今週はハンド・サインを用いて即興演奏を行う音楽集団el tempo(エル・テンポ)のみなさんをお招きしました。率いるのはシシド・カフカさん。まるでオーケストラの指揮者みたいにジェスチャーでメンバーに指示を出します。身体言語を駆使しながら求める音楽表現を伝達するという意味では指揮者に近いと思うのですが、決定的に違うのは楽譜が存在しないという点でしょう。
最初は演奏を見ても、シシドさんがなにをやっているのか、まったくわかりませんでしたが、ひとつひとつのハンド・サインの意味を説明してもらうと、なるほど、ハンド・サインにメンバーが反応していることがよくわかります。このハンド・サインによる即興演奏の仕組みを考案したのは、アルゼンチン出身のミュージシャン、サンティアゴ・バスケス。シシドさんが偶然その演奏を目にして衝撃を受けたことが、el tempo結成のきっかけとなりました。
それにしてもハンド・サインの種類が120から130種類もあるというのですから、驚かずにはいられません。これをすべて覚えるのは至難の業では。サインを出す側もさることながら、受け取る方が即座に反応しているのがすごいですよね。「えーと、これはなんのサインだったけなあ?」などと、のんびり考えている時間はありません。
ハンド・サインのなかには直感的に理解しやすいものもありましたが、指を16分音符に見立ててリズムフレーズを指示する「フィンガー・リーディング」のように、指の数まできちんと読み取らないといけないものもあって大変です。
一方でこのハンド・サインの魅力は、簡単なサインであれば、だれでもすぐに参加できるところ。この日、初めてハンド・サインを知ったはずの客席のみなさんが、「コール&レスポンス」のサインに手拍子でこたえてくれました。これはすばらしいですよね。舞台と客席が一体となった即興演奏に、大きな可能性とエネルギーを感じました。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)