アイ・コンタクト
2026年05月02日

 「これ、オレやってる!」と、テレビを見て思わず叫んでしまった。先日、放送の準備をしながら何気なくNHKを見ると、「ネコのトリセツ」の特集を放送していた。その中で、ネコたちと人間が心を通わせる方法として、ゆっくりまばたきをするというやり方が紹介されていた。ネコがこちらを向いたタイミングで、ゆっくり3秒、目をつぶり、それを何回か繰り返すと良いそうだ。そうすると、ネコは「この人には敵意がない」と理解し、まばたきを返してくれるのだという。

 わが家の2匹のネコのうち、僕は高齢の小夏の方にばかり気をとられ、また小夏がやたらと甘えてくることもあって、このところコタローは僕に対して不機嫌だ。自分が2階で遊びたいときだけ、しきりにミャーと鳴いて僕を急かすが、それ以外は基本、ツンデレである。
 コタローが疎遠になっていくことが心配になった僕は、気を引こうと、机の上で鎮座しているコタローの名を呼ぶ。すると顔だけはこちらを向けるので、自然とまばたきで会話をすることを覚えた。ゆっくりと数秒。すると返してくれる。まさにテレビが伝えた、ネコとのコミュニケーションを独自に体得していたことになる。

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 アイ・コンタクトは植物との間にもあると思う。
 野菜を育てるのが楽しい季節になってきた。そして、わが家の家庭菜園で、ことしも好調なスタートダッシュを見せているのがカブの一群である。

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 直まきで野菜を育てる際に、「間引き」の作業は欠かせない。タネから双葉が芽を出したとき。本葉が伸び出したとき。その本葉が育って旺盛に茂り出したとき。密集させず、カブの株間(ややこしい)を広げてのびのびと育てるためには、成長の良いものだけを残しながら、結果としてかなりの数を引っこ抜かなければならない。
 ところがそのとき、引っこ抜かれるカブの株(ややこしい)たちから見つめられている気になる。葉っぱをサワサワと風に揺らしながら、「助けて!ボクはまだ大きくなりたい!」と訴えてくる。しかし、容赦なく僕は責務を果たさなければならない。その都度、「ゴメンね、ゴメンね」と心の中でつぶやく。プロの農家の皆さんには笑われそうだ。
 気の毒にも引っこ抜いてしまった葉っぱは、野菜炒めや汁物に入れていただくことにしている。

 動植物でもアイ・コンタクトができる。いわんや人間同士をや、である。
 前置きが長くなってしまった。要するに言いたいのは、「会うということは大事じゃないのですか、トランプさん」ということである。
 イラン情勢が膠着している。だが、いっときだけ、物ごとが動くかと期待されたタイミングがあった。4月11日、アメリカのバンス副大統領率いる交渉団が、仲介国であるパキスタンのイスラマバードを訪れたときのことだ。イラン側からはガリバフ国会議長をトップとする交渉団がパキスタンに入っていた。
 戦闘終結に向けたこの交渉は物別れに終わったのだが、協議は21時間に及んだという。バンス、ガリバフの両トップが、どのくらいの時間、直接目と目を合わせ、アイ・コンタクトを交わしたのかは明らかでないが、21時間もの協議時間が意味するところは小さくない。

 協議後のバンス氏の会見での発言を振り返ってみる。彼は「アメリカにとって(歩み寄れない)レッドラインと、歩み寄ることのできる問題を明確にした」とした上で、イランに対し、核兵器を持たない、開発もしないという確約を求めたことを強調している。イラン側は、核の平和利用まで文句をつけられる筋合いはないし、核兵器開発の意思はないというのが公式なスタンスだ。
 であれば、折り合いをつける余地はありそうな気がした。ようやく本格的な外交の出番が来たのではないかと思った。事実、バンス副大統領の2度目の訪問も取り沙汰された。
 しかし、再訪問は結局実現されないままだ。トランプ大統領は相変わらずイランをこきおろし、アメリカ側の要求の満額回答しか許さない。挙句の果てにしびれを切らしたのか、それとも飽きてしまったのか。とうとう「彼ら(イラン側)が望むなら対話は可能だが、会談のために18時間もかけて人を派遣することはない」と語った。26日のFOXニュースのインタビューである。

 電話で済む要件だって実務的にはあるだろう。しかし今はやはりリアルに人を送るという行為が大事なのではないか。
 副大統領級を送るとなれば確実に成果がほしいところだろう。しかし予定調和が期待できない非常事態だからこそ、実力者を送るべきではないのか。
 確かにイスラマバードはワシントンから見れば地球の反対側にあり、移動時間も体力も消耗するだろう。しかし、世界がこの戦闘に大きな影響を受けている。行くだけの労力をかける重要性は誰も否定しないだろう。なのに…
 そもそもアメリカが仕掛けた戦争ではないか。18時間が一体何だというのか。時差ぼけの目でも何でも構わない。口先でディールがどうのこうのと言うよりも、相手の目を見てコミュニケーションを取るべきではないのか。

 熱くなってしまった。閑話休題。
 「見る」ということについて、実はもうひとつ印象深いニュースが連続した。凶悪事件が相次いだ昨夜(5月1日)のことである。
 大阪府和泉市で母娘2人が殺害された事件。東京都福生市で10代の若者たちにハンマーを振り下ろした事件。北海道旭川市の旭山動物園で、妻の遺体を動物用の焼却炉で焼いたという事件。いずれも、逮捕された容疑者の追跡や裏付け捜査の決め手となったのは、今やあらゆるところに張り巡らされている「防犯カメラ」の映像だった。つまり悪事を働けば、必ずその行動は「見られている」ということである。そんな時代になったということだ。
 でも、アイ・コンタクトとはまた別次元の話なので、いずれ機会があれば改めて書きたい。

 朝方からの強風もおさまった。頭をクールダウンさせるために、畑の野菜でも見てこよう。そろそろニンジンの間引きもしなければならない頃である。アイ・コンタクトをとりながら。ゴメンね、ゴメンね。
 車庫の裏手にひっそりと位置するわが家の家庭菜園なら、防犯カメラにも見られず、静かなひとりの時間を過ごせるだろう。おそらく。

(2026年5月2日)

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