感情を表に出すには時間がかかる。知らない自分と出会えたふたつの夜(鈴木絢音)

エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

鈴木絢音(すずき・あやね)
1999年3月5日生まれ、秋田県出身。俳優、文筆家。2013年、乃木坂46の2期生オーディションに合格して加入し、研究生として活動を開始。2023年3月に初エッセイ『⾔葉の海をさまよう』(幻冬舎)を発売し、同年3月28日をもって乃木坂46から卒業。現在は俳優と執筆業のほか、CBCラジオ『大津功と鈴木絢音の通になりた~い!』など幅広く活躍している。
感情がない人だ、と言われることがある。たしかに、ほかの人より感情の起伏が少ないほうかもしれない。それでも、私だってうれしいことがあればうれしいし、悲しいことがあれば悲しい。ただ、それを表に出すには、少しだけ時間がかかる。一度自分の中で、形になるのを待ってから、言葉にする。そのほうが、自分の感情を見失わずにいられるような気がしていた。それが私なりの感情との距離の取り方、向き合い方だったのだと思う。けれど、その向き合い方を見つめ直す夜が、二度あった。

屋外スタジアムでのコンサートだった。空はまだ完全に暗くなりきっておらず、昼と夜の境目で、その日最初の花火がステージに立つ私たちのうしろに打ち上がるはずだった。けれど、風向きのせいで花火が流れ、少し逸れたところで開いた。その瞬間の振り付けの流れで、私たちは偶然、花火を見上げることになった。
屋外コンサートは何度も経験してきたが、ステージ上から花火を見るのは、初めてのことだった。「あ、花火だ」と、気づいたのより少し遅れて、客席からの大きな歓声が私のところまで届く。一瞬、夢と現実の区別がつかなくなった。

でも、何事もなかったように、すました顔でパフォーマンスを続けた。喜びの感情を沈めながら、顔の角度は変えずに視線だけを落とすと、先輩がステージ上で花火に向かって手を伸ばしている。無邪気に飛び跳ね、まるで子供みたいだった。数秒後、先輩は私の視線に気がついて、少し照れたように笑い、パフォーマンスに戻った。
私だってうれしかった。でも、抑え込んだ。感情は一度自分の中に落として、形を整えてからでないと、外に出してはいけないと思い込んでいた。そうしないと、自分で自分を保てないような気がして、それがいつの間にか癖になっていた。
先輩は私とは違っていて、ほんの数秒、その瞬間にしか見られない花火を見て、素直に喜んでいた。それは正しさの中にある、ほんの一瞬の隙間だった。私たちは同じステージに立っているはずなのに、先輩はその瞬間の中にいて、私はその瞬間の外にいた。
ステージに立ちながら、その瞬間を誰よりも楽しんでいる先輩の姿は、花火よりも鮮やかで、呼吸するのを忘れるくらいまぶしかった。
私は、このときの情景を今でも鮮明に思い出せる。感情が形になる瞬間が、こんなにも愛おしいものだとは思わなかった。何年もステージに立ってきたのに、こんなに大切なことに気がついたのは、残りのステージを指折り数えられるころになってからだった。

その数年後、私の心を大きく揺さぶったのは、1匹の猫だった。一緒に暮らし始めて少し経ったころ、その猫が手術を受けることになった。急な病気やケガではない。迎えるときから決まっていたもので、心の準備はできているつもりでいた。
昼下がり、病院で同意書に署名し、猫を預けて、私だけ帰路についた。部屋の中は何も変わらないのに、自分の部屋ではないみたいだった。猫がいつも使っているブランケットも、ご飯のお皿も、おもちゃもある。けれど、猫だけがいない。部屋は驚くほど広く、静かに感じられた。当たり前だと思っていた暮らしは、小さな気配の上に成り立っていたのかもしれない。時計の針は正しく進んでいるのに、私だけ置き去りにされたようだった。
日付が変わるころ、ようやく病院から連絡が入った。手術は無事に終わったものの、ひと晩入院することになったという。せめて顔だけでも見に来てください、という言葉で外に出た。街の空気はもう冷たかった。

静かな病院の入院室の中で点滴を打たれている猫は、不安そうで、落ち着かない様子だった。撫でてあげてください、と言われ、いつものように手を差し伸べると、顔を擦り寄せてきた。その小さな仕草で、張り詰めていた心の糸が切れるのがわかった。救われたかったのは、私のほうだったのかもしれない。
安心と、不安と、言葉にならないものが同じ場所に重なって、どれが自分のものなのかわからなかった。感情を理解するより先に涙が落ちた。20歳超えて泣いたことなんてほとんどなかった私が、泣いた。夜が明けるまで泣いて、ほとんど眠れなかった。
翌朝迎えに行き、ようやく自分の部屋に猫が戻った。ご飯を食べ、おやつまで食べ、ごろごろと喉を鳴らして甘えてきた。時間は猫の温もりとともに正しく動き始め、心の欠けていた部分が埋まったような気がした。私は泣けるほどの大きな感情を自分の中に持っていたことを知った。
私は一度信じたことを、なかなか手放せない。自分では柔軟なつもりでいても、頑固なのだと思う。物の見方を変えるには、当たり前だと思っていたことが、一瞬でひっくりかえるような出来事が必要になる。感情が形になる瞬間の美しさを知った夜、自分が思っていた以上に誰かを愛せると知った夜、ふたつの夜が私の知らなかった私を連れてきた。そういう夜を積み重ねながら、人は少しずつ、自分の知らなかった自分と出会っていくのかもしれない。

文・写真=鈴木絢音 編集=宇田川佳奈枝