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音楽の街・古都奈良をピアニスト反田恭平と巡る休日

投稿日:2023年01月07日 10:30

あけましておめでとうございます。今週は新年早々にご結婚を発表されたばかりの反田恭平さんと一緒に古都奈良を巡りました。反田さんが設立したオーケストラ、ジャパン・ナショナル・オーケストラの拠点は奈良。反田さんはこのオーケストラを地域社会に親しまれる楽団に育て、いずれはアカデミー(音楽院)へと発展させたいとたびたび話しています。
 意外なところで音楽と結びつきのある奈良でしたが、なかでも歴史を感じさせたのが春日大社の神楽鈴(かぐらすず)と鼉太鼓(だだいこ)。神楽鈴は約900年続く春日若宮おん祭で用いられ、鼉太鼓は約800年にわたって使われ続けたといいます。クラシック音楽では古い時代の作曲家であるバッハですら300年前の人ですから、800年、900年といった時間のスケールがいかに大きいか、感嘆せずにはいられません。
 鹿寄せに使われていたホルンにもびっくり。現代のホルンとは異なり、バルブのないナチュラルホルンが用いられていました。今でもピリオド・オーケストラ(古い時代の作品を当時の楽器や奏法を用いて演奏する楽団)の演奏会で、ときどきナチュラルホルンを目にすることはありますが、まさか奈良の鹿寄せでナチュラルホルンの音色を聞けるとは。ヨーロッパの昔の楽器が奈良の風物詩として定着しているのがおもしろいですよね。
 奈良ホテルのアップライトピアノは、相対性理論で有名なアインシュタイン博士がかつて来日した際に弾いたピアノなのだとか。アインシュタインといえば、いつも旅先にヴァイオリンを携行するほどのヴァイオリン愛好家として知られていますが、実はピアノも好んで弾いていました。
 最後に演奏されたモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、鈴木郁子さん製作の吉野杉製弦楽器を使ったカルテットによる演奏で。明るく爽快な音色が印象的でした。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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なぜこの曲がクリスマスに流れているの?の音楽会

投稿日:2022年12月24日 10:30

12月に入ったと思ったら、あっという間にやってくるのがクリスマス。この時期はクリスマス・コンサートが開催されたり、クリスマス・アルバムがリリースされたり、音楽界も賑やかになります。今週はクリスマスによく耳にする名曲について、その由来をひも解いてみました。
 最初に演奏されたのはルロイ・アンダーソンの「そりすべり」。ルロイ・アンダーソンといえばポップス・オーケストラに欠かせない名曲を数多く生み出したアメリカ軽音楽の巨匠です。「そりすべり」は「トランペット吹きの休日」「フィドル・ファドル」「タイプライター」らと並ぶ代表作といってよいでしょう。この曲、クリスマス・シーズンになるとあちこちでBGMとして使われていますので、聴くと条件反射的にトナカイとサンタさんの姿が思い浮かびます。でも、園田マエストロのお話を聞いて目から鱗が落ちました。そうですよね、トナカイではなくて馬に決まっているではないですか……。ちゃんと馬の効果音まで使われているのですから!
 シューベルトの「アヴェ・マリア」も、よくクリスマス・コンサートの演目としてとりあげられる曲です。ところが歌詞の内容は宗教的なものではなく、欧米ではクリスマスとは無関係の曲なのだとか。日本独自の発想だったんですね。でもマエストロのお話にもあったように、大切な人の無事や健康を祈る音楽として、この時期に聴くのもよいのではないかと思います。今回は藤木大地さんのカウンターテナーでお届けいたしましたが、透明感のあるのびやかな声が本当にすばらしかったですよね。
 最後に演奏されたのはチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」。この作品はクリスマス・イブに起きた不思議な出来事が描かれていますので、世界中の劇場でクリスマスの演目として上演されています。日本でも新国立劇場など、多くのバレエ団がこの時期に「くるみ割り人形」を上演しています。大人も子供も楽しめるクリスマスにぴったりの名作です。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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ショパン国際ピアノコンクール第3位 ガルシア・ガルシアの音楽会

投稿日:2022年12月17日 10:30

今週は昨年10月に開催されたショパン国際コンクールで第3位に入賞したスペイン出身のピアニスト、マルティン・ガルシア・ガルシアをお招きしました。
 ショパン・コンクールの模様はインターネットを通してライブ配信されていたのですが、多くの有力コンテスタントに交じって、ファンの間で大きな話題を呼んでいたのがガルシア・ガルシアです。歌いながら楽しそうに演奏する姿はインパクト抜群。生気にあふれたみずみずしい音楽に、その場がコンクールであることを忘れてしまうほどでした。コンクール後、ガルシア・ガルシアが来日して演奏会を開いたところ、客席は大盛況に。コンクールのインターネット配信の影響力の強さに驚くとともに、新たなスターが誕生したことを実感しました。
 演奏しながら歌ってしまうピアニストというと、今や伝説的な存在となったグレン・グールドを思い出します。もっとも、ガルシア・ガルシアのキャラクターはグールドとはほとんど正反対。明るくチャーミングな人柄は、彼の音楽にも反映されているように思います。
 今回はバッハ、ショパン、モンポウ、ラフマニノフといった幅広いレパートリーを披露してくれました。流れるような前奏曲と端正なフーガの対比が鮮やかなバッハ、華麗でありながらユーモアもにじませたショパンの「猫のワルツ」、陰影に富んだモンポウの「歌と踊り」、情感豊かなラフマニノフのワルツと、それぞれにガルシア・ガルシアの魅力が発揮されていたと思います。特に印象的だったのは、彼にとっての「お国もの」であるモンポウ。1987年まで存命だった20世紀の作曲家で、繊細で詩情豊かなピアノ小品により独自の世界を築きました。モンポウやアルベニスやグラナドスなど、スペイン音楽の傑作をもっと彼のピアノで聴いてみたくなります。
 それにしても、日本人の婚約者がいたとはびっくり。日本との縁が深まるのは嬉しいですね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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滑稽なクラシック?スケルツォを探る音楽会

投稿日:2022年12月10日 10:30

 わかるようなわからないような音楽用語ってありますよね。今週とりあげた「スケルツォ」もそのひとつではないでしょうか。ショパンの「スケルツォ」のように単体で作品名として用いられることもあれば、ベートーヴェンの交響曲のように特定の楽章にこの名が添えられることもあります。
 もともと「スケルツォ」とはイタリア語で「冗談」「滑稽」の意。今回はベートーヴェン、クライスラー、プロコフィエフ、フランセの作品を例に、「スケルツォ」のおかしさについて音楽家のみなさんといっしょに掘り下げてみました。
 ベートーヴェンはすぐれたスケルツォをたくさん書いた作曲家だと思います。ピアノ・ソナタ第2番に登場するスケルツォで表現されるのは、「ひょうきん」と「まじめ」の対比の妙。言われてみると、なるほどと思いますよね。こういった表現のコントラストの鮮やかさは、ベートーヴェンの音楽の特徴と言ってもよいでしょう。
 クライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリス」では、服部百音さんがそのイメージを言語化してくれたように、曲調がめまぐるしく変化します。「カプリス」は奇想曲ともいい、気まぐれな性格の作品を指しています。「スケルツォ」と「カプリス」を組み合わせているところがユニークだと思いました。
 プロコフィエフのフルート・ソナタのスケルツォは、多久潤一朗さんの「コメディ風のサイコスリラー」という表現がまさにぴったり。プロコフィエフの音楽にはしばしば毒のある笑いの要素が見受けられます。不気味さや執拗さが笑いと結びつくのがプロコフィエフならでは。
 最後のフランセはあえて擬古典的なスタイルで書かれた曲で、作品自体に宮廷風舞曲のパロディのような要素があります。この「スケルツォ」には演劇的な要素も感じられました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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世界に誇る国産楽器を知る音楽会

投稿日:2022年12月03日 10:30

楽器製作の世界では意外なところで国産品が活躍しています。日本の職人技が国際的に高く評価されていることもしばしば。今週はそんな世界に誇る国産楽器をご紹介いたしました。
 多久潤一朗さんがおすすめしてくれたのは、村松フルート製作所のゴールド製フルート。清澄な音はもちろんのこと、造形の美しさにも魅了されてしまいます。フルートの世界で「ムラマツ」はだれもが知る有名な存在です。所在地は埼玉県所沢市。創業は大正12年で来年100周年を迎えます。ずいぶんと長い歴史があるんですね。陸軍の軍楽隊に所属していた創業者の村松孝一さんが、当時日本では入手困難なフルートを作りたいと考えたのがはじまりといいますから、隔世の感があります。今や世界各国の一流オーケストラの奏者たちがムラマツのフルートを愛用しています。
 最上峰行さんのおすすめは美ら音工房ヨーゼフのオーボエ。モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」で、その美音を堪能させてくれました。愁いを含んだ甘美な音色がたまりません。こちらも世界的なプレーヤーに愛用される楽器です。所在地は沖縄県南城市。創業者の仲村幸夫さんはドイツでオーボエ奏者としてキャリアを積んだ後、帰国してオーボエの製作をはじめました。そんなヨーゼフの楽器を「神の楽器」と称えたのがドイツの名奏者マンフレート・クレメント。クレメントはドイツのトップ・オーケストラのひとつ、バイエルン放送交響楽団の首席オーボエ奏者を務めた世界的な名手です。
 真矢さんのおすすめは世界的ドラムメーカーのPearl。所在地は千葉県八千代市。てっきり海外のメーカーだと思い込んでいましたが、それだけ世界の一流プレーヤーが使っている場面を目にする機会が多いということなのでしょう。最初は譜面台のメーカーだったというお話にもびっくり。奏者が楽器製作者になったわけではないんですね。「真円度がものすごく高い」というお話にメーカーの職人魂を感じました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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オーケストラで聴くサッカー応援曲の音楽会

投稿日:2022年11月26日 10:30

FIFAワールドカップカタール2022のグループステージ第1戦では、日本代表がドイツ代表に逆転勝利をあげました。本当に見ごたえのあるすばらしい試合でしたよね。第2戦のコスタリカ戦に向けてますます期待の高まる中、今週は元日本代表の内田篤人さんをお招きして、オーケストラでサッカーの応援曲をお楽しみいただきました。
 サッカー名曲としてまっさきに思い浮かぶのが、日本代表の応援歌にも使われるヴェルディ作曲のオペラ「アイーダ」の「凱旋行進曲」でしょう。「アイーダ」は古代エジプトを舞台とした人気作。エジプトの将軍ラダメスと敵国エチオピア王の娘アイーダとの禁じられた恋が描かれます。第2幕でラダメスが軍勢とともに凱旋する場面で、「凱旋行進曲」が高らかに奏でられます。勝利を祝う勇ましい音楽ですから、スタジアムにもよく似合いますよね。
 テレビ朝日のサッカー中継でおなじみ、サラ・ブライトマンの「クエスチョン・オブ・オナー」も、オペラに由来する名曲です。カタラーニのオペラ「ラ・ワリー」の有名なアリア「さようなら、故郷の家よ」が曲の冒頭とおしまいで登場します。オペラ「ラ・ワリー」は「アイーダ」と違ってめったに上演されない演目ですが、このアリアだけはとても人気が高く、単独で歌われる機会の多い楽曲です。ジャン=ジャック・ベネックス監督の映画「ディーバ」で効果的に使用されていましたので、映画で曲を知った方もいるかもしれません。
 最後に演奏されたエルガーの行進曲「威風堂々」もサッカー・シーンでよく耳にします。エルガーはイギリスを代表する作曲家。大英帝国の栄華を象徴するような勇壮な行進曲で、中間部のメロディは「希望と栄光の国」の題で親しまれています。聴くと思わず背筋が伸びるような格調高い曲想がいかにもエルガー。イギリスをはじめ、日本を含む世界各国のサッカー・クラブの応援歌として愛唱されています。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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実は自由だったクラシック!バロックの音楽会

投稿日:2022年11月19日 10:30

今週は鈴木優人さんとバッハ・コレギウム・ジャパンのみなさんをお招きして、バロック音楽の自由な世界をお楽しみいただきました。クラシック音楽といえば、楽譜通りの正確な演奏が求められるものと思われがちですが、バロック音楽の時代には奏者による装飾や即興がごく自然なことだったんですね。鈴木優人さんのお話にあった「同じ演奏を2回するな」というバロック音楽の時代のスピリットは、のちの時代の音楽にも通じるところがあるのではないでしょうか。
 コレッリのヴァイオリン・ソナタについて装飾の実例がありましたが、それぞれの演奏がぜんぜん違っていることに驚かされます。原曲の楽譜に書かれている音符はとてもシンプル。これはこれで美しいメロディですが、ルーマン版ではぐっと音符の数が増えて、華やかで技巧的な音楽になっています。カッコよかったですよね。今回の演奏者、若松夏美さん版もやはり音符の数が増えて華やかでしたが、曲のメランコリックな性格がより強調され、しっとりとした味わいがありました。ひとつの楽曲から無数の表現が生み出されるところがおもしろいところです。
 ヴィヴァルディのチェロ協奏曲では、独奏者が即興をする「カデンツァ」に注目していただきました。こういった自由度の高い部分が用意されていると、聴衆も「今回はどんな演奏になるのだろう」とワクワクします。協奏曲におけるカデンツァの伝統は、その後、モーツァルトやベートーヴェンといった古典派の音楽にも受け継がれています。ただ、時代が進むにつれて、だんだんと作曲と演奏の分業化が進み、協奏曲から即興の要素が薄まってゆきました。現代では即興のおもしろさはジャズの世界に受け継がれているのかもしれません。
 通奏低音の自在さもバロック音楽の大きな特徴のひとつ。最後のメールラ「チャッコーナ」では総勢8人もの通奏低音部隊が結成されました。こんなリッチな通奏低音は聴いたことがありません!

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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いま注目すべきアーティストを知る音楽会

投稿日:2022年11月12日 10:30

今週はこれからの躍進が期待される番組注目の若手アーティスト2名をご紹介いたしました。
 ピアニストの北村明日人さんは、今年8月に開催された第46回ピティナ・ピアノコンペティションの特級グランプリに輝いた新星です。このコンペティションでは、2019年の亀井聖矢さん、2018年の角野隼斗さん、2011年の阪田知樹さんなど、現在大活躍中のピアニストたちが特級グランプリを受賞しています。
 北村さんが最初に演奏したのはバッハのフランス組曲第5番より第7曲「ジーグ」。ジーグとはバロック音楽時代の組曲を構成する基本の舞曲ですが、まさに北村さんの演奏は踊るかのよう。まるで指揮をしているような身振り手振りが印象的でしたね。
 続いて演奏されたのはブラームスの幻想曲集作品116より第4番「間奏曲」。晩年のブラームスが書いたピアノのための小品です。この時期のブラームスの小品には孤独感や諦念を感じさせる作品が多く、どちらかといえばベテラン・ピアニストが好むレパートリーだと思いますが、若い北村さんは真正面から作品に向き合って、味わい深いブラームスを奏でてくれました。
 トランペット奏者の松井秀太郎さんはクラシックとジャズを学び、作曲もできる多才の持ち主。小曽根真さんによる次世代を担う才能を発掘するプロジェクト”From OZONE till Dawn”のメンバーに選出されるなど、注目を集めています。自作の”Trust Me”を演奏してくれましたが、とても詩情豊かで、ポジティブなエネルギーにあふれていました。
 小曽根さんとの共演では、チャイコフスキーの「白鳥の湖」より「ナポリの踊り」を演奏。トランペットが活躍する名曲として原曲も有名ですが、松井さんと小曽根さんの手にかかると、優雅なバレエ音楽が自由自在のジャズに変身。チャイコフスキーに聴かせてあげたくなるような楽しい演奏でしたね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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黄金のアンサンブル!弦楽四重奏の音楽会

投稿日:2022年11月05日 10:30

今週は弦楽四重奏の魅力をたっぷりとお楽しみいただきました。一昔前は弦楽四重奏というと玄人好みの渋いジャンルのような印象があったと思います。パッと人目を引くような派手さはないけれども、通にとってはたまらない、というわけです。しかし、昨今ではフレッシュな才能がこの分野に集まって意欲的な活動をくりひろげており、ずいぶんと「カッコいい」イメージが定着してきたように思います。
 弦楽四重奏は室内楽のなかでももっとも傑作に恵まれた分野かもしれません。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典派時代の作曲家たちはみな弦楽四重奏曲の傑作を残しています。弦楽四重奏の伝統はシューベルト、シューマン、ブラームスといったロマン派の作曲家たちに受け継がれ、20世紀に一段と活況を呈します。特に20世紀の作曲家で弦楽四重奏の傑作を残した作曲家と言えば、ショスタコーヴィチとバルトークが挙げられるでしょう。
 ショスタコーヴィチは15曲の弦楽四重奏を書いています。特に人気の高いのが、本日演奏された第8番です。作曲は1960年。ショスタコーヴィチは共産党の独裁体制下にあるソ連の作曲家でしたので、自由な創作活動を認められていませんでした。この年、ショスタコーヴィチは共産党に入党させられることになり、精神的な危機を迎えます。そして、表向きは「ファシズムと戦争の犠牲者」に捧げるとしながら、自らへのレクイエム的な作品としてこの曲を書きました。作品中に自身のイニシャルに由来するD-S(Es)-C-H(レ-ミ♭-ド-シ)がなんども出てくるのは、これが本当は自分自身を扱った作品であることを示唆しています。
 バルトークは6曲の弦楽四重奏曲を残しました。弦楽四重奏曲第4番は1928年の作品。とてもアグレッシブな音楽で、手に汗握るスリリングな緊張感があります。理知的でありながらも、荒々しい。そんなバルトークならではの魅力が伝わってきました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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角野隼斗が挑む!ポストクラシカルを知る音楽会

投稿日:2022年10月29日 10:30

今週は角野隼斗さんをお招きして、近年のクラシック音楽界に訪れた新たな潮流「ポストクラシカル」について教えていただきました。
 「ポストクラシカル」という言葉はご存じでしたでしょうか。クラシック音楽(クラシカル・ミュージック)に「ポスト」という言葉が付いていますから、最初にこの言葉を耳にしたときは古いのか新しいのかどっちなの?と微妙に違和感を感じたものですが、今や新たな音楽ジャンルを示す言葉としてすっかり定着しています。角野さんが語っていたように「クラシック音楽のサウンド感をベースに電子音楽の要素を足す」「生音を大事にしながらデジタルでできることを追求する」ことが、「ポストクラシカル」の特徴として挙げられると思います。
 この分野の先駆者はドイツ生まれのイギリスの作曲家マックス・リヒター。2012年にリリースしたヴィヴァルディの「四季」を「リコンポーズ」したアルバムは英米独のiTunesクラシックチャートで第1位になるなど、世界的に大きな話題を呼びました。クラシックの名曲にエレクトロ、アンビエントの要素を巧みに融合させた名盤です。
 今回番組で演奏された角野隼斗さんの「追憶」と「胎動」も、それぞれショパンのバラード第2番、練習曲作品10-1という名曲を「リコンポーズ」した作品で、まさしく「ポストクラシカル」の発想で書かれたもの。とても自由で新鮮な音楽だと感じます。
 もともとクラシック音楽の世界には、作曲家の意図を尊重して楽譜を正確に再現しようという原典主義の考え方が定着しているのですが、ポストクラシカルの方向性はまったく違います。原典にインスパイアされることによる創造性が大切にされていると言えるでしょうか。
 番組内で角野さんと話していたヴィキングル・オラフソンは、アイスランド出身の注目のピアニスト。オラフソンはコンサートで伝統的なレパートリーを弾く一方、ポストクラシカル的な発想を取り入れたアルバムを発表しています。角野さんに少し近いスタイルのアーティストと言ってもいいかもしれませんね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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