今週は静岡県掛川市のヤマハ掛川工場を訪れて、ピアノ製作の現場を見学させていただきました。
ピアノは弦楽器や管楽器、打楽器などに比べると、格段に「機械」のイメージが強いと思います。「工房で作られる」というよりは、「工場で生産される」のがピアノ。一台8000点ものパーツから作られると聞くと、ますますそう感じます。
しかしこうして工場の様子を見せていただくと、ピアノとは機械化された技術と人間の職人技の絶妙のバランスから成り立っているのだと痛感せずにはいられません。
接着剤で長方形の板を何枚も重ねて貼り付けて、これを型にはめてピアノの側板を作る場面などは、まさに工場そのもの。洗練された技術の粋が込められているのでしょう。しかし、弦を張るのは手作業による重労働。マンツーマンで張り方を教わる職人技の世界です。
もっとも印象的だったのは整音の場面です。この工程は習得に10年以上かかる熟練の技。ハンマーに針を刺す前と刺した後の音の比較がありましたが、ずいぶんと違っていましたよね。刺す前は硬くて金属的で、そっけない音がしていました。ところが針を刺した後は、一気に柔らかく、ニュアンスに富んだ音に。これが聴き慣れたピアノの音でしょう。
おもしろいのは同じ工場でも職人によって微妙な差があるということ。職人の佐原さんが、3台のピアノのなかから自分が整音した1台を音だけを聴いて見事に的中する場面がありました。こういったことの積み重ねから、ピアノ一台一台の個性が生まれるのでしょう。
藤田真央さんが最後に弾いてくれたのは、シューベルト~リスト編曲の「ウィーンの夜会」より。工場で作られたばかりのピアノに、魂が注入される場面を目の当たりにした思いがします。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)