今週は演奏家が名曲に題名をつけて演奏する好評シリーズ企画の第6弾として、ピアニストの小林愛実さんをお招きしました。小林さんは2021年のショパン国際ピアノ・コンクールで第4位に入賞。同じコンクールで第2位に入賞した反田恭平さんと結婚し、出産を経て、ステージに帰ってきました。
今回、小林さんが選んだ3曲は、すべて「即興曲」です。クラシック音楽の世界で「即興曲」といえば、主にロマン派の時代に好まれた性格的小品(キャラクター・ピース)の一種で、即興的な性格を持った小品を指します。実際に即興をするのではなく、決まった形式を持たない自由な発想で書かれた作品という意味合いなんですね。
その即興曲の分野で名曲を残したのがシューベルト。小林さんはシューベルトの即興曲Op.90-2に対して、「7歳の思い出」と名付けました。これは小林さん個人の思い出にちなんでいるわけですが、ピアノ学習者の方には、7歳とは言わずとも、発表会等でこの曲に思い出を持っている方も少なくないことでしょう。
ショパンの「幻想即興曲」も広く親しまれている名曲です。「即興曲」の前に「幻想」と付いていますが、これは作曲者の死後に他人が付けた題名です。クラシックの名曲ではよくあることですが、他人が付けた題名がそのまま定着しました。小林さんがこの曲に付けた題名は「オルゴール」。オルゴールのふたを開けて感じる懐かしさに、作品に込められたショパンの祖国への思いを重ね合わせたところからの連想でした。たしかにこの曲にはノスタルジーを感じます。
3曲目はシューベルトの即興曲Op.142-2。小林さんが付けた題名は「包まれて」。これはよくわかりますよね。冒頭のメロディから聴く人を包み込むような優しさが伝わってきます。出産後は「どの作品を弾いても子どものことを思い出してしまう」と語る小林さんの言葉通り、慈愛に満ちたシューベルトでした。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)