今週は温泉地で生まれたクラシックの名曲をお届けしました。温泉と聞くと、日本の温泉街のイメージが強いのですが、ヨーロッパにも温泉保養地がたくさんあるんですね。これらの温泉の多くは、上流階級の人々や文化人が長期滞在する社交場として発展してきました。モーツァルトが残した手紙には、奥さんのコンスタンツェが湯治に出かけていてたくさん費用がかかって大変だといった記述が残されています。
ヘンデルやベートーヴェンが好んだ温泉地を実際に体験してきたのが、ピアニストで指揮者の大井駿さん。温泉地から生まれた4曲を演奏してもらいましたが、気のせいでしょうか、どの曲もとても心地よく、体がリラックスできたように感じられます。
ヘンデルがドイツのアーヘンで療養した直後に作曲したのは歌劇「セルセ」。このオペラのなかでもっとも広く知られている曲が「オンブラ・マイ・フ」(懐かしい木陰よ)です。テレビCMなど、いろいろな機会で耳にする名曲です。高野百合絵さんの伸びやかで温かみのある声に癒されました。
ベートーヴェンも好んで温泉地に滞在した作曲家です。保養地バーデン・バイ・ウィーンに滞在して作曲したのが、後期の大傑作、弦楽四重奏曲第13番。今回は第5楽章の「カヴァティーナ」をほのカルテットのみなさんに演奏していただきました。ほのカルテットは昨年、室内楽の国際的な登竜門として知られる大阪国際室内楽コンクールで第2位を獲得して注目を浴びています。気鋭のカルテットによる入魂の演奏でした。
ショパンのマズルカ作品67-1はチェコの温泉地カルロヴィ・ヴァリで書かれた作品。故郷を離れてパリで暮らしたショパンは、ここで両親と久々の再会を果たしました。
プッチーニが通った温泉はイタリアのモンテカティーニ・テルメ。ここでオペラ「ラ・ボエーム」の一部が作曲されたといいます。「ラ・ボエーム」では貧しい若者たちの悲恋が描かれていますが、プッチーニはずいぶんリッチな環境で曲を書いてたんですね……。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)