focus on!ネクストガール
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女優・小野莉奈「ダークヒーローのような嫌われる役にも挑戦してみたい」
#10 小野莉奈(後編) 旬まっ盛りな女優やタレントにアプローチする連載「focus on!ネクストガール」。 小野莉奈(おの・りな)。事務所オーディションを経て、ドラマ『セシルのもくろみ』(フジテレビ/2017年)のスピンオフドラマ『セシルボーイズ』(フジテレビ/同年)で女優デビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、映画『アンナとアンリの影送り』(2019年)などへ出演を重ね、話題を集めた高校演劇のリメイク作品『アルプススタンドのはしの方』では初舞台(2019年)を踏むとともに、同作の映画(2020年)への出演も果たした。記憶に新しいところでは、大河ドラマ『青天を衝け』(NHK/2021年)にて渋沢栄一の娘「うた」役を好演、現在はドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』(テレビ東京/2022年)へ出演している。“女優”としての歩みを中心に話を伺った「前編」、この「後編」では、プライベートを含めた“素”の彼女にフォーカスしてみた。 【インタビュー前編】 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 YOASOBI・ikuraとの共演は夢のような時間だった ──たぶん今まですごく聞かれていると思うんですけど……同級生だったYOASOBIのikuraさんと、女優になりたいという話をしたりしていましたか? 小野 そうですね、話したりはしていました。 ──ikuraさんと最初に会ったときのことは覚えています? 小野 中学校でクラスが一緒になって、中3のときかな? いつもふたりで行動していたという時期があったんです。そこでいろいろと話した記憶はありますね。 ──ikuraさんの、音楽をやりたいというような話を聞いたりも……。 小野 はい。もともと彼女のほうが、私よりも先に(音楽)活動をしていたので。 ──YOASOBIが世に出てきたのを見て、どうでしたか? 小野 すごくがんばっている姿もずっと見てきたので、私もがんばらなきゃという気持ちになりました。 ──実際に、YOASOBIの楽曲がテーマソングになっている映画『たぶん』(2020年)では、小野さんが役を演じたりも……。 小野 そうですね。でも「いつか一緒にお仕事できたらいいね」とも言っていたので(『たぶん』の撮影は)現実なのに、あり得ないくらい夢みたいな時間だったなと思います。 ──同級生の、一方はミュージシャンとしてデビューをして、もう一方は女優としてデビューするというのはなかなかないですよね。 小野 そうですね。 自分にないものを持っている役を演じるのは楽しい ──最新のドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』について、お聞きします。小野さんは、中村ゆりかさんの、会社での後輩「三森さとみ」役を演じていますが、実際に演じてみてどうですか? 小野 OLという役は初めてなんです。今までは学生役が多かったので、役で自分の年齢をちょっと感じたというか。私も、もう大人の役をやるようになったんだという気持ちになって。役自体は、うらやましいなと思いながら演じていました。 ──その場合のうらやましいは……。 小野 (私生活では“推し活”をしながら働いているという)役に対していいなって。自分じゃない人を応援しながら、それを生きがいに仕事をできるというのが。 ──なるほど。 小野 すごくいいなって思う。なんだかすごく生き生きしていて。自分にはない何かを、この役のコは持っているのがいいなと思いながら、演じていましたね。 「雑誌を見るときも、必ずうしろにある占いのページを確認しちゃいます」 ──“推し活”がうらやましいということですが、小野さん自身、最近ハマっていることはないんですか? 小野 あー! ハマっていることか。そうだなあ……なんだろう。 ──好きなもの。逆に嫌いなものでもいいですけど……(笑)。 小野 ちょっと待ってくださいね、いっぱいあるので(笑)。えー……「占い」! これはね、行きたいんです。すごく行きたいんだけど、家族に「占いに行ってきたんだ」と言うと心配されるんですよ(笑)。 以前は3カ月に1回くらい行っていたんですけど、当たりすぎてすごく興奮して、家族に占いに行ってきたことを話しちゃうんです。そうすると心配される……「大丈夫?」って言われるんですけど(笑)。単純にすごく好きなだけで。知らない人に自分のことを話すのも楽しいし、わからないけど、もしかしたら当たるかもしれないという未来の予想図を聞くのもすごく楽しい。 そういうときって、自分に都合のいいことしか回収していないから。だからすごく楽しいし、そのときの1時間って、本当に10分くらいに感じるんですよ。もうすっごく落ち込んだときは占いに行っちゃいます。助けを求めるというよりはアイデアをいただくというか。その感覚に近いのかな? 解決策というか。 ──占いって、いろいろな占いがあるじゃないですか。占い師さんによっても違うと思うんですけど……。 小野 全部好きです! 占い番組があるじゃないですか。あれ、本当におもしろそうだなって。いつかゲッターズ飯田さんに占っていただきたいなと……というか今、占っていただきたいなと(笑)。本当に好きですね。人の占いを見るのも好きなんですよ。雑誌を見るときも、必ずうしろにある占いのページを確認しちゃいます。 ──ということは『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ)へも、いつか……。 小野 (笑)。でも公開されているとちょっと恥ずかしいですよね。当てられたときとか、全部が顔に出ちゃうから。 ──『突然ですが占ってもいいですか?』に出演している占い師の星ひとみさん、いらっしゃるじゃないですか、僕も視てもらったことがあるんですけど、めちゃめちゃ当たりますよ。 小野 まじっすか! ──もう驚くほど当たりますよ。 (※このあと、小1時間、占いと占い師さんについての具体的なトークが、テンション高く繰り広げられ……) ──占いは、カウンセリングみたいなものですよね。 小野 そうなんですよ、楽しいんです、普通に。 ──それを、今後の演技に活かせたら……占い師の役とか、あれば。 小野 それもいいですけど(笑)。普通に会いたいです、占い師さんに。 ──きっといつかは、当たる占い師さんに……(笑)。 狂気的な役にも挑戦してみたい ──ちょっと占いからは離れますが、今、憧れている女優さん、目標にしている役者さんはいますか? 小野 (目標になる)役者さんは本当にいっぱいいすぎて……各現場でやっぱり皆さんすごいなって思っちゃうんですよ。毎回、劣等感を感じるくらい……なんだろう? 憧れというよりは、ちょっと自分の実力の足りなさにショックを受けるくらいの感覚なんですよね。だから、あまりそういうことは考えないようにしていて。あと、ジャンルは違うんですけど、すごい!と感じた監督さんはいますね。 ──どなたですか? 小野 大河ドラマで演出していただいた黒崎博監督です。人としても、仕事の向き合い方にしても、すごく尊敬していて、こういう熱量を持った人に私もなりたいと心から思った方で。 ──もしかすると、小野さん自身、将来作り手側の方にも興味が出てきそうな感じもしますね。 小野 どうですかね……でも作品じゃなくても、わりと自分で作るという工程が好きなので。絵を描くとか、黙々とやる作業は好きですね。 ──最後に、今後やってみたい役はあります? OL役のオファーを受けて初めて、そんな年齢になったのか……と、さっき言っていましたけど。 小野 なんか狂気的な役がやりたいです……なんだろう? 何かに取り憑かれているとか、私がそういう作品に出て、視聴者の方が私のことをバラエティで観たときに「あっ、怖い」って思わせるぐらいの役。嫌われてもいいから、人の感じる「怖い」とか、そういう印象に残る役をやってみたいですね。すごくヒステリックな役とか、物を投げつけるとか、急に壁に穴を開け始めるとか……。 ──それ、見てみたいですね。 小野 たとえば挑戦的ではあるけど、ヒーローとは逆の、ダークな。そんな嫌われる役もやってみたいです。楽しいなだろうなと思います(笑)。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=寺沢ルミ 編集=龍見咲希、中野 潤 ************ 小野莉奈(おの・りな) 2000年5月8日生まれ。東京都出身。スピンオフドラマ『セシルボーイズ』(フジテレビ/2017年)で女優デビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、『コントが始まる』(日本テレビ/2021年)などへ出演を重ね、話題となった高校演劇のリメイク作品『アルプススタンドのはしの方』では初舞台(2019年)を踏むとともに、同作の映画(2020年)への出演も果たす。映画『POP!』(2021年)で、『MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021』最優秀主演女優賞を受賞。OL役を演じているドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』(テレビ東京/2022年)が現在、放送中。 ▼「占い」の話になったとたん、一気に目が輝き出した小野さんは、「メッチャ当たる占いありますか?」「ズバズバ言うみたいな感じですか?」「ええええ、めっちゃ行きたい!」と、しばらくの間、事細かに聞き出そうとするインタビュアーモードに。
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小野莉奈が女優を志したきっかけ「誰に何を言われようと、この楽しいという感覚は本物だった」
#10 小野莉奈(前編) 旬まっ盛りな女優やタレントにアプローチする連載「focus on!ネクストガール」。 小野莉奈(おの・りな)。事務所オーディションを経て、ドラマ『セシルのもくろみ』(フジテレビ/2017年)のスピンオフドラマ『セシルボーイズ』(フジテレビ/同年)で女優デビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、映画『アンナとアンリの影送り』(2019年)などへ出演を重ね、話題を集めた高校演劇のリメイク作品『アルプススタンドのはしの方』では初舞台(2019年)を踏むとともに、同作の映画(2020年)への出演も果たした。記憶に新しいところでは、大河ドラマ『青天を衝け』(NHK/2021年)にて渋沢栄一の娘「うた」役を好演、現在はドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』(テレビ東京/2022年)に出演している。インディーズ映画界で注目の主演映画『POP!』(2021年)も公開中と、着実にキャリアを積み上げている彼女へ“女優”としての歩みを聞いてみた。 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 女優を目指したきっかけは小学校の学芸会 ──女優を目指すきっかけは人それぞれだと思うのですが、小野さんが“女優”を意識したタイミングはいつごろですか? 小野 女優を目指すことになったきっかけは、小学6年生のときの学芸会なんです。『ライオンキング』をやることになったのですが、その主役から端役までを「クラスメイトの票数」プラス「先生の票数」で決めるという、本格的なオーディションが行われて。小学校での最後の行事だったし、せっかくだから挑戦してみたいという気持ちが湧いてきて、シンバ役に立候補したんです。 オーディションへは、自分なりにすごく準備をして挑みました。学校から帰ってきたら、ひとりで芝居の練習をするような期間が2週間くらいあって、初めて意識して“がんばる”ということをしたな、と。 結果的にシンバ役をいただくことができたのですが、そのときの、挑戦することが楽しかったという感覚はいまだにすごく残っていて。もちろん、人前で披露する本番のときに、準備してきたものを出しきるというのも楽しくて、小学生ながらに忘れられなかったんです。きっかけは、たぶんこの学芸会だろうなと思います。 それまでは、テレビドラマを観るとき、役者さんのお芝居を視聴者目線で観ていたのですが、学芸会のあとは、お芝居をする目線で観るようになったり、セリフをまねてみたりとかするようになって、私は女優になりたいんだなと思うようになりました。 ──憧れの人がいてというよりは、いきなり演じてみてその魅力に気づいて、それからどんどん気持ちが傾いていった……。 小野 そうですね。 ──実際に学芸会でやった手応えは、どんな感じだったんですか? 小野 お芝居を観ていた親戚のおじさんが、すごくよかったと言ってくれて……身近な人がひとりでもよかったと言ってくれたことがすごく自分の自信になったというのもあるし、自分の中でもすごく楽しかったという感覚が強かったんですよね。 誰に何を言われようと、この楽しいという感覚は本物だったというか。役に向けて自分が準備してきた過程と、実際に表現しきったというすべての過程がすごく楽しくて。そこへ向けて精一杯努力したということ自体も自信になりました。 ──なるほど。そこからデビューするまでは、どんな過程が……。 小野 女優になりたいと思いながらも人には言えない、言うのが恥ずかしいという気持ちが、中学生のころはまだ強くて……。高1のときかな? すごく焦り始めたんですよ。勉強もスポーツも何か特化してできるようなことがなかったので、どうやって生きていこう?と考え始めて。ずっと女優になりたいと思っているのに、私は何も変わってないなみたいな。 そんな自分に焦ったこともあって、高校1年、2年くらいのときにいろいろな事務所のオーディションを受け始めたんです。自分で事務所を調べて。その事務所の雰囲気とか、方針とか、すごく現実的な話になるんですけど、お金がかかるとか(笑)……莫大な費用がかかったらちょっと怖いなと。そういうことをしながらいろいろな事務所を受けて、今の事務所に入ることになりました。 ──将来の進路を決めて事務所に入るとき、まわりの人は、がんばって!という感じでした? 小野 進路については、人に本当に言いたくなくて……。学校でもそのまま誰にも言わずに卒業したいなと思っていたんですけど、この仕事を始めて何カ月かしたころにはもう広まっていて。でもまわりも気づいたものの、私になんて言っていいのかわからない。けっこうだいぶ経ってから「応援してるよ」みたいな感じで言われたんです。 家族も、すごく応援してくれました。それまでは、たぶん私の将来が心配だったんじゃないかな? どうやって生きていくんだろうって。そんなに勉強もできなかったので(笑)。だからたぶん私が自分の道を見つけたことがうれしかったんだろうと思います。 「最近はまわりから『大人になったね』って言われます」 ──最初の仕事って覚えていますか? 小野 覚えてます!……ん、あれ? どっちだっけな? 初めての映画とか、初めてのオーディションとか、各分野での初めての仕事は覚えているんですけど(笑)……一番初めては、スピンオフドラマだと思います。そのとき(撮影中の音声を拾う)マイクを、お芝居中に見ちゃうというミスはありましたね。つい気になって見ちゃう。すごく初心者的なミス(笑)。 ──その後どんどんドラマや映画への出演を重ねて……実年齢に近い高校生役が多かったですよね。演じた役の中で、一番自分に近いなと思ったのは、どの役でした? 小野 こう言っちゃうと少し変なんですけど、あんまり自分がわからないんですよね……自分がどんな人間なのかよくわからなくて。演じている役の中で、ここが自分にすごく似ているなというのは絶対に何かしらあるのですが、結局「自分」となると、よくわからないんです。 ──なるほど。たとえば、役作りをするときに、そういう自分に似ているところを見つけて広げていくようなことはしません? 小野 そうですね……磁石みたいに、自分の要素と逆の要素をつなげるような感覚。えーと、S極とN極……? 自分に寄せるとか役に寄せるというよりは、どちらの要素も細かくしてつなげていくという感覚が近いのかもしれないです。 ──相反する要素をつなげる、なるほど。たとえば『アルプススタンドのはしの方』は、まず舞台があって、そのあと映画にもなりましたよね。浅草九劇で観劇させていただきました。ひとつの作品を舞台と映画の両方で演じてみて、自分の中で違うことってありましたか? 小野 舞台のほうがすごく力んでいたような、緊張していた気がしますね。感覚的な部分でいうと。映画のほうがもっと力を抜いていたというか。舞台のほうでは、けっこう自分のことを追い込んでいたので……精神的にもあまり余裕がなかったし、でもだからこそ自分の本当の必死な感じと、役のもがいている感じがうまくリンクしたというのもあって。 映画のほうでは、すごく脱力していました。一緒に演じているほかの役者さんたちも(舞台のときと)同じということもあって安心感もあったし、舞台のときに稽古を積み重ねてセリフを入れていたから、セリフへの心配もなかった。あと、舞台ではひとりでもがいて演じているという感覚だったんですけど、映画のほうは仲間と一緒みたいな……すでに自分のことを仲間も知っているからこそ、素の自分でいられたという、そういう違いはあったかもしれないですね。 ──この作品に限らずだと思うんですけど、一緒にやった役者さんと別の作品で会ったりしますよね。たとえば、『アルプススタンドのはしの方』だと“藤野”役を演じた平井亜門さんとか。 小野 そうですね。 ──映画『シチュエーション ラヴ』(2021年)で、その平井亜門さんとまた共演をしたり……2回目の共演は、雰囲気が変わったりします? 小野 たしかに(『シチュエーション ラヴ』の)撮影中は、平井亜門くんに恋をしているという役だったので、ちょっと『アルプススタンドのはしの方』のときとは違う感覚、気持ちだったんですけど。撮影が終わった途端に(『アルプススタンドのはしの方』のときの)平井亜門くんとの雰囲気に戻るという……そういう感じがありましたね。 ──逆に、平井亜門さんからでもいいですし、まわりから、何か変わったねとか、違ってきたね、と言われることはありますか? 小野 「しっかりしたね」って言われます(笑)。 ──なるほど。 小野 「大人になったね」って言われます。たぶん『アルプススタンドのはしの方』のときは、まだ学生感が抜けていないということがあったのかもしれない。大人に任せているところは任せていたし、自分の気持ちのコントロールもできていなかったというか、本当に余裕がない感じだったんですけど。最近は特に、「大人になったね」って言われますね。 役を通して成長できた ──大人になっていくという意味では、最近、主演した映画の『POP!』。この作品では、特殊とまではいかないけれど独特な役を演じているなと思って観ていたんですけど。どうですか? この役を、今の自分に合わせてみた場合……。 小野 たしかに、あの役を演じてから変わったような気はします。でも(柏倉)リンちゃんという役は、監督の小村昌士さんが私のことについていろいろ知った上で作り上げた役だったので。だからこそ、すごく共通する部分があって、リンちゃんという役が大人に変わったときに、自分自身も変わる部分があった。役を通しながら成長できたなという……役を演じながら、ちょっと自分を客観視できたのかもしれないですね。 ──監督は、当て書きに近いような書き方をした……。 小野 そうですね。本当にありがたいことに『POP!』ではそういう役をいただけて。 ──なるほど。少し作品から離れますが、仲のいい女優さん、気になる女優さんはいらっしゃいますか? 小野 友達、あんまりいない……んですよね(笑)。でも役者さんたちと話すことはすごく好きだから、友達になりたい!という気持ちはあるんです。あ! でも『アルプススタンドのはしの方』の仲間とは、打ち上げに行ったりしました。 (それ以外の作品だと)やっぱり現場で会う役者さんたちが自分よりも年上の方が多いということもあって、自分から友達になるのはちょっとハードルが高いというか(笑)。現場では、いろいろな方とお話しをするタイプではあるんですけど。 ──話してみて、この人の話はおもしろかったなとか、感銘を受けた方はいましたか? 小野 大河ドラマで共演した、橋本愛さんと話したときは、すごく笑っていた記憶がありますね。本当にくだらないことで。役者さんと話していると常に何か笑っていて……でも何を話したのかはよくわからない(笑)。とはいえ、すごく楽しかった記憶はあるんです。そのまま自分から連絡先までを聞けたらいいなとは思うのですが、まだちょっとそこまではいけていないんです。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=寺沢ルミ 編集=龍見咲希、中野 潤 ************ 小野莉奈(おの・りな) 2000年5月8日生まれ。東京都出身。スピンオフドラマ『セシルボーイズ』(フジテレビ/2017年)で女優デビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、『コントが始まる』(日本テレビ/2021年)などへ出演を重ね、話題となった高校演劇のリメイク作品『アルプススタンドのはしの方』では初舞台(2019年)を踏むとともに、同作の映画(2020年)への出演も果たす。映画『POP!』(2021年)で、『MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021』最優秀主演女優賞を受賞。OL役を演じているドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』(テレビ東京/2022年)が現在、放送中。 ▼「よろしくお願いします。まずはお決まりの……」とインタビューを始めようとした瞬間、「え! ちょっと待って待って! 当てますね! えーと……きっかけ!ですよね?(笑)」と満面の笑顔。 【インタビュー後編】
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女優・志田彩良「ひと言では説明できないような映画をいつか撮ってみたい」
#9 志田彩良(後編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 志田彩良(しだ・さら)。『ピチレモン』専属モデルとして活動後、映画『ひかりのたび』(2017年)で女優として長編映画初主演を果たす。その後、映画『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)、『mellow』(2020年)や、ドラマ『だから私はメイクする』(テレビ東京/2020年)などへの出演を重ね、大ヒットドラマ『ドラゴン桜』(TBS/2021年)では印象に残る「小杉麻里」役を演じた。数多く出演している今泉力哉監督作品を中心に話を伺った「前編」に続き、この「後編」では、映画以外のことなどを聞いてみた。 【インタビュー前編】 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 エチュードで稽古を続けた印象的な初舞台 ──志田さんと今泉監督との関わりでいうと、映画以外に舞台もありますよね。志田さんの初舞台になる、「今泉力哉と玉田企画」として、こまばアゴラ劇場で上演した『街の下で』(2019年)。上演時に舞台を拝見したんですが、話の展開が、すごく意表を突くというか複雑な構造だったじゃないですか? 虚構と現実がごちゃごちゃになるみたいな……あの内容を、台本で最初に見たときどうでしたか? 志田 あの舞台は本番の数日前まで台本が完成していなくて、ギリギリまでエチュードで稽古をしていたんです。その中で生まれたことを、台本に入れ込まれていたりしていました。 稽古をしていくなかで「どんな台本になっていくんだろう?」という不安もありましたが……完成した台本がすごくおもしろく、演じている側としても本当に楽しくて、毎回新鮮な気持ちでできました。あの台本だったからこそ舞台が本当に楽しいって思えたので、初めての舞台があの台本ですごくよかったなと思います。 ──どこまでが劇中劇でどこまでが本編なのかわからないみたいな感じで、意表を突かれて……。 志田 そうですよね(笑)。毎回違う内容になっていたりするので、楽しかったです。 『ドラゴン桜』撮影現場で開催された「ジュースじゃんけん」 ──劇場で、初めてお客さんの前で演じた感想はどうでした? 志田 (観客の)生の反応というのは、今まで経験したことがなかったので……笑い声が聞こえるとホッとするのですが、「そこを気にしてお芝居をするな」と言われていたので、なるべく反応は気にしないようにしていました。 ──なるほど。たしかに芝居中、舞台の前っつらで体育座りをしていた志田さんは、泰然としていた印象が。演じるにあたって、憧れている俳優さんはいらっしゃいますか? 志田 『ドラゴン桜』で共演させていただいた阿部寛さんと長澤まさみさんです。お芝居はもちろんのことですが、作品を真ん中で引っ張っていくとはこうあるべきだなというのを、間近で勉強させていただきました。 ──具体的に、ここがすごかったなというのはあります? 志田 おふたりをテレビで拝見していて、きっと実際にお会いしたら緊張で話しかけられないだろうなという想像を勝手にしていましたが……まったくそんなことはなくて。私たちと同じ目線でお話ししてくださいました。 たとえば、共演者の仲を深めるために長澤さん発信で「みんなでジュースじゃんけんしようよ」っておっしゃってくださって、全員でジュースじゃんけんしたり。しかも、そのジュースじゃんけんを誰よりも長澤さんが一番楽しんでいらっしゃいました……。そういう同じ目線でいてくださることは、すごく素敵だなと思いましたし、私もこういう先輩になりたいなと思いました。 ──あとテレビでは、最近『しゃべくり007』(日本テレビ)に出られていましたが、バラエティへの出演はどんな感じでしたか? 志田 バラエティ番組はもともと好きでよく観ていて、その中でも『しゃべくり007』は特に出演したい番組でした。まさか自分の初めてのバラエティ番組の仕事が、憧れの『しゃべくり007』だとは思わなくて……すごくうれしかったのですが、今までの仕事で一番緊張したっていうくらい緊張してしまって。 でも、それを一番最初に乗り越えたというのは自分の中で大きかったかなと思って(笑)。そのあとに出演させていただいたバラエティ番組は肩の力を抜いて楽しむことができました。 ──OAを観ていて、しゃべくりメンバーの振りにも負けず、すごく振り切れていたような感じでしたけど(笑)。 志田 はい。本当に楽しかったです(笑)。 ひと言では説明できないような映画をいつか撮りたい ──少しプライベートなことも伺います。志田さんが、最近ハマっていることはありますか? 志田 ポケモン(『ポケットモンスター』)が好きで、ゲームはもちろんのこと、ポケモンのグッズを集めることにハマっています。そして、『Apex(Legends)』というゲームにハマっていて、友人とオンラインでプレイしています。 ──Apex! みんなやってますよね! チームを組んで。「e-sports」も流行ってますし。あと音楽面で、好きなアーティストさんとかはいらっしゃいます? 『かそけきサンカヨウ』のエンディングテーマは、崎山蒼志さんの楽曲でしたね。 志田 はい、音楽はすごく好きで、家にいるときもずっと流しています。好きなアーティストの方はたくさんいるのですが、マカロニえんぴつさん、ユアネスさん、Hump Backさん、TETORAさんなどのバンドも好きで……あと! 最近は奥田民生さんにすごくハマっていて。 ──奥田民生さん、世代ではないですよね? 志田 そうですね。動画を観たりして、めちゃくちゃかっこいいなと思って聴いています。 ──なるほど。奥田民生さん、あのまんまの人ですよね。ボクが『Mステ(ミュージックステーション/テレビ朝日)』の打ち合わせで会ったときとか、まさにあのとおりの人でした。 志田 本当ですか。より好きになりますね(笑)。 ──志田さんが、これからやってみたいことは何かありますか? 志田 いつか映画を撮ってみたいと思っています。『ドラゴン桜』で共演した細田佳央太くんと鈴鹿央士くんと、3人で監督をして3人で脚本を書いて映画を撮りたいねというのをよく話していて……日常生活でちょっとしたことで笑った出来事など、この経験は映画の中に入れたいよねっていう瞬間をメモして、それを定期的にみんなで伝え合ったりして「いつか映画撮りたいね」と。 ──映画! たとえば、こんなテイストが好きというような作品はあったりします? 志田 『きみの鳥はうたえる』(2018年)や『リバーズ・エッジ』(2018年)が好きです。ひと言で感想を言えないような、ひとりで浸れる作品がすごく好きです。 ──たしかに『きみの鳥はうたえる』なんかは、そうですね。 志田 「どんな映画なの?」って聞かれても「ひと言じゃ説明できないから観て!」って思うような作品がすごく好きです。 ──ということは、志田さんも含めた3人で脚本を書いて撮る映画も、そういうイメージになったり……。 志田 そうですね。そういうテイストで撮りたいですね。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 編集=龍見咲希、中野 潤(BLOCKBUSTER) ************ 志田彩良(しだ・さら) 1999年7月28日生まれ。神奈川県出身。映画『ひかりのたび』(2017年)で女優として長編映画初主演を果たし、その後、映画『パンとバスと2度目の初恋』(2018年)、『mellow』(2020年)や、ドラマ『his~恋するつもりなんてなかった~』(メ〜テレ/2019年)、『だから私はメイクする』(テレビ東京/2020年)、『ドラゴン桜』(TBS/2021年)などへ出演。10月15日に公開する主演映画『かそけきサンカヨウ』では、複雑な家庭環境で生活する高校生「陽」役を演じる。 ▼『かそけきサンカヨウ』10月15日より、テアトル新宿ほか、全国公開 STORY:高校生の陽(志田彩良)は、幼い頃に母・佐千代(石田ひかり)が家を出て、父・直(井浦新)とふたり暮らしをしていたが、ふたり暮らしは終わりを告げ、父の再婚相手である美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたと4人家族の新たな暮らしが始まった。そんな新しい暮らしへの戸惑いを、陽と同じ美術部に所属する陸(鈴鹿央士)に打ち明ける。実の母・佐千代への想いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に陸と一緒に行く約束をする。
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女優・志田彩良「今泉力哉監督の映画作品で主演をするのが目標のひとつでした」
#9 志田彩良(前編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 志田彩良(しだ・さら)。『ピチレモン』専属モデルとして活動後、映画『ひかりのたび』(2017年)で女優として長編映画初主演を果たす。その後、映画『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)、『mellow』(2020年)や、ドラマ『だから私はメイクする』(テレビ東京/2020年)などへの出演を重ね、大ヒットドラマ『ドラゴン桜』(TBS/2021年)では印象に残る「小杉麻里」役を演じた。今泉力哉監督映画作品への3作目の出演にして主演を務める映画『かそけきサンカヨウ』(10月15日公開)の公開を控える彼女へ、まずは今泉監督作品での来歴を中心に聞いてみた。 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 まさかこんなに早く目標が叶うなんて ──今泉力哉監督作品を中心に、お話を伺います。映画『かそけきサンカヨウ』は、今泉監督映画作品としては3作目ですが、最初に話が来たときはどうでしたか? 志田 初めて今泉さんの作品に出演させていただいた『パンとバスと2度目のハツコイ』のクランクアップ後に、今泉さんから「いつか志田さんで主演作を撮りたいと思っているのでよろしくお願いします」とおっしゃっていただいて、そこから私の中でも「いつか今泉さんの作品で主演をする」ということがひとつの目標になっていました。 まさかこんなにも早く実現させていただけるとは思っていなかったので、とてもありがたかったですしうれしかったです! ──主演ということで、撮影中にチカラが入ったりしました? 志田 現場に入っている間は、あまりプレッシャーは感じていませんでしたが、クランクアップのときに一気に肩の荷が降りる感覚を初めて経験して……そのとき、自分でも気づかないうちにプレッシャーを感じていたんだなと思いました。 ──前の2作品の現場と比べると、感じが違うという……。 志田 そうですね。『パンとバスと2度目のハツコイ』と『mellow』のときは、ただただ楽しんでやらせていただいたので。 ──なるほど。『かそけきサンカヨウ』で演じた「陽」は、すごく気丈な子という感じの役だと思うのですが……役作りをするにあたって、今泉監督からアドバイスや演技プランに関する話はあったりしましたか? 志田 特に話していなかったと思います。今までの2作品では、こういうふうにやりましょうという話し合いをする機会が多かったのですが、今回の『かそけきサンカヨウ』の現場では、今泉さんと話をした記憶がありません。 少し不安もあったのですが……「今泉さんがOKっておっしゃるなら、絶対大丈夫だろうな」と思い始めてきて、安心してお芝居をすることができました。 井浦新さんの言葉で、肩の力が抜けて楽しく演じられた ──撮影現場に入る前に(窪美澄さんの)原作小説を読まれたりはしたんですか? 志田 はい。読みました。 ──原作を読んでみていかがでした? 志田 原作を読んで、なんとなく作品全体のイメージも、(演じる)「陽」のイメージも自然と浮かんできて……すごく温かい温度を感じる作品だなと思いました。 ──父親役を演じる(井浦)新さんとの共演はどうでしたか? 志田 撮影の前半で家族とのシーンを撮って、後半では友人たちとのシーンを撮影したのですが、友人たちとのシーンに入る前日に、新さんから「ここまでの撮影で陽の芯の部分だったり、強さや弱さなど、いろんな面が見られたと思うから、明日からのシーンは純粋に楽しんでおいで」とおっしゃっていただいて。 それまでは「明日からどう演じようかな」、「友達の前での陽って、どんな感じだろうな」って、すごく悩んでいましたが……新さんのお言葉をいただいて、学生らしく楽しめばいいんだなって吹っ切れました。おかげで肩の力が抜けてみんなと楽しくお芝居ができました。 ──友人の中では、鈴鹿(央士)さんの演じる「陸」との微妙な関係性は、演じるにあたって難しかったんじゃないかと思ったんですけど、そのあたりはどうでしたか? 志田 央士くんとは『かそけきサンカヨウ』が初めての共演だったのですが、お互いに人見知りをしていて、なかなかコミュニケーションを取ることができませんでした(笑)。ですが、その関係性が「陽」と「陸」の絶妙な距離感につながったのかなと思っています。 この『かそけきサンカヨウ』のあとに(同じく共演した)『ドラゴン桜』の撮影をして、もし『かそけきサンカヨウ』が『ドラゴン桜』の撮影のあとだったら、また少し違う距離感になっていたのかなとも思っています。 ──なるほど、撮影は『ドラゴン桜』があとだったんですね。今泉監督作品への初出演となった『パンとバスと2度目のハツコイ』の撮影時に、監督と会った第一印象はどうでしたか? 志田 すごくオシャレなホテルのカフェで、初めてお会いしたのですが、独特の雰囲気を持っていて不思議な方だなという印象でした(笑)。 ──その後、演出を受けてみて、その印象はそんなに変わらず……。 志田 現場に入ると今泉さんのいろいろな面を見て、監督としてはもちろんですが、人としてもすごく素敵で尊敬しています。 撮影のとき、スタッフさんが少し失敗をして現場がピリっとなってしまったことがあって、そのときに今泉さんが「大丈夫、大丈夫! 気にしないで!」みたいな優しい声を率先してかけているのを見て、なんて素敵な監督なんだ!と。そんな温かい今泉さんだからこそ、作品自体の温度感も、あったかいんだなあって感じました。 “伝えること”と“思いやること”の大切さ ──『パンとバスと2度目のハツコイ』でも、今回の『かそけきサンカヨウ』でも劇中で「絵画」というファクターがあったと思うんですけど、プライベートで絵画を観たりはしますか? 志田 美術館に行ったりするのが好きで、ひとりでも行きますし、友人と一緒に観に行ったりもよくしています。自分で絵を描くことはないのですが、観るのは好きです。 ──今回、役として、キャンバスに向かってみてどうでした? 志田 とても難しかったです。炭で描く絵をクランクインの前に練習させていただいたのですが、1本でも何回も重ねるとどんどん濃くなったり、色の光の加減など、色の出し方を表現することってこんなに難しいんだと思いました。 ──あと今泉監督作品では、2作目となる『mellow』も、『かそけきサンカヨウ』も「告白すること」に向き合うシーンが印象的な気がするんですけど、『mellow』と今回とでは、演じるにあたって違いがあったりしましたか? 告白する相手も(『mellow』で田中圭さん演じる)年上の男性と、今回の同級生とで、少し違いますが……。 志田 どちらにも共通していることは「応え」を求めていないところで……ですが、伝えるけれど相手からの「応え」が欲しいというわけではなくて、相手に自分の気持ちを知ってほしかっただけみたいな部分は、すごく私も共感できます。 ──『かそけきサンカヨウ』の現場で、ほかに何か印象に残っていることってありますか? 志田 妹役の「ひなた」ちゃんがパンを食べているシーンがあるのですが、カットがかかったときに新しいパンにスタッフさんが変えてくださって……ですが、その食べていたパンの形がひなたちゃんのお気に入りだったらしく「同じパンじゃないとヤダ!」と。劇中と同じように、かわいい怪獣で(笑)。「そのパンじゃないとヤダ!」って言うから、大人たちが総出で「同じパンを探そう!」って。 ですが、何カットも撮影していたので、どのパンかわからなくなってしまっていて、みんなで「あのパンはどこだ!」と大捜索して撮影がストップしたり……本当に、ほっこりしました(笑)。 ──(笑)。では『かそけきサンカヨウ』を観る方へ、改めてメッセージをいただければと。 志田 コロナ禍ということもあり、メールやSNSを通してのコミュニケーションが増えてきて、直接相手に気持ちを言葉にして伝えるということが減ってきてしまっていると思うのですが、この作品を通じて、伝えることの大切さ、思いやることの大切さ、誰かに優しくしたいなという気持ちを、改めて思い出していただけたらうれしいです。 ──ありがとうございます。引き続き、映画以外のことなど、いろいろと伺わせてください。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 編集=龍見咲希、中野 潤(BLOCKBUSTER) ************ 志田彩良(しだ・さら) 1999年7月28日生まれ。神奈川県出身。映画『ひかりのたび』(2017年)で女優として長編映画初主演を果たし、その後、映画『パンとバスと2度目の初恋』(2018年)、『mellow』(2020年)や、ドラマ『his~恋するつもりなんてなかった~』(メ〜テレ/2019年)、『だから私はメイクする』(テレビ東京/2020年)、『ドラゴン桜』(TBS/2021年)などへ出演。10月15日に公開する主演映画『かそけきサンカヨウ』では、複雑な家庭環境で生活する高校生「陽」役を演じる。 ▼『かそけきサンカヨウ』10月15日より、テアトル新宿ほか、全国公開 STORY:高校生の陽(志田彩良)は、幼い頃に母・佐千代(石田ひかり)が家を出て、父・直(井浦新)とふたり暮らしをしていたが、ふたり暮らしは終わりを告げ、父の再婚相手である美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたと4人家族の新たな暮らしが始まった。そんな新しい暮らしへの戸惑いを、陽と同じ美術部に所属する陸(鈴鹿央士)に打ち明ける。実の母・佐千代への想いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に陸と一緒に行く約束をする。 【インタビュー後編】
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女優・中田青渚「役を通しての経験や新しい自分にワクワクする」
#8 中田青渚(後編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 中田青渚(なかた・せいな)。『第5回Sho-comiプリンセスオーディション2014』でグランプリを受賞。ドラマ『ラーメン大好き小泉さん2016新春SP』(フジテレビ/2016年)で女優デビューを果たし、その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、映画『君が世界のはじまり』(2020年)『街の上で』(2021年)をはじめ、数多くの作品へ出演を重ねる。主人公の友人役を演じている映画『うみべの女の子』(2021年)が、現在公開中。後編も『うみべの女の子』を中心に、最近の作品について聞いていく。 【インタビュー前編】 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 配役の再現度に驚いた映画『うみべの女の子』 ──現場に入って、最初のころは緊張していると思うんですけど、撮影のどのあたりから自然に入れるようになりますか? 中田 作品にもよりますね。最近だと『君が世界のはじまり』とかは、けっこうエネルギーのある役だったし(松本穂香が演じる)縁との関係性もすごく重要で……ちょっと間違えると、縁との関係がもっと恋愛的に見えすぎちゃうとか、そういうものがあってすごく緊張しました。たぶん演じる上での緊張は、ずっとしてますね。 ──『うみべの女の子』では、どうでしたか? 中田 私が演じる小林桂子が出ているところは、陰と陽だと「陽」の役割が大きいところだったので、ほかの作品と比べて緊張というのは少なかったかもしれないです。 ──意外と構えずに入れたっていう……。 中田 そうですね。 ──でき上がった作品を観てどうでしたか? 中田 すごくいいなあって……自分で言うのもあれなんですけど。原作のマンガも読んでいて。『うみべの女の子』の前に実写化した浅野いにおさんの作品『ソラニン』(2010年)もすごく好きだったので、そのぶん最初は、やっぱりいろんな声が出るんじゃないかなとか、不安はあったんですけど。(青木柚と石川瑠華が演じる)磯辺恵介と佐藤小梅が“まんま”というか……わー、すごいなあと思って。あのふたりありきで成り立った作品だと思います。 ──マンガの、再現度がすごい。 中田 本当に、本当にすごいですよね。 ──まんま再現しているなって思いました。撮影中に記憶に残っているエピソードは何かありますか? 中田 ひとり1台ずつ「写ルンです」が配られて、写真をずっとみんなで撮り合っていたんです。写真を通してのコミュニケーションをけっこうしていて……そういうの、初めてだったので、すごく印象的でした。 ──普段、写真を撮ることはないんですか。 中田 普段はまったく撮らなくて。カメラも、iPhoneでも、撮ることが全然ないんですよ。 ──でも、映画『写真甲子園 0.5秒の夏』(2017年)では写真部員の役を……。 中田 そうですよね(笑)。あのときはカメラを渡されて「撮れ」みたいな感じだったんで、ずっと撮っていたんですけど。そのとき以降、まったく撮っていませんでした。だから今回、楽しくて……。 ──みんなで見せ合ったり? 中田 その場では見ることができないので、現像してもらってデータにして送ってもらって、ようやく見ることができるという。 ──なるほど。そうか「写ルンです」ですよね。『うみべの女の子』では、ウエダアツシ監督から演じるにあたっての具体的な指示などありましたか? 中田 パーンと突き抜けたキャラでいてほしいというのは言われました。磯辺と小梅に引っ張られすぎちゃうと全部がちょっと暗い雰囲気になっちゃうし。桂子は、そんなのをあまり気にしないで、と。どちらかというとお笑い好きだったりとか(前田旺志郎が演じる)鹿島翔太との掛け合いをヒートアップさせるような演出が多かったです。 ──あのあと鹿島とコンビを組んで……という話も出てきますけど、実生活ではお笑いを観たりします? 中田 そこまで観るほうではなくて……(笑)。 ──話を伺っていると、そっちじゃないかもなあとは思っていたんですが(笑)。逆に、お笑い好きの役をやるときに、どんなふうにやろうと考えました? 中田 でも、なんかその……観たりとかはしました。 ──なるほど、誰のですか? 中田 ジャルジャルさん。 ──どうでしたか?……って、おもしろくないとは言えないですよね(笑)。実際、ジャルジャルさん、おもしろいですし。 中田 はい、おもしろかったです(笑)。 ──なんとなく関西の人はお笑いが好きだという先入観があって……。 中田 そうですね。(テレビが)点いていたら観るんですけど、自分から探してお笑いを観たりとかはあんまりしないかもです。 役を通しての経験がワクワクする ──今後、中田さんがやってみたい役はありますか? 中田 学生の役は年齢的にも限られてきたりするので、続けたいなっていうのもある反面、ちょっと仕事を持つ役なんかも……。 ──やってみたいなと。 中田 はい。 ──ご自分では、何才くらいまで学生役がいけそうだと思います? 中田 何才までセーフだと思いますか?(笑) ──人によっては30才くらいになっても、やる人いたりしますよね。 中田 そうですよね。私も、見て大丈夫な程度だったら(笑)。 ──それこそ『街の上で』のイハ役は、おそらく撮影時点では、学生さんというより年齢的に背伸びした役ですよね? 居酒屋に行ったりもしているし。 中田 そうですね、当時は未成年だったので。 ──そうですよね。大変だったろうなと思うんですけど。 中田 でもなんかちょっとワクワクしました。まだお酒を飲んだことないのに。 ──飲んだフリができるって。 中田 はい。そういうのは楽しいです(笑)。 ──あと、ヒロインとして出演したドラマ『ホメられたい僕の妄想ごはん』(テレビ大阪、BSテレ東)が放送されますよね。まだ拝見できてはいなんですが、どんな役柄を演じているんですか? 中田 おしゃれ雑貨屋の店員さん役です。私は高杉真宙さん演じる主人公の理生(まさお)の妄想の中に出てくる、けっこうあざとキャラというか……そういうキャピキャピという感じの女の子です。 ──雑貨屋さんというと、ヴィレヴァン的な? 中田 そうです、下北沢のヴィレッジヴァンガードで撮りました。 ──そうなんだ。前に映画(『街の上で』)を撮ったことがあるエリアで、また撮影するという感じだったんですね。 中田 そうです。久々に下北沢に行きました! ──演じてみてどうでしたか? 中田 楽しかったです。けっこうテンポのある掛け合いとかがあって、妄想の中なので何をしてもいいと言ったらあれですけど……本当にけっこうキャピキャピするのも楽しくて。 ちょっとのんびりしている街が好き ──東京に来て好きになった街はあります? 中田 この、下北沢も好きです。なんかいかにも都会らしい街だと、ちょっと「おおっ」となるんですけど、下北沢はあんまり……田舎者でもなじめるというのがあるので。 ──なるほど、下北沢のテンポ感が。 中田 ちょっとのんびりしている街かな。 ──渋谷とか新宿とかは? 中田 行けますけど……長時間居座るのは難しいかもしれないです。 ──もしかして、わりとおうち時間を過ごすことも多い? 中田 そうですね、ほぼ外に出ないです(笑)。 ──演じているいろいろな役柄から受ける勝手な印象だと、活発なのかなあと……。 中田 全然活発じゃないです(笑)。一日中ベッドでゴロゴロみたいな。 ──家でのんびりするときの自分なりの工夫とかありますか? 中田 一日家にいるときはエアコンをつけて……あとは、最近テレビにYouTubeがつながるようになったので、妹とずっと観ています。できるだけ大画面で観ようと思って。 ──プライベートで何かやってみたいこととかありますか。 中田 最近思っているのは、バンジージャンプとか。ジェットコースターとかが好きなんですけど、今あんまり遊園地とか行けないじゃないですか。そろそろ、そのキューッていう感じを味わいたいです。 ──なるほど、バンジージャンプはまだ……。 中田 やったことないです。 ──怖くはない? 中田 飛べるんじゃないかな?って、勝手に思っています(笑)。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=内山多加子 編集=龍見咲希、中野 潤(BLOCKBUSTER) ************ 中田青渚(なかた・せいな) 2000年1月6日生まれ。兵庫県出身。2014年『第5回Sho-comiプリンセスオーディション2014』のグランプリを受賞。ドラマ『ラーメン大好き小泉さん2016新春SP』(フジテレビ/2016年)で女優としてデビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)や『アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜』(テレビ東京/2021年)、『ここは今から倫理です。』(NHK/2021年)、映画『見えない目撃者』(2019年)『君が世界のはじまり』(2020年)『街の上で』(2021年)をはじめ、数多くの作品へ出演を重ねる。 主人公の友人役を演じている映画『うみべの女の子』(2021年)が新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで現在公開中。 ドラマ『ホメられたい僕の妄想ごはん』(テレビ大阪:毎週土曜深夜0時56分~1時26分、BSテレ東:毎週土曜深夜0時00分~0時30分)の第10話に出演予定。 ▼最近ハマっていることを聞くと「Netflixで韓国ドラマを観たり、流行っているアニメを観たりすることが多いです。アニメだと『東京リベンジャーズ』とか、好きなキャラは三ツ谷(隆)!」
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自然に囲まれて育った女優・中田青渚。芸能界のきっかけは“図書カード”
#8 中田青渚(前編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 中田青渚(なかた・せいな)。『第5回Sho-comiプリンセスオーディション2014』でグランプリを受賞。ドラマ『ラーメン大好き小泉さん2016新春SP』(フジテレビ/2016年)で女優デビューを果たし、その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)、映画『君が世界のはじまり』(2020年)『街の上で』(2021年)をはじめ、数多くの作品へ出演を重ねる。主人公の友人役を演じている映画『うみべの女の子』(2021年)が、現在公開中。スクリーンで観ていた印象とはどことなく違い、ふんわりした雰囲気を漂わせる彼女へ、まずは名前に関する質問から。 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 オーディションのきっかけは“図書カード” ──お名前が、パッと見、読めないと思うんですけど……由来はなんですか? 中田 よく言われます(笑)。お母さんが青色が好きで……きょうだいが4人いるんですけど、みんな青がついていて。それで、青に合いそうな感じの……。 ──「渚」をつけて……。 中田 はい。それで「せいな」。 ──なるほど。今まで、一発で読まれたことはあります? 中田 あんまりないですね。聞かれることが多いです。 ──ご自身はお好きな名前ですよね、きっと。 中田 はい! 気に入っています。 ──中田さんが、この世界に入ったきっかけを教えてもらえますか? 中田 『Sho-comi』(小学館)という漫画雑誌のオーディションでグランプリになって、それがきっかけで事務所に入りました。 ──応募は自分で、ですか? 中田 はい、賞品の図書カードが欲しくて(笑)、応募しました。 ──賞品が図書カードだったんですね。 中田 そうです! 3万円分! それで応募しました。 ──何か、買いたいマンガがあったんですか? 中田 『メイちゃんの執事』(宮城理子/集英社)という少女漫画を集めていて。集まりました! ──普段からマンガはけっこう読まれるんですか? 中田 読みます。中学時代は少女漫画を読むことが多かったんですけど、最近は流行っているマンガをわりと。 ──好きなマンガとかあります? 漫画家さんでもいいですけど。 中田 好きなマンガ、好きなマンガ……パッと出てこないんですけど、これが好きとかこだわりがそこまでなくて、おすすめされたら読む、みたいな。 ──なるほど、『Sho-comi』の賞を獲ったときのまわりの反応はどうでした? 中田 反応はほぼなかったです。友達に受けたことを言ったりしていなくて……ただ本当に、図書カードが欲しくて、です(笑)。 ──なるほど。それをきっかけに事務所に入られて、その後、東京へ上京してきた? 中田 はい、中学3年生のときにオーディションを受けて、高校1年生のときに東京へ来ました。 川遊びでびしょ濡れになったあのころ ──東京へ出てくるにあたっては、どんな気持ちでしたか? 中田 そんな大ごとに考えてなかったですね。東京に行くという選択肢もあるんだなと思って……じゃあ行こっかなあって。 ──地元との違いは感じました? 中田 そうですね。地元にいるときは、あまり地元のよさがわからなかったというか……けっこう田舎だったので、ちょっと不便なところもあったりして。でも東京に来てみて、地元もなんかやっぱりいいよなあ、と思うようになりました。 ──東京の第一印象はどうでしたか? 中田 みんなの足が速いな、と。横断歩道でみんな止まっていて、一緒にスタートしても私が置いていかれる……みたいなことが、けっこうありました。 ──ボクは逆で、関西で、みんな歩くの速いなあって思いました(笑)。 中田 そうなんですか! でも、私の地元は関西でもけっこう田舎のほうなので、みんなのんびりしているんですよ。 ──自然がいっぱいあるみたいな? 中田 もう本当に、自然です! 山とかに囲まれています、山の中っていう……。 ──海というよりは、山? 中田 山です。山側です。 ──なるほど、山。公開中の『うみべの女の子』の映画に寄せて、少しお聞きしたいんですけど、ご自分では、山と海どちらのほうが好きですか? 中田 地元も山だったのでやっぱり山ですかね。海も好きですけど……小さいときは毎年、海に行って、はしゃいでいたりしたんですけど、年齢を重ねるにつれ、なんかちょっと潮気が……。 ──なるほどね。 中田 (海に)入ったあとのことを考えると。 ──そこまで、はしゃげない(笑)。 中田 そうですね。なので、山かなっていう。 ──海は、須磨海岸……? 中田 行ってました。あと、山口県に、ひいおじいちゃんの家があって、そのあたりの海に行ったりもしてました。 ──自然と、街中だと、どちらのほうがしっくりきますか? 中田 ……自然のほうが、やっぱり解放的になるので、好きですね。 ──自然に関して、印象的な思い出はありますか? 中田 中学時代の夏休みなんですけど、近所の山の中に、プールみたいに水が溜まっているところがあって、すごく深いので岩から飛び込んで遊んだりとか、けっこうしていました。わんぱくな川遊びとか。海だと塩があるじゃないですか、でも川だと、びしょびしょのまま帰っても、田舎なので大丈夫だし。 ──それはすごい。 中田 もう、びしょびしょで帰ってました(笑)。 関西弁が印象的な役たち ──そんな地元から上京して、最初の仕事はなんでしたか? 中田 たしか初めて出たドラマは、深夜の『ラーメン大好き小泉さん』という……。 ──あー(早見)あかりちゃんの……。 中田 そうです! そのドラマに出させていただいたのが、最初です。 ──現場の感じは、どうでしたか? 独特なテイストのドラマですけど。 中田 そうですね。そのときは、けっこういっぱいいっぱいというか……楽しい!というのもあったんですけど、それよりも言われたことをちゃんとしなきゃみたいなものが大きかったです。 ──その後、どんどん映画やドラマに出られるようになって、ここ数年は、本当に拝見する機会が増えましたが……最近で言うと、公開が1年延期になってこの春に公開された映画『街の上で』はどうでした? ポイントになる、印象的な役でしたよね。 中田 そうですね。あまり芸能関係の友達は多くなくて、普段そんなに連絡も取らないんですけど「観たよー」っていう連絡が来たり。あと、オーディションで会った全然知らない俳優さんから「よかったです」と言われたりとか……人に感想を言ってもらえる機会が増えました。 ──『街の上で』の城定イハ役、『君が世界のはじまり』の琴子役……どちらもなんですけど、関西弁の印象が強くて。普段もあれくらいの感じの関西弁を話すんですか? 中田 続きましたね。関西弁が。普段もけっこう、あんな……きついですよね? ちょっと(笑)。 ──ボクは標準語なのでよくわからないんですけど、関西弁の中でも強弱をつけたりするものなんですか? 中田 そうですね。特に関東で関西弁をしゃべるときは、そんなにきつくならないように、語尾に気をつけたりとかはしています。 ──セリフを、自分流に言い回しを変えたりすることもあります? 中田 そうですね。『君が世界のはじまり』の琴子のときは、逆にきつく聞こえるようにしたりとか、『街の上で』のイハは琴子ほどの強さではないけど、友達と話す感じにしてみたり。琴子のセリフはどらちかというと、家族に話すみたいなきつさが感じられるような言い回しです。 「あと先考えずに行動しちゃうんです」 ──『うみべの女の子』もそうなんですけど、友人といるときの女の子の役を演じることが多いですよね。琴子もそうですし、映画『あの頃。』(2021年)で演じた靖子も……ああいう、役としての友達同士の距離の取り方は、実生活を参考に演じてみたりするんですか? 中田 実生活での友達はそんなに多いほうではなくて……(笑)。なので、たとえば『うみべの女の子』では(佐藤小梅役を演じる)石川瑠華さんと普段からコミュニケーションを取ったりとか、そういうふうにして。 ──なるほど。いろいろな役を演じてきた中で、どの子の性格が自分に一番近いと思います? 中田 『街の上で』のイハとか……? けっこう何を考えているのかわからない、あと先考えずに行動する感じが、ちょっと私みたいなところがあるかもしれません。私も注意されることがあるので、親に。 ──あと先考えずに、感覚で行っちゃう……。 中田 なんか何も考えずに行動しちゃう、みたいな。 ──たとえば、こんなことをやっちゃいましたみたいな出来事はあります? 中田 やりすぎていて、ちょっとあれなんですけど(笑)。たとえば何かの準備をしていても、時間が迫ってきているのに急がない、とか。 ──なるほど。マイペースなんですかね? 中田 そうですね。あとは、ちょっと考えればこうなるってわかるのに事前に防がない、やっちゃう!みたいなのはあります。 ──なるほど。あと、演じている役では、本当に印象的な役が多いなあと思うんです。先日放送されたドラマ『初情事まであと1時間』(MBS/2021年)も、なんかすごいミステリアスな役柄というか……。 中田 そうですね。ちょっとなんかホラー的な要素があるんですけど、怖さもあって。あれも関西弁でしたね(笑)。たしかに多いですね、そう考えると。 ──ほぼ、関西弁。 中田 でも『うみべの女の子』では標準語なので(笑)。 ──ですね(笑)。姉妹の妹を演じた『初情事まであと1時間』での、望月歩さん演じる芳樹の相手が姉なのか? 妹なのか?の解釈を視聴者に委ねるストーリーの結末、ご自分ではどんなふうに捉えていますか? 中田 あー、でも最後の脚のカットあったじゃないですか……観ている人は「姉妹のどっちだろう?」ってなると思うんですけど、私からしたらもう××××の脚だなって(笑)。 ──そうか! なるほど。演じているからこそですね。観ていても、最後が、ホラーというかミステリーというか……すごいなあ。 中田 はい、ゾクッとする終わり方ですよね(笑)。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=内山多加子 編集=龍見咲希、中野 潤(BLOCKBUSTER) ************ 中田青渚(なかた・せいな) 2000年1月6日生まれ。兵庫県出身。2014年『第5回Sho-comiプリンセスオーディション2014』のグランプリを受賞。ドラマ『ラーメン大好き小泉さん2016新春SP』(フジテレビ/2016年)で女優としてデビュー。その後、ドラマ『中学聖日記』(TBS/2018年)や『アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜』(テレビ東京/2021年)、『ここは今から倫理です。』(NHK/2021年)、映画『見えない目撃者』(2019年)『君が世界のはじまり』(2020年)『街の上で』(2021年)をはじめ、数多くの作品へ出演を重ねる。 主人公の友人役を演じている映画『うみべの女の子』(2021年)が新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで現在公開中。 ドラマ『ホメられたい僕の妄想ごはん』(テレビ大阪:毎週土曜深夜0時56分~1時26分、BSテレ東:毎週土曜深夜0時00分~0時30分)の第10話に出演予定。 ▼『うみべの女の子』の見どころを聞くと「ヒリヒリする感じというか、原作の淡く儚い空気感がそのまま映画に出ている作品です。劇中の小梅と磯辺が、本当に原作漫画の小梅と磯辺なので、ぜひご覧ください」 【インタビュー後編】
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女優・見上愛「生活にも軸を置いていろいろな表現をしていきたい」
#7 見上 愛(後編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 見上愛(みかみ・あい)ワタナベエンターテインメントのスクールへ通ったことをきっかけに芸能活動をスタート。2019年に女優デビュー後、映画『星の子』(2020年)、『恋はつづくよどこまでも』(TBS/2020年)、『ガールガンレディ』(MBS/2021年)、『きれいのくに』(NHK/2021年)など数々のドラマや映画、MV、CMに出演。今後も、『プリテンダーズ』(10月16日公開予定)、W主演『衝動』などの公開が控えている。前編でも垣間見られた、彼女の「舞台への思い」や普段の生活の話を中心に聞いていく。 【インタビュー前編】 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 高校時代、同世代に演劇を広める活動をしていた ──見上さんが憧れている女優さん、好きな女優さんはいますか? 見上 好きという意味では、寺山修司さんがずっとあるんですけど……女優さんだとあまりいないかも……あ、でも舞台を観てすごいなと思ったのは寺島しのぶさん! 芸劇(東京芸術劇場)で唐十郎さんのお芝居(『秘密の花園』2018年)をやられているのを観て、すごいなあと思いましたね。全部脱いで、水で溺れてみたいな演技とか。自分がそうなりたいかというとまたちょっと違うんですけど……でもそこまでさらけ出せるのってすごいなという意味でも、尊敬してます。 ──見上さんのインスタを拝見すると、お芝居をすごくたくさん観ていますよね。最近観た中で印象に残っている舞台はありますか? 見上 最近だと「NODA・MAP」! 「NODA・MAP」の『フェイクスピア』(2021年)を2回観たんですけど、やっぱりおもしろいなあ、ずるいなあ、そう来るかみたいな……もう敵わないなみたいな。ほかに、好きな劇団で言うと「マームとジプシー」さん。(主宰の)藤田貴大さんが大好きで……そうですね、基本は好きな劇団をけっこう追いかけたりします。(「ナイロン100℃」主宰の)ケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんは『百年の秘密』(2018年)という作品以降は、全作品を観ていますね。けっこう王道系も行くし、テント芝居なんかも行きます。それと、友達の芝居や先輩の芝居は基本、全部観に行きます。大学の友達の芝居は基本、全部行こうと思って。 ──「NODA・MAP」の『フェイクスピア』(2021年)の最後の展開で出てくるモチーフは、世代的には、見上さんよりかなり上のような気がするんですが、あれって実感できます? 見上 そうですね、ニュースとして観ていたり本として読んでいたり、母の友達がそれで亡くなったりという話を聞いていたりしたので、実感として「あのときの」とまではならないんですけど、出来事として知っているものではあるので。 ──なるほど、たとえば野田秀樹さんの芝居だと、テーマ、セリフ、動き……どの要素が一番刺さりますか? 見上 全部が総合芸術としてやっぱり素晴らしいなとは思うんですけど、役者が作った感じとかそういうものを超えた身体性でもって、それを超えた感情というか言葉が出てきてしまう感じがすごく好きで……藤田貴大さんにもそれが当てはまるなあという気がしていて、そういうものを観た瞬間が「演劇を観ているー!」という感じがして好きですね。 ──「マームとジプシー」だと『cocoon』とかですか? 見上 『cocoon』は、生では観られていなくて。去年の7月にやる予定だったのを楽しみにしていたんですけど観られなくて……藤田さん演出の『ねじまき鳥クロニクル』(2020年)とか「ひび」みたいな「マームとジプシー」から派生したワークショップ系のものをけっこう観ています。 ──野田秀樹さんの作品を藤田さんが芸劇でやった『小指の思い出』(2014年)とか。 見上 あー! 観られていないんですよ、それ。でも、寺山修司さんの芝居を演出した『書を捨てよ町へ出よう』(2018年)は観たりとか。そういえば学生のときに、東京都主催の同世代に演劇を広める活動みたいなものに入っていたんです。そこで、藤田貴大さん作演の『BOAT』(2018年)を観たあとに「演劇カフェ」といって、いろいろな人と感想を言い合ったりとか。ほかにも(演劇ジャーナリストの)徳永京子さんをお呼びしたりという活動の運営をしていて。そういうことで興味を持ったりとか……劇場へもずっと通っていました、高3時代とか。自分でも忘れていました、今日思い出しました(笑)。リポートなんかも書いていました、今思い出しました! ──ホントすごいですね。ちなみに、ケラさんだと……? 見上 ケラさんの作品は会話劇の最高潮だなって。よけいなことをしなくても、もう台本ですでにおもしろいし、演出も的確だし。けっこう不条理系の劇も好きで、終わったあとに「だから何?」とか「結局何も変わっていない」とかそういうのがけっこう好きなんです。ケラさんだと、すごくおもしろい飛んだ作品も好きですし、何も起きないじっとりとした不条理劇も好きですね。 ──『百年の秘密』以降だと、一番刺さったケラさんの作品は何になります? 見上 何が好きだったかな……『百年の秘密』以降ですよね? ──この3、4年ぐらいの間に。 見上 そうですよね! ありすぎて……けっこうな数(舞台を)打ってますもんね。奥さんの緒川たまきさんとやられていた「ケムリ研究室」の公演なんかは、おもしろさが新しいところへいったなあと。 ──会話劇系の。 見上 そうですね、あれはおもしろかったですね。あとは学生闘争の時代を描いた『睾丸』(2018年)……なんかなかなか言えない公演名ですけど(苦笑)とかも、おもしろかったなあ。 ──安井(順平)さんや、ねもしゅー(根本宗子)さんが出ていた……。 見上 はい、それです。すごくおもしろかったです。 「職業:寺山修司」と言えるおもしろさに惹かれて ──この先、ご自身で、たとえば作演でもいいですし、自分で出るでもいいんですけど……もし舞台に関わるとしたら、どんなものをやりたいですか? 見上 どんなの、やりたいかなあ……? そうですね、作演はしれーっと打っておきたい(笑)。その、名前も出さずにしれーっとやっておきたいなというのが実はあって。名前を変えて、とか。本名で芸能活動を始めてしまったので、なんとなく切り替えがひとつあるとおもしろいのかなと思うんです。あと、出るとしたらどんな作品に出たいかなあ……。その、劇場としてKAAT(KAAT神奈川芸術劇場)とか芸劇(東京芸術劇場)がけっこう好きなので、そこでのお芝居とかも気になりますし、そういうところで。 ──舞台での姿を、すごく観てみたい気がします。 見上 いやー、もう好きなだけで(笑)。観劇はただの趣味なので、何も考えずに観られるんですよ。演技がどうこうとか、演出がどうこうとかも、何も考えずに。 ──一番ハマっていたという寺山修司さんは、どのあたりが魅力だったんですか? 見上 最初は『犬神』を観て、調べてみたら「なんでもやってるじゃん!」みたいな、そこのおもしろさです。「職業:寺山修司」と言えちゃうおもしろさにめっちゃ惹かれて。私もやりたいことが多かったので……あ、いろいろやるのってOKなんだ!みたいなことを感じました。映画は、『田園に死す』(1974年)とかからまず観ていって、それこそわけわからないんですけど……でもそれまでは何かをわかりやすく伝える映画ばかり観ていたので。たとえば、それまで日本の映画やドラマでは、メッセージ性とかセリフなんかを観ていたから……。そうじゃなくて、やんわりじんわり受け取れーみたいな感じで映画を作ってもいいんだみたいな。演劇では、なんとなくそういう感じが成立しているんだなということは、戯曲を読んだりしてわかってたんですけど。映像でもこんな感じでOKなんだ、って。それまで映画をあまり観ていなかったっていうのもあると思うんですけど、なんかそういう切り取り方とかがおもしろかったですね。 ──ムービーで演技をするときに、こんなことを活かしているという点はありますか? お芝居を観てきた経験が、こんなところで活きているみたいな。 見上 脚本を読んだときに想像がつきやすいかもしれないです。演劇での戯曲の読み方のクセがついていて、まず全体で何を言いたいか、次にそのシーンが何で、その役は何をどんな役割としてやって……という読み方が基礎にあるので、なんとなく普通より読みやすさはあるのかもしれないですね。 ──たしかに、戯曲で……わかる気がします。今後やってみたい役はありますか? 見上 それ、ずっと悩んでいて、今までは「なんでもやってみたいです!」とか言っていたんですけど、最近コメディに挑戦してみたいという気持ちがすごく強くなってきて……。実はやったことないなあっていうのと、けっこうおちゃらけて中高ふわーっと過ごしてきたので、本気でお笑いをするというか、本気でやるからおもしろいという意味でのコメディって触れ合っていなかったなと思って。それは挑戦として、すごくやってみたいです。 ──どちらかというとガチなほうの……ナンセンスコメディではなくて。 見上 そうですね。そういう意味では、ケラさんみたいなシリアスなブラックコメディみたいなものを将来的にできたらうれしいんですけど。まずは王道コメディみたいなものをやってみたいです。 日記的な意味も込めて脚本を書いています ──ちょっと仕事の話から外れるんですけど、趣味として観劇はあると思うんですが、それ以外に普段ハマっていることや最近始めたことはあります? 見上 あ、バレエに4年ぶりに通い始めました。運動があまりにも続かないのと、今ジムも閉じたりしちゃっているので、バレエならレッスンだし続くんじゃないかと思って、週1くらいで行き始めました。あとはなんだろう……脚本を、ちょっと書いたり。なんとなく課題という面もありつつ、書いておいて損はないかなという。その時々で書けるものは違っていて、もう書けなくなっちゃうものもあるだろうから、今思うことを書いておこうという、ちょっと日記的な意味も込めて書いています。記録みたいな感じです。 ──日記代わりに脚本というのはすごい……バレエ歴は、どれくらいなんですか? 見上 年数だけでいうと3歳から17、8歳までやっていたので、すごく長いんですけど、前屈がずっとつかなかったレベルのバレエなんですよ(笑)。すごくゆるーいバレエで、教室の先生も優しい人だったので。「楽しくやりましょう」というのが前提だったから、すごく身体も硬いままで。トゥシューズも履いてはいたけど「立ててるのか、それ?」みたいな(笑)。 ──そのバレエを今、あらためて始めて……。 見上 そうなんですよね。ちょっとリフレッシュするかなとは思っていたんですけど、超リフレッシュできますね! なんにも考えずに済むみたいな。 ──バレエの魅力はどんなところですか? 見上 舞台に立つということを置いておいてレッスンだけでいうと……あの心地よい音楽で、こう、酔いながら動くっていうだけで気持ちいいです。背骨1本1本を指示されるんですよね。なんか「この背骨のここがちょっと、どうこう」みたいな話になってくるので。この動きをすると、ここが……それをずっと考えていると、ほかの考え事ができなくて。なんか悩んでいることがあっても一回全部リセットされるという気持ちよさとか、普段しない動きができる気持ちよさみたいなのもちょっとあります。舞台に立つと、それはそれで人に観られながら踊るという高揚感もあったりするんですけど。 ──もちろん全部が全部ではないですけど、なんとなくバレエはどちらかというと身体表現じゃないですか、それと対局にある、脚本を書いていますという行為。すごく対になっているなあと思うし、そこがおもしろいなあとも思うんですけど……。 見上 ホントいろいろと興味があって、手を出しすぎちゃうんですよね(笑)。 ──(笑)。書かれる脚本は、ムービーの脚本、ステージ用、どちらのイメージですか? 見上 ステージです! ムービーはたぶん書けない。何もない状態で書けるほどの才能は全然なくて、いろいろなものを観て吸収して、ちょっとずつ要素として入ってくるという感覚をもとに、今は舞台をイメージして書いてます。 ──なるほど、いつかそれを実際に演じる姿を観たいですね。なかなか想像できないかもですが……3年後5年後、自分がどんな感じになっている? あるいは、どうなっていたいなあみたいなイメージはあります? 見上 いい意味で今と変わっていなかったらいいなと思います。今後、がんばって露出が増えたとして、大学も卒業して仕事だけというふうにどんどんなっていくと思うんですけど……そうなったときに生活にも軸を持つというか、いい意味で仕事だけにならないように。それだけの人になっちゃうのが怖いなと思っているので。普通の感覚というか、生活に主軸を置きながらいろいろな表現ができていたらいいなという理想はあります。 ──今の学生生活との両立が大変というより、2軸があるから逆に今がいいという……。 見上 そうなんです。わりと学生の友達も多いので、そこにちょっと軸を置きつつ、なんとなく普通の大学生の感覚みたいなものも常に持ったまま行動できているのが、今の自分にはちょうどいいのかなというのがあって。今、本当にバランスが取れていますね。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=大塚素久(SYASYA) ヘアメイク=ムロゾノケイト 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤、龍見咲希(BLOCKBUSTER) ************ 見上 愛(みかみ・あい) 2000年10月26日生まれ。東京都出身。2019年デビュー。その後、CMやMV、ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS/2020年)、『ガールガンレディ』(MBS/2021年)、『きれいのくに』(NHK/2021)、映画『星の子』(2020年)、『キャラクター』(2021年)などへ出演を重ね、今後も数々の主演映画の公開が控えている。 『GIRLS STREAM 04』発売中。 ▼同世代の女優さんの中で、ミーハー系じゃない、こんなに多くの舞台を観ている人はいないですよね?の問いには「ミーハーなのも大好きですよ! ちゃんと2.5次元とかも観ますから(笑)。『刀剣乱舞』なんかも観に行っているので。ショーとしても大好きです」
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演出家志望だった見上愛。女優としての転機と葛藤
#7 見上 愛(前編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。 見上愛(みかみ・あい)ワタナベエンターテインメントのスクールへ通ったことをきっかけに芸能活動をスタート。2019年に女優デビュー後、映画『星の子』(2020年)、『恋はつづくよどこまでも』(TBS/2020年)、『ガールガンレディ』(MBS/2021年)、『きれいのくに』(NHK/2021年)など数々のドラマや映画、MV、CMに出演。今後も、『プリテンダーズ』(10月16日公開予定)、W主演『衝動』などの公開が控えている。なんでも聞いてください!とでもいうような明るい表情の彼女へ「その歩みを聞く」質問からインタビューは始まった。 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 演劇の世界を志したきっかけは“トガった”演劇部 ──この世界に入ろうと思ったきっかけはなんですか? 見上 きっかけ……女優になろうと思ったきっかけ自体は、未だになくて。中学2年生のときに観劇に連れて行ってもらい、そこで観劇にハマりました。中高一貫校に通っていたんですけど、演劇関係の仕事に就きたいと思い始めて、高校1年生の途中で部活を演劇部に変えたんです。そこで舞台の演出や脚本をやるなかで演出家になろうと思い、今の大学に入ることを決めました。演出家になるとしても演技もやったほうがいいよと言われていたりもしたので、ワタナベエンターテインメントの養成所へ入って、そこで事務所から声をかけていただいたという流れです。 ──なるほど、一番最初に観た劇って覚えていますか? 見上 はい、『私のホストちゃん』(2014年)ていう2.5次元の舞台だったんですよ。 ──あ、鈴木おさむさんの舞台だ。 見上 そうです、そうです! 観劇中は「なんでホスト? ……役者? ……えっ?」みたいなパニック状態だったんですけど(笑)。劇場のお客さんたちを見ていると、すごく楽しそうで「なんか演劇ってすごいなあ」って。 ──生で観ると違うなと? 見上 そうですね。みんなにパワーを与えて、こんなふうにみんなが笑顔で帰れるんだ、というのが……。 ──その後、演劇部ということですね? 見上 そうですね。トガった演劇部に(笑)。 ──“トガった”演劇部? 見上 寺山修司さん、別役実さん、野田秀樹さんしかやらない。それ以外はオリジナルっていう演劇部に。 ──肌に合いましたか? 見上 合いました! そこから、本当に演劇に興味を持ち始めたという感じです。 ──その演劇部で、演出もやっていた? 見上 そうですね。これも本当に巡り合わせなんですけど、私が中高一貫校の部活の途中から入ったから、その時点で、なんとなく部活のメンバーの役割が……この子は照明をやっているとか、(女子校だったので)男役はこの子がやっているとか、もう決まっていて。ぽっかり空いていたのが、演出と脚本だったんですよね。そこしかやるところがなかったので、じゃあせっかくだし演出をやろうかなと思って。 ──ということは、役者として出るよりも先に、脚本とか演出を? 見上 一番初は、寺山修司さんの作品に出演しました。演劇部に入った日が、たまたま次の大会に向けての出演者オーディションの日だったので、とりあえず受けて、人数も足りなかったから出演することになりました。そのあとは、脚本とか演出をやりましたね。 ──その寺山修司さんの作品は、なんだったんですか? 見上 『犬神』という作品です。けっこう海外公演とかで打っていた作品なんですけど、全然わかってなかったです、やっているときは。 ──たとえば演技は、小さいころからテレビで観ているので、なんとなくイメージもできそうですけど……脚本や演出は、身近に見本も手本もないので、大変だと思うんです。 見上 たしかに。でも、顧問の先生が本当に演劇が好きで「年に100本以上観ています」みたいな方だったので、いろいろとご指導をいただいたり。それと私も舞台をすごく観に行っていたので、それで得た知識とかを合わせて……あと、とにかく戯曲を読んでいましたね。 ──その戯曲も、さっき言っていたような別役実さんとか寺山修司さん……? 見上 そうですね。あと、チェーホフとか。けっこう王道の古典系を読んでいましたね。 ──その後、大学へ入って……。 見上 はい、大学に入って、それから事務所へ入りました。 自分にとって転機となったドラマ『きれいのくに』 ──仕事をやってきたなかで印象に残っていることってありますか? 見上 なんだろう……そうですね、3つ印象に残っているものがあって。ひとつ目は、『プリテンダーズ』(10月16日公開予定)という映画です。初めての映画撮影で、それこそ何もわかっていない状態で。監督が、脚本に捉われずその場での自分の感情や思いを大事に、一緒に作っていこうという考えの方だったので……心が本当に動いて演技をするとか、自分の頭の中でこうしようと思った感じじゃなく身体が動いちゃうとか、泣きたくもないのに泣いちゃうとか、そういう経験を初めてしました。それはすごく記憶にも残っているし、演技の出来がいいかどうかはわからないんですけど、すごくいい経験をしたなと思っています。 ──監督の演出方法が合ったんですね。 見上 そうですね。もう私自身のいろいろなものを引き出してくれて。相手役も小野花梨ちゃんだったので……本当にうまいんですよ! いろいろと優しく教えてくれたりとかして。演技するってこういうことなのかなっていうことに触れた瞬間だったかもしれないですね。ふたつ目は『衝動』という、これもまだ公開されていない映画で、私の初めての主演映画です。倉悠貴くんとのW主演。私は声が出ない役なので、基本的にセリフがない状態なんです。その場その場で演技をするというのとはまた違う感じで……言葉を出さずに表現していかなきゃいけなかったりとか。それに、現場での主演としてのあり方みたいなものも考えていくうちに、今まで、主演の方や年上の方々が、すごく気を遣ってくださっていたんだろうなということに気づいて。そんなふうに「演技すること以外」の女優としての仕事に気づいたのが『衝動』です。 ──いわゆる、座長的な? 見上 そうですね。倉悠貴くんとのお互いの役割……役としての役割もあるし、現場でのあり方の役割もあったりとかして、互いにバランスを見て考えていくっていうことが、そうでしたね。 ──では、3つ目は? 見上 3つ目は、この前のNHKのドラマ『きれいのくに』(2021年)です。レギュラードラマで初めてメインの役をやったことに加えて、作り方や脚本がおもしろかったんです。ドラマなのに稽古期間が3週間くらいあって、きっちり作っていくというか……もちろんその場の感情とかも大事なんですけど、どちらかというと、なんでこうしてこうやってというのを一個一個読み解いて、ちゃんと目的と衝動を持って演技をするみたいなことが、すごく難しくて。それは勉強にもなったし、同世代の子たちとガッツリずっと一緒にやって、仲よくもなれてとか。脚本・演出の加藤拓也さんも、年齢的には私とそこまで遠くないのに、こんなことが書けてこんな演出までできるとか……作り手目線としても、このレベルにならなきゃいけないんだなというか。そういうのを感じました。 ──ホント、天才ですよね。加藤拓也さん。 見上 そうですよね。そういう感じで『きれいのくに』は、転機になっていますね。 ──この『きれいのくに』でもそうですけど、若手俳優の方々と仕事をしていて、仲よくなった方っていらっしゃいますか? 見上 『きれいのくに』の(自分を入れて)5人……岡本夏美ちゃん、青木柚くん、山脇辰哉くん、秋元龍太朗くんは、もうめっちゃ仲いいです。LINEもよくするし、みんなで大富豪したりとかもするし、そういう仲です。あと河合優実ちゃんは、大学が一緒でそこで知り合って。私がナンパしたんですよ(笑)、優実を! あまりにもかわいい子がいるから「すいません、めっちゃかわいいです。友達になってくれませんか?」って言ったら「あ、いいですよ」みたいな(笑)。そのとき、優実はもう女優をやっていたけど、私はまだ女優をやっていなくて「あ、女優さんなんですか」と。 ──ナンパと言うと、井桁弘恵さんが、やっぱり大学が一緒の小川紗良さんをナンパした……って(笑)。 見上 えー、同じだ! ──あるんですね。井桁さんは試験会場でナンパしたって言ってました。 見上 えー! 私は道でナンパしました(笑)。 役の見え方と役としての気持ちで揺れたジレンマ ──『きれいのくに』での見上さんの演じた“凛”役って……自分の顔が嫌い、顔に自信がないという、なんとなくすごくやりづらい役のような気がするんですけど、どうでしたか? 見上 正直、私、自己肯定感がめちゃ高くて、自分の顔に、そもそも興味を持ったことがなかったんですよ。好きも嫌いも、自分の顔だし、自分の顔が好きと思ったことも嫌いと思ったこともなくて。だから脚本をもらったときは、あまり実感が伴っていなくて。でもそういう子がまわりにもたくさんいるから、そういう考えがあるっていうこと自体は理解してて……ただそこに実感が伴っていないという状態だったんですけど。稽古をしていくうちに、なんか顔じゃなくても本当は嫌だけど見て見ぬふりしているところがあるなとか、そういうことに気づいていって、そこを取っかかりにしてやっていましたね。あと、友達にも、めっちゃ話を聞いたりして。 ──自分に近い役や遠い役があると思うんですけど……たとえば『箱庭のレミング』(ABEMA/2021年)での、承認欲求の強いモデルの“白石未映子”役はどうでした? 見上 私、TikTokも入れたことすらなくて(笑)……急いで入れて監督に使い方を習ったら、打ち合わせで急にめっちゃ音とか鳴っちゃって……急に開いたら「わーっ!」みたいな、大騒ぎだったんですけど(笑)。あの役自体は、すごく自分とは遠くて。あまり人から注目されてどうこうとかも今までなかったんですけど、でもああいうことが社会問題になっていることに興味は持ってて「やっぱり、そういうのって作品になるんだな」という印象でした。だから知らないワードではなかったというか、そこを切り抜いていくんだみたいなのは感じたんですけど、ただそれこそ最初は実感を伴っていなかったですね。 ──なるほど。実際に役を演じていくなかで、どう感じました? 見上 かわいい子としか友達にならない友達がいたんですよ。一緒に写るのならかわいい子がいいって言っている子がいて。私にはそんな発想はなかったんですけど、でもそういうことなんだろうなと思いながら演じていたら、ちょっとずつ見えてきたっていう感じはありましたね。 ──『箱庭のレミング』の衝撃のラスト……あれを最初からわかった上で演技するわけですよね、特に後半とか。視聴者を騙すようにやることって大変でしたか? 見上 そこは、めっちゃ難しくて。たとえば、役の気持ち優先で進んでいったらラストで悲しんではいなくて、本当は「よっしゃあ、やってやるぜ」と思っているところで悲しんでいるように見えなきゃいけないとか。役の見え方と、役としての気持ちがまったく追いつかない点が出てきちゃって、そこはけっこう監督と話し合って何パターンか撮りました。本当に申し訳ないんですけど、初めて監督に意見を言ってみたかも。「私はこう思うので、まずやってみます」と言ってやってみて、次に監督から出た「やっぱり見え方としては泣いてほしい、落ちてほしい」みたいなパターンを、正直気持ちが伴わないかもしれないですけどやってみます、という感じで撮って……最終的には、ちょうどいいバランスのところを編集してくださったんですけど。 ──そういう話を伺っていると、やっぱり演出家気質ですよね。 見上 たしかに、そうかもですね。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=大塚素久(SYASYA) ヘアメイク=ムロゾノケイト 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤、龍見咲希(BLOCKBUSTER) ************ 見上 愛(みかみ・あい) 2000年10月26日生まれ。東京都出身。2019年デビュー。その後、CMやMV、ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS/2020年)、『ガールガンレディ』(MBS/2021年)、『きれいのくに』(NHK/2021)、映画『星の子』(2020年)、『キャラクター』(2021年)などへ出演を重ね、今後も数々の主演映画の公開が控えている。 『GIRLS STREAM 04』発売中。 ▼加藤拓也さんが主宰する「劇団た組」の芝居について聞くと「公演をまだ観れていなくて……映像とかでは観たんですけど、今後に控えている公演を観に行くのが、めちゃ楽しみです!」 【インタビュー後編】
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女優・関水渚「王道な恋愛ドラマにもチャレンジしてみたい」
#6 関水 渚(後編) 映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020年)、ドラマ『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(テレビ東京/2021年)などの作品で印象的な役柄を好演し、今夏放送の連続ドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京)ではドラマ初主演を果たす女優・関水渚。 前編に続き、初主演ドラマの撮影中のエピソードや、普段の様子、今後目指していきたい姿を聞いていく。 【インタビュー前編】 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 仲村トオルさんには『関水』と呼ばれています ──共演者の仲村トオルさんと撮影中に話していて、印象に残ったことはありますか? 関水 いっぱいあるなあ。仲村さんは本当にすごく穏やかなので。一度話し始めると、すごくいろいろな話をしてくれるんです。私のことを「関水」って呼ぶんですけど、「関水」と呼ぶのを決めるのに2週間弱かかったらしく「なんて呼ぶかをすごく悩んだ結果、『関水』って呼ぶことにした」って言われて(笑)。あるとき、現場でふたりで横に並んで立っていたんですね。そうしたら「関水、座っていいぞ」って言われて。「いや、先輩が立っていらっしゃるし」と言ったら「俺は座らなくていいんだ」と。「なんでですか!?」と聞いたら「立っていると、アンチエイジング効果がある」って……らしいです(笑)。 ──(笑)。仲村トオルさんは、役に入るとバシッと変わる感じですか? 関水 全然変わりますね。全然変わる、すごい……いやあ素敵です。お芝居も優しいですね、やっぱり。 ──ほかの共演者の方とはどんな感じですか? 関水 ゲストで来る野球選手の方はみんな前向きなパワーがあって、いらっしゃると現場がすごく明るくなるんです。毎回(別な方が)出てくださるヒロインの方々も、深川麻衣ちゃんとは『アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜』でも共演していて(前の撮影から)けっこうすぐに会えて楽しかったですね。麻衣ちゃんは、前のドラマのときはネットの誹謗中傷に苦しむ役で、今回もあんまり本音を言えないという役。そして私はどちらもズバズバ言う役なのが、デジャヴみたいでおもしろかったです。あと山下リオちゃんも、共演するのは初めてだったんですけど、本当に優しいしすごく気さくに接してくれる。テレビでは何度も観ていた女優さんだったんですけど、お芝居がまっすぐでキラキラしていて感動しちゃいました。本当に素敵でしたね。「この方、こんなに魅力的なお芝居をされるんだ」と、改めて思って。もちろんテレビや映画で伝わるものもあるけど、生で演技を見ると迫力がすごくて。一緒にドラマをやれてよかったなあと思いました。 ──第1話の撮影で、実際に岡島秀樹さんが来たときはどうでしたか。 関水 岡島さんがいらっしゃったらすごく空気が明るくなって。雨が降ってたんですよ、その日。ずっと曇りがちで、あまり天気がよくなかったんですけど、岡島選手がいらっしゃったら気持ちが晴れましたね! めちゃくちゃ晴れました。優しいし、楽しかったです。野球選手の方と撮影する経験は初めてだったので貴重な体験でした。 ──関水さんが、仲村トオルさん演じる伊藤智弘さんに悩みを相談をするとしたら、どんなことを相談しますか? 関水 最近悩んでること、あるかなあ。最近そんなに悩むことがなく……あるかもしれないんですけど、パッと思いつかないなあ。でも、そういうのも見透かされるんでしょうね。そう言っていても「これで悩んでいるだろう?」って、伊藤さんには言われるんでしょうね(笑)。 ──ですね(笑)。『八月は夜のバッティングセンターで。』の見どころを教えてください。 関水 ひとつだけを切り取るのはすごく難しいんですけど、野球選手の方が毎回出るドラマってすごく新しいと思うし、野球好きの人は絶対このドラマを好きだと思うんですよ。あとはヒロインの方たち8人それぞれ8つの悩みがあって、それは野球を知らない女性でも重なる部分があったりするんじゃないかなと思います。共感もできたり、深夜にホッとしたりもするんじゃないかなと思うので、そういうあたり、おすすめです。それと、伊藤さんの言葉が本当にすごく響くんですね。なんか「これでいいのかも」って思えるときもあるし、逆に「このままじゃいけないんだ」って思うこともあって、人生においても勉強になる言葉がすごく多かったので、そういう部分にも注目してもらえたらなと思います。 王道の恋愛ドラマもやってみたい ──今後やってみたい役柄はありますか? 関水 恋愛ドラマを全然やったことがなくて、やりたいですね。それこそ石原さとみさんがやられていたような『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ/2012年)みたいな、ああいうドラマ。韓国ドラマもすごく観るんですけど、ベタベタな恋愛モノも、いつかやってみたいですね。 ──今までのドラマの中で、ちょこっとはあるけど。 関水 そうですね、あんまりないですね。ああいうガッツリした恋愛モノは。 ──恋愛系の役どころがあまり今までなかったという、同世代の女優さんだと珍しいパターンだと思うんですけど、もちろんそれが強みだとも思うのですが……。 関水 恋愛の役柄を求められると言えるほど存在価値があるって言い切るのはまだ難しいんですけど、今回のドラマ(『八月は夜のバッティングセンターで。』)をやってすごく感じたのが『町田くんの世界』と重なる役をやらせてもらうことが多いなと。今回の役も、境遇は違いますけど、どこかしら似ているんですよ。 ──『町田くんの世界』が、かなり印象的だったんですかね。 関水 けっこう、クセのある女の子でしたから。今回の夏葉舞も(『町田くんの世界』の)猪原奈々さんも「ヤダ」とか「無理」とかすごく言っているんです。高校生の女の子はこういう子が多いのかもしれないですね。少し似てるなあと思って。 ──夏葉さんも猪原さんも、ストレートに感情を出すところが似ている? 関水 猪原さんのほうは、ストレートというか……たぶん不器用だからそうなってしまうみたいな。「ヤダ」とか「無理」とか、そんな言葉をストレートに言ってもあんまり意味がないじゃないですか。意味がないというか、いい言葉じゃないし。でも不器用すぎて、それを言わずにはいられないんでしょうね。舞は、まわりに男の子が多い環境だったから言葉が少し男の子っぽくて、それがストレートに聞こえるのかも。本当は女の子っぽいところもあるんだけど、過去に悩んでることとかもあって気持ちの出し方が不器用。それぞれ似ているようで個性がありますね。 夏になると、海に行きたくなってしまう ──プライベートについても聞かせてください。最近ハマっていることはあります? 関水 全然初心者なんですけど、去年からウインドサーフィンをちょっとやっていて、楽しいですね。こういう天気だと本当に行きたくなっちゃう。 ──ウインドサーフィンをやるきっかけは? 関水 父がずっとウインドサーフィンをやっていて……それで私は「渚」という名前なんですけど。父は忙しいとか面倒くさいとか言って、あんまり教えてくれないんです。でも楽しそうにやっていたので、いいなあと思って、それで始めました。いつか一緒にできたら楽しいなと思っています。 ──自前のボードとかも。 関水 (ボードは)まだ持っていません。悩んでます……すごく悩んでいます。置く場所が……湘南に一軒家とか持っている人なら、家の前にボーンと置けるけど。なかなかね……悩んでおります。 ──ということは、休みの日はもっぱらウインドサーフィンを? 関水 そうですね……ウインドサーフィンをやる前からなんですけど、夏になると、泳がないにしても、すごく海に行きたくなってしまうので。海にはいるかもしれないですね、頻繁に。 プライベートでは、揚げ物に挑戦してみたい ──6月5日に誕生日を迎えて23歳になられて、大卒だと社会人1年目の年になりますが、どうですか? 関水 自分としては全然、気分は変わっていなくて。いつもどおり、ただの23歳っていう感じなんですけど。今年社会人になった子は、なんだか自分より若い感じがする。初々しいし、新鮮な感じがあるんですけど、少し早めに仕事をしてきたぶん、今の自分にそれはないかもと思いました。 ──友達からは、どんな子と言われます? 関水 すごく意志があるタイプだと思われています。 ──仕事以外でやってみたいことやチャレンジしてみたいことはありますか? 関水 料理、うまくなりたいですね。今日ちょっとInstagramに載せたんですけど。がんばりたいですね。 ──今まではそこまで料理は……。 関水 やってはいたんですけど、そんなに凝ってなくて。 ──コロナ禍というのも影響してますか? 関水 あー、あるかもですね。お店もやっていないし、テイクアウトもとんでもなく早く営業が終わるじゃないですか。作るしかないというときに、雑じゃなくて丁寧なものを作れるようになりたいです。 ──具体的にこんなものを作りたいってありますか? 関水 揚げ物! 揚げ物を全然やっていなくて。揚げ物鍋がないので、買わないと。買います! ──少し仕事関連の話に戻りますが、全然違うジャンル……たとえばバラエティの印象はどんな感じですか? 関水 バラエティが得意かと言われれば、全然だめなんですけど(笑)。でもバラエティは、けっこう観ていて好きなんですよね。大食いのロシアン佐藤さんがすごく好きなので、いつかバラエティ番組でロシアン佐藤さんと共演するという夢のために、バラエティもがんばりたいと思ってます(笑)。 ──仕事を重ねていろいろな方に会ったりするなかで、憧れや目標にしたい女優さん、タレントさんができたりもしました? 関水 『コンフィデンスマンJP プリンセス編』で、長澤まさみさんと1カ月ぐらいずっと一緒に撮影させていただいて。まさみちゃんがいると、それこそ空気が明るくなるというか……まさみちゃんには、そのあとも何回か相談とか会ったり遊んだりしてもらったんですけど、いつも前向きになれて、今まで思っていたこととか、全部どうでもよくなるんですよ。すごく小さい悩みに思えたり、すごく素敵な言葉をかけてくださるし。お芝居も、本当に年々どんどん魅力的になられているじゃないですか。まさみちゃんが「渚ちゃん、もっといい女優さんになれるよ。私もこれからまだまだがんばるからね」と言ってて。「すごい素敵!」と思って、私もがんばろうと思いました! (長澤さんは)あんなにできるのに、まだまだって思ってらっしゃるんだって。 ──素敵な関係ですね。石原さとみさんには、お会いしましたか? 関水 事務所で偶然お会いしたのと、舞台を鑑賞しに行ったときにご挨拶させていただいたことがあります。 ──この世界に入る前の、自分の思いは伝えました? 関水 伝えました。憧れです、ということを。 ──どんな反応でした? 関水 優しいですね。「ありがとう」と言ってくださって。 ──共演、あるといいですね。 関水 そうですね、いつか。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=MAFUYU 編集=龍見咲希、中野 潤 ************ 関水 渚(せきみず・なぎさ) 1998年6月5日生まれ。神奈川県出身。映画『町田くんの世界』(2019年)で1000人以上のオーディションからヒロインに選ばれ女優デビュー。その後、映画『カイジ ファイナルゲーム』(2020年)『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020年)、ドラマ『キワドい2人-K2-池袋署刑事課 神崎・黒木』(2020年/TBS)『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(2021年/テレビ東京)などへ出演を重ね、女優として躍進。今夏放送の連続ドラマ、水ドラ25『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京:7月7日スタート:毎週水曜深夜1時10分〜1時40分放送)でドラマ初主演を果たす。
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女優・関水渚「演じる役を一番好きなのが自分でありたい」
#6 関水 渚(前編) “今後輝いていくであろう女優やタレント”を独自にピックアップする連載「focus on!ネクストガール」。今回より『日刊SPA!』から『logirl(ロガール)』へとFA移籍しました。変わらず、素敵な方に迫っていきます! 関水渚(せきみず・なぎさ)「ホリプロタレントスカウトキャラバン」をきっかけに芸能界入りした彼女は、映画『町田くんの世界』(2019年)のヒロインとして女優デビュー。ブルーリボン賞新人賞をはじめ、多くの新人賞を受賞。その後、映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020年)、ドラマ『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(テレビ東京/2021年)などの作品で印象的な役柄を好演し、今夏放送の連続ドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京)ではドラマ初主演を果たす。そんな彼女の、女優としての歩みや思い、プライベートを聞いてみた。 「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。 石原さとみさんに憧れ、芸能界へ ──デビューのきっかけはなんですか? 関水 高校2年生のとき、石原さとみさんに憧れて「ホリプロスカウトキャラバン」を受けたんです。そのとき、ファイナリストに残ったことで事務所に入ることになって、18歳のときにデビューしました。 ──ホリプロスカウトキャラバンを受けようと思ったのは? 関水 石原さとみさん主演の『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ/2012年)を中学生のときに観て、自分も石原さとみさんみたいな女優になりたいなと思い「ホリプロスカウトキャラバン」を受けたんです。 ──石原さとみさんのどんなところに憧れました? 関水 ドラマに出ている石原さとみさんがすごくかわいくて、キラキラしていたので! ──なるほど。今の事務所に入って、一番最初の仕事はなんですか? 関水 アクエリアスのCMです。 ──CMが決まったときはどんな気持ちでした? 関水 初めて受けたオーディションで「まわりの人たちはすごく上手にやっているのに自分は全然できないんだけど……何これ」と思って、すごく落ち込んで帰ったので、CMをやらせていただけるということを聞いてびっくりしました。 ──CMが決まって、まわりの反応はどうでしたか? 関水 そうですね、「観たよ!」と友達からたくさん連絡をもらいました。電車の吊り広告になっていたりもしたので。 ──関水さん自身が初めてCMを観たときは……? 関水 うれしかったです! 演じる役を一番好きで楽しんでいるのが自分でありたい ──CMを経て、一番最初の演技の仕事は何になります? 関水 19歳のときに『町田くんの世界』という石井裕也監督の映画のオーディションを受けて、20歳の夏に撮影、そこから1年後くらいに公開されました。 ──演技をしたのは『町田くんの世界』が初めてだと思うのですが、役作りはどうでしたか? 関水 何をしたらいいのか全然わからなかったです。なんとなく言われたことをやっているという感じでした。 ──映画を観る限りでは、すごく自然体に見えましたけど。 関水 それは、石井裕也監督の演出が一番大きいと思います。監督の演出が「素の自分でいろ」というか……私に何か色をつけるんじゃなくて、私の中にすでにあるモノから演出していくという感じだったので。だから、あれは自分自身という感じでもあって、自然といえば自然な。でも今はもう、あれはできないかもしれない。 ──最初だから、なんですね。その後、いろいろなドラマや映画をやってきて、役作りに関して自分の中で考えるようになったことはありますか? 関水 撮影では、大変だったり、追い込まれたり、「がんばらなきゃいけない」という気持ちが強すぎて「楽しむ」という気持ちを忘れつつあったりもしたんですけど……まず「楽しい仕事なんだよな」ということを、改めて考えて。自分が楽しんでやらないと、作品を観ている人たちも楽しいとは絶対に思わないから。たまたま明るい内容のドラマがふたつ続いたんです。そのときに、そう思うようになって。共演した人が優しかったとか監督が楽しい人だったとか、理由はなんでもいいんですけど、まずは自分が楽しまなきゃ!と思うようになって。今は、演じさせていただく役を一番好きで楽しんでいるのが自分であったらいいなあ、と考えています。 プレッシャーを乗り越えたドラマ初主演 ──今までやってきた役の中で、一番印象に残っているものは? 関水 やっぱり直前にやった役を、一番覚えているので……今だったら『八月は夜のバッティングセンターで。』それが印象に残っていますね。 ──ドラマ初主演というのは、やはり気持ちがどこか変わるものですか? 関水 そうですね(共演者の)仲村トオルさんが本当に優しい方で、人の心を受け入れる大きな器を持ってらっしゃるし、お芝居でも私の心に何度も訴えかけてくださって。しかもそれがブレないんですよね。一緒にお芝居をしていても楽しかったし、監督やスタッフさんもすごく優しいアットホームな現場で。主演というのは、自分にとってはまだ大きすぎるし責任もあったんですけど、でも撮影自体は本当に楽しくて、終わってほしくないと思っていました。 ──第1話の脚本を読ませていただいたんですけど、少しコミカルな感じですよね。素を出した感じですか? それとも演技のほうが濃い? 関水 そうですね……人間は誰しも悩みがあると思うんです。私が演じる役も高校生らしい悩みがあって(仲村トオルさん演じる)伊藤智弘さんがその悩みを見透かすようなことを、劇中で何度も言ってくるんですね。そういうふうに見透かされているような気がしてしまうことが何度かあって、そのときに高校生時代の不器用な自分とも重なったり、自分が出てしまった部分も多少はあったかなあという感じがします。 野球は観ていて一番楽しいスポーツ ──高校生のころはどんな感じだったんですか? 関水 すごく狭い世界で生きていたので、あまり多くのことを知らなかったと思います。悩んだときの打開策も今ほどはわからなかったし、人に気持ちを伝えたりするのもすごく下手で……今でも上手かと言われると、全然そうではないんですけど。今より、自分の気持ちを伝えたりするのは下手だった。素直に生きるのが難しかったなあという感じです。 ──その高校生のときに野球部のマネージャーをしていたということですが、今回の撮影に役立ったり、何か思い出したりすることはありましたか。 関水 野球のプレイ自体はやっていなかったんですけど、ルールはわかっているし、観ていて一番楽しいと思うスポーツなので、そこはよかったなあと思っています。 ──今回の撮影中にバッティングセンターで打ったりしました? 関水 撮影中には1回も打たなかったですね……あ、うそうそ! 1回も、は嘘です(笑)。劇中で打つことがあったので、そのときにちょっとだけ打ちました。 ──どうでした、けっこうミートしました? 関水 やっと当たって飛ばせるという感じなんですけど……でも楽しいですね! ──東京ドームでの始球式(※)もありますが。 関水 そうなんですよ! ちょっとがんばらないと。もうすぐ……迫ってきてる! (※6月18日に行われたプロ野球「DeNA-広島戦」の始球式では、バッターを務める仲村トオルさんを相手に、ワンバウンドながらもキャッチャーまで届くピッチングを披露した) 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=MAFUYU 編集=龍見咲希、中野 潤 ************ 関水 渚(せきみず・なぎさ) 1998年6月5日生まれ。神奈川県出身。映画『町田くんの世界』(2019年)で1000人以上のオーディションからヒロインに選ばれ女優デビュー。その後、映画『カイジ ファイナルゲーム』(2020年)『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020年)、ドラマ『キワドい2人-K2-池袋署刑事課 神崎・黒木』(TBS/2020年)『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(テレビ東京/2021年)などへ出演を重ね、女優として躍進。今夏放送の連続ドラマ、水ドラ25『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京:7月7日スタート:毎週水曜深夜1時10分〜1時40分放送)でドラマ初主演を果たす。 ▼好きな作品は?の問いには、「洋画がすごく好きです。レオナルド・ディカプリオが、大好きで。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』とか。作品を観ると、ハリウッドいいなあって思いますね」 【インタビュー後編】
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「focus on!ネクストガール」とは
「focus on!ネクストガール」 今まさに旬な方はもちろん、さらに今後輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載。月間4000万PVを誇る「週刊SPA!」の公式WEBサイト「日刊SPA!」で好評を博していた連載「focus on!ネクストガール」が「logirl」にFA移籍しました。変わらず、素敵な方々に迫っていきます!(※下記、#0~#5のリンクは「日刊SPA!」サイトへ遷移します) #1 白石 聖(前編) 若手女優・白石聖が撮影現場で感じた発見とは?/focus on!ネクストガール #1 白石 聖(後編) 『DAM CHANNEL』新MC・白石聖「カラオケは男性の曲を歌うのが好き」 #2 井桁弘恵(前編) 女優・井桁弘恵、女性ライダーに没頭した1年間で何が変わった? #2 井桁弘恵(後編) プライベートは“外に出る系”の女優・井桁弘恵「家でじっと…ができなくて」 #3 松風理咲(前編) 『真夏の少年~19452020』に出演する松風理咲、デビューからの女優としての活躍を振り返る #3 松風理咲(後編) 女優・松風理咲「いつかラジオパーソナリティに挑戦したい」 #4 蒔田彩珠(前編) 女優・蒔田彩珠。映画『朝が来る』役になりきった日々 #4 蒔田彩珠(後編) 蒔田彩珠が「子役から女優に」なろうと思ったきっかけ #5 小川紗良(前編) 映画監督もこなす女優・小川紗良「女優の時期は服もネイルも役に寄せている」 #5 小川紗良(後編) 多才な女優・小川紗良がラジオ、ハロプロ、タッチ……次に興味を持つのは? #0 鈴木さちひろ(インタビュアー) 美味しい料理は作れないけど、美味しい店を探すことはできる/鈴木さちひろ #6は7月上旬に掲載予定!
Daily logirl
撮り下ろし写真を、月曜〜金曜日に1枚ずつ公開
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志田こはく(Daily logirl #258)志田こはく(しだ・こはく)2004年5月25日生まれ。埼玉県出身 Instagram:shida_kohaku X:@shida_kohaku 撮影=青山裕企 ヘアメイク=高良まどか 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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木下 恵(Daily logirl #257)木下 恵(きのした・けい)2004年12月6日生まれ。東京都出身 Instagram:kei.muxia63 X:@kei_kinoshi 撮影=石垣星児 ヘアメイク=ACO 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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畠中夢叶(Daily logirl #256)畠中夢叶(はたなか・ゆめか)2005年8月13日生まれ。大阪府出身 Instagram:yumeka_hatanaka X:@yumeka_hatanaka TikTok:yumeka_yumety_813 撮影=NAITO ヘアメイク=爽来 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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注目を集める、さまざまなエンタメを“ディグ”!
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NMB48安部若菜が卒業後に見据える新たな景色──「文章での、かっこいい姿を見せられたら…」安部若菜(あべ・わかな) 2018年、『第3回AKB48グループドラフト会議』でNMB48チームNに指名され、ドラフト3期生として加入。2020年1月に正規メンバーへ昇格し、同年11月発売の24thシングル『恋なんかNo thank you!』で初選抜入りを果たす。グループでの活動と並行して小説を執筆し、2022年に処女作『アイドル失格』(KADOKAWA)で小説家デビュー。以降『私の居場所はここじゃない』(KADOKAWA/2024年)、『描いた未来に君はいない』(KADOKAWA/2026年)を発表するなど、執筆活動でも高い評価を得てきた。また落語を趣味とし、上方落語の定席・天満天神繁昌亭でも高座に上がるなど、多彩な一面を持つ。2026年3月に卒業を発表し、自身の25歳の誕生日となる7月18日、大阪・Zepp Osaka Baysideで卒業コンサート『そして最後のページには』を開催。約8年半にわたるアイドル活動に区切りをつけ、新たな一歩を踏み出すことに。 目次卒業を目前に控えて(取材日:7月12日)アイドル・安部若菜として、やり残さないためにファンへ届けたい想い小説家・安部若菜が描くもの「ご飯」をめぐってNMB48でのターニングポイント落語との出会い落語・浪曲番組『WAGEI』の公開収録卒業後に叶えたい夢 卒業を目前に控えて(取材日:7月12日) ──まもなく卒業ということで、今の率直な気持ちを伺いたいと思います。 安部 もう緊張してきていますね、卒業に。8年半……高校1年生のころからずっとNMB48にいたので、NMB48じゃない自分がまだ想像できなくて。ちょっとドキドキ……不安も。 ──8年半前だと…… 安部 16歳のときに入りました。 ──その16歳のときには、今のこの卒業するイメージは、まったく描いてないですよね? 安部 全然できてなかったですね。16歳のときに思い描いてたよりもずっといいかたちで卒業できるなあと思います。 ──卒業のタイミングは決めていらっしゃったんですか? 安部 気づいたらこのタイミングになってたっていうのが一番なんですけど。ずっと卒業というのは頭の片隅に常にありつつ、でも先輩を全員見送るまではNMB48にいようと思っていて。去年の12月に自分より上の方が全員卒業されて、自分も旅立てるぞっていう覚悟が決まりました(笑)。 ──ちょうど誕生日ですよね。 安部 卒業コンサートが誕生日当日になったのは、本当にたまたまで。夏ぐらいに卒業したいとは伝えていて……まさか25歳の誕生日に卒コンできるなんて、もうこんな幸せなことはないなぁって思いました。 アイドル・安部若菜として、やり残さないために ──その卒業までは間もなくですけど、この間に、アイドル・安部若菜としてやっておきたいことはありますか? 安部 そうですね。ステージで歌って踊ってというのが、本当にあと1、2回になってくるのでそれを思う存分やっていきたいなと思っていて。今までは、そこまでアイドルらしいツインテールとかをしないタイプだったんですけど、最近急にそういうことをやっておこうと思って、かわいい方向に、ここへ来て急に走り始めました(笑)。 ──(卒コンの)衣装は決めていらっしゃるんですか? 安部 卒業コンサートの衣装……一番最後に着る衣装とか、全部決めていて。そこでドレスをその人に合わせて作ってもらえるんですけど、ずっと憧れていて……それを作ってもらえる人になりたいと思っていたので。 ──初めての…… 安部 初めてですね。生地からオーダーメイドで、こんな形にしたいみたいなのを伝えて作ってもらえるので、本当に幸せだなぁって思います。 ──8年半の中で、もうちょっとやっておけばよかったみたいな、これはやりたかったなみたいなことってあったりします? 安部 けっこうありますね。もっとできたかもと思うことはあったり。そうだな、ステージのことですね。もっとかわいいことをやっておけばよかったなって(笑)。わりとあざとくないタイプで、ファンの方に向けてかわいいことを言ったりとか……まあまあしてこなかったので。もうちょっとやっとけばよかったなって、ちょっとだけ後悔しています。 ファンへ届けたい想い ──なるほど、卒業するにあたって、ファンにどんなことを届けたいですか? 安部 最後をめっちゃいい思い出として終わることで、ファンの人が一生忘れられないような人になれたらいいなと思いますね。推し活とかをしていると、気持ちの波もあったりして、数年経つと、あのころ好きやったなぁっていう思い出になると思うんですけど、すごく楽しかったなぁという思い出で埋め尽くされたらいいなと思いますね。 ──ブログでも書いてましたけど、ファンの方に対する安部さんの想いって、なかなか伝えられないじゃないですか。安部さんは待っている一方で、ファンは好きなときに来られるという。今後は、どんな安部さんを見てほしいですか? 安部 NMB48にいるときも小説を書いたりしたんですけど、今後はそれをもっとがんばっていきたいなと思っているので。やっぱりアイドルをしていると、明るくてキラキラした面をステージで見せることが多かったんですけど、そうじゃない、文章でのかっこいい姿を見せられたらいいなと思っています。 小説家・安部若菜が描くもの ──安部さんが書かれた小説を読んでいて……アイドルをやっている方が書かれた小説って、なんとなくラノベ調の作品とかが多い気がするんですけど、安部さんの小説は、そうじゃないのが本当にすごいなと。 安部 ありがとうございます。うれしいです。 ──3作のうち、もちろんご自分を投影しているわけじゃないんでしょうけど、最初は女性目線で書いていらっしゃって。ただ(男性目線での)最新作は、どういう感じで書かれたんですか? 安部 はい、でもそれも意識していて。最初はアイドルのことをテーマにした『アイドル失格』という小説から始まって、ちょっとずつ遠ざけていきたいなぁっていうのがあって。3作目の『描いた未来に君はいない』というのが、ひとりの視点でずっと書いてみようというのから書き始めて、結果そうなりました。 ──(語りの)性別が男性というと、想像するのは大変だったりしました? 安部 そうですね、でも小説を書くときって、自分と近くない人のほうが書きやすくて。意外とすらすら書けて。アイドルの役を書いてるときって、自分だったらどうかな?みたいなことを考えるので、自分自身をまず言語化しないといけなくて。そっちのほうが時間がかかります。 ──リアリティラインが…… 安部 そうですね。自分とキャラを分離させるのが難しかったりするので、逆に想像で書くほうがスラスラ書けはしますね。 ──実際、普段もモノを書くというか……小説以外にも何かを書いたりということは多いんですか? 安部 多いですね。それこそ日記を毎日書いていたりとか、とにかく昔から気持ちをノートに書いたりっていうのは、ずっとしていて。作文とかが大好きでした。 ──もう何回も聞かれているかもしれないですけど、好きな作家さんはいらっしゃいますか? 安部 好きな作家さんは……湊かなえさんが、いろいろな本を読むようになったきっかけで。あとは凪良ゆうさんも大好きです。 ──じゃあ、そのうちミステリーとかも。 安部 書いてみたいですね。 ──ちなみに、次はどんなものを書きたいとかってありますか? 安部 次の小説も書き始めていて……ご飯にまつわるお話にしようと。 「ご飯」をめぐって ──ご飯というと……昔は好き嫌いが、ぬか漬け、きゅうりがダメだったんですよね。 安部 そうなんです。ぬか漬けがダメでした。 ──カブとかやると、おいしいですよ(笑)。 安部 おいしいですか? やってみます。 ──カブの実じゃなく、葉っぱのほう…… 安部 へえー。あのぬか漬けができるんですね。ちょっとやってみます(笑)。 ──あと、白米がダメというのが(ブログに)あったので、お弁当とかは今まで大丈夫だったのかなと…… 安部 そうなんです。私は白ご飯が昔から食べられなくて。高校生ぐらいのときに克服したんですけど。 ──すごい! それまでは? 安部 それまでは、おかずがないとダメで。 ──おかずがあれば大丈夫。 安部 ご飯に合うものが。鮭とかがあれば、食べられるんですけど。 ──味がついているご飯とかもあるじゃないですか。ああいうのは大丈夫? 安部 ああいうのはいけるんですけど。 ──日の丸弁当とか。のり弁とかもダメ? 安部 のり弁はのりがあればいいので(笑)。梅干し1個だと、ちょっと足りないなぁって。でも今は白米だけでも。 NMB48でのターニングポイント ──NMB48の活動の話に少し戻りますが、この瞬間がターニングポイントだったなというのは何になります? 安部 そうですね……どれがいいかな。あ! NMB48の中で『NAMBATTLE』というファンの投票でシングルのメンバーを決めるイベントが2022年にあって。そのときに私、4位をいただいたんですけど、それがうれしくて。自信がつくきっかけになった出来事だなと思います。 ──なるほど、楽曲でいうと、一番印象に残っている曲は何になります? 安部 吉田あかりさんが卒業するときの「恋なんかNo thank you!」が、初めて選抜に選んでもらった曲で。それはやっぱり思い出の曲ですね。 ──初選抜に選ばれたときはどうでした? 安部 いやぁーようやくかって思いましたね。まだかまだかという気持ちだったので。 落語との出会い ──ほかに活動の中で、印象に残っていることはありますか? 安部 そうですね、たくさんあるんですけど……落語をしたことですかね。NMB48に入って、半年ぐらいのときに落語をひとりですることになって。それまでひとりでステージに立ったこともないなかで、初めてのひとり舞台が落語だったので(笑)。それはやっぱりNMB48の活動の中でも、すごく記憶に残っていますね。 ──落語をやるきっかけはなんだったんですか? 安部 NMB48に入る前から落語が好きで……入ってからも「趣味・落語」と書いていたら、マネージャーさんが「落語をやってみるとか、どう?」と。私も自分で演じるというのは考えたことがなかったんですけど……やってみます!というのが始まり。 ──練習は、けっこうされたんですか? 安部 練習はもう自主練という感じだったので……一度だけ、吉本の落語家さんの桂三金さんに来ていただいて見てもらってだったんですけど、本当にまだ何もわからずで。いろいろDVDとかを借りてきて覚えたりもして。 ──所作とか、DVDを見ながら…… 安部 そうですね。 ──あっちこっちを向いたりしながら、人物を振り分けないといけないですもんね。 安部 はい。 ──実際に高座に上がって、人前で披露してみてどうでした? 安部 直前まで不安すぎて号泣していたんですけど。でもいざ始まってみたら、本当に温かく見守ってくれて、けっこう笑ったりもしてくださったので……人に笑ってもらうっていうのも初めてのことだったので、楽しかったですね、いざやってみたら。 ──そのときにやられた演目は? 安部 『鶴』と『桃太郎』をやりました。 ──おぉ。実際にやってからは、落語を見る目も変わりましたか? 安部 やっぱり変わりますね。いざ自分でやってみたら、より尊敬の気持ちが大きくなって。それこそ私は二席覚えるのでも必死だったんですけど、落語家さんって、その日の流れとかを見て、話を決めたりするじゃないですか。そんな直前に決めて、あんなに長い噺を急にできるんやっていうのが、何回観ても不思議ですね。 ──すごいですよね。でも安部さんも『金明竹』とか『平林』とか、いっぱいやりましたよね。 安部 5つくらい覚えましたね。 ──じゃあ卒業コンサートでも! 安部 (笑)。 ──繁昌亭での雰囲気は、NMB劇場とは違いますか? 安部 違いますね。やっぱり緊張しますね。普段、自分が観に行っている場所の高座に上がれるというのが恐れ多くて……本当に気が引きしまりました。 ──お客さんも全然違いますもんね。 安部 それこそ繁昌亭とか、落語好きの方が集まる前で落語をさせてもらうことも何回かあったんですけど、できるだけ孫みたいな顔をして、孫ががんばっているから的な感じで見てもらえるように無邪気な顔でやっていました(笑)。 落語・浪曲番組『WAGEI』の公開収録 卒業コンサート後の7月29日、安部さんが出演する落語・浪曲イベント『WAGEI』の公開収録が行われる。テーマは「恋」、会場は日暮里サニーホール。 ──今回の『WAGEI』イベントのテーマが「恋」。恋をテーマにして、噺家のみなさんにネタを考えてもらっていて……安部さんも一席、どうですか? 安部 恋か……全然ネタがないですね(笑)。 ──以前『WAGEI』に出ていただいたときは、たしか『アイドル失格』をテーマにしたネタをやってもらったんですよね。カンペありで、覚えていますか? 安部 んー、どうでしたっけ? ──浪曲風で作ってもらって。直前で玉川太福さんにいろいろ教わって。でも、今回は難しいですよね……? 安部 そうですね、どうしよう……。 ──ちなみに、今回の『WAGEI』イベントのゲスト出演者とは、みなさん初めてになります? 安部 お会いしたことはないかな……。 ──ネタを聞いたことは? 安部 えーっと……たぶん聞いているような。 ──玉川太福さん、立川吉笑さん……ソーゾーシーは全員? 安部 えーと……はい、たぶんほとんど。林家つる子さんと鈴々舎美馬さんも、別の落語の番組でお会いしたことがあります。 ──寄席じゃなくて、普通の番組で共演してネタを観たんですね。 安部 はい、ネタも観ました。 ──ということは、ほぼ全員のネタをご覧になってる。 安部 はい。でも立川吉笑さんの「恋」はあんまり想像できないです。おもしろそうですね。 ──プルプル……言いながら(笑)。 安部 あまり「恋」のイメージがないので。 ──瀧川鯉八さんは? 安部 瀧川鯉八さんとは共演したことないです。 ──鯉八さんは基本、オリジナルなネタで。その世界観もぶっ飛んでいて、よくわからないこととかもあるんですけど……枕を10分ぐらいやって、ネタはもう4、5分とか。イベントでは「恋」に関するネタとか恋に関するトークとか、みんなでできればなあと思っているので。 安部 いいですね! 恋バナですね。 ──その中で、この安部さんの最新作に関する話もしていただけたらな、と。 安部 ありがとうございます。もう卒業も近いので、なんでも話せます(笑)。 ──ギリギリのラインでお願いします(笑)。今まで3回『WAGEI』の番組にご出演いただいていて……安部さん的にはどんな感じですか? 安部 落語が好きだったんですけど、『WAGEI』で浪曲とかにも初めて触れたりしたのが、すごく印象的で。“話芸“という、ちょっと大きなくくりなのが、すごく素敵だなと思っていて。 ──浪曲を披露していただきましたよね。 安部 はい。難しかったですね。 ──玉川太福さんが、いろいろと教えてくれて。あと落語も上方だと違うじゃないですか。 安部 そうですね。私自身は、大阪で上方落語をやってる方と一緒になることが多いので。『WAGEI』だと江戸落語のみなさんの噺を聞けるのも、すごく楽しいです。 ──安部さんは、新作落語と古典落語と、どっちが好きとかあります? 安部 古典からの入りなんですけど新作もおもしろいですよね。どっちも大好きです。 ──普段、創作活動なさってますしね。 安部 そうですね。 ──今後も話せるネタを増やしていく方向で…… 安部 やりたいなと思いますね。それこそずっと創作落語にも興味があるんですけど、なかなか。 ──たしかにネタをイチから作るって、わからないですよね。 安部 まだまったくわからないですね。だから本当にすごいなあと。 ──NMB48のメンバーの中に、落語が好きな方って、ほかにもいたりするんですか? 安部 落語はいないですね。でもお笑いを一緒に観に行くことはあって。なんばグランド花月とかに行ったら、漫才の中に落語家さんも出られたりしていて、そこで初めてメンバーが落語を観て、横でめっちゃ笑ったりしてたら勝手に「よしっ!」と思いますね(笑)。うれしくなります。 ──寄席へは最近、行かれたりしています? 安部 最近は、本当にたまになんですけど。 ──東京だと、なかなかスケジュール的に難しいですよね。 安部 そうなんです。東京で行けることがなかなかないので……卒業して、時間に余裕ができるので、いろんな寄席へ行ってみたいですね。 卒業後に叶えたい夢 ──実際、卒業したら時間もできるし、一番やってみたいことはなんですか? 安部 旅に出たいです。 ──旅! 具体的にどことかあります? 安部 行きたいのはそうですね……世界に羽ばたきたいです! NMB48にいると旅行に行ける機会がなかったので。1泊以上という旅をしたことがなくて。ヨーロッパとかへ行きたいです。 ──なるほど。ヨーロッパで特にこの国に行ってみたいとかは…… 安部 イタリア、ローマ。“ローマの休日“したいですね。 ──(笑)。あと……旅行以外でも、安部さん、たくさん趣味があるじゃないですか。たとえば、その中で何か…… 安部 今、いろいろな趣味があるんですけど、逆により増やしてみたいなと思っていて。習い事を始めたいなと。 ──たとえば? 安部 たとえば……あ! ポールダンス。 ──すごい! 文化系かと思いきや! 安部 一回、ロケでポールダンスを……この間やってみたら、運動したいなーと(笑)。 ──運動系は自信があるんですか? 安部 はい、運動系はわりと。中学時代は陸上部で運動をしていたし、NMB48でも踊ったりというのがあったので。逆に(卒業すると)運動が一番なくなっちゃうので、動きたいなあと。 ──運動を、ポールダンスで埋めていく……もしかしたらポールダンス小説も。(ポールダンスの)マンガはあるじゃないですか。 安部 小説は、まだないかもしれない。 ──最後にlogirl読者へメッセージをいただければと。 安部 はい。私はあと1、2週間でNMB48を卒業するんですけど、趣味の落語とか、あとは小説を書いてきたこととかも含めて、より幅広い活動を好奇心旺盛にしていけたらなと思うので、これからも一緒に見守っていただけたらうれしいなと思います。 取材・文=山田ひろし、鈴木さちひろ 撮影=北野将市 『CSテレ朝チャンネル「WAGEI」特別公演 創作話芸フェス】 出演:玉川太福・春風亭昇々・立川吉笑・瀧川鯉八・玉川みね子 林家つる子・鈴々舎美馬・安部若菜(NMB48) 日時:2026年7月29日(水)18:00開場/18:30開演 会場:日暮里サニーホール・4Fホール チケット料金(全席指定):前売3,500円/当日4,000円(いずれも税込) チケット販売(チケットぴあ):Pコード542-635 詳しくは番組公式HPへ https://ex-maniacs.tv-asahi.co.jp/ch/ex_maniacs/post-64934/
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ときめきプレ写!吉川ひより&エルフ荒川の“ギャルデート”編テレ朝動画logirlで毎週金曜17時からレギュラー配信中、アイドルユニット「超ときめき♡宣伝部」の冠番組『ときめき♡プレシャス』。「おしゃれ」「かわいい」をテーマに、メンバーがときめくことをお届けしています。この記事では「ときめきプレ写!」と題して、番組の裏側の様子や、メンバー同士が撮り合ったオフショットなどを紹介していきます。今回は、6月19日から配信予定の、吉川ひよりとゲストのエルフ荒川さんの様子をご覧ください。 『ときめき♡プレシャス』 『ときめき♡プレシャス』Instagram 今回の『ときプレ』は、吉川ひよりの休日に密着! 高校生のころから通っていたという下北沢で、古着屋さんを巡ったり、お気に入りのお店を紹介したりと、普段の休日さながらの自然体なひよりんをお届けします。 2025年11月にオープンしたばかりのお店 まず訪れたのは、下北沢の人気店「ニューかかん」。以前からSNSで気になっていたという念願のお店で、名物の麻婆豆腐やメロンクリームソーダを堪能! 「ひとりごはんは苦手じゃないけど、なかなか冒険できない」と語るなど、普段のひよりんらしい飾らないトークも飛び出します。 店内はレトロでステキな雰囲気 その後は、大好きなシール屋さんへ。目を輝かせながらお気に入りを探す姿に、テンションも最高潮! さらに、ロケのちょっとしたスキマ時間には気になる古着屋さんへ。そんな自由気ままな姿にも、ひよりんらしさがたっぷり。 ところ狭しと並んだシールの前で そして、今回の最大の見どころは、人生初の「令和ギャル」変身企画! 渋谷のサロンで、普段とはまったく違うギャルメイクに挑戦。とき宣では禁止されているというカラコンにも初挑戦し、「もう目だけでギャル!」と大興奮。鏡を見るたびに、どんどんギャルマインドが芽生えていく様子は必見です。 さらに、エルフ荒川さんと合流し、SHIBUYA109へ! 荒川さんお気に入りのお店を巡りながら、荒川さんプロデュースのギャルコーデ選びがスタート。普段はあまり選ばない柄物や大胆な小物にも挑戦し、新たなひよりんの魅力が次々と引き出されていきます。 エルフ荒川さんとのコーデ開始 そして、令和ギャルに大変身したあとは、ふたりでプリントシールの撮影へ。ギャルポーズやラクガキを楽しみながら、まるで学生時代に戻ったかのように大はしゃぎ! 完成したプリクラは番組でご紹介します! いろんなポーズで撮影! ロケの締めくくりは、「クレープとエスプレッソとジェラートと」でのカフェタイム。パステルカラーに彩られたかわいらしい店内や、色とりどりのジェラート、思わず写真を撮りたくなるスイーツの数々に大興奮! ギャル姿のまま、休日の過ごし方やメンバーとの関係、プライベートでのお出かけ事情など、ここでしか聞けない本音トークが繰り広げられます。 大きなクレープを頬張りながらトーク 下北沢で見せた自然体な表情、そして令和ギャルとしての新たな一面。いつものひよりんとはひと味違う魅力がぎゅっと詰まった、ときめき満載の一日は、6月19日から配信予定の『ときめき♡プレシャス』にて!
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ときめきプレ写!坂井仁香&結那の“鎌倉デート”編テレ朝動画logirlで毎週金曜17時からレギュラー配信中、アイドルユニット「超ときめき♡宣伝部」の冠番組『ときめき♡プレシャス』。「おしゃれ」「かわいい」をテーマに、メンバーがときめくことをお届けしています。この記事では「ときめきプレ写!」と題して、番組の裏側の様子や、メンバー同士が撮り合ったオフショットなどを紹介していきます。今回は、5月29日から配信予定の「鎌倉デート」での坂井仁香と、ゲストの声優・アーティスト結那さんの様子をご覧ください。 『ときめき♡プレシャス』 『ときめき♡プレシャス』Instagram 今回の『ときプレ』は、坂井仁香が鎌倉へ! そしてなんと……番組初となるメンバー以外とのデートロケが実現! お相手は、声優・アーティストとして活躍する結那さん。 実はふたり、高校の同級生だったんです! 坂井さんの希望で韓国風の制服に身を包み、「気持ちはまだ18歳!」と笑い合いながら、鎌倉の街を巡っていきます。 制服姿も相まって、本当に放課後のような雰囲気 ロケのスタートは、鶴岡八幡宮。若宮大路を歩きながら、源頼朝が作った段葛(だんかずら)の歴史を学ぶ場面も。「歴史苦手だった〜!」「世界史? 日本史? どっち取ってたっけ?」と、学生時代そのままの空気で盛り上がるふたり。 鎌倉グルメも満喫 さらに、小町通りではプリントシールの撮影にも挑戦! 「難しすぎる!」「え、これどうやるの!?」と、最新のJK文化に大苦戦。現場にいた現役の女子高生に教わりながら、完成したシールを見て大盛り上がり!(完成したシールは番組で) まるで修学旅行のようなテンションで楽しむ姿が印象的 そしてロケ後半は、江ノ電が目の前を走る話題のお店「ヨリドコロ」へ! 稲村ヶ崎駅近くを歩きながら「SNSで見てずっと気になってた!」「江ノ電を見ながらご飯食べられるんだって!」と、到着前からテンションMAXのふたり。 江ノ電をバックに一枚 お店では、電車がすぐ横を通るロケーションに大興奮! 「近すぎる!」「こんなの初めて!」「手、振ってみる!?」と、終始大はしゃぎ。 お店の名物、ふわふわメレンゲ卵かけご飯にも挑戦! 卵白を交代しながら必死に泡立てて「メレンゲ王になる!」と大盛り上がり。 絶品料理にご満悦の坂井さん(撮影=結那) 同じく舌鼓を打つ結那さん(撮影=坂井仁香) 最後は、由比ガ浜へ。夕暮れの海をバックに、ふたりで写真を撮りまくりながら大はしゃぎ! 「エモすぎる!」「青春ドラマみたい!」と、最後まで高校時代に戻ったような時間を満喫していました。 ロケ中には、高校時代の思い出トークも続々 同級生だからこその空気がたっぷり詰まったロケになりました。普段のときプレとは少し違う、自然体すぎる坂井さんの表情にも注目です。制服姿で思い出をたどるふたりの鎌倉デートは、5月29日から配信予定の『ときめき♡プレシャス』にて!
BOY meets logirl
今注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開
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吉高志音(BOY meets logirl #068)吉高志音(よしたか・しおん)1999年7月2日生まれ、東京都出身Instagram:sion_yoshitakaX:@sionyoshitakaYouTubeドラマ『東京彼女』出演(7月号配信中)ライブ『KoN×吉高志音 THE BRIDGE』出演(2026年8月5日(水)) 撮影=Jumpei Yamada(Bright Idea) ヘアメイク=堤 紗也香 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
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西山蓮都(BOY meets logirl #067)西山蓮都(にしやま・れんと) 2009年5月4日生まれ、千葉県出身Instagram:nishiyama_rento_official X:@nishiyama_rento ドラマ『タツキ先生は甘すぎる!』(日本テレビ)岩瀬大也役で出演ドラマ『転校生ナノ』(FOD)episode6.「探しものは何ですか?」タクト役で出演 撮影=Jumpei Yamada(Bright Idea) 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
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萩原 護(BOY meets logirl #066)萩原 護(はぎわら・まもる) 2003年7月9日生まれ、東京都出身Instagram:mamoru_hagiwara ドラマ『スピナーベイト』(フジテレビ)2026年6月放送開始映画『Man』2026年9月11日公開写真展『あの人と私』(弘重GALLERY)2026年5月19日〜24日開催 撮影=Jumpei Yamada(Bright Idea) 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
若手お笑い芸人インタビュー連載 <First Stage>
「初舞台の日」をテーマに、当時の期待感や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語る、インタビュー連載
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「お笑いが好きだったらなんとかなる」──『THE SECOND』ベスト4のリニアを変えた先輩芸人の金言|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#46芸歴16年以上の芸人が出場する『THE SECOND~漫才トーナメント~』。今年ベスト4まで勝ち上がったのがリニアだ。 もともとは2006年にトリオで結成し、その後、コンビになった。2016年には一度解散も経験している。出会ってから20年。酒井啓太としょうへいは、ようやくその実力を世間に知らしめた。 遠回りをしてきたリニアは、なぜ20年も走り続けることができたのか。彼らに聞くと、東京03・飯塚悟志をはじめとした先輩たちの支えがあったことがわかる。 「お笑いが好きだったらなんとかなる」 その言葉を信じて、賞レース決勝までたどり着いたリニアのこれまでを聞いた。 【こちらの記事も】 アクロバティックなネタで目先の笑いを追いかけた?『THE SECOND』で注目されたリニアの初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#46 目次ウケを手放す怖さ人の感情がわからない化け物即再結成も、ファンがゼロに「お笑いが好きだったらなんとかなる」『THE SECOND』は勝てるはずだった ウケを手放す怖さ 左から:しょうへい、酒井啓太 ──前編では、とにかくお客さんのウケを重視する『THE MANZAI』に適応したことで、エッジの効いた漫才を求める『M-1(グランプリ)』に苦戦したと言っていました。 酒井 2015年に復活したM-1では、それまでお客さんにウケることだけを考えてて「自分たちの漫才」を作ってこなかった僕らはめちゃめちゃ苦戦して。本当にダサいんですけど、予選で落ちるたびに「審査員は何もわかってねえんだよ!」って後輩に言ってましたね。 「これじゃダメだよな」ってわかってはいるんですけど、普段のライブではウケてるから、「俺らのやり方は間違っていない」って自分を慰めてたんですよね。本当に若手のころはずっとスベってて、そこからちょっとウケるようになったもんだから、一度覚えたウケを手放すのが怖かった。 今思うと最低ですけど、最終的に全部しょうへいのせいにして、結局2016年に一度解散したんです。 ──しょうへいさんは解散を告げられて、何を思いましたか。 しょうへい コンビのことは啓太が全部決めてたから、しょうがないかって感じでしたね。もうずっと仲も悪かったんです。ネタ合わせで集まっても、あいさつもしないでいきなり「どうもー」から始まって、終わったら「お疲れ」って帰るみたいな。普通の会話が一切なかった。 酒井 一応、一回は「解散したくない」って言ってたけどね。 しょうへい ライブ終わりに中野サンプラザの前の広場に呼び出されて、そこで言われたんだ。そのときは一回「イヤだ」って言ったんですけど、また新宿でのライブ終わりに言われて、しょうがないかって。 酒井 今でこそしょうへいの変人なところがおもしろいって思えるんですけど、当時は、この変なところにずっとイライラしてたんですよね。 しょうへい あ、変なとこ出てた……? 酒井 ずっと出てたよ。隠せてるつもりだったのかよ(笑)。 人の感情がわからない化け物 ──酒井さんから見て、しょうへいさんの「変さ」ってどういうところに出てるんですか。 酒井 しょうへいは、人の心がまったくわからないんです。ネタ合わせでも、一つひとつのセリフについて、どういう感情で言うのか説明しないとダメで。「ここのセリフはもうちょっと強めに」とか「悲しそうに言って」とか、言葉のニュアンスを一個一個、手入力してる感じ。 意図せずデリカシーのないことを言ったりするし。だから僕はしょうへいのことを「大型動物」だと思ってます。人間的なことを求めてしまったらダメなんですよ。 しょうへい 人の感情がわからなすぎるから、先輩芸人に「映画を見て勉強したら?」って言われて、映画メモをつけるようになりました。 酒井 そのメモもひどいんですよ! 一回見せてもらったら、「『トイストーリー』を最初に観たのはいつごろだっけ? 小5のときか」だけで終わり。感想とか何もない(苦笑)。 でも、ここが厄介なんですけど、しょうへいって感情的ではあるんですよ。人の感情には鈍感だけど、自分の感情には敏感というか。 ──たしかに『THE SECOND』でも涙されていました。 酒井 そうそう。感情の起伏は激しくて、すぐヘコんだりもするんです。コイツの感情自体はすっごくわかりやすい。 しょうへい みんな、今どんな感情なのか言ってほしいです。「今うれしいんだよ」とか「悲しいよ」とか言ってほしい。 酒井 超不器用なんですよね。そのくせ、自分を「できるヤツ」に見せたがるところがあるんですよ。それで目先のウケやすいベタなことをやるんですけど,本質的に変なヤツなんだから下心は出さないで自然体でいてくれたほうがよっぽどおもしろい。 ──たしかにTHE SECONDで見ていても、ほかの芸人とは違う異質な感じがありました 酒井 しょうへいは本来ステージとかテレビに出ちゃいけない人なんですよ(笑)。でもだからこそ輝くっていうか。早く異物として見つかってほしいですね。 しょうへい 異物として、化け物として見られたいですね。 酒井 そうやって自分で言うと、ちょっと違うんだよ(苦笑)。 即再結成も、ファンがゼロに ──話を戻すと、酒井さんは解散後どうするつもりだったんですか? 酒井 ちょうど同じ時期に解散した元巨匠の岡野(陽一)と、元ザンゼンジの武田(裕司)と3人でやろうかって話が出たんですよ。 でも、岡野が天才すぎてやめました。ふたりでネタを書いてみたんですけど、これだったら岡野だけ書いたほうがいいやって思ったんです。でも、僕は自分でネタを書かない芸人人生に納得できないだろうなって気づいたんですよね。それですぐ、しょうへいをまた誘いました(笑)。 ──しょうへいさんも振り回されてますね。 しょうへい でもピンでもうまくいきそうになかったし、ずっと啓太の言うとおりにしてきたんで。 酒井 再結成しても、また空回りするんですよ。新しい自分たちを見せようとしすぎて、しょうへいがピンで一瞬やっていた「サイモン」というキャラをやっちゃって。 ──なんですか、それは。 しょうへい 東南アジアのジャングルでゴリラに育てられた人間が、日本に出稼ぎに来ているみたいな設定のキャラクターをやってたんです。 酒井 僕も「そのキャラで新しいお笑いができる!」ってワクワクしてたんですよ。ふたりで衣装も買いに行って。ありがたいことに再結成ライブも、チケットは即完売だったんですよ。S×L時代に応援してくれてた人たちが、僕らが戻ってきたと思ってくれて。 なのにステージに現れたのはサイモン(笑)。客席にいる女性のお客さんを指さして「女、抱かせろ」って言った瞬間、全員が悲しそうな顔になりました……。数少ないファンも完全にゼロになった。結局、サイモンは2日でやめましたね。 ──でも再結成してコンビ仲は回復したんじゃないですか? 酒井 いや、最初は気を遣い合ってましたけど、すぐに関係がよくなったとかではないですね。結局、人間はすぐには変わらないんですよ(笑)。 「お笑いが好きだったらなんとかなる」 ──2016年の再結成から、2023年のM-1のラストイヤーまで思うような結果は出てなかったと思うのですが、なぜそれでも芸人を続けられたのでしょうか? 酒井 ここでも東京03の飯塚さんに助けられましたね。サイモンで再結成したとき、すぐ飯塚さんが飲みに誘ってくださったんですよ。 そこで「酒井って、自分にお笑いの才能あると思う?」って聞かれて。これ、「どっちが正解だ?」と思うじゃないですか。「才能ないです」って言ったら、「自信ないならもう辞めたほうがいいよ」って思われるかもしれない。だから一か八か「才能、ありますよ」って答えたんですけど、飯塚さんに「いや、俺だって才能ないよ」と言われて(苦笑)。 ──二択を外した(笑)。 酒井 めちゃめちゃ恥ずかしかったですけど、でも飯塚さんは「才能がない上で、リニアがどう売れるかを一緒に話したかったんだよ」と言ってくれて。 ──いい先輩ですね。 酒井 本当にありがたかったです。その日は朝まで相談に付き合ってくれて。帰り道で歩いてるとき、飯塚さんが「酒井ってお笑い好きなの?」と聞いてくれたんですよ。 「好きです」って答えたら、「じゃあ大丈夫だよ。この世界はお笑いが好きだったらなんとかなるようにできてるから」って言われて。 ──その言葉はお守りになりますね。 酒井 でもそのときは、ちょっと卑屈になっていたのもあって、「それは飯塚さんが売れたから言えるんじゃないの?」と思っちゃったんですよ(苦笑)。 でもずっと飯塚さんのあの言葉は残っていて、ふとした瞬間に気づいたんです。「お笑いが好きならなんとかなる」って裏を返せば、「なんとかならないってことは、お笑いが好きじゃない」ってことだって。 ──お笑いが好きだってことを証明するためにも、結果を出さなくちゃならない。 酒井 それに気づいてから、めちゃくちゃスイッチが入りました。「お笑いが好きだ」っていう気持ちがウソになるのだけは、絶対にダメだと思って。そこからネタの作り方も変えましたね。目先のウケじゃなくて、「リニアとしてどういう漫才をやったらおもしろいか」を考えるようになりました。 ──具体的には何を変えたんですか。 酒井 まず「ネタを作っているのは俺だ」というプライドは捨てて、元エレファントジョンの(ガッテン)森枝さんにネタを手伝ってもらうようになりました。 あと、1分ネタなどのテレビのオーディションもすべて断るようにしました。とにかく漫才だけやる。うまい人に追いつくには、全部のリソースを漫才に割くしかないと思ったんです。 しょうへい そういうことだったんだ。僕は1分ネタもがんばったほうがいいのになって思ってたんですよ。チャンスは多いほうがいいから。啓太がそんなこと考えてたって今初めて知りました。 酒井 絶対言ったけどなぁ(笑)。 ──リニアの漫才を追求するようになって、結果はすぐに出ましたか? 酒井 そこからまた2〜3年はスベり続けましたよ。ウケてたころの感触を取り戻したくて、前みたいに戻したくなることもあったし。そのたびに森枝さんが「安易に手前の笑いを取りにいってる」って注意してくれて、思い留まれたんです。 それで我慢してリニアの漫才を考えてたら、だんだん芸人仲間の言葉が「ウケてるね」から「おもしろいね」に変わってきた。あれはうれしかったですね。芸人がおもしろいって思うんなら間違いないなって。めっちゃ時間かかりましたけど、あのとき向き合ってよかった。 しょうへい 僕は台本をもらってやるだけなので、その変化は正直わかってなかったです(苦笑)。 『THE SECOND』は勝てるはずだった ──こらえてこらえてようやくリニアは今年、THE SECONDのグランプリファイナルに初進出しました。初めての賞レース決勝の舞台は、いかがでしたか? 酒井 ただただ楽しかったですね。僕、普段は吐き気がするぐらい緊張することもあって、実際ノックアウトステージは、緊張で噛んだりして自分にガッカリしたんですよ。でも、決勝は緊張せずに出られました。 当日の朝、飯塚さんがLINEをくれたんです。「決勝で優勝するのは運しかないから、思い出作りだと思って楽しんできな」って。その日、東京03の単独ライブだったんですよ。自分の忙しいときに、僕らのことを気にかけてくれて本当にありがたかったです。 しょうへい 僕も決勝前に(モグライダーの)ともしげさんと、や団の中嶋(享)さんと飲みに行って、「決勝が一番楽しいから、楽しみなよ」って言ってもらいました。 酒井 しょうへいもすごい緊張しやすいんですよ。昔、賞レースの出番直前に「ごめんなさい、ごめんなさい……」ってテンパってることがあって。「セリフが何も思い出せない」って。結局なんとかなったんですけど、あのときは焦りましたね。 しょうへい でも、THE SECONDは楽しかったです。 酒井 小劇場でマックス20人ぐらいのお客さんの前で、ウケた、スベったっていう日々だから、テレビで6分ネタを2本もできて夢みたいでした。 ──惜しくも準決勝で敗れました。 酒井 そこなんですよね。やるだけのことをやったと思えたし、打ち上げも楽しかった。でも帰り道でひとりになったとき、ふと、「あれ。準決で勝ってたら、優勝できたかもしんないな」って気づいたんです。 決勝の金属バットが、ホームランか三振かっていう極端なネタやったじゃないですか。たぶん、僕らの3本目はあれに勝てた。それまでの2本とは毛色も違うネタだったし、流れも完全にリニアだったんで。 ──遅れて悔しさが来た。 酒井 まぁでも僕はTHE SECONDっていう大会がめっちゃ好きなんで、最初のグランプリファイナルでいきなり優勝して上がるよりは、来年も出るほうがいいです。卒業しなくてよかったなって。 ──当面の目標はTHE SECOND優勝ですか。 酒井 そうですね。またあの舞台に立ちたいです。ネタを3本作るのはめちゃくちゃしんどいですけど、またみんなでTHE SECONDを盛り上げられたら最高だなと思います。 しょうへい 僕はテレビとかラジオに出ることが増えたんで、ちゃんとしゃべれるようになりたい。 酒井 いや、しょうへいは本当に無理してしゃべらなくていいよ。「コイツ、全然しゃべらねえな!」ってツッコまれてからが勝負だから。しょうへいを見つけてもらうためにも、漫才をがんばらなくちゃいけないなと僕は思いますね。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 リニア 酒井啓太(さかい・けいた、1986年9月11日、神奈川県出身)としょうへい(1986年11月16日、神奈川県出身)のコンビ。2008年結成。プロダクション人力舎所属。スクールJCA14期生。2012年から3年連続で『THE MANZAI』認定漫才師となる。2013年には『漫才新人大賞』優勝。2016年1月に一度解散、同年8月に「リニア」として再結成。2026年、『THE SECOND~漫才トーナメント~2026』でグランプリファイナル進出を果たした。YouTubeチャンネル『リニアの漫才』では、漫才やトーク動画を公開中。 【後編アザーカット】
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アクロバティックなネタで目先の笑いを追いかけた?『THE SECOND』で注目されたリニアの初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#46芸歴16年以上の芸人が出場する『THE SECOND~漫才トーナメント~2026』で、ベスト4となった、リニア。 コンビ歴18年で、ようやく全国放送の賞レースで活躍したが、これまでずっと苦汁をなめてきた。 もともとはトリオで、コントをしていたリニアが、なぜコンビになり、漫才に主戦場を移したのか。「目先のウケ」ばかり意識して、自分たちの「笑い」を見つけられなかったというリニア。その初舞台について聞いた。 若手お笑い芸人インタビュー連載<First Stage> 注目の若手お笑い芸人が毎月登場する、インタビュー連載。「初舞台の日」をテーマに、当時の高揚や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語ります。 目次子供のころからずっと芸人に憧れていた緊張したアクロバティックな初舞台目先の笑いに走ってしまう東京03・飯塚の金言 子供のころからずっと芸人に憧れていた 左から:しょうへい、酒井啓太 ──今年の『THE SECOND』で、見事ベスト4になったリニアさんですが、コンビ歴18年でようやく賞レース決勝と、かなり苦労されていますよね。そもそも芸人になろうと思ったきっかけは? 酒井 『オンバト』(爆笑オンエアバトル)と『M-1(グランプリ)』ですね。僕、今年で40歳ですけど、小学生くらいのときから、お笑いで闘うことがカッコいいみたいな風潮が出てきてて。オンバトってお客さんがボールを流して重さを量るじゃないですか。自分の実力が測られる感じがわかりやすくて憧れたんですよね。小学校の卒業文集にも「芸人になりたい」と書いてて、親も賛成してくれてたんですよ、「大学行くより安いし」みたいな感じで。 ──小学生からずっと温めてきた夢だったんですね。 酒井 中学生のとき一瞬、CHEMISTRYに憧れて「ボイトレに行きたい」って頼んだことがありましたけどね(笑)。でも、僕が神奈川県の中山ってところに住んでて、田舎だからボイトレなんかないんですよ。結局、ヤマハのカラオケ教室に入れてもらったんですけど、僕以外おじいちゃんしかいなかったんで、すぐ辞めました(笑)。 ──しょうへいさんはいつからお笑いにハマったんですか? しょうへい 僕はとんねるずさんですね。ちっちゃいころから夜ふかしオッケーな家だったんで、幼稚園のころから『ねるとん紅鯨団』とか『(とんねるずの)みなさんのおかげです。』を見てて。意味はわからないんです。でもとんねるずさんが出ているから見ている感じでしたね。 ──とんねるずだと、どちらにより憧れていましたか? しょうへい 僕は(木梨)憲武さんですね。おいしそうにご飯を食べるじゃないですか。おかずちょっとでご飯モリモリいくみたいな。 酒井 なんの話!? おかずちょっとでご飯いくって(苦笑)。 しょうへい あと憲武さんは、チビノリダー(※1)でも憧れていましたね。とんねるずさんを見てて「芸人になったら毎日楽しいんだろうなぁ」って思っていました。 (※)『みなさんのおかげです。』の人気キャラクター「仮面ノリダー」の相棒として、幼少期の伊藤淳史が演じたキャラクター ──しょうへいさんが芸人になりたいと思ったのはいつごろ? しょうへい 高校生のとき、アンタッチャブルさんがM-1で優勝したんです。オンバトのころからずっとおもしろかったですし優勝したのがカッコよくて、その次の年にアンタッチャブルさんのいる人力舎に入りました(※2)。 酒井 当時の人力舎って、おぎやはぎさんとかも出てきて、ネタがおもしろい人が多いイメージがあったんですよね。あと、僕が人力舎を選んだのは、吉本が怖かったってのもありました(笑)。毎年500人ぐらい入って、スパルタだって聞いてたから、厳しい競争社会では勝ち残れる自信がなかった。 (※2)アンタッチャブルのM-1優勝は2004年。翌2005年にしょうへいと酒井は人力舎の養成所「JCA」に14期生として入学した 緊張したアクロバティックな初舞台 ──芸人としての初舞台は覚えていますか。 酒井 養成所のライブですね。夏休み明けにあったんですよ。当時は僕としょうへいと、もうひとりで「バリアスリー」っていうトリオでした。会場は……。 しょうへい 「高円寺区民会館」だよ。今はもう「座・高円寺」に変わってますけど。 酒井 そうだ。客席はほぼ養成所生の友達とか身内しかいない感じで。めちゃくちゃ緊張したのは覚えていますね。 しょうへい 僕は全然記憶がないです。ネタをやった感じも何も覚えてない。 酒井 しょうへいは基本、何も覚えてないから(笑)。僕はこの前の『THE SECOND』の決勝より、緊張してました。出番前に行ったトイレとか、舞台に向かうまでの感じとか、映像として鮮烈に覚えています。当時は1回のライブで将来が決まると思っていたんですよ。ここでミスったら講師に落ちこぼれ認定されると思ってた。 ──どんなネタをやったか覚えていますか? 酒井 もうひとりの相方がツッコミで、僕が小ボケ、しょうへいが大ボケみたいな感じでコントをしていました。僕が体操をやってたんで、いろいろアクロバティックなことしてました。 しょうへい 僕が土台になって、僕の上で啓太が「あん馬」をするんですよ。 酒井 『ケンカ』っていうショートコントだと、ドンッってぶつかられて、アクロバティックに立ち上がるみたいな感じです。ネタ自体はオーソドックスなんですけど、そこに無理やりアクロバティックを入れてて(笑)。 ──そういうネタがやりたかったんですか? 酒井 いや、やりたいっていうよりは、手っ取り早く勝てるからやっちゃってたんですよね……。「おーっ!」って驚いてもらえるし、そのあとにオチをつけると、ドーンってウケちゃう。それに味をしめた感じで。養成所って投票で順位がつくんで、とにかくウケなきゃって思ってたんです。 ──「自分たちのお笑いを見せつけるぞ」とトガるんじゃなくて、ウケることを重視していた。 酒井 いや、これ不思議なんすけど、そんなネタをやりながらもトガってたんすよ(笑)。芸人初じゃないですか? あんなにドタバタコントやってんのにトガるって。高卒ですぐ芸人になったから、ちょっとイタかったんですよね。「ネタも俺が作ってんだぜ」みたいなイキリがあって。養成所ライブではしょせん5位くらいだったんですけどね。 ──しょうへいさんは、そんな酒井さんをどう見てましたか? しょうへい いや、僕もトガってたんです(笑)。全部、啓太にやってもらってるのに、「俺もすごいんだぞ」って感じを出してた。 酒井 ふたりともトガってるって感じ悪いなぁ(笑)。もうひとりの相方は僕らより3〜4歳上だったから落ち着いてたんですよ。それでこっちがヤンチャでいられたのかもしれないですね。 目先の笑いに走ってしまう ──初舞台後の養成所はどうでしたか? 酒井 養成所時代は、スベった記憶があんまりないんですよ。JCA卒業後もレギュラーに残れたし。でも卒業して初めての事務所ライブが全然ウケなかったんです。明確にスベったのはあそこが初めてだったかもしれないです。 ──なんでスベったんだと思いますか? 酒井 事務所ライブのお客さんって、めちゃめちゃお笑い好きな人が多いから、アクロバティックなことをしても「おおーっ」って感心されるだけでウケないんです。けっこう自信のあるネタだったんですけど、全然ダメで「プロの世界って全然違うんだ」って思ったのをめちゃくちゃ覚えてますね。 人力舎って養成所卒業からすぐ所属になるんじゃなくて「預かり」っていう状態があるんですけど、そのころは全然ダメでした。2007年に正式に所属してからもスベってばっかりで。 ──どのタイミングでトリオからコンビになったんですか。 酒井 ツッコミをしてた元相方が、2008年の単独ライブ後に急に「辞める」って言ってきたんです。それで、じゃあふたりでやろうかと。それで「S×L」に改名して続けました。でも、ボケがふたり残ったところで何をしたらいいかもわからない。 一応、トリオ時代のアクロバティックなドタバタコントは封印したんですよ。あれができたのは、真ん中にポップなツッコミがいたからだったんで。それでシュールの方向に挑戦しましたね。当時はキングオブコメディさんが活躍されていたので、そのマネみたいなコントでした。ブッ飛んだボケをして、芯を食ったツッコミをするみたいな。 しょうへい 僕がしゃがんで「あ、アリだ」ってアリをつまんで食べて……。 酒井 それに対して「何やってんだよ!」じゃなくて「おいしいですか?」ってちょっとずらしたツッコミをする……。 ──なるほど……。 酒井 当時も今みたいにめっちゃスベりましたよ!(笑) それですぐアクロバティックに戻しました。 ──戻すんですか(笑)。 酒井 養成所時代はウケてたから、スベるのが怖かったんですよ。今となっては、芸歴の浅いうちは手前のウケよりも自分の信じたことをやったほうが、自分たちのスタイルを見つけられるってわかるんですけど……。当時はウケないと事務所もクビになっちゃうかもしれなかったんで、目先の笑いに走ってました。でも結局それから3年くらいずっとうまくいかなくて。そしたら事務所からクビ予告されたんです。 東京03・飯塚の金言 ──事務所をクビになることがあるんですか。 酒井 事務所の人に呼び出されて、「あと半年ぐらいの間に結果出してくれないと、ちょっと危ないかも」って言われました。そこで「なんか変えなきゃいけない」と思って、僕はもうひとり入れてトリオに戻ろうって言ったんです。でもしょうへいは「ふたりがいい」って。 しょうへい 覚えてないなぁ(笑)。 酒井 言ったんだよ! そこで初めてしょうへいがお笑いのことに意見を言ったんで、これは信じたほうがいいのかなと思って、ふたりでなんとかしようと。それでまずコントから漫才をやるようになったんです。ガラッと変える方法がそれくらいしか浮かばなくて。 あと、事務所の先輩のゆってぃさんに相談したら、「東京03の飯塚(悟志)さんにも相談してみれば?」と言ってくれて、初めて飯塚さんに会いました。そこで「ちゃんとお笑いを勉強して、ベタなことをやったほうがいい」と言われたんですよ。 ──お笑いの勉強、ですか。 酒井 飯塚さんは「レンタルビデオ屋のお笑いの棚にあるDVDを全部見て、おもしろいと思ったところの構造をメモしろ」って教えてくれたんです。「全部じゃなくておもしろいと思ったところだけでいい。そのメモの集合体が酒井のセンスになる」って。 ──実践的ですね。 酒井 僕の芸人人生って、このあともずっと飯塚さんの言葉に助けられてきたんですよ。実際それで勉強して、ベタな笑いに集中したら、ウケるようになってきて。 当時ちょうど学生芸人が台頭してきてて、まだ人力舎に入る前の真空ジェシカとか、解散したスパナペンチとかがいて、そいつらと人力舎のうまくいっていない芸人の対抗戦があったんです。そこでベタな漫才をやったらめちゃくちゃウケて、2位になれた。あれは自信になりましたね。 ──2012年には『THE MANZAI』の認定漫才師にも選ばれています。 酒井 飯塚さんからアドバイスをもらった年のことですよ。目に見えて結果が出始めて、念願だったオンバトでも、オーバー500KB(キロバトル)を連発できて。 ──順風満帆だった。 酒井 いや、ここでベタから抜け出せない時期が来るんですよ……。また、ウケた手応えを手放せなくなって、守りに入るというか。THE MANZAIが終わってM−1が再開してからがダメで。 THE MANZAIはとにかくお客さんにウケることが評価されるんですけど、M-1はエッジの効いた漫才が勝ち上がるんです。だからベタに振り切った僕らは全然ダメで。ここから十数年、THE SECONDの決勝に上がるまでが大変でしたね。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 リニア 酒井啓太(さかい・けいた、1986年9月11日、神奈川県出身)としょうへい(1986年11月16日、神奈川県出身)のコンビ。2008年結成。プロダクション人力舎所属。スクールJCA14期生。2012年から3年連続で『THE MANZAI』認定漫才師となる。2013年には『漫才新人大賞』優勝。2016年1月に一度解散、同年8月に「リニア」として再結成。2026年、『THE SECOND~漫才トーナメント~2026』でグランプリファイナル進出を果たした。YouTubeチャンネル『リニアの漫才』では、漫才やトーク動画を公開中。 【前編アザーカット】 【インタビュー後編】 「お笑いが好きだったらなんとかなる」──『THE SECOND』ベスト4のリニアを変えた先輩芸人の金言|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#46
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「結婚したいんですよ」地に足が着いているのに悩みも多い、R-1チャンピオン・友田オレの今|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#45大学在学中にネタ動画がバズり、プロの芸人となった友田オレ。2025年には、芸歴3年目にして『R-1グランプリ』の王者となった。23歳での優勝は史上最年少だ。 誰がどう見ても破格の新人。順風満帆の芸人人生だろう……と思いきや、どうやら悩みは尽きないようだ。 未来が不安でいろいろ手を出してしまうという友田は、これからどうなっていくのか。さまざまな“初舞台”を振り返りながら、次なるステップを探った。 【こちらの記事も】 「ひとりのほうがウケたんです」史上最年少R-1チャンピオン・友田オレが覚醒した初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#45 目次歌ネタの強みとは?無理してもしょうがないいろいろやるのは不安だから?邪念を払うためにやりたいこと 歌ネタの強みとは? ──「わたしの彼は左きき」の替え歌でバズったことでテレビにも出演されて、学生にして所属事務所も決まった。芸歴3年目で『R-1』も優勝されて、順風満帆ですよね。 友田 ありがたいですね。でも2023年のR-1は、2回戦で負けたんですよ。 ──100万回再生されたネタをもってしても、賞レースでは2回戦で負けてしまう。 友田 審査員からの洗礼だと思いました。それに賞レースを替え歌でいくのってアマチュアにしか許されない。それもあって大学3年の後半くらいから、友達の清水(遊/brooks)にオリジナル曲を作ってもらうようになりました。清水は小学校の塾も中学高校も一緒だったんですよ。 ──音楽もずっと好きだった? 友田 そうですね、兄の影響もあるし、清水からもいろいろ教えてもらいました。大学では軽音サークルにも入ってましたし。J-POPはもちろん、R&Bとかニューウェイヴ、歌謡曲、フォークとかいろいろ聴いていましたね。 ──ちなみにプロとしての初舞台は覚えていますか? 友田 2022年、大学3年の4月だったと思います。野方区民ホールでやった芸人さん主催のライブですね。事務所に入る前でしたけど、ギャラをいただいたのはあれが初めてです。 ──そこでは『私の彼は左きき』をやったんですか? 友田 いや、違うネタをやった気がします。ライブシーンに来るようなお客さんはさすがにみんな知ってるかなと思ったんで。『北酒場』だったかな。 ──逆にバズってるこのネタを見たいっていう可能性もあるじゃないですか。 友田 いや、やっぱりお笑いは知られているほどウケないんです。音楽みたいに「待ってました!」とはなりにくくて。今でこそ、歌ネタは爆発的なウケがなくても「いいもん見れたなぁ」って満足感もあることがわかったので、そこは強いなと思いますけどね。どぶろっくさんとかAMEMIYAさんって歌がとにかくいいから、ネタを知ってても聴けただけで「気持ちいい!」って思える。ぼくもそこまでいけたらいいですね。 無理してもしょうがない ──2025年には、芸歴3年目にしてR-1で優勝されました。決勝という晴れ舞台はいかがでしたか? 友田 その年の目標は「準決勝に行くこと」だったんで、準決勝からずっと夢見心地でした。浮き足立っていて、あまり現実感がなかった。正直「決勝楽しみ」っていう感じもなければ、ドキドキするわけでもなく、「やるしかない」と思っていました。 ──決勝の1本目、出順はラストから2番目でしたが、一気に空気を掌握しましたよね。ご自身では追い風を感じましたか? 友田 そこは感じましたね。さっき言った「お笑いは知られてるほどウケない」っていうのと重なりますけど、僕のことをまだ誰も知らなかったのがよかった気がします。キャラクターと本人がごっちゃになってて、本当に変な人が出てきたと思ってもらえたというか。 ──テレビ出演もまだ少ないなか、平場のコメントなど不安はありませんでしたか? 友田 そこは気にしてもしょうがないなと思ってました。ネタに集中して、コメントで無理に爪あとは残さなくていいやと割り切ってましたね。 ただ、事前に撮った煽りのVTRは、スタッフさんの演出でかなりカマしてたんですよ。当時、最年少で優勝した霜降り明星の粗品さんに向かって、僕が拳銃で撃つみたいな感じで。撮影したときは「いくらなんでも大げさじゃない……?」と思ってたんですけど、結局それが実現したんでびっくりです。 ──多くのピン芸人がR-1優勝をひとつの目標にしています。そんななか芸歴3年目でいきなり優勝して、今後の目標がなくなる不安はありませんでしたか? 友田 それはまったくないですね。なるべく多くのお客さんに見てもらいたいっていうのが一番なので、早く結果を出せてよかったです。賞レースで勝てたことで、今後の活動の言い訳もしやすくなりましたし。 ──言い訳ってどういうことですか? 友田 この先何をやっても、賞レースチャンピオンだから許してもらえる。お客さんには伝わらないかもしれない挑戦的なネタができるのも、優勝できたからなんですよね。音楽アルバムをリリースできたのもそう。なんの結果も出してないのに「音楽もやります」って言ったら、「先にお笑いがんばれよ」って思われるじゃないですか。だからいきなり優勝できたことで、活動の幅は広がったと思ってますね。 ──R-1チャンピオンとして気負うことはないですか。 友田 どうなんだろう。無理してもしょうがないなって感覚はずっとあります。まだ芸歴は短いので舞台経験は少ないですけど、ムチャしていい結果が出たことってないんです。だからなるべく自然体でいこうと思っています。 ──この7月で25歳になるのに、すごく老成していますよね。普通、20代って自分を大きく見せたいというか、ジタバタする時期のはずなのに。 友田 それはやっぱり大学お笑いをやってたのが大きいかもしれません。アマチュアでも自分の素材のよさを客観的に見て、ちゃんと出力できてる人がけっこういたんですよ。そういう大学お笑いの芸人を見て、学びました。 いろいろやるのは不安だから? ──これからはどんな活動をしていきたいですか。 友田 もっと多くの人に知ってもらいたいです。単独ライブを大きくしていくためにコアなファンにもアプローチしたいですし、YouTubeやテレビを通してライトな層も広げていけたらなと。 ──テレビにも出たいんですね。 友田 もちろんです。でも今はテレビって席が埋まっているので自分がつけ入る隙はしばらくなさそうだなと。テレビに出られるなら、ひな壇でもドッキリでもなんでもいいんですけどね。50代の芸人に女性タレントがお色気ドッキリって、実際の社会だとあり得なさすぎるから、僕も使ってほしいです(笑)。 ──友田さんってひな壇やドッキリの印象がないのかもしれないですね。 友田 たしかに。本当は大喜利ライブとかも出たいんですけど、あんまりオファーが来ないんですよ。早くに賞レース勝ってしまって、大喜利のライブには出ないと誤解されているのかな。 ただテレビの話に戻ると、こないだ40代のテレビ業界の方から聞いて衝撃だったことがあって。「本当は若手に声かけたいけど、『先見の明ある』みたいなアピールだと思われそうで、その視線が怖い」と言っていて。 ──テレビ業界のそういう力学はなかなか難しいところですね。でも、友田さんの「お笑いならなんでもやりたい」という姿勢が伝わると仕事の幅は広がりそうですね。 友田 そうなるとありがたいです。……ただ、自分がいろいろやりたがっているところも最近はダメなのかな?と思っていて。 ──なぜですか。 友田 未来が不安だから、いろんなことに手を出してるところがあるのかもしれないなって。本当はR-1チャンピオンにならせてもらって、ある程度自由にネタをできるようになった現状とか、賞レースから解放された状況を目いっぱい楽しめばいいのに、未来が不安であれこれやっちゃうのってよくないかもなと。 ──現状を楽しめてない。 友田 そうですね。「次どうしよう」とか、「あれやらなきゃ、これやらなきゃ」と自分から仕事に追われに行っているというか。いろいろ手を出さずに、ひとつのことに集中したほうがいいのかなと悩みます。 邪念を払うためにやりたいこと ──友田さんって若くして売れたのにギラついてないですよね。野心も強くなさそうだし、確固たる自分があるという感じもしない。 友田 そうですね。ラランドさんとか、ダウ90000の蓮見(翔)さんみたいにカッコよくはなれないなと思います。僕なんかがサーヤさんとか蓮見さんみたいに意見を言ったりしても、薄っぺらい感じになっちゃうと思いますし。 ──じゃあ芸人としての理想像もないですか? 友田 あえて挙げさせてもらうなら、ロバートの秋山(竜次)さんですね。自分の着眼点みたいなもので勝負できたらなって。もうちょっと前の時代に芸人をやってたら、「DVDを作りたい」と思っていた気がしますね。 ──なるほど。たしかに今YouTubeでやってるコントもそういう方向性ですね。「食レポ」や「アナウンサー」のコントも好きにやっている感じがありました。 友田 でもそこも、自分が今どういうふうにおもしろく映るんだろうと考えたら、「若手アナウンサーみたいな見た目のやつが変なことを言ってる」というのが、今の自分に似合っているのかなと思って。ネタを作るときには「自分には何が向いているかな」がけっこう大事なんで。 僕がお笑いファンだったときも、そういうことを気にしていたからかもしれません。「この人、まだ若いのにこのキャラは合ってないな」とか思ってたし、その人の向き不向きもあるじゃないですか。 ──第一線で活躍されている芸人ほど、自分を俯瞰で見られてるなと思いますが、友田さんもそうなんですね。 友田 たしかに芸人はそういう人が多いかもしれません。独りよがりで場の空気を乱す人って、実は芸人にはあんまりいないですよ。 でも、そうやっていろいろ俯瞰で見ているうちに、純粋な気持ちが薄れてきてて、そこは怖いですね。たとえば、誰かにめでたいことがあっても「おめでとう」ってストレートに言えなくなってるんですよ。なんか、素朴に振る舞うことに変な照れがあるというか。 だから変な話、結婚して子供ができたら、そういう邪念も振り払えるような気がして、憧れるんです。自分の家族ができたら、いろんなことを純粋に楽しめるのかなと思って。 ──結婚したいんですか。 友田 そうですね、31〜32歳までにはしたいです。 ──それってすごく地に足が着いた考え方ですよね。友田さんの実績があれば、もっと華やかな話もありそうですけど。 友田 いやぁ、まさにそこはがんばらないとなと思っているんですよ。芸能界っぽい話題がまったくないので。地元の友達と遊んでても「芸能人なのに俺たちと遊んでて大丈夫?」って言われます。「お前、全然変わんないな」って(苦笑)。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 友田オレ(ともだ・おれ) 2001年7月20日、福岡県出身。早稲田大学「お笑い工房LUDO」22期出身。大学在学中からピン芸人として活動し、2022年に芸能事務所「GATE」に所属する。2023年『第44回ABCお笑いグランプリ』決勝進出、2025年『R-1グランプリ』優勝。YouTubeチャンネル『友田オレ』では、不定期でネタ動画をアップしている。2026年5月には、歌ネタの音源も制作している幼なじみの清水遊(brooks)と制作した1stフルアルバム『陽動』をリリースした。 【後編アザーカット】
サボリスト〜あの人のサボり方〜
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載
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「24時間、好きなことを、好きなだけ、楽しみ続ける」吉田尚記のサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 吉田尚記さんは、マンガ・アニメ・アイドル・デジタル、あらゆる分野に精通した異色のアナウンサーとして、多岐にわたる活動の幅を広げ続けている。「もっと活動したい、もっと働きたい」という思いから、長年所属したニッポン放送を退社してしまったという吉田さんに、その原動力となる好奇心や楽しむ力、そしてサボりすらも楽しむ姿勢について聞いた。 吉田尚記(よしだ・ひさのり) アナウンサー。1975年、東京都生まれ。ニッポン放送アナウンサーとしてラジオのレギュラー番組のほか、テレビ番組やイベント司会など年間200本ほど出演。マンガ・アニメ・アイドル・デジタル分野に精通し、「マンガ大賞」発起人でもある。2012年には、第49回「ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」受賞。近年はウェルビーイングにも関心を広げ、講演や執筆活動を展開。2025年、人類学者・奥野克巳との共著『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?』(亜紀書房)を出版。2026年3月、ニッポン放送を退社。 人のカッコいいをなぞるのはカッコよくないと、オタクの道へ ──吉田さんといえば、アナウンサーでありながら、マンガ・アニメ・アイドル・デジタルと、あらゆる分野のオタクとしても有名です。子供のころから何かにハマりやすいタイプだったのでしょうか。 吉田 小学生のころから新聞のスクラップブックを作っていた記憶があるので、メディアが好きな子ではありました。ただ、我々が子供のころはまだオタクという存在が顕在化していなかったので、オタク的な趣味に走ったのはある種の反抗でもあったと思います。 中学生くらいになったとき、バイクに乗ったりするような、いわゆる尾崎豊的な上の世代の反抗がカッコ悪く感じられたんですね。そのカウンターとして、アニメやマンガ、ゲームにハマっていったというか。人のやっている“カッコいい”をなぞるのは、カッコよくないと思っていたんです。 ──なるほど、ひねくれ者としての反抗のかたちだったと。 吉田 そういう側面もありますし、同時にものすごい作品群が登場した時代でもあって。中でも中学2年のときに出会った『機動警察パトレイバー』には圧倒されました。1980年代から10年後の社会を舞台に、将来あり得るかもしれない話が描かれていて、それが当時珍しいメディアミックスというかたちで展開されていた。 忘れもしないのがOVA(※)の特典で、作中に出てくる架空の企業のノベルティとかだったんですよ。「篠原重工」と企業名が入っていて、1990年代なのに、「2000年」みたいなあり得ない年数が入っている。それを学校に持って行って、気づいた人に「年数おかしくない?」とか言われてニヤニヤしていました。 吉田さんが今も大切にしている当時のノベルティ (※)オリジナル・ビデオ・アニメーション。テレビ放送などではなく、ソフト販売用に制作されたアニメ作品 ──最初は反抗に近い気持ちもあったのが、だんだんシンプルにハマっていった。 吉田 そうです。で、高校でアイドルも好きになり、落語も好きだったので大学では落語研究会に入りました。1週間に5日も寄席に通ったりしていて、まあなんでもハマりやすいんですよね。濃淡はあれどずっとその繰り返しで、飽きたという状態がないまま今に至ります。 ──コミケにも高校生のころから通っていたそうですね。90年代のコミケって、どんな雰囲気だったのでしょうか。 吉田 まだネットも浸透していなかったので、ムーブメントが目に見えるかたちでわからなかったんですよ。だから、コミケに行って「ここにいる人、全員オタクなんだ!」という衝撃がありました。コスプレがコミケで生まれたのも、そのコスプレの文脈を理解できる人がコミケにしかいなかったからです。エビの寿司の被り物をしている人を見て、「あれは菊池通隆の自画像だ!」とわかったりするのがおもしろくて。 自分の原点である作品によって、アナウンサーとして覚醒 ──大学卒業後は、ニッポン放送にアナウンサーとして就職されますが、スクールに通うほど熱心にアナウンサーを志望していたわけじゃなかったとか。 吉田 落研にいてしゃべるのが嫌いじゃなかったので受けてみたんですけど、いろいろと勘違いしていましたね。エントリーシートに落語をしている写真を使ったり、ラジオ局なのに「好きなアナウンサー」という項目にフジテレビの西山喜久恵アナの名前を書いたり。面接では、扇子と手拭い持って行って小噺(こばなし)をやりました。 ──それが結果としておもしろがってもらえた。でも、入社後しばらくはそうしたおもしろさやオタク性が活かされず、自称「社内ニート」化していたそうですね。 吉田 仕事になるとは思っていなくて、誰にもオタクだと言ってなかったんです。まだ世間的にもオタクがポジティブに受け入れられていませんでしたし。でも、中身はオタクだからコミュニケーションの取り方が普通じゃなくて、最初は「気持ち悪い」とか「よくわからない」とか言われていました。 ──どこで吉田さんらしいキャラクターが開花したのでしょうか。 吉田 たまたま僕のところに、『機動警察パトレイバー』の特番の仕事が来たんですよ。こっちとしては「えーっ!?」ってなりますよね。しゃべり手の中では誰よりも詳しい自負がありましたから。 今でも覚えているのが、ラジオネーム「津田三蔵」という人からメールが来たことで。「これって、太田(功)巡査が勝手な行動を起こしたときに、篠原遊馬が言うセリフじゃん」みたいなことを言った瞬間、ラジオの向こうがザワついたのがわかったんです。本物のオタクがしゃべっていると伝わって、ものすごい量のファックスが届きました。 ──相当な反響だったんですね。 吉田 「今まで何もできなかった吉田が覚醒したらしい」って、制作部の人たちもザワついていたみたいですね。そこで、「ラジオってこういうことなんだ」と初めてつかめた気がします。アナウンサーとしてパブリックなしゃべり方をしなければいけないと思い込んでいたのが、自分の好きなものを出していいんだと考えるようになりました。 ちょうどそのころ、ニッポン放送が「オタクは数字を持っている」と気づき始めたのも、タイミングがよくて。たとえば、ニッポン放送主催のイベントのプロモーションでアニラジ(アニメ系ラジオ)をやろうとなったら、「あいつがいるじゃん」という話になり、僕がレギュラーで担当するようになったり。それが今の道につながりました。 ──では、自分でキャラクターを売り出したというよりは、時代の波や社内の状況など、いろいろなタイミングがハマったというイメージなのでしょうか。 吉田 そうですね。オタクのアナウンサーなんていない時代に、偶然あの場所に立っていた。本当にラッキーだったと思います。ラジオDJの小林克也さんも、日本に洋楽が入ってきたタイミングで、洋楽が大好きなあの方があの場所に立っていて、洋楽を広めていったわけじゃないですか。その小林さんが、80歳を過ぎた今でも最新の音楽を聴いているんですよ。僕もオタクとしての熱が衰える気配がないので、オタクカルチャーにおける小林克也みたいになれたらいいなと思っています。 ──覚醒してからは大忙しになっていったわけですが、仕事をしていて改めてアナウンサーという職業の奥深さを感じるようなことはありましたか? 吉田 アナウンサーの何がおもしろいって、「アナウンサー」というだけで、選挙の現場や歌番組の司会など、どこにいてもよくなるんですよ。芸人さんと夜の街をパンツ一丁で駆け回ったって、「若手のアナウンサーなら、そういうこともするか」と認められるじゃないですか。逆に芸人さんが選挙の現場にいたり、報道記者が歌番組にいたりしたら、「なんで?」ってなりますよね。どこにいても納得してもらえるアナウンサーという肩書は、ずるくて、おもしろいなと思っています。 ──アナウンサーは専門性の高い仕事というイメージがあったので、なんにでもなれるという視点は新鮮です。 吉田 僕自身、オタクなイベントに出たりしている一方で、災害現場やオリンピックなどの取材にも行ってきました。もちろん、「サッカー実況といえばこの人」みたいな、ひとつの道を極められる方もいます。でも、僕はそのなんでもありな方向で、やれるだけやってみようと思うんです。 好奇心を突き詰めていった結果、ボルネオへ ──なんでもありなアナウンサーの道を進んだ結果、社外業務がほとんどになっていったそうですね。 吉田 そうですね。誘われたことはなんでもやりますから。それは、自分がラジオのアナウンサーだったからであって、つまりラジオパーソナリティでもあるんですよ。ラジオパーソナリティは、その人自身や考えていることがおもしろくなければ、番組を聴いてもらえないじゃないですか。だから僕も、自分なりの疑問が生まれると、答えを探して現場に出かけたり、本を読んだり、取材したりするようになっていきました。 ──吉田さんはその結果、コミュニケーションや没頭力、ウェルビーイング(※)といったことをテーマに書籍を出版されています。どうしたらそこまで自身の興味関心を深められるのでしょうか。 吉田 好奇心のない子供っていませんよね? それが社会人になっていくと、みんなその好奇心にフタをするようになると思うんです。でも僕は、それをしなかったというか、できなかった。自分の疑問から人類学にたどり着き、奥野克巳先生の本と出会って、先生にイベントに出てもらって、先生の誘いで有給を取ってボルネオのプナンという狩猟採集民の村で1週間暮らしたことなんかは、その典型ですね。僕は、会える人には会いに行けばいいし、行ける場所には行けばいいと思うんです。 (※)心や体、生活が満たされた状態のこと。吉田さんいわく「機嫌よく、いきいきとしている状態」 ──そこまでできるかは別として……自分の価値観やものの見方が変わるような体験をするチャンスがあるなら、飛び込んで行ったほうがいいんでしょうね。 吉田 そうですね。ただ、僕はプナンの村で「こんな世界があるんだ!?」と刺激を受けたというよりは、プナンの生活を見て日本で思っていたことについて「やっぱりそうだよね」と再認識した感じが強かったんです。 僕は「みんなウェルビーイングのために生きてるんじゃないの?」と思っていて、今はそれを大学院で研究しているんですけど、プナンの人たちはそんな言葉も知らないまま、ずっとそういう状況を生きていた。そして東京に戻ると、東京がどこか間違っているというか、わざわざウェルビーイングでない状況に向かっているように見えて。「なんか、わざわざ不機嫌になってる感じの人多くない?」みたいな。 ──たしかに、社会全体で病んでいっている感じはします。それにしても、年齢を重ねても好奇心にフタをしないで行動できるのはすごいと思います。精神的にも肉体的にもタフというか。 吉田 全然「めんどくさい」とか思わないです。歳を取ったほうが疑問って増えるじゃないですか。「道路工事ってどうやってるんだろう?」とか、なんでも興味が持てるし、おもしろく見える。その興味を深めるのにエネルギーはいらないんですよね。 ──とはいえ、知識も蓄積されていくわけで、ずっと好きだったアーティストが作品を発表し続けているのに、新しいアーティストも次々と現れてフォローしきれない、みたいな感覚はあります。 吉田 それはね、無理です。でも、ガーッとハマった時期から、そこまで追いきれなくて離れた状況になっても、そのジャンルを嫌いにはならないじゃないですか。勘どころは押さえているから、久しぶりに見たものでも「おお、いいじゃん」って思える。僕も落語は一時期に比べると行かなくなりましたが、久しぶりに寄席に行くと「この二つ目の人、めっちゃおもしろいじゃん」ってわかるし、楽しめますから。 ──なるほど、その時々の好奇心に応じて流動的に動いているんですね。 吉田 そのとき見たいものしか見ていないので。「チェックしておく」という行動をあまりしないんです。好きなだけでいいじゃないですか。 ──そんな吉田さんが、今関心を持っていること、やってみたいことはありますか。 吉田 僕は会社員がやってはいけないことなんてないと思って過ごしてきましたが、退社してみて、やってはいけないことはまあまああったし、それを多少気にしていたんだなって気づいたんです。自分で責任を取っていない部分があった。 じゃあ、逆にどんなことなら自分で責任を取ってやれるのか考えたときに、「あの人にしかできない」と思われるようなことをやろうと思いました。僕の場合は、異様に知り合いがいること、異様に守備範囲が広いこと、これを活かすことです。 ──さまざまな人やジャンルをつなぐ、ハブになるようなイメージでしょうか。 吉田 そうですね。学術も、アニメも、アイドルも、音楽も、演劇も、いろんな現場の人を知っているから、そういう人たちを橋渡しできると思うんです。そして、この橋渡しをしているところ自体がおもしろいのではないかとも感じていて、YouTubeチャンネルのような場を作ってみようかと考えています。 労働もサボりになる。サボりは視点次第 ──もっと働きたくて会社を辞めるほど活動的な吉田さんが、「サボり」をどう考えているのかぜひ伺いたいです。 吉田 逆に24時間、ずっとサボってるんじゃないかな。サボりって、「サボりなさい」と言われてやることじゃないですよね。勝手にやっていることがサボりだったら、僕は全部勝手にやっているから、ずっとサボっているようなものです。だから、別の意味で会社に「サボりなさい」と言われたわけですよ。「もっと休みなさい」と。そういうわけにはいかなくて、会社を辞めてしまった。 ──サボっているのに、サボれと言われた。 吉田 サボりなんて視点の問題じゃないですかね。それこそ、プナンなんてずっとサボってますよ。ずっとダラダラしていて、気が向いたら狩りに行く。「今日は狩りに行くのやめた」と言った5分後に「やっぱり行くぞ」って言われたりしながら、「もともとはみんなこうやって生きてたんだよね」って思っていました。 ──ほとんどノリで生きているんですね。 吉田 彼らは川で漁をするとき、水面に網を投げ込む投網で魚を取るんです。定置網のほうがたくさん魚は取れるのに。なぜなら、彼らは効率を考えたりしないから、楽しいほうを選んでいる。網を投げて、「おー、かかってる、かかってる」って喜んでいるんです。 ──おもしろいですね。漁をしているけど、サボっている。 吉田 でも、日本でもサラリーマンが週末に家庭菜園で野菜を育てたりしていますよね。あれは労働じゃなくて、農業が楽しいからやっているわけで。それと同じだと思います。 ──それで生活もできれば幸せだと思いますが、なかなかそうもいきませんよね。だったら、今やっている仕事を少しでも楽しめるといいのかもしれない。 吉田 そうですね。この世に存在するものは、誰かにとってはおもしろいものであるはずですから。その人の視点を獲得できてしまえば、楽しめるかもしれません。たとえば、僕がオリンピックの取材をしたときに、射撃の取材に行ったんですけど、最初は何がおもしろいのかわからなくて。でも、選手の話を聞いていると、手の感覚に異常に気を遣っていることがわかったりする。「試合の前日に水を飲みすぎると、手の水分量が変わって感覚が狂ってしまうんです」みたいな話を聞かされると、おもしろいじゃないですか。 ──たしかに、一気に興味を惹かれました。では、シンプルな息抜きに近いサボりはありますか? 吉田 チャリンコが好きなので、できるだけ自転車で移動しているんです。それがリフレッシュになっていますね。あのスピード感がちょうどいいし、秋葉原から上野に行っただけで街並みがガラッと変わったりするのがおもしろくて。 ──本当にずっと楽しいことしかしてませんね。 吉田 何かを楽しみ続けることが、人生の目標ですから。じいさんになっても、ずっと楽しんでいたいです。 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
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「料理もサボりも、生活の延長としてポジティブに取り入れる」長谷川あかりのサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 日々の仕事や家事に疲れていても、ちょっとした満足感の得られる料理を作りたい。そんなニーズに応えた「丁寧な暮らし“風”レシピ」などを発信し、多くの支持を集めている長谷川あかりさん。その活動の裏側を聞くと、緻密な戦略や、脳のリソースを配分するという独自のサボり方があった。 長谷川あかり(はせがわ・あかり) 料理家、管理栄養士。1996年、埼玉県生まれ。子役タレントとして活躍後、大学で栄養学を学び、料理家に。疲れたときも作りたくなる心を満たすレシピを発信し、支持を集める。『つくりたくなる日々レシピ』(扶桑社)をはじめ、手がけたレシピ本も多数。近著は、パーソナルムック『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)。 生き方まで発信する料理家に憧れ、「なり方」から考えた ──子役として始めたタレント業を引退後、大学で栄養学を学ばれたそうですが、料理家という職業をどんなふうにイメージされていたのでしょうか。 長谷川 料理家という職業を知ったのは、生活情報誌やレシピ本を通じてでした。そこでレシピだけでなく料理家さんの生き方や暮らし方にも触れていたので、その人となりが見えていたり、その人自身にブランドがあったりする方のことを料理家だと思っていて。「先生おすすめのお菓子が食べてみたい」と思ったり、先生が語る人生観に共感したり……そんなふうに、人として信頼できる、共感できる先生に憧れていました。 ──たしかに、そのほうが生活の中での料理の位置づけなど、深いところまで共感できそうです。 長谷川 作る人にとって料理家との相性はめちゃくちゃ大事なので、「私はこういう人間で、こうして生きています」と伝えた上でレシピを見ていただいたほうが、ミスマッチが起こりにくいと思いますね。 ──そして料理家になるにあたって、長谷川さんの場合はSNSで発信するところから活動を始められたそうですね。 長谷川 そうですね。料理家って、「どうやってなったらいいかわからない職業ランキング」1位じゃないですか(笑)。いろんな先生の経歴を調べても「好きが高じて料理家に」とか、なり方がよくわからなくて。だから正直、言っちゃったもの勝ちというか。 ただ、私はやっぱり雑誌媒体でのレシピ開発がやりたくて、そこからテレビやタイアップ、CMなどBtoB的に広げたほうが、結果的にレシピで救うことができる人数が増えると思っていて。SNSを中心に活動する料理家さんが増えていますが、私は、広く浅く、料理する人全体にレシピを届けたかったんです。 ──SNSはメディアに見つけてもらうきっかけというか。 長谷川 でも、メディアの人からすると、人気やインフルエンス力は欲しいけれど、何者かよくわからない人にお仕事を頼むのは怖いじゃないですか。私は子役をやっていたので、メイクさんやスタイリストさんも、まずは誰か師匠について働いたという土台があることはわかっていたんです。料理家も同じかなと考えると、きちんとした先生のもとで学ばないと、雑誌の世界に入るための信用は得られない。そこで、SNSと並行して先生についてお仕事するということも始めました。 ──それで、スープ作家の有賀薫先生のもとでアシスタントを経験されたと。 長谷川 はい。有賀先生の考え方や発信の仕方は本当に素晴らしいというか、私の理想だったので、アシスタントを募集されているのを見つけてすぐに応募しました。エントリーシートに自分が変えていきたい家庭料理のビジョンや、有賀先生のレシピの素晴らしさなどを書いたんですけど、それでおもしろい若者だと思ってくださったみたいで、採用になったんです。でも、当時のイメージをかたちにできるのは、10〜15年後ぐらいだろうなと思っていましたね。 ──料理家として雑誌で活躍できるように、長い目でがんばっていこうと思っていたんですね。 長谷川 当時26歳くらいで、マンダラチャート(※)の中央に「30までにレシピ本を出す」と書いていたんです。それもだいぶがんばらないといけなくて、現実的には早くても37歳ぐらいだろうなと思っていました。 (※)大谷翔平が実践していたことでも有名な、9×9マスのマス目からなる、目標達成や思考整理のためのフレームワーク 目指すべき方向性や提供すべき価値を掘り下げていった ──料理家としての活躍が早まったのはSNSによる部分も大きいかと思いますが、どのように運用していたのでしょうか。 長谷川 最初はXとInstagramをやっていて、Xではレシピや自分の考え、Instagramでは出かけた場所や普段食べているものといった生活の部分を書いていました。 ──当時からすでに現在のようなコンセプトでレシピを考案されていたんですか? 長谷川 そうですね。料理家になりたいと思ったタイミングで、自分は料理のどこに不満があるのか、何がしたくて何ができるのか、あとはレシピのコンセプトと届け先、自分のバリューなどをひととおり書き出したんです。 そこで、自分のやりたい方向性と世の中で求められているものを照らし合わせたときに取りこぼされているなと思ったのが、20代後半〜結婚してるかしてないかギリギリ、ぐらいの年齢の方向けの料理だったんです。料理をする必要性にそこまで迫られていない人たち。 ──仕事が忙しいので外食でもコンビニでもいいけど、できれば自炊ぐらいしたいな、と思っているような。 長谷川 はい。それで、なぜその層のためのレシピを届ける必要があるのか、なぜそういったレシピが行き届いていないのか、そういったことを掘り下げていった結果、そこに需要があるし、私がやりたいこととも一致していると思えたんです。自分がどうありたくて、どこを目指すべきか考える期間が、半年くらいありましたね。 ──その半年の間に、コンセプトに合ったレシピも考えていたんですか? 長谷川 そうですね。さっきのような考えを掘り下げていくと、結局、自分が欲しいと思うレシピであればいいということに気づいて。無理に需要に合わせなくても、私が欲しいと思っているレシピはみんなにとっても価値があるなと。その根拠を探していた時期でもありました。 ──マーケティングありきで考えすぎると自分が追いつかなくなってしまうこともあると思うので、自分から生まれるものから新しい価値が提案できるといいですよね。 長谷川 あと、新しさを感じていただけているとしたら、レシピを届ける際のアプローチによるところもあるかもしません。たとえば、「塩だけで味をつける」というときに、「健康のため」「そのほうがおいしいから」と言うと、料理が苦手な方は「うっ……」と引いてしまうんですよ。先生と生徒みたいな感じになってしまうので。でもそこで、「塩だけで味が決まったらかっこよくないですか?」と言ったら、やってみたくなるじゃないですか。私はあくまでみなさんと同じ感覚で生きていて、そんな私が欲しいと思うレシピを具体化したのでシェアします、というアプローチは最初から意識していましたね。 ──届け方も重要なんですね。 長谷川 私は作っている人の気持ちがどう動くかに興味があるんです。「おいしい/おいしくない」については、正直、自分が作らずにおいしいものが食べられるなら、そのほうがいいじゃないですか(笑)。私自身、料理を作るという過程に救われた経験があるので、レシピから味を想像したり、作ってみたいと思ったりする時間に意義を見出していて。 おいしいレシピを作れる先生はたくさんいるので、私の仕事じゃないというか。だって、「塩で味が決まった! 自分でこんなおいしい料理を作れるなんて、私って天才!」と1日に1回思えるってすごいことじゃないですか。料理を作ることで得られるものがあり、なおかつ、それを食べるからこそ、受け身で食べるよりもおいしく感じられる。私はわがままな人間なので、おいしいだけじゃ物足りないんですよ。「せっかく作るならドヤ顔したい!」って思っちゃう。 作る過程の楽しさ、作ったあとの気持ちの変化を大切にしたい ──現在では、体験する価値まで含めたようなレシピをさまざまな媒体で日々発信していますよね。どのようにレシピを考案されているのでしょうか。 長谷川 同じ人間が考える料理なので、全部が全部カラーの違うものでなくてもいいと思っています。バスケで片足を軸にピボットするイメージというか、軸となるコンセプトは動かさずに、そこから派生させているような感覚で。あと、ご依頼ベースのお仕事になると「こういう人に向けて」「こういう調味料を使って」と条件が増えていくので、逆に作りやすかったりしますね。 ──具体的なレシピにするにあたっては、試作しながら詰めていくのか、先にレシピとして完成させてしまうのか、どのような工程なんでしょうか。 長谷川 プレゼン資料だけ先に作るようなイメージです。まずどういう料理で、どこがポイントで、どういう気持ちになるか、イメージできる状態でレシピ名を出す。そこで、材料、味つけ、作りたいと思えるシチュエーションやポイント、手間に対するリターンなどを考えるのが難しいんですけど、それさえできれば、あとは試作といってもほぼ確認みたいな感じです。 ──最初に作り手の人が受ける印象の部分から作っていくんですね。 長谷川 作る人も、最初はレシピの詳細なんて見ないじゃないですか。だから、レシピを選ぶ人の感覚で「こんなレシピがあったらうれしいな」というものを作ります。いくらレシピの完成度が高くても、最初にテンションが上がらなかったら作るところまで行かないので、「あとは作るだけ」というところまで進んでもらうことが大事なんです。 ──コンセプトや届け方を考える能力と、料理を考える能力は別ものだと思うんですけど、長谷川さんはその両輪がカバーできている気がします。 長谷川 たぶん、ほどよいんですよね。家庭料理を作る以上の技術を持ち合わせていないので、ある意味、料理がうますぎない。自慢できることではないですし、もっと修行したほうがいいとも思うんですけど、外枠を考えるのが得意で、料理もシェフ並みにできたら、誰もまねできないような料理研究家になってしまうかもしれない。 今は、頭の中でどこまでも行ける料理への想像力と、技術的な制限のバランスがいいのかなと思うんです。家庭料理としてできる範囲で、新しさのあるレシピを作るのにちょうどいいというか。 ──では、技術的なこと以外に、自分の引き出しを増やすためにされていることはありますか? 長谷川 味のバリエーションをたくさん知りたいという気持ちはあります。外食が好きだと言うと「それを再現されるんですか?」とよく聞かれるんですけど、再現には興味がなくて。「この味も『おいしい』に入るんだ」とか、「この地域ではこういう味が受け入れられているんだ」といったことが知りたいんです。 新しい味の領域と出会った記憶が残ると、お仕事のご依頼をいただいたときに「この材料をこういう味つけにしたら、あのときの料理の雰囲気が出せるかも」みたいに思い出すことがあるんですよ。色合いなどの見た目も含めて、料理の共通項を見つけるための抽象的なパーツを溜めていきたいと思っています。 ──長谷川さんの意外性のあるレシピを作ろうとした人の「あかり、信じてるぞ」という言葉がミーム化したように、レシピに対する好意的な反応は多いかと思います。そういった反応から得るもの、感じることはありますか? 長谷川 ありますね。私が言葉にできていないところまで、レシピを作った方が言語化してくださることがあるんですよ。「こういう気持ちを思い出した」といった感想を書いてくださる方がいると、「私はこの感覚をみんなに得てほしくて、このレシピを作ったんだ」と気づかされたりする。自分で1から100まで言わないと届かないと思っていましたが、レシピでそれが表現できていればちゃんと受け取ってもらえるんだと実感できたんです。それはすごく救いになりましたね。 ──味以外の感覚が刺激されるといえば、実際に実家で出てきたわけじゃないのになぜか実家感を覚える「空想謎実家飯」を考案されていましたね。あれは作った人がつい自分の思い出語りをしたくなるような独特なレシピでした。 長谷川 自分の中でもチャレンジでしたね。料理って、「しなきゃいけない」と思っている人がたくさんいて、作るのを楽しんでいる人って少ないと思うんですよ。だから、「作ると楽しい、そして、作ってもらうよりも自分で作ったほうがその過程も含めておいしく感じる」と思えるようなレシピを作りたくて。それで、「おいしいかどうかもよくわからないけれど、作ったらおもしろい経験になるよ」っていう切り口のレシピがあってもいいと思ったんです。レシピを見てくださる方との信頼関係がある程度生まれてきたからできることなんですけど。 ──より体験的な価値に振り切ったレシピ。 長谷川 「こんな料理、食べたことある気がする」って、ない記憶が刺激されると楽しくないですか? でも、実家飯は最初バズらなかったんですよ。「ああ、ちょっとトガりすぎたか」と思っていたら、投稿の1週間後くらいから伸びてきて。作ってくれたみなさんがそれぞれの言葉で語ってくれて、じわじわと伸びていったんです。私にとっても、理想的な広がり方でしたね。 ──よりレシピの枠を超えた発信として、ポッドキャスト(『長谷川あかりのシャニカマでごめんなさい』)なども展開されていますが、そういった方向でほかに挑戦してみたいことはありますか? 長谷川 今、5年前の自分がマンダラチャートに書いたことが怖いくらい実現できてるんですよ。ちょっとした予言書みたいになっていて(笑)。そこに書いていてまだ実現していないのは、私のレシピが出てくるマンガを出すこと。レシピを作る過程や作ったあとの気持ちの変化を表現するには、マンガやドラマが向いてるんじゃないかなって。私も料理を繰り返し作ることで救われてきたので、その気持ちをシェアできるようなかたちでマンガやドラマとコラボレーションできたらハッピーですね。 脳の何割かは常にサボっているナチュラルサボリスト ──長谷川さんのサボりについても聞きたいのですが、忙しい日々の中でサボってしまうことってありますか? 長谷川 自分では想像を絶するサボリストだと思ってます。私の場合、けっこうさりげなくサボるタイプなんですけど。脳内がおかしくて、レシピを考えながら、ラジオも聴いていて、1分に1回くらいXを見るとか、同時進行でサボるんです。 ──仕事が4割、ラジオが3割、SNSが3割みたいな、脳のリソースを分散しながらサボっていると。 長谷川 集中しているときもあって、特に人としゃべったり会議したりしているときはそこが10になるんですけど、常に1〜2割はサボってたりしますね。状況に応じて割合が変化するというか。 ──マルチタスクでサボっている。 長谷川 ナチュラルサボリストなので(笑)。だから、それほどサボった感覚もないのがタチの悪いところなんですけど。でも、料理って生活の話なので、仕事と関係ないジャンルがあまりなくて。サボって服屋さんに行ってしまったとしても、「この服の配色かわいい。こんな料理作りたい」ってけっこうアクロバティックに結びつけちゃうんですよ。 ──何かしら得るものがあるから、サボりとは言いきれない。 長谷川 そう言い訳しながらサボってます。寝転がりたくなったときも、「1時間仕事をするより、30分寝て、30分脳の余白ができた状態で仕事をしたほうがいいアイデアが思いつく」って考えたり。 ──では、意識的にリフレッシュするような場合は、どんなことをしますか? 長谷川 散歩はよくしますね。あとは、夫や友達としゃべることはかなりリフレッシュになります。頭の中が常にガチャガチャしているので、ひとりでいると言いたいことが溜まってストレスになってくるんですよ。そこで、しゃべって、新しい意見をもらって、またしゃべって、「たしかにそうだよね。スッキリ! 解散!」って息抜きしています。 ──吐き出さずにはいられない。 長谷川 常に頭に何か入ってくるんで。何もしないサボりができなくて、何かを取り込むようなサボりばかりなんですよ。だから、運動みたいな感じでしゃべってるのかもしれません。 ──おしゃべりのアスリートなんですね。そういう意味でもポッドキャストは意義がありそうです。 長谷川 たしかに。仕事以外のことでも、「これはなんでなんだろう?」って考えてしゃべるのが楽しいんですよね。 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
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「自分と向き合い、自分を知って上手に付き合う」山中瑶子のサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 2024年に公開された監督作『ナミビアの砂漠』が、カンヌ国際映画祭で「国際映画批評家連盟賞」を受賞するなどして大きな注目を集めた山中瑶子さん。自身を「サボりやすい」と語る山中監督に、創作の過程やそのサボり方について聞いた。 山中瑶子(やまなか・ようこ) 映画監督。日本大学芸術学部映画学科中退。初監督作『あみこ』が、PFFアワード2017で観客賞を受賞し、ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、ほか多数の海外映画祭に出品された。2024年に公開された河合優実主演の『ナミビアの砂漠』は、カンヌ国際映画祭の監督週間で「国際映画批評家連盟賞」を受賞した。 映画マニアになっていく自分に危機感を覚えて撮った初監督作 ──まずは、改めて映画監督を目指したきっかけから教えてください。 山中 高2の進路調査表が配られた時期に映画にハマっていたことからですね。子供のころから、会社勤めは無理だろうからものを作る分野に行きたいと思っていましたが、ずっと絵画教室で絵を習いながら漫画家やデザイナーに憧れてみたり、建築もいいなと思ったり、興味の移り変わりが激しくて。そんななか突然映画に出会いましたが、高校のまわりに映画館が4つある環境だったのも大きかったと思います。 ──映画にハマっても、監督になれるとまではなかなか思えないような気もします。 山中 昔の海外の大作とかを観ても「人間が作ってるな」という感覚にはなれなかったんですけど、アート系の作品や、ミニマルなフランス映画、2000年代の邦画などを観ていくうちに、作り手が見える気がしてきたんです。カメラの向こうに人がいて、なにやら思想があるようだぞ、と。それに気づいてから、自分でもやりたいし、できるかもしれないと思うようになりました。 ──でも、映画学科に進学後、ドロップアウトしてしまったそうですね。 山中 とにかく朝、起きることができないんです。小学校のころからずっとそうで、大学でひとり暮らしを始めたら、まったく行けなくなりました……(笑)。最初のほうになんとか通っていたときにできた友達に協力してもらって、自主映画の『あみこ』を作ったんです。今なら授業の大切さもわかるのでちゃんと受けておけばよかったと思うんですけど、当時は1年生はひたすら座学というカリキュラムが耐えられなかったんですよね。 ──『あみこ』を作ったということは、映画を撮りたいという気持ちは変わらずあったわけですね。 山中 そうです。学校に行かなくなってからも映画はめちゃくちゃ観ていました。でも、どんどんイヤな映画ファンみたいになっていくんですよ。批評ともいえない批判ばかりが鋭くなっていって、このままだと自分に対するハードルが上がりすぎて首を絞めることになるなと気づいて。それで、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)を目標に脚本を書き始めたんです。 ──結果はどうだったんですか? 山中 観客賞はもらえましたが、審査員からの賞は特にもらえず。入選作はウェルメイドな作品が多くて、自分の下手さに気づいて恥ずかしくなりましたね。技術的なものはあとからついてくるだろうから、大人たちが見ているのはそこじゃないと頭ではわかっていても、もっとスクリーンで観るべきものを作らなきゃなと思って。それで、けっこう気が引きしまったというか、もうちょっとがんばろうと思うようになりました。 ──映画を作ることへの迷いはなかったんですね。 山中 なかったですね。『あみこ』がベルリン映画祭に招待されたのも大きくて。小さい内輪の作品と見られても仕方ないと思っていたのが、意外とそれだけじゃない部分もあるのかなと。それが自信につながったんでしょうね。 我慢して人に合わせなくていいと気づいたら、映画作りが変わった ──映画は人と一緒に作り上げていく以上、結局社会性を求められるんじゃないかと思います。そのあたりの折り合いはつけられたのでしょうか。 山中 『ナミビアの砂漠』までは、まさにその向いてなさを感じていました。やっぱり、監督の振る舞いって正解がないので。どうしたら人に気持ちよく仕事をしてもらえるか、どうしたら思うようなパフォーマンスをしてもらえるか。それって人からは教えてもらえないんですよね。 その結果、自分の性に合わないような振る舞い方もしていました。最初は年齢も若く信頼されていないので、簡単にいうとナメられてしまう。そこでどうすれば自分のやりたいことを相手に具現化してもらえるか考えるほど、居心地の悪い振る舞いをして、居心地の悪い空気になっていく。それがキツかったですね。 ──それは経験を積むことでしか、乗り越えられないんですかね。 山中 場数を踏んで体得していくしかないですね。でも、頭で考えてもしょうがないから、難しいことは考えないようにしようとしたんですけど、コロナ禍になって本当に無理かもしれないと思ってしまって。一切現場の仕事はやらずに自分と密に向き合ったことで、「(監督を)辞めたいかも」と思うようになっていたんですね。ただ、そのあとに少し年上の女性プロデューサーからドラマのお仕事をいただいたんです。 その方は、まわりにどう思われようとまっすぐなところがあって。その姿を見ていたら「これでいいんだ」と勇気づけられて、自分が我慢して人に迎合するがんばり方は、ちょっと違うんじゃないかと気がつきました。それからは、自分でスタッフィングするなど、自分を軸に人と関わるように変えていき、ストレスも少なくなりました。結局、自分が我慢していると場の空気もよくならなくて、みんな楽しめないんですよね。 ──そういった自分なりの仕事の仕方が見えてきたところで、『ナミビアの砂漠』の企画が動き出したのでしょうか。 山中 そうですね。最初は別の原作小説を河合優実さんで撮る企画が進んでいたのですが、自分と向き合った期間があったことで、私ではこの原作をまっとうできないんじゃないかと思い、「降りたい」とプロデューサーに伝えたんです。そうしたら、「オリジナルならどうですか?」とご提案いただき、『ナミビアの砂漠』になっていくという。 ──では、河合さんの出演だけが決まっていて、あとはゼロだった。 山中 そうなんです。アイデアも何もないので、当て書きをする前提で、「インスピレーションを得たいです」と、脚本を書く前に河合さんと何度かお話しました。 ──その結果でき上がった主人公のカナは、河合さんとはまた違ったキャラクターなのではないかと思いました。 山中 実際の河合さんはカナとはほど遠い方だと思うんですけど、カナのことはよく理解できると言っていました。私も私でよくわかるというか、カナみたいな現代の子の精神性は、自分の中にもあると思うんです。物質量も情報量もあふれていて、たくさんの選択肢と可能性を提示され続けているのに、だからこそ自分の欲望がどこにあるのかわからない感じ。それに、ネットで簡単に答えにたどり着けてしまうという気にさせられてしまいがちで、何も楽しめず不全感だけがあるというか。東京特有の特殊さだと思うんですけど。 ──東京で生きていると、特にそうした空気にさらされやすい。 山中 絶対そうですね。情報量の多さは世界でもトップじゃないですか。どんな大都会に行っても、こんなに「これをしたほうがいい」「あれを買ったほうがいい」と社会から要請されないと思います。「でも、本当に自分がしたいことや自分がいらないものを明確にわかっている人って、どれくらいいるんだろう?」といったことなどを考えながら作りました。 ──では、カナというキャラクターには、今の若い世代のいろんな要素が入っているんですね。 山中 そうですね。あと、私は映画を作るときに、ある特定のひとりを思い浮かべて、「この人が気に入ってくれたらそれでいい」というふうに思っていて。昔からSNSで知らない人を一方的にウォッチしてるんですけど、その中のひとりにカナっぽい感じの子がいて、『ナミビアの砂漠』はその子が観てくれたら大成功だと思っていました。カナについて考えるときも、その子がどう思うかを指標にしていて。 ──漠然とした「お客さん」ではなく、まずはひとりの人に届けばいいと。 山中 お客さんといってもみんなバラバラなので、ひとりの人をイメージして考えることは多いですね。そうやって具体的なひとりの人について考えることで、結局全体のうちの数パーセントに届くんじゃないかと信じてやっています。カナの場合は、直感が鋭くて勘はいいのに、言語にするのが苦手だから人に当たっちゃう。そんなカナみたいな子たちにも届けたいし、そういう子たちを生き生きと描けたらいいなと思っていました。 突飛なアイデアほど、スタッフの意見を採り入れている ──『ナミビアの砂漠』について、ほかに制作中に意識していたことはありますか? 山中 どこに向かっていくのかわからない映画にしたいなと考えていました。他者って何を考えているのかが徹底的にわからない存在だと思うんですよ。観ている人が、カナのことをそう思えるといいなと。結果的に共感してくれる人もいて、それはそれでいいんですけど、作り手としては「どうしてそうなっちゃうの!?」というハラハラドキドキ感は意識していました。 ──たしかに、観ている側としてもカナがどういう行動をして、映画がどこに向かうのかわからないため、ずっと緊張感のようなものがあった気がします。 山中 そういった意味でのエンタメ性やサスペンス性もあると思っていて。トーンとしてはドライなところもありますが、意外とサービス精神旺盛にやってるつもりなんですよね。カナが階段から落ちたり、緊張感のある音が入っていたり。 ──音楽はかなり不穏さがありました。 山中 世界とか社会って冷静に考えると怖すぎるというか、なぜ世の中が回っているのかよくわからないじゃないですか。回っていないとも言えるし。そういった世界の不思議みたいなものは意識していました。音楽の渡邊琢磨さんとも「『この世は不思議だね』っていうことを意識しよう」と話していて、最後のクレジットでは動物が砂漠の水場に集まっている実際の音に合わせて、琢磨さんが作った世界の終わりと始まりみたいな電子音楽も入っているんです。 ──効果的なスタッフワークとしては、カナの脳内のような描写や、部屋のレイアウトが反転する場面など、劇中の印象的なシーンは、スタッフのアイデアを採り入れたものだそうですね。 山中 あとは、「キャンプだホイ」を歌うシーンもスタッフのアイデアですね。後半になって監督の「やってやったぞ!」感が押し寄せてくると言われたこともありますが、全部私のアイデアじゃない(笑)。自分の中に取り込んで出しているので、私のものでもあるんですけど。ただ、そういった一見突飛なアイデアがスタッフから出てくるのは、すごくいいことだと思うんです。そういう提案をしてもらいたかったし、それが気兼ねなく言える環境がいいと思っていたので。 ──作家性の強い作品という印象がありましたが、オープンな現場で意見を交わしながら作っていったんですね。 山中 そうですね。部屋を反転させるのはどうかというアイデアがカメラマンから出たときは、最初「なんで!?」って思いましたけど、一度持ち帰ったんです。理由を聞いてもなんかおもしろい、以上のことはわからなかったんですが、彼がとっさにそう思ったこと自体が大事だから、理屈はあとづけでいいからとりあえずやってみようとなって。もちろん、ちょっと違うなと思ったアイデアは反映しないんですけど、部屋の反転は結果としてだいぶしっくりきていますね。 ──撮影しながらさまざまなアイデアを取り入れていくのは、ダイナミックでおもしろいと思いますが、かなり大変なのではないでしょうか。 山中 決められた脚本をスケジュールどおりに撮っていくだけだと、作業感が強くてあまり楽しくなくて。もちろん、着々と積み重ねて準備してきた部分も大事にはしていますが、『ナミビアの砂漠』の場合は、それ以上に撮影を通じてみんなが感じたことのほうが大事なんじゃないかと思ったんです。 ──『ナミビアの砂漠』は河合優実さんの存在感も欠かせない要素だと思いますが、河合さんとの映画作りはどのようなものでしたか? 山中 河合さんは、カナからはみ出さない範囲で、お芝居を毎テイク変えてくるんですよ。何度も同じ演技ができる俳優も、そのときの気持ちを大事にして毎回変わってしまう俳優もそれぞれ魅力的だと思うんですけど、河合さんはそのハイブリッドというか、そのシーンに最適な領域の中で変えてくるのがおもしろくて。だから、撮影中は河合さんにもカナにも慣れるということがなかったです。 ──立ち姿というか、佇まいが圧倒的に「カナ」だったところにも驚かされました。 山中 撮影前から、河合さんとカナの歩き方を決めたりはしていました。あとは、「今、カナはどういう気持ちでいるのか」「外からどう見えて、内心ではどう思っているのか」など、シーンごとのカナのテンションもスタッフみんなと共有して。河合さんのカナがカナすぎて、スタッフがカナについて語るときに、まるで実際にいる友達みたいに話すのがおもしろかったです。 ──作品の反響については、監督としてどのように感じていましたか? 山中 万人に「おもしろい」「わかる」と言われる映画ではないという自覚はありましたが、それにしても感想がバラバラで。語る人の内面を鏡のように映し出してしまう側面があるというか、その人の価値観がにじみ出てくるような感想も多かったのが興味深かったです。 ──つい自分のことや、自分のまわりにいるカナについて話したくなってしまう。 山中 そうですね。個人的な記憶と結びついて、それが引きずり出されてしまう映画だというのは、いろんな人の反応を見て知りました。あと、「この人が気に入ってくれたらそれでいい」と思っていたSNSの人にも観てもらえたので、そういう意味では大成功でしたね。 基本サボってしまうので、本当に集中するときは生活から変える ──山中さんのサボりについても伺いたいのですが、ひとりで作業するようなときに、ついサボってしまうことはありますか? 山中 仕事をしている時間のほうが断然短いです(笑)。喫茶店に6時間いても、本当に集中しているのは全体の80分ぐらいの感じで。 ──仕事に集中できていないときは、何してるんですか? 山中 本を読んでいるときはまだよくて、仲のいい友達とやりとりしちゃうんですよ。用事があって連絡しても、話題が用事と関係ない方向に派生していってしまって。あとは、調べものをしているうちに関係ないことを調べ始めたりすることもありますね。でも、やらなきゃいけないことがやれていないこと自体はものすごくストレスなので、そのストレスに対する怒りをバネに仕事を片づけるんです。 ──作業は基本的に喫茶店でやるんですね。 山中 でも、喫茶店で仕事をしなさすぎて、仕事をする場所じゃなくなり始めてます。いくつか店を変えるんですけど結局やらなくて、最近は逆に家でやるようになりました。脚本を書かなきゃいけない時期は、さすがにもっと集中しますけど。脚本の期間は、本気で人に会わないようにするし、やりとりもしません。 ──やると決めたらできるタイプというか。 山中 撮影の半年前ぐらいのせっぱ詰まった段階になると、生活から変えて追い込みます。私の場合、脚本は自分の内面に潜らないと書けないので、外交的なモードだと書けないんですよ。 ──そういった集中モードのときこそ、意識的に息抜きをする必要があると思いますが、ひと息入れるためのポジティブなサボりはありますか? 山中 人に会えないし、仕事と関係のない本を読むようなこともなくなるので、食事だけはすごくこだわります。ステーキとかすき焼きとかパフェとか、普段食べないようなものを食べてエネルギーをつけるんです。逆に普段食べているようなものは好きでも食べない。それがジンクスのようになっていて、普段の自分からは出てこないようなものを生み出すために、普段とは違う自分に変えていくんです。 ──食事が儀式みたいになってるんですね。 山中 ガソリンだと思って食べてるので、息抜きにもなっていないのかもしれません。食べること自体は楽しいんですけど。 ──では、日常モードのときに純粋に心休まるのはどんなときですか? 山中 飼っている猫といるときですかね。もともとは旅行とかも好きだったんですけど、猫がいるし、結局疲れるので全然息抜きにならなくて。今は普通に歯医者に行ったり、整体に行ったりすることで癒やされます。自分をないがしろにせず、大事にしていると思えることでホッとできるというか。昔の自分だったら「ウソつくな!」って軽蔑しそうですけど(笑)。 ──日常の感覚が変わってきていると。 山中 そうですね。以前はホッとする時間があまりなくて。やっぱり趣味でも人と会って話すでも、何をやっていても仕事の役に立ってしまうから、ずっとオンの状態になってしまうのがつらかったんですよ。でも、最近はそれが受け入れられないとか言ってる場合じゃないというか、それもしょうがないなと思えるようになった感じですね。 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
エッセイアンソロジー「Night Piece」
気持ちが高ぶった夢のような夜や、涙で顔がぐしゃぐしゃになった夜。そんな「忘れられない一夜」のエピソードを、オムニバス形式で届けるエッセイ連載
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感情を表に出すには時間がかかる。知らない自分と出会えたふたつの夜(鈴木絢音)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 鈴木絢音(すずき・あやね) 1999年3月5日生まれ、秋田県出身。俳優、文筆家。2013年、乃木坂46の2期生オーディションに合格して加入し、研究生として活動を開始。2023年3月に初エッセイ『⾔葉の海をさまよう』(幻冬舎)を発売し、同年3月28日をもって乃木坂46から卒業。現在は俳優と執筆業のほか、CBCラジオ『大津功と鈴木絢音の通になりた~い!』など幅広く活躍している。 感情がない人だ、と言われることがある。たしかに、ほかの人より感情の起伏が少ないほうかもしれない。それでも、私だってうれしいことがあればうれしいし、悲しいことがあれば悲しい。ただ、それを表に出すには、少しだけ時間がかかる。一度自分の中で、形になるのを待ってから、言葉にする。そのほうが、自分の感情を見失わずにいられるような気がしていた。それが私なりの感情との距離の取り方、向き合い方だったのだと思う。けれど、その向き合い方を見つめ直す夜が、二度あった。 屋外スタジアムでのコンサートだった。空はまだ完全に暗くなりきっておらず、昼と夜の境目で、その日最初の花火がステージに立つ私たちのうしろに打ち上がるはずだった。けれど、風向きのせいで花火が流れ、少し逸れたところで開いた。その瞬間の振り付けの流れで、私たちは偶然、花火を見上げることになった。 屋外コンサートは何度も経験してきたが、ステージ上から花火を見るのは、初めてのことだった。「あ、花火だ」と、気づいたのより少し遅れて、客席からの大きな歓声が私のところまで届く。一瞬、夢と現実の区別がつかなくなった。 でも、何事もなかったように、すました顔でパフォーマンスを続けた。喜びの感情を沈めながら、顔の角度は変えずに視線だけを落とすと、先輩がステージ上で花火に向かって手を伸ばしている。無邪気に飛び跳ね、まるで子供みたいだった。数秒後、先輩は私の視線に気がついて、少し照れたように笑い、パフォーマンスに戻った。 私だってうれしかった。でも、抑え込んだ。感情は一度自分の中に落として、形を整えてからでないと、外に出してはいけないと思い込んでいた。そうしないと、自分で自分を保てないような気がして、それがいつの間にか癖になっていた。 先輩は私とは違っていて、ほんの数秒、その瞬間にしか見られない花火を見て、素直に喜んでいた。それは正しさの中にある、ほんの一瞬の隙間だった。私たちは同じステージに立っているはずなのに、先輩はその瞬間の中にいて、私はその瞬間の外にいた。 ステージに立ちながら、その瞬間を誰よりも楽しんでいる先輩の姿は、花火よりも鮮やかで、呼吸するのを忘れるくらいまぶしかった。 私は、このときの情景を今でも鮮明に思い出せる。感情が形になる瞬間が、こんなにも愛おしいものだとは思わなかった。何年もステージに立ってきたのに、こんなに大切なことに気がついたのは、残りのステージを指折り数えられるころになってからだった。 その数年後、私の心を大きく揺さぶったのは、1匹の猫だった。一緒に暮らし始めて少し経ったころ、その猫が手術を受けることになった。急な病気やケガではない。迎えるときから決まっていたもので、心の準備はできているつもりでいた。 昼下がり、病院で同意書に署名し、猫を預けて、私だけ帰路についた。部屋の中は何も変わらないのに、自分の部屋ではないみたいだった。猫がいつも使っているブランケットも、ご飯のお皿も、おもちゃもある。けれど、猫だけがいない。部屋は驚くほど広く、静かに感じられた。当たり前だと思っていた暮らしは、小さな気配の上に成り立っていたのかもしれない。時計の針は正しく進んでいるのに、私だけ置き去りにされたようだった。 日付が変わるころ、ようやく病院から連絡が入った。手術は無事に終わったものの、ひと晩入院することになったという。せめて顔だけでも見に来てください、という言葉で外に出た。街の空気はもう冷たかった。 静かな病院の入院室の中で点滴を打たれている猫は、不安そうで、落ち着かない様子だった。撫でてあげてください、と言われ、いつものように手を差し伸べると、顔を擦り寄せてきた。その小さな仕草で、張り詰めていた心の糸が切れるのがわかった。救われたかったのは、私のほうだったのかもしれない。 安心と、不安と、言葉にならないものが同じ場所に重なって、どれが自分のものなのかわからなかった。感情を理解するより先に涙が落ちた。20歳超えて泣いたことなんてほとんどなかった私が、泣いた。夜が明けるまで泣いて、ほとんど眠れなかった。 翌朝迎えに行き、ようやく自分の部屋に猫が戻った。ご飯を食べ、おやつまで食べ、ごろごろと喉を鳴らして甘えてきた。時間は猫の温もりとともに正しく動き始め、心の欠けていた部分が埋まったような気がした。私は泣けるほどの大きな感情を自分の中に持っていたことを知った。 私は一度信じたことを、なかなか手放せない。自分では柔軟なつもりでいても、頑固なのだと思う。物の見方を変えるには、当たり前だと思っていたことが、一瞬でひっくりかえるような出来事が必要になる。感情が形になる瞬間の美しさを知った夜、自分が思っていた以上に誰かを愛せると知った夜、ふたつの夜が私の知らなかった私を連れてきた。そういう夜を積み重ねながら、人は少しずつ、自分の知らなかった自分と出会っていくのかもしれない。 文・写真=鈴木絢音 編集=宇田川佳奈枝
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じいちゃんとの思い出、酒が解いた夜(たけうちほのか)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 たけうちほのか 1997年4月6日、東京都町田市生まれ。モデルやインフルエンサーとして活動をスタートし、2023年4月に『ゴッドタン』(テレビ東京)のオーディション企画で優勝したことを機に、バラエティの才能が開花。お酒好きやサッカーフリークといった親しみやすい一面も持ち、飾らないキャラクターと物怖じしないぶっちゃけトークで大きな話題を呼ぶ。その後、『酒のツマミになる話』(フジテレビ)、『ダウンタウンDX』(日本テレビ)など数多くの人気番組にゲスト出演を重ね、マルチに活躍中。 忘れられない夜がある。 家族全員でウイスキーを飲んだ夜だ。 先月じいちゃんが死んだ。 町田にじいちゃんとばあちゃんが住んでいた。 子供のころは、団地で生まれて育った。 うちは1街区で、ばあちゃん家は7街区。 歩いて20分の距離だった。 私の家は親が共働きで忙しかった。 学校帰りは、ばあちゃん家に帰ってご飯を食べたりして 週末と夏休み、春休みはずっとばあちゃん家で過ごしてきた。 夏休みの定番といえば、 じいちゃんお手製の竹で作った流しそうめん 。 それをうっすいめんつゆにつけて食べたら そのあとはつまらない宿題の時間だった。 内緒だけど、習字はじいちゃんが子供っぽく書いてくれたし、自由研究はじいちゃんが考えたのをひたすら写した。 じいちゃんが考える自由研究は、いつも学年で1位だった。 じいちゃんは無口で超頑固。 酒、たばこ、女が大好きな、まさに昭和の漢(おとこ)だ。 夜は、ばあちゃんが隠したサントリーのウイスキーのボトルとhi-liteのたばこを宝探しのように探した。 見つけたら、じいちゃんが貯めている500円玉をもらえた。 じいちゃんが仕事を辞めたとき、家でテレビを見てお酒を飲むことだけが趣味だった。 毎晩ウイスキーを1本空けた。 健康を心配したばあちゃんがウイスキーとたばこを隠すと、毎日怒鳴り散らかした。 じいちゃんをそんな人間にさせるウイスキーという飲み物を、子供の私は大っ嫌いだった。 そんなじいちゃんが、酒を飲まなくなった。 だんだんとじいちゃんらしい頑固な性格も柔らかくなって、 このころの好物は、たばことウイスキーではなく、あんぱんとコーラに変わっていった。 なんとなく、子供ながらに人の老いを感じていた。 そんなじいちゃんの口癖は“まじめにやってるかー?” 毎回ばあちゃん家に行くたびに私にそう言ってきた。 思春期が来たときには、あまりばあちゃん家に行かなくなった。 久々に行くと、じいちゃんは杖をついていた。 私がたまに泊まりに行ったときは、いつもは出てこない寝室から、 ものすごい時間をかけてリビングまで歩いてきて、笑いながら私の話を聞いてくれた。 私が毎回“今日のパンツの色見て〜!”とふざけて見せると、 “お前は一生結婚できないな”と笑いながら寝室に戻っていった。 何年かその調子で無口なじいちゃんは、元気だった。 あるとき、じいちゃんは施設に入った。 何回か面会に行ったけど、もうそのときには、私の名前も誰かも忘れていて少しボケ始めていた。 “この施設はかわいい女がいねぇ”とか(笑)。 ばあちゃんのことを“嫁”と呼び始めたり“嫁が大好きだ”とか“嫁が一番かわいい”とか、普段絶対じいちゃんが言わないようなことばっかり言っていた。 でも、会うたびに必ず“まじめにやってるかー?”と聞いてきた。 ちょっとは覚えてんのかよ(笑)と私は思った。 数年が経って、じいちゃんが病院に移ったと連絡が来た。 肺炎だった。 その2日後じいちゃんは死んだ。 その日じいちゃんに家族で会いに行った。 集まったとき全員が、じいちゃんの大好きなサントリーのウイスキーを片手に持ってきていた。 竹内家の約束は、葬式まで明るく。 じいちゃんが生前これを遺影に使ってくれよと言ってた、ばあちゃんの誕生日会をやったときの、じいちゃんが一番ふざけていた写真だった。 約束どおり持って行った。 全員がその写真で笑った。 葬式の次の日、奇跡的に全員の休みがそろって初めて家族全員で旅行に行った。 その夜、家族全員でウイスキーの水道水割りで乾杯した。 じいちゃんの飲み方だった。 じいちゃんのために全員が集まって、じいちゃんとの思い出話をつまみに、お酒を飲んだ。 気づけばグラスの中のウイスキーが何度も空になって、じいちゃんがそこにいるわけじゃないのに、あの夜はたしかに家族全員の真ん中にじいちゃんがいた。 無口で頑固で無愛想で家族の愛し方がわからないと言ってたじいちゃんが、一番家族をひとつにしてくれた夜だった。 そんな私が小さいころ大っ嫌いだった、ウイスキーを飲みながらこの文章を書いている。 じいちゃんが毎日飲んでいた意味が今はわかる。 酒は人をダメにするものだと思っていた。 じいちゃんを怒らせる原因だと思っていた。 でも今は少しだけ違う。 酒が偉いわけじゃないし、酒で全部解決するわけじゃない。 ただ楽しかった夜や寂しい夜、うまく言葉にならない気持ちをゆっくり引っ張り出してくれる夜がある。 今日のこの1杯もそうだ。 忘れたくない思い出を思い出させてくれる酒なら、少しくらい好きに飲んでもいいかもしれない。 私はこんな毎晩の1杯が大好きだ。 じいちゃん、私はまじめにやってるよ。 ありがと。乾杯。 文・写真=たけうちほのか 編集=宇田川佳奈枝
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チキン南蛮弁当に別れを告げる、食べ尽くし食べすぎた私だけの夜(ぼる塾・あんり)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 ぼる塾・あんり(ぼるじゅく・あんり) 1994年10月7日、東京都江戸川区生まれ。2014年、幼なじみのきりやはるかとお笑いコンビ「しんぼる」を結成、2019年に田辺智加と酒寄希望の先輩コンビ「猫塾」と合流してお笑いカルテット「ぼる塾」としての活動を開始。『女芸人No.1決定戦 THE W』2020・2023・2024で決勝進出。『ラヴィット!』(TBS)、『ぼる部屋』(九州朝日放送)、『イマドキッ』(MBSラジオ)などにレギュラー出演中。4月からメンバーの田辺智加とパーソナリティを務める『ぼる塾あんりと田辺の食べて喋って』(TBS Podcast)がスタート。 食べすぎた夜の次の日にもっと食べすぎた夜を過ごせば、昨日の夜の食べすぎは少しマシになる。 この考えを、私は【食べすぎのマトリョーシカ】と呼んでいこうと思う。 コンビニで買った夜ご飯、空の弁当箱やホットスナックが入っていた袋、その他もろもろ。 ゴミを入れたら、今日買った3円の袋はすぐにパンパンになった。 これを繰り返していくと、1週間も経たずに45リットルのゴミ袋もあっという間にパンパンになるのだ。 わかっている。 ひとり暮らしだから、誰のせいにもしない。 私がすべて食べた。 食い尽くした。 大人な私は、潔く食べすぎる。 今日の朝は、5時にマンションを出た。 見上げた空はまだ暗かった。 暗ければ朝ではなく、夜だ。 誰かが誰かにそう言って、もう少しだけ眠れたらいいのに。 そんなことを願いながら始まった1日。 夜まではまだ長い。 仕事は嫌いじゃない。 仕事があることはありがたい。 でも、早く帰りたい。 夜が待ち遠しい。 今夜も誰かと会う予定は特にないけど。 早朝からがんばった自分へのごほうびを存分に与えることができるのは、私だけだ。 今夜私は、昨日の私より食べすぎる。 帰りのタクシー、スマホの画面を見なくても指がデリバリーアプリの位置を覚えている。 そのまま慣れた手つきでお店一覧をスクロール。 デリバリーアプリの配達時間と地図アプリで自宅までの到着時間を比較しながら、今夜食べすぎるものを決めていく。 しかし、ダメだ。 今日は決まらない。 お腹が空きすぎて、わずか10分の配達時間でさえ待てそうにない。 よし、こうなったら、今夜はコンビニの商品で宴だ。 夜の暗闇で光る24時間営業の楽園で暴れてやろうじゃないか。 お弁当のコーナーに行く道中で、レジ前のホットスナックが充実していることを確認した。 この効率のよさをほかのことにも使えたら、もっと立派な大人になれるかも。 まあ、それは少し先の未来の私に期待しよう。 今は、宴の準備に集中。 このコンビニでよく買うチキン南蛮のお弁当と目が合った。 「おかえり」と言われた気がした。 自然と手が伸びた。 だけど、チキン南蛮弁当に触れる直前に止めた。 今日はもっと非日常を楽しみたい。 チキン南蛮弁当、今日はごめんね、また明日ね。 返事はもちろんなかった。 さて、どうしようか。 静かに悩む私の近くに、大学生くらいの男性3人が楽しそうに笑いながらやってきた。 彼らのカゴの中には、すでにお酒やお菓子がたくさん入っている。 これから誰かの家で宅飲みでもするのだろう。 ピザポテト、じゃがりこサラダ味、柿の種、しみチョココーン。 カゴの中のお菓子のラインナップで、特別な記念日や特別な理由があるような宅飲みではないとわかる。 目的も理由も曖昧な、ただなんとなく集まってする宅飲み。 これがどんなに楽しいか、私は知っている。 パーティー開けにしたピザポテトのパッケージがお皿になって、そこにほかのお菓子も盛り合わせていくのだろう。 明日の朝、柿の種は少し余り、家主のものになる。 知らない大学生たちの宅飲みを想像して、なんだか私まで楽しくなる。 私がそんな宅飲みをしていたのは、20歳から23歳くらいのとき。 芸人になって、1年目から3年目。 バイトやライブ、オーディションが終わったあとに、終電で同期の家に集まって、始発まで宅飲みをするのが習慣になっていた。 夜が深くなるほど、会話の内容も濃くなっていく。 売れたらどんな番組に出たいか、どんな芸人でありたいか、同期とそんなことを語っていると、なんだかもう叶っているかのような満足感があった。 今語り合っている夢がこれ以上遠ざからないように、同期との差が、結果ではなく努力から生まれないように、がんばらなければ。 同期との宅飲みは、楽しみながらも自分を焦らせる時間にもなった。 正直にいうと、本当にただ集まって、お菓子を食べて、朝には覚えていないようなしょうもない話をして、始発に帰るだけの無意味な宅飲みのほうが数でいえば多い。 でも、だからこそ、少しだけまともに語り明かすことができた夜を昨日のことのように覚えていたりする。 隣にいる大学生たちにまた視線を戻す。 彼らは今夜、何を語り合うのだろう。 「俺、弁当いっちゃおうかな!!」 私がさっき「また明日ね」と別れたチキン南蛮弁当を大学生のひとりが手に取る。 「今メシ食ってきたばっかだろ!」とか「食欲バカすぎ!」とか笑う友達に、うれしそうな表情をしている。 サービス精神が旺盛なチキン南蛮弁当の青年よ。 私が人生の先輩として予言しよう。 今日、君は宅飲みで一番先に寝ることになる。 青年にあのころの自分を重ねて、気づいたら私は弁当売り場からお菓子売り場に移動していた。 ピザポテトに「久しぶり」と声をかけられた気がする。 あのころみんなで分け合っていたものは、今日はひとりでたいらげる。 いや、あのころもほとんどひとりでたいらげていたかもしれない。 ピザポテトが入ったカゴにさっき別れたチキン南蛮弁当も追加した。 私に非日常はまだ早い。 日常の中で暴れよう。 今日の宴のテーマは“あのころの自分と今の自分の宅飲み”。 コーラとシュークリームもカゴに入れて、レジでアメリカンドッグと骨なしチキンも頼む。 3円で買った袋にパンパンに詰まった宅飲みの材料たち。 今夜私を楽しませてくれる、最高の演者たち。 なんだか大学生3人のカゴに入っていたものより多い気がするが気にしない。 今夜の宅飲みルールは、罪悪感を抱かないこと。 最高の夜にするんだ、遠慮なくはしゃごう。 その夜の私の食欲は、あのころと変わっていなかった。 宣言どおり、楽しくて仕方がない最高の夜を過ごし、満足して満腹で眠った。 あのころと変わらない自分、あのころから少し変われた自分、どちらも好きだと自覚する夜。 私はきっと、この夜をまた過ごしたくなるだろう。 大切にしたい私だけの夜。 朝に来るであろう胃もたれは、朝の私に任せてしまおう。 文・写真=ぼる塾・あんり 編集=宇田川佳奈枝
文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~
人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など──漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記
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UFOに翻弄される人々、「信じたい」気持ちの尊さを描いたヒューマンドラマ──小路谷秀樹『虚空門 GATE』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 私はいわゆるUFOというものを信じていない性(たち)だ。地球外生命体の存在自体はあってもおかしくない、むしろあってほしいと思っているが、アブダクションとか空飛ぶ円盤とか言われると、「そんなテンプレ的な想像が本当に真実と一致するのだろうか?」と、どうしても疑いの気持ちを持ってしまう。 今まで「UFOを見た」と主張していた人の大半が嘘だった、という経験から来る疑いもある。地球外生命体は実在してもおかしくないが、SNSに上がっている映像やエピソードトークは99.99%フェイクだろう、というのが私の感覚だ。 私と同じような感覚の人は多いと思うし、本作に関してもUFOを題材にした映画といわれると、反射的に「うさん臭い」と感じる人もいると思う。 私も正直、仕事(角由紀子原作『トムライガール冥衣』作画担当)のための勉強という目的がなければなかなか手が伸びない作品だったと思う。私はUFOの真偽というSF的なテーマよりも、人間の人間らしさの部分に興味があるからだ。私は大半の心霊やオカルトを題材にしたドキュメンタリーに対して、普通であれば多少なりとも疑いの気持ちを持つものに対して「本物の前提」で進んでいくような……登場人物たちの気持ちについていけないような気がしていた。これは映画の質の問題ではなく、制作の目的が違うのだから当たり前だ。私はターゲットではないのだ。 だが、この映画は違った。この映画はUFO映画の皮を被ったヒューマンドラマなのだ。 2013年、本作の監督である小路谷秀樹はYouTubeで月面異星人遺体動画を発見した。小路谷は件の動画に強く興味を持ち、友人や専門家に意見を聞いて回るが、フェイク動画だと言われてしまう。 1995年に発見され世界を震撼させた「宇宙人解剖フィルム」(※)も2006年、制作者によってフェイク動画であったことが告白された。嘘だったのだ──UFO研究家、宇宙人研究家たちは慎重になっているという。だが、専門家たちは動画がフェイクだということと、宇宙人が実在しているかはまた別の話だともつけ加える。 (※イギリスの映像プロデューサーが世界中に公開した、異星人の死体解剖を撮影した記録フィルム) (C)Bride Works/『虚空門 GATE』 取材を続けていくなかで、小路谷は俳優である庄司哲郎と出会う。庄司は「自分はUFOを呼べる、UFOなんか当たり前に飛んでる」と主張する。小路谷は庄司含むUFO愛好家たちに同行し、UFO撮影を試みる。作中ではUFOを確認できたということになるのだが、映像に映るのは「あれあれ、出た出た!」「俺生まれて初めてUFO見た!」とはしゃぐ登場人物たちだけなので、我々視聴者には真偽のほどはわからない。また別の日、小路谷が庄司に同行すると、なんと庄司はUFOの撮影に成功したという。庄司が撮った写真にはたしかに空に浮かぶ円盤が写っていた。 「明日はどうしようかな」 「明日は晴れていればなんらかはあるんじゃないかと思うけど」 正直このシーンまで、私はこの作品もノットフォーミーなのかもしれない……という不安を持っていたのだが、ここで急展開が起こる。 撮影の約束の日、庄司は現場に現れずそのまま音信不通となるのだ。 そして2016年8月31日、庄司哲郎は覚醒剤取締法違反で逮捕された。 小路谷は庄司を慕っていたUFO愛好家たちに尋ねる。 「彼の能力は信じてるんですね?」 「断然信じてますよ」 「だからこそもったいないんですよ」 「覚醒剤とは別個に本当だったんじゃないかなと思ってるんです」 全員が庄司の能力は本物だと信じているという。 恋人である林泰子も、何度も手紙を送るなど献身的に庄司を支えていた。 いなくなった庄司の代わりに猫に餌をあげる彼女が、空を見て言った。 「あ! 地震雲!」 ここで私は、この映画はUFOを題材にした作品ではなく、UFO愛好家・庄司哲郎とそれを取り巻くUFO愛好家仲間たちのヒューマンドラマなのだと理解した。 約7カ月後、身柄の拘束が解けた庄司は身の潔白を証明するために控訴するという。 「いくつまで生きるかわかんないけど、人生。てっちゃんにとって大事なものを最優先に考えたら、戦うことじゃなくて、大切な人を守りながら二度とこんな目にあわないように生きていくことが一番大事なんじゃないの」 泣きながら訴える泰子の姿は胸を打つものがあった。 庄司は泰子の説得を受け、控訴して戦うのではなく、警備員として働きながらUFO愛好家として活動する道を選ぶ。 この映画のテーマのひとつとして、人間の「信じたい」という気持ちの尊さがあると思う。専門家に否定されても「信じたい」気持ちで取材を続ける監督。逮捕されてもUFOに関する能力は本当だったと「信じたい」UFO愛好家たち。逮捕されたパートナーを「信じたい」一心で支える泰子。作中には何度か、UFOを信じていると楽しそうに語る人たちのインタビューも差し込まれる。 (C)Bride Works/『虚空門 GATE』 物語後半、小路谷は庄司含むUFO愛好家たちの合宿に同行することになる。そこで小路谷は同行者のひとりから衝撃的な告白を受ける。彼は庄司が“こより”のようなものを使ってUFO写真を偽装しているところを見たという。 「これはもうある種の試練だなって。これでも信じるの?っていう思いが……」 その後、小路谷は偶然、庄司が“こより”を使ってフェイク映像を撮影している場面をカメラに収めてしまう。庄司の不正は本当だった。 カメラは第三者視点になり、これまで視点としてカメラを握っていた小路谷が被写体として映画の中に登場することになる。小路谷は庄司を問い詰めるが、庄司は記憶がないと否定する。泰子は心配そうに庄司を見つめていた。泰子は庄司の不正に気づいていたのだろうか。その答えが作中で明かされることはない。 ふたりはその後籍を入れ、小さな結婚式を挙げる。 (C)Bride Works/『虚空門 GATE』 私事だが、少し前までオカルト作品(『トムライガール冥衣』)の作画を担当していた。私個人として大切に思っている作品であるものの、数字的にはあまり振るわなかった。 オカルトの専門家を原作に据え、しっかりとした知識に基づいてオカルト要素を扱う、という編集部としても気合いを入れた作品であったと思う。私がオカルトを信じていないことが作品にとって悪い影響を与えているのではないか、と何度も考えた。 だが、私は実在するかわからないもの、未知のものへの恐怖や興味で振り回される人間の心情にはすごく興味があるし、そういった人間の心情を丁寧に描いている作品が大好きだ。本作を観てその思いはさらに強くなった。やはり、UFOという存在を証明できないものに焦がれ、振り回される人間は尊く、おもしろいと思う。連載中不安になっていたなかでこの映画に出会い、その気持ちを再確認できて本当に感謝している。 結局、もろもろの都合からその気持ちを作品に活かすことはできず何も力添えができなかったため、作品に対しては大きな後悔と申し訳なさが残っている。 私は幼少期から母に「お天道様が見ている」というような理屈で教育されたことは一度もないし、幼少期近所にあった「おばけトンネル」と呼ばれる心霊スポット(?)も家族の中では「ゲジゲジが出るトンネル」という扱いに過ぎなかった。子供のころから幽霊よりゲジゲジのほうが怖かった。そんな家の中で、母が一度だけ幽霊の話をしたことがある。壁にかけていたカレンダーが揺れたのを「弟の命日が近いから来てくれた」と言ったのだ。私はもう十数年も前の母のその言葉が今でも忘れられない。 人があやふやなものを信じる理由はいろいろあるけれど、普遍的な理由のひとつとして、信じたいから、があるのだと思う。 だから作中でUFOについて語る人はみんな少年のようにキラキラしているし、庄司を見つめる泰子の目は愛にあふれているのだろう。好きなものを、好きな人を、信じたいから信じるのだ。 なぜ人は何かを信じるのか。信じたいと思うのか。 本作は宇宙人が「いる」のか「いない」のかがどうでもよくなってしまうくらい、大切な人間の感情を捉えたヒューマンドキュメンタリーである。 余談だが、監督である小路谷秀樹はAV監督出身で、「アダルトビデオ」という造語を生み出したAV史に残る人物でもあるらしい。 平野勝之といい、カンパニー松尾といい、AV監督の撮るドキュメンタリーは湿度のあるおもしろいものが多い。私は女性ということもありAVを通っておらず、監督方のビデオも見たことがないのだが、何か通ずるところがあるのだろうか。 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2026年3月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)にて『今際の際のファムファタール』の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya 『虚空門 GATE』 企画・制作:株式会社ブライドワークス MONALISA FILMS 監督:小路谷秀樹 撮影:小路谷秀樹、小路谷恵美 プロデューサー:小路谷秀樹、小路谷恵美 編集:小路谷秀樹 出演:庄司哲郎、林泰子、竹本良、巨椋修、大森敏範、宇宙大使くん、ほか (C)Bride Works/『虚空門 GATE』
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なぜクラシックに惹かれるのか? クラシックに青春を捧げる4人を追いかけた1371日間──浅野直広『カルテットという名の青春』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 2011年にBS朝日で放送され、第49回ギャラクシー賞など数々の賞を受賞したドキュメンタリー番組が再編集され、劇場公開された。浅野直広が監督を務める本作は、タイトルのとおりカルテットに青春を捧げる若者たちを1371日間にわたりカメラで追った青春映画である。カルテットとは2本のヴァイオリンとヴィオラ、チェロで構成される合奏形態のことで「クラシック音楽の本質」ともいわれる究極のアンサンブルだ。 私は正直にいうと王道の……才能ある善良な若者の成長を追ったような作品が好みというわけではないのだが……本作の外せない見どころのひとつとして監督である浅野の視点がある。物語序盤の浅野の「クラシック嫌い」宣言がなかったら、私はこの映画に入り込めていなかったかもしれない。浅野の少し斜に構えた姿勢には個人的に共感を覚える。浅野の視点に乗って彼らを見ることで、浅野の変化とともに偏見を取り外すことができ、4人の青春がよりいっそう胸に響くようになる。 2008年、クラシック嫌いを自称する浅野が出会ったのは、カルテットを組む4人の若き音楽家たち。リーダーも務めるファーストヴァイオリン・タロウ(植村太郎)、芯の強い性格のセカンドヴァイオリン・マドカ(佐橘マドカ)、天真爛漫でムードメーカーのヴィオラ・マリコ(原麻理子)、これまでコンクールで1位以外を取ったことがないというチェロ・ダイ(宮田大)。4人とも経歴を聞いただけでまぶしくなるほどのエリートだ。4人は国内最高の若手演奏家集団の名をほしいままにしていた。クラシックが好きな人間からすると、垂涎ものの被写体なのだろう。だが、浅野にとって初めて聞いた4人の演奏は難解で「あくびを噛み殺す」時間になっていたというほど、退屈なものだった。何度も繰り返される演奏の違いは素人にはわからないような高度なものだし、無理もないと思う。私も、この映画についていけるのか不安になった。 「絶対そういう変なことはしてないから!」 コンクールへ提出する音源のレコーディング中、マドカがタロウに言い放った。楽譜の解釈についての言い争いだ。 「それが長いんだっつんだって!」 「じゃあ自分で弾いて!」 揉めに揉めた結果、4人は書類審査で落選となった。 浅野はこの日まで、この優秀な4人のサクセスストーリーを撮る予定だったという。そんな彼らがまさか一次審査での落選だなんて。浅野が前のめりになったのを感じた。 タロウが言った。 「僕たちのよさをわかってないだけ」 一次審査での落選を受けても強気にうそぶく若者たちは魅力的で、浅野が「なぜ彼らがこれほどまでクラシックに惹かれるのか」知りたくなったというのもうなずける。私はこの映画はおもしろく見られるぞ、と確信した。 その後、4人はマリコの海外留学によってさらに揺れ動くことになる。マリコは海外の自由で創造的な音楽に触れることで、ほかの3人とは違う音楽観を持つようになっていた。そして彼女は、ついにはカルテットからの脱退を申し出ることになる。 誰も彼女を引き止めようとはしなかった。誰も強い言葉を使わなかった。だが、4人の心がバラバラになっているのは明白だった。 その後、タロウ、マドカ、ダイはそれぞれ別の場所へ留学していくことになる。 そして浅野は4人の音楽に対する誠実な姿勢を目の当たりにし、「クラシック嫌い」という偏見から解放されていく。そうして、物語後半4人がカルテットを再開し「演奏に感情を込める」という壁にぶつかるころには、浅野は人生で初めてクラシックのCDを購入するようにまでなっていた。もともと音楽に造詣のある浅野だ。偏見がなくなれば、クラシックによさを感じるのも当然の流れなのかもしれない。 私がドキュメンタリーを好きだと感じる大きな点のひとつに、「被写体との接触、撮影を通して起こる監督の視点の変化」(またはその逆)がある。本作も、それがわかりやすく描かれているところが好きだ。欲をいえばもっと赤裸々な浅野の感情も知りたかったところだが、きっと4人へのリスペクトが大きくなるにつれて茶々を入れるのは野暮だ、という考えになったのだろう。それもまた、音楽好きである監督の「らしさ」な気がしてよい。 個性豊かな4人の中でも、私が特に惹かれた人物がファーストヴァイオリンのタロウだ。タロウは物語序盤、浅野からの「自分をおでんの具でたとえると?」という質問に「大根(メイン)かなぁ」「もちろんカルテットは4人平等だけども、ある意味で(僕の)責任は大きいんですよ」と答えていた。4人のリーダーも務めている彼のまじめさと責任感の強さがにじみ出た回答だ。 物語序盤、一次審査での落選を受けて強気にうそぶいていたのも彼だった。 「こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないんですけど、ちっちゃいころから、あんまりヴァイオリン弾くことに苦労しなかったんです」 音楽家一家に生まれ、環境にも才能にも恵まれていた彼にとって、今は初めてのスランプだという。「自由な演奏をしなさい」と言われ続けたタロウは、そのことをよけいに考えてしまい、よけいに気持ちを込められなくなる、という負のスパイラルに陥っていた。 並列して語るのもおこがましい話だが、表現の仕事をしている身として非常に共感し苦しい気持ちになるシーンだった。私はネーム(マンガの下書きのようなもの)に対して「この内容じゃあなたが描いている意味がない」という理由でボツをくらうことがよくある。そういうとき、どうしたら自分らしくなるのだろう、自分らしさを表現できる構成はどんなだろう、と考えれば考えるほど、学ぼうとすればするほど、素の自分らしさから離れていき、何をしたら自分らしいのかわからなくなってしまう。また、そうして「自分らしさ」を求められ続けると、今まで言われてきた「ダメ」によって、がんじがらめになっていく気がするときがある。 話が逸れてしまったが、そんな私にとってタロウが音楽の美しさに気づき涙を流すシーンは心にくるものがあった。 「なぜ彼らがこれほどまでクラシックに惹かれるのか」 実は、その答えが作品内で明言されることはないのだが、本作を見た人はみんな、自ずとその答えを見つけることができるだろう。 物語の最後、浅野は4人に再び同じ質問をする。 「自分をおでんの具にたとえると?」 その答えはぜひ劇場で確かめてほしい。 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2024年7月、WEBコミック配信サイト『サイコミ』連載の『感受点』(原作:いつまちゃん)の単行本を発売。2025年1月から『週刊SPA!』(扶桑社)にて『トムライガール冥衣』(原作:角由紀子)、2026年3月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)にて『今際の際のファムファタール』の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya 『カルテットという名の青春』 2026年4月3日(金)から、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開 監督・撮影・編集・ナレーション:浅野直広 制作・配給:テレビマンユニオン 製作:BS朝日、テレビマンユニオン 出演:植村太郎(ヴァイオリン)、宮田大(チェロ)、佐橘マドカ(ヴァイオリン)、原麻理子(ヴィオラ)ほか ナレーション:原田知世 (C)テレビマンユニオン
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生い立ち〜恋愛まで、ママタルト・大鶴肥満の赤裸々な人生──白武ときお『まーごめ180キロ』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 「まーちゃんごめんね」。略して「まーごめ」。 謎の言葉を発して登場する身長182cm、体重188kg。ピンクのジャケットを羽織った一度見たら忘れない巨漢、その名は大鶴肥満(おおつる・ひまん)。「僕がもう少し細ければ」そう言って登場するのは相方・檜原洋平(ひわら・ようへい)。大鶴肥満に隠れているが、実は174cm、82kgと少々太め。凸凹コンビならぬ、凸とちょい凸コンビ──サンミュージックプロダクション所属のお笑いコンビ、ママタルトだ。 『まーごめ180キロ』は新進気鋭のお笑い芸人、ママタルト・大鶴肥満に密着したドキュメンタリー……ではなく、彼が発するあいさつのような……ギャグのような……ともかく彼がバラエティ番組でよく発している言葉「まーごめ」の真髄に迫るドキュメンタリー映画である、らしい。 監督は放送作家の白武ときお。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の最年少作家でありながら、『しもふりチューブ』、『ララチューン』、『ママタルト本物チャンネル』など数多くの芸人のYouTubeも手がけている。 ひと言でまとめるのは難しい映画だが、あえてひと言でいうと、“180kgのおもしろい男に出会える映画”だ。実際、作中で「まーごめ」という単語はそれほど登場しない。大鶴肥満が現在の大鶴肥満という存在になって得たものの象徴として「まーごめ」という単語が使われているといった感じだ。いわばメタファー。 「ファン向けのムービーなのか?」と思われてしまうかもしれない。だが、大鶴肥満という人間をよく知らない映画ファン、ドキュメンタリーファンの方も興味を失わないでほしい。最初は知らない巨漢でも、2時間見たらきっと好きになるから。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 私がママタルトというお笑いコンビを知ったのは、2021年の冬だった。 個人的な話になるが、私は趣味のひとつとして『ぷよぷよ』というパズルゲームを挙げている。8年ほど前に出会ったこのゲームはなかなかおもしろく、私は大会やオフライン対戦会にも赴き、中級者といっても差し支えない程度の実力を手に入れるほどにはやり込んでいた。2021年11月、ぷよぷよの対戦会で知り合ったいわば“ぷよぷよ友達”のひとりから、ある日こんなことを言われた。 「今年のM-1(グランプリ)、追ってます?」 私は好きなコンビが準々決勝で落ちてしまった旨を話した。 「だったら真空ジェシカを応援しましょう。ボケの川北さんがぷよぷようまいんで」 彼らがYouTubeで芸人仲間を集めてぷよぷよを配信しているということを教えてもらった私はさっそくアーカイブを視聴した。 配信に参加しているのは真空ジェシカ・川北茂澄、ママタルト大鶴&檜原、ストレッチーズ高木貫太、さすらいラビー・中田和伸の5人。全員ちゃんとこのゲームをやり込んでいるのだろうとわかるプレイをしている。うまい。正直、競技人口も多くないゲームだ。芸人さんがこんなにたくさんこのゲームをやり込んでいるのか、と驚いた。 そんなきっかけでこの4組の芸人のファンになった私は、彼らの出演している番組を録画して観たり、西新宿ナルゲキの合同ライブに行ったり、単独ライブに行ったり、ラジオを聴いたり……と彼らを追いかけるようになった。そう、彼らは4組とも、ネタもおもしろかったのだ。ついでにいうと、MCのフリートークもめちゃくちゃおもしろい。おもしろくてぷよぷよがうまい、そりゃあ当然好きになるだろう。 前置きが長くなったが、それからしばらく経った2023年春。ママタルトの……いや、「まーごめの」ドキュメンタリー映画が公開されるという情報を耳にした。どうやらライブ用に作った映像を再編集したものを映画版として全国公開する、という経緯らしい。ドキュメンタリー映画が好きでママタルトも好きな私には願ってもない出来事だった。 さらに、私は大鶴肥満という人間の生い立ちにも興味があった。私は当時、ママタルトの冠ラジオ『ママタルトのラジオ母ちゃん』(GERA)をよく聴いていたのだが、大鶴肥満は時折、実家との確執や学生時代のトラウマに関する話をすることがあった。特に父親との反りの合わなさは繰り返し語られているトピックだった。率直に気になっていた。 とはいえ、芸人さんの(元は)ライブ用の映像ということであまり深い話は期待しないように、ライブの幕間を観る気持ちで観るべきだろう。そんな気持ちで臨んだ上映だったが、結果は期待の上の上を行く大満足だった。お笑い(コメディ)とドキュメンタリーのいいとこ取りをした素晴らしい映画だった。 2021年夏、表参道。ワタナベエンターテインメント本社の前に大鶴肥満はいた。大鶴肥満は言う。 「まーを待ってます」 「まー?」 「マルシアです」 大鶴肥満は俳優の大鶴義丹に似ていることから、現在の芸名を名乗っている。 2004年、大鶴義丹が記者会見でマルシアに対して発した言葉「まーちゃん(マルシア)、ごめんね」を略して「まーごめ」と言っているらしい。 ……えっ、もう答え出たじゃん。いやいや、まだ続く。 本作は3つの軸で進行していく。 1つめは、大鶴肥満がママタルトを結成し活躍するに至るまでの経緯について。大鶴肥満の語りを中心に、大学お笑い時代から親交の深い真空ジェシカやサツマカワRPGら10人のお笑い芸人の視点で語られていく。 2つめは、大鶴肥満の恋の行方について。これは現在進行形の話。マッチングアプリで知り合い1年間もの間気になっているMちゃんとデートを重ね、告白を試みる肥満の様子が映されている。 3つめは、大鶴肥満の……いや、粕谷明弘(かすや・あきひろ/大鶴肥満の本名)のこれまでの人生について。お笑いを始めるきっかけとなった大学のある明大前駅、嫌な思い出の小学校を巡る。 さらにはいじめを受けたという高校時代を振り返りながら 「お笑いは復讐だよ?」 ウエストランド井口浩之の言葉を借りて、自身の原動力を語る。 この映画は入れ子構造にもなっている。前述のとおり本作はもともとライブ用に作られた映像で、真空ジェシカ、大鶴小肥満(※スカート・澤部渡)による上映ライブが行われていた。映画版では上映ライブでの音声や映像も使われており、観客の笑い声や真空ジェシカによるツッコミが副音声的に被せられている。 そんな複雑な構成を取っている本作だが、実際見てみると案外見やすい。 大鶴肥満をはじめとした演者のしゃべりがうまいことに加えて、編集のバランス感覚が非常にいいことが理由だろう。退屈になりがちなインタビューシーンでも館内は常に笑いが起きていた。 おそらくこれは、視聴者の大半がお笑いファンであろうという想定から生まれた配慮だろう。 たとえば、大鶴肥満が語っているとき、ちょっとおもしろい遊具にまたがっていたとする。どう見てもおもしろいしツッコんでほしいけど、大事な話をしているから話の腰は折らないでほしい。そんなとき、後づけのテロップや真空ジェシカによる副音声で処理する。バラエティの手法をドキュメンタリーに取り入れたこの編集は秀逸で、作品にマッチしていたと思う。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 ともかく、「お笑いファンが楽しめる」ドキュメンタリーになっているので、見やすいのだ。 とりわけ印象的なのが、前述のいじめを受けたという高校のあとに訪れた実家のシーンだ。実家が近づくにつれ大鶴肥満の顔が曇っていくように見える。 実家では今どき珍しい、息子の芸を、いや、息子がお笑いの道へ進んだこと自体をまったく認めていない父親が登場する。 「芸能人になるなんて許せないですね」 「情けない。早くコロッて死んじゃえばいいんだよね。誰にも迷惑かけずに死んでください」 さらに父親は、自分はコロナウイルスの関係でできないから友人に葬式をしてもらえと続ける。 「ごめんな、そんな子供に育てちゃって。もうちょっと才能がある子供に育ててあげればよかったのに」 ……もちろん、まったく愛がないわけではないだろう。母親は、父親は自分よりも大鶴肥満の活動を追いかけているとフォローする。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 大鶴肥満は最後、「そのままでいてくれてありがとう」という言葉を残して実家を去る。そのまま、というのはもちろん、俺の嫌いな親父でいてくれて、という意味だろう。 物語の最後は相方・檜原への想いで締められる。マンガ『HUNTER×HUNTER』の主人公・ゴンと 親友・キルアの関係になぞらえて、ひわちゃん(檜原)は俺にとっての光だ、という。これまでの1時間半で大鶴肥満の暗い側面をたくさん見てきたので、よりいっそう、このふたりが出会ったことへ感謝の気持ちが湧いてくる。そんなママタルトは、2024年に初めてM-1の決勝へと進出した──結果は10組中10位と、グランプリを獲得することはできなかったが、平場の強さとふたりの人柄からか、今やお茶の間の人気者となっている。 総じていい映画だったな、と思う。エンディングで流れる音楽も素晴らしい。 私は初見時、少し泣きそうになった。実家のシーンがあまりにもリアルなのもいい。芸人など“しゃべりがうますぎる”人の語りは本心なのかトークをおもしろくするための誇張なのかがわかりづらいときがあるが、あのシーンによって疑う余地もない、本心の部分が見えた気がする。 実はこの映画は以前から紹介したかった一本なのだが、自分がファンだからこそためらっていた。 「知らない人が観てもおもしろいのか?」と。 2025年10月、「第17回下北沢映画祭」で『まーごめ180キロ』が再上映されるということで、私は“ママタルトのことはテレビで見たことがある”程度の認識の友人を誘って観に行くことにした。反応がよければ自信を持って読者に勧められる。結果は想像以上で、かなり気に入ってくれたようだった。物販のクリアファイルを購入し、マックを食べて帰ろうとまで提案してきた。自分の好きな映画、そして自分の好きな芸人にそれだけ人を動かす魅力があることが誇らしい。 『まーごめ180キロ』を観たあと、きっと思うだろう。 このおもしろい男に出会えてよかった、と。 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2024年7月、WEBコミック配信サイト『サイコミ』連載の『感受点』(原作:いつまちゃん)の単行本を発売。2025年1月から、『週刊SPA!』(扶桑社)にて『トムライガール冥衣』(原作:角由紀子)の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya 監督:白武ときお プロデューサー:雨無麻友子 構成:橋本拓実、エレファントかさ増し、梶本長之 音楽:PARKGOLF 出演:檜原洋平(ママタルト)、大鶴肥満(ママタルト)、ほか (C)劇場版まーごめ製作委員会
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K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム
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日本デビュー15周年・2PMの6人“完全体”に号泣…! 東京ドーム再来で果たした「ファンとの約束」|「林美桜のK-POP沼ガール」第25回「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 東京ドームで開催された、2PMの日本デビュー15周年記念コンサート『2PM JAPAN 15th Anniversary Concert “THE RETURN” in TOKYO DOME』に参加してきました! もう……ボロボロ泣きました。 2PMの6人、“完全体”が目に映った瞬間 感謝と感動がとめどなく押し寄せて(号泣)。 今回のライブは、多くが日本語の曲で構成されていました。 そのため、あのときのライブやイベント、ハイタッチ会……思い出が巡りまくる。 ……ちょっと待った。メンバーのみなさん 変わらなすぎじゃないか? ビジュアルもパフォーマンスも 以前と全然変わらない。 変わらないどころか、さらに輝きをプラス、洗練されて、 これぞ「いい感じ」。 メンバー6人の“最大級の魅力” Jun.Kさんは、温もりあふれる壮大な歌声で東京ドームを包み込んでいました。「約束のキス」を連発し、お兄さんのファンへの愛情深さはもちろん変わらず。 メンバーの発言に目尻下がりまくり、肩に手を添えたり腕を組んだり、メンバーに絡みまくりの姿に大変癒やされました。「I'll be back」の冒頭、テギョンに譲っちゃう変わらない寛大さにもグッときました(うるっ)。 たった卵3個のご飯でライブに臨んだニックンさんは、メンバーの汗を拭き拭き、衣装の脱ぎ着も手伝い、配信を観ているファンのことも気にして、全方位気遣いあふれる紳士。 ニックンさんがみんなの面倒を見てるのを見るのが大好きなんです。そして長い手足を活かした華やかなパフォーマンス、柔らかな表情……東京ドームに再び王子が君臨しておりました。 テギョンさんは、ファンが笑いすぎて歯をしまい忘れてしまうくらい、相変わらずのテギョン節炸裂。有明から「テギョンのジュークボックス」が無事に引き継がれていて感激でした(笑)。 MCであり、ほかメンバーのソロも奪いながらパフォーマンスし、大ボケを担当しながら、営業も兼ねるという器用すぎる存在。それでもパフォーマンス中の集中したキリッとした表情に、改めて(もう数万回目)魅力されました。 ウヨンさんは、チャーミングな魅力爆発。みんなのビタミンに留まらず、みんなのアイドルであり、顔であり、体でもあった(爆笑)。メンバーにそうツッコミされてうれしそうにはしゃいでるウヨンさん、尊かったなぁ。この瞬間、2PMの完全体を感じました。 トークはふわふわキュートなのに、パフォーマンスのキレは抜群で、指の先まで忠実で繊細なダンス。センスがさらに磨き上がっていました。 ジュノさんは、東京ドームのハレス(2PMのファンネーム)の思いを汲み取って歓声をまとめる、完璧な王様。品があふれるしなやかなダンス、スッとまっすぐ耳に届く伸びやかな歌声。グッと会場の雰囲気を引きしめる、黄色に輝くオーラがビシビシ感じられました。 何度も話が脱線するテギョンさんを「セクシーでいてほしい」のひと言でもとに戻すジュノさん、大変ツボでした。ずっと優等生すぎる。メンバーのわちゃわちゃに、とてもはにかんでいたのがキュンすぎました。 チャンソンさんは、末っ子なのに相変わらず一番しっかり者。メンバーの日本語を手伝ったり、的確なツッコミで救ったり、努力で培った日本語力で場をうまく回してくださって、頼もしかったです。チャンソンさんの特大笑い声は、どんなときも聞いた人を特大ハッピーにするパワーがあるなと思うのですが、今回も何回も東京ドームに響き渡る瞬間があって、心満ち足りました。 チャンソンさんにとって「2PMは自信のひとつ」という言葉がありましたが、私にとっても、2PMという存在に勇気をもらったから自分の未来や可能性を信じることができたなと。哲学的な言葉に、毎回深く考えさせられます。 2PMとハレスが作る「実家のような安心感」 ほかにも感激したタイミングはたくさんありすぎて挙げきれないんですが、2PMとハレスで歌った「離れていても」は、その中のひとりでありながら圧巻だったと感じました。Jun.Kさんのピアノ伴奏だったのもうれしかったです(泣)。 前回の有明は、なんとなく勝手に……本当に最後な感じがしてしまい、涙・涙の気持ちだったのですが、今回は寂しくなかったです。 前回の約束を守ってくださった2PM。 ハレスと離れていても気持ちはひとつだったと証明されたので 「離れていても いつでもそばにいたね」 ありがとうと、気持ちをより強固にひとつにできた感じがしたんです。幸せだったな。 メンバーそれぞれのユニークなポイントに ハレス同士で「いつものやつだね」みたいに笑い合えて メンバーのみなさんもそんな雰囲気に気がついて、何回も笑わせてくれて楽しかったです。 2PMとハレスが作るこの空気感、本当にずっと変わらない。 実家に帰ったような気持ちでした。 安心感、半端ない。 日本デビュー15周年、最高のライブをありがとう! 最後のコメントで、Jun.Kさんがメンバーのことを 「家族、友達、仲間」と表現されていましたが ハレスにとっての2PMも、そう表現したくなる かけがえのない存在だなと。 改めて、日本デビュー15周年おめでとうございます。 約束の場所・東京ドームに戻ってきてくださって、ありがとうございました!! 2PMが見せてくれたハレスへの愛 “Ultra Lover”でした(泣)。 出会えた奇跡はきっと運命。 今後の2PMが描く未来へ速攻、今すぐ直行できるよう メンバーのみなさんが言ってくれたように膝を大事にしながら 2PMにまたいつか感謝を伝えられるよう、 たくさんの拍手を送れるよう 懸命に生きると決めました。 本当に最高のライブでした。 文=林 美桜 編集=高橋千里
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次世代の最先端を走る『82MAJOR CONCERT <BEBEOM : BE THE TIGER> in JAPAN』東京公演の見どころをレポート|「林美桜のK-POP沼ガール」特別編「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 北米での単独ツアーを成功させ、世界から注目を集める次世代K-POPボーイズグループ・82MAJOR。 『82MAJOR CONCERT <BEBEOM : BE THE TIGER> in JAPAN』が2月14日にZepp Haneda(TOKYO)で開催されました。 なんと今回、CSテレ朝チャンネル1にて 4月25日(土)よる6:00〜よる7:00 東京公演のダイジェストとビハインド映像を収録した特別番組が放送されるということで、 今回の記事では、私が感じた見どころをまとめてみました。 圧巻のオープニングと、癒やしトークのギャップ メンバーの一人ひとりを映したオープニング映像。 モノクロからカラーへ……始まりが近づいている。 ライブのスタートは「Heroes」。 真っ赤なバックスクリーンに、6人の凛としたシルエットが際立つ。 「東京、準備はいいか」というかけ声で 「Passport」へ、一気に加速して高まるボルテージ!! メンバーとファンのテンションがガッチリと合う選曲、圧巻でした。 メンバーのみなさん、なめらかな日本語でごあいさつ。 さっきまでの雰囲気とは一変、フニャッとした癒やしのトーク。 完璧すぎるギャップの魅力……(沼)。 今回のライブのタイトル<BEBEOM : BE THE TIGER>には、「普通を超える存在になる」「虎になる」という意味が込められているんだそう。 「タイガーになりタイガー」なんて、かわいらしさ全開の意気込みにほっこり。 ハイレベルなパフォーマンスから感じる「次世代」 82MAJORの高いラップスキルには、ラップの楽曲ってこんな幅が出せるのかと驚かされました。 ラップと聞いて思い浮かぶようなものだけでなく、爽やかだったり、キュートだったり、クールだったり。 一人ひとりの音色の違いが重なると、本当におもしろくて新鮮に楽しい。 ダンスもカッチリ合わせるのではなく、個のよさを存分に引き出しながら、それでも“団”としてのまとまりがある。 曲間では、それぞれの曲に込めた想いやポイントを自然に説明されていて、メンバーみんなで曲を作っているからなのだなぁ、と。みなぎる自信と説得力がありました。 みなさんの最新の“今”が詰め込まれているからこそ、「次世代」なのだなぁと体感しました。 そんな中でも、私は「Choke」という曲の中毒性にハマっちゃいました。 エッジの効いたキレのあるサビ、一音一音が明瞭で気合いがこもっていて、エネルギーを存分に感じるステージでした。 「SQUAD」は、華やかで力強いラップが体に刻み込まれる感じ。 ファンを巻き込んでのコールアンドレスポンスは、咆哮(ほうこう)のような迫力がありました。 バレンタインチョコが溶けるほどの熱気! そして、注目はアンコール。 走ったり跳んだり、ステージの上を縦横無尽に駆け回るメンバーのみなさん、爽やかでかわいかったです。ただ、どれだけ走っても息切れしないラップ。プロフェッショナルでした。 ファンもメンバーもお互い楽しくなる曲を何度も披露。 じゅうぶんすぎるほどの満足感。最高のアンコールでした。 実はバレンタインの日のライブだったんですが、 もちろんチョコが溶けるほどの熱気の中、幕を閉じました。 私は「次世代」の最先端を走る82MAJORさんを目撃しました。 今後がますます楽しみ! さあ、最後に改めまして、 CSテレ朝チャンネル1にて 4月25日(土)よる6:00〜よる7:00 東京公演のダイジェストとビハインド映像を収録した特別番組が放送されます。 ぜひご覧ください!! 撮影=大橋祐希 文=林 美桜 編集=高橋千里
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K-POP好きこそ観てほしい。日韓の美術交流をさかのぼる『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』主任学芸員・日比野民蓉が伝えたかったこと|「林美桜のK-POP沼ガール」マレジュセヨ編「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 2025年12月6日(土)~2026年3月22日(日)まで開催されている展覧会『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』は、1945年以降、日本と韓国が影響を与え合いながら紡いできた、美術の軌跡を見つめ直す企画です。 本展開催の横浜美術館があるみなとみらい駅周辺は、コンサート会場が多く、K-POPファンの方にもおなじみの場所かもしれません。ライブの高揚感とはまた違う角度から、「おとなりの国」とのつながりを感じられる時間になるでしょう。 Kカルチャーが私たちの日常に根づいた今、アーティストたちが紡いできた長い対話の歴史、そこで生まれた表現が映し出すものとは? 展示をじっくり鑑賞した林美桜が、本展を企画した横浜美術館主任学芸員の日比野民蓉(ひびの・みよん)さんにお話を伺います。 優劣をつけず「多様性」を表現する展覧会 林 見応えたっぷりで本当に素晴らしい展示でした……! これまでの展覧会であまり目にすることのなかった視点もたくさん感じ取れたのですが、そもそも日比野さんが本展を企画したきっかけはなんだったのでしょうか? 日比野 話し始めると少し長くなってしまうのですが(笑)。これは日韓国交正常化60周年を記念する展覧会でもありますが、その10年前、日韓国交正常化50周年の節目のとき、私は国立新美術館(新美)にアシスタント・キュレーターとして在籍していました。その際に新美が、開館当初から毎年開催していた現代美術のグループ展を韓国の美術館と一緒にやることになったんです。 さらにその前、大学院の修士課程での私の専門領域は、1945年以前の日本と朝鮮半島の美術の関わりでした。ただ学芸員の仕事を始めてからは、現代美術分野のお仕事をする機会が多くなっていった。つまり、学生時代に関心を持っていた1945年以前から、一足飛びに2000年代へと対象にする時代が飛んでいったんですね。 そうすると「1945年から2000年代に至るまでの韓国、あるいは朝鮮半島と日本の美術の関係はどうなっていたのだろう?」という疑問が湧いてきました。そこで調べてみたところ、45年以降の日韓の現代美術の歴史を、大きな視点でさかのぼる展覧会は、両国とも過去に開催されていないことがわかったんです。 「これはどこかで誰かがやらなければいけない」と思っていたのですが、美術品の海外輸送がある・なしで展覧会にかかる費用が桁違いに変わります。国内作品だけで成立させるのか、海外からも借りるのかで、予算規模はまったく違ってくるんです。 マティスやモネ、ゴッホのように、何十万人もの来場者が見込める、いわゆるブロックバスター的な展示とは事情が違うわけで、正直コストパフォーマンスがいいとはいいにくい企画になる。ですから、いつ実現できるだろうかとずっと機会をうかがっていました。 そんな折、横浜美術館が大規模改修工事のために長期休館することになりました。そしてリニューアル後の館のコンセプトをどうするかという議論の中で、「多様性」というキーワードが掲げられたんです。 そのときに「もうこれしかない」と思い、長く温めてきたこの企画を、館のリニューアルオープンの理念を体現する展覧会としてぜひ実現させてほしいと提案したところから、すべてが始まりましたね。 林 「多様性」を体現する展覧会ということは、韓国と日本、そして在日コリアンのアーティストによる作品が並列で展示されているところにも表れていますよね。 日比野 そうですね。これまでにない試みなので、「大変だったことはありますか?」と聞いていただく機会も多いのですが、意外とないんです。 というのも「そこに優劣はない」ということが、最初から展覧会の基本コンセプトにあったからです。在日コリアンであるがゆえに、日本の美術史からも韓国の美術史からもこぼれ落ちてきた部分が少なからずある。その活動をきちんと位置づけたい、という思いが出発点でした。 グローバル社会の現在は、国や民族、共同体といった単位で美術を語ること自体がナンセンスになりつつある時代です。それでもあえて「日韓」というフレームを掲げる展覧会である以上、その“はざま”にいる在日コリアンの活動を一緒に語らなければ、日本と韓国の現代美術史を正しく描くことはできない。そう考えてスタートしました。 林 在日コリアンの人々による“はざま”の感覚が、この展示には強く表れていると思いました。在日コリアンのアーティストの作品で、日本と韓国のはざまにあると感じられる表現の傾向のようなものはありますか? 日比野 「在日コリアンによる作品だから、こういう表現傾向がある」という語り方は、私自身はしないようにしています。属性から作品を捉えるのではなく、まず作品そのものがどのような意味や感覚を鑑賞者に与えるのか、そこから作家のバックグラウンドへとさかのぼるほうが、キュレーターとしては適切なアプローチだと考えているからです。 ただ、時代ごとに各作家が置かれた社会状況でどのような表現をしてきたのかを見ると、たとえば1950年代の在日コリアンの作家たちは、当時の社会問題に対して非常に強い問題意識を持って制作していたことがわかります。 もちろん、それは在日コリアンの作家だけに限った動きではありません。1950年代の日本でも、社会的テーマを美術に積極的に取り入れる流れはありました。ただ、在日コリアンの作家の中には、帰国事業のような自分自身の立場に直結する問題や、日常生活の中のコミュニティや集住地を描く作品など、より切実なテーマが表れやすい傾向はあったのではないかと思います。 日韓国交正常化以降の、美術交流で生まれた作品たち 林 社会状況の変化の中でアートが何を映し出していったかというお話は、個人的に、日韓国交正常化で両国の交流が一気に盛んになった1965年以降の作品を見て強く実感しました。 日比野 たとえば、本展にも展示されている関根伸夫さんの『位相-大地』(1968年発表)は、土を掘り起こし、その形をそのまま隣に置くという作品で「もの派」(1970年前後の日本で起こった美術の動向)の先駆けともいわれています。 手前:『位相-大地1』(関根伸夫、1986年/個人蔵)、左奥:『風景(I)(II)(III)』(李禹煥、1968年/2015年/個人蔵(群馬県立近代美術館寄託))、撮影=加藤 健 ただ、関根さんがあの作品を作っただけでは、もの派は成立しなかったと考えられています。日本を拠点に活動し、当時の日本の最前線の美術動向から強い刺激を受けていた作家の李禹煥(リ・ウーファン)さんが『位相-大地』を目撃し、「ここから新しい美術が始まる」と直感し、それを言葉で理論化しました。そのテキストは韓国語にも翻訳され、韓国の若い作家たちにも読まれた。つまり日本で起こっている動向が、ほとんど時差なく韓国に伝わったわけです。 また李禹煥さんに関してはもちろん言葉だけでなく、作品も象徴的だといえます。中でも『点より』『線より』のシリーズは、絵の具を筆につけ、点を打ち、かすれるまで線を引くといった、書道にも通じる行為の痕跡を通じて、日本と韓国を含む東洋の視覚文化に根差しながら表現するものです。韓国出身の李さんが日本を活動拠点にして、より広い視点から文化を見つめ直したことで、このシリーズが生まれたとも考えられるでしょう。 写真上:『点より』、写真下:『線より』(李禹煥、1977年/東京国立近代美術館蔵)/日比野「1970年代前半に始まった李禹煥の代表的な絵画シリーズで、絵画作品は韓国の『単色画』にも数えられますが、絵の具がかすれていくさまや筆のリズムの痕跡が単純に見ていて楽しい作品ですよね」 こうした思考や表現の往復が、国交正常化をきっかけに本格的に始まった。1960年代後半から80年代にかけてが、日本と韓国の直接的な美術交流の萌芽期だったと思います。 林 さまざまな作品が行き来することで生まれた表現というものを、実際に目の前にすると「交流ってこういうことなんだ」と実感しますね。 日比野 一つひとつが個人的なバックグラウンドと密接なことがわかりますよね。たとえば海老塚耕一さんの『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』という作品は興味深いです。こちらが制作されたのは2024年ですが、その素材に関しては、さかのぼること1979年に初めて韓国を訪れたときに買い求めたものなんです。 『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』(海老塚耕一、2024年/個人蔵)/林「オンドルに使われる紙が使用されているんですね」 日比野「はい。壮版紙(チャンバンジ)というもので、伝統的なオンドルに使用するときと同様の表面処理が本作にも施されています」 海老塚さんは横浜・鶴見の出身で、在日コリアンが多い地域で育ちましたが、その歴史について深くは知らなかった。大学時代に在日コリアンのジャーナリストの著作を読み、日本の帝国主義の歴史と彼らの人生がどう結びついているのかを知り、大きな衝撃を受けたそうです。 1979年に韓国へ渡航し大邱(テグ)で滞在制作を行い、伝統的なオンドル(かまどを焚いたときに出る煙を利用した暖房)の床に使われる紙の質感に強く惹かれ、持ち帰ります。しかしその紙は、先ほどの背景があったことから、海老塚さんにとってあまりに大きな意味を持つものとなって、長い間使えなかった。およそ半世紀近く経って、ようやく作品に用いたのが『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』だといいます。 「視覚的な体験」で、若い世代にもより響く展示に 林 会場には若い来場者も多くいらっしゃいましたが、本展を通じて初めて日韓の歴史を知る方も多いのではないかと思います。 日比野 そうですね。どんな方が来て、どんな感想を持ってくださっているのか、私も日々SNSなどで拝見しています。特に第1章『はざまに──在日コリアンの視点』のところで「全然知らなかった」という声が多く、在日コリアンの歴史があまり知られていなかったことも、改めて感じました。 第1章『はざまに──在日コリアンの視点』は、日本と朝鮮半島に国交がなかった1965年までの20年間の在日コリアンに焦点が当てられている/日比野「林典子さんやナム・ファヨンさんといった、1965年以降に生まれた世代の作家の作品をあえて並べて見せることで、遠い過去の話ではない問題として引き寄せて考えてもらおうと考えました」 ただ「在日コリアンの歴史に関する展示です」という言葉が先行してしまうと、どうしても入りにくい部分があると思うんです。高嶺格さんの作品『Baby Insa-dong』にもありましたが、「在日」というワード自体が日本社会の中で排他的に扱われ、差別の対象になってきた歴史があるからです。 若い世代によって韓国や朝鮮半島に対する感覚が大きく変わったとはいえ、日本人にとって「在日コリアン」という言葉に対する一種の恐れや戸惑いがまだあるのではないかと思います。どこまで話していいのか、間違ったことを言ってはいけないのではないか、と。知ること自体が、自分たちの過去や先祖を振り返ることにつながる。その触れ方が難しい、と感じる方もいるのが事実です。 でも、美術作品はまず目の前に“ある”ものです。本をひとりで読むのとは違い、同じ空間で多くの人と共有できる。視覚的な体験として入ってくるのが、美術の強みです。たとえば古美術を見たとき、何千年も前に作られたものが今も目の前に存在しているという驚きがありますよね。近代美術であっても、80年前の人たちがこういうものを作っていたという事実が、まざまざと迫ってきます。 言葉や概念から入るのではなく、視覚的な体験から入ることができる。そういう意味で、若い方々にとっても新鮮な驚きとして受け止められているのではないかと思います。 林 展示の中でも、中村政人さんの写真作品は、若い来場者に刺さるのではないかと感じました。ソウルで撮影された一連の作品からは、街の細部に寄せられた関心を感じ取ることができて、すごく現代っぽいなと。 中村政人による写真作品の展示/日比野「中村さんの作品は着眼点が秀逸ですよね。ソウルの街が持つダイナミックさを細部に見出して芸術として捉える視点が感じ取れます」 SNS上などで、旅行先の看板やオブジェなど何気ないものの写真をアップする若い方が多いので、それに近い感覚だったのかもとおもしろく鑑賞しました。中村さんは1990年に、日本から韓国へ留学されていたんですよね。 日比野 そうですね。80年代後半から、旅行などで日本から韓国へは行っていたそうです。 中村さんが美大生だった当時は、多くの日本の若者がアメリカを目指していました。アメリカで最先端のアートを観て、ギャラリーに扱われて認められるというのが、アーティストにとっての「ゴール」としてまなざされていた時代だったんですね。 でもその感覚が、中村さんとしてはあまり腑に落ちなかったそうで、「それって本当にそうなの?」という違和感があった。そんななか韓国に行き始めて、「近い国にダイナミックな世界が広がっている!」と感じたそうです。 中村さんの写真って、ソウルの街で一般市民が行っている営みが、そのまま芸術のように見えてしまうところがおもしろいですよね。街の中の風景や、人々の振る舞い、制度やルールのズレみたいなものに、非常に鋭く目を向けている。欧米を目指す前に、すぐ隣にある国にまったく違うおもしろさの文化や社会があることに気づいたんですね。その感覚が、中村さんを韓国留学へと向かわせたのだと思います。 「いつもとなりにいる“から”、その先は?」と、問いを投げかける 林 そして近年の若い世代による作品も、興味深かったです。特に、武蔵野美術大学と朝鮮大学校によるプロジェクト『突然、目の前がひらけて』(市川明子、鄭梨愛、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉/2014〜15年/2025年)のコーナーでは、作品もそうですが、作家同士による話し合いの記録が展示されている形式が印象的でした。 『突然、目の前がひらけて』(市川明子、鄭梨愛、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉/2014〜15年/2025年)/プロジェクトを実践したメンバーがそれぞれ「日本人」「在日朝鮮人」の立場で続けた対話の記録が展示されている 日比野 塀を隔てて隣り合っている武蔵野美術大学と朝鮮大学校の間に、橋を架けるプロジェクトですよね。ただ最も重要なことは、今おっしゃっていただいたように「橋を架けたこと」そのもの以上に、そこに至るまでのプロセスでした。 5人の作家たちが、各自のアイデンティティに関わる問題意識について、痛みを伴いながらもやめなかった対話。その軌跡こそが、このプロジェクトの本質なのではないか。だからこそ今回の展示でも、抜粋にはなりますが、そこで交わされた彼らの言葉がちりばめられています。 林 ここで観た作品についても誰かと話したくなるようなものばかりでしたし、対話を続ける大切さは、この展覧会の鑑賞後に最も強く感じました。 日比野 ありがたいことに、「人と感想を交換したくなった」という声をよくいただいています。 『いつもとなりにいるから』という展覧会タイトルは、あえて「~から」と文章を途中で止めることで「いつもとなりにいる“から”、その先は?」と、問いを投げかけるかたちになっています。「いつもとなりにいるから、どうなのか」「だから、私たちはどうするのか」といった、日本と韓国が地理的に隣にあるという事実のその先を、どう考えていくのか。 誰かと一緒に語り合うのも、自分の中で言葉をつないでもいい。来場してくださった一人ひとりが、「から」の続きを考えられるような展覧会になっていたらと思います。 横浜美術館リニューアルオープン記念展 『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』 2025年12月6日(土)~2026年3月22日(日) 10時~18時 ※入館は閉館の30分前まで ※木曜日は休館 文=菅原史稀 撮影=佐々木康太 編集=高橋千里
奥森皐月の喫茶礼賛
喫茶店巡りが趣味の奥森皐月。今気になるお店を訪れ、その魅力と味わいをレポート
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カボチャのムースがピカイチ!喫茶店の未来を考える「カフェ トロワバグ」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第10杯先月、友達と名画座に行ってきた。期間限定で上映している作品がおもしろそうだと誘われ、私も興味があったので観ることに。同じ監督の作品が2本立てで楽しめて、大満足で映画館をあとにした。 2本分の感想が温まっている状態で、その街でずっと営業している喫茶店に行った。けっして広くないお店のカウンターであれこれ楽しく映画のことを話していると、店の奥にいた男女のお客さんの声が聞こえてきた。どうやらそのふたりも私たちと同じ映画を観ていたそうだ。 その街での思い出を、その街の喫茶店で話している客が同時にいて、これこそ喫茶店のいいところだよなと感じた出来事だった。 「3つの輪」を意味する店名とロゴマーク 今回は神保町駅から徒歩1分というアクセス抜群の場所にある「カフェ トロワバグ」を訪れた。 大きな看板と赤いテントが目印の建物の、地下へ続く階段を降りていく。トロワバグとはフランス語で「3つの輪」という意味だそう。輪が3つ連なっているロゴマークが特徴的だ。 店内に入るとまず目に入るのは、かわいらしいランプやお花で飾られたカウンター。お店全体はダークブラウンを基調としていて、照明も落ち着いている。大人の雰囲気をまとっていながらも、穏やかな時間が流れている空間だ。 昼過ぎではあったが、若い女性のグループからビジネスマンまで幅広い客層のお客さんがコーヒーを飲んでいた。独特なフォントの「トロワバグ」が刻まれたお冷やのグラスでテンションが上がる。カッコいいなあ。 横型の写真アルバムのような形のメニューが素敵。一つひとつ写真が載っていてわかりやすく、メニューも豊富だ。 コーヒーのバリエーションが多く、サンドウィッチ系の食事メニューや甘いものなど全部おいしそうで、どれにしようか悩む。喫茶店ではあまり見かけないような手の込んだスイーツも豊富で、すべてオリジナルで手作りしているそうだ。 いつかホールで食べ尽くしたい「カボチャのムース」 今回は創業から一番人気でロングセラーの「グラタントースト」と「カボチャのムース」と「トロワブレンド」をいただくことにした。結局、人気と書かれているものを頼みたくなってしまう。 グラタントーストにはサラダもついている。ありがたい。 ハムやゴーダチーズなどの具材が挟まれたトーストに、自家製のホワイトソースがたっぷり。ボリューミーだけれど、まろやかで優しい味わいなのでもりもり食べられる。 クロックムッシュを置いている喫茶店はたまにあるが、「グラタントースト」というメニューは案外見かけない。わかりやすい名前と誰もが虜になるおいしさで、50年近く愛されているのだという。 カボチャのムースがこれまたおいしい。おいしすぎる。カボチャそのものの甘さが活かされていて、シンプルながら完璧な味。なめらかな舌触りで、少し振りかけられているシナモンとの相性も抜群。添えられているクリームはかなり甘さ控えめで、ムースと食べると食感が少し変わる。 カボチャのムースがある喫茶店は多くないだろうが、トロワバグのものはピカイチだと思う。いつかお金持ちになったらホールで食べ尽くしたい。食べ終わるのが名残惜しかった。 ブレンドは苦味と酸味のバランスが絶妙で、食事にもケーキにも合う。 まろやかで甘みも感じられるので、コーヒーの強い苦みや酸味が苦手という人にも飲みやすいのではないかと思う。 喫茶店が50年も残り続けているのは「奇跡的」 カフェ トロワバグについて、店主の三輪さんにお話を伺った。 オープンしたのは1976年。お母様が初代のオーナーで、娘である三輪さんが2代目として今もお店を継いでいるそうだ。学生時代からお店で過ごし、お母様とともにお店に立たれている時代もあったとのこと。 地下のお店なのでどうしても閉塞感があり、当時はタバコも吸えたので男性のお客さんが多かったそうだ。しかし、禁煙になってからは女性客も増え、最近は昨今の喫茶店ブームで若いお客さんも多いという。 女性店主ということもあり、なるべく華やかでかわいらしさのあるお店作りを心がけているそう。たしかに、テーブルのお花や壁に飾られている絵は店内を明るくしている。 客層の変化に合わせて、メニューも少しずつ変わったとのことだ。パンメニューの中にある「小倉バタートースト」は女性に人気らしい。 若い女性のグループが食事とスイーツをいくつか注文し、シェアしながら食べていることもあるそうだ。これだけ豊富なメニューだと誰かと行ってあれこれ食べてみたくなるので、気持ちがよくわかった。 落ち着きのある魅力的な店内の内装は、松樹新平さんという建築家さんが手がけたもの。特徴的な柱やカウンター、板張りの床などは創業以来変わらず残り続けている。 喫茶店というものは都市開発やビルのオーナーの都合などで移転や閉店をしてしまうことが多い。そのため、50年近く残り続けているのは奇跡的だ。 松樹さんは今でもたまにトロワバグを訪れることがあるそうで、自分のデザインのお店が残り続けていることを喜ばしく思っているそうだ。店内のあちこちに目を凝らしてみると、歴史が感じられる。 店主とお客さん、お互いの「様子の違い」にも気づく これまでにも都内の喫茶店を取材して耳にしていたのだが、三輪さんいわく喫茶店の店主は“横のつながり”があるそうだ。お互いのお店を訪れたり、プライベートでも交流したり。 先日閉店してしまった神田の喫茶店「エース」さんとも親交があったそうで、エースの壁に吊されていたコーヒーメニューの札をもらったそう。トロワバグの店内にこっそりと置かれていた。温かみがあって素敵だ。 神保町にはかなり多くの喫茶店が密集している。ライバル同士でお客さんの取り合いになっているのではないかと思ってしまうが、実際は違うようだ。 たとえばすぐ近くにある「神田伯剌西爾(カンダブラジル)」は現在も喫煙可能なため、タバコを吸うお客さんが集まっている。また「さぼうる」はボリューミーな食事メニューがあるため、男性のお客さんも多い。 そしてトロワバグさんは女性客が多め。このように、時代の流れによってそれぞれの特色が出て、結果的に棲み分けができるようになったとのことだ。 街に根づいている喫茶店には、もちろん常連さんがいる。常連さんとのコミュニケーションについて、印象的なお話を聞いた。 たとえば三輪さんの疲れが溜まっていたり、あまり元気がなかったりするときに、常連さんは気づくのだという。それは雰囲気だけでなく、コーヒーの味などからも違いを感じるのだそう。きっと私にはわからない違いなのだろうが、長年通っているとそういった関係が構築されていくようだ。 反対に、お客さんの様子がいつもと違うときには三輪さんも気づく。「コーヒーを1杯飲むだけ」ではあるが、それが大切なルーティンでありコミュニケーションであるというのは喫茶店ならではだ。喫茶店文化そのもののよさを、そのお話から改めて感じられた。 2号店「トロワバグヴェール」を開いた理由 実は、トロワバグさんは今年の6月に2号店となる「トロワバグヴェール」をオープンしている。同じ神保町で、そちらはコーヒーとクレープのお店。 週末のトロワバグはお客さんがたくさん来店し、外の階段まで並ぶこともあるという。そこで、せっかく来てくれた人にゆっくりしてもらいたいという思いがあり、2号店をオープンしたそうだ。 また、現在のトロワバグのビルもだんだんと老朽化してきていて、この先ずっと同じ場所で営業するというのはなかなか難しいのが現実だ。 その時が来たらきっぱりとお店をたたむという考えもよぎったそうだが、喫茶店業界では70代以上のマスターが現役バリバリで活躍している。それを見て三輪さんも「身体が元気なうちはお店を続けよう」と決心したそうだ。 結果として、喫茶店の新しいかたちを取ることになった。元のお店を続けながら2号店を開く。 古きよき喫茶店は減っていく一方のなか、トロワバグがこの新しい道を提案したことによって守られる未来があるように思える。 三輪さんは喫茶店業界の先を見据えた営業をされていて、店主仲間ともそのようなお話をされているそうだ。私はただ喫茶店が好きで足を運んでいるひとりにすぎないが、心強く思えてなんだかとてもうれしい気持ちになった。 最終回を迎えても、喫茶店に通う日々は続く 時代の変化に伴いながら、街に根づいた喫茶店。神保町という街全体が、多くの人を受け入れてきたということがよくわかった。 喫茶店のこれからを考える三輪さんは、これからのリーダー的存在であろう。大切に守られてきたトロワバグからつながる「輪」を感じられた。神保町でゆっくりとしたい日には、一度は訪れていただきたい名店だ。 昨年12月に始まったこの連載だが、今月が最終回。私も寂しい気持ちでいっぱいなのだが、これからも喫茶店が好きなことには変わりない。 今までどおり喫茶店に日々通って、写真を撮って記録していく。いつかまたどこかで、みなさんに素晴らしいお店を紹介したい。そのときにはまた読んでね。ごちそうさまでした。 カフェ トロワバグ 平日:10時〜20時、土祝日:12時〜19時、日曜:定休 東京都千代田区神田神保町1-12-1 富田ビルB1F 神保町駅A5出口から徒歩1分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
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贅沢な自家製みつまめを味わう。成田に佇む“理想の喫茶店”「チルチル」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第9杯これまでに行った喫茶店とこれから行きたい喫茶店の場所に、マップアプリでピンを立てている。ピンに絵文字を割り振ることができるので、行った場所にはコーヒーカップ、行きたい場所にはホットケーキ。 都内で生活をしているため、東京の地図にはコーヒーカップの絵文字がびっしりと並んでいる。少しずつ縮小していくにつれ、全国に散り散りになったホットケーキのマークが見える。 いつか日本地図を全部コーヒーカップの絵文字で埋め尽くしたいなぁと、地図を眺めながらよく思う。 そのためには旅行をたくさんしてその先で喫茶店に行くか、喫茶店のために旅行するか、どちらかをしなければならない。どちらにせよ遠くまで行ったら喫茶店に立ち寄らないのはもったいないと思っている。 旅行気分で、成田の喫茶店「チルチル」へ 今回はこの連載が始まって以来一番都心から離れた場所に行ってきた。JR成田駅から徒歩で12分、成田山新勝寺総門のすぐそばのお店「チルチル」さんだ。 ずっと前から SNSや本で写真を見ていて、いつか行ってみたいと思っていた喫茶店。取材させていただけることになり、成田という土地自体初めて訪れた。 駅から成田山までの参道にはお土産屋さんや古い木造建築の商店などが建ち並んでおり、成田の名物である鰻(うなぎ)のお店も軒を連ねていた。 賑やかな道なので、体感としては思ったよりもすぐチルチルさんまで行けた。よく晴れた日で、きれいな街並みと青空が最高だった。旅行気分。 レンガでできた門に洋風のランプ、緑色のテントがとてもかわいらしい外観。 この日は店の外に猫ちゃんが4匹いた。地域猫に餌をあげてチルチルさんがお世話をしているそうで、人慣れしたかわいらしい猫たちがお出迎えしてくれた。 製造期間20日以上!とっても贅沢な手作りのみつまめ 店内に入り、思わず息を飲んだ。ゴージャスかつ落ち着きのある「理想の喫茶店」といってもいいような空間。 木目調の壁、レトロなシャンデリア、高級感のある椅子やソファ。天井が高いのも開放的でよい。装飾の施されたカーテンや壁のライトは、お城のような華やかさがある。 メニューは喫茶店らしさにこだわっているようで、コーヒー・紅茶・ソフトドリンク・ケーキ・トーストとシンプルなラインナップ。 レモンジュースやレモンスカッシュは、レモンをそのまま絞ったものを提供しているそう。写真映えするのでクリームソーダも若い人に人気なようだ。 ただ、チルチルのイチオシ看板メニューは、手作りのみつまめだという。強い日差しを浴びて汗をかいてしまっていたので、アイスコーヒーとみつまめを注文した。 店内の椅子やソファに使われている素敵な布は「金華山織」という高級な代物だそう。しかし布の部分は消耗してしまうため、定期的にすべて張り替えているとのこと。お値段を想像すると恐怖を覚えるが、ふかふかで素敵な椅子に座ると、家で過ごすのとは違う特別感を味わえる。 アイスコーヒーはすっきりしていておいしい。ごくごくと飲んでしまえる。ちなみにシロップはお店でグラニュー糖から作っているものだそう。甘いコーヒーが好きな人にはぜひたっぷり使ってみてもらいたい。 そして、お店イチオシのみつまめ。「手作り」とのことだが、なんと寒天は房州の天草を使った自家製。さらに「小豆」「金時」「白花豆」「紫豆」の4種類の豆は、水で戻すところから炊き上げまですべてをしているそうだ。完全無添加で、素材の味が存分に活かされたとにかく贅沢なみつまめ。 粉寒天や棒寒天で作るのとは違って、天草から作る寒天は磯の香りがほのかにする。また食感もよい。まず寒天そのものがおいしいのだ。 また、お豆は何度も何度も炊いてあり、とても柔らかい。甘さもほどよく、豆だけでもお茶碗一杯食べたくなるようなおいしさ。花豆はそれぞれ最後の仕上げの味つけが違うそうで、紫花豆は黒砂糖、白花豆は塩味。すべて食べきったあとに白花豆を食べると異なる味わいが楽しめるので、おすすめだそう。 このみつまめすべてを作るのには20日以上かかるとのことだ。完全無添加でこれほど時間と手間がかかっているみつまめは、ほかではないだろう。一度は食べていただきたい。 1972年に創業。店名は童話『青い鳥』から お店について、店主のお母様にお話を伺った。 「チルチル」は1972年11月に成田でオープン。当初は違う場所で、ボウリング場などが入っているビルの中で営業していた。 夜遅くもお客さんが来ることから夜中の0時までお店を開けていたため、毎日忙しく、寝る暇もなかったらしい。当時は20歳で、若いうちから相当がんばっていらしたそう。 2年後の1974年12月25日から現在の成田山の目の前の場所で営業がスタート。もとは酒屋さんが使っていた建物だそうで、1階はトラックが停まり、シャッターが閉まるような造りだったらしい。そこに内装を施して喫茶店にしたため、天井が高いようだ。 店名の「チルチル」は童話の『青い鳥』から。繰り返しの言葉は覚えやすいため、店名に選んだらしい。かわいらしいしキャッチーだし、とてもいい名前だと思う。 「チルチル」の文字はデザイナーさんに頼んだそうだが、お店の顔ともいえる男女のイラストは童話をモチーフにお母様が描いたもの。画用紙に描いてみた絵をそのまま50年間使い続けているとのことだ。今もメニューやマッチに使われている。 記憶にも残る素晴らしいデザインではないだろうか。おいしいみつまめも、トレードマークの看板イラストも作れる素敵な方だ。 「お不動さまに罰当たりなことはできない」 成田山のすぐそばで喫茶店を営業するからには、お不動さまに罰当たりなことはできない、というのがチルチルのポリシーらしい。 お参りをしに来た人がゆったりとくつろげて、「来てよかったな」と思ってもらえるようにやってきたそう。お参りをしてからチルチルに立ち寄る、というルーティンになっているお客さんも多いらしい。 店内は何度か改装をしているが、全体の造りや家具は50年間ほとんど変わりがないとのこと。椅子やテーブルはお店に合わせて職人さんに作ってもらったもので、細やかなこだわりを感じられる。 お店の奥のカウンターとキッチンの棚もとても素敵だ。これも職人さんがお店に合わせて作ったもの。喫茶店の特注の家具は、たまらない魅力がある。 随所にこだわりが光る「チルチル」は、50年間大切に守られてきた成田の名所のひとつであろう。 素通りするわけにはいかないので、成田山のお参りももちろんしてきた。広い境内は静かで、パワーをもらえるような力強さもあった。 空港に行く用事があっても「成田」まで行こうと思うことがなかったため、今回はとてもいい機会であった。成田山に行き、帰りに「チルチル」に寄るコースで小旅行をしてみてはいかがだろうか。 次回もまたどこかの喫茶店で。ごちそうさまでした。 チルチル 9時30分〜16時30分 不定休 千葉県成田市本町333 JR成田駅から徒歩12分、京成成田駅から徒歩13分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
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40年前から“映え”ていたクリームソーダにときめく。夏の阿佐ヶ谷は「喫茶 gion」で|「奥森皐月の喫茶礼賛」第8杯「奥森皐月の喫茶礼賛」 喫茶店巡りが趣味の奥森皐月。今気になるお店を訪れ、その魅力と味わいをレポート 暑さが一段と厳しくなってきたので、大好きな散歩も日中はほどほどにしている。 昼間に家を出ると、アスファルトの照り返しのせいかフライパンで焼かれているようだ。寒さより暑さのほうが苦手な私は、夏の大半は溶けながらだらりと過ごしてしまう。 しかしながら、夏の喫茶店は大好き。汗をかきながらやっとお店に着いて、冷房の効いた席に座るときの幸福感は何にも変えられない。冷たいドリンクを飲んで少しずつ汗が引いていくあの感覚は、夏で一番好きな瞬間だ。 阿佐ヶ谷のメルヘンチックな喫茶店 今回訪れたのはJR阿佐ケ谷駅から徒歩1分、お店が建ち並ぶ駅前でひときわ目立つ緑に囲まれたレトロな外装の喫茶店。阿佐ヶ谷の街で40年近く愛されている「喫茶 gion(ぎおん)」さん。 実はこのお店は、私のお気に入りトップ5に入る大好きな喫茶店。中学生のころに初めて行ってから今日まで定期的に訪れている。取材させていただけてとてもうれしい。 店内はかわいいランプやお花や絵で装飾されていて、青と緑の光が特徴的。いわゆる「喫茶店」でここまでメルヘンチックな雰囲気のお店はかなり珍しいと思う。 どこの席も素敵だが、やはり一番特徴的なのはブランコの席。こちらに座らせていただき、人気メニューのナポリタンとソーダ水のフロートトッピングを注文した。 ブランコ席は窓に面していて、この部分だけ壁がピンク色。店内中央の青色を基調とした空気感とはまた違う、かわいらしさと落ち着きのある空間だ。 店先の木が窓から見える。今の季節は緑がとてもきれいだ。 焦げ目がおいしい!一風変わったナポリタン ここのナポリタンは、一般的な喫茶店のナポリタンとは異なる。大きなお皿にナポリタン、キャベツサラダ、そしてたまごサラダが乗っている。店主さんいわく、このたまごサラダはサンドイッチに挟むためのものだそう。それを一緒に提供しているのだ。 まずはナポリタンをいただく。ハムが1枚そのまま乗っている見た目がいい。このナポリタンは色が濃いのだが、これは少し焦げるくらいまでしっかりと炒めているから。麺にソースがしっかりとついていて、香ばしさがたまらなくおいしい。 次にキャベツと一緒に食べてみると、トマトのソースが絡んで、シャキシャキとした食感が加わり、これもまたいい。 最後にたまごサラダと食べると、まろやかさとナポリタンの風味が最高に合う。黒胡椒も効いていて、無限に食べられる味だ。ボリュームたっぷりだがあっという間に完食した。 トーストもグラタンもお餅も少し焦げ目があるくらいが一番おいしいので、スパゲッティもよく炒めてみたところおいしくできたから今のスタイルになったそうだ。 ただ、通常のナポリタンなら温める程度でいいところを、しっかり焼くとなると手間と時間がかかる。炒めてくれる店員さんに感謝だ。ごく稀に、焦げていると苦情を入れる人がいるそう。そこがおいしいのになあ。 トロピカルグラスで飲む、おもちゃみたいなクリームソーダ これまた名物のクリームソーダ。 正確にいうと、gionで注文する場合は「ソーダ水」を緑と青の2種類から選び、フロートトッピングにする。すると、丸く大きなグラスにたっぷりのクリームソーダを飲むことができる。このグラスは「トロピカルグラス」というそうだ。 gionさんのまねをしてこのグラスを使い始めたお店はあるが、このかわいいフォルムはオープン当初から変わらないとのこと。「インスタ映え」という言葉が生まれる遙か前からこの「映え」な見た目のクリームソーダがあったのは、なんだか趣深い。 深く透き通る青と炭酸のしゅわしゅわ、贅沢にふたつも乗った丸いバニラアイス。どこを切り取ってもときめくかわいさだ。 見た目だけでなく、味もおいしい。シロップの風味と炭酸に、バニラ感強めのアイスが合う。「映え」ではなくなってくる、アイスが溶けたときのクリームソーダも好きだ。白と青が混じった色は、ファンシーでおもちゃみたい。 内装から制服までこだわった“かわいい”世界観 お店について、店主の関口さんにお話を伺った。 学生時代に本が好きだった関口さんは、本をゆっくりと読めるような落ち着いた場所を作りたかったそうで、20代はとにかく必死で働いてお店を開く資金を貯めていたとのこと。 1日に16時間ほど働き、寝るためだけの狭い部屋で暮らし、食べ物以外には何もお金を使わず生活していたとのことだ。 そしてお金が貯まったころから1年かけて東京都内の喫茶店を300店舗ほど回り、どんなお店にしようかと参考にしながら計画を練ったそう。 お店を開くにあたって、設計から何からすべてを関口さんが考えたそうで、1cm単位で理想の喫茶店になるように作って、できたのがこの喫茶 gion。 大理石の床、板張りの床、絨毯の床、どれも捨てがたいと思い、最終的には場所ごとに変えて3種類の床になったらしい。贅沢な全部乗せだ。ブランコはかつて吉祥寺にあったジャズ喫茶から得たエッセンス。 オープン時には資金面でそろえきれなかった雑貨やインテリアも少しずつ集めて、今のお店の独特でうっとりするような空間になっていったようだ。 白いブラウスに黒のリボン、黒のロングスカートというgionの制服も関口さんプロデュース。手書きのメニューもキュートで魅力的だ。 ご自身の好みがはっきりとあり、それを実現できているからこそ、調和した世界観になっているのだとわかった。お店のマークも、関口さんの思い描く素敵な女性のイラストだという。ナプキンまでかわいい。 「帰りにgionに寄れる」という楽しみ 喫茶gionのもうひとつの魅力は、午前9時から24時(金・土は25時)まで営業しているところ。モーニングが楽しめるのはもちろん、夜も遅くまで開いている。阿佐ヶ谷には喫茶店が多くあるが、たいていは夕方〜19時くらいには閉店してしまう。 私は阿佐ヶ谷でお笑いや音楽のライブに行ったり、演劇を観に行ったりする機会が多い。終わるのは21時〜22時が多く、ちょうどお腹が空いている。ほかの街なら適当なチェーン店に入るのだが、阿佐ヶ谷に限っては「帰りにgionに寄れる」という楽しみがある。 ナポリタン以外にもピザやワッフルなど、小腹を満たせるメニューがあってありがたい。夜のgionは店先のネオンが光り、店内の青い灯りもより幻想的になる。遅くまで営業するのはとても大変だと思うが、これからも阿佐ヶ谷に行ったときは必ず寄りたい。 夏の阿佐ヶ谷の思い出に、gion 関口さんの理想を詰め込んだメルヘンチックな喫茶店は、若い人から地元民まで幅広く愛される名店となった。 阿佐ヶ谷の街では8月には七夕まつりも開催される。駅前のアーケードにさまざまな七夕飾りが出される、とても楽しいお祭りだ。夏の阿佐ヶ谷を楽しみながら、喫茶gionでひと休みしてみてはいかがだろうか。 次回もまたどこかの喫茶店で。ごちそうさまでした。 喫茶 gion 月火水木日:9時〜24時、金土:9時〜25時 東京都杉並区阿佐谷北1-3-3 川染ビル1F 阿佐ケ谷駅から徒歩1分、南阿佐ケ谷駅から徒歩8分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
奥森皐月の公私混同<収録後記>
「logirl」で毎週配信中の『奥森皐月の公私混同』。そのスピンオフのテキスト版として、MCの奥森皐月が自ら執筆する連載コラム
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涙の最終回!? 2年半の思い出を振り返る|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第30回転んでも泣きません、大人です。奥森皐月です。 この記事では私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』の収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを毎月書いています。今回の記事で最終回。 『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の9月に配信された第41回から最終回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがすべて視聴できます。過去回でおもしろいものは数えきれぬほどあるので、興味がある方はぜひ観ていただきたいです。 「見せたい景色がある」展望タワーの存在意義 (写真:奥森皐月の公私混同 第41回「タワー、私に教えてください!」) 第41回のテーマは「タワー、教えてください!」。ゲストに展望タワー・展望台マニアのかねだひろさんにお越しいただきました。 タワーと聞いてやはり思い浮かべるのは、東京タワーやスカイツリー。建築のすごさや造形美を楽しんでいるのだろうかとなんとなく考えていました。ところが、お話を聞いてみるとタワーという概念自体が覆されました。 かねださんご自身のタワーとの出会いのお話が本当におもしろかったです。20代で国内を旅行するようになり、新潟県で偶然バス停として見つけた「日本海タワー」に興味を持って行ってみたとのこと。 実際の画像を私も見ましたが、思っているタワーとはまったく違う建物。細長くて高い、あのタワーではありません。ただ、ここで見た景色をきっかけにまた別のタワーに行き、タワーの魅力にハマっていったそうです。 その土地を見渡したときに初めてその土地をわかったような気がした、というお話がとても素敵だと感じました。 たとえば京都旅行に行ったとして、金閣寺や清水寺など名所を回ることはあります。ただ、それはあくまでも京都の中の観光地に行っただけであって「京都府」を楽しんだとはいえないと、前から少し思っていました。 そこでタワーのよさが刺さった。たしかに、その地域や都市を広く見渡すことができれば気づきがたくさんあると思います。 もちろん造形的な楽しみ方もされているようでしたが、展望タワーからの景色というものはほかでは味わえない魅力があります。 かねださんが「そこに展望タワーがあるということは、見せたい景色がある」というようなことをお話しされていたのにも感銘を受けました。 いわゆる“高さのあるタワー”ではないところの展望台などは少し盛り上がりに欠けるのではないか、なんて思ってしまっていたけれど、その施設がある時点でその景色を見せたいという意思がありますね。 有効期限がたった1年の、全国の19タワーを巡るスタンプラリーを毎年されているという話も興味深かったです。最初の印象としては、一度訪れたところに何度も行くことの楽しみがよくわからなかったです。 でも、天気や季節、建物が壊されたり新しく建築されたりと常に変化していて「一度として同じ景色はない」というお話を聞いて納得しました。タワーはずっと同じ場所にあるのだから、まさに定点観測ですよね。 今後旅行に行くときはその近くのタワーに行ってみようと思いましたし、足を運んだことのある東京タワーやスカイツリーにもまた行こうと思いました。 収録後、速攻でかねださんの著書『日本展望タワー大全』を購入しました。最近も、小規模ではありますが2度、展望台に行きました。展望タワーの世界に着々と引き込まれています。 究極のパフェは、もはや芸術作品!? (写真:奥森皐月の公私混同 第42回「パフェ、私に教えてください!」) 第42回は、ゲストにパフェ愛好家の東雲郁さんにお越しいただき「パフェ、教えてください!」のテーマでお送りしました。 ここ数年パフェがブームになっている印象でしたが、流行りのパフェについてはあまり知識がありませんでした。 このような記事を書くときはたいていファミレスに行くので、そこでパフェを食べることがしばしばあります。あとは、純喫茶でどうしても気になったときだけは頼みます。ただ、重たいので本当にたまにしか食べないものという存在です。 東雲さんはもともとアイス好きとのことで、なんとアイスのメーカーに勤めていた経験もあるとのこと。〇〇好きの範疇を超えています。 そのころにパフェ用のアイスの開発などに携わり、そこからパフェのほうに関心が向いたそうです。お仕事がキッカケという意外な入口でした。それと同時に、パフェ専用のアイスというものがあるのも、意識したことがなかったので少し驚かされました。 最近のこだわり抜かれたパフェは“構成表”なるものがついてくるそう。パフェの写真やイラストに線が引かれていて、一つひとつのパーツがなんなのか説明が書かれているのです。 昔ながらの、チョコソース、バニラソフトクリーム、コーンフレークのように、見てわかるもので作られていない。野菜のソルベやスパイスのソースなど、本当に複雑なパーツが何十種も組み合わさってひとつのパフェになっている。 実際の構成表を見せていただきましたが、もはや読んでもなんなのかわからなかったです。「桃のアイス」とかならわかるのですが、「〇〇の〇〇」で上の句も下の句もわからないやつがありました。 ビスキュイとかクランブルとか、それは食べられるやつですか?と思ってしまいます。難しい世界だ。難しいのにおいしいのでしょうね。 ランキングのコーナーでは「パフェの概念が変わる東京パフェベスト3」をご紹介いただきました。どのお店も本当においしそうでしたが、写真で見ても圧倒される美しさ。もはや芸術作品の域で、ほかのスイーツにはない見た目の豪華さも魅力だよなと感じさせられました。 予約が取れないどころか普段は営業していないお店まであるそうで、究極のパフェのすごさを感じるランキングでした。何かを成し遂げたらごほうびとして行きたいです。 マニアだからとはいえ、東雲さんは1日に何軒もハシゴすることもあるとのこと。破産しない程度に、私も贅沢なパフェを食べられたらと思います。 1年間を振り返ったベスト3を作成! (写真:奥森皐月の公私混同 第43回「1年間を振り返り 〇〇ベスト3」) 第43回のテーマは「1年間を振り返り 〇〇ベスト3」ということで、久しぶりのラジオ回。昨年の10月からゲストをお招きして、あるテーマについて教えてもらうスタイルになったので、まるまる1年分あれこれ話しながら振り返りました。 リスナーからも「ソレ、私に教えてください!」というテーマで1年の感想や思い出などを送ってもらいましたが、印象的な回がわりと被っていて、みんな同じような気持ちだったのだなとうれしい気持ちになりました。 スタートして4回のうち2回が可児正さんと高木払いさんだったという“都トムコンプリート早すぎ事件”にもきちんと指摘のメールが来ました。 また、過去回の中で複雑だったお話からクイズが出るという、習熟度テストのようなメールもいただいて楽しかったです。みなさんは答えがわかるでしょうか。 この回では、私もこの1年での出来事をランキング形式で紹介しました。いつもはゲストさんにベスト3を作ってもらってきましたが、今度はそれを振り返りベスト3にするという、ベスト3のウロボロス。マトリョーシカ。果たしてこのたとえは正しいのでしょうか。 印象がガラリと変わったり、まったく興味のなかったところから興味が湧いたりしたものを紹介する「1時間で大きく心が動いた回ベスト3」、情報番組や教育番組として成立してしまうとすら思った「シンプルに!情報として役立つ回ベスト3」、本当に独特だと思った方をまとめた「アクの強かったゲストベスト3」、意表を突かれた「ソコ!?と思ったランキングタイトルベスト3」の4テーマを用意しました。 各ランキングを見た上で、ぜひ過去回を観直していただきたいです。我ながらいいランキングを作れたと思っています。 ハプニングと感動に包まれた『公私混同』最終回 (写真:奥森皐月の公私混同最終回!奥森皐月一問一答!) 9月最後は生配信で最終回をお届けしました。 2年半続いた『奥森皐月の公私混同』ですが、通常回の生配信は2回目。視聴者のみなさんと同じ時間を共有することができて本当に楽しかったです。 最終回だというのに、冒頭から「マイクの電源が入っていない」「配信のURLを告知できていなくて誰も観られていない」という恐ろしいハプニングが続いてすごかったです。こういうのを「持っている」というのでしょうか。 リアルタイムでX(旧Twitter)のリアクションを確認し、届いたメールをチェックしながら読み、進行をし、フリートークをして、ムチャ振りにも応える。 ハイパーマルチタスクパーソナリティとしての本領を発揮いたしました。かなりすごいことをしている。こういうことを自分で言っていきます。 最近メールが送られてきていなかった方から久々に届いたのもうれしかった。きちんと覚えてくれていてありがとうという気持ちでした。 事前にいただいたメールも、どれもうれしくて幸せを噛みしめました。みなさんそれぞれにこの番組の思い出や記憶があることを誇らしく思います。 配信内でも話しましたが、この番組をきっかけにお友達がたくさん増えました。番組開始時点では友達がいなすぎてひとりで行動している話をよくしていたのですが、今では友達が多い部類に入ってもいいくらいには人に恵まれている。 『公私混同』でお会いしたのをきっかけに仲よくなった方も、ひとりふたりではなく何人もいて、それだけでもこの番組があってよかったと思えるくらいです。 番組後半でのビデオレターもうれしかったです。豪華なみなさんにお越しいただいていたことを再確認できました。帰ってからもう一度ゆっくり見直しました。ありがたい限り。 この2年半は本当に楽しい日々でした。会いたい人にたくさん会えて、挑戦したいことにはすべて挑戦して、普通じゃあり得ない体験を何度もして、幅広いジャンルを学んで。 単独ライブも大喜利も地上波の冠ラジオもテレ朝のイベントも『公私混同』をきっかけにできました。それ以外にも挙げたらキリがないくらいには特別な経験ができました。 スタートしたときは16歳だったのがなんだか笑える。お世辞でも比喩でもなくきちんと成長したと思えています。テレビ朝日さん、logirlさん、スタッフのみなさんに本当に感謝です。 そしてなにより、リスナーの皆様には毎週助けていただきました。ラジオ形式での配信のころはもちろんのこと、ゲスト形式になってからも毎週大喜利コーナーでたくさん投稿をいただき、みなさんとのつながりを感じられていました。 メールを読んで涙が出るくらい笑ったことも何度もあります。毎回新鮮にうれしかったし、みなさんのことが大好きになりました。 #奥森皐月の公私混同 最終回でした。2021年3月から約2年半の間、応援してくださった皆様本当にありがとうございます。メールや投稿もたくさん嬉しかったです。また必ずどこかの場所で会いましょうね、大喜利の準備だけ頼みます。冠ラジオは絶対にやりますし、馬鹿デカくなるので見ていてください。 pic.twitter.com/8Z5F60tuMK — 奥森皐月 (@okumoris) September 28, 2023 『奥森皐月の公私混同』が終了してしまうことは本当に残念です。もっと続けたかったですし、もっともっと楽しいことができたような気もしています。でも、そんなことを言っても仕方がないので、素直にありがとうございましたと言います。 奥森皐月自体は今後も加速し続けながら進んで行く予定です。いや進みます。必ず約束します。毎日「今日売れるぞ」と思って生活しています。 それから、死ぬまで今の好きな仕事をしようと思っています。人生初の冠番組は幕を下ろしましたが、また必ずどこかで楽しい番組をするので、そのときはまた一緒に遊んでください。 私は全員のことを忘れないので覚悟していてください。脅迫めいた終わり方であと味が悪いですね。最終回も泣いたフリをするという絶妙に気味の悪い終わり方だったので、それも私らしいのかなと思います。 この連載もかれこれ2年半がんばりました。1カ月ごとに振り返ることで記憶が定着して、まるで学習内容を復習しているようで楽しかったです。 思い出すことと書くことが大好きなので、この場所がなくなってしまうのもとても寂しい。今後はそのへんの紙の切れ端に、思い出したことを殴り書きしていこうと思います。違う連載ができるのが一番理想ですけれども。 貴重な時間を割いてここまで読んでくださったあなた、ありがとうございます。また会えることをお約束しますね。また。
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W杯で話題のラグビーを学ぼう!破壊力抜群なベスト3|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第29回季節の和菓子が食べたくなります、大人です。奥森皐月です。 私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』が毎週木曜日18時にlogirlで公開されています。 このブログでは収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを奥森の目線で書いています。 今回は『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の8月に配信された第36回から第40回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがたくさん視聴できます。『奥森皐月の公私混同』以外のさまざまな番組も、もちろん観られます。 「おすすめの海外旅行先」に意外な国が登場! (写真:奥森皐月の公私混同 第36回「旅行、私に教えてください!」) 第36回のテーマは「旅行、教えてください!」。ゲストに、元JTB芸人・こじま観光さんにお越しいただきました。 仕事で地方へ行くことはたまにありますが、それ以外で旅行に行くことはめったにありません。興味がないわけではないけれど、旅行ってすぐにできないし、習慣というか行き慣れていないとなかなか気軽にできないですよね。 それに加え、私は海外にも行ったことがないので、海外旅行は自分にとってかなり遠い出来事。そのため、どういったお話が聞けるのか楽しみでした。 こじま観光さんはもともとJTBの社員として働かれていたという、「旅行好き」では済まないほど旅行・観光に詳しいお方。パッケージツアーの中身を考えるお仕事などをされていたそうです。 食事、宿泊、観光名所、などすべてがそろって初めて旅行か、と当たり前のことに気づかされました。 旅行が好きになったきっかけのお話が印象的でした。小学生のころ、お父様に「飛行機に乗ったことないよな」と言われて、ふたりでハワイに行ったとのこと。 そこから始まって、海外への興味などが湧いたとのことで、子供のころの経験が今につながっているのは素敵だと感じました。 ベスト3のコーナーでは「奥森さんに今行ってほしい国ベスト3」をご紹介いただきました。海外旅行と聞いて思いつく国はいくつかありましたが、第3位でいきなりアイルランドが出てきて驚きました。 国名としては知っているけれど、どんな国なのかは想像できないような、あまり知らない国が登場するランキングで、各地を巡られているからこそのベスト3だとよく伝わりました。 1位の国もかなり意外な場所でした。「奥森さんに」というタイトルですが、皆さんも参考になると思うので、ぜひチェックしていただきたいです。 11種類もの「釣り方」をレクチャー! (写真:奥森皐月の公私混同 第37回「釣り、私に教えてください!」) 第37回は、ゲストに釣り大好き芸人・ハッピーマックスみしまさんにお越しいただき「釣り、教えてください!」のテーマでお送りしました。 以前「魚、教えてください!」のテーマで一度配信があり、その際に少し釣りについてのパートもありましたが、今回は1時間まるまる釣りについて。 魚回のとき釣りに少し興味が湧いたのですが、やはり始め方や初心者は何からすればいいかがわからないので、そういった点も詳しく聞きたく思い、お招きしました。 大まかに海釣りや川釣りなどに分かれることはさすがにわかるのですが、釣り方には細かくさまざまな種類があることをまず教えていただきました。11種類くらいあるとのことで、知らないものもたくさんありました。釣りって幅広いですね。 みしまさんは特にルアー釣りが好きということで、スタジオに実際にルアーをお持ちいただきました。見たことないくらい大きなものもあるし、カラフルでかわいらしいものもあるし、それぞれのルアーにエピソードがあってよかったです。 また、みしまさんがご自身で○と×のボタンを持ってきてくださって、定期的にクイズを出してくれたのもおもしろかった。全体的な空気感が明るかったです。 「思い出の釣り」のベスト3は、それぞれずっしりとしたエピソードがあり、いいランキングでした。それぞれ写真も見ながら当時の状況を教えてくださったので、釣りを知らない私でも楽しむことができました。 まずは初心者におすすめだという「管理釣り場」から挑戦したいです。 鉄道好きが知る「秘境駅」は唯一無二の景色! (写真:奥森皐月の公私混同 第38回「鉄道、私に教えてください!」) 第38回のテーマは「鉄道、教えてください!」。ゲストに鉄道芸人・レッスン祐輝さんをお招きしました。 鉄道自体に興味がないわけではなく、詳しくはありませんが、好きです。移動手段で電車を使っているのはもちろん、普段乗らない電車に乗って知らない土地に行くのも楽しいと思います。 ただ、鉄道好きが多く規模が大きいことで、楽しみ方が無限にありそう。そのため、あまりのめり込んで鉄道ファンになる機会はありませんでした。 この回のゲストのレッスン祐輝さん、いい意味でめちゃくちゃに「鉄道オタク」でした。あふれ出る情報量と熱量が凄まじかった。 全国各地の鉄道を巡っているとのことで、1日に1本しか走っていない列車や、秘境を走る鉄道にも足を運んでいるそうです。 「秘境駅」というものに魅了されたとのことでしたが、たしかに写真を見ると唯一無二の景色で美しかったです。山奥で、車ですら行けない場所などもあるようで、死ぬまでに一度は行ってみたいなと思いました。 ベスト3では「癖が強すぎる終電」について紹介していただきました。レッスン祐輝さんは鉄道好きの中でも珍しい「終電鉄」らしく、これまでに見た変わった終電のお話が続々と。 終電に乗るせいで家に帰れないこともあるとおっしゃっていて、終電なんて帰るためのものだと思っていたので、なんだかおもしろかったです。 あのインドカレーは「混ぜて食べてもOK」!? (写真:奥森皐月の公私混同 第39回「カレー、私に教えてください!」) 第39回は、ゲストにカレー芸人・桑原和也さんにお越しいただき「カレー、教えてください!」をお送りしました。 私もカレーは大好き。インドカレーのお店によく行きます、ナンが食べたい日がかなりある。 「カレー」とひと言でいえど、さまざまな種類がありますよね。日本風のカレーライスから、ナンで食べるカレー、タイカレーなど。 近年流行っている「スパイスカレー」も名前としては知っていましたが、それがなんなのか聞くことができてよかったです。関西が発祥というのは初めて知りました。 カレー屋さんは東京が栄えているのだと思っていたのですが、関西のほうが名店がたくさんあるとのことで、次に関西に行ったら必ずカレーを食べようと心に決めました。 インドカレーにも種類があるらしく、たまにカレー屋さんで見かける、銀のプレートに小さい銀のボウルで複数種類のカレーが乗っていてお米が真ん中にあるようなスタイルは、南インドの「ミールス」と呼ばれるものだそうです。 今まで、ミールスは食べる順番や配分が難しい印象だったのですが、桑原さんから「混ぜて食べてもいい」というお話を聞き、衝撃を受けました。銀のプレートにひっくり返して、ひとつにしてしまっていいらしいです。 違うカレーの味が混ざることで新たな味わいが生まれ、辛さがマイルドになったり、別のおいしさが感じられるようになったりするとのこと。次にミールスに出会ったら絶対に混ぜます。 ランキングは「オススメのレトルトカレー」という実用的な情報でした。 レトルトカレーで冒険できないのは私だけでしょうか。最近はレトルトでも本当においしくていろいろな種類が発売されているようで、3つとも初めてお目にかかるものでした。 自宅で簡単に食べられるおいしいカレー、皆さんもぜひ参考にしてみてください。 9月のW杯に向けて「ラグビー」を学ぼう! (写真:奥森皐月の公私混同 第40回「ラグビー、私に教えてください!」) 8月最後の配信のテーマは「ラグビー、教えてください!」で、ゲストにラグビー二郎さんにお越しいただきました。 9月にラグビーワールドカップがあるので、それに向けて学ぼうという回。 私はもともとスポーツにまったく興味がなく、現地観戦はおろかテレビでもほとんどのスポーツを観たことがありませんでした。それが、この『公私混同』をきっかけにサッカーW杯を観て、WBCを観て、相撲を観て、と大成長を遂げました。 この調子でラグビーもわかるようになりたい。ラグビー二郎さんはラグビー経験者ということで、プレイヤー視点でのお話もあっておもしろかったです。 ルールが難しい印象ですが、あまり理解しないで観始めても大丈夫とのこと。まずはその迫力を感じるだけでも楽しめるそうです。直感的に楽しむのって大事ですよね。 前回、前々回のラグビーW杯もかなり盛り上がっていたので、要素としての情報は少しだけ知っていました。 その中で「ハカ」は、言葉としてはわかるけれど具体的になんなのかよくわからなかったので、詳しく教えていただけてうれしかったです。実演もしていただいてありがたい。 ここからのランキングが非常によかった。「ハカをやってるときの対戦相手の対応」というマニアックなベスト3でした。 ハカの最中に対戦相手が挑発的な対応をすることもあるらしく、過去に本当にあった名場面的な対応を3つご紹介いただきました。 どれも破壊力抜群のおもしろさで、ランキングタイトルを聞いたときのわくわく感をさらに上回る数々。本編でご確認いただきたい。 今年のワールドカップを観るのはもちろん、ハカのときの対戦相手の対応という細かいところまできちんと見届けたいと強く感じました。 『奥森皐月の公私混同』は毎週木曜18時に最新回が公開 奥森皐月の公私混同ではメールを募集しています。 募集内容はX(Twitter)に定期的に掲載しているので、テーマや大喜利のお題などそちらからご確認ください。 宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp です、たくさんのメールをお待ちしております。 logirl公式サイト内「ラジオ」のページでは毎週アフタートークが公開されています。 最近のことを話したり、あれこれ考えたりしています。無料でお聴きいただけるのでぜひ。 (写真:『奥森皐月の公私混同 アフタートーク』) 『奥森皐月の公私混同』番組公式X(Twitter)アカウントがあります。 最新情報やメール募集についてすべてお知らせしていますので、チェックしていただけるとうれしいです。 また、番組やこの収録後記の感想などは「#奥森皐月の公私混同」をつけて投稿してください。 メール募集! 今週は!1年間の振り返り放送です!!! コーナーリスナー的ベスト3 奥森さんへの質問、感想メール募集します! ▼奥森!コレ知ってんのか!ニュース▼リアクションメール▼感想メール 📩宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp メールの〆切は9/19(火)10時です! pic.twitter.com/nazDBoFSDk — 奥森皐月の公私混同は傍若無人 (@s_okumori) September 18, 2023 奥森皐月個人のX(Twitter)アカウントもあります。 番組アカウントとともにぜひフォローしてください。たまにおもしろいことも投稿しています。 キングオブコントのインタビュー動画 男性ブランコのサムネイルも漢字二文字だ、もはや漢字二文字待ちみたいになってきている、各芸人さんの漢字二文字考えたいな、そんなこと一緒にしてくれる人いないから1人で考えます、1人で色々な二文字を考えようと思います https://t.co/dfCQQVlhrg pic.twitter.com/LMpwxWhgUF — 奥森皐月 (@okumoris) September 19, 2023 『奥森皐月の公私混同』はlogirlにて毎週木曜18時に最新回が公開。 次回は、なんと収録後記の最終回です。 番組開始当初から毎月欠かさず書いてきましたが、9月末で番組が終了ということで、こちらもおしまい。とても寂しいですが、最後まで読んでいただけるとうれしいです。
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宮下草薙・宮下と再会!ボードゲームの驚くべき進化|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第28回ドライブがしたいなと思ったら車を借りてドライブをします、大人です。奥森皐月です。 私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』が毎週木曜日18時にlogirlで公開されています。 このブログでは収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを奥森の目線で書いています。 今回は『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の7月に配信された第32回から第35回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがたくさん視聴できます。『奥森皐月の公私混同』以外のさまざまな番組ももちろん観られます。 かれこれ2年半もこの番組を続けています。もっとがんばってるねとか言ってほしいです。 宮下草薙・宮下が「ボードゲームの驚くべき進化」をプレゼン (写真:奥森皐月の公私混同 第32回「ボードゲーム、私に教えてください!」) 第32回のテーマは「ボードゲーム、教えてください!」。ゲストに、宮下草薙の宮下さんにお越しいただきました。 昨年のテレビ朝日の夏イベント『サマステ』ではこの番組のステージがあり、ゲストに宮下草薙さんをお招きしました。それ以来、約1年ぶりにお会いできてうれしかったです。 宮下さんといえばおもちゃ好きとして知られていますが、今回はその中でも特に宮下さんが詳しい「ボードゲーム」に特化してお話を伺いました。 巷では「ボードゲームカフェ」なるものが流行っているようですが、私はほとんどプレイしたことがありません。『人生ゲーム』すら、ちゃんとやったことがあるか記憶が曖昧。ひとりっ子だったからかしら。 そんななか、ボードゲームは驚くべき進化を遂げていることを、宮下さんが魅力たっぷりに教えてくださいました。 大人数でプレイするものが多いと勝手に思っていましたが、ひとりでできるゲームもたくさんあるそう。ひとりでボードゲームをするのは果たして楽しいのだろうかと思ってしまいましたが、実際にあるゲームの話を聞くとおもしろそうでした。購入してみたくなってしまいます。 ボードゲームのよさのひとつが、パーツや付属品などがかわいいということ。デジタルのゲームでは感じられない、手元にあるというよさは大きな魅力だと思います。見た目のかわいさから選んで始めるのも楽しそうです。 ランキングでは「もはや自分のマルチバース」ベスト3をご紹介いただきました。宮下さんが実際にプレイした中でも没入感が強くのめり込んだゲームたちは、どれも最高におもしろそうでした。 「重量級」と呼ばれる、プレイ時間が長くルールが複雑で難しいものも、現物をお持ちいただきましたが、あまりにもパーツが多すぎて驚きました。 それらをすべて理解しながら進めるのは大変だと感じますが、ゲームマスターがいればどうにかできるようです。かっこいい響き。ゲームマスター。 まずはボードゲームカフェで誰かに教わりながら始めたいと思います。本当に興味深いです、ボードゲームの世界は広い。 お城を歩くときは、自分が死ぬ回数を数える (写真:奥森皐月の公私混同 第33回「城、私に教えてください!」) 第33回は、ゲストに城マニア・観光ライターのいなもとかおりさんお越しいただき、「城、教えてください!」のテーマでお送りしました。 建物は好きなのですが歴史にあまり詳しくないため、お城についてはよくわかりません。お城好きの人は多い印象だったのですが、知識が必要そうで自分には難しいのではないかというイメージを抱いていました。 ただ、いなもとさんのお城のお話は、本当におもしろくてわかりやすかった。随所に愛があふれているけれど、初心者の私でも理解できるように丁寧に教えてくださる。熱量と冷静さのバランスが絶妙で、あっという間の1時間でした。 「城」と聞くと、名古屋城や姫路城などのいわゆる「天守」の部分を想像してしまいます。ただ、城という言葉自体の意味では、天守のまわりの壁や堀などもすべて含まれるとのこと。 土が盛られているだけでも城とされる場所もあって、そういった城跡などもすべて含めると、日本に城は4万から5万箇所あるそうです。想像していた数の100倍くらいで本当に驚きました。 いなもとさん流のお城の楽しみ方「攻め込むつもりで歩いたときに何回自分がやられてしまうか数える」というお話がとても印象的です。いかに敵に対抗できているお城かというのを実感するために、天守まで歩きながら死んでしまう回数を数えるそう。おもしろいです。 歴史の知識がなくてもこれならすぐに試せる。次にお城に行くことがあれば、私も絶対に攻める気持ち、そして敵に攻撃されるイメージをしながら歩こうと思います。 コーナーでは「昔の人が残した愛おしいらくがきベスト3」を紹介していただきました。 お城の中でも石垣が好きだといういなもとさん。石垣自体に印がつけられているというのは今回初めて知りました。 それ以外にも、お城には昔の人が残したらくがきがいくつもあって、どれもかわいらしくおもしろかったです。それぞれのお城で、そのらくがきが実際に展示されているとのことで、実物も見てみたいと思いました。 プラスチックを分解できる!? きのこの無限の可能性 (写真:奥森皐月の公私混同 第34回「きのこ、私に教えてください!」) 第34回のテーマは「きのこ、教えてください!」。ゲストに、きのこ大好き芸人・坂井きのこさんをお招きしました。 きのこって身近なのに意外と知らない。安いからスーパーでよく買うし、そこそこ食べているはずなのに、実態についてはまったく理解できていませんでした。「きのこってなんだろう」と考える機会がなかった。 坂井さんは筋金入りのきのこ好きで、幼少期から今までずっときのこに魅了されていることがお話を聞いてわかりました。 山や森などできのこを見つけると、少しうれしい気持ちになりますよね。きのこ狩りをずっとしていると珍しいきのこにもたくさん出会えるようで、単純に宝探しみたいで楽しそうだなぁと思いました。 菌類で、毒があるものもあって、鑑賞してもおもしろくて、食べることもできる。ほかに似たものがない不思議な存在だなぁと改めて思いました。 野菜だったら「葉の部分を食べている」とか「実を食べている」とかわかりやすいですけれど、きのこってじゃあなんだといわれると説明ができない。 基本の基本からきのこについてお聞きできてよかったです。菌類には分解する力があって、きのこがいるから生態系は保たれている。命が尽きたら森に葬られてきのこに分解されたい……とおっしゃっていたときはさすがに変な声が出てしまいました。これも愛のかたちですね。 ランキングコーナーの後半では、きのこのすごさが次々とわかってテンションが上がりました。 特に「プラスチックを分解できるきのこがある」という話は衝撃的。研究がまだまだ進められていないだけで、きのこには無限の可能性が秘められているのだとわかってワクワクしちゃった。 この収録を境に、きのこを少し気にしながら生きるようになった。皆さんもこの配信を観ればきのこに対する心持ちが少し変わると思います。教育番組らしさもあるいい回でした。 「神オブ神」な花火を見てみたい! (写真:奥森皐月の公私混同 第35回「花火、私に教えてください!」) 7月最後の配信のテーマは「花火、教えてください!」で、ゲストに花火マニアの安斎幸裕さんにお越しいただきました。 コロナ禍も落ち着き、今年は本格的にあちこちで花火大会が開催されていますね。8月前半の土日は全国的にも花火大会がたくさん開催される時期とのことで、その少し前の最高のタイミングでお越しいただきました。 花火大会にはそれぞれ開催される背景があり、それらを知ってから花火を見るとより楽しめるというお話が素敵でした。かの有名な長岡の花火大会も、古くからの歴史と想いがあるとのことで、見え方が変わるなぁと感じます。 それから、花火玉ひとつ作るのに相当な時間と労力がかけられていることを知って驚きました。中には数カ月かかって作られるものもあるとのことで、それが一瞬で何十発も打ち上げられるのは本当に儚いと思いました。 このお話を聞いて今年花火大会に行きましたが、一発一発にその手間を感じて、これまでと比べ物にならないくらいに感動しました。派手でない小さめの花火も愛おしく思えた。 安斎さんの花火職人さんに対するリスペクトの気持ちがひしひしと伝わってきて、とてもよかったです。 最初は、本当に尊敬しているのだなぁという印象だったのですが、だんだんその思いがあふれすぎて、推しを語る女子高校生のような口調になられていたのがおもしろかったです。見た目のイメージとのギャップもあって素敵でした。 最終的に、あまりにすごい花火のことを「神オブ神」と言ったり、花火を「神が作った子」と言ったりしていて、笑ってしまいました。 この週の「大喜利公私混同カップ2」のお題が「進化しすぎた最新花火の特徴を教えてください」だったのですが、大喜利の回答に近い花火がいくつも存在していることを教えてくださっておもしろかったです。 大喜利が大喜利にならないくらいに、花火が進化していることがわかりました。このコーナーの大喜利と現実が交錯する瞬間がすごく好き。 真夏以外にも花火大会はあり、さまざまな花火アーティストによってまったく違う花火が作られていることをこの収録で知りました。きちんと事前にいい席を取って、全力で花火を楽しんでみたいです。 成田の花火大会がどうやらかなりすごいので行ってみようと思います。「神オブ神」って私も言いたい。 『奥森皐月の公私混同』は毎週木曜18時に最新回が公開 『奥森皐月の公私混同』ではメールを募集しています。 募集内容はTwitterに定期的に掲載しているので、テーマや大喜利のお題などそちらからご確認ください。 宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp です、たくさんのメールをお待ちしております。 logirl公式サイト内「ラジオ」のページでは、毎週アフタートークが公開されています。 ゆったり作家のみなさんとおしゃべりしています。無料でお聴きいただけるのでぜひ。 (写真:『奥森皐月の公私混同 アフタートーク』) 『奥森皐月の公私混同』番組公式Twitterアカウントがあります。 最新情報やメール募集についてすべてお知らせしていますので、チェックしていただけるとうれしいです。 また、番組やこの収録後記の感想などは「#奥森皐月の公私混同」をつけて投稿してください。 メール募集! テーマは【カレー🍛】【ラグビー🏉】です! ▼奥森!コレ知ってんのか!ニュース▼ゲストへの質問▼大喜利公私混同カップ2▼リアクションメール▼感想メール 📩宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp メールの〆切は8/22(火)10時です! pic.twitter.com/xJrDL41Wc9 — 奥森皐月の公私混同は傍若無人 (@s_okumori) August 20, 2023 奥森皐月個人のTwitterアカウントもあります。 番組アカウントとともにぜひフォローしてください。たまにおもしろいことも投稿しています。 大喜る人たち生配信を真剣に見ている奥森皐月。お前は中途半端だからサッカー選手にはなれないと残酷な言葉で説く父親、聞く耳を持たない小2くらいの息子、黙っている妹と母親の4人家族。啜り泣くギャル。この3組がお客さんのカレー屋さんがさっきまであった。出てしまったので今はもうない。 — 奥森皐月 (@okumoris) August 20, 2023 『奥森皐月の公私混同』はlogirlにて毎週木曜18時に最新回が公開。 次回は「未体験のジャンルからやってくる強者たち」を中心にお送りします。お楽しみに。
AKB48 Team 8 私服グラビア
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L'art des mots~言葉のアート~
企画展情報から、オリジナルコラム、鑑賞記まで……アートに関するよしなしごとを扱う「L’art des mots~言葉のアート~」
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【News】西洋絵画の500年の歴史を彩った巨匠たちの傑作が、一挙来日!『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』が大阪市立美術館・国立新美術館にて開催!先史時代から現代まで5000年以上にわたる世界各地の考古遺物・美術品150万点余りを有しているメトロポリタン美術館。 同館を構成する17部門のうち、ヨーロッパ絵画部門に属する約2500点の所蔵品から、選りすぐられた珠玉の名画65 点(うち46 点は日本初公開)を展覧する『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』が、11月に大阪、来年2月には東京で開催されます。 この展覧会は、フラ・アンジェリコ、ラファエロ、クラーナハ、ティツィアーノ、エル・グレコから、カラヴァッジョ、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、レンブラント、 フェルメール、ルーベンス、ベラスケス、プッサン、ヴァトー、ブーシェ、そしてゴヤ、ターナー、クールベ、マネ、モネ、ルノワール、ドガ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌに至るまでを、時代順に3章で構成。 第Ⅰ章「信仰とルネサンス」では、イタリアのフィレンツェで15世紀初頭に花開き、16世紀にかけてヨーロッパ各地で隆盛したルネサンス文化を代表する画家たちの名画、フラ・アンジェリコ《キリストの磔刑》、ディーリック・バウツ《聖母子》、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドニス》など、計17点を観ることが出来ます。 第Ⅱ章「絶対主義と啓蒙主義の時代」では、絶対主義体制がヨーロッパ各国で強化された17世紀から、啓蒙思想が隆盛した18世紀にかけての美術を、各国の巨匠たちの名画30点により紹介。カラヴァッジョ《音楽家たち》、ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》、レンブラント・ファン・レイン《フローラ》などを御覧頂けます。 第Ⅲ章「革命と人々のための芸術」では、レアリスム(写実主義)から印象派へ……市民社会の発展を背景にして、絵画に数々の革新をもたらした19世紀の画家たちの名画、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む》、オーギュスト・ルノワール《ヒナギクを持つ少女》、フィンセント・ファン・ゴッホ《花咲く果樹園》、さらには日本初公開となるクロード・モネ《睡蓮》など、計18点が展覧されます。 15世紀の初期ルネサンスの絵画から19世紀のポスト印象派まで……西洋絵画の500 年の歴史を彩った巨匠たちの傑作を是非ご覧下さい! 『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』 ■大阪展 会期:2021年11月13日(土)~ 2022年1月16日(日) 会場:大阪市立美術館(〒543-0063大阪市天王寺区茶臼山町1-82) 主催:大阪市立美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社、テレビ大阪 後援:公益財団法人 大阪観光局、米国大使館 開館時間:9:30ー17:00 ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜日( ただし、1月10日(月・祝)は開館)、年末年始(2021年12月30日(木)~2022年1月3日(月)) 問い合わせ:TEL:06-4301-7285(大阪市総合コールセンターなにわコール) ■東京展 会期:2022年2月9日(水)~5月30日(月) 会場:国立新美術館 企画展示室1E(〒106-8558東京都港区六本木 7-22-2) 主催:国立新美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社 後援:米国大使館 開館時間:10:00ー18:00( 毎週金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで 休館日:火曜日(ただし、5月3日(火・祝)は開館) 問い合わせ:TEL:050-5541-8600( ハローダイヤル) text by Suzuki Sachihiro
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【News】約3,000点の新作を展示。国立新美術館にて「第8回日展」が開催!10月29日(金)から11月21日まで、国立新美術館にて「第8回日展」が開催されます。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5部門に渡って、秋の日展のために制作された現代作家の新作、約3,000点が一堂に会します。 明治40年の第1回文展より数えて、今年114年を迎える日本最大級の公募展である日展は、歴史的にも、東山魁夷、藤島武二、朝倉文夫、板谷波山など、多くの著名な作家を生み出してきました。 展覧会名:第8回 日本美術展覧会 会 場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2) 会 期:2021年10月29日(金)~11月21日(日)※休館日:火曜日 観覧時間:午前10時~午後6時(入場は午後5時30分まで) 主 催:公益社団法人日展 後 援:文化庁/東京都 入場料・チケットや最新の開催情報は「日展ウェブサイト」をご確認下さい (https://nitten.or.jp/) 展示される作品は作家の今を映す鏡ともいえ、作品から世相や背景など多くのことを読み取る楽しさもあります。 あらゆるジャンルをいっぺんに楽しめる機会、新たな日本の美術との出会いに胸躍ること必至です! 東京展の後は、京都、名古屋、大阪、安曇野、金沢の5か所を巡回(予定)します。 日本画 会場風景 2020年 洋画 会場風景 2020年 彫刻 会場風景 2020年 工芸美術 会場風景 2020年 書 会場風景 2020年 text by Suzuki Sachihiro
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【News】和田誠の全貌に迫る『和田誠展』が開催!イラストレーター、グラフィックデザイナー和田誠わだまこと(1932-2019)の仕事の全貌に迫る展覧会『和田誠展』が、今秋10月9日から東京オペラシティアートギャラリーにて開催される。 和田誠 photo: YOSHIDA Hiroko ©Wada Makoto 和田誠の輪郭をとらえる上で欠くことのできない約30のトピックスを軸に、およそ2,800点の作品や資料を紹介。様々に創作活動を行った和田誠は、いずれのジャンルでも一級の仕事を残し、高い評価を得ている。 展示室では『週刊文春』の表紙の仕事はもちろん、手掛けた映画の脚本や絵コンテの展示、CMや子ども向け番組のアニメーション上映も予定。 本展覧会では和田誠の多彩な作品に、幼少期に描いたスケッチなども交え、その創作の源流をひも解く。 ▽和田誠の仕事、総数約2,800点を展覧。書籍と原画だけで約800点。週刊文春の表紙は2000号までを一気に展示 ▽学生時代に制作したポスターから初期のアニメーション上映など、貴重なオリジナル作品の数々を紹介 ▽似顔絵、絵本、映画監督、ジャケット、装丁……など、約30のトピックスで和田誠の全仕事を紹介 会場は【logirl】『Musée du ももクロ』でも何度も訪れている、初台にある「東京オペラシティアートギャラリー」。 この秋注目の展覧会!あなたの芸術の秋を「和田誠の世界」で彩ろう。 【開催概要】展覧会名:和田誠展( http://wadamakototen.jp/ ) 会期:2021年10月9日[土] - 12月19日[日] *72日間 会場:東京オペラシティ アートギャラリー 開館時間:11:00-19:00(入場は18:30まで) 休館日:月曜日 入場料:一般1,200[1,000]円/大・高生800[600]円/中学生以下無料 主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団 協賛:日本生命保険相互会社 特別協力:和田誠事務所、多摩美術大学、多摩美術大学アートアーカイヴセンター 企画協力:ブルーシープ、888 books お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル) *同時開催「収蔵品展072難波田史男 線と色彩」「project N 84 山下紘加」の入場料を含みます。 *[ ]内は各種割引料金。障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料。割引の併用および入場料の払い戻しはできません。 *新型コロナウイルス感染症対策およびご来館の際の注意事項は当館ウェブサイトを( https://www.operacity.jp/ag/ )ご確認ください。 ▽和田誠(1932-2019) 1936年大阪に生まれる。多摩美術大学図案科(現・グラフィックデザイン学科)を卒業後、広告制作会社ライトパブリシティに入社。 1968年に独立し、イラストレーター、グラフィックデザイナーとしてだけでなく、映画監督、エッセイ、作詞・作曲など幅広い分野で活躍した。 たばこ「ハイライト」のデザインや「週刊文春」の表紙イラストレーション、谷川俊太郎との絵本や星新一、丸谷才一など数多くの作家の挿絵や装丁などで知られる。 報知映画賞新人賞、ブルーリボン賞、文藝春秋漫画賞、菊池寛賞、毎日デザイン賞、講談社エッセイ賞など、各分野で数多く受賞している。 仕事場の作業机 photo: HASHIMOTO ©Wada Makoto 『週刊文春』表紙 2017 ©Wada Makoto 『グレート・ギャツビー』(訳・村上春樹)装丁 2006 中央公論新社 ©Wada Makoto 『マザー・グース 1』(訳・谷川俊太郎)表紙 1984 講談社 ©Wada Makoto text by Suzuki Sachihiro
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「誰も観たことのないバラエティを」。『ももクロChan』10周年記念スタッフ座談会ももいろクローバーZの初冠番組『ももクロChan』が昨年10周年を迎えた。 この番組が女性アイドルグループの冠番組として異例の長寿番組となったのは、ただのアイドル番組ではなく、"バラエティ番組”として破格におもしろいからだ。 ももクロのホームと言っても過言ではないバラエティ番組『ももクロChan』。 彼女たちが10代半ばのころから、その成長を見続けてきたプロデューサーの浅野祟氏、吉田学氏、演出の佐々木敦規氏の3人が集まり、番組への思い、そしてももクロの魅力を存分に語ってくれた。 浅野 崇(あさの・たかし)1970年、千葉県出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『ももクロChan』 『ももクロちゃんと!』 『Musee du ももクロ』 『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』、など 吉田 学(よしだ・まなぶ)1978年、東京都出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~』 『ももクロちゃんと!』 『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』 『Musée du ももクロ』、など 佐々木 敦規(ささき・あつのり)1967年、東京都出身。ディレクター。 有限会社フィルムデザインワークス取締役 「ももクロはアベンジャーズ」。そのずば抜けたバラエティ力の秘密 ──最近、ももクロのメンバーたちが、個々でバラエティ番組に出演する機会が増えていますね。 浅野 ようやくメンバー一人ひとりのバラエティ番組での強さに、各局のディレクターやプロデューサーが気づいてくれたのかもしれないですね。間髪入れずに的確なコメントやリアクションをしてて、さすがだなと思って観てます。 佐々木 彼女たちはソロでもアリーナ公演を完売させるアーティストですけど、バラエティタレントとしてもその実力は突き抜けてますから。 浅野 あれだけ大きなライブ会場で、ひとりしゃべりしても飽きがこないのは、すごいことだなと改めて思いますよ。 佐々木 そして、4人そろったときの爆発力がある。それはまず、バラエティの天才・玉井詩織がいるからで。器用さで言わせたら、彼女はめちゃくちゃすごい。百田夏菜子、高城れに、佐々木彩夏というボケ3人を、転がすのが本当にうまくて助かってます。 昔は百田の天然が炸裂して、高城れにがボケにいくスタイルだったんですが、いつからか佐々木がボケられるようになって、ももクロは最強になったと思ってます。 キラキラしたぶりっ子アイドル路線をやりたがっていたあーりんが、ボケに回った。それどころか、今ではそのポジションに味をしめてる。昔はコマネチすらやらなかった子なのに、ビックリですよ(笑)。 (写真:佐々木ディレクター) ──そういうメンバーの変化や成長を見られるのも、10年以上続く長寿番組だからこそですね。 吉田 昔からライブの舞台裏でもずっとカメラを回させてくれたおかげで、彼女たちの成長を記録できました。結果的に、すごくよかったですね。 ──ずっとももクロを追いかけてきたファンは思い出を振り返れるし、これからももクロを知る人たちも簡単に過去にアクセスできる。「テレ朝動画」で観られるのも貴重なアーカイブだと思います。 佐々木 『ももクロChan』は、早見あかりの脱退なども撮っていて、楽しいときもつらいときも悲しいときも、ずっと追っかけてます。こんな大事な仕事は、途中でやめるわけにはいかないですよ。彼女たちの成長ドキュメンタリーというか、ロードムービーになっていますから。 唯一無二のコンテンツになってしまったので、ももクロが活動する限りは『ももクロChan』も続けたいですね。 吉田 これからも続けるためには、若い世代にもアピールしないといけない。10代以下の子たちにも「なんかおもしろいお姉ちゃんたち」と認知してもらえるように、我々もがんばらないと。 (写真:吉田プロデューサー) 浅野 彼女たちはまだまだ伸びしろありますからね。個々でバラエティ番組に出たり、演技のお仕事をしたり、ソロコンをやったりして、さらにレベルアップしていく。そんな4人が『ももクロChan』でそろったとき、相乗効果でますますおもしろくなるような番組をこれからも作っていきたいです。 佐々木 4人は“アベンジャーズ"っぽいなと最近思うんだよね。 浅野 わかります。 ──アベンジャーズ! 個人的に、ももクロって令和のSMAPや嵐といったポジションすら狙えるのではないか、と妄想したりするのですが。 浅野 あそこまで行くのはとんでもなく難しいと思いますが……。でも佐々木さんの言うとおりで、最近4人全員集まったときに、スペシャルな瞬間がたまにあるんですよ。そういう大物の華みたいな部分が少しずつ見えてきたというか。 佐々木 そうなんだよねぇ。ももクロの4人はやたらと仲がいいし、本人たちも30歳、40歳、50歳になっても続けていくつもりなので、さらに化けていく彼女たちを撮っていかなくちゃいけないですね。 早見あかりが抜けて、自立したももクロ (写真:浅野プロデューサー) ──先ほど少し早見あかりさん脱退のお話が出ましたけど、やはり印象深いですか。 吉田 そうですね。そのとき僕はまだ『ももクロChan』に関わってなかったんですが、自分の局の番組、しかも動画配信でアイドルの脱退の告白を撮ったと聞いて驚きました。 当時はAKB48がアイドル界を席巻していて、映画『DOCUMENTARY of AKB48』などでアイドルの裏側を見せ始めた時期だったんです。とはいえ、脱退の意志をメンバーに伝えるシーンを撮らせてくれるアイドルは画期的でした。 佐々木 ももクロは最初からリミッターがほとんどないグループだからね。チーフマネージャーの川上アキラさんが攻めた人じゃないですか。だって、自分のワゴン車に駆け出しのアイドル乗っけて、全国のヤマダ電機をドサ回りするなんて、普通考えられないでしょう(笑)。夜の駐車場で車のヘッドライトを背に受けながらパフォーマンスしてたら、そりゃリミッターも外れますよ。 (写真:『ももクロChan』#11) ──アイドルの裏側を見せる番組のコンセプトは、当初からあったんですか? 佐々木 そうですね、ある程度狙ってました。そもそも僕と川上さんが仲よしなのは、プロレスや格闘技っていう共通の熱狂している趣味があるからなんですけど。 当時流行ってた総合格闘技イベント『PRIDE』とかって、ブラジリアントップファイターがリング上で殺し合いみたいなガチの真剣勝負をしてたんですよ。そんな血気盛んな選手が闘い終わってバックヤードに入った瞬間、故郷のママに「勝ったよママ! 僕、勝ったんだよ!」って電話しながら泣き出すんです。 ああいうファイターの裏側を生々しく映し出す映像を見て、表と裏のコントラストには何か新しい魅力があるなと、僕らは気づいて。それで、川上さんと「アイドルで、これやりましょうよ!」って話がスムーズにいったんです。 吉田 ライブ会場の楽屋などの舞台裏に定点カメラを置いてみる「定点観測」は、ももクロの裏の部分が見える代表的なコーナーになりました。ステージでキラキラ輝くももクロだけじゃなくて、等身大の彼女たちが見られるよう、早いうちに体制を整えられたのもありがたかったですね。 ──番組開始時からももクロのバラエティにおけるポテンシャルは図抜けてましたか? 佐々木 いや、最初は普通の高校生でしたよ。だから、何がおもしろくて何がウケないのか、何が褒められて何がダメなのか。そういう基礎から丁寧に教えました。 ──転機となったのは? 佐々木 やはり早見あかりが抜けたことですね。当時は早見が最もバラエティ力があったんです。裏リーダーとして場を回してくれたし、ほかのメンバーも彼女に頼りきりだった。我々も困ったときは早見に振ってました。 だから早見がいなくなって最初の収録は、残ったメンバーでバラエティを作れるのか正直不安で。でも、いざ収録が始まったら、めちゃめちゃおもしろかったんですよ。「お前らこんなにできたのっ!?」といい意味で裏切られた。 早見に甘えられなくなり、初めて自立してがんばるメンバーを見て、「この子たちとおもしろいバラエティ作るぞ!」と僕もスイッチが入りましたね。 あと、やっぱり2013年ごろからよく出演してくれるようになった東京03の飯塚(悟志)くんが、ももクロと相性抜群だったのも大きかった。彼のシンプルに一刀両断するツッコミのおかげで、ももクロはボケやすくなったと思います。 吉田 飯塚さんとの絡みで学ぶことも多かったですよね。 佐々木 トークの間合いとか、ボケの伏線回収的な方程式なんかを、お笑い界のトップランナーと実戦の中で知っていくわけですから、貴重な経験ですよね。それは僕ら裏方には教えられないことでした。 浅野 今のももクロって、収録中に何かおもしろいことが起きそうな気配を感じると、各々の役割を自覚して、フィールドに散らばっていくイメージがあるんですよね。 言語化はできないんだろうけど、彼女たちなりに、ももクロのバラエティ必勝フォーメーションがいくつかあるんでしょう。状況に合わせて変化しながら、みんなでゴールを目指してるなと感じてます。 ももクロのバラエティ史に残る奇跡の数々 ──バラエティ番組でのテクニックは芸人顔負けのももクロですが、“笑いの神様”にも愛されてますよね。何気ないスタジオ収録回でも、ミラクルを起こすのがすごいなと思ってて。 佐々木 最近で言うと、「4人連続ピンポン球リフティング」は残り1秒でクリアしてましたね。「持ってる」としか言えない。ああいう瞬間を見るたびに、やっぱりスターなんだなぁと思いますね。 浅野 昔、公開収録のフリースロー対決(#246)で、追い込まれた百田さんが、うしろ向きで投げて入れるというミラクルもありました。 あと、「大人検定」という企画(#233)で、高城さんがタコの踊り食いをしたら、鼻に足が入ってたのも忘れられない(笑)。 吉田 あの高城さんはバラエティ史に残る映像でしたね(笑)。 個人的にはフットサルも印象に残ってます。中学生の全国3位の強豪チームとやって、善戦するという。 佐々木 なんだかんだ健闘したんだよね。しかも終わったら本気で悔しがって、もう一回やりたいとか言い出して。 今度のオンラインライブに向けて、過去の名シーンを掘ってみたんですが、そういうミラクルがたくさんあるんですよ。 浅野 今ではそのラッキーが起こった上で、さらにどう転していくかまで彼女たちが自分で考えて動くので、昔の『ももクロChan』以上におもしろくなってますよね。 写真:『ももクロChan』#246) (写真:『ももクロChan』#233) ──皆さんのお話を聞いて、『ももクロChan』はアイドル番組というより、バラエティ番組なんだと改めて思いました。 佐々木 そうですね。誤解を恐れずに言えば、僕らは「ももクロなしでも通用するバラエティ」を作るつもりでやってるんです。 お笑いとしてちゃんと観られる番組がまずあって、その上でとんでもないバラエティ力を持ったももクロががんばってくれる。そりゃおもしろくなりますよね。 ──アイドルにここまでやられたら、ゲストの芸人さんたちも大変じゃないかと想像します。 佐々木 そうでしょうね(笑)。平成ノブシコブシの徳井(健太)くんが「バラエティ番組いろいろ出たけど、今でも緊張するのは『ゴッドタン』と『ももクロChan』ですよ」って言ってくれて。お笑いマニアの彼にそういう言葉をもらえたのは、ありがたかったなぁ。 誰も見たことのない破格のバラエティ番組を届ける ──そして11月6日(土)には、『テレビ朝日 ももクロChan 10周年記念 オンラインプレミアムライブ!~最高の笑顔でバラエティ番組~』を開催しますね。 吉田 もともとは去年やるつもりでしたが、コロナ禍で自粛することになり、11周年の今年開催となりました。これから先『ももクロChan』を振り返ったとき、このイベントが転機だったと思えるような特別な日にしたいですね。 浅野 歌あり、トークあり、コントあり、ゲームあり。なんでもありの総合バラエティ番組を作るつもりです。 2時間の生配信でゲストも来てくださるので、通常回以上に楽しいのはもちろん、ライブならではのハプニングも期待しつつ……。まぁプロデューサーとしては、いろんな意味でドキドキしてますけど(苦笑)。 佐々木 ライブタイトルに「バラエティ番組」と入れて、我々も自分でハードル上げてるからなぁ(笑)。でも「バラエティを売りにしたい」と浅野Pや吉田Pに思っていただいているので、ディレクターの僕も期待に応えるつもりで準備してるところです。 浅野 ここで改めて、ももクロは歌や踊りのパフォーマンスだけじゃなく、バラエティも最高におもしろいんだぞ、と知らしめたい。 さっき佐々木さんも言ってましたけど、まだももクロに興味がない人でも、バラエティ番組として楽しめるはずなので、お笑い好きとか、バラエティをよく観る人に観てもらいたいです。 佐々木 誰も見たことない、新しくておもしろい番組を作るつもりですよ。 浅野 『ももクロChan』が始まった2010年って、まだ動画配信で成功している番組がほとんどなかったんですね。そんな環境で番組がスタートして、テレビ朝日の中で特筆すべき成功番組になった。 そういう意味では、配信動画のトップランナーとして、満を持して行う生配信のオンラインイベントなので、業界の中でも「すごかった」と言ってもらえる番組にするつもりです。 吉田 『ももクロChan』スタッフとしては、番組が11周年を迎えることを感慨深く思いつつ、テレビを作ってきた人間としては、コロナ以降に定着してきたオンライン生配信の意義を今改めて考えながら作っていきたいです。 (写真:『テレビ朝日 ももクロChan 10周年記念 オンラインプレミアムライブ!~最高の笑顔でバラエティ番組~』は、11月6日(土)19時開演 logirl会員は割引価格でご視聴いただけます) ──具体的にどういった企画をやるのか、少しだけ教えてもらえますか? 浅野 「あーりんロボ」(佐々木彩夏がお悩み相談ロボットに扮するコントコーナー)はやるでしょう。 佐々木 生配信で「あーりんロボ」は怖いですよ、絶対時間押しますから(笑)。佐々木も度胸ついちゃってるからガンガンボケて、百田、高城、玉井がさらに煽って調子に乗っていくのが目に見える……。 あと、配信ならではのディープな企画も考えていますが、ちょっと今のままだとディープすぎてできないかもしれないです。 浅野 配信を観た方は、ネタバレ禁止というルールを決めたら、攻められますかねぇ。 佐々木 たしかに視聴者の方々と共犯関係を結べるといいですね。 とにかく、モノノフさんはもちろんですが、少しでも興味を持った人に観てほしいんですよ。バラエティ史に残る番組の記念すべき配信にしますので、絶対損はさせません。 浅野 必ず、期待にお応えします。 撮影=時永大吾 文=安里和哲 編集=後藤亮平
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logirlの「起爆剤になりたい」ディレクター・林洋介(『ももクロちゃんと!』)インタビューももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、AKB48 Team8などのオリジナルコンテンツを配信する動画配信サービス「logirl」スタッフへのリレーインタビュー第5弾。 今回は10月からリニューアルする『ももクロちゃんと!』でディレクターを務める林洋介氏に話を聞いた。 林洋介(はやし・ようすけ)1985年、神奈川県出身。ディレクター。 <現在の担当番組> 『ももクロちゃんと!』 『WAGEI』 『小川紗良のさらまわし』 『まりなとロガール』 リニューアルした『ももクロちゃんと!』の収録を終えて ──10月9日から土曜深夜に枠移動する『ももクロちゃんと!』。林さんはリニューアルの初回放送でディレクターを務めています。 林 そうですね。「ももクロちゃんと、〇〇〇!」という基本的なルールは変わらずやっていくんですけど、画面上のCGやテロップなどが変わるので、視聴者の方の印象はちょっと違ってくるかなと思います。 (写真:「ももクロちゃんと!」) ──収録を終えた感想はいかがですか? 林 自粛期間中に自宅で推し活を楽しめる「推しグッズ」作りがトレンドになっていたので、今回は「推しグッズ」というテーマでやったんですが、ももクロのみなさんに「推しゴーグル」を作ってもらう作業にけっこう時間がかかってしまったんですよね。「安全ゴーグル」に好きなキャラクターや言葉を書いてデコってもらったんですが、本当はもうひとつ作る予定が収録時間に収まりきらず……それでもリニューアル1発目としては、期待を裏切らない内容になったと思います。 ──『ももクロちゃんと!』を担当するのは今回が初めてですが、収録に臨むにあたって何か考えはありましたか? 林 やっぱり、リニューアル一発目なので盛り上がっていけたらなと。あとは、ももクロは知名度のあるビッグなタレントさんなので、その空気に飲まれないようにしないといけないなと考えていましたね。 ──先輩スタッフの皆さんからとも相談しながらプランを立てていったのでしょうか? 林 そうですね。ももクロは業界歴も長くてバラエティ慣れしているので、トークに関しては心配ないと聞いていました。ただ、自分たちで考えて何かを書いたり作ったりしてもらうのは、ちょっと時間がいるかもしれないよとも……でも、まさかあそこまでかかるとは思いませんでした(笑)。ちょっとバカバカしいものを書いてもらっているんですけど、あそこまで真剣に取り組んでくれるのかって逆に感動しました。 (写真:「ももクロちゃんと! ももクロちゃんと祝!1周年記念SP」) 「まだこんなことをやるのか」という無茶をしたい ──ももクロメンバーと仕事をする機会は、これまでもありましたか? 林 logirlチームに入るまで一度もなくて、今回がほぼ初対面です。ただ一度だけ、DVDの宣伝のために短いコメントをもらったことがあって、そのときもここまで現場への気遣いがしっかりしているんだという印象を受けました。 もちろん名前はよく知っていますが、僕は正直あまりももクロのことを知らなかったんですよね。キャリア的に考えたら当然現場では大物なわけで、そのときは僕も時間を巻きながら無事に5分くらいのコメントをもらったんですが、あとから撮影した素材を見返したら、あの短いコメント取材だけなのに、わざわざみんなで立ち上がって「ありがとうございました」と丁寧に言ってくれていたことに気がついて、「めっちゃいい子たちやなあ」って思ってました。 ──一緒に仕事をしてみて、印象は変わりましたか? 林 『ももクロちゃんと!』は、基本的にその回で取り上げる専門的な知識を持った方にゲストで来ていただいてるんですが、タレントさんでない方が来ることも多いんですよね。そういった一般の方に対しても壁がないというか、なんでこんなになじめるのかってくらいの親しみ深さに驚きました。そういう方たちの懐にもすっと入っていけるというか、その気遣いを大切にしているんですよね。しかもそれをすごく自然にやっているのが、すごいなと思いました。 ──『ももクロちゃんと!』は2年目に突入しました。今後の方向性として、考えていることはありますか? 林 「推しグッズ」でも、あそこまで真剣に取り組んでるんだったら、短い収録時間の中ではありますが、「まだこんなことをやってくれるのか」という無茶をしてみたいなと個人的には思いました。過去の『ももクロChan』を観ていても、すごくアクティブじゃないですか。だから、トークだけでは終わらせたくないなっていう気持ちはあります。 (写真:「ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~」) 情報番組のディレクターとしてキャリアを積む ──テレビの仕事を始めたきっかけを教えてください。 林 大学を卒業して特にやりたいことがなかったので、好きだったテレビの仕事をやってみようかなというのが入口ですね。最初に入ったのがテレビ東京さんの『お茶の間の真実〜もしかして私だけ!?〜』というバラエティ番組で、そこでADをやっていました。長嶋一茂さんと石原良純さんと大橋未歩さんがMCだったんですが、初めは知らないことだらけだったので、いろいろなことが学べたのは楽しかったですね。 ──そこからずっとバラエティ畑ですか。 林 AD時代は基本的にバラエティでしたね。ディレクターの一発目はTBSの『ビビット』という情報番組でした。曜日ディレクターとして、日々のニュースを追う感じだったんですが、そもそもニュースというものに興味がなかったので、そこはかなり苦戦しました。バラエティの“おもしろい”は単純というか、わかりやすいですが、ニュースの“おもしろい”ってなんだろうってずっと考えていましたね。たとえば、殺人事件の何を見せたらいいんだろうとか、まったくわからない世界に入ってしまったなという感じがしていました。 ──情報番組はどのくらいやっていたんですか? 林 『ビビット』のあとに始まった、立川志らくさんの『グッとラック!』もやっていたので、6年間ぐらいですかね。でも、最後まで情報番組の感覚はつかめなかった気がします。きっとこういうことが情報番組の“おもしろい”なのかなって想像しながら、合わせていたような感じです。 番組制作のモットーは「事前準備を超えること」 ──ご自身の好みでいえば、どんなジャンルがやりたかったんですか? 林 いわゆる“どバラエティ”ですね。当時でいえば、めちゃイケ(『めちゃ×イケてるッ!』/フジテレビ)に憧れてました。でも、情報バラエティが全盛の時代だったので、結果的にAD時代、ディレクター時代を含めてゴリゴリのバラエティはやれなかったですね。 ──情報番組のディレクター時代の経験で、印象に残っていることはありますか? 林 芸能人の密着をやったり、街頭インタビューでおもしろ話を拾ってきたりと、仕事としては濃い時間を過ごしたと思いますが、そういったネタよりも、当時の上司からの影響が大きかったかなと思います。『ビビット』や『グッとラック!』は、ワイドショーだけどバラエティに寄せたい考えがあったので、コーナー担当の演出はバラエティ畑で育った人たちがやっていたんですよね。今思えば、バラエティのチームでワイドショーを作っているような感覚だったので、特殊といえば特殊な場所だったのかもしれません。僕のコーナーを見てくれていた演出の人もなかなか怖い人でしたから(笑)。 ──その経験も踏まえ、番組を作るときに心がけていることはありますか? 林 どんなロケでも事前に構成を作ると思うんですが、最初に作った構成を越えることをひとつの目標としてやっていますね。「こんなものが撮れそうです」と演出に伝えたところから、ロケのあとのプレビューで「こんなのがあるんだ」と驚かせるような何かをひとつでも持って帰ろうとやっていましたね。 自由度の高い「配信番組」にやりがいを感じる ──logirlチームには、どのような経緯で入ったんでしょうか? 林 『グッとラック!』が終わったときに、会社から「次はどうしたい?」と提示された候補のひとつだったんですよね。それで、僕はもう地上波に未来はないのかなと思っていたので、詳細は知らなかったんですけど、配信の番組というところに興味を持ってやってみたいなと思い、今年の4月から参加しています。 ──参加して半年ほど経ちますが、配信番組をやってみた感触はいかがですか? 林 そうですね。まだ何かができたわけじゃないんですけど、自分がやりたいことに手が届きそうだなという感じはしています。もちろん、仕事として何かを生み出さなければいけないですが、そこに自分のやりたいことが添えられるんじゃないかなって。 具体的に言うと、僕はいつか好きな「バイク」を絡めた企画をやりたいと思っているんですが、地上波だったら一発で「難しい」となりそうなものも、企画をもう少ししっかり詰めていけば、実現できるんじゃないかという自由度を感じています。 ──そこは地上波での番組作りとは違うところですよね。 林 はい、少人数でやっていることもありますし、聞く耳も持っていただけているなと感じます。まだ自分発信の番組は何もないんですけど、がんばれば自分発信でやろうという番組が生まれそうというか、そこはやりがいを感じる部分ですね。 logirlを大きくしていく起爆剤になりたい ──logirlはアイドル関連の番組も多いです。制作経験はありますか? 林 テレビ東京の『乃木坂って、どこ?』でADをやっていたことがあります。本当に初期で『制服のマネキン』の時期くらいまでだったので、もう9年前くらいですかね。いま売れている子も多いのでよかったなと思います。 ──ご自身がアイドル好きだったことはないですか。 林 それこそ、中学生のころにモーニング娘。に興味があったくらいですね。ちょうど加護(亜依)ちゃんや辻(希美)ちゃんが入ってきたころで、当時はみんな好きでしたから。でも、アイドルに熱狂的になったことはなくて、ああいう気持ちを味わってみたいなとは思うんですけど、なかなか。 ──これからlogirlでやりたいことはありますか? 林 先ほども言ったバイク関連の企画もそうですが、単純に何をやればいいというのはまだ見えてないんですよね。ただ、logirlはまだまだ小さいので、僕が起爆剤になってNetflixみたいにデカくなっていけたらいいなって勝手に思っています。 ──最後に『ももクロちゃんと!』の担当ディレクターをとして、番組のリニューアルに向けた意気込みをお願いします。 林 『ももクロちゃんと!』はこれから変わっていくはずなので、ファンのみなさんにはその変化にも注目していただければと思います。よろしくお願いします! 文=森野広明 編集=中野 潤
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言葉を引き出すために「絶対的な信頼関係を」プロデューサー・河合智文(『でんぱの神神』等)インタビューももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、AKB48 Team8などのオリジナルコンテンツを配信する動画配信サービス「logirl」スタッフへのリレーインタビュー第4弾。 今回は『でんぱの神神』『ナナポプ』などのプロデューサー、河合智文氏に話を聞いた。 河合智文(かわい・ともふみ)1974年、静岡県出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『でんぱの神神』 『ナナポプ 〜7+ME Link Popteen発ガールズユニットプロジェクト〜』 『美味しい競馬』(logirl YouTubeチャンネル) 初めて「チーム神神」の一員になれた瞬間 ──『でんぱの神神』には、いつから関わるようになったんでしょうか? 河合 2017年の3月から担当になりました。ちょうど、でんぱ組.incがライブ活動をいったん休止したタイミングでした。「密着」が縦軸としてある『でんぱの神神』をこれからどうしていこうか、という感じでしたね。 (写真:『でんぱの神神』) ──これまでの企画で印象的なものはありますか? 河合 古川未鈴さんが『@JAM EXPO 2017』で総合司会をやったときに、会場に乗り込んで未鈴さんの空き時間にジャム作りをしたんですよ。企画名は「@JAMであっと驚くジャム作り」。簡易キッチンを設置して、現場にいるアイドルさんたちに好きな材料をひとつずつ選んで鍋に入れていってもらい、最終的にどんな味になるのかまったくわからないというような(笑)。 極度の人見知りで、ほかのアイドルさんとうまくコミュニケーションが取れないという未鈴さんの苦手克服を目的とした企画でもあったんですが、@JAMの現場でロケをやらせてもらえたのは大きかったなと思います。 (写真:『でんぱの神神』#276/2017年9月22日配信) 企画ではありませんが、ねも・ぺろ(根本凪・鹿目凛)のふたりが新メンバーとしてお披露目となった大阪城ホール公演(2017年12月)までの密着も印象に残っていますね。 ライブ活動休止中はバラエティ企画が中心だったので、リハーサルでメンバーが歌っている姿がとても新鮮で……その空間を共有したとき、初めて「チーム神神」の一員になれたという感じがしました。 そういった意味ではねも・ぺろのふたりに対しては、でんぱ組.incという会社の『でんぱの神神』部署に配属された同期入社の仲間だと勝手に感じています (笑)。 でんぱ組.incが秀でる「自分の魅せ方」 ──でんぱ組.incというグループにどんな印象を持っていますか? 河合 僕が関わり始めたころは、2度目の武道館公演を行うなどすでにアイドルグループとして大きく、メジャーな存在だったんです。番組としてもスタートから6年目だったので、自分が入ってしっかり接していけるのかな、という不安はありました。 自分の趣味に特化したコアなオタクが集まったグループ……ということで、それなりにクセがあるメンバーたちなのかなと構えていたんですけど、そのあたりは気さくに接してもらって助かりました。とっつきにくさとかも全然なくて(笑)。 むしろ、ロケを重ねていくうちにセルフプロデュースや自己表現がすごくうまいんだなと思いました。自分の魅せ方をよくわかっているんですよね。 ──そういったご本人たちの個性を活かして企画を立てることもあるのでしょうか? 河合 マンガ・アニメ・ゲームなどメンバーが愛した男性キャラクターを語り尽くすという「私の愛した男たち」はでんぱ組にうまくハマった企画で、反響が大きかったので、「私の憧れた女たち」「私のシビれたシーンたち」と続く人気シリーズになりました。 やはり好きなことについて語るときはエネルギーがあるというか、とてもテンション高くキラキラしているんですよね。メンバーそれぞれの好みというか、人間性というか……隠れた一面を知ることのできた企画でしたね。 (写真:『でんぱの神神』#308/2018年5月4日配信) ──そして5月に『でんぱの神神』のレギュラー配信が2年ぶりに再開しました。これからどんな番組にしていきたいですか? 河合 2019年2月にレギュラー配信が終了しましたが、それでも不定期に密着させてもらっていたんです。そのたびにメンバーから「『神神』は何度でも蘇る」とか、「ぬるっと復活」みたいに言われていましたが(笑)。そんな『神神』が2年ぶりに完全復活できました。 長寿番組が自分の代で終了してしまった負い目も感じていましたし、不定期でも諦めずに配信を続けたことがレギュラー再開につながったと思うと、正直うれしいですね。 今回加入した新メンバーも超個性的な5人が集まったと思います。やはり今は多くの人に新メンバーについて知ってほしいですし、先ほどの「私の愛した男たち」は彼女たちを深掘りするのにうってつけの企画ですよね。これまで誰も気づかなかった個性や魅力を引き出して、新生でんぱ組.incを盛り上げていきたいです。 (写真:『でんぱの神神』#363/2021年5月12日配信) 密着番組では、事前にストーリーを作らない ──ティーンファッション誌『Popteen』のモデルが音楽業界を駆け上がろうと奮闘する姿を捉えた『ナナポプ』は、2020年の8月にスタートしました。 河合 『Popteen』が「7+ME Link(ナナメリンク)」というプロジェクトを立ち上げることになり、そこから生まれたMAGICOURというダンス&ボーカルユニットに密着しています。これまでのlogirlの視聴者層は20〜40代の男性が多かったですが、『ナナポプ』のファンの中心はやはり『Popteen』読者である10代の女性。そういった人たちにもlogirlを知ってもらうためにも、新しい視聴者層への訴求を意識した企画でもあります。 (写真:『ナナポプ』#29/2021年3月5日配信) ──番組の反響はいかがでしょうか? 河合 スタート当初は賛否というか、「モデルさんにダンステクニックを求めるのはいかがなものか?」といった声もありました。ですが、ダンス講師のmai先生はBIGBANGやBLACKPINKのバックダンサーもしていた一流の方ですし、メンバーたちも常に真剣に取り組んでいます。 だから、実際に観ていただければそれが伝わって応援してもらえるんじゃないかと思っています。番組も「“リアル”だけを描いた成長の記録」というテーマになっているので、本気の姿をしっかり伝えていきたいですね。 ──密着番組を作るときに意識していることはありますか? 河合 特に自分がディレクターとしてカメラを回すときの場合ですが、ナレーション先行の都合のよいストーリーを勝手に作らないことですね。 僕は編集のことを考えて物語を固めてしまうと、その画しか撮れなくなっちゃうタイプで。現場で実際に起きていることを、リアルに受け止めていこうとは常に考えています。一方で、事前に狙いを決めて、それをしっかり押さえていく人もいるので、僕の考えが必ずしも正解ではないとも思うんですけどね。 音楽の仕事をするために、制作会社に入社 ──テレビ業界を目指したきっかけを教えてください。 河合 高校時代に世間がちょうどバンドブームで、僕も楽器をやっていたんです。「学園祭の舞台に立ちたい」くらいの活動だったんですけど、当時から「仕事にするならクリエイティブなことがいい」とはずっと考えていました。初めは音楽業界に入りたかったんですが、専門学校に行って音楽の知識を学んだわけでもないので、レコード会社は落ちてしまって。 ほかに音楽の仕事ができる手段はないかなと考えたときに浮かんだのが「音楽番組をやればいい」でした。多少なりとも音楽に関われるなら、ということで番組制作会社に入ったのがきっかけです。 ──すぐに音楽番組の担当はできましたか? 河合 研修期間を経て実際に採用となったときに「どんな番組をやりたいんだ?」と聞かれて、素直に「音楽番組じゃなきゃ嫌です」と言ったら希望を叶えてくれたんです。1998年に日本テレビの深夜にやっていた、遠藤久美子さんがMCの『Pocket Music(ポケットミュージック)』という番組のADが最初の仕事です。そのあとも、同じ日本テレビで始まった『AX MUSIC- FACTORY』など、音楽番組はいくつか関わってきました。 大江千里さんと山川恵里佳さんがMCをしていた『インディーウォーズ』という番組ではディレクターをやっていました。タレントさんがインディーアーティストのプロモーションビデオを10万円の予算で制作するという、企画性の高い番組だったんですが、10万円だから番組ディレクターが映像編集までやることになったんです。 放送していた2004〜2005年ごろ、パソコンでノンリニア編集をする人なんてまだあまりいませんでした。ただ僕はひと足先に手を出していたので、タレントさんとマンツーマンで、ああでもないこうでもないと言いながら何時間もかけて動画を編集した思い出がありますね。 ──現在も動画の編集作業をすることはあるんですか? 河合 今でもバリバリやっています(笑)。YouTubeチャンネルでも配信している『美味しい競馬』の初期もそうですし、『でんぱの神神』がレギュラー配信終了後に特別編としてライブの密着をしたときは、自分でカメラを担いで密着映像とライブを収録して、それを自分で編集したりもしました。 やっぱり、自分で回した素材は自分で編集したいっていう気持ちが湧くんですよね。忘れかけていたディレクター心に火がつくというか……編集で次第に形になっていくのがおもしろくて。編集作業に限らず、構成台本を作成したり、けっこうなんでも自分でやっちゃうタイプですね。 (写真:『でんぱの神神』特別編 #349/2019年5月27日配信) logirlは、やりたいことを実現できる場所 ──logirlに参加した経緯を教えてください。 河合 実は『Pocket Music(ポケットミュージック)』が終わったとき、ADだったのに完全にフリーになったんですよ。そこから朝の情報番組などいろんなジャンルの番組を経験して、番組を通して知り合った仲間からいろいろと声をかけてもらって仕事をしていました。紀行番組で毎月海外に行ったりしたこともありましたね。 ちょうど一段落して、テレビ番組以外のこともやってみたいなと考えていたときに、日テレAD時代の仲間から「テレ朝で仕事があるけどやらない?」と紹介してもらい、それがまだ平日に毎日生配信をしていたころ(2015〜2017年)のlogirlだったんです。 (写真:撮影で訪れたスペイン・バルセロナにて) ──番組を作る上でモットーにしていることはありますか? 河合 今は一般の方でも、タレントさんでも、編集ソフトを使って誰でも動画制作ができる時代になったじゃないですか。だからこそ、「テレビ局の動画スタッフが作っている」というクオリティを出さなければいけないと思っています。難しいことですが、これを諦めたら番組を作る意味がないのかなという気がするんですよね。 あとは、出演者との信頼関係を大切に…..といったことですね。特に『でんぱの神神』『ナナポプ』といった密着系の番組は、出演者の気持ちをいかに言葉として引き出すかにかかっていますので、そこには絶対的な信頼関係を築いていくことが必要だと思います。 ──実際にlogirlで仕事してみて、いかがでしたか? 河合 自分でイチから企画を考えてアウトプットできる環境ではあるので、そこは楽しいですね。自分のやりたいことを、がんばり次第で実現できる場所。そういった意味でやりがいがあります。 ──リニューアルをしたlogirlの今後の目標を教えてください。 河合 まずは、どんどん新規の番組を作って、コンテンツを充実させていきたいです。これまで“ガールズ”に特化していましたが、今はその枠がなくなり、落語・講談・浪曲などをテーマにした『WAGEI』のような番組も生まれているので、いい意味でいろいろなジャンルにチャレンジできると思っています。 時期的にまだ難しいですが、ゆくゆくはlogirlでイベントをすることも目標です。logirlだからこそ実現できるラインナップになると思うので、いつか必ずやりたいと思っています。 文=森野広明 編集=田島太陽
大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』
仙波広雄@スポーツニッポン新聞社 競馬担当によるコラム。週末のメインレースを予想&分析/「logirl」でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(東海S)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(東海S) 7月26日(日)の中京7R・東海Sの予想をします。今週から暑熱対策として、中京と新潟開催には昼休みが設けられています。メインはそれぞれ7R。今年はとりわけ暑さが話題になっていますから、JRAの昼間のレース施行を避ける暑熱対策はそれなりに的を射ていたのでしょう。夏競馬が苦手という方は少なくないと思いますが、それはまあこの暑さなので、馬の出来は蓋を開けてみないと分からないところがあります。狙い馬が走らない、思いもよらない馬が走るシーズンですから、そういうものとして付き合いましょう。今回の東海Sはノーザンファーム、社台ファームの生産馬がいません。だから何?ではありますが、そういった組み合わせから推し量れる重賞のプレゼンスみたいなものを感じていただければ。 【プロキオンS→東海S(7月開催の西日本ダート重賞)、合わせて過去10年の傾向・特異点】 ・エーピーインディ系、米国ミスプロ系などとにかくアメリカっぽさ ・大型馬 ・基本は若い好調馬 ◎⑭マテンロウコマンド。 前走圧勝の⑤ドンインザムードが1番人気でしょう。前走の内容は重賞レベル。血統や年齢、馬体重などもこのレースの好走ファクターに合致するので有力だとは思いますが、良の中京ならひとひねりしてもいいかと思う次第。そこでマテンロウコマンドに◎。差し優位の府中でこそ着を崩していますが、このコースは基本的に前優位。かつこの舞台で2戦2勝。松山に先んじて仕掛けての押し切りを狙ってもらいましょう。 ○⑬ドラゴンテイラー。 3勝クラス1着から即の重賞挑戦は楽ではありませんが、4連勝が全て完勝でアメリカっぽさ全開の血統とあれば、ここで味見したくはあります。しかし、キャリア7戦全部違う騎手。どうしてこうもヤネが替わりますかね。誰が乗っても力を発揮できる素直な馬とは言えますが。ちなみに坂井瑠星とは合いそうです。 ▲⑨インユアパレス。 昨年2着馬で、高いレベルで安定しています。重賞未勝利と詰めの甘さは拭えませんが、夏場も走る馬でいいところに来るのでは。 馬券は3連単軸フォーメーション。 <1着>⑬⑭→<2着>⑤⑨⑬⑭→<3着>⑤⑨⑬⑭。12点。 さて2020年から長らく続いてきた当コラムですが、お休みをいただきます。また有馬記念かダービーか、競馬の祭典は続いていきますからどこかで会いましょう。Xのアカウントは@xupoです。 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(小倉記念)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(小倉記念) 今週は7月19日(日)の小倉11R・小倉記念を予想します。この重賞は昨年からお盆→7月に繰り上がり。夏の小倉はいま4週間だけで今週はラスト週です。自分が記者になった頃は8週開催があって、まだ小倉競馬場に滞在する馬も多く「夏の小倉滞在2週間」みたいな出張が楽しかったのですが、これは「懐古厨乙」案件。現代の小倉競馬は馬運車の進歩による輸送負担軽減により滞在も少なく、栗東トレセンのトレーナーも福島の番組と両にらみ。合理性と風情はトレードオフですから、時代に合った予想をしないといけません。それこそ昔は〝このままでは帰れない関東馬の勝負駆け〟みたいな情報が飛び交っていました。来るかは別として。 【小倉記念過去10年の傾向・特異点】 ・基本的には若い方が有利、内枠が優位 ・前走上がり3F速い馬、末脚重視 ・トニービン、ディクタス持ち ◎③ナムラエイハブ。 この重賞、得意というわけではないのですが、20年アールスター(10番人気1着)とか昨年シェイクユアハート(3番人気2着)とか、狙い澄ました◎がわりと走っています。上の傾向3つめのトニービン、ディクタス持ちというファクターが非常に強力で、合致するなかで走りそうな馬を狙うだけという案配。ところが今年はトニービン持ちが8頭もいて、トニービンに準じるナスルーラ系の父、母父も加えると出走馬の過半数を超える始末。むしろ「じゃない方」が7頭しかいないので血統ファクターが使いづらくなっています。ならば展開でしょう。先行勢の層が薄く、ハナ候補のレーゼドラマが大外。内枠でスタートを決めたら田山ナムラエイハブの逃げも五分とみました。田山は売り出し中の若手。そういう騎手が名を上げるのが夏競馬。逃げがいい重賞ではありませんし、からまれると良くないタイプなので、腹をくくって逃げてほしいところ。 ○⑨ジーティーアダマン。 上村厩舎といえばベラジオオペラ。近年屈指の中距離馬を管理しただけあって、厩舎にもトレーナーにも似たタイプを育て上げるノウハウがあるのでしょう。さすがに先達のスケールを望むのは酷ですが、成長ラインから何からフォロワーにはなれます。 ▲⑥ガイアメンテ。 ゲートは悪いものの、早めの仕掛けでも長く脚を使えて、小回りなら捲りを打てそうなタイプ。前走レコード駆けの好内容で、時計勝負の適性も高い。千八巧者感があってあと1Fは微妙ですが。 馬券は3連単軸1頭流し。 <1着>③→<相手>②⑥⑨⑭⑰。20点。 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(七夕賞)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(七夕賞) G1のない夏競馬を買っている、あまつさえこうしたコラムも読んでいる方は練達の競馬ファンと思います。そうした方なら分かると思いますが、夏競馬の馬券は、たとえば上位に見立てた3頭が全然来ない…がしばしばあります。それだけならまだしも、その理由もよく分からないことすらあります。春秋のG1だと、たとえば3頭選んで1頭も来ないなんてことは実はそんなにありませんし、仮にそうであっても理由を推察できます。基本、夏競馬の人気は割れますから、一貫してハマるのを待つことで予後が良くなるものです。と自分にも言い聞かせつつ今週は7月12日(日)の福島11R・七夕賞を予想します。 【七夕賞過去10年の傾向・特異点】 ・直線の長いコースで負けた馬の巻き返し ・戸崎フル参戦で4勝2着1回。ベリー七夕賞マスター ・おまじないの類いかもですが偶数枠の方が好成績 ◎④カラマティアノス。 58を背負う4歳馬という時点であまり食指が動かないうえ、主戦の津村が騎乗停止で乗り替わり。ないな、という印象でしたが、乗り替わり先が岩田康誠でちょっと方向転換。奥村武厩舎と岩田康はノースブリッジ(重賞3勝)で気心の知れた間柄。カラマティアノスも先達ノースブリッジと似た夏冬ピーク型であることを期待して本命視。勝てば岩田康は中央10場重賞制覇です。 ○⑤オーロラエックス。 それほど牝馬のいい重賞ではありませんが、サトノダイヤモンド×母父ガリレオが重賞でいいところがあるとすれば、ここではないかと。なんでもかんでも杉山晴厩舎を買えばいいってものではありませんが、なにせ全方位に走る馬を出す厩舎で、このメンバーならチャンスありとみての仕上げかと思います。ハンデの恩恵はありませんが。 ▲⑪アスクナイスショー。 母父アドマイヤムーンの評価が難しいところですが、牝系は名門バラード系。4代母グローリアスソングがG1を4勝した名馬で、欧州の名門出身であることが福島芝で推す理由になるのは少々落差がありますが、こうした牝系の芯みたいなものが生きるコースなのは確か。田辺も夏の福島では頼りになります。 ☆⑬バトルボーン。 坂井やMデムーロといった早め進出の騎手がいなければ、戸崎と田辺と折り合って行った行った…もありですが、坂井が勝負に来るとちょっと厳しいですかね。ミルコは出遅れるかもしれませんが、坂井はスタートうまいので。そのあたり、オーロラエックスが動けるか否かで展開がガラリ変わるのがいかにも夏競馬。あとは馬券の組み合わせでフォロー。 馬券は3連単フォーメーション。 <1着>④→<2着>⑤⑪⑬→<3着>②⑤⑦⑩⑪⑬⑮。 <1着>④→<2着>→②⑦⑩⑮<3着>⑤⑪⑬。30点 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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WAGEI公開収録<概要・応募規約>テレ朝動画「WAGEI 公開収録」番組観覧無料ご招待! 2025年1月18日(土)開催! logirl(ロガール)会員の中から抽選で100名様に番組観覧ご招待! 番組概要 テレ朝動画で配信中の伝統芸能番組『WAGEI』の公開収録! 番組MCを務める浪曲師「玉川太福」と、五代目三遊亭円楽一門の落語家「三遊亭らっ好」が珠玉のネタを披露します。 ゲストには須田亜香里と、SKE48赤堀君江が登場!出演者からの貴重なプレゼントも用意する予定です。 超レアなプログラムを是非お楽しみください。 日時:2025年1月18日(土)開場12:30 開演13:00(終演15:15予定) 場所:浅草木馬亭 東京都台東区浅草2−7−5 出演:玉川太福(浪曲師)・玉川みね子(曲師)/三遊亭らっ好(落語家)/須田亜香里/赤堀君江(SKE48) 応募詳細 追加応募期間:2024年12月27日(金)15:00~2025年1月9日(木)17:00締切 応募条件:logirl(ロガール)会員のみ対象(当日受付で確認させていただきます) 下記「応募規約」をよく読んでご応募ください。 応募フォーム:https://www.tv-asahi.co.jp/apps/apply/jump.php?fid=10062 追加当選発表:当選した方のみ、2025年1月10日(金)23:59までに 当選メール(ご招待メール)をご登録されたアドレスまでお送りさせていただきます。 「WAGEI公開収録」応募規約 【応募規約】 この応募規約(以下「本規約」といいます。)は、株式会社テレビ朝日(以下「当社」といいます。)が 運営する動画配信サービス「テレ朝動画」における「WAGEI」(以下「番組」といいます。)に関連して 実施する、公開収録の参加者募集に関する事項を定めるものです。参加していただける方は、本規約の 内容をご確認いただき、ご同意の上でご応募ください。 【募集要項】 開催日時:2025年1月18日(土)13:00開始~15:15頃終了予定 (途中、休憩あり) ※スケジュールは変更となる場合があります。集合時間等の詳細は当選連絡にてお伝えいたします。 場所:浅草木馬亭(東京都台東区浅草2-7-5) 出演者(予定):玉川太福(浪曲師)・玉川みね子(曲師)/三遊亭らっ好(落語家)/須田亜香里/赤堀君江(SKE48) ※出演者は予告なく変更される場合があります。 募集人数:100名様(予定) ※応募者多数の場合は、抽選とさせていただきます。 【応募資格】 ・テレ朝動画logirl(ロガール)会員限定 ・年齢性別は問いません 【応募方法】 応募フォームへの必要事項の入力 ・テレ朝動画にログインの上、必要事項を入力してください。 【ご参加お願い(参加決定)のご連絡】 ■ご参加をお願いする方(以下「参加決定者」といいます。)には、1月10日(金)23:59までに、応募フォームにご入力いただいたメールアドレス宛に、集合時間と場所、受付手続等の詳細を記載した「番組公開収録ご招待メール」(以下「ご招待メール」といいます。)を送信させていただきます。なお、ご入力いただいた電話番号にお電話をさせて頂く場合がございます。非通知設定でかけさせていただく場合もございますので、非通知拒否設定は解除して頂きますようお願いします。 ■当日の集合時間と集合場所は「ご招待メール」に記載します。集合時間に遅ることのないようご注意ください。 ■「ご招待メール」が届かない場合は、残念ながらご参加いただけませんのでご了承ください。 ■「ご招待メール」の送信の有無に関するお問い合わせはご遠慮ください。 ■公開収録の参加は無料です。参加決定のご連絡にあたって、参加決定者に対し、参加料等のご入金のお願いや銀行口座情報、クレジットカード情報等のお問い合わせをすることは、一切ございません。「テレビ朝日」や本サービスの関係者を名乗る悪質な連絡や勧誘には十分ご注意ください。また、そのような被害を防止するため、ご応募いただいた事実を第三者に口外することはお控えいただけますようお願い申し上げます。 ■「ご招待メール」および公開収録への参加で知り得た情報、公開収録の内容に関する情報、及び第三者の企業秘密・プライバシー等に関わる情報をブログ、SNS等への記載を含め、方法や手段を問わず第三者への開示を禁止いたします。また、当選権利および当選者のみが知り得た情報に関して、譲渡や販売は一切禁止いたします。 【注意事項】 ■ご案内は当選したご本人様1名のみのご参加となります。(同伴者はご案内できません) ■未成年の方がご応募いただく場合は、必ず事前に保護者の方の同意を得てください。その場合は、電話番号の入力欄に保護者の方と連絡の取れる電話番号をご入力ください。(保護者にご連絡させていただく場合がございます。) ■開催当日、今回の公開収録の参加および撮影・映像使用に関しての承諾書をご提出いただきます。(未成年の方は保護者のサインが必要となります。) ■1名につき応募は1回までとします。重複応募は全て無効になりますので、お気をつけください。 ■会場ではスタッフの指示に従ってください。指示に従っていただけない場合は、会場から退去していただく場合がございます。 ■会場でのスマートフォン等を用いての録画・録音についてはご遠慮ください。 ■会場までの交通手段は、公共交通機関をご利用ください。駐車場はございません。 ■会場までの交通費、宿泊費等は参加者のご負担にてお願いいたします。 ■当日は、ご本人であることを確認させていただくために、お手持ちのスマートフォン等で表示または印刷した「ご招待メール」と、「身分証明書」(運転免許証・パスポート等、氏名と年齢が確認できるもの)をお持ち下さい。ご本人確認が出来ない方は、ご参加いただけません。 ■荷物置き場はご用意しておりません。貴重品の管理等はご自身にてお願いいたします。貴重品を含む持ち物の紛失・盗難については、当社は一切責任を負いません。 ■公開収録に伴い、参加者・客席を含み場内の撮影・録音を行い、それらの映像または画像等の中に映り込む可能性があります。参加者は、収録した動画、音声を、当社または当社が利用を許諾する第三者(以下、当社および当該第三者を総称して「当社等」といいます)が国内外テレビ放送(地上波放送・衛星波放送を含みます)、雑誌、新聞、インターネット配信およびPC・モバイルを含むウェブサイトへの掲載をはじめとするあらゆる媒体において利用することについてご同意していただいたものとみなします(以下、かかる利用を「本件利用」といいます)。なお、本件利用の対価は無料とさせていただきますので、ご了承ください。 ■諸事情により番組の公開収録が中止又は延期となる場合がありますのでご了承ください。 【個人情報の取り扱いについて】 ■ご提供いただいた個人情報は、番組公開収録への参加に関する抽選、案内、手配又は連絡及び運営等のために使用し、収録後に消去させていただきます。 ■当社における個人情報等の取扱いの詳細については、以下のページをご覧下さい。 https://www.tv-asahi.co.jp/privacy/ https://www.tv-asahi.co.jp/privacy/online.html
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新番組『WAGEIのじかん』(CS放送)CSテレ朝チャンネル1「WAGEIのじかん」 落語・浪曲・講談など日本の伝統芸能が楽しめる番組。MCを務める浪曲師玉川太福と話芸の達人(=ワゲイスト)たちが珠玉のネタを披露します。さらに、お笑いを愛する市川美織が番組をサポート!お茶の間の皆様に笑いっぱなしの15分をお届けします。 お届けするネタ(3月放送)は、玉川太福の浪曲ほか、古今亭雛菊・春風亭かけ橋・春風亭昇吉・昔昔亭昇・柳家わさび・柳亭信楽の落語、神田松麻呂の講談などが登場します。お楽しみに〜!(※出演者50音順) ★3月の放送予定 3月17日(日)25:00~26:00 3月21日(木)26:00~27:00 3月24日(日)25:00~26:00 ⇩【収録中の様子】市川美織さん箱馬に乗って高さのバランスを調整しました。笑