モノクロの季節
2026年08月22日

 日本人は昔から何かめでたいことがあると、「盆と正月が一緒に来たみたいだ」などというくらいだから、とりわけ正月とお盆は、日本人の文化観の中に特別な居場所を占めているようだ。
 そしてこのお盆休みの前後に、日本人はもうひとつ、心のひだにしみ込む記憶を刻んでいる。6、9、15。最低限忘れてはならない8月の日付がある。言うまでもなく、広島と長崎に原爆が投下された日と、昭和天皇が終戦の詔勅を発した終戦の日である。
 
 僕たちはこれらの日、原爆のきのこ雲が立ち上がる光景を、天皇のお言葉に首を垂れる市井の人々の姿を、モノクロの映像で見る。「戦争をしてはならない」と言葉にすることも大事だが、映像が物語る戦争の悲惨さはその比ではない。ましてや、現実にあの悲劇を味わった人たちはどのような思いでこの季節を迎えるのだろう。

 日本を代表する俳優にしてエッセイスト、岸惠子さんが93歳で亡くなった。岸さんは自らの空襲体験を語っていた。大人から防空壕に入れと連れて行かれた、「どうせ死ぬなら明るい場所で死にたい」と、ひとりで壕を出て木に登ったという。結果、その防空壕は爆弾で破壊され、人々は生き埋めにされた。木の上にいた自身は命拾いをしたという。

 戦争体験者がどんどんこの世を去っていく。戦争を知らない世代が戦争を語り継がなければならない時代。その責務を負うべき自分はどうだったか。
 自分が若いころ、すでに平和は当たり前にそこにあるものであり、戦争はすでに遠いものだった。大学で学ぶ機会をもらいながら、ろくに講義に行くこともせず、野球に明け暮れる毎日だった。それすら、隙あらばサボろうなどと怠惰に流されることも多かった。卒業しても、「大学時代は野球しかやりませんでした」などとまるで武勇伝のように吹聴してきた。

 あるドキュメンタリーを見ながら、そのことを改めて恥ずかしく思った。あの当時、学問研究に打ち込みたいと願いながら、学徒出陣に駆り出され、戦地に散った学生たちの無念はいかばかりだったか。敵軍と闘う以前に、特攻兵器の訓練中に命を落とすものだって多かったのだ。一方、理科系には徴兵を免れた学生が多かったという。しかしそれとて、兵器の開発などに駆り出され、およそ理想とは遠い世界で戦争に関わり続けた学生が多かったという。

 同じ学生の年代でありながら、当時の自分の無知蒙昧、意識の低さを思うと顔から火が出る思いだ。ただ、そういう境地になったのも、実は自分がかなりの年齢に達してからのことである。自分の息子たちをはじめ、若い世代と戦争の話をすると、彼らは悲惨な過去を忌避したがる。「最近の若い者は」などとこぼしたくもなるが、自分の若いころを考えれば人のことは言えない。

 いま、世界に再び、きな臭いものが確実に立ち込めつつある。アメリカのトランプ政権が、ICC・国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)の赤根智子所長を制裁対象に加えると発表した。米国内の資産をはじめ、金融機関や企業との取引が凍結される。
 知人が赤根氏にメールで連絡を取ろうとしたがかなわなかった。そのメールはアメリカ・Google社のgmail のアカウントだったため、即座に接続できなくなった。制裁の現実だ。

 ICCは市井の人々を戦争犯罪や国際的な人道犯罪から守る、法の支配の最後の番人だ。アメリカ第一主義を標榜するトランプ氏の「国際機関」嫌いがまた出た、で済まされる話ではない。トランプ政権によるICCに対する圧力はこれまでも執拗に続けられてきたが、赤根所長に対するそれは、トップを名指しした究極の果たし状とも言える。
 ルビオ国務長官は「ICCは腐敗し、致命的に政治化された超国家的な裁判所であり、悪意を持って権限を乱用している」と言い放った。理由は明白。ICCはアメリカの切っても切れない同盟国であるイスラエルのネタニヤフ首相らに、逮捕状を出している。そのことへの報復だ。

 民主主義国家の盟主たるアメリカの大統領が、戦後築き上げてきた国際秩序を公然と踏みにじる。イエスマンと化した側近がそれを誉めそやし、あおる発言を繰り返す。そうして作り上げられていく、時代の逃れがたい不穏がある。

 この一件に対する高市首相のコメントは無味乾燥だ。「大変、残念に思っております。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応してまいります」。「残念」という感想以外、ほとんど何も言っていないに等しい。
 法の支配という、戦後民主主義を貫いてきた大切な骨格を揺るがす行為である。座視していいはずがない。

 政府の立場が理解できないわけではない。核の傘をはじめ、安全保障政策の多くをアメリカに依存するのが日本の実情である以上、トランプ政権への忖度が働きやすい。また、赤根所長は国際機関のトップなのであり、日本人とはいえ「えこひいき」ととられる発言はしづらいというものもあるのかもしれない。
 だが、法の支配を重んじ、その恩恵に浴してきたのが日本であり、ICCへの最大の資金拠出国でもある。その日本の首相ならば、せめて、ICCの自立性、中立性を支持することの表明があってもいいのではないか。アメリカへの批判を絶妙に忍ばせる政治文学の手法だってあるはずだ。政治の稚拙、工夫の欠如と言われても仕方ない。痛めつけられたICCを放置したままでは、ともに加盟するヨーロッパ諸国への顔も立たない。

 あの戦争のモノクロの映像を見ながら改めて思う。高市首相は僕と同年代だ。彼女がどのような青春時代を過ごしたかは知らないが、政治家を志したくらいだから、ぼんやりと時間を過ごした僕よりも平和への思いは強いと信じたい。そのやり方は人それぞれでいい。でも、不穏な流れにただ流されるわけにはいかないし、そうしてはいけない。
 もう油断できない時代に入っている。あの戦争の反省を経て生まれた戦後秩序が崩れ去るのを座視したままでは、平和のありがたさの中で育った私たちの責務は果たせないのだ。

(2026年8月22日)

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