新型コロナウイルス感染拡大の影響でいったんはあらゆる演奏会がなくなってしまった音楽界ですが、今ではオーケストラの公演が開かれるなど、緩やかに再始動が始まっています。しかし、そんな中でも苦心しているのが合唱団。合唱でいかに飛沫を防ぐのか、さまざまな試みが続いています。
そこで山田和樹さんが考えたのが、ハミングの活用。唇を閉じて歌うハミングの曲なら歌えるのではないか、というアイディアです。山田和樹さんは数々の名門オーケストラを指揮してきた世界的な指揮者ですが、実は東京混声合唱団の音楽監督も務めています。そんな山田さんならではの発想でした。
ハミングが部分的に使われる曲はたくさんありますが、ハミングだけでできた曲となると、とても珍しいのではないでしょうか。3人の作曲家に新作が依頼されましたが、それぞれにハミングならではの趣向が凝らされていて、新鮮な味わいがありました。
上田真樹さんの「Humming Hug」は、鼻歌から発想したというハミング曲。ハミングでは高い音を出すのが難しいと言いますが、そんな制約を感じさせない、自然体の安らぎに満ちた音楽でした。包み込むような柔らかい音が素敵でしたね。
信長貴富さんの「ハミングのためのエチュード」では、だれもが知る「故郷」のメロディを取り入れることで、情景を思い浮かべやすくなるように工夫されていました。冒頭の信長さんのオリジナル部分からすでにノスタルジックな雰囲気があふれていましたが、「故郷」と重なり合うことで一段とニュアンスの豊かな音楽が生まれていました。
池辺晋一郎さんは日本を代表する重鎮作曲家。弦楽器で音から音へ滑らかに連続的に移る奏法をポルタメントと言いますが、「ハミングの消息―混声合唱のために」ではそんなポルタメントのような効果が活用されていました。歌詞はありませんが、まるで会話をしているような音のドラマを想起させます。
飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)