんなロマンチックな逸話があったとは。本当に素敵なおふたりだと改めて感じます。
 ソプラノの鈴木玲奈さんが歌ったのは讃美歌429番「あいの御神よ」。清澄な歌声は軽やかでいて厳かでもあり、軽井沢高原教会にぴったりの雰囲気だったと思います。緑に囲まれた外観といい、木の温もりが感じられる内部の空間といい、本当に美しい場所で、讃美歌に心が洗われるようでした。
 スイスを拠点にするチェリストの新倉瞳さんはアルプス湖畔を舞台にユダヤの伝承音楽をルーツに持つ「ウェディング・ホラ」を演奏してくれました。クラリネットはコハーン・イシュトヴァーンさん、アコーディオンは佐藤芳明さん。クラシックとは一味違った濃厚な味わいがありましたね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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熱くドラマチックなオーケストラの音楽会 後編

投稿日:2022年06月04日 10:30

今週は先週に引き続いて、檀れいさんと水谷豊さんをゲストにお招きして、オーケストラの魅力に迫りました。指揮は「炎のマエストロ」の愛称でおなじみ、小林研一郎さんでした。
 さまざまな個性を持ったプレーヤーたちが一堂に会することから、よく「オーケストラは社会の縮図」と言われますが、水谷監督の映画「太陽とボレロ」でも、オーケストラのメンバーたちがその楽器にふさわしいキャラクターで描かれています。オーボエ奏者がリードを削っている姿が映像にありましたが、いかにも職人的な気質が伝わってきます。
 そんな水谷監督にとって忘れられない名曲が、映画のタイトルにもなっているラヴェルの「ボレロ」。小太鼓が延々とボレロのリズムを刻む中で、各々の楽器が順々にメロディを受け継ぎ、曲全体で大きなクレッシェンドが築かれます。マエストロいわく、「ボレロはそれぞれの楽器が自分の人生を語り尽くす」。輪廻転生にたとえて表現していたのが興味深かったですよね。
 今ではラヴェルの代表作として知られる「ボレロ」ですが、曲は急場しのぎから誕生しました。親交のあるダンサーから「スペイン風のバレエ音楽を書いてほしい」と依頼されたラヴェルは、当初、スペインの作曲家アルベニスのピアノ曲「イベリア」をオーケストラ用に編曲するつもりでした。ところが諸般の事情から、バレエ初演の直前に編曲を断念し、自分のオリジナル曲を書くことになってしまいます。短期間で新曲を書けるのかと気を揉む依頼者に対して、ラヴェルは「ごく単純な譜面を考えるほかない」と言い、急いで「ボレロ」を書きあげました。
 なるほどパターンの反復で曲ができているという点では単純かもしれませんが、音色の多彩な変化が豊かな表情を生み出し、退屈する瞬間はまったくありません。生前のラヴェルはこの曲がオーケストラのレパートリーに定着するとは思っていなかったそうですが、今ではラヴェルの最高の人気作となっています。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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