今週は鈴木優人さんとバッハ・コレギウム・ジャパンのみなさんをお招きして、バロック音楽の自由な世界をお楽しみいただきました。クラシック音楽といえば、楽譜通りの正確な演奏が求められるものと思われがちですが、バロック音楽の時代には奏者による装飾や即興がごく自然なことだったんですね。鈴木優人さんのお話にあった「同じ演奏を2回するな」というバロック音楽の時代のスピリットは、のちの時代の音楽にも通じるところがあるのではないでしょうか。
コレッリのヴァイオリン・ソナタについて装飾の実例がありましたが、それぞれの演奏がぜんぜん違っていることに驚かされます。原曲の楽譜に書かれている音符はとてもシンプル。これはこれで美しいメロディですが、ルーマン版ではぐっと音符の数が増えて、華やかで技巧的な音楽になっています。カッコよかったですよね。今回の演奏者、若松夏美さん版もやはり音符の数が増えて華やかでしたが、曲のメランコリックな性格がより強調され、しっとりとした味わいがありました。ひとつの楽曲から無数の表現が生み出されるところがおもしろいところです。
ヴィヴァルディのチェロ協奏曲では、独奏者が即興をする「カデンツァ」に注目していただきました。こういった自由度の高い部分が用意されていると、聴衆も「今回はどんな演奏になるのだろう」とワクワクします。協奏曲におけるカデンツァの伝統は、その後、モーツァルトやベートーヴェンといった古典派の音楽にも受け継がれています。ただ、時代が進むにつれて、だんだんと作曲と演奏の分業化が進み、協奏曲から即興の要素が薄まってゆきました。現代では即興のおもしろさはジャズの世界に受け継がれているのかもしれません。
通奏低音の自在さもバロック音楽の大きな特徴のひとつ。最後のメールラ「チャッコーナ」では総勢8人もの通奏低音部隊が結成されました。こんなリッチな通奏低音は聴いたことがありません!
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)