

日本政治の景色の中で、久々に爽快なものを見た気がする。再審制度の見直しをめぐる自民党の法務部会・司法制度調査会の合同会議での熾烈な議論である。
自民党が政権与党の座を占める期間が圧倒的に長かった日本の戦後政治では、政府が法案を提出するにあたって、事前に自民党(や他の与党)の了承を得て閣議決定し、国会に提出するというやり方が定着してきた。この手続きによって、国会が与党のお墨付きを得た政府提出法案の追認機関になってしまうという弊害も指摘された。
逆に政府側(各省庁)にとっては、自民党の事前審査が一番の関門とも言え、政策分野ごとに分かれた党の部会などで法案を了承してもらうために、カギを握る部会長への事前の根回しなどに全力を挙げる。こうして、法案はいわゆるシャンシャンで了承されることが少なくない。法案は役所と自民党の「族議員」との共同作業であると言われるゆえんである。
だが、再審制度を見直す刑事訴訟法の改正案をめぐる、今回の自民党法務部会などの議論は様相が違った。いわば「反乱分子」たちが法務省を押し返し、法案の大幅な手直しに漕ぎつけた。
再審制度の見直し議論の大きな契機となったのが、1966年に静岡県で起きた一家4人殺害事件で死刑が確定していた袴田巌さんの再審無罪である。捜査当局によって証拠の捏造が行われたことが、最終的に認定されたのだ。だが、袴田さんは48年にわたって拘束され、実際の死刑執行の恐怖にさらされたのだから、あまりにむごく、理不尽な話である。
再審をめぐってはそもそも刑事訴訟法上の規定が少ないと指摘されていて、自民党の有志議員たちは、袴田さんのような例を繰り返さないためにと、複数の点にわたって問題を提起した。そのひとつが、裁判所の再審決定に対する検察による不服申し立て(抗告)の廃止だった。袴田さんのケースでは、2014年に静岡地裁が再審開始と釈放を決めたが、再審開始ですらハードルが高いのに、検察が抗告したことが足かせになり、結局、地裁で再審公判を経て無罪判決がでるまでにそれからさらに10年以上を要した。
再審制度の見直しをめぐり法務省が最初に提出した案は、身内である検察の手足をできるだけ縛りたくないためか、抗告の手続きは温存されていた。しかし、自民党の有志たちはこれに激しく反発した。
「反乱」を主導したのは、柴山昌彦、稲田朋美、井出庸生といった議員たちだ。とりわけ4月、稲田氏が会議の冒頭で、「1ミリも私たちの言うことを聞いていない!」と怒りの叫びをあげた衝撃は大きかった。
こうした議員たちの踏ん張りで、3時間、4時間コースの侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を積み重ねた結果、法務省は譲歩を迫られた。そして、抗告の原則禁止を法律の付則に入れる案を提示、それがさらに反発を招くと、最終的に法務省は法案の本則に引き上げることを受け入れた。
その2日後、政府はこうした異例の経過を経た法案を閣議決定。ただちに国会に提出し、党内議論としてはとりあえずの一段落を見た。
この一連の動きの中で感じたことがふたつある。
ひとつ目は、久々に自民党内で火花を散らす本気の政策論議を見たことだ。自民党の会議が紛糾する時というのは、たとえば「政治とカネ」のように、わが身に降りかかった火の粉をどう振り払うかという問題や、選挙の敗北責任を誰がとるのかといった党内抗争がらみのケースが目立った。
しかし、今回熱い議論の対象となったのは法案の中身そのものであり、まさに議員の本分だ。国権の最高機関である国会を構成する者が、行政の言いなりになる構図になってはならず、政治の本来のあり方を見せてくれたと思う。もちろん、再審という制度がありながら、それが長らく「開かずの扉」と言われてきたことを考えれば、もっと早くこの問題に手を付けることはできなかったのかという政治全体への批判はあるだろう。だが今回、有志議員たちの蛮勇によって、より良き制度構築へと前進したことの意義は大きい。
ふたつ目に感じたのは、対極にあった法務・検察当局の頑迷固陋(がんめいころう)ぶりである。彼らが守ろうとしているのは正義なのか、それとも組織の方なのか。そう疑わせる事例が後を絶たない。
僕の手元には、厚生労働省の事務次官まで務めた村木厚子氏の著による「おどろきの刑事司法」という新書(講談社現代新書)がある。村木氏は、偽の障害者団体が郵便料金割引制度を悪用したいわゆる「郵便不正事件」で、担当課長として便宜を図ったとして、2009年6月に大阪地検特捜部に逮捕・起訴された。しかし、「これらはすべて、大阪地検特捜部が断片的な事実と関係者に強要した虚偽の供述を巧妙につなぎ合わせたフィクション」(村木氏)であることが裁判で明らかになり、無罪判決に至る。
本書の中で綴られている、拘置所の独房での長い日々、最初から筋書きありきででっち上げられていく「調書」という名の検察作文の実態は、醜悪であり驚きだ。
全ての検察官がそうだとは思わないが、村木氏が白日の下にさらした事実は、彼らこそ真摯に受け止めてほしい。
さて、自民党で大いにもめた再審見直しの法案は、いよいよ議論の場を国会に移す。法務省案に食らいついた柴山議員が「断腸の思いで了承した。半歩でも前進した方が良いとの判断だ」と語ったのは、再審のあり方についてなお積み残された課題があることを意味している。その最たるものと見られているのが証拠の開示のあり方だ。
報道ステーションではいくつかある論点のひとつとして、検察が開示した証拠を、メディアや支援者に公開することを違法とする「目的外使用の禁止」が改正法案に盛り込まれたことを紹介した。関係者のプライバシーを守るためと政府は言うが、袴田事件では、検察が開示した犯行時の着衣とされたカラー写真を、弁護団が支援者やメディアと共有したことで結果として証拠の捏造が明らかになり、再審の扉が開かれた。そうした道を閉ざす「目的外使用の禁止」とは本当のあるべき姿なのか。
議論はまだこれからである。国会での論戦に期待したい。今度は野党を含めた超党派の力で、確かな成果を導いてほしいと願っている。
(2026年5月16日)

