大越健介の報ステ後記

甲子園が好きだ
2026年08月10日

 夏の甲子園を見ていて思い出した。あの時、「これは全国的なニュースだ!」と確信し、その日の番組のトップ項目に据える決断をしたなあと。
 2009年の夏。僕は当時、NHKのニュース番組の編集責任者だった。それまで政治部やワシントン支局で長いこと記者を務め、国内外の政治についての取材一色だったが、ニュースのジャンルは森羅万象にわたる。その中から何をトップに持ってくるか、どのニュースにどれくらいの時間を割くか。編集責任者としてその判断を任されるのは新鮮だったし、時々冒険もした。

 この時もある種の冒険だった。だが、実は前日から仕込みもしていた。リポーターを中心とする取材クルーを、新潟に送り込んでいたのである。
 この日、夏の甲子園の決勝に駒を進めたのは、愛知代表の中京大中京高と新潟代表の日本文理高だった。中京大中京は誰もが知る名門。一方の日本文理は新進気鋭だ。しかも新潟の代表が決勝に進出したのはこれが初めてだ。

 僕のような新潟県出身者にとって、これは信じ難い快挙だった。雪国というハンディもあって、新潟代表は出ても初戦敗退ということが多かった。野球弱小県のひとつと言われてきた。その新潟代表が前日の準決勝を勝ち抜き、決勝まで進んだのである。これは結果がどうなろうと、ニュースであることは間違いない。
 日本文理のバッテリーは新潟県の北部にある関川村の出身だという。村は大変な騒ぎになっているはずだ。準決勝に勝利した瞬間にクルーを送り込む判断をしたのはそれを取材するためだ。
 
 そして迎えた翌日の決勝戦。僕はデスクに陣取り、テレビの中継に見入った。しかし、中京大中京に対し、日本文理はじりじりと点差をつけられた。大差で敗北ならさすがに大きく扱うわけにはいかない。しかも、関川村に取材に入ったクルーによると、村の人はかなりが甲子園の応援に駆けつけていて、話を聞こうにもなかなか人に出会わないという報告が来ている。
 仕方ない。ほかにトップにふさわしいニュースは何か、と頭をひねり始めたその時、日本文理の最終回の猛攻が始まったのだ。

 4対10の劣勢から連打を重ね、2死を取られても粘りに粘る。5点を奪って9対10と1点差まで詰め寄ると、なおも一打同点のチャンス。そこで8番打者が放った痛烈な打球は…惜しくもサード正面へのライナーとなった。ピンチをしのいだ中京大中京が、深紅の優勝旗を手にしたのだった。プロ野球広島で活躍する堂林翔太選手がそのエースだった頃である。
 甲子園には時々とんでもないドラマが待っている。
 やはりトップニュースはこれで行こうと決めた。弱小県の代表が準優勝したということではなく、甲子園の歴史に残るであろう名勝負が繰り広げられたことこそがニュースなのだ。人影が見えないという関川村に取材に行った取材クルーの「獲れ高」が気になったが、それは杞憂に終わった。わがリポーターは、捕手の祖母が自宅でひとりテレビ観戦しているところに同席を許され、カメラも回すことができた。そしてその選手こそ、9回2死から痛烈なサードライナーを放ちながらも最後の打者となった本人だったのである。
 孫の活躍に一喜一憂する祖母と、一緒に手に汗握るリポーター。映像素材としては十分であるばかりか、地元のお兄さんたちの活躍に触発されたのか、試合後、夕焼けの中でキャッチボールを始めた地元の少年たちの姿があった。クルーはもちろんそれもカメラに収めた。これだけの映像があれば、堂々のトップを飾ることができる。

 果たして、その日の放送は心を揺さぶる内容となった。放送後、先輩記者から「少し日本文理にひいきし過ぎじゃないか?」と指摘された。もしそう映ったとしたら中京大中京の選手に申し訳ない。自分としては勝者である中京大中京に十分リスペクトを払い、選手たちを讃えることを疎かにはしなかったつもりだが…

 17年前のことを書きだしたら、ずいぶん字数がかさんでしまった。高校野球のことを語りだすと、脳内にある種の興奮物質が分泌するのか、止まらなくなる。
今大会も好ゲームが相次いでいる。地震に見舞われた熊本の代表・有明と、京都の立命館宇治の試合は圧巻だった。有明は最終回に見事な逆転劇を見せた。その活躍を見守る被災地の人たちのはじける笑顔が忘れられない。一方で、立命館宇治の選手たちが涙を流す姿も胸を揺さぶった。甲子園の被災地・熊本に対する大応援に圧倒されたかもしれない。でも、大観衆は、あなたたちの見事なプレーぶりにも惜しみない拍手を送っていたよ。

 だんだん感傷的になってきた。
 初出場の八王子実践は本当にいいチームだった。西東京大会の決勝戦をテレビの中継録画で見ながら、みんな楽しそうにプレーするのを見て、とても好感を持った。
 そして開会式で大任を担った矢沢主将の選手宣誓でその意味が分かった。「今、野球ができることは決して当たり前ではありません。だからこそ高校球児はいい顔をして野球をしよう」という言葉がひたすら印象的だった。そうか、このチームはみんな「いい顔」をして野球に取り組んできたのだなと納得した。対戦した徳島の鳴門渦潮もよく似たチームだった。まとまっていて機動力がある。そして実に楽しそうにプレーする。
 勝負は最終回2死から八王子実践が追い付き、1対1のまま延長タイブレークへ。どちらに転んでもおかしくない接戦は、2対1で鳴門渦潮が制した。敗れた八王実践の選手たちは、負けて悔しそうな顔も「いい顔」だった。

 まだ各校とも緒戦の段階である。2回戦、3回戦と続いていけばまだ決勝まで十分、堪能できると思いがちだが、チーム数が絞られていく分、これからの日程消化は一気に進む。
だが、甲子園が終われば、日本は秋色に染まっていく。今どきの猛暑は続くかもしれないが、甲子園と別れを告げるときに、毎年何とも言えない寂しさに襲われる。
その寂しい時期に、何の因果か僕は誕生日を迎える。次の誕生日で65歳になる。幼い時から甲子園に親しんだ僕はもう、先回りしてその寂しさを予感してしまっている。

(2026年8月10日)

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