クラシック音楽の名曲には魔物や道化などの異様な世界を描いた作品がたくさんあります。今回はそんな名曲を通して異界を覗いてみました。
ノルウェーの作曲家グリーグの代表作「ペール・ギュント」の一曲が「山の魔王の宮殿にて」。この魔王とはトロールの王のことなんですね。トロールはトールキンの「指輪物語」などファンタジーにも登場しますが、日本ではRPGゲームの「ドラゴンクエスト」をきっかけに広く知られるようになったように思います。「ペール・ギュント」の型破りな主人公ペールは、トロールの娘と結婚しようとしたところ、その父親がトロールの王とわかり、間一髪のところで逃げ出します。次第に緊迫感を高めてゆく音楽は迫力満点。トロールの恐ろしさが伝わってきます。
ドイツの民衆本で描かれるティル・オイレンシュピーゲルは実在の人物とも架空の人物とも言われる道化者です。人を騙すようなひどい悪さもする一方、ときには権力者にいたずらを仕掛けて民衆の共感を呼ぶこともあります。ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスはそんなティルの暴れっぷりを交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」で表現しました。ティルの物語にはスカトロジー方面のとんでもない奇行も描かれていて、必ずしも「愉快」とは言いがたいのですが、楽曲はウィットに富んでいます。
フランスの作曲家ラヴェルの「夜のガスパール」はルイ・ベルトランの詩が題材になっています。第1曲が「オンディーヌ」(水の精のこと)、第2曲が「絞首台」、そして第3曲が「スカルボ」で、いずれも幻想的な光景が描かれています。亀井聖矢さんのイメージから「スカルボ」の姿がイラスト化されていましたが、楽曲から受ける印象はまさにあの絵の通り。超自然的な存在を実感させるという意味で、超絶技巧に必然性の感じられる楽曲だと思います。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)