今週はシューベルトからグレン・ミラーまで、さまざまなセレナーデをお楽しみいただきました。
音楽用語のなかでも「セレナーデ」ははっきりと意味のわからない言葉の筆頭ではないでしょうか。シューベルトの「セレナーデ」を聴くと、切々とした恋の歌のことを指すのかなと思います。でもチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」やモーツァルトが残した多数のセレナーデには、恋愛の要素が感じられません。これは言葉の意味が時代を通して変化しているからなんですね。
古くはルネサンス時代から、夜に戸外で恋人や貴人のために演奏される曲をセレナーデと呼んでいました。ところがモーツァルトの時代になると、戸外でも演奏できるような小編成で多楽章の合奏音楽をセレナーデと呼ぶようになります。モーツァルトが書いたいちばん有名なセレナーデは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。ナハトムジークはドイツ語で「夜の音楽」という意味です。それからだんだん戸外のイメージも薄れてきて、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」のように純然たる演奏会用の楽曲までセレナーデと呼ばれるようになります。
セレナーデの伝統がジャズに及んだ例がグレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」。ここにも月明かりという夜の要素が受け継がれています。もっとも、これは偶然の産物でもあるのです。当初、この曲はNow I Lay Me Down to Weepと題されていましたが、グレン・ミラーがこの曲をフランキー・カール作曲「サンライズ・セレナーデ」のカバーと一緒にリリースする際、「ムーンライト・セレナーデ」と新たな題が付けられたのだとか。レコードのA面が「サンライズ・セレナーデ」なので、B面は対語として「ムーンライト・セレナーデ」にしたらいいんじゃないか、という発想です。おかげで「セレナーデ」本来の語義に含まれていた「夜」のイメージが復活することになりました。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)