

キューバとイランはある意味、似ている。
アメリカの標的になってしまった革命国家という点で。そして、超大国アメリカが仮に軍事攻撃という手段に打って出ても、簡単には決着がつかないだろうという点でも。
トランプ政権は、社会主義国家キューバの中興の祖、故フィデル・カストロ氏の弟であり、元国家評議会議長のラウル・カストロ氏を、30年前の殺人などの罪で起訴した。他国の元首クラスの人物に対しアメリカの国内法を適用し、刑事責任を負わせるという手法は、今年初めのベネズエラのマドゥロ大統領(当時)の拘束劇と酷似している。しかも、アメリカはベネズエラの時と同様、近海に空母打撃群を派遣し、今にも軍事攻撃に出るという構えで圧力を強めている。
トランプ政権が求めているのは、社会主義体制の転換である。キューバは、トランプ政権から見れば、覇権を争う中国や、旧ソ連の流れを汲むロシアのいわば「出先機関」のような存在に見えるということだろう。それがフロリダ州から140キロメートルという目と鼻の先に位置していることになる。
実際、1959年のキューバ革命以降、反米国家となったキューバに対し、歴代のアメリカ政権は体制の転換を望み、経済制裁を課し続けてきた。だが、トランプ政権ほど露骨にその野望の刃先をむき出しにする政権はなかったと言っていい。
だが、トランプ氏の野望の実現は簡単ではない。ベネズエラでの成功体験が、必ずしもキューバには通用しないという見方がもっぱらだ。金曜日に番組に出演いただいた元キューバ大使の渡邉優氏は、その理由を「徹底した社会主義、徹底した計画経済」にあると指摘した。社会主義の骨格が社会の隅々まで行きわたっているこの国を、いくら超大国とはいえ大統領の野心だけで転覆させるのは極めて困難だという見立てである。
ここにイランとの類似性がある。イランもまた、イスラム革命の精神を守る誇り高き政権だ。一気に体制転換に追い込むというトランプ氏の思惑通りに進んでいないことは、攻撃開始から3か月が経ち、膠着が続く現状を見ればそれは明らかだろう。
僕もかつてキューバに半月ほど滞在し、取材をしたことがある。2016年の秋、オバマ政権のときである。アメリカとキューバは国交を回復し、フロリダのマイアミの空港からは、キューバの首都ハバナに向かう飛行機が一日に何便も出ていた。アメリカがキューバに対して、いわば「太陽政策」を取った時期だった。
ハバナにあるアメリカ大使館では、アメリカに渡航するビザを取得するための長い列が出来ていた。アメリカに亡命した家族と再会したいという人が多かった。
だがこの時でさえ、キューバ社会は簡単にはアメリカになびくことをしなかった。キューバにはあらゆる市町村に、革命防衛委員会という住民組織が存在し、治安と規律の維持などにあたっている。ハバナのある地区でこの革命防衛委員会を率いるある男性を取材した。威厳のある人で、はるばる日本から来た客人を大事にもてなそうと、食事まで振舞ってくれた。
食事(と取材)を終え、辞去しようとすると、男性も一緒に暗闇の中を外に出た。彼は「いつもの日課だから」と当たり前のように仲間と落ち合い、治安を守るための近所の見回りを始めた。
「時代とともに社会も変わる。だが、今も国民一人ひとりの中にフィデル・カストロの革命精神は生きている」と彼は静かに語った。
こうした、正義と善意の人が支える社会を、一気に転換するのは無理筋だ。しかも、キューバは貧しいながらも、他の途上国への支援に回るほどの高度な医療水準を保っている。野球をはじめ、多数のスポーツエリートも輩出している。自らの国のあり方に誇りを持つ人は少なくないのだ。
僕のような、日本からの旅人がそう感じるくらいだから、キューバの隣国であるアメリカはもっと分かっているはずと思いたいが、近親憎悪というのは馬鹿にできない。アメリカに渡ったキューバ移民たちの感情の中には、そうした革命精神を嫌う心と祖国愛がせめぎ合い、複雑な心模様がある。キューバからの移民2世であるルビオ国務長官が、対キューバにおける政権内の最強硬派となっていることを見ても、そのことが分かる。
キューバとイランは似ていると書いた。一方で、決定的に違うところがある。イランには豊富な石油資源があるが、キューバはそうではない。石油はベネズエラからの供給に頼ってきたのであり、アメリカによってその蛇口を占められてしまい、兵糧攻めに遭っている形だ。
そして、イランはホルムズ海峡という「武器」を持つ。海峡封鎖によって、世界をほんろうし、アメリカを立ち往生させることができる。しかし、キューバにはそうした地政学的なメリットに乏しい。あるのは、アメリカからの決定的な「近さ」であり、それはすなわち恐怖に連なる。
落ち着かない気分で迎える週末は、わが家の家庭菜園で一人ぽつねんと過ごす時間が多い。あれこれ考えながら、それぞれの夏野菜の成長過程を見る。そしてつくづく、トマトの花とジャガイモの花は似ていると思う。
理由ははっきりしている。同じナス科の植物だからだ。トマトは黄色、ジャガイモはピンク。ともに後ろに反り返ったような可憐な花びらと、突き出たような花芯を持つ。南米原産で花の大きさも似たり寄ったりだ。
あまり知られていないが、ジャガイモだって実をつける。その実はトマトに似ているという。だが、農家や種苗業者を除けば、僕を含めほとんどの人はジャガイモの実を見たことがないはずだ。ジャガイモは、実をつけるより先に、栄養をため込んだ地下茎の先端が肥大化する。僕たちはそれを「ジャガイモ」として食しているのだ。植物たるジャガイモたちは、いわば命を全うする前に引き抜かれ、人間の胃の腑に納まっているということになる。
「似ている」というだけで、脈絡のない連想をしてしまった。
トランプ大統領はイランとの合意が間近だと言ったと思えば、合意を急ぐ必要はないと言ってみたりと、相変わらず針路が定まらない。マーケットは一喜一憂し、市町村指定のごみ袋はナフサ不足で棚が空になっている。これでアメリカがキューバに軍事攻撃に走りでもしたらどうなるのか。世界がどう沸騰するのか想像もつかない。
そんな不安に気をもみながら、ひたすら夏野菜が順調に育つことを祈っている。
(2026年5月25日)

