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一夫多妻制は円満なのか? “竜人は救世主♡” 清 竜人25新たな夫人たちの本音
清 竜人25(きよし・りゅうじんトゥエンティーファイブ) シンガーソングライターの清 竜人が結成した一夫多妻制アイドルユニット。前回は2014年〜2017年にかけて活動。今年、清 竜人のデビュー15周年、清 竜人25結成から10周年という節目を迎えるにあたり、完全新メンバーで復活。第101夫人・清 さきな(頓知気さきな/femme fatale)、第103夫人・清 凪(根本凪/ex 虹のコンキスタドール、でんぱ組.inc)、第104夫人・清 真尋(林田真尋/ モデル・舞台女優)、第105夫人・清 ゆな(チバゆな/きゅるりんってしてみて)で活動している。 ※第102夫人・清 嬉唄(島村嬉唄/きゅるりんってしてみて)は7月のお披露目ライブで電撃脱退した Instagram:@kiyoshiryujin25_official 清 竜人25が復活した。“一夫多妻制アイドル”というコンセプトで、一世を風靡し解散したのが2017年のこと。あれから7年。新たな夫人たちを迎え、新生・清 竜人25として再スタートしたのだ。 オリジンの清 竜人25は伝説的な存在だが、現・夫人の4人も負けてはいない。アイドルとしてすでに活躍してきた彼女たちの実力は申し分ない。しかもグループの雰囲気もグッドで、第101夫人のさきなは、「もう家族みたい」と語るほどだ。 10周年だけど、新婚ほやほやの清 竜人25。インタビューで四者四様の夫人たちの魅力に迫ると、大いなる飛躍の予感は、確信に変わった。 目次夫人たちにとって清 竜人は「共通の敵♡」!?さきなは「思考力が深すぎて“ゴリゴリゴリ〜”ってしたくなる」凪は「おっちょこちょいなおばあちゃん」真尋は「素直でめんどくさい女」ゆなは「守りたくなっちゃう癒やし系」竜人くんはみんなの救世主新生・清 竜人25は「観ておかないと、もったいないよ?」KIYOSHI RYUJIN25 REUNION TOUR 「THE FINAL」 夫人たちにとって清 竜人は「共通の敵♡」!? ──なぜ、清 竜人25を復活させたんですか。 竜人 10年前は、アイドルシーンにおいて、男性が女の子と一緒にステージに立つユニットがなかったので、そこに一石を投じる気持ちがありました。そのクリエイション以外の部分で成し遂げたかったことは3年かけていったん完全燃焼した。今回は清 竜人25の10周年というアニバーサリーイヤーだったので、純粋なエンタテインメントグループとして、この時代にできるハッピーなもの作りをしたいなと思ったんです。 ──このメンバーならそれができると思ったんですね。 竜人 うん、そうですね。 ──竜人さんの誕生日でもある5月27日に復活が発表されましたが、いつごろ夫人たちに声がかかったんですか。 さきな 半年以上前かな。もうあんまり覚えてない(笑)。でも私は、お仕事ではなく、もう家族みたいだなと思ってます。最初は、真尋ちゃんがみんなの仲を取り持ってくれたよね。 真尋 私、人見知りしないんで。でも、みんないい人で本当によかった。今では夫人4人がすごく仲よくて、竜人が置いていかれてる感があるんですけど(笑)。 さきな だから、夫人たちの間でギスギスすることはなくて、(ステージ上でのウィンクとか)「みんなに平等にしてよ!」とか逆に竜人にクレームが行くことがあるかも? 1対4で、竜人が共通の敵みたいな♡(笑)。 ──寂しいですね。 竜人 そうっすねえ……(苦笑)。 ──楽曲も次々とリリースされています。竜人さんにとって、どんなポジティブな影響がありますか? 竜人 10年前のデビュー曲「Will♡You♡Marry♡Me?」のリアレンジverをリリースして、SNSなどでたくさんの方に聴いていただけている状況で。解釈を変えて世の中に提示することで、違う時代でも受け入れてもらえてるのは、すごくアーティスト冥利に尽きるなと思います。 ──夫人たちは、竜人さんの楽曲を歌ってみていかがですか。 夫人4人 (キーが)高すぎる! 真尋 あと、歌詞に「スケベ」なんて入る曲を歌ったことがなかったので(笑)、新鮮で楽しいです。 ゆな 歌うのが難しい楽曲ばかりですけど、難しいからこそ、どうやって歌うか考えるのが楽しいです。 凪 壁が高いからこそ超えたくなるよね。「竜人、もっと難しい曲提示してよ」みたいな。負けねえぞ!という気持ち。 竜人 すげえ、ストイック(笑)。 さきな かっこいい〜。私はもう「楽しいなぁ!」ってだけかも。「キーが高くて出ないよ〜、楽しい〜!」みたいな。 凪 「振り付けできないよ〜。楽しい〜」ってね(笑)。最終的には「楽しいなら、いっか!」なグループですね。 さきなは「思考力が深すぎて“ゴリゴリゴリ〜”ってしたくなる」 ──夫人同士のお互いの印象はいかがでしょうか? まずは、さきなさんについて。 凪 私たちの振り付けは、ワークショップ的に先生と一緒に考えることが多いんですけど、さきなちゃんは積極的に意見を言ってくれて、それがキレイなかたちにまとまることが多いんですよ。地頭がいいんだと思ってます。 ゆな さきなちゃんは、もう……このまんま人間! 凪&真尋 あはははは(笑)。 さきな これ以上でも以下でもない(苦笑)。 ゆな すごく明るいし優しいし、裏表がまったくない。あと、すごくいろいろ考えてる。思考力が深すぎて、こんなに明るいのに、こんなこと考えてるんだって思うと、ゴリゴリゴリ〜ってしたくなる。 凪 ゴリゴリゴリ……? ゆな 違う! わしゃわしゃわしゃ〜って頭を撫でたくなっちゃうような感じ、でーす(笑)。 真尋 さきなちゃんは言葉の選び方がすごく上品。私は本当に頭が悪いんで、思ったことをすぐ言っちゃうんですよ……。でも、さきなちゃんは、誰も嫌な気持ちにならない言い方をしてくれるから、すごくありがたい。 さきな うれしい、泣いちゃう……! 竜人は? 竜人 ……3人が言ったことがすべてだよね。 さきな えぇ〜。 ゆな 私は、さきなちゃんのいいところもっと言いたいくらいなのに! 竜人 まじめな子だなあ、と思いますね。 さきな もう、竜人はいつもこれしか言ってくれない。「責任感がある」、「まじめ」。そんなことないのに……まだ私のこと知らないんだね。 凪は「おっちょこちょいなおばあちゃん」 ──凪さんはどうですか? 真尋 癒やし系でほわほわしてるけど、ライブ中は、人が変わったようにすごいんですよ! さきな 憑依型だよね。あと、ツッコミ担当だけど、すっごくおっちょこちょい(笑)。 真尋 リップのフタを逆側にハメちゃって、抜けなくなったり(笑)。さっきは、ドアを半開きにしておく方法がわからなくて、ずっとドアの前でわたわたしてた。「大丈夫?」って聞いたら「ダメです」って(笑)。 さきな 凪ちゃんはひとりでごちゃついてること多いよね。 真尋 おもしろいから、放置してずっと見ちゃう。 凪 助けてくれよぉ〜。 さきな あと、すごく人見知りで、心をすぐに開かない。だから、最近心を許してくれたことが本当にうれしくて愛おしくて。 凪 たしかに、今めっちゃ心開いてる。 さきな 最近は顔を見るたびに抱きしめたくなっちゃう。 凪 さっきは肩揉んでくれましたね。 真尋 おばあちゃんだと思われてない!?(笑) 凪 私は、清 竜人25の「おばあちゃん」担当ですね(苦笑)。ちなみに竜人は何かありますか? 竜人 出会ったころから、いい意味で印象が変わってないかも。 凪 前世のレコーディングのときに出会ったんですよね。「歌が上手だね」って言ってくれて。覚えてる? 竜人 覚えてるよ。いい意味でオンオフの切り替えがはっきりしてて、プロフェッショナルだなと思いますね。 凪 ありがとうございます。普段けっこうダウナーなので、意識して切り替えないと、人の前で歌ったり踊ったりできないんですよ。 さきな 凪ちゃんの本来の人間性と、ステージに立つ人の感覚っていうのが、ギャップがあるんだよね。だからそのまんまの凪ちゃんでは出ていけなくて、スイッチを入れなくちゃいけない。 凪 そうそうそう。けっしてお酒を飲んでステージに上がってるわけではないです。 さきな ナチュラルハイなんだよね。 真尋は「素直でめんどくさい女」 ──真尋さんはどうですか。 凪 真尋〜! 大好き!! 真尋 あはは、私も(笑)。 さきな 屈託のない素直さが魅力。何事にもまっすぐ。たまに良くも悪くもって感じになるんだけど。 真尋 よくわかってる(笑)。 さきな 素直に猪突猛進って感じ。私はこういう女が好き。 真尋 告白……!(笑) さきな でも、まだ見たことないですけど、もし機嫌が悪くなったら、めっちゃ態度に出すタイプだと思います。そういうめんどくさい女(笑)。 真尋 合ってます! さきなちゃん、占い師みたい(笑)。 さきな 私、めんどくさい女が大好きなんですよ。あと、私は真尋ちゃんのことは、ほぼ犬だと思ってます。 真尋 どういうこと!? さきな 誰にでも笑顔でしっぽ振って懐いちゃうから……。この3人の中で彼女にしたら一番不安になっちゃうのが真尋ちゃんだと思う。どっか行っちゃうんじゃないかって。 真尋 やばい女じゃん!(笑) さきな めちゃくちゃムードメーカーで、みんなを朗らかにしてくれる存在です。喜びや怒りはまっすぐ表現する反面、自分の弱さは人に見せない強がりさんなところがあって愛おしい。とても器用だから隠すのが上手すぎて、明るい真尋を演じている瞬間があるのでは?と心配になっちゃうこともあるくらい。 凪 今まで出会ったことのないタイプの明るさを持っている人。なので、人見知りの私でもすぐに打ち解けられた。唯一の同い年で、パフォーマンス力がすごく高くて、ダンスとか教えてくれるから……真尋いつもありがとう。 ゆな 真尋ちゃんは本当に優しくて、犬みたい(笑)。 真尋 え⁉︎ なんでみんな犬って言うの!(笑) ゆな (笑)私は、ひとりだけ加入が遅かったんですけど、初めての顔合わせが写真の撮影日で。もうガチガチで、初めて会う人と一緒に写真撮るなんて、ヤバーい!って緊張してて。 さきな この仕事してたら、初対面で撮影なんてしょっちゅうあるでしょ(笑)。 ゆな でもヤバすぎ〜って緊張してたの! そしたら真尋ちゃんがめっちゃ話しかけてくれて、こんなに優しい人がいてうれしいってなりました。楽しいこともうれしいことも、真尋ちゃんにすぐ言いたくなる。 真尋 うれしい〜! じゃあ、竜人。来いよ! 竜人 なんだろう、すごくガーリーだよね。本番前の舞台袖とかでさ、いつもぷるぷる震えてるじゃん。たぶん緊張しいな部分もあるんだよね。そこもかわいいなって思うよ。 真尋 きゅん♡ かわいいならよかった! ──今日初めて「かわいい」って出ましたね。 凪 本当だ! クレームセンター行きだ(笑)。 さきな クレームの窓口どこだろ。 ゆなは「守りたくなっちゃう癒やし系」 ──最後に、ゆなさんはどうですか? さきな ゆなは、繊細さんで守りたくなる。いい子すぎて、すっごく健気で、がんばり屋さんで。ゆなこそ、すっごくまじめ。こうやってずっとニコニコして、ギャグセンがちょっと高くて、おもしろいこととか言うし、ぽわぽわしてるように見える。でも実はちょっと抱え込みがちだから、守りたくなっちゃう。 真尋 癒やしです。ずっと見てたくなる。いつか誰かに騙されそうで、壺とか買っちゃいそう(笑)。守りたくなるんですよね。 ゆな ぜひ守っていただいて♡ 真尋 うん、みんなで守るよ! 凪 めちゃめちゃかわいくて、きゅるんってしてるのにおもしろいし、親身になって同じ目線になって話聴いてくれるところもある。私はゆなちゃんいないと、無理。依存! さきな 中毒性がある(笑)。 真尋 ゆなちゃんって、よく変なこと言うんですよ。このインタビューでもちょいちょい出てると思いますけど(笑)。 さきな 最近おもしろかったのが、私が「トイレ行ってくる〜」って部屋を出ようとしたら「いいなぁ」って返されて。じゃあ「一緒に行こうよ〜」って誘いました。 凪&真尋 あっはっは(笑)。 真尋 パッと出るひと言がすごくおもしろいんですよ。 ゆな ありがとうございます。竜人くんは? 竜人 ゆなはすごく今っぽいなと思いますね。時代をまとった女。 さきな ナウい。いいなぁ。私にもそういうのつけてよ、二つ名欲しい。 竜人 うーん、考えておく。 竜人くんはみんなの救世主 ──夫人たちは、竜人さんとの「結婚」にためらいはなかったですか。 さきな 私は全然。懸念あった? ゆな ゆなはいっぱいあった。 凪 めっちゃ悩んでたね。 ──お披露目ライブで第102夫人の嬉唄さんが離脱し、急遽交代で入ったのがゆなさんでした。 さきな ゆなちゃんは、すっごくファンを大事にしてて、誰ひとり取り残さないで、みんなを笑顔にしたいタイプだから、けっこう葛藤があったよね。 ゆな でも「やる!」って自分で決めて入ったら楽しかったので、勇気を出してよかったです。 真尋 私のファンからも「結婚」っていうワードに対して「悲しい」って意見もありました。でも結局は、私が幸せなら何をしても応援してくれる人ばかりだから、「ごめんね」じゃなくて、「がんばるから見ててね」って前向きな気持ちになれました。 凪 私のファンの方々は「凪がまた元気に活動してくれて、またグループやってくれるなんて!」って喜んでくださってます。私の健康も気遣ってくれるし……って、これじゃ本当におばあちゃんみたいですね(苦笑)。私のファンにとって、竜人くんは救世主です。「竜人くんは救世主♡」って歌作ってほしい! 竜人 やば!(笑) 真尋 いいじゃん! 次の曲それにしようよ! ──歌詞はご夫人方が書いてもよさそうですね。 凪 1行ずつ書こう! さきな 私たちが書いたら絶対グチャグチャになるよ。 凪 たしかに(笑)。 新生・清 竜人25は「観ておかないと、もったいないよ?」 ──ライブツアーも控えていますが、グループとしての目標はなんでしょうか? ゆな ずっとこんな感じでにこにこ楽しく幸せにやっていきたいです。 凪 どんな状況でも、どんなライブハウスでも、路上ライブだとしても、この5人なら、絶対楽しいし、ハッピーを届けられると思います。元気のない人にも、このハッピーオーラを届けたいですね。 真尋 このハッピーさはみんなに伝えたい。あと、私の前世のグループで叶えられなかった目標があるので、清 竜人25では叶えたいです。 さきな すごい! このグループで、そんな大きな目標が話題になったことなかった。 凪 竜人の頭の中にはあるんじゃないの? 竜人 ん? なに? さきな 今、真尋ちゃんがライブハウスよりも大きいステージにこの5人で立ちたいって言ってたの。 竜人 へぇ、いいじゃん! 真尋 明日にでも予約してくれそうなテンション!(笑) さきな 今、決まりました! 行きましょう。 ──さきなさんご自身の目標はどうですか? さきな やっぱりたくさんの人に見てほしいかな。ライブを観に来てくれたお友達とか家族の反応がすごくいいんです。たぶん私たちが思っているよりも、お客さんのことを楽しませることができてる。だから、「私たちのことを観ておかないと、もったいないよ?」って思います。私も観たいくらいだし。こんなグループもう二度と出てこないと思うから、今のうちに観てほしい。見世物小屋を観に来る感覚でいいから。 凪 寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! ゆな 凪ちゃんはすごく天然なんですけど……。 さきな 突然どうしたの?(笑) ゆな さっき凪ちゃんのこと説明できなかったから。凪ちゃんはノートに歌詞を書いてて、メモもたくさんしてます。憑依は、そういう努力のおかげだと思う。っていうのも書いておいてください。 凪 優しい……ゆな〜〜! ゆなはメンバーのことを本当によく見てくれてる。 ゆな 照れるからやめてよ〜(笑)。 文=安里和哲 撮影=時永大吾 編集=宇田川佳奈枝 <出演情報>テレビ朝日『ももクロちゃんと!』 11/9(土)11/16(土)2週連続 深夜3:20~3:40 ※詳しくは、番組ホームページで KIYOSHI RYUJIN25 REUNION TOUR 「THE FINAL」 出演:清 竜人25 会場:豊洲PIT 日程:2024年11月14日(木) 時間:18:00開場/19:00開演 http://www.kiyoshiryujin.com/kr25_2024/
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H1-KEYはなぜ“K-POP界のアベンジャーズ”? 4人が持つ能力と特別な関係
2022年にデビューしたK-POPガールズグループ・H1-KEY(ハイキー)の魅力は、高い歌唱力と圧倒的なパフォーマンススキル、そして4人のメンバーによる息の合ったステージングにより、幅広い音楽ジャンルを彼女たちの色に染め上げることができるところだ。 今回は日本で初のリリースイベント、そして音楽フェス『XD World Music Festival』出演で来日した4人に、彼女たちの多彩さがたっぷりと詰まった最新作『LOVE or HATE』にまつわるエピソードや、“H1-KEYらしさ”について語ってもらった。 目次グループのイメージを覆す“挑戦”違うところで育った4人がひとつになったK-POPの“スタンダード”になりたい グループのイメージを覆す“挑戦” ──まず初めに、3rd Mini Album『LOVE or HATE』について改めて紹介してもらえますか? ソイ 今まで私たちが歌ってきた曲は、前向きなメッセージが込められている明るい内容がメインでしたが、今回のアルバムは打って変わって“反抗的な学生が結成したスクールバンド”というコンセプトで作ったものです。なので、歌詞もストレートでアグレッシブなものになっているぶん、新しい姿をお見せできたのではないかと思います。 リイナ もともと私たち自身、ガールクラッシュなコンセプトがずっとやりたかったので、『LOVE or HATE』でまさに念願が叶った感じでした。 ソイ 「これは私たちにとって新たなチャレンジになる」って、すごくうれしかったよね! ただ、みなさんがH1-KEYに寄せている期待を覆すものでもあるので、どんな反応が返ってくるかということは正直なところ少し心配でもありました。 ソイ ──これまでのH1-KEYのイメージをアップデートするようなスタイルですね。タイトル曲「Let It Burn」は、まさにこのアルバムを象徴するようなナンバーです。 イェル 初めて聴いたときはすごく私たち好みだなと感じましたし、ギャップを見せられる曲だなと思いました。 フィソ 歌詞も、あまりアイドルが歌わないような表現だからすごく特別な感じがしたよね。「氷が溶けてしまったアイスティー」や「“チャギヤ(愛する人を親しみを込めて「ダーリン」「ハニー」と呼ぶ際に使う韓国語)”、愛してる」、「心が焦げて灰になってしまっても」とか。 イェル 振り付けも挑発的な歌詞に合っていて、すごく気に入っています! 違うところで育った4人がひとつになった ──ほかの収録曲も聴き応え満載なものばかりですが、特にファンの方々にとって特別な曲になったのは、メンバーのみなさんが作詞に参加された「♡Letter」なのではないかと思います。 フィソ 「♡Letter」の歌詞はそのタイトルどおり、作詞をするというよりは、メンバー同士お互いに向けて手紙を書くつもりで作り上げたものなんです。なので、私たちがどんな気持ちで向き合っているかということが表れていて、すごく美しい曲になったと思います。 イェル メンバーのお誕生日に手紙を贈り合ったりもするのですが、そのときとはまた違った感じでした。大変だった時期のことを思い返しながら、それを乗り越えたことへのお互いに対する感謝を込めて書いたので、この曲を聴くだけで涙が出そうになります。 ソイ 「私たちはすでにひとつ」という歌詞があるのですが、それぞれが違う環境で育ち夢を抱いていた4人がひとつのチームになっていく過程で、お互いに近づいていったH1-KEYらしさがよく表れている箇所だと思います。 リイナ そうだよね。それから「これは夢のような現実」という歌詞は、もともと違うものを持っているお互いが今では不思議なことに似たところもたくさんできたという私たちの、信じがたいくらい特別な関係性を伝えるフレーズです。 リイナ ──「それぞれが違う環境で育った」とは、どういうことなのですか? リイナ H1-KEYは、違う事務所の練習生だった4人が集結して結成したグループなんです。 ソイ そう。だから自分たちのことを「“アベンジャーズ”みたいなチーム」と呼んでいます。全員のキャラクターが明確だし、特色もまったく違うから。 ──“K-POP界のアベンジャーズ”であるH1-KEYは、どんな能力を持ったメンバーが集まっているのでしょうか。まずはリーダーのソイさんについて、教えてください。 イェル 私たちのリーダーであるソイさんは、とにかく歌声が特別。いつも「この曲をソイさんが歌ったら、どんな雰囲気になるかな」って考えますし、想像力を掻き立ててくれる声だなって思います。見た目と歌声のギャップも、魅力的です! フィソ ソイさんは、「これをやり遂げるぞ」って一度決めると目の色が変わって、目標に向かってまい進する情熱的な人です。一方で、たとえまわりが浮足立った状況でも、しっかりと自分のペースを保てる冷静さも兼ね備えています。 ──続いて、フィソさんについてご紹介お願いします! ソイ まずは歌声。どんなジャンルの楽曲でも自分のものにできる、宝物のような声ですね。 イェル さっきソイさんを紹介するときは「『この曲をソイさんが歌ったら……』と想像力を刺激する声」とお話ししたのですが、フィソさんは「この曲はフィソさんが歌えばこうなるだろう!」とはっきりイメージできるほど、個性が明確な歌声の持ち主です。その魅力が最大に発揮される音域帯というのもあるのですが、曲の中でパートが近づいてくると「来るぞ~!」と期待してしまいます。 ソイ ステージ上ではカリスマを発揮しているのですが、性格的にはとてもシャイで、情に厚く優しさにあふれているところも愛らしいです。 ──では、イェルさんは? ソイ グループの末っ子なので、以前は「子供みたいでかわいいな」と思うことも多かったのですが、特に『LOVE or HATE』の成熟したコンセプトがすごくマッチしたのか、最近はお姉さんに見えます。性格もサバサバしていてしっかりしているので、年上である私にとっても頼りがいのあるメンバーです。 フィソ 大きな心を持っていて私たちお姉さんメンバーの面倒もよく見てくれる、まるで長女のような存在です。 ソイ (じっとフィソを見つめる) フィソ ……もちろん、本当の長女はソイさんだよ(笑)! 安心して! 一同 (爆笑) フィソ それからイェルは伝統的な舞踊を習っていたというバックグラウンドがありつつ、ヒップホップの感性も持ち併せているところが特別だと思います。 ──では最後にリイナさんについて。 ソイ クールでチルで、芯がしっかりしている人。私は「誰かに頼りたいな」というとき、真っ先に思い浮かぶのがリイナですね。清純な見た目とハスキーボイス、しっかりとした性格とユーモアセンス……と、本当にたくさんの素晴らしいところを持ったメンバーです。 イェル いつも一生懸命なリイナさんは、日本語の勉強も熱心で、実際にとても上手ですよね。そんな姿を隣で見ていると「私もがんばろう」って思えるので、とてもありがたい存在です。 K-POPの“スタンダード”になりたい ──お互いをリスペクトし合う関係性がとても伝わってきました。それでは、ここからは今後のH1-KEYについてお聞かせください。いよいよ『LOVE or HATE』発売イベントで初めて日本のM1-KEY(ファンネーム)と対面を果たしますね(※取材はイベント開催前に実施)。今のお気持ちは? イェル 『LOVE or HATE』で新しい姿に変身したH1-KEYを、日本のM1-KEYに直接お見せできるのが本当に楽しみです! イェル ソイ 私、すごく気になっていることがあるんです。日本のM1-KEYはいつも、かわいい私たちの姿を好んでくださっているような気がするので、今回のような“ちょっと怖いお姉さん”なH1-KEYを気に入ってくださるかなって。よいリアクションをいただけたらうれしいですね。 ──リリースのたびにいろいろな姿を見せてくれるみなさんに、日本のM1-KEYも魅了されていると思います! では最後にこれから先、達成したい目標を教えてください。 ソイ 今後も日本のM1-KEYに会える機会がたくさんあることを願っていますし、少しずつM1-KEYが増えていけばいいなと思います。ゆくゆくは東京ドームでみんなで一緒に楽しめる日が来たら幸せですね。 リイナ 日本デビューは絶対に叶えたいです。私は日本語の勉強を一生懸命がんばっているのですが、特にバラエティ番組がすごく役立つのでよく観て学んでいます。参考になる上に、とてもおもしろいから。なので、いつか私たちも出演できたらいいなって思っています! あと……小さい役でもいいのでドラマや映画に出演したり、演技のお仕事もやってみたいですね。 フィソ チームとしての目標は、ふたりもお話ししてくれたように日本での活躍をもっともっとすることと、そして『コーチェラ』出演です。個人として夢見ているのは、今一般的に知られているボーカリストとしての魅力だけでなく、実用舞踊科出身ならではのダンスパフォーマンスにおける実力もみなさんにお伝えしたいということですね。 フィソ イェル まずは、私たちが「K-POPとはこういうものだ!」ということをこの世界に知らしめたいです! 一同 おお〜! ソイ ちょっと怖いんだけど(笑)! イェル (笑)。でもそれくらい、H1-KEYのパワーを多くの方に知っていただけたらいいなと思っています。もちろん、M1-KEYが見たい私たちの姿もしっかりお見せしたいですね。それから、私自身はダンスやラップだけでなく作詞作曲もできるし、本当にいろいろな才能を持っているので、これからいろいろな魅力を発揮していけたらいいなって。 あとは、メンバー全員がそれぞれ違うブランドのアンバサダーを務めていたらカッコよくない? ソイ めっちゃいいと思う! 私は、日本のCMに出演することが夢です。私たちは、日本の映像の感性にもバッチリ合うと思いますよ〜(笑)! フィソ 「Let It Burn」には「アイスティー」って単語が出てくるし、お茶のCMとかよさそう! ──みなさん、アピールがすごくお上手ですね! リイナ はい(笑)! ひとつでも夢を叶えていけるようにがんばりますので、これからもたくさんの応援をよろしくお願いします。 編集・文=菅原史稀 撮影=山口こすも
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NewJeans、『Olive』、『シティポップ短篇集』──小説家・平中悠一の気づき
平中悠一。高校在学中に執筆した小説『She’s Rain』(1985年/河出書房新社)が「文藝賞」を受賞、1984年に作家デビュー。その後『Go!Go!Girls(⇔swing-out Boys)』(1995年/幻冬舎)、『アイム・イン・ブルー』(1997年/幻冬舎)、『僕とみづきとせつない宇宙』(2000年/河出書房新社)などの著作を重ねてきたが、デビューから約40年の間に、エッセイや翻訳なども含め出版された単行本が計15冊という寡作な作家。その平中が、今春『シティポップ短篇集』(2024年/田畑書店)、『「細雪」の詩学 比較ナラティヴ理論の試み』(2024年/田畑書店)という2冊の書籍を上梓した。しかも『「細雪」の詩学』に至っては、東京大学大学院にて執筆した博士論文がもとになっている学術書だという。 現在『logirl』のプロデューサーを務めている私自身、デビュー作から追っている作家のひとりで、2作品の同時出版というニュースを知ったときはテンションが上がった。 今回、平中に近著の2作品に関する話を聞くことになったのだが、作品内容だけにとどまらず、本人のスタンスの変遷(=変わらなさ)に関する見解にまで話が及んだ。そこにはタイムリーな「NewJeans」(2022年7月にデビューした、韓国の5人組ガールズグループ)の話題なども加わることに。 ──『シティポップ短篇集』を編纂するにあたっての企図をお伺いできればと思います。 平中 本書のライナーノーツ(解説)にも詳しく書いていますけど、近年シティポップが流行ったから選集を考えたというわけじゃなくて、もともと1980年代にはこのシティポップという言い方はあまり使われてなかったんですが、僕のデビュー作『She’s Rain』が出版されたのは1985年なので、結果的には、僕自身がちょうどいわゆるシティポップの時代に重なるんですよね。 デビュー作の中では、ドビュッシーとかラヴェルとかも書いていますが、実は一番いい場面では登場人物たちは山下達郎を聴いているんですよ、あの小説って。まさにシティポップの真ん中の時代で、シティポップ小説という考え方はなかったけれど、今、回顧的にシティポップと呼ばれているような音楽が出てきていたように、当時すごく都会的な小説もいっぱい出てきていたから、それをまとめたらいいんじゃないかと思っていたんです。 「こういうのをまとめたら、いいものできるよ」って、当時、編集者に言ってはいたんだけど……僕がまとめるという考えはなかった。それを、今ならまとめられるんじゃないかなと思って、作ったんですよ。 「シティポップ時代の日本の短篇集」というのが本当のタイトルで、『シティポップ短篇集』というのは、僕が企画を提案したときの仮タイトルがそのまま残っちゃってるだけなんです。いわば“シティポップ短篇集のようなもの”ということなんですよね。 僕自身、もともとシティポップ音楽も好きで、シュガー・ベイブや大貫妙子、ティン・パン・アレー系とか大瀧詠一、そういうのを好きで聴いていて、近年のシティポップの流行はアジアからの逆輸入ともいわれていますけど、、日本の1980年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代の空気感が、経済発展してきた今のアジアの空気にピタッとはまったんだと思うんです。 だから日本のシティポップがオリジナルだからすごいということと同時に、アジアの全体が元気になって、前向きになってきて、1980年代の日本のポジティブで都会的なセンスが共有されるようなってきた。インドネシアにしろタイにしろフィリピンにしろ、最近すごくいいですよね、ポップスがね。 シティポップの話題から、アジア全体のポップスの話へと。平中とアジアンポップスとの邂逅についての話が続く…… 平中 僕は1990年代に入って、ほとんどJ-POPを聴かなくなっていたんだけど、たまたまスカパーをつけたら韓国のチャートをやっていて、すごくおもしろくてびっくりしたんです。それが1998年くらい。そこからK-POPを聴き始めることに。 2、3年後には韓国語もだいたい話せるようになるくらいハマったんですけど、これには自分でも驚きました。最初にトランジットで韓国へ行ったとき、キンポ(国際)空港でソバンチャの3人が歌っているのをテレビで観て、強烈な印象を受けていましたから。それがわずか10年で、ここまでかっこいいポップスをやるようになるとは想像もしませんでした。 1988年のソウルオリンピックのころまでは、韓国は今の北朝鮮のような感じで閉じられていて、日本語も英語も全部放送禁止だった。その後、解放が始まって……最初にキム・ゴンモあたりがレゲエから入ったんですよね。冷戦時代の西側・東側的な政治性から少し離れてるじゃないじゃないですか、レゲエって。だから外国のポップスでもレゲエならいいでしょということで。 僕が一番聴いていた2000年……BoAが出てきたころでもまだ、韓国ではポップスで一番過激なのはロックとヒップホップだといわれていたんですよ。 ヒップホップはメッセージ性もあるし、まだわかるんです。でもなんでロック?なのかというと……ロックはアメリカ文化の典型なので、一番厳しかったみたいなんです。最も反体制的、という感覚があったみたい。 その後、キム・デジュン(大統領/当時)のころから、日本は「侍の、武士の国、武力の武の国」であるけれど、韓国は「文人の国、文の国、文化の国」であるという自己規定をして、カルチャーへ予算をドンと入れていくんですが、2003、4年くらいからK-POPもあんまり僕はおもしろくなくなっていくんです。 なぜかというと、そこまでは、キム・ゴンモからあとも、たとえばパク・ジニョンとか、R&Bというのはこういう音楽ですみたいな……本物志向がすごく強かった。ミュージシャン自身が自分で一番いいと思う音楽をやろうとしてたから……ちょうど日本の1980年前後のシティポップ黎明期のようにね。すごくおもしろかったんです。 それが2003、4年くらいになってくると、もうちょっと売れる感じ……韓国の伝統歌謡、歌謡曲のちょっと下世話な感じまでを取り入れる……ちょっとお色気も入れて、みたいな感じになってきて、ポップな感じとズレていくんですね。結果、どれを聴いても全部おもしろい、というそれ以前のようなよさはなくなってきて。 結局、そのころ、僕自身、ちょっと日本を離れてしまったので……そのあと、日本で韓国の子たちが売れたでしょ? KARAとか少女時代とか、いっぱい。そういう話自体は聞いてたんだけど、あのあたりは全然、僕は知らなくて。だからK-POPファンをやっていて、一番日本で盛り上がっておもしろかっただろうなというあのころは全然知らないんです(※2005〜2015年、平中はパリに住んでいた)。 とまあ、そんな感じだったんですけど……昨年の暮れぐらいからNewJeansを、最初はInstagramのリールか何かでアメリカ人がカバーしているのを聴いて「誰これ? カッコいいじゃん!」と思って調べたらK-POPだっていうから、びっくり!して、原曲を聴いてみたらすごくよかった。 最初に気がついたときは年末くらいだったから、もう『Ditto』が出ていたころだったかな? まずは『Ditto』をすごくいいと思ったんだけど、その前の曲も、『Attention』とかすごくコード進行がジャジーでおもしろいなと思ったりもしたんです。 『Ditto』のときから「あれ? けっこうすごい!」と思っていたんだけど、やっぱり2枚目のEPが出たときに『ASAP』のMVとかを観ると、もう完全に雑誌『Olive』の世界なので……改めてびっくりして、これ『Olive』じゃん!と思って。 マガジンハウスから刊行されていた人気雑誌『Olive』(1982年〜2003年)。その独特な世界観をベースにした編集から根強いファンを持ち、休刊から時が経った現在でも、いまだに回顧系の関連書籍などが出版されている。平中も、かつてこの『Olive』で連載を持っていた 平中 僕は、もともと『Olive』が好きで、デビュー作も『Olive』の読者が想定読者だったんです。デビュー後には『Olive』で声をかけてもらい、結果、連載までやらせてもらいました。もちろん今のNewJeansを作っている人たちは『Olive』には気がついていないだろうと思うんですよね。勝手にやっていると思うんです。自分たちのオリジナルとして。 だけど日本では1980年代のバブルのころに『Olive』みたいなものが出てきていて……当時の読者だった女性からは『Olive』が出てきてどんなに救われたかっていう話を、今でもよく聞くんです。僕自身が『Olive』で書いていたから。 当時の赤文字系雑誌の『JJ』(光文社)や『CanCam』(小学館)は、あくまでいかに男の子にウケるかを考えるということをやっていたんだけど、『Olive』は男の子がどうとかとは関係ないんだ、自分たちがかわいいと思うものがかわいい、かわいいものは全部つけちゃう!みたいな雑誌だった。僕はそれを見ていて、かわいいなぁと思ったわけです。 だから実際に今、NewJeansを見て、あの子たちが自分の好きなものを「ほら、これもこれも!」「これかわいいでしょ、これもかわいいでしょ!」っていうようなあの感じ……あれは当時『Olive』を見ていた感じに、すごく近い。 なるほど、『Olive』とNewJeansの親和性、その世界の中で自律的に自己完結しているというような。その場合、『Olive』読者もBunnies(NewJeansのファンネーム)も、等しくその世界を見つめることに終始することになる。話は、その眼差しに及んでいく…… 平中 1980年代はそういう意味でいうと、ポストモダンの時代でもあったのね。パフォーマティブとかディスクール、コミュニケーションとかそういうものが、すごくプロモートされていた。パフォーマティブでコミュニカティブでないものはだめだ!と否定されてしまうくらい……。でも、すごく豊かな時代というか、多様性が許容できた時代だったということもあると思うんだけど、『Olive』みたいな真逆のものも実はあった……要するにパフォーマティブとかコミュニケーションの基本って、相手に影響を与えようという意図を持って働きかけることで、それが『Olive』の場合、自分がかわいいと思えば、もうそれでいいわけです。人がどう思うかなんて、どうでもいい。そういうものも、パフォーマティブの時代だと思われていた1980年代にちゃんと日本に出てきていた。 そう考えると、シティポップみたいなものがアジアでウケてきている今、NewJeansのようなものが出てくるということは、日本の1980年代を重ねてみると、ひとつ読み解けるんだよな、と。 NewJeans『How Sweet』 日本デビュー曲の「Supernatural」では1980年代に生まれ大ヒットしたニュージャックスイングのスタイルを採用。完全に狙ってる? さらにここから「ノン・コミュニケーション理論」が主体を成す『「細雪」の詩学』へと話が進んでいく。平中の感覚の中でそれぞれの要素がきれいにリゾりながら展開していくさまは、まるで魔法にでもかけられているような気持ちになる。 平中 NewJeansを見ていてなるほどと思ったのは……ちょっと前提から話すと、僕も1980年代に仕事をしていたので、そもそもコミュニケーションが一番大事だと思っていたんだけど、その後、フランスへ行って「ノン・コミュニケーション理論」という、小説はコミュニケーションじゃないという考え方を知ったんです。 ところが日本語というのは、実はコミュニケーションじゃない言葉遣いを失っている。すべてが“言文一致”……話すように書くことで、書き言葉とコミュニケーションの口語を一致させるようになっているので、コミュニケーションじゃない言葉が見えなくなっている。なので、特にわかりにくくなっていると思うんだけど……もともとは“物語”ってコミュニケーションではなくて、別世界なんですよね。たとえば子供に「おじいさんとおばあさんがいました……」というのは、全然別の世界の話なわけです。物語には、そういうところがそもそもあって、これはコミュニケーションでもなんでもないはずなんです。そういうところが今は全然捉えられなくなっています。 ドキュメンタリー番組での「今日は村人たちのお祭りだ」みたいなやつ……ああいうのはフランス語なら、コミュニケーションではなく“物語”なわけです。でも日本のアナウンサーの人たちってそれを一生懸命コミュニカティブに伝えようとしますよね。真逆のことをやっているんです。文章自体は、すっと人から離れたひとつの物語になろうとしているのに、それをコミュニカティブにしようということをやっているので、すごく無理があるんですよね。 フランス語だったら、パッセコンポゼ(複合過去)という日常の会話と、パッセサンプル(単純過去)という、文章でしか使わなくなっている古文のような書き方があって……で、フランス人って、子供におとぎ話を語るときはパッセサンプルなんです。それですっと物語の世界に入っていける。言葉にはコミュニカティブな面とそうでもない面があるということに気がついたのはエミール・バンヴェニストなんだけど、それが本になるのは1960年代以降です。 日本で“言文一致”運動が始まったころにはフランスでもまだ周知されてなかったことなので、現代の日本語に“物語”の言語が確立されていないのは仕方がないところもある。そんななかで、日本の小説家たちはいろいろ工夫してがんばったと思います。 小説というのも“私とあなた”の間のコミュニケーションとは違うところにある“世界”を見せてくれるところが、実はすごくおもしろい。 『細雪』(谷崎潤一郎/1943年〜1948年)なんかはその典型なのだけれど、自分の人生とは別のラインで4年半の時間が流れていて、読んでいると自分の人生がそこのところだけ二股に分かれるみたいな感じがある、別次元のような。なぜそれができるのかというと、別の世界がそこにあって、読者はその世界をのぞき込むように経験するから。 僕の『「細雪」の詩学』では、アン・バンフィールドの「ノン・コミュニケーション理論」に関係して、ヴァージニア・ウルフを紹介しているのだけれど、ヴァージニア・ウルフは意識的にノン・コミュニケーションの小説を書こうと思ってすごく苦しんだ人なんですね。 文章の中にノン・コミュニケーションの部分があるというのはいえるとしても、それだけで1章、2章……と作っていくのは難しいんです。ウルフは『灯台へ』(1927年)でまったく人称性のない章を書いていますけど(第2章)、実はあれはすごく大変で、彼女の日記を見ると、ものすごく苦しんでいるのがわかる。 僕自身の話でいうと『She’s Rain』を書いたときに江藤淳先生から「街の情景の部分が新しいので、あれをもうちょっと発展なさったらいいと思いますね」と言われたので(『She’s Rain』の前日譚になる)次作の『EARLY AUTUMN アーリィ・オータム』(1986年/河出書房新社)のときに、意識的に街の情景を描いてみたんです。カメラアイを用いて街の情景を書いて……ずっと街の情景が続いている中に、人物のセリフがぽっと入る。 映像的にいうと……人物たちが遊んでいるようなシーンに、その画とは関係なしに人物たちの声でナレーションが入るかたちがあるじゃないですか……あれをやりたかった、文章で。 文章でぎっしり4ページくらいはいきたいなと思って書いていたんだけど、全然無理、続かない。やっぱりカメラアイでずっと書くことはすごく大変なんだなと思ったことがあって……ウルフのそういう日記を見て、ああそうだ、これって難しいんだよなと。 ウルフの書いたエッセイには、バンフィールドも取り上げている『The Cinema』(1926年)というのがあって……映画って“中の人たち”は見られていることに気づいていないわけです。こちらを見ない、“こちら”があるとも思っていない。見ていることに気づかれることもない状況でこそ、初めて何か真実の姿が現れる、と言うんですね。 たとえば、映像の中で波が来ても自分の足が濡れることはないし、馬が暴れても蹴られることはない、結局のところ自分たちとは別の世界、逆にこちらの手も届かない世界で起こっている出来事がそこには捉えられている。だからこそ自分たちの日常を離れて、客観的に何か真実が見えてくるというのを『The Cinema』では“映画の美学”として考えている。 そういうものを、ウルフは自分の小説でなんとかやろうとしたんだと思うんです。「ノン・コミュニケーションの美学」はそこにあって、NewJeansの「Bubble Gum」(2024年)とか「ASAP」(2023年)のMVを観ていると感じるのは、そういうもの。こっちで見る者のことを全然意識していない世界が強調的に描かれている。ステージでの「Bubble Gum」のイントロで演じられる小芝居なんか、典型的です(カメラを鏡ということにして、誰にも見られていないていでメンバー同士の内輪の会話が演じられる)。 「ノン・コミュニケーション理論」とNewJeans……コンテンツへの私たちの接し方を考えると、それもあり得る話に思えはするものの、接し方ではなくコミュニケーションという視点に変えることで、モノではなく人、世界になっていく。NewJeansから、話はさらに進む。 平中 若い女の子を眼差しによって消費するのではなく、少女たちに眼差されることがない自分を儚む、みたいな捉え方もあると思うけど、僕はちょっと違って、少女たちがこちらを見返してくれる必要を僕はまったく感じないので……見返されても困るし、持て余しちゃう。あの子たちがああやって遊んでいるのを見て、みんながおもしろいと言って……たぶんそこにはいろいろな楽しみ方があるし、彼女たちの仲間になれる人もいるし、彼女たちに共感したり自分を投影する人もいるだろうし、僕みたいに全然別の“楽しそうだなぁ”と思って見ているだけで自分も楽しくなっちゃう人もいる。そこはやっぱり人によって違うと思う。 ただ僕は、NewJeansを見たときに、これって『Olive』だよね。で、これが『Olive』だということは、NewJeansのこういうノン・コミュニケーション的なところを考えると『Olive』って「ノン・コミュニケーション理論」だったんだよねと思って。 『Olive』からのNewJeans、「ノン・コミュニケーション理論」からのNewJeans、そして『Olive』と「ノン・コミュニケーション理論」、一見すると単なる三段論法のようにも思えるが、深く聞いていくと同じ地平でつながっているのは間違いないことに気づかされる。そしてNewJeansを橋頭堡として、そこへ「シティポップ」もつながってくる。 これはまさに今起こっていること……ここへさらに平中自身の縦軸、デビュー作『She’s Rain』がたどり着いた場所(それは換言すると“普遍性”でもあるのだけれど)の話が続く。 『She’sRain』 装丁はオサムグッズの原田治 平中 僕はずっとこれをやっているんだって、実は最初(デビュー作)から。結局そこで、僕はその子たちに見つめ返されたくない。見つめ返されない自分を悲しむとかはないわけです。なぜかというと、本当に高校生のときから僕はこの子を汚さないというのが僕の考えなわけだから。もう全然、けっこうなわけです。 だから、くるっときれいにつながってくるので、『Olive』と「ノン・コミュニケーション理論」がNewJeansを介して通じたときに、自分がやっていたことが、くるっときれいにつながった感じがしたんです。だからバラバラないろいろなことをやっているようだけど、最終的に僕はそういうことがやりたいんだと思って。 デビュー作『She’s Rain』では、ユーイチとレイコというふたりの高校生の恋物語が描かれる。今風にいうなら“煮え切らない”ように見えるユーイチが抱いているレイコへの思い「僕は、ほんとに好きになったら口説かないでおく。そのコのこと大切に思うから。(中略)そのコをずっと素的なままでいさせてあげる自信なんて、ない」「素的な、一人で歩いて行ける女のコのままでいて欲しい」「束縛したくないんだ(中略)つまんない女のコにしたくないんだ」(『She’sRain』より抜粋)この言葉が、まさにスタンスを体現している。 約40年が経って、改めて変わっていないことに気づかされる、それは自分の志向性が間違っていなかったという自己肯定でもあるのだろう。 取材・文=鈴木さちひろ 平中悠一(ひらなか・ゆういち) 1965年生まれ、兵庫県出身。小説『She’s Rain』で1984年度・第21回「文藝賞」を受賞しデビュー。『それでも君を好きになる』(トレヴィル)、『アイム・イン・ブルー』(幻冬舎)、『僕とみづきとせつない宇宙』(河出書房新社)などの小説、『ギンガム・チェック Boy in his GINGHAM-CHECK』(角川書店)などのエッセイの出版のほか、『失われた時のカフェで/パトリック・モディアノ』(作品社)等の翻訳も手がける。 2024年4月『シティポップ短篇集』(編著)、『「細雪」の詩学 比較ナラティヴ理論の試み』の2冊の書籍を田畑書店から上梓。HP:http://yuichihiranaka.com 『シティポップ短篇集/平中悠一編』(田畑書店) 「1980年代、シティポップの時代」を彩った7人の作家による9つの物語を、自らも小説家である平中悠一が編纂。 (収録作家:片岡義男・川西蘭・銀色夏生・沢野ひとし・平中悠一・原田宗典・山川健一) 平中「読んだあと味がいい……希望が持てる感じかな。1980年代の感覚ってひと言でいうと、大貫妙子さんのアルバムタイトルにもあった『Comin’ Soon』。今にいいことが……一番いいものはこれから来るよみたいな感覚。それがなんだったの?と言ったら何もないまま終わっちゃった、巨大な予告編のようなところもあるのだけど。もっといいものが来るよと思いながら生きていく感じ。そういうあのころの気分のある小説、なにかしら夢が持てる、希望が持てる感じの作品を選びました。 これを僕がまとめなかったら、たぶんまとめられないまま終わっちゃう。ここでいっぺん、こういうものも80年代にはありましたよということをまとめておいたら、いつか誰か拾ってくれるかもしれない。そのときにまた、日本の状況がもうちょっとよくなっていたりしたら……そういう“壜(びん)の中のメッセージ”、タイム・カプセルでもあるんです」 『「細雪」の詩学 比較ナラティヴ理論の試み/平中悠一』(田畑書店) 谷崎潤一郎の「細雪」を、日本では初の試みとなる「ノン・コミュニケーション理論」を用いて解析。三人称小説の在り方、文学作品の客観的な読み解き方を考察する。小説家である平中悠一の、東京大学大学院での博士論文を書籍化。 平中「三人称の小説を自分ではうまく書けないっていうのがまずあって。三人称の小説が一番本格的であるという話もよく聞くし、でも日本語で書かれた三人称の小説は、どうもどれもしっくりこないというか……どうも読んでて三人称ごっこみたいに見えちゃう感じがあるのに『細雪』だけは違和感が何もなくスーッと読めるので、なんでだろう?と。どこが違うんだろう?って、ずっと謎だった。『細雪』という小説自体、どうやって書いたんだろう?というのが全然わからなくて。それが『細雪』を研究のモチーフにしたきっかけです。そこから「ノン・コミュニケーション理論」の勉強を始めて……もしこの理論が使えるようになったら絶対おもしろいことになるぞ、と思ったんです」
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K-POPの名MC・古家正亨「透明な存在でありたい」韓国カルチャー伝道師の“譲れない哲学”
古家正亨(ふるや・まさゆき) 1974年生まれ、北海道出身。上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。ラジオDJ、テレビVJ、韓国大衆文化ジャーナリスト。年間200本以上の韓国アーティスト・俳優イベントのMCを務める。NHK R1『古家正亨のPOP★A』、ニッポン放送『古家正亨 K TRACKS』、テレビ愛知『古家正亨の韓流クラス』などのレギュラー番組でも活躍中 K-POPが好きな人なら、一度は「古家正亨」の名を耳にしたことがあるだろう。数々の韓国アーティスト・俳優による来日イベントなどでMCを務める古家は、ラジオDJそしてジャーナリストとして、長年、韓国大衆文化と併走してきた。 今回は、そのたしかな知識とカルチャーへのリスペクトを感じさせるトークで、ファンそしてスターたちからも厚い信頼を集める彼の職業観を聞いた。 現地での実体験でしか得られないものがある 『BEATS of KOREA いま伝えたいヒットメイカーの言葉たち』 ──2024年4月に新著『BEATS of KOREA いま伝えたいヒットメイカーの言葉たち』(KADOKAWA)を刊行されました。本書ではK-POPの最新シーンはもちろんのこと、韓国芸能が国外へ受容されるまでの道のりもわかりやすく綴られていますが、なぜこうした内容を発信したいと思ったのですか。 古家正亨(以下、古家) まず、僕の中では日本におけるK-POPの展開って、KARAや少女時代が日本に進出した2010年前後である程度広がりきったと思っているんですね。逆にいうとそこまでのプロセスが大事で、それ以降はひとつのムーブメントとして定着していったといえる。 その一方、最近のK-POPシーンについては多くの方がご存じですし、記録としてもいろんなかたちで残っているけれど、当時の細かい事象についてはあまり知られていないように感じるんです。 ──“細かい事象”というと、どのようなものが挙げられますか? 古家 たとえばCDショップのK-POPコーナーに行くと、アルバムパッケージの形がすごく多様だと気づかされます。正方形のスタンダードな形態だけでなく、すごく大きいものや細長いもの、本型もあれば箱型もある。 なぜこうなったのかという背景にはさまざまな要因がありますが、よくいわれているのは「韓国では芸能事務所が作品プロデュースを徹底していて、アルバムのデザインワークにもこだわっているから」ということですよね。 でも僕の目には、別の理由もあるように映っているわけです。というのも、CDの売り上げが下降していった時期に、韓国ではCDケースのメーカーが次々に倒産してしまい、国内生産が難しくなっていたんです。そこで仕方なく、代わりにDVDのパッケージが使われ始めたんです。 それ以降、CDの形態が画一ではなく、いろいろなものが出始めて、見た目の自由度も増していった……というのがそもそもの経緯なんですね。 ──そんな事情があったんですね! 古家 もともと僕は大学卒業後にカナダへ留学して、そのときに韓国人留学生の友人から聴かせてもらったK-POPがきっかけで韓国の音楽に傾倒していったんです。 ラジオDJとして活動しながら「自分の好きな韓国の音楽についてもっとみんなに知ってもらいたい!」と流行歌を紹介したりしていたわけですが、今とは違って当時はインターネットも普及しておらず、現地のトレンドを把握するのがすごく大変だった。なので自ら韓国のCDショップへ足を運んで、音源をチェックするしかなかったんです。 その時代の日本は、ほかのアジア諸国を軽視するような風潮がありましたし、韓国カルチャーの発信に積極的なメディアも少なかったので、僕の活動を認めてくれる人も少なかったですし、渡韓費用もCD代もすべて自腹でした。 そんな時代、韓国のCDショップへ行くたびに、個性的な形のCDが少しずつ増えていき、知らず知らずに(ショップ内で)やたら足を(CDに)ぶつけるようになっていったわけです(笑)。 さらに時が経つと、今度は三角形のアルバムパッケージなんかも登場して(miss Aの『Bad But Good』)。日本ではそんなケースが少なかったので「なぜだろう?」と思い、関係者に聞いてみると、先ほどお話ししたことがわかったんです。 miss A『Bad But Good』 ……話が少し長くなってしまいましたが、あるムーブメントを捉えるにおいて、実体験を通じて新鮮に感じたことや疑問に思ったことを調べる、ということの繰り返しでしか見えてこないことってあるんですよね。なのでそういう経験を通じて、この目で見てきた“細かい事象”を伝えたいという気持ちがあるんです。 ──どこにいながらも世界中の最新曲がチェックでき、現地メディアのレポートが即日多言語でアップされるようになって久しい今も、その考えに変化はありませんか? 古家 そうですね。昔は「若者の間で流行っている音楽を知るには、明洞(ソウルの繁華街)を歩け」といわれていましたが、最近は好みや音楽ジャンルが多様化して、そうはいかなくなりました。 ソウルの若者の遊び場も、かつては一極集中だったのが、今ではいろいろなところに広がっています。それぞれの場所で流れている音楽も、たとえば芸術系大学エリアの弘大はインディーズミュージックの中心地ですし、名門大学エリアの梨大や新村では日本のシティポップが流れていたりする。 日本で「韓国の音楽」といえばアイドルが中心ですけど、韓国本国では2010年以降音楽の多様化が一気に進み、さまざまなジャンルのアーティストが音楽界で支持されています。 日本でヒットチャートだけを見ていては「アイドルが流行っている」という情報しか得られず、わかったような気になってしまうので、現地の実情を理解するには、ネットでなんでも調べられる今だからこそフィールドワークが大切だと思うんです。きっと大学院でジャーナリズムを専攻していたこともあり、その思いが強いのかもしれません。 MCで大事なのは「透明な存在になること」と「入念なリサーチ」 古家正亨 ──古家さんはK-POPのイベントMCを数多く務められていますが、それぞれのアーティストに関する知識の深さにファンから驚きの声が上がることもよくあります。その根本にはジャーナリズムの精神があったのですね。 古家 大学で専攻していた臨床心理学によって培われたものも大きいと思います。心理学って要は、“人の心”を数値化する学問じゃないですか。見えないものを“見える化”する作業は、今僕がMCやラジオDJをするにあたって、非常に役立っているんです。 それから、当時の恩師から教えていただいた「カウンセラーは自ら答えを提供するのではなく、あくまで困っている人の話を聞き、気づきを与える職業」という言葉に大きな影響を受けました。「真の話し上手は、最高の聞き上手である」という先輩からのアドバイスも、今の僕の成長の糧になりました。 ですから今の仕事をするなかで常に念頭に置いているのは、できるだけ“透明な存在”になって、主人公のスターとファンをつなぐパイプ役に徹したいということ。必要なタイミングにだけ、なるべく短い言葉を発することでスターとファンとの橋渡しができたらというのが、仕事をするにあたっての哲学です。 ただ、その「必要なタイミング」というのはいつやってくるかわからないので、どんな状況にも対応できるように、やはり事前の入念なリサーチが重要になるわけです。 ──逆にいうと、どれだけリサーチしても「必要なタイミング」が来ない限りは、せっかく準備した情報の出番はないということですよね。 古家 そうです! 昔、マラソンの実況をやっていた先輩から「ランナー全員のバックグラウンドや趣味まで調べ上げても、それが少しも役に立たないことが多い。それでも1000リサーチしたうち1や2が活かされるときのため、我々は準備している」という話を聞いて、すごく感動したんです。 だから常にスターの動向をチェックして、現地の記事を読んで、時にはファンのSNSを見て……。家族には「いつもネットばかり見て、楽しそう」と思われていますけど(笑)。 ──本当に大変なお仕事だということがわかります……。 古家 最近は年間200本ほどイベントに出演しているのですが、その中で「今日は満足できた」と思えるイベントって、正直10本あるかないかなんです。 MCという立場上、自分がどれだけ準備をしても、すべてをコントロールできるわけではないし、韓国と日本という文化や習慣が違う、異なる民族の者が混在する現場が多いので、価値観や目的にもズレが生じるわけです。 とはいえ、表に立って進行しているのはMCですから、もしもイベントがイマイチだったときは僕の責任になってしまうんです。 たまに「なりたい職業は古家さんです」と言っていただくことがあるんですけど、はっきりいってオススメできません。想像できないかもしれませんが、心労は計り知れません。 韓国カルチャーの「スポットが当てられていない部分」も伝えたい ──とはいえそんな古家さんだからこそできる仕事、伝えられることが多いぶん、活動のフィールドを広げていらっしゃるのだと思います。今後新たに挑戦したいことってありますか? 古家 たくさんあります。たまに「古家さん主催のフェスをやってほしい」と言われるので、いつか実現できればと思っています。ただ、K-POPアイドルのフェスにしてしまうと、どうしてもお金が莫大にかかってしまいますし、すでに多くのイベントが日本で行われているので、僕がする意味はもはやないと思います。 自分のキャリアの原点って、もともと韓国のインディーズ音楽を聴いてハマったということもありますし、あまり日本では知られていなくても、実力のあるアーティストを呼ぶというかたちでなら可能かもしれません。 それと、昔からずっとやりたいと思っているのは、韓国音楽についてのドキュメンタリー制作です。取り上げたいテーマはいろいろあって、1970~80年代に日韓の音楽交流の架け橋として尽力してきた歌謡界の重鎮の半生だったり、日本における韓国エンタメの定着の過程だったり……。K-POPが日本でここまで受容されるようになった背景については、もっと掘り下げられるべきだと思うんです。 今でこそ注目されるようになった韓国カルチャーですが、スポットライトが当てられているのはまだまだほんの一部なので、それ以外のところを“古家目線”で記録として残したい、というのが僕の希望ですね。 文=菅原史稀 編集=高橋千里 INFORMATION 『BEATS of KOREA いま伝えたいヒットメイカーの言葉たち』(KADOKAWA) 著者:古家正亨 定価:1,600円(税別) 古家正亨が韓国カルチャーの過去・今・未来を、ラジオ番組仕立てで届ける https://www.kadokawa.co.jp/product/322111001104/
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春アニメを遡り考える“アニメのこれから” ──DJ・KO KIMURA×アニメ評論家・藤津亮太
KO KIMURA 木村コウ(きむら・こう) 国内ダンスミュージック・シーンのトップDJ。クラブ創成期から現在までシーンをリードし、ナイトクラブでの活動のみならず、さまざまなアーティストのプロデュース、リミックス、J-WAVE『TOKYO M.A.A.D SPIN』(毎月第1金曜日27:00〜29:00)にてラジオDJとしてなど、国内外で活躍中。 藤津亮太(ふじつ・りょうた) アニメ評論家。地方紙記者、週刊誌編集を経てフリーのライターとなる。主な著書として『「アニメ評論家」宣言』(2003年/扶桑社、2022年/ちくま文庫)、『アニメと戦争』(2021年/日本評論社)、『アニメの輪郭』(2021年/青土社)などを出版。 昨年11月に実現したアニメ好きで知られるDJ・KO KIMURAとアニメ評論家・藤津亮太の対談。今回は、春アニメをテーマにふたりのアニメ対談第2弾を敢行した。人気作『鬼滅の刃』や『僕のヒーローアカデミア』の続編をはじめ、『忘却バッテリー』や『怪獣8号』など話題作が盛りだくさんの今期。過去〜現代の春アニメ作品を比較しながら、トレンドやアニメ業界の変化などについて語ってもらった。 目次“春アニメ”で思い出すあの作品過去〜現在でよくできたアニソンとは?春アニメから見る業界のこれから “春アニメ”で思い出すあの作品 ──アニメ対談第2弾ということで、今回はビッグタイトルが並ぶ春アニメについてです。毎年、春アニメはどこも気合いが入っているようですが、20年前、10年前、現在放送の春アニメを比較しながらお話を伺えたらと思い、2004年、2014年、2024年の春アニメ作品リストを持ってきました。 藤津 2004年の春アニメもそこそこ数がありますが、『アニメ産業レポート』(日本動画協会)によると、2004年は年間放送されたアニメが203本ぐらいあったんです。2022年の段階でテレビアニメは年300本を超えているので、2004年は現在の3分の2ぐらいだったころで。 木村 今は毎クール50番組を超えていますから、もう全部をチェックするのは不可能に近いですよね。こう見てみると、昔は一般には広く流行らなくても、アニメシーンの中では話題になる作品が多かった気がしますかね。 藤津 2006年に『涼宮ハルヒの憂鬱』の放送があるんですけど、そのあとからラノベ(※ライトノベル)のアニメ化がまた増えるんですよね。1990年代以来ですね。2004年はその直前なんで、意外とラノベアニメは少ないかなって。 木村 マンガ原作が多いからか、全部が似たような作品にならない時代でしたよね。 藤津 今だと異世界転生モノがたくさんあるので(笑)。ベースが似ている──たとえると、でき上がっているラーメンは別ものなんだけど、基本の出汁は同じみたいなところがありますよね。個人的に春アニメの記憶をたどると、『機動戦士ガンダム』(1979年)がすぐ浮かびますね。 木村 ガンダムは春の放送だったんですね。 藤津 そうなんです。4月7日放送開始で。小学校高学年ぐらいのときで、事細かに春の記憶と結びついているわけではないんですけど。そのあと『機動戦士Ζガンダム』が1985年3月放送開始で、高校2年生になった4月に、友達と登校中に会って「(Zガンダム)どうよ?」という話をしたのを覚えています。 木村 『Ζガンダム』になって、だいぶストーリーが暗くなりましたよね。富野由悠季監督のネガティブなところがいっぱい出ている気がしました。 藤津 重苦しい感じがありましたよね。キャラクターを追い詰めていくところがある作品ですからね。 木村 10年おきに見てみると、異世界転生モノのような今っぽいアニメはまだないですね。2004年は『忘却の旋律』でLiSAさんの歌(OPテーマ「Will」)を思い出しました。あと、『頭文字D Fourth Stage』はCGが少しよくなっている時代ですね。 藤津 『頭文字D』は2023年秋に『MFゴースト』(※『頭文字D』と同じ世界の近未来が舞台という設定)をやっていて、今年もシーズン2をやると言っているし。『ケロロ軍曹』や『キン肉マン』は今年新シリーズ発表をしていて、2004年を見ていると、意外と20年後の今と重なるものがあっておもしろいです。 木村 20年経っても観ている方はけっこういそうですよね。あと、アニメファン初期の人たちも多く見ていそうです。ちょうど『風の谷のナウシカ』(1984年)で映画館に並んでいたような人たちなのかな。 藤津 『風の谷のナウシカ』も春の映画でしたね。ちょうど中学3年から高校に上がる春休みの公開だったので、映画館に観に行きましたね。約束もしてないのに友達も観に来ていて、映画館でばったり隣り合わせるみたいな(笑)。 木村 「やっぱり来るよね!」って言ってね(笑)。90年代になると今でいう深夜アニメ的なものはOVAになっていったじゃないですか。だんだん夕方6時のアニメもなくなってしまうし。自分が子供のころ、ジャンプアニメは19時からやっているみたいな。それが今になると夕方はニュースばっかりで。あと土曜と日曜の朝にやるアニメが増えましたよね。 藤津 結局はアニメそのものの視聴率が90年代の終わりごろからジリ貧の状態だったんです。その結果として、たとえば『ONE PIECE』(1999年〜)がゴールデンタイム放送じゃなくなるのが2006年で、『名探偵コナン』(1996年〜)もずっと月曜19時台でやっていたのが、2009年以降は土曜夕方枠に移っていて。そんなふうに、ちょっとずつ視聴率的にゴールデンタイムからアニメ枠が押し出されていって、逆に深夜にアニメ枠が増えていくことになった感じですね。 木村 なるほど。『交響詩篇エウレカセブン』(2005〜2006年)は朝7時とかにやっていて、京田知己監督や脚本家の佐藤大さんが「ナイトクラブで踊ったあとに見てもらいたい」と言っていたんですよ。そういう狙いもあるのかなって。僕もそのころは『マリア様がみてる』(2004年)を観るために、DJ終わったあとすぐ帰っていたから。最近は日曜朝のアニメって、大人向けのものが少なくなってきましたよね。 藤津 かっちり棲み分けされていますよね。土日の朝は、玩具やカードがセットになっている番組が中心で。 木村 たしかに多いですね。カードバトルものとかね。僕は朝6〜7時ぐらいまでDJをしていたりするので、日曜の朝に好きなアニメを観られるのは、DJ中もテンションが上がっちゃって。あと、土曜朝の『家庭教師ヒットマンREBORN!』(2006年)とかも好きでした。 過去〜現在でよくできたアニソンとは? ──その時代のトレンドはあるのでしょうか? 木村 2004年はやっぱりマンガ原作が多かったですよね。『GANTZ』(2004年)はアニメを観るときに少しフレッシュさがなくなってしまうから、原作は読まないようにした思い出があります。 藤津 あと、現代は “なろう系”(※小説投稿サイト『小説家になろう』発の原作の作品)という言葉に代表される、WEB投稿発の小説が企画のスタート地点のものがめちゃくちゃ多くなっているので、そこが一番違うところですよね。 木村 『サムライチャンプルー』も2004年春なんですね。少しサブカルっぽい雰囲気が伝わってきていて、アニメでヒップホップの音楽が流れることはなかったから。 藤津 そういう意味では『サムライチャンプルー』は、かなり目立っていましたよね。 木村 そういえば当時は野球中継があると、最終回までテレビでやらないとかありましたよね。 藤津 ありましたね(笑)。『GAD GUARD』(2003年)も地上波放送が途中で終わってて。そのあたりは、アニメ制作会社は局と連携があまりよくなくて、過渡期といえば過渡期だったんですよね。深夜アニメが始まって10年弱ぐらいで、改めてアニメに力を入れようとなったけれど、その体制が2004年はまだ固まりきってないんですよ。 木村 そうなんですね。『GAD GUARD』とかも「え、これどうなるの?」で終わっているから。今だと次のクールの最終話の持ち越しとかありますから。最終話を見るために、OVAを買ったり、レンタルしたりしなきゃいけなくなるという。 藤津 あとBSだけで全部やります、みたいなケースもありますからね。 木村 なかなか懐かしいですね。『サムライチャンプルー』も最後あれ?ってなりました(笑)。『GAD GUARD』はカッコよかったですよね。 藤津 ちょっとトガったビジュアルセンスのある作品だったので。 木村 最近は“なろう系”ばっかりで……。 藤津 すごく量が多いですからね。あと、2004年春の作品リストを見ると『DANDOH!!』があるんですよ。ということは、2004年も今年も両方ともゴルフアニメが入っています。そもそもゴルフアニメなんて、めちゃくちゃ少ないのに。両方にあるのはすごいなと(笑)。今年放送の『オーイ! とんぼ』は、ゴルフ雑誌『週刊ゴルフダイジェスト』(ゴルフダイジェスト社)の長期連載マンガですね。 木村 10年周期でゴルフアニメが出てくるのかもですね(笑)。ゴルフアニメはおもしろいですけど、数が少ないからいいのかもしれないですね。サッカーとか野球とか多いから、そうすると、どれか埋もれちゃう。 藤津 ただゴルフというスポーツの欠点は1試合が長いということですね(笑)。省略しすぎるとゴルフらしさが減っちゃうし、そこが実際にアニメで描くときには難しいところだなと思いますね。マンガだと延々とできるんですが、アニメだと区切りのいいところで収めないといけないから。 木村 箱根を自転車でずっと走っている『弱虫ペダル』(2013年〜)も同じですよね。 藤津 あれも走り出すと長いですからね。 木村 1クール全部、箱根を走っているみたいな。バスケットボールとか野球は、春や夏の甲子園とかね、終わらすタイミングがありますけど。 ──こう並べて見てみても、記憶に新しい作品が多いですよね。 木村 え、『ハイキュー!!』は2014年!? 藤津 そうなんですよ。テレビで第3期までやって、今年は映画です。映画『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』(2024年2月)は、すでに興行収入100億円と勢いがすごいんです。今は人気が出ると、作品寿命がかなり長くなるんですよね。『ラブライブ!』も最初のシリーズの第2期が2014年ですけど、シリーズは今も継続中ですからね。今度NHKで一番新しいシリーズをやるし。さらにほかのシリーズも展開しますと予告しているし。 木村 『ラブライブ!』といえば、作中に出てくる“穂むら”(※神田にある和菓子屋“竹むら”)。僕は90年代からずっと甘味好きなのもあって通っていたんですが、『ラブライブ!』人気でやばいことになっていて。作品ファンらしき人たちがグワーって並んでいて、当時全然行けなくなってしまって。店内での撮影もダメになり、アニメって影響力は強いんだなって(笑)。もちろん僕も、『らき☆すた』(2007年)の聖地巡礼もしていましたけど。みんなが聖地巡礼をやり出したのは、どのあたりなんですかね? 藤津 どこで線を引くか難しいんですけれど、もとから映画のロケ地探訪というのがファンの中ではあったんですよね。70年代〜80年代前後だと『ベルサイユのばら』ファンがフランス旅行へ行くというのもあったりして。当時はまだ聖地巡礼という名前がついていたわけではなかったけれど、アニメの舞台を訪れるという意識は昔からあったんです。“聖地巡礼”といわれたり、新聞記事になるようになったりしたのが、『おねがい☆ティーチャー』(2002年)あたりからだと思います。作中に長野県・木崎湖が出てくるんですけど、木崎湖に年1回ファンが集まるみたいなことが自然発生的に起きるようになって。それがさらに大きく話題になったのは『らき☆すた』ですよね。そのあと、さらに『ガールズ&パンツァー』(2012年)で茨城県・大洗町がフィーチャーされた感じです。ほかにもいっぱいあるけど、節目でいうとそこですかね。 木村 なるほど。今期の『変人のサラダボウル』は岐阜県を舞台にしていて、僕が岐阜県出身なのでうれしくなって。その土地と組んでアニメを作ることも増えましたよね。 藤津 フィルム・コミッションにロケ地を挙げてもらったりしているみたいですね。『となりの妖怪さん』(2024年)は静岡県西部の山のほうが舞台になっているのと、『ゆるキャン△ SEASON3』(2024年)は原作どおり、このあと静岡の山間地も登場する流れです。僕は静岡県出身なので、いろいろな地名が出てくると懐かしいなと思って観ています。 木村 実際に行ってアニメの場所が現実世界でそこにあるとうれしいですよね。僕も、長崎や函館に行ったときは、仕事ついでに1日余分に取って聖地を訪れています。 藤津 長崎に住んでいる知り合いの方が、長崎舞台のアニメはいくつかあるけれど、逆に住んでいるぶんだけ楽しみにくいみたいなことを言っていて。現地のリアルな情報があるから、「こういう感じじゃないんだけどな……」と気になってしょうがないと。素直に作品を観られなくなっちゃうらしくて。そういう、実際に住んでいるからこその感想はちょっとおもしろいなと思いました。 木村 アニメを観た人に来られても困る場所とかありますもんね。 藤津 舞台にはしたけど、私有地だから「入ってはいけないですよ」みたいな場所だったり。 ──地元が盛り上がるのはうれしいですが、難しい問題もありますよね。ほか、気になる作品はありますか? 藤津 『シドニアの騎士』(2014年)は、ひとつ分岐点っぽい作品で。国内で地上波放送をする前に、当時はまだ日本でサービスインしていなかったNetflixで先にかけたので、海外のほうが先に見られる作品だったんです。そのあと2015年に日本でNetflixのサービスがスタートしたんです。『シドニアの騎士』は日本のアニメが配信を舞台に海外で戦えているよ、というごく初期の例で。そういう意味で興味深い作品です。今は配信サービスがめちゃめちゃありますけど、10年前はまだ黎明期だったよなって。 木村 配信で最新のものを観たいけど、いずれ人気なのはテレビでやるだろうって思いながら。同じ業界の知り合いのTOWA TEIさんが音楽を手がける『スーパー・クルックス』(2021年)を観ようかなって思ったけど、テレビだけでも追われているのに、Netflixまで追い出すと大変。 ──同じ業界の人、知り合いの方が関わっている作品は気になりますよね。 木村 『BANANA FISH』(2018年)は気になって観たんですけど、結局音楽ばかり気になって、作品のほうに入っていけなくなったり。そういうのもおもしろいんですけどね。音楽でいえば、僕はアニソンはやっぱり、アニソンらしいほうが好きで。最近だと、YOASOBIさんとかはうまく作品にリンクしていますよね。 藤津 この間『AnimeJapan 2024』で、YOASOBIのレーベルプロデューサーに公開取材をするイベントがあったんです。そのときおっしゃっていたのが、YOASOBIは小説を歌にするユニットなので、どのアニメタイアップも小説を必ず書いてもらうんですって。最初にやった『BEASTARS』(2019年)も原作の板垣巴留先生に「書いてみてください」と言って書いてもらったみたいです。小説を書いてもらって、そこから世界観を抽出しているので、作品とのマッチ具合がいいんでしょうね。 木村 そのやり方を崩してないのは合ってる気がしますね。あと、ボカロPっぽい感じの曲の作り方も。 藤津 アニメのオープニングは89秒ですから、その中に詰め込む力がないと物足りなくなってしまいますからね。 ──アニメタイアップ曲は印象に残りますし、何年経っても色褪せないというか。数十年経って聴いてもいい曲が多いですよね。 藤津 2014年の『ピンポン』は、牛尾憲輔(うしお・けんすけ/作曲家)さんが初めてアニメの劇版をやった作品で。牛尾さんはもともとアニメ好きで知られている方ですが、当時は依頼が来たことにテンションが上がって、監督などと打ち合わせをする前に、まず曲を書いて渡してたっておっしゃってました。 木村 『ピンポン』の音楽も作品に合っていましたよね。子供のころは直球アニソンが多かったけど、『サムライチャンプルー』とか、2000年代から全然違う曲調が増えてきたなという印象ですね。そのころから、海外のDJでもリクエストが増えてきて、海外でもアニメが流行っているなって。 藤津 2005〜2006年に北米で日本のアニメのDVDが売れているんですよね。ただ当時は、DVDベースなので、ローカライズして輸出することができる作品は限られていた。向こうのファンも渇望しているというか、飢えている度合いが高かったんです。それがYouTubeのサービスが始まったあたりから海賊版が大量に発生して、DVDが売れなくなり、さらにリーマンショックもあって、その影響で日本のアニメ産業がシュリンクする時期があるんですよ。なので、作られているテレビアニメのタイトル数は、今お話しした海賊版やリーマンショックの影響で2010年で少し減っているんです。その後、徐々に持ち直していくのですが。そして2015年ごろから配信サービスの普及で当たり前になって、今やほぼタイムラグなしで日本のアニメが観られるようになっているんですよね。それによって業界も売り上げが増えていますし。 木村 アニメファンはおもしろい作品には課金してみようかな、というマインドがありますよね。DVDも自分用、友達への布教用、あとは保管用で買ったりして。 春アニメから見る業界のこれから ──今期の春アニメについてはどうでしょうか? 全体的には“なろう系”からの作品が多いですが。 藤津 『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』は「つむぎ秋田アニメLab」という秋田のアニメスタジオが作っているんです。同社は、少人数で作るための体制やワークフローを整えて、同作を作っているそうです。東京だとスタッフが足りないという話も多いですが、そういった状況に対するカウンターですね。時代の先端のやり方だと思いました。興味深いです。作品自体も気軽に楽しめる魅力があります。木村さんは、何か気になるアニメありますか? 木村 とりあえずこれまでの続きの2〜3期ものは押さえつつ、『転生貴族、鑑定スキルで成り上がる』、『LV2からチートだった元勇者候補のまったり異世界ライフ』、『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』、『Unnamed Memory』、『Re:Monster』、『魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい?』、『WIND BREAKER』、『喧嘩独学』、『となりの妖怪さん』はおもしろいですね。『変人のサラダボウル』、『忘却バッテリー』とかも。 藤津 『忘却バッテリー』は、おもしろいほうの宮野真守さんを堪能できる作品ですよね。 木村 あと、僕はまだCGアニメ系についていけてなくて……。 藤津 ああ、そうですか。実は今期だと『ガールズバンドクライ』は、イラストレーターさんの絵を3DCGで動かすという、変わったアプローチをしていて。視聴者や業界が「どうやっているの?」って思うであろう、すごく攻めたルックで、独特の雰囲気を持っています。あれは3DCGのインパクトがある作品です。 木村 あと僕は昭和世代なので『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』も気になります。再構築じゃないですけど、ちょっとは新しく、変わっているんですか? 藤津 『宇宙戦艦ヤマト2199』(2013年/※リメイク版シリーズ)からの続きですね。旧シリーズの『新たなる旅立ち』に相当する位置づけの作品ですね。『2199』以降のリメイクシリーズは、科学的なアイデアやミリタリー的な要素も大幅にアップデートされていて、旧作よりもリアリティは増しています。だから旧作を知っている世代は「そうきたか」とおもしろがれると思います。 木村 そういう話を聞くと、おもしろさが増しますよね。前からそういうことを指摘する人っていたじゃないですか、「こんなことできないよ」って。 藤津 『怪獣8号』はご覧になられました? 木村 観てます! これからおもしろくなっていきますね。 藤津 ギャグシーンも含めて、このあとも緩急含めていい感じに仕上がっていますよね。 ──さすがジャンプ作品ですね。5月からは『「鬼滅の刃」柱稽古編』や『僕のヒーローアカデミア 第7期』などビッグタイトルのシリーズが始まります。2期、3期と続くのは定番化されているのでしょうか? 藤津 確認したことはないんですけど、配信になると、今観た作品の続きが“おすすめ”の欄に出てくるじゃないですか。そうなると、“おかわり”がしやすいんですよね。ヒットしたら続きを作ったほうが、配信サービスにも売りやすいのかなって想像しています。配信って、新しい作品を観るのもいいけど、続きがあるならとりあえず続きを観てみるか、となりやすいサービスなので。そういう意味で、ここ10年、シリーズものが増えているのかなと。 木村 自分的には、間に半年とか空くと忘れてしまうので続けて放送してほしいんですけど(笑)。あと気になるのは『じいさんばあさん若返る』。 藤津 『じいさんばあさん若返る』は、たわいのない話なんですけど、三木眞一郎さんがおじいさんをやっていて。『アストロノオト』に出てくるおじいさんも三木さんなんですよ。三木さんがおじいちゃんをやるようになるんだ……といろいろ思いましたね。 木村 やっぱりおじいちゃんキャラがうまいんですね。『終末トレインどこへいく?』も観てますが、本当に「どこへ行く?」というストーリーで(笑)。 藤津 本当にそう! どうなるんだろうなって。おもしろいより先に不思議、という感想になりますね。これを観ていると、自分はどんな気持ちになるのか予想がつかないです(笑)。 木村 おもしろくなるのかどうなるのか。不思議な感じですよね。『ダンジョン飯』もちゃんと続いていますよね。ご飯のお話で、ストーリー持つのかな?と思っていましたけど、第2期になって、ご飯の話じゃなくなってきて。 藤津 アニメは最初すごく飯推しで宣伝していたのでね(笑)。原作の九井諒子さんは短編のうまい方で、長編をどう描くのだろうと?と思っていたら、飯推しから始まって、だんだんハードなファンタジーになっていって、さすがだなと。そういう意味ではアニメも安心できるなと。 木村 ちゃんとダンジョンのお話になっていきましたよね。 藤津 あと、『転生したらスライムだった件』は第3期で、これが終わると1期から数えて70話を超えることになります。かなり長いシリーズになっていて、話数的に昔のOVA『銀河英雄伝説』(本伝全110話)に近づいてきてるんです。これは実はなかなかすごいことだと思います。 木村 『転スラ』は会議のシーン多いし、キャラも多い。キャラも一つひとつ立っているからいいですね。 藤津 時々ちゃんとバトルもありますからね。 木村 魔法のバトルなり、剣のバトルなり、戦闘機のバトルなり──やっぱりアニメにバトルシーンを取り入れると、それで人気が出るのはあるんですかね? 子供のころのアニメとかはそういうので話題になっていたから。今の時代もそうなのかなって。 藤津 やっぱり華になるシーンですし、SNSで戦闘がカッコよかったって、動画を上げる人もいますからね。目を引くし、人を呼び込む力はありますよね。 ──今期のアニメで、おふたりがアニメ好きに限らず、ライト層にもおすすめするならどの作品ですか? 木村 『怪獣8号』や『戦隊大失格』は見やすいかなと思います。『ダンジョン飯』も見やすいかな。異世界転生モノは、もう少しアニメに慣れてからかな。 藤津 『転スラ』は3期ですしね。やっぱり『怪獣8号』はおすすめしやすいですね。バトルもクスッと笑えるところもありますから。あと、深夜にゆったりとした気持ちで観るなら『となりの妖怪さん』。田舎暮らし的なお話なので。 ──ここまで春アニメを振り返ってみましたけど、今後のアニメ全体はどんなシーンになりますかね? 木村 異世界転生モノはもう原作がなくなってきたんじゃないですか? そのジャンルが今後どうなるのかは心配になってきています。 藤津 少しでも人気があるやつはすぐアニメ化されていますからね。あとは改編期が配信ベースになると、どうなっていくのかなって。配信だけだと広がりが出ないとわかっているので、テレビアニメがなくなることはないと思うんですけど。テレビと配信のどっちが主になるのか。テレビ局もアニメにもっとコミットして放送外収入を得ましょう、という流れもあって。ここからテレビ局とアニメ業界の綱引きで、どういう未来を目指すかということが将来のテレビアニメ、春アニメに関わってくるのかなと。 木村 見逃したアニメを観るために、Netflix、Hulu、dアニメストアに加入しているんですけど、減らしてもいいのかなって(笑)。 藤津 dアニメは新作アニメリストがあるから便利ですよね。HuluはDisney+がセットになりましたしね。 木村 これ以上観ないといけないアニメの数が増えると困っちゃいますね(笑)。 撮影=Jumpei Yamada 取材・文・編集=宇田川佳奈枝
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相性抜群の“ラク”な関係、悩んだら“来世”でがんばる──梅田彩佳×赤ペン瀧川
梅田彩佳(うめだ・あやか) 1989年1月3日生まれ、福岡県出身。2006年、第2期AKB48追加メンバーオーディションに合格。その後、総選挙16位となり選抜メンバーへ。チームBキャプテンとなる。NMB48での活動を経て、10年間所属したAKBグループを2016年に卒業。14年に出演したブロードウェイ・ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(TETSUHARU演出)や、『THE WIZ ウィズ~オズの魔法使い~』(宮本亜門演出)への出演をきっかけに、ミュージカルに目覚める。 5月2日〜5日、音楽劇『瀧廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』に出演。 赤ペン瀧川(あかぺん・たきがわ) 1977年12月27日生まれ、神奈川県出身。映画プレゼンターとしてテレビ、ライブ、コラムなど多方面で活躍。スライドとトークを武器にさまざまな添削(ツッコミ)する姿が強烈で、巷で「天才スライドトーク職人」と呼ばれている。また、ドラマ『ドクターX』や『相棒』(ともにテレビ朝日)などに出演し、俳優としても活動している。『今から観てもギリ間に合う「Destiny」3話までのおさらい by赤ペン瀧川』配信中 テレ朝動画logirlで配信中の、怪談、心霊体験、心霊スポット、都市伝説……など、この世の中に存在する「あやかし」案件を深掘りする “あやかしエンターテインメント番組”『恋する♥怪』。このたびlogirl公式YouTubeにて第1回から最新回までを一挙無料公開することが決定した。メインMCとして出演中の梅田彩佳と赤ペン瀧川を番組収録後に直撃し、公開を記念した対談を敢行。今回は番組冒頭の人気コーナー、梅田から瀧川への“お悩み相談”に焦点を当て、お互いの悩みや番組の思い出、おすすめの映画まで語ってもらった。 目次悩みすぎたら伊勢神宮にすぐ行く(梅田)斬新すぎる赤ペン瀧川流“悩み解決法”梅田彩佳はかなり“ラク”できる人“どうしたらいい?”赤ペン瀧川から梅田へ逆お悩み相談 悩みすぎたら伊勢神宮にすぐ行く(梅田) ──収録、お疲れさまでした。『恋する♥怪』は“あやかし案件”をさまざまなゲストからお話しいただくというものですが、番組冒頭の梅田さんから瀧川さんへの“お悩み相談”も今や名物コーナーです。今日はそのあたりをメインに深掘りできたらと思っています。 梅田 いつの間にか毎回、私が相談してるオープニングになってます(笑)。 瀧川 すごく悩みが尽きないもんね! なんでそんなに尽きないんだろ? 梅田 隔週で瀧川さんと会ってるんだけど、なんでなんだろ? けど、2週間のうちっていろいろありますよね? ──はい、ありますね(笑)。 瀧川 すごいよね。俺はないのよ、相談する悩みが。 梅田 そんなに悩むことがないんですか? 瀧川 うん、ない! あるのはあるんだろうけど、結局はどうにか自力で解決すべき問題でしかないものが多いから。あと、人に相談するのがそもそも得意じゃないのかな。梅田さんは湧き出るように相談事が出てきてる。 梅田 めちゃくちゃ出てきます。2週間もあれば悩み3つぐらい出てきます! ほんと毎回相談させてもらってますからね。今日の収録でも「お酒弱くなったんですよね」っていう相談を……。 瀧川 お酒は、物理的にお酒の量と同じぐらいの水を飲んでおけばいいと言われてはいるからね。 梅田 全然飲んでなかったんです。だからこの間(ファンクラブのツアーで)マネージャーさんに運ばれてました。放送では言えなかったんですけど、こうやって(※はがい締めのポーズで)引きずられて帰ってましたから。「ああ、終わった!」と思って(笑)。 瀧川 その姿を見るファンはうれしいだろうね。「推しが泥酔して連れていかれてる!」って。酔っ払うとどうなるの? 梅田 めっちゃご機嫌になりますね! 泣いたり、怒ったりとかは全然なくって。演技論を語るとか絶対ない! あと嫌いな人もすぐ言っちゃう(笑)。 瀧川 いいお酒だね。でも、嫌いな人ってほんと減ったんだよね。 梅田 私もほんとひと握りですよ。嫌いというか苦手な人っているじゃないですか。 瀧川 演劇をやっているとそういう人と出会うからね。 梅田 舞台の座組だと、ほんといろんな人に会うじゃないですか。そのときに悩みが生まれていたので、よく瀧川さんに相談してました。 瀧川 やっぱりまじめなのよ。俺は舞台とかであんまり悩みが生まれないのよね。運がよかったのかな。俺のまわりの人は知らないところで、「瀧川めんどくせぇな」って俺についてすごい悩んでるかもしれないけど(笑)。 梅田 ははは! 私は悩みすぎて伊勢神宮とかすぐ行っちゃいます。夜11時ぐらいに「悩みすぎたな。よし、明日朝5時に起きて(伊勢神宮に)行こう!」って。 瀧川 いやいや、伊勢神宮の前にいくつかあるじゃん? もうちょっと何か手近なところで解決のタネが。伊勢神宮はラストよ。 梅田 たしかに(笑)。伊勢神宮に行けないときは明治神宮に行ってはいます。神社がすごい好きなので。 ──瀧川さんは、普段から人のお悩み相談を受けているんですか? 瀧川 いや、ないですよ! 僕に相談する人なんていないよ。梅田さんだけですからね(笑)。 梅田 うそでしょ!? 瀧川さんの毒舌じゃないけど、マイクに乗らないところでも、「あの人はひどいよね」って言ってくれるところがすごく好きで。隠す方は本気で隠すし、そういう人だと壁があるし、芸能界だから仕方ないけど、私はそれがない人が好きだから。 瀧川 あんまり相談されることないんだよな。 梅田 瀧川さんに相談したい方、いっぱいいると思う。でも機会がないとできないですもんね。いつもポップに答えてくれて、私にない考え方をされるので、相談するのおもしろいんですよ。 瀧川 人の悩みを聞くのは好きかもしれない。俺には人の相談に乗る才能があるのかな……。 ──あると思いますよ。梅田さんは普段からけっこう悩むタイプなんですか? 梅田 なあなあにしたくなくて白黒つけたいから、ちゃんと考えたいタイプです。なあなあでなんとなく現場にも行きたくないし、人間関係とかいろいろどうしようかなって思ったときに相談したくなります。自分より人生経験がある人に話を聞きたくて、年上の方とお話しするのが好きなんです。 ──ひとりで悶々と悩みを抱えるというよりは? 梅田 悶々としたら伊勢神宮へ行きます(笑)。 瀧川 年上の人に聞きたくなるのはわかるな。 梅田 絶対に似たような経験をしているはずだから、どうやって取り組んできたのかなって。私には経験値としてないから知りたいです。 斬新すぎる赤ペン瀧川流“悩み解決法” ──これまでたくさん瀧川さんに相談されたと思うのですが、印象に残っているアドバイスはありますか? 梅田 私は基本的にネガティブで“陰”に入っちゃうんですよ。でも、瀧川さんはポップに「そんなことないんじゃない?」と全部明るく返してくださるのが私にとって救いでした。本気で相談したときに、相手も「そうだよね……俺もさ……」ってなられると、自分の気持ちもめっちゃ落ちていくなって。でも瀧川さんに「そんなことないでしょ!」とか、「あの人ほんとやばいよね!」と言ってもらったときには、私も「やっほー!」ってなる(笑)。私の陰と真逆、瀧川さんは陽の返しをしてくれるから、新しいプラスになる考えが毎回楽しくて。 瀧川 俺はいろんなことを「しょうがいない」とあきらめがちな人生なんですよ。すぐ「この宿題は今世ではもう無理! 来世で!」って。 梅田 えー、すごい! 私と考え方が全然違う。私は絶対「今世!」って思う。 瀧川 絶対無理! 今世で解決できない悩みなんか死ぬほどあるよ。今世で叶えられない夢とかもめっちゃあるから。俺はめちゃくちゃラップうまくなりたいけど、まじで今世では無理だから。もう無理無理! 梅田 絶対叶えたいってなっちゃう。それは年齢からですか? 瀧川 年齢もだし、ガッツもそうだし。やるべき仕事、やらなきゃいけない仕事を優先した場合、ラップ練習する時間は絶対取れない。だから脱サラして新しいこと始める人とか見ると、本当にすごいしかっこいいと思う。だって俺は今にしがみついてるもん。なんとか“赤ペン瀧川”という仕事で今世を乗り切るために。高みを目指そうなんて、てっぺんでいい景色を見ようなんて思わない。これを逃すもんかってキープしてる。だから夢とか希望とか目標も本当にないの。 梅田 10代、20代のときも「こうなりたい」とか、目標はなかったんですか? 瀧川 そもそも俳優を始めたきっかけが、定年がないという理由でしかないから。この仕事を続ければ定年もなく、10代の仕事と30代の仕事が変わって新しい仕事をしていられる。俳優だったら60代も楽しいんじゃないのか?で始めてるから。 梅田 それでも続いてるのは、すごくないですか? 瀧川 めっちゃラッキーだよ。続いてるんだもん。辞めていく人は、ある程度頭がいい人なの。ある程度目標を持ってそこにたどり着けない自分との葛藤があって「ダメだ、このままじゃいけない」と心が折れるんだけど、目標のない俺は特に折れない。折れるほど目標を高く設定してないから、折れようがない。 梅田 これだけは人生でやっておきたいこともないんですか? 瀧川 ……ないっ!! 死なないようにはしようと(笑)。だから目標や夢がある人は超リスペクトしてる。梅田さんはありますか? 梅田 今年中に絶対これを達成したいということ、めちゃくちゃあります。今年はお芝居を中心にしたいのと、あとボイトレ。私は30歳からボイトレを本格的にやり始めたんですけど、遅いみたいで。歌がうまい人たちは、子供のときからやってるから遅いんだよ、ってボイトレの先生に言われて。「私は子供からやってる人たちと同じ土俵に立とうとしてるんだ」と気づいたら、ミュージカルの現場に行くとガクブルするわけです。 昨年はありがたいことにミュージカルで1年間埋まっていたから、そのミュージカルの曲の練習しかできなかったんです。基礎というものが二の次になっちゃってて……だから今年の目標は「基礎を固める」。さすがに1年では絶対に固められないから、まず基盤を。ボイトレの先生にも「10年はかかるよ」と言われてるから、今年は基礎を固める1年目にできたらいいなって。何歳になってもミュージカルに出るという夢があるので。でもひとりじゃできないから、みんなに助けてもらいながら。 瀧川 素晴らしい……(拍手)。 梅田 そう思ってますけど、ぐうたらする日もありますよ。お酒でベロベロになってマネージャーさんに担がれて帰った日もあるし(笑)。 ──実際に瀧川さんからもらったアドバイスで、今でも梅田さんが実践していることはありますか? 梅田 けっこうタイムリーな悩みが多くて、現場に戻ったらすぐ実践してました。それが自分に合う合わないは置いといて、ひとつやってみるってことで、何か世界が変わるかもしれないから。あと、私そんなに凹まなくてもいいんだ、そんなに深く考えなくよかったことなんだ、はたから見たら別に大したことじゃなかったのかなと思えて心が軽くなりました。 瀧川 ……ありがたい。持ち帰っていただいてるのね。 ──瀧川さんは「梅田さん、こんなことで悩んでるんだ」と、驚いたお悩みはありますか? 瀧川 わりと人間関係の悩みが多いですよね。あと、やっぱりまじめだなと。悩みが育って人に相談するまで俺は自分の悩みを育てきれないから、その前に「あいつはバカだからしょうがない」で終わるから。そうやって悩みの芽が育つ前に捨てるから。やっぱり現場には(変な人が)いるからね……。向こうから見たらこっちも変な人かもだけどね。 梅田 めちゃくちゃ最高(笑)。 ──(笑)。瀧川さんみたいな考え方の人って、あまり怒らないイメージがあります。 瀧川 うーん、怒らないな。最後にすっげえ怒ったのは舞台の現場では30前半、テレビ局では30中盤ぐらいかな。俺が怒ったら最悪。舞台のときも、ゲネを止めて舞台監督を泣かしちゃいました。 梅田 ゲネを止めてまではよっぽど! 不満が溜まったまま本番なんてできないですから、伝えたほうがいい。 ──そういう人のほうが信頼できますよね。 瀧川 めんどくさいと思いますよ。鬼ギレしたのはあれが最後だな、10年ぐらい前かな。 ──実際にその現場にいたら、ゾッとしますよね。 梅田 それこそ怪談話になりますよ。 瀧川 梅田さんは終わったあとにめっちゃ爆笑すると思うよ。「キレてたなー」って(笑)。 梅田 人がキレてる姿は、はたから見てるとおもしろかったりしますからね。 瀧川 しかも俺は退路を断つからね。うまい人は退路を残して怒るけど。追い込もうと思ってたから。何にも使えない、このくだり(笑)。 梅田彩佳はかなり“ラク”できる人 ──改めて、番組で共演してお互いの印象って変わりました? 瀧川 最初にお会いしたのは古坂(大魔王)さんの『サン・ジェルマン伯爵は知っている』(テレビ朝日)だ! そこから空いて『恋する♥怪』ですよね。梅田さんの印象はだいぶ“ラク”ですね。こういうお仕事だといろんな方と会いますけど、相当“ラク”な人です。だから、ふたりセットでなんかやってくれないかな?って。 梅田 すごくうれしい。何かやりたいです。お悩み相談コーナー作りって、ふたりでお悩み相談を受けましょう! 瀧川 僕と梅田さんに相談してきてくれる人はいるんですかね? 最終的に「今世では無理!」になるから。梅田さんは何がしたい? 梅田 「これやりたい」と言ったら(logirlで)やってくれそう。でも、放送で言えないことしか出てこないかも(笑)。実はマイクがオフのときに瀧川さんと話してる時間も好きで。以前、瀧川さんのライブを観に行かせていただいたんですけど、放送では言えないことばかりでめちゃくちゃおもしろくて最高でした。ああいうの大好きなんです。 ──梅田さん、せっかくなので相談しきれてないお悩みがあれば、ぜひ。 梅田 最近時間があったのでいろんな人に連絡してみようと思ったんですけど、久しぶりの人に連絡するときはどうしてますか? アイドル時代に仲よかったマネージャーさんに「久しぶりに思い出したんでLINEしました!」と送ったらすぐに「ご飯行こ!」と来て。会ったときに「何があったの? 梅ちゃんから急にLINEが来てびっくりした」と言われて。みんなは他愛ないLINEって送ったりしないのかな。 瀧川 俺も久しぶりに用事がなく連絡することがないからな。でも、豊かなことかもしれないね。連絡をもらった相手はうれしいもんね。 梅田 誰かの目とか、耳に入る行動をすると仕事にもつながるよ、と教えていただいたことがあって。だからやってみようと思いまして。 瀧川 映画とかを観ててエンドロールに知り合いのプロデューサーがいたら「(映画)観たよ」って送るとかはやるかも。でもさ、梅田さんは久しぶりに連絡すると心配されちゃう人なんだね(笑)。危なっかしい人だと思われてるのかな? 梅田 たしかにアイドルのころはトガってたから。当時そのマネージャーさんに「大っ嫌いだ! 帰れ! むかつく!」とかずっと言ってたからかな(笑)。 瀧川 ははははは! すげえ、よく今まともになったよね。そうでもしないと生き抜けない世界だったのかな。 梅田 あのころは自己主張がないといけなかったですからね。今は溜めて溜めて考えて考えて「これは言ったほうがいい」と思ったら相手に伝えるし、言うタイミングは考えるかも。昔は思ったらその場ですぐ言ってたけど(笑)。 瀧川 今のアイドルもそうなのかな。 梅田 私がいたころから10年しか変わらないけど、今のほうが穏やかだって聞きました。そう思うとすごくおもしろかった時代を生きられてたと思います。 瀧川 団体で働いてるとそうなるよね。しょせん、こっちはひとりだからね。 梅田 ひとりのほうが大変じゃないですか? 卒業してもう8年とかになるけど、ひとりでずっとやってる人はすごいなって。 瀧川 コンビやトリオを見ると「楽しそうだな」ってうらやましくなるけど、もはや無理だしね。 梅田 来世で(笑)。あと、人生で初めてぐらいの苦手な人がいて……。 瀧川 たまにいますよね。俺も、すげえポンコツのディレクターさんいたもん。打ち合わせに入った瞬間に「こんな人いるんだー」って。そのときのチームが“ヤバい人”を感じ取れる人たちだったんで「俺たちは俺たちでがんばろう」と一致団結したこともあった。だから、どうしても苦手な人がいるならみんなにシェアができたらいいかもね。 梅田 なぜかまわりにその人と仲いいと思われてて。でも相談したら、私以外の人も困ってたみたいで。 瀧川 まともな人が多いわけだから。ヤバい人のことは、みんなヤバいと思っているよ。とにかく味方を見つける。 “どうしたらいい?”赤ペン瀧川から梅田へ逆お悩み相談 ──瀧川さんは普段悩むことはないとのことですが、梅田さんに相談してみたいことはないですか? 瀧川 ある! 梅田さん、食べ放題って行ったことある? ちょうど昨日家族で焼肉食べ放題に行ったんだけど“食べ放題に行ったときの浅ましさはいつ治る?”って思ったんだよ。すごい時間に追われながら「なんで俺は食べ放題にしてしまったんだろ……」と、浅ましさと向き合う90分。いや、ひどかったね。 梅田 もとを取りたい、という謎の精神が出てきますもんね。 瀧川 小学3年生の息子の食欲なんて大したことないのよ。彼は大して食えないから、むしろもとを取ろうとしてるのは俺と妻でしかないわけ。時間いっぱいに食べて、ちょっと気持ち悪くなったりとかして、スイーツとかも食えないぐらい。なのに俺は、きなこバニラアイスを頼んだあとに杏仁豆腐もまだいこうとする。食べ放題じゃなかったら、もっと平和な時間が流れていて、穏やかな気持ちで過ごせていたはずなのに。46歳でこの浅ましさ、みんないつ卒業するの? 梅田 絶対無理だと思う(笑)! 瀧川 前に『ハライチのターン!』(TBSラジオ)で、岩井(勇気)さんがチャンカワイさんと一緒に帝国ホテルのバイキングに行った話をしてたのね。帝国ホテルはカレーがおいしいらしいんだけど、カワイさんはお皿いっぱいにカレーをよそってたんだって。すごくない? バイキングで、ひと皿をカレーで埋めるという、本物の金持ちにしかできないことを。その話を聞いたときに、なんて豊かなんだろうって。 しかも、そのカレーを食べ終わったあとに、カワイさんはまたカレーを持ってきたんだって。帝国ホテルのバイキングでカレーを2杯いっちゃう、これぞホンモノ。その話を聞いてるのに、俺は昨日の焼肉食べ放題であんなに浅ましいことを。20代の店員さんは時間いっぱい食べてる俺を見て、どう思ったんだろ……。「あいつ浅ましいな」と思っただろうな。バイキングに行くと、俺に対する俺の価値が下がるなって。どんどん自己嫌悪に陥っていく。 梅田 もとは絶対取りたいですよ。私も、ミスタードーナツの食べ放題で(1個ずつの)料金確認しますもん。ドーナッツを7、8個食べないともとが取れないとか。値段を確認しながら食べてます(笑)。単価が高いから、これ入れておこうって。 瀧川 昨日、近々で、愚かとはこういうことかと悩んだな。息子の食べ方が美しかったですよ。「お腹いっぱいだからもういらない」って。杏仁豆腐もアイスも食わず、腹9分目で終われるお前はかっけえなって。 ──ここで少し、番組についても伺えたらと思います。これまでいろいろな怪談師がゲストに来て「あやかし案件」を披露してくれたと思うのですが、印象に残っているエピソードはありますか? 梅田 私はずっと言ってるんですけど、(由乃)夢朗さん。もう大好きでおもしろかった。ちゃんと霊とか呪物とかにリスペクトを置いて話してるというのが、すごく素敵だなと思って。怖いものが好きな怪談師もいらっしゃいますけど、霊をリスペクトしてると言ってる人に初めて会ったので。それから夢朗さんYouTubeは観てますね。 瀧川 僕はもともとYouTubeで怪談を漁り出したきっかけが、いたこ28号さん、田中俊行さん、村上ロックさん。あと、響洋平さん、吉田悠軌さんだったんですよ。怪談好きのきっかけをくれたレジェンドの人たちに会えたのは、すごくうれしかったですね。 梅田 田中さんの藁人形はめっちゃおもしろかった。おもろいし、怖いし、超最高だった! あと、いたこさんから教えてもらった話をそのまま友達に教えてあげてます(笑)。 瀧川 Dr.マキダシさんとかも好きだったな。怪談ブームが起きてる理由は、発信のハードルが下がったことも大きいと思うんです。ホラー映画だとCG、VFX技術とかで怖いものを作り出して、実際に目の前に映し出せるじゃないですか。けど怪談は、語りと人の想像力だけでどれだけ怖いものを作り出せるのか、わりと真逆の作業なんですよね。最新技術のホラーが発達すればするほど、全部をかたちにできるという、真逆の文化である怪談が盛り上がってくるんだろうなって。正解を映像にできないからこそ、より怖いみたいなことが怪談にはまだまだ隠されているから魅力だと思います。『恋する♥怪』ではそういうのを目の前でやってもらえたのが、すごくおもしろかったですね。 ──今日の対談から、おふたりの相性のよさもとても伝わりました。 梅田 あ、ひとつ、瀧川さんでめちゃくちゃうれしかったことがあって──舞台本番中にあった収録で、その日はたしか公演後で自分でも意識ないぐらい、すごく疲れた顔をしていたと思うんですよ。そしたら瀧川さんが、いつもより(多く)回してくれて「優しい……」と思いました。あのときは、ありがとうございました。 瀧川 ほんと? たまたまじゃないかな(笑)。俺、そんな察する能力は高くないと思うんだけど。 梅田 台本に“梅田”と書いてある部分も、瀧川さんが言ってくださって。めっちゃ優しい!と思いました。 瀧川 たぶん「梅田さん、これ言わないのかな?」って進まなかったんだろうね(笑)。 ──最後になりますが、2年弱番組をやってきてお互いのことをわかってきたかと思います。今、瀧川さんが梅田さんに1本映画をおすすめするとしたら? 瀧川 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』という映画が6月に公開されるんだけど、アカデミー賞で作品賞にもノミネートされた作品。その映画がとてもとてもよかった。寄宿学校が舞台なんだけど、冬休みに家庭の事情で帰れなくなっちゃった問題児がいて。その問題児と教師、寮母さんの3人で2週間を過ごすというストーリーなんだけど、全員めんどくさいの。主要人物全員の性格がよくないのに、なんでこんなに泣いちゃうの?ってぐらいおもしろい。人の優しさとはこういうものなのかって。逆に梅田さんから僕におすすめ映画はありますか? 梅田 ちょっと待ってくださいよ! 瀧川さんにおすすめするのしんどいよ! 瀧川 見てない映画はたくさんあるんですよ。偏ってますから。 梅田 えっと……なんだろ。ブロードウェイで『ハミルトン』(2020年)というミュージカルがあるんですけど、チケットが1枚10万円以上するほどプレミアなんです。ディズニープラスでだけ映像化されていて、1幕は人間関係で、2幕は政治とかの話もあって、難しいのが好きな瀧川さんにはいいかも! 主演の方が脚本も書いて、作曲もして、自分も出演されてる。みんな歌がうまいし、曲もいいし、曲調もラップとか入ってて超かっこいいし、物語もおもしろい。私はすごく好きです。 瀧川 それは観たい! ちなみに『アメリカン・ユートピア』(2021年)は観た? 梅田 観てないです。観たほうがいいですか? 瀧川 観たほうがいい映画なんて世の中にはないんだから(笑)。でも『アメリカン・ユートピア』はスパイク・リー監督で、トーキング・ヘッズのフロントマンのショーなんだけど、すっげえおもしろいよ! 梅田 舞台の映像をそのまま観られる作品はすごく好きですね。おもしろそう、観る! 『恋する♥怪』 全話配信を観るならコチラ! logirl公式YouTubeチャンネル 取材・文・編集=宇田川佳奈枝
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バンド、役者、ラジオ、“伯山の妹”──マルチな才能を発揮する、アンジェリーナ1/3の魅力
アンジェリーナ1/3(あんじぇりーな・さんぶんのいち) Gacharic Spinのマイクパフォーマー。高校生の文化祭でスカウトされ、2019年、Gacharic Spinに加入。バンド活動のほか、『アンジェネレーションラジオ』(ラジオ日本)でパーソナリティを1年間務める。2022年に『問わず語りの神田伯山』(TBSラジオ)で神田伯山の代役に大抜擢され、“伯山の妹”と話題になる。2024年2月、Gacharic SpinはEP『Ace』をリリースし、7月6日にはTOKYO DOME CITY HALLにて全国ツアーの追加公演が決定している。 結成15周年を迎えた超攻撃的&ド派手なガールズバンド・Gacharic Spinでマイクパフォーマーを担当。バンド経験のない「普通の女子高生」から一転、バンドのフロントマンとなり表現者として圧倒的存在感を放つ。ラジオパーソナリティとしても活躍中の彼女には、講談や寄席など伝統芸能が好きだという一面も。「自分に正直に生きること」を座右の銘に掲げ、日々新しい表現を求め続けるアンジェリーナ1/3。彼女が多くの人から“愛される理由”を徹底解剖する。 目次「職業=表現者」に導いてくれた父の存在出会うべく人とめぐり会えている奇跡人生のターニングポイントは神田伯山さん個人仕事の終着点はすべて“バンドのため” 「職業=表現者」に導いてくれた父の存在 ──2022年にGacharic Spin(略称:ガチャピン)が豊洲PITで『☆G!G!G!PREMIUM!!』を開催されたとき、そのライブレポートを僕が担当しまして。ライブでメンバーとお客さんが一緒にジャンプをする場面があり、4分くらい経ってお客さんがバテ始めたときに、アンジーさん(※アンジェリーナ1/3の愛称)が「つま先を地面につけたまま、かかとを上げ下げするのはジャンプじゃない。ちゃんと跳べ!」とおっしゃいまして。 アンジェリーナ1/3 ははは! 私なら言いかねない。 ──この言葉、どこかで聞いたことがあるぞ……あ、昔の不良がカツアゲするときに言っていた!と思ったんですよ。そのことも記事に書かせてもらいました。 アンジェリーナ1/3 いやいやいや! 今日は私の人となりをお話しする企画ですよね? 出だしから嫌な人間になってるから!(笑) ──ちゃんと客席は沸いてましたよ。その日のライブを観て、アンジーさんは小さいころから天真爛漫で、人の心をつかむのがうまかったんだろうなと思いました。 アンジェリーナ1/3 そうですね。幼少期はとにかく人懐っこくて、子供用のリードをつけていないと、すぐに親の元を離れていくタイプだったんですよ。知らない家族の集合写真に写り込むし、初めて会う人に対して壁を作らない。子供ながらに人のことが好きだったのか、グイグイいく性格ではありましたね。だけど小学校の高学年くらいから、人と関わるのが怖くなってしまって。そこからは引っ込み思案じゃないですけど、内にこもるタイプになりました。今も人と関わるときには、距離感だったり発言だったり、その人とのいい関係を保つために、いろいろ考えながらコミュニケーションを図る癖がつきましたね。 ──実は、慎重に様子をうかがいながら接していると。 アンジェリーナ1/3 考えていないようにしゃべるのが得意なんですよ。ただ、自分の中ではラインがあって「これ以上は行かないようにしよう」と心がけながらコミュニケーションをしていて。って……こんな見た目でまじめなことを言っちゃうのも、ちょっとアレなんですけど(笑)。 ──小学生のころに、子役として芸能活動をしていたのも大きいんですかね。 アンジェリーナ1/3 そうかもしれないです。子供のころに、洋画の『サウンド・オブ・ミュージック』を観て「歌って、踊って、お芝居をするのって、生活に彩りを与えてくれるな」と思ったんです。それで小学2年生のとき、父に「私、お芝居をやってみたい」と言ったんです。 ──それでお父さんは? アンジェリーナ1/3 かつては、父も同じ夢を持っていたんですよ。俳優座劇場などでお芝居をやっていたらしいんですけど、そのことを私には言わずにいてくれていて。なぜなら「自分の夢を子供に押しつけたくない」という理由で、隠していたらしいんです。だけど私が自発的に「お芝居をやりたい」と言い出したから、お父さんも「それならサポートをしたい」と言ってくれて。私にはお兄ちゃんがふたりいるんですけど、長男も芸能系の夢を持っている人だったので、お兄ちゃんが芸能事務所のオーディションを受けに行くのを聞きつけて、レッスンの様子も見たいから、私もついていったんです。そしたらお兄ちゃんのオーディションなのに、私が社長さんにスカウトをされて。それで小学3年生から子役の活動を始めました。 ──ドラマにも出られていたとか。 アンジェリーナ1/3 この性格なので、最初はバラエティのお仕事が多くて。『おはスタ645』(テレビ東京)もそうですし、レギュラーでいうとEテレの『Eダンスアカデミー』(2013年〜2022年放送)にも出させていただいたり、CMのお仕事もいただけたり。ようやくお芝居の仕事をもえらえたのが、小学校高学年になったころですね。時代劇をはじめ、いろんな作品でお芝居をさせていただけるようになりました。 ──じゃあ、そのまま芸能の世界へ行こうと。 アンジェリーナ1/3 家庭環境とかいろんな問題が重ならなければ、ノンストップでお芝居を続けていたと思うんですけど。 ──家庭環境ですか? アンジェリーナ1/3 私が小学生になったタイミングで、お父さんが癌を発症したんです。父は料理人だったんですけど、右腕に骨肉腫ができて術後は包丁を握ることはおろか、ペンを持つこともできなくなってしまって。私が小学6年生になり「これで何もなければ、治ってるはず」という最後の検診で、癌が肺に転移しているのが見つかって……。その時点でステージ4になっていて、余命も長くないと診断されました。闘病生活を送りながら、一緒に台本の読み合わせをやってくれていたんですけど、私が中学1年生の6月に病気で亡くなってしまって。 お父さんは、私がお芝居をやることを誰よりも応援してくれていたからこそ「お父さんがいないのに、自分が芸能活動を続ける意味ってなんだろう……」とわからなくなっちゃったんです。一番評価してもらいたい人がいないし、その中で続けていく強さも自分にはなくて。そこで表現者になる夢をあきらめて、安定した職業に就こうって決めました。だけど事務所を辞めたあと、父の遺品整理をしていたら、大量のCDとか音楽に関わる物がいっぱい出てきて。表現者を辞めるのはきついかも、って思ったんです。 ──それはどうして? アンジェリーナ1/3 UNICORNさん、サザンオールスターズさん、プリンセス プリンセスさんとか、父が残した遺品のCDを見たときに「お父さんは機嫌がいいときにこれを歌ってたな」とか「ちょっとイライラしてるときはこれでストレス発散してたな」って、いろいろ思い出したら、音楽って時間と人をつないでくれると改めて感じて。その人の肉体がなくなっても、音楽を聴くだけで一緒に過ごしていた情景がよみがえる。お芝居はお父さんがいないから怖くてやれないけど、音楽だったらがんばれるんじゃないかと思って、音楽の道に進もうと決めました。中学1年生から高校2年生になるまで不登校だったんですけど、その間にアコースティックギターを始めたのが原点ですね。 ──不登校になったのは、お父さんのことで? アンジェリーナ1/3 それもあるし……小学校の高学年のときに、いじめられていた時期があったんです。それで人と関わることが苦手になりました。そのあと、中学に進学してバスケ部に入ったんですね。バスケが好きだったのもあるのと、3歳からずっと一緒にいる親友がいて「今日は元気だし、その子に会いたいから学校に行くか」みたいな感じでした。 出会うべく人とめぐり会えている奇跡 ──そして高校生になり、学校の文化祭で大きな転機が訪れますね。 アンジェリーナ1/3 高校は音楽だけじゃなく、お芝居をできたりダンスをできたり、あとは企画を立てる授業があったりする特殊な学校に進学しまして。で、高2のときに初めて文化祭に参加したんです。本当はバンドで歌いたかったんですけど、音楽専門の学校ではなかったので、みんなのやりたいことがバラバラ。そんななかで中途半端にバンドは組みたくない、とトガっている自分がいて。私が好きなバンドって“音楽しかやれなかった人たち”じゃないけど、音楽に命をかけてる人たちで、すごく憧れを抱いていたので「とりあえずドラムやろうかな」みたいな中途半端なメンバーは受けつけねえぞ、みたいな(笑)。 ──それで同じ熱量を持った人は見つからなくて。 アンジェリーナ1/3 そうです。考えた結果、自分はボーカリストになりたいから、ひとりでも歌おうと思って。がんばってバイトをして貯めた初任給で、アコースティックギターを買って、文化祭に出て弾き語りをしました。そのステージをKOGA(F チョッパー KOGA)さんが観ていたんですよ。当時、Gacharic Spinにはダンスをするパフォーマーがいたんですけど、そのメンバーが卒業することになったので、新しくバンドを作り変えようとしていて。どこかに若いボーカルがいないか、KOGAさんが自らの足で探し回っていたんです。アイドルさんのイベントに行ったり、ちょっとでも気になる弾き語りのライブがあれば、片っ端からチケット買って観に行ったりして。それで「表現全般を学べる学校の文化祭だったら、いい子がいるんじゃないか」ということで私の学校にも来てくれて、声をかけていただきました。 ──その前からGacharic Spinの存在は知っていたそうですね。 アンジェリーナ1/3 お声がけいただいたその年の春に、Gacharic Spinのライブを観に行ってまして。「こんなにカッコいいガールズバンドがいるんだ」って度肝を抜かれたんですよ。私、ガールズバンドではなくて、男の子に混ざって女の子がセンターボーカルというParamore(パラモア/アメリカのポップロックバンド)みたいなバンドを組みたかったんです。 というのも「女の子だけのバンドって、恋の歌しか歌わないんじゃないの?」とか「キレイな衣装を着て、小ギレイに演奏してるんじゃないの?」みたいな偏見がありまして。そんななか、音楽にジャンルなんて関係ないし、性別なんて関係ないんだって気づかせてくれたのが、Gacharic Spinだったんです。自分がガールズバンドを組むなら、ガチャピンみたいなバンドを組みたいと思っていて。 ──そしたら、そのバンドからスカウトをされて。 アンジェリーナ1/3 すごくリスペクトしている、大好きなバンドなので夢のようでしたね。 ──加入当初のことって覚えてます? アンジェリーナ1/3 覚えてます。私は音楽未経験の女子高生で、なんでもない素人だったんです。だから毎日のように、メンバーが入れ替わり立ち替わりで「今日はMCを見る日」とか「今日はパフォーマンスだけをする日」「ダンスをする日」「歌う日」みたいに、ずっと指導してくれたんですよね。細いことでいえば、お立ち台に飛び乗る練習を3時間やるとか、降りるにしてもどういう降り方をするのかも全部教わったし、鏡の前で拳を上げるだけのリハーサルもあって。とにかくセンターに立つ人として、説得力をつけるためのレッスンを毎日やってくれて。Gacharic Spinは“全力エンターテイメントガールズバンド”なので、所作ひとつにしても完璧でなければいけない。バンド練習というよりも、舞台のお稽古みたいな感じでしたね。 ──Gacharic Spinのボーカリストが板についてきただけでなく、今やおひとりでメディアに出演する機会も多くなりましたね。アンジーさんが個人で活躍されていることに対して、メンバーのみなさんは何かおっしゃっていますか? アンジェリーナ1/3 あえて何も言わずにいてくれてるんですよね。ギターボーカルのはなちゃんは、「アンジーのおかげでいろんな人がガチャピンを知ってくれるようになったよ、ありがとう」って要所要所で伝えてくれたりとか、バラエティ番組でも「あの切り返しおもしろかった」と言ってくれたりします。でも、ほかのメンバーもラジオを聴いてくれたりテレビを観てくれたり、先日は舞台にも来てくれて。でも多くは語らず、「ありがとう」だけを伝えてきてくれるので、私もかえってやりやすいです。 ──今年2月に出演された初舞台『芸人交換日記』はいかがでした? アンジェリーナ1/3 めちゃくちゃ楽しかったです。先ほどお話ししたように、自分の父がすごくお芝居が大好きな人だったし、私が「お芝居をやりたい」と言ったときに、「やっぱり俺の娘だな!」と泣いて喜んでくれたんですよ。それが私としてもうれしくて、活躍する姿をお父さんに見てほしいって気持ちで、幼少期はがんばっていたんです。だけど、父が亡くなったことで自分の夢をあきらめた。私にとって、お芝居の復帰作が『芸人交換日記』だったんです。 私は漫才コンビ・イエローハーツの甲本の娘役と、彼女役の2役をやらせてもらいまして。その娘役が、まあ自分の人生とまったく一緒で! ざっくりいうと、甲本はお笑い芸人として売れたかったけど、家族や相方のために夢をあきらめて飲食店を始めるんですよ。自分が夢をあきらめてしまったからこそ、今度は夢を持っている人たちをサポートしたいと。その結果、たくさんの夢を持った人たちが、そのお店に集まってきた。でも甲本は癌になってしまうんです。甲本は「夢をあきらめるな」、「大切な人のために夢をあきらめる強さを持てる人間になったときに初めて、夢はあきらめるものだよ」って言葉を残して亡くなるんです。 ──ああ……それがお父さんと。 アンジェリーナ1/3 私のお父さんも俳優の夢をあきらめてから飲食店をやっていて。夢を持ってる若い子たちが「お金がない」と言ったら「じゃあ俺が自腹で料理を作ってやる。だからお前たちは自分のやりたいことやれ」と言って鍋を振る父の背中を見て私は育った。時間が経って夢を叶えていく人もいれば、あきらめてしまう人もいるなかで、お父さんはずっとその人たちと向き合っていて。最終的に自分が病気になってしまって、癌で亡くなってしまうのもまったく一緒で。 お父さんがよく私に言ってくれたことは、「夢は口に出せば叶う」、「夢をあきらめるな」、「自分の夢を口に出すことで、それを実現してあげたいって思う人たちが近くに来てくれる。実現したいって思ってもらえるような人間になりなさい」とずっと言われていて。甲本とあまりに一緒すぎて、この役をいただけたことは必然だと思ったんです。自分の夢の原点になっているお芝居を「もう一回やってもいいんだよ」と言われているような気がして。死ぬ間際でも思い出すぐらい、大きな出来事ですね。 ──Gacharic Spinの加入もそうですし、そういう奇跡的な巡り合わせがアンジーさんの人生には多いですね。 アンジェリーナ1/3 そうなんですよ。私には実力も特別な素質もないけど、“人にめぐり会う”才能だけはあったんですよ。運だけでここまで来ているなって思うぐらい、出会うべく人たちにちゃんと出会えている。“人ってひとりで生きていけない”を体現している人間だと思います。 人生のターニングポイントは神田伯山さん ──ラジオのパーソナリティは、どういうきっかけで始められたんですか? アンジェリーナ1/3 最初はコロナ禍で始まった『アンジェネレーションラジオ』がきっかけでした。当時、制作担当だった方が「アンジーはマイクパフォーマーだし、もっと間口を広げられたらいいよね」ということで、1年ほど番組をやらせてもらいまして。ある日、リスナーさんから「表現者になりたいのなら、ぜひ神田伯山さんの素晴らしい講談に触れてみてください」という熱いメールが届いたんです。それで演目『中村仲蔵』という講談を聞いたら、度肝を抜かれて涙が止まらなかったんですよ。「こんな素晴らしい表現を知らずして、どうして私はステージに立てているんだろう?」と思うぐらいの衝撃を受けました。 後日、「私は初心者ながら、講談を観てこんなに感動したんですよ!」とラジオで30分間熱弁をしたんですね。なんと、それが伯山さんご本人の耳に届きまして。私は当時19歳だったんですけど「ロックをやっている10代のピンク髪の女の子が、講談をめっちゃいいって言ってくれて。俺の名前を出してくれたんだよ」と『問わず語りの神田伯山』で言ってくださって。そこからラジオを通して交流が生まれて、半年ぐらいずっとオファーし続けて、やっと『アンジェネレーションラジオ』で伯山さんのゲスト出演が決まりました。 ──そこでどんな話をされたんですか? アンジェリーナ1/3 芸事についての質問や自分が悩んでることを、赤裸々にお伝えしたんです。そしたら一つひとつの質問に、真摯に答えてくださって、人としても大好きな人になりました。そこから交流が深くなり、今では私のことを“伯山の妹”と言ってくださるようになりました。ただ、年度が変わるタイミングで私の番組が終わってしまったんです。 やっと伯山さんと出会えて、ラジオが大好きになったのに、と落ち込んでいたときに伯山さんがコロナに感染されて。お身体は元気だったらしいんですけど「ラジオ収録には行けないから、アンジーが代役をやってくれないか?」と収録の2日前に連絡が来まして。もともとはリスナーとして『問わず語り』を愛聴していたので「え? あんな耳の肥えたリスナーさんしかいない番組に、私が出ていいのかな?」と思ったんですけど、「……やります!」と出演させてもらいました。 ──とはいえ、かなり荷が重い代役ですよね。 アンジェリーナ1/3 ヤバいですよね! でも2日後に収録する、と言われてるから「自分にできるかどうかわかんないです」と言ってる場合じゃなくて、勢いのままお受けして。収録が終わったあとに「大丈夫だったのかな?」って、だんだん不安になってくるっていう。 でもリスナーさんは温かい方がたくさんいらっしゃって、うれしい反応をくれました。伯山さんの代役をきっかけに、文化放送(『アンジェリーナ1/3のA世代!ラジオ』)とTBSラジオ(『アンジェリーナ1/3 夢は口に出せば叶う!!遅番』)で自分の番組を持たせていただけることになって。人生のターニングポイントを何回も作ってくれてる方が、伯山さんなんですよね。 ──伯山さんと出会ったことで、新しく興味を持ったものはありますか? アンジェリーナ1/3 もちろん講談や寄席もそうです。あとは、テレビ朝日の番組でご一緒したときに、伯山さんが私のところに来てくださって「俺さ、アンジーにストリップを観てほしいんだよ」とおっしゃったんです。“ストリップ”の言葉自体は知っていたし、伯山さんのラジオで魅力も聴いていたんです。「だけど大人のイメージありますし、私には敷居が高いんじゃないですか?」と言ったら、「いや、アンジーだったら感じるものがあると思う。これでストリップを観てこい」と1万円を渡されました。 ──すごい! アンジェリーナ1/3 渡された1万円を握りしめて、浅草ロック座にストリップを観に行ったら、めちゃめちゃ感動して。そこから池袋ミカド劇場にも行きましたね。自分が飛び込めなかったところに「行ってこい!」と背中を押してくれるレジェンドの先輩がいるって、すごく幸せなことだなって思ったし、ストリップを観てからステージ上の所作をより気にするようになったんですよ。 ストリップって衣服を着ていないわけじゃないですか? それでも指先ひとつで観る人に美しいと思わせる力がある。私でいえば「衣装に頼ってしまっている動きをしていないか?」とか「指先ひとつにも魂を込めて表現しているだろうか?」など、いろいろと考えさせられました。 個人仕事の終着点はすべて“バンドのため” ──講談やストリップのほかにもアンジーさんは、美術にも影響を受けているんですよね。 アンジェリーナ1/3 岡本太郎が小学生のころからの推しメンなんですよ。『20世紀少年』ってマンガがあるじゃないですか? 作品に描かれている“友民党”について「これって何?」とお父さんに聞いたら、「岡本太郎というアーティストの人がいてね。その人が作った奇想天外でカッコいい造形物をオマージュしてると思う」と教えてくれて、興味を持って調べたんですよ。 大阪万博のテーマ館の大屋根を貫いて、世の中を見渡せるような高い塔を作ろうと言って、生まれたのが太陽の塔ですよね? 考えてることもおかしいし、そんな人がまわりにいたら迷惑ですよ(笑)。でも、やり遂げちゃう。「太郎さんが言うなら、しょうがないですよ」と言って動いてくれる人たちがいるってことは、それだけ愛されている証拠だし、命をかけて芸術と向き合っているところに、小学生ながらにめっちゃ感動して。「私、この人みたいになりたい」と思ったんですよね。あとは、最近改めてすごいなと思ったのは横尾忠則さん。 ──どこに惹かれましたか? アンジェリーナ1/3 子供のころから大好きなんですけど、今22歳になって横尾さんの本とか資料を読み返すと、こんなに死と向き合いながら生きてる人っているのかな?って感動するんです。横尾さんって、若いころから死を連想させる作品をたくさん発表されていて。横尾さんの作品を見ていると、「死ぬことが怖いことではないんじゃないか?」と思う境地に立たされるぐらい、考えてることも深いし、作品も含めてメッセージが強い。子供のころに見ていた横尾さんの作品と、今とでは感じ方が全然違って、年齢を重ねれば重ねるほど魅力的に思える。この人を好きな理由ってそこにあるんだなって、この1〜2年ですごく感じましたね。 ──改めて思うのが、アンジーさんってパッと見の印象と中身が逆っていうか。 アンジェリーナ1/3 ははは、そうなんですよ。よく言われます(笑)。 ──古くから受け継がれている伝統や、先人たちが残してくれたものから、大きな影響を受けていますよね。 アンジェリーナ1/3 やっぱり伝統芸能とか、昔から愛されているものには理由があるから、知っていかなきゃいけないと思うんですよね。新しいものってきらびやかに見えるし、素敵なものに感じやすいけど、それは昔から愛されているものがあるからこそ。古きよきものをしっかりインプットした上で、新しい表現につなげるのが大事だと思います。最近の個人的な目標は、寄席に出たいんですよ。落語なのか、講談なのか、浪曲なのかわからないですけど、テレ朝動画で配信されている『WAGEI』のおかげで、玉川太福さんという浪曲師の方に出会えたのもあり、三味線を弾きたい欲が強くて。伝統芸能を自分でやることで、今の自分に生かせることがあるんじゃないか、と思うんです。 ──ちなみに、その先のビジョンはありますか? アンジェリーナ1/3 私にとって最も大事なのは、Gacharic Spinというバンドがずっと生き続けることなんです。年齢差が離れているメンバーと一緒にバンドを組んでいるので、この先何があるかわからない。急に活動が止まってしまう事態に直面するかもしれない。そうなったときでも、「Gacharic Spinのアンジェリーナ1/3です」って名乗り続けたい。自分が名乗ることでバンドが残り続けるし、どれだけ昔に作った楽曲でも、その楽曲が生き続けられる状況を作りたい。メンバーそれぞれが、いろんな人生に進むとしても、帰ってこられる場所を作りたい。だからこの名前をずっと守り続けて、Gacharic Spinの活動が止まってしまったとしても、離れ離れになってしまうことがあったとしても、ずっとこの名前が生きていく環境を作っていくのが一番のビジョンですね。 ──個人で活動していても、やっぱり“バンドのため”に終始するんですね。 アンジェリーナ1/3 バンドに還元できなかったら、個人で活動をする意味がないと思っていて。外で吸収したことを、どのようにバンドにつなげていくかを一番意識しています。 ──まさにラジオもそうですよね。 アンジェリーナ1/3 はい。前に、伯山さんが「ラジオを大事にしてきた人が、自分の本業に返していけるんだよ」と言ってくださって。その言葉を大事にラジオをやらせてもらっているからこそ、たくさんのリスナーさんがガチャピンを知ってくれたり、「ラジオがきっかけで、ライブにも行きました」と言ってくれたりする人たちが増えたんです。ラジオでつながった方々っていうのは、本当に熱くて。何にも変えがたい強い絆で結ばれてるな、と感じますね。ラジオのお仕事を大事にしてきたことで、今の自分の活動があります。 ──ここまでのトーク力を身につけるためには、相当な鍛錬を積まれたんだろうなと思います。 アンジェリーナ1/3 ぶっちゃけ、私は話すのがめちゃくちゃヘタくそなんですよ。自分がラジオを始めたばかりのときは、まともに聴いていられるレベルじゃなかったんです(笑)。エピソードの時系列がおかしいし、いろんな登場人物も出てくるし、あっちこっちに話がとっ散らかって何を話しているのかもわからない。伯山さんの代役をやらせてもらったときに、『問わず語り』のラジオチームとアンジーラジオのチームって一緒なんですけど、その人たちがまあ厳しくて。「今の話はわかりづらい」みたいなことをバンバン言ってくるんですよ。 ──話すプロじゃないのに! アンジェリーナ1/3 初めて『問わず語り』の代役を務めたときに、ですよ! ラジオ番組を1年間やっていたにしろ、自分の中で達成感とかやりきった感がないまま終わってしまった番組からの『問わず語り』なのに「がんばったね、今のよかったよ」とか一切なくて。作家の方からも「今のだと全然伝わらないわ。もう一回やってみよう!」と言われて。もう絶対にこのチームとやりたくない、と思うぐらい(笑)。 ──ははは、スパルタすぎたと。 アンジェリーナ1/3 めちゃくちゃしごかれたおかげで『問わず語り』は荒削りなりに、しゃべることができまして。結果、たくさんのリスナーの方が私の存在を知ってくれたから、あの人たちの厳しさはただのスパルタじゃなくて、ちゃんと結果につながる厳しさだったんだなと思いました。すごく愛のあるチームだなと感じたときに、「やっぱり、この人たちとラジオをやりたい!」という思考に変わったんですよ。 「そうじゃない!」、「もう一回録り直し!」、「これ、全部ダメ!」みたいな指導が1年半ぐらい続いて……今に至ります(笑)。最近になって、ようやく作家の方とかディレクターの方から「アンジー、しゃべりうまくなったね」と言われるようになって。文化放送のチームは20代中心なんですけど、そこでもアンジーのしゃべりの活かし方を考えてくださっていて。レジェンドチームもアンジーのしゃべりの生かし方を考えてくださる。おかげで今の自分が形成されたので、ラジオチームには本当に感謝です。 ──というか、アンジーさんってみんなに愛されていますよね。 アンジェリーナ1/3 ラジオだけじゃないんですよ。北島三郎さんや大御所の方がたくさんいらっしゃるクラウンレコードにお世話になっているんですけど、そこの社長にもかわいがってもらっていて。社長から「取材やラジオのしゃべりもうまくなったし、ライブのステージングとか、普段の人との接し方もすごくよくなったよね」と言っていただけて。今やらせてもらっていること全部が、自分を作ってくれているので、一日一日の出来事にしっかりと向き合って、人としてもアーティストとしても成長していきたいと思います。 取材・文=真貝 聡 撮影=まくらあさみ 編集=宇田川佳奈枝 Gacharic Spin オフィシャルサイト アンジェリーナ1/3『logirl』出演情報 『ももクロちゃんと!』ももクロちゃんとGacharic Spin 『ももクロちゃんと!』ももクロちゃんとGacharic Spin~最年少アンジェリーナ1/3の魅力に迫る~ 『ももクロちゃんと!』アフタートーク #112 『ももクロちゃんと!』アフタートーク #113 『ぶっちゃけガチャリック!』 『WAGEI』#112 『WAGEI』#113 『WAGEI』#114 『WAGEI』#115 『WAGEI』#116 『WAGEI』#117
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LIGHTSUM、カムバックまでの1年5カ月は「空白期間ではない」6人を支えたファンの言葉
2021年に韓国でデビュー、心躍るハツラツとした楽曲でオーディエンスを魅了している6人組ガールズグループ・LIGHTSUM(ライトサム)。 (G)I-DLEなど人気の実力派グループを輩出している芸能事務所・CUBEエンターテインメントの系譜を受け継ぎ、パフォーマンス面でもK-POPファンから支持の厚いメンバーが集うことで知られている。 今回は、初の日本リリースイベントとlogirl新番組『ライトサムズアップ』収録で来日した彼女たちに、最新ミニアルバム『Honey or Spice』へ懸けた思いをはじめ、日本のファンとの交流について、これからの展望などを話してもらった。 目次実はおっちょこちょい?メンバーのかわいすぎる「反転魅力」「6人の努力は、私たちが知ってるよ」SUMITからのうれしい言葉ヒナの日本語講座「“牛タン”を教わりました!」 実はおっちょこちょい?メンバーのかわいすぎる「反転魅力」 ──今日はテレ朝動画logirlの新番組『ライトサムズアップ』の撮影があったそうですね。 ジュヒョン はい! 朝からの撮影だったのですが、いろいろな場所にメンバーと行けて、とても楽しい一日でした。 ──まず、10月に韓国でリリースされたミニアルバム『Honey or Spice』についてお話しいただけますか。 ヒナ タイトルどおり、“Honey=甘さ”と“Spice=刺激”がどちらも味わえるアルバムになっています。 表題曲「Honey or Spice」のパフォーマンスでは、明るくかわいらしい側面とカリスマティックな側面を表すため、笑顔のあとにキリッとした表情をしたり、衣装もキュートなものからシックなものまであるんです。 韓国では、人を惹きつけるギャップのことを「反転魅力」というのですが、そこに注目してステージを観ていただけたらうれしいです。 ──ではそんな『Honey or Spice』にちなんで、メンバー同士だからこそ知っているお互いの「反転魅力」を教えてください。 ナヨン はい、まずは私から! ジュヒョンちゃんはよく「しっかり者だね」と言われているのですが、意外とおっちょこちょいなところもあるんです。昨日も、飲んでいたコーヒーのカップをうっかり倒して慌てていたり(笑)。そんな姿をそばで見ていると、かわいいなって思います。 ジュヒョン チョウォンさんは、歌がとても上手で“クールなアーティスト”っていうイメージが強いんですけど、ステージを降りると愛嬌いっぱいなところにギャップを感じます。声や話し方、仕草がめっちゃキュートなんですよ。 チョウォン チョウォン ……(鼻の下をこすりながら、おどけた表情をしている)。 一同 アハハハハ!(笑) ジュヒョン ほら、わかりますよね⁉ まさにこんな感じ! チョウォン ありがとうございます。ヒナちゃんはキュートな印象が強い子なんですけど、「Honey or Spice」のステージでは“Spice=刺激的”なイメージをすごく上手に表現していて、ヒナちゃんの新たな表情を見られたのがうれしかったです。 ヒナ ユジョンちゃんはグループの末っ子メンバーなので、よく「お姉ちゃ〜ん」って甘えてくれるんです。でもパフォーマンス中は本当にカッコよくて、頼もしさもあるので、いつも見惚れちゃいます。 ユジョン サンアさんは“Spice=刺激的”な魅力があることで、SUMIT(サミット/LIGHTSUMファンのこと)の間でも有名だと思うのですが、実はすごくおもしろい人なんですよ。急に変なダンスをしたり、ハイテンションになったり、ギャグを言ったり。日本語のレッスンを受けているときも、先生から教わった単語を突然大声で言って、メンバーを爆笑させています(笑)。 サンア ステージ上では明るくかわいらしい姿を見せているナヨンちゃんですが、普段はタフで大胆な一面を見せることもあるので、SUMITはそういうところにハマっていくんじゃないかなと思いますね。 ナヨン たしかに……その自覚は、ちょっとあります(笑)。 ナヨン 「6人の努力は、私たちが知ってるよ」SUMITからのうれしい言葉 ──6人とも、本当に多様な魅力を持っていますね。アルバムの話に戻ると、本作にはジュヒョンさんが作曲、サンアさんが作詞に参加した「Skyline」も収録されています。おふたりは、この曲にどんな思いを込めたのでしょうか。 ジュヒョン 私は練習生のときから作詞作曲に興味があって、ずっと勉強し続けていたのですが、今回初めてSUMITに聴いてもらえる自作曲を発表できたのですごくうれしかったし、そのぶん緊張もしました。 この曲は、生きる上で苦労している人へ、その気持ちに寄り添って力を与えたいという気持ちを込めて作った曲です。なので、少しでも多くの方に届けばいいなと思います。 ジュヒョン サンア 「Skyline」は私にとって初めて本格的に作詞に取り組んだ曲だったので、その喜びを素直に表してみました。 サンア ──このアルバムは、約1年5カ月ぶりとなるLIGHTSUMの新作ですね。カムバックを果たすまでは簡単な道のりではなかったと思うのですが、この期間を経て、どんなところがグループとして進化したと感じていますか? ヒナ 私たちにとって、新作を出すまでは“空白期間”ではなく、練習を重ねたり語学勉強をしたりなど、アーティストとしてひたすら自分を磨く期間でした。その間は大変な思いもしたし、SUMITを待たせてしまっている申し訳なさも感じていたのですが、足を止めずに自分と向き合ったその一日一日が、今回のアルバムに表れていると思います。 SUMITも「6人の努力は、私たちが知ってるよ」と言ってくださったりして……がんばったかいがあったなと、すごくうれしかったです。 チョウォン 「私たち自身が満足できる作品にしないと」というプレッシャーも大きかったのですが、一生懸命に取り組んだぶんだけSUMITが喜んでくれたので、ありがたい気持ちでいっぱいです。もちろん、私たちも疲れることはあるのですが、そんなときはSUMITがくれる言葉を思い出して、がんばるエネルギーに変えています。 ──新作を通じて、ファンのみなさんとの絆を改めて確認できたのですね。今回の来日では初めての日本リリースイベントが実現しました。日本のSUMITとの交流はいかがでしたか。 ジュヒョン 想像していたよりも近い距離でお会いできたので、お話しするときもパフォーマンス中でも、みんなのエネルギーを感じられて本当に楽しかったです! SUMITのリアクションや表情も明るく、大きな歓声で迎えてくれて、ありがたかったですね。 ユジョン 私は日本語がまだ上手じゃないので、最初は不安もあったのですが、SUMITの反応を見て安心できました。むしろ「自分が韓国語をがんばって勉強するから、あまり心配しないでね」と優しい言葉をかけてくださる方もいて、すごく感動しました。 ヒナの日本語講座「“牛タン”を教わりました!」 ──来日中は、日本出身メンバーのヒナさんがグループを引っ張る存在になっているのでしょうか。 ナヨン そうなんです。日本での活動中は、私たちが言葉の面でヒナちゃんを頼ってしまうぶん苦労をかけてしまっているなと感じているのですが、いつも感謝しています。 チョウォン 日本語の曲を練習するときも、言葉の意味や発音の指導を丁寧にしてくれたり、すごく頼もしいです! いつも「これなに?(日本語で)」って質問しています(笑)。 ヒナ ユジョン 昨日は、ヒナさんから「牛タン」っていう言葉を教わりました。 ヒナ 私以外のメンバーは、今回初めて牛タンを食べたんです。みんな気に入ると思ったので、おすすめしました。 一同 めっちゃおいしかった! ジュヒョン ずっと牛タンのことばっかり考えてます(笑)。 ──滞在を楽しんでいるようで、なによりです! そろそろ2023年も終わりに近づきつつありますが、LIGHTSUMとして2024年に達成したい目標を教えてください。 ナヨン 日本に来ることができてうれしかったので、来年はぜひ日本デビューを実現させて、もっともっと日本のSUMITと会える機会を増やしたいです。 ジュヒョン 今年は初めて韓国でファンミーティングを開催できたので、日本でもやってみたいなと思います。 チョウォン 2024年は日本でコンサートができたらいいですね。 ヒナ 日本のSUMITもずっと待ってくれているので、日本語の曲をリリースしたり、みなさんともっと近い距離で交流できるとうれしいです。 ユジョン 海外へ行って、さらに多くのSUMITに会えたらいいなと思っています! ユジョン サンア 来年はもっと短いスパンでカムバックしたいと考えています。それから日本はもちろん、ヨーロッパなど遠くに住んでいるSUMITのもとへも会いに行きたいですね。実現できるように一生懸命がんばりますので、応援よろしくお願いします! 文=菅原史稀 撮影=山口こすも 編集=高橋千里 <INFORMATION> LIGHTSUMの素性を深掘りしていく番組『ライトサムズアップ』がテレ朝動画logirlに登場! ここでしか聞けない貴重なスタジオトークや、都内の話題のスポットを巡るロケを通じて、6人それぞれの魅力を2カ月にわたってお届け!・第1回 2023年12月27日(水)20時配信 無類のK-POP好き・林美桜アナが、独自の目線でメンバー6人をトークで深掘り!・第2回、第3回 2024年1月下旬配信予定 LIGHTSUMが東京の人気スポットを巡りながらトレンドを体感! カワイイ文化の発信地・原宿やコリアンタウン・新大久保を遊び尽くす!
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ふたりの主人公から教えられた“信じること”の大切さ──中島セナ×奥平大兼インタビュー
中島セナ(なかじま・せな) 2006年生まれ、東京都出身。2017年にスカウトされモデルデビュー後、モード系ファッション誌やCMなどを中心に活躍中。映画『クソ野郎と美しき世界/慎吾ちゃんと歌喰いの巻』(2018年)で女優デビューし、「ポカリスエット」CMの主演に抜擢され話題に。12月配信開始の『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』(ディズニープラス)ではナギ役を演じ、奥平とW主演となる。 奥平大兼(おくだいら・だいけん) 2003年生まれ、東京都出身。『MOTHER マザー』(2020年)で映画デビューを果たし、同作で第44回日本アカデミー賞新人俳優賞や第63回ブルーリボン賞新人賞ほか受賞。2023年、映画『君は放課後インソムニア』や『ヴィレッジ』、『あつい胸さわぎ』、『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』、ドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ)と立て続けに出演。12月20日配信開始の『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』(ディズニープラス)ではタイム役を演じる。2024年3月8日には主演映画『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』が公開。 12月20日より、ディズニープラスで独占配信される『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』は、“実写”と“アニメ”が交錯する壮大なふたつの世界で、ふたりの主人公が躍動するオリジナルファンタジー・ アドベンチャー大作。予告映像は公開されているものの、全貌は明かされず謎のベールに包まれた本作。W主演の中島セナと奥平大兼のふたりに演じるおもしろさや難しさ、そして本作で伝えたいメッセージについて語ってもらった。 目次実写もアニメも思いっきり演じられた(奥平)奥平大兼から見た中島セナの魅力 “やり続けること”が大事だと学んだ(中島セナ) 実写もアニメも思いっきり演じられた(奥平) ──本作の主人公は、現実世界の横須賀に暮らす空想好きな女子高生・ナギ(中島セナ)と、異世界のウーパナンタから突然、現実世界にやってきた半人前のドラゴン乗り・タイム(奥平大兼)。それぞれの世界で生きづらさを感じていたふたりが出会い、ともに世界を救うために命がけの冒険の旅に出る物語です。 奥平 最初にお話をいただいたときは、ほかにはない世界観なので、具体的なイメージが湧かなかったんです。まずは、この物語をちゃんと理解するところから始めました。それこそ今作は“ドラゴン”や“冒険”など、男の子の好きな要素が詰まっている作品。監督(萩原健太郎)さんやプロデューサーさんと初めてお会いしたときに「必ず魅力的な作品にしてやる」という気合いが伝わってきて「この人たちだったら、難しい世界観でもちゃんと届けることができるはずだ」と思ったのと同時に、ふたりの凄まじい熱量に背中を押されましたね。 中島 私も初めて台本に目を通したときは、映像でどうなるのかがよくわからなかったです。特に、アニメと実写のパートがどのように交錯していくのかが、想像できなくて。まずは撮影に臨むにあたって、演じる役のことを理解しようとしました。あと、なんといっても子供のころから観ていたディズニー作品に関われるのは、すごくうれしかったです。 (C)2023 Disney ──おふたりが演じる役の印象を教えてください。 中島 ナギは、自分の考えを人に理解されないことに、苦しみを感じている子で。人生に期待をせず、夢を持つことをあきらめていましたが、タイムやナギの親友の男子高生・ソン(エマニエル由人)のおかげで、次第に成長をしていきます。 ──ナギは中島さんと同じ17歳ということで、シンパシーを感じたところはありましたか? 中島 私も、生きづらさや窮屈さを感じることがあるので、そういうところは共感できました。ナギを演じるにあたって、等身大で挑もうと意識したのと、彼女の苦悩が現れるように臨みましたね。 ──世の中に対して、期待せず割り切っている感じは、表情からも伝わってきました。些細な表情の作り方や佇まいも、相当意識されていたのかなと。 中島 そうですね。ただ、私もそういう部分があると思うので、そこまでまったく真反対の役をやっているわけではなかったから、わりとナチュラルに出せたのかなと思います。 奥平 僕が演じるタイムは、絵に描いたような純粋な人間で。あきらめることを知らないし、人を疑うこともない。もちろん物語が進むにつれて、タイムの人間性が少しずつ変わっていくんですけど、自分が信じているものに対しては、なんの疑いもなく純粋に突っ走ることができる。この現実世界ではいないような、ちょっと珍しい子だと思います。 ──タイムを演じるにあたって、大事にされたことはなんでしょう? 奥平 タイムが憧れているドラゴン乗りの英雄・アクタ(新田真剣佑)は、小さいころから異世界で過ごしてきたから、異世界の常識が自分の中に根づいているんですよね。異世界ならではの文化や社会を通して、タイムの性格が形成されたはずだから、そこを知ることに少しでも手を抜いてしまうと、役のリアリティがなくなってしまうと思い、監督と話をしながら、徹底して役のイメージを固めていきました。 ──今回、奥平さんは実写とアニメで同じ役を演じられましたね。 奥平 実写パートを撮影したあとに、アニメパートを録りまして。「実写の雰囲気にアニメのタイムを寄せよう」とおっしゃってくださったので、変にアニメパートのことを考えることはなかったです。先に実写の撮影で思いっきりやって、それに合わせてアニメのアフレコができたのは、すごく助かりました。そもそもアニメのお芝居はまったく経験がないですから、アニメーション監督(大塚隆史)にテイストはお任せして、できるだけ実写で作ったタイム像を忘れずにいようと心がけましたね。 奥平大兼から見た中島セナの魅力 ──せっかくの対談ということで、お互いのご印象も伺えたらと思うんですけど。 奥平 ええ! どうだろう……? 最初の印象って覚えてるかな(笑)。 中島 ふふふ。 奥平 今の印象になってしまうんですけど、セナさんに加えてエマくんとのシーンが多かったので、基本的に3人一緒にいたんです。みんな年齢がバラバラだったので、最初はちゃんとしゃべれるか不安だったんですけど、意外と話せるようになっていって。なによりエマくんが現場の雰囲気を明るくしてくれて、すごく助かりました。エマくんがふざけて、それに僕も乗っかったら、意外とセナさんも乗ってくれて。セナさんにそういうイメージがなかったから、エマくんと「うれしいですね!」と話していたのが記憶に残っています。 ──中島さんの人柄についてはどう見えていますか? 奥平 最初にセナさんを見たのは、とあるCMで。お会いする前はクールなイメージが強かったんですけど、いざ話してみたら年相応のかわいらしさがあって。そんなに年齢の壁を感じることもないな、と思いました。だからこそ、ふざけている場面で乗ってきてくれたのかなと思います。けど、3人の中だったら一番大人だったかもしれないです。 中島 ははは(笑)。 ──中島さんは奥平さんと初めて会ったときの印象って覚えています? 中島 最初は、みんなで台本の読み合わせをしましたよね? 奥平 あ、あった! そうだ、そうそう! 中島 そこで感じたのは、演じる役に対して自分の答えがちゃんとある方なんだなと。基本的に撮影も一緒だったんですけど、タイムも奥平さんも自然体で素敵な方だなって思いました。演技に対してすごく熱があるし、みんなで明るく話したりして、とても楽しかったです。ただ、最初は私もクールというか静かな方だと思っていたんですよ。でも、エマくんと一緒にしゃべっているときはすごく楽しそうで。 奥平 この場にエマくんがいてほしいね(笑)。 中島 演技に対しての刺激も受けましたし、楽しい時間を過ごさせていただきました。 ──俳優・中島セナさんの特性って、どう見えていますか? 奥平 一番強く思うのは、セナさんにしか出せない魅力があるんです。それは、俳優さんとしてすごく素晴らしいことだと思いますし、持って生まれた武器だと思います。それこそ最近、誰かと話していたんですけど、どういう役であれ、すごく見入っちゃう人っているじゃないですか。セナさんはそういうタイプの方。意識せずとも、なんか目で追っちゃう。そういう魅力を持っているのは本当に素晴らしいことだし、誰しもが持っているものではなくて。お芝居をご一緒して、すごく新鮮でした。今回は僕も含めて、演技経験が少ない3人だったんですよね。とはいえ、今作の物語を進めていく上で、重要なカギになる大役で。そういう役割を担うのはエマくんも初めてだったから、最初は相当緊張していたと思うんです。ディズニー作品の主演をやると聞いて、僕自身もかなりのプレッシャーがありましたし、みんなプレッシャーがあったなかで、どんどん場数を重ねていって。こんなこというと、上からみたいで嫌なんですけど、ふたりの成長が一番間近で見られたなと思うんです。お芝居もそうですけど、現場での所作など役者さんとして成長していく姿を見られてうれしかったので、これからほかの役も見てみたいなと思います。 ──森田剛さん、田中麗奈さん、新田真剣佑さん、成海璃子さんなど、そうそうたる方々が脇を固めるなか、ダブル主演を務めたお気持ちはどうですか? 奥平 主演を任せていただく機会は、今までもあったんですけど「主演だからがんばるぞ」よりも、どんな役でも「そういえば、僕が主演じゃないのか?」とハッとする瞬間があるぐらい、自分がメインだと思って作品に参加してきたんです。逆に、そのおかげで今作も“主演だから”と変に責任を感じることがなかったです。素晴らしい先輩方に囲まれつつ、引けを取らないようにがんばろうと思いました。 中島 やっぱりプレッシャーもありましたし、そもそも長期間の撮影が初めてだったんです。どうなるのかわからない部分もあったんですけど、奥平さんと一緒だったのがとても頼もしかったですし、まわりのみなさんに助けてもらいながら、やりきることができました。 “やり続けること”が大事だと学んだ(中島セナ) ──まだ物語の全貌が明かされていませんが、この作品が視聴者に訴えているメッセージはなんでしょうか? 奥平 タイムは良くも悪くも、普通の人と感覚が違うので、彼に共感できるかといったら、おそらくあまりできないかもしれないです。でも僕が演じていて思ったのは、簡単な言葉になってしまいますけど、“信じることの大切さ”なんですね。タイムって「この人には、こういう接し方をしよう」という感覚がないので、全員平等に接する。誰のことも区別しないで、温かく接してあげられるんです。そんな中で、すごくタイムのよさが出ていたと思う場面がありまして。たとえば、困っている方がいたら、多くの方は近寄りがたいと思ってしまう気がするんですけど、タイムはなんの躊躇もなく寄り添ってあげる。映像ではさらっと描かれているのかもしれないですけど、そこが僕は好きなんですよね。「すぐに同じようなことができるか?」といわれたら、難しいかもしれないですけど、そういう温かさは大事だよなって。ほかにも、この作品にはいろんなメッセージが込められていると思いますし、観た方によって感じ方も違うと思うんですけど、個人的にはただ単に映像作品として楽しんでほしい気持ちも強くあります。 中島 私も“信じること”というのは大きなテーマに含まれていると思いますし、ナギという子はさまざまなことをあきらめてしまって、自分のことも他人のことも信じられていない状況から、タイムと出会って変わっていく。そして自分と人を信じてみようと前を向こうとする姿に注目していただきたいですし、それぞれの正義や主張があるなかで、何を選んで信じていくのかは、物語の中で重要なポイントかなと思います。 ──おふたりが今作を通して、俳優として人間として得たものはありますか? 中島 タイムのまっすぐな人間性は、本当に魅力的だと思いますし、もしも自分の中に取り入れることができたら人生観が変わるのかなって。私もナギとは同じ方向性の人間だと思うので、信じることはすごく大事だと今一度思いましたし、3〜4カ月という長い撮影を初めて経験して、人間的な成長もあったかなと思います。 ──その人間的な成長の部分って、言葉にできますか? 中島 “やり続けること”ですね。常に仕事に対して誠実に向き合う姿勢は、とても大事だなと改めて学びました。 奥平 17歳でそれが言えるってすごいですよ! 中島 いえいえ(照笑)。奥平さんはどうですか? 奥平 ゆっくり時間をかけて撮影していたぶん、照明の角度だったりカメラの位置だったり、本当に細かくこだわっていた現場で。自分だけじゃなくてまわりのスタッフさんがいかにやりやすくできるかを考える姿勢は、この現場ですごく勉強になりました。それと監督が「こういう画を撮りたい」と話したら、カメラマンさんが「じゃあ、こう撮りましょう」と提案しているなかで、僕もお芝居に影響がない程度に「これはどうですか?」と言わせてもらう機会がたびたびありました。今回はスタッフさんが若い方が多いのと、距離が近かったので意見を出しやすかったんですよね。現場でただ芝居をするだけじゃなくて、まわりを見てスタッフさんとコミュニケーションを図ることも大事だなと学びました。人間的に得たものでいうと、最近、二十歳になりまして。改めて、タイムのように純粋さを持っておくことは大事だなと。役者というお仕事をしているからこそかもしれないですけど、大人になるにつれて考えることとか責任も大きくなっていく。それでもタイムのように何も考えないで純粋に楽しむことや、何も疑わないで突き進むことも、時にはすごく大事な選択肢なのかなと思いました。 ──ちなみに、撮影を通して「ディズニー作品ならではの現場だな」と感じたことはありましたか? 奥平 特に、視覚的なこだわりにディズニーらしさを感じましたね。ファンタジーの作品だからというのもあると思うんですけど、予告を観たときにディズニーならではの魅力が詰まっている画だなって。衣装やセットもそうですし、そこはほかの作品と大きく違いましたね。 中島 セットやスケール感は「やっぱりディズニーだな」と思いましたし、奥平さんの言ったようにファンタジー作品というのもありますけど、色使いも独特ですごく好きです。そういうところは、“ディズニーならでは”だなと思いました。 ──おふたりが言うように、壮大な世界観と色彩豊かな映像美で。稚拙な表現ですけど、予告だけでワクワクしますよね。 奥平 そうなんですよね! 子供心をくすぐられるというか、ああいう映像を大人が本気で作っているところがすごくいいですよね。 ──そういえば、スタジオに入ってきたときにおふたりとも“懐かしの再会感”があったんですけど、顔を合わせるのはいつ振りなんですか? 奥平 実は、会うのがすごく久しぶりなんです。撮影が終わったのは昨年の12月とかで。そのあとにみんなで少し会ったりしましたけど、こうしてちゃんとお話しするのは1年以上振りで。なんか……気持ち(中島の)背が大きくなったなと思って。 中島 親戚のお兄さんみたい(笑)。 奥平 気のせいかもしれないですけど(笑)。僕は僕で二十歳になってから初めて会いますし、ちょっと不思議な感覚なんですよね。そういえば、今も絵は描いてます? 中島 あ、描いてます。 奥平 撮影現場でエマくんが絵を描いていたんですけど、それがすっごい下手で(笑)。演じているソンは絵が上手な役なんですけど、エマくん自身は下手なんです。セナさんはすごく上手なんですよ! 「絵をよく描くんです」とおっしゃっていたから、今も描かれているのかちょっと気になりました。 中島 ほぼ毎日描いています。 奥平 あ、そうなんだ! いつか『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』の絵も描いてほしいです。 (C)2023 Disney 『ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-』 2023年12月20日(水)よりDisney+(ディズニープラス)で独占配信開始。【出演】 中島セナ、奥平大兼、エマニエル由人、SUMIRE 津田健次郎、武内駿輔、嶋村侑、三宅健太、福山潤、土屋神葉、潘めぐみ、宮寺智子、大塚芳忠 田中麗奈、三浦誠己、成海璃子/新田真剣佑(友情出演)、森田剛【スタッフ】 監督:萩原健太郎 アニメーション監督:大塚隆史 脚本:藤本匡太、大江崇允、川原杏奈 原案:solo、日月舎 キャラクター原案・コンセプトアート:出水ぽすか プロデューサー:山本晃久、伊藤整、涌田秀幸 制作プロダクション:C&Iエンタテインメント アニメーション制作:Production I.G (C)2023 Disney 取材・文=真貝 聡 撮影=友野 雄 編集=宇田川佳奈枝 スタイリスト=柴原コトミ(中島セナ)、伊藤省吾/sitor(奥平大兼) ヘアメイク=SHUTARO/vitamins(中島セナ)、速水昭仁/CHUUNi Inc.(奥平大兼)
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アニメを愛するふたりがひも解く、ヒット作が生まれる理由──DJ・KO KIMURA×アニメ評論家・藤津亮太
KO KIMURA 木村コウ(きむら・こう) 国内ダンスミュージック・シーンのトップDJ。クラブ創成期から現在までシーンをリードし、ナイトクラブでの活動のみならず、さまざまなアーティストのプロデュース、リミックス、J-WAVE『TOKYO M.A.A.D SPIN』にてラジオDJとしてなど、国内外で活躍中。 藤津亮太(ふじつ・りょうた) アニメ評論家。地方紙記者、週刊誌編集を経てフリーのライターとなる。主な著書として『「アニメ評論家」宣言』(2003年/扶桑社、2022年/ちくま文庫)、『アニメと戦争』(2021年/日本評論社)、『アニメの輪郭』(2021年/青土社)などを出版。 『葬送のフリーレン』含め、数々の注目作品が並ぶ10月クールのアニメ。今回logirlでは、毎クール何十番組以上ものアニメを観ている大のアニメ好きであるDJ・KO KIMURAとアニメ評論家・藤津亮太とのアニメ対談を実現させた。ふたりが観てきたアニメ遍歴をたどりながら、アニメの在り方やこれからのシーンの変化、そして10月クールアニメの注目作など思う存分語ってもらった。 目次深夜アニメの始まりと現在異世界転生モノはおもしろい!?リアリティと丁寧さが求められるアニメ10月クールアニメの注目作は? 深夜アニメの始まりと現在 ──今回はアニメ対談ということで、おふたりにアニメについてのお話をたくさん伺えたらと思います。まずDJとしてご活躍中の木村コウさんの経歴から知りたく、音楽にハマるきっかけとは? 木村 初めは特撮の主題歌などのアニソンから音楽を好きになりました。小さいころ『超人バロム・1』(1972年)や『愛の戦士レインボーマン』(1982〜1983年)の曲のドーナツ盤を親に買ってもらったりして。実家が花屋なんですが、手伝いをすると時給が出るので、貯めたお金でレコードを買うというのを子供のころからしてました。まわりはキャンディーズとかを好きな人が多かったけど、僕はなんとなく反発する子で違うほうに行きたくて。だんだんアニソンから映画音楽を好きになってきたのが小学校高学年ぐらいですね。高学年になると学校で放送委員会を担当できるようになるので、給食のときに自分の好きな映画音楽『タワーリング・インフェルノ』(1974年)とか『ポセイドン・アドベンチャー』(1969年)、『ロッキー』(1977年)のテーマなどを流して、給食をまずくしてました(笑)。そこからフュージョン音楽、当時のバンドだとカシオペアとかほかの小学生が聴いてない音楽を掘ってました。CMで流れているフュージョンとかカッコよかったので。 藤津 どれも世代的にわかります! ちょうど80年前後に、音楽だけじゃなくてデジタルっぽいビジュアルのCMも出てきて。 木村 あと、SHŌGUN(ショーグン)のようなスタジオミュージシャン系音楽も聴いてました。なるべく同級生と被らない方向になんとなく……。 藤津 そのころからもう、今の道が決まってきてる感じなんですね。 木村 放送委員会をやってたときが楽しくて、だんだん音楽のことをやりたいなと思い始めてて。音楽を掘っていくにつれてファッションも好きになっていき、ヴィヴィアン・ウエストウッドなどのデザイナーの服がかっこよくて、次第に自身のファッションも決まっていきました。自分の知ってる知識をどうにかして活かせないかなと思ったとき、NYのHIP-HOPシーンで、DJのスクラッチが流行っているらしいと噂が流れてきて。僕も始めたかったけど、当時ターンテーブルは1台7万円くらいしてすぐ買えなくて……。中学校3年生の少年だったので、実家の手伝いをしてなんとかターンテーブルとDJミキサー1台を買えて。高校生になって夏休みにダムを埋めに行くバイトをして、もう1台を買って。貴重な夏休みを工事現場のおじさんと過ごしました(笑)。 藤津 レコードは大切に扱わないといけないものだから、スクラッチという技を初めて知ったときは「痛む!」って思った記憶があります。そういう使い方もあり得るんだ、と驚きました。 木村 DJするときには、違う2曲がキレイに重なってたりするんですよね。最初はそれがどういうことがわからなくて、小節のルールもよくわからなかったし。音楽的知識がないと2曲がうまく混ざらなくて、BPM(※曲のテンポ)を合わせるのも難しいので初めは手探りでした。教本とかもないので、いろんなMVとかを何度も止めて超チェックして。でもその元の音楽がなんなのかわからないから、一瞬映るレコードを見て「アメリカの〇〇というレーベルの曲だ」ってお店で探して。 ──当時のDJシーンはどんな感じだったんですか? 木村 チャラい系のユーロビートを流すところがほとんどでした。でも、僕はそこには行きたくなかったので、洋服屋さんで流すカセットを作ったり小さなNY風のDJバーでDJをさせてもらったり。音楽でいうとニュー・ウェーブからセックス・ピストルズからブラック・コンテンポラリー、Chicとかをかけたり。地元が岐阜県大垣市で、町内でも信号機がひとつしかないような地域で、町の小さいレコード屋には欲しいレコードがなかったので、長い時間かけて名古屋まで買いに行ってました。 藤津 僕はDJシーンに全然詳しくなくて、知り合いにアニソンDJをやってる人はいますけど。 木村 僕もアニソンは放送委員会時代からかけてました! 藤津 僕らの世代もですが、アニメが盛り上がるタイミングがあって、そのあと一度アニメシーンが切り替わるんですよ。あのころアニメが好きだったけどアニメから離れてしまった人が一定数いた時代があって。 木村 『機動戦士ガンダム』(1979〜1980年)が終わったぐらいですかね? 藤津 もう少しあとの1984年いっぱいでアニメブームが去ったということが、いろんなデータを突き合わせていくと見えてくるところがあって。だいたいどんなころかというと1983年の春が『幻魔大戦』、『クラッシャージョウ』、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』。1984年が春に『風の谷のナウシカ』、夏に『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』。 木村 1990年代の半ば、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜1996年)や『天空のエスカフローネ』(1996年)のころからまた盛り上がったんですかね? 『銀河英雄伝説』のビデオっていつでしたっけ? 藤津 たしか1988年にスタートですね。 木村 『銀河英雄伝説』の時代はよかったですよね。まだ深夜にアニメ放送もやってなくて、ビデオで販売したあとにテレビ放送が始まって。そのあたりから深夜アニメ枠がちょっとずつ忙しくなってきた感じ。あかほりさとる先生(※小説家/マンガ原作者)が原作のアニメ『セイバーマリオネット』(1996年)、『MAZE☆爆熱時空』(1997年)が放送され始めたあたりからまた盛り上がりましたよね。 藤津 1984年でシーンが切り替わったあと、当時、幼かった視聴者が中学生になったころに『エヴァ』が現れた感じです。その直前に『美少女戦士セーラームーン』(1992〜1997年)が大ヒットして、その熱気が『エヴァ』につながる感じです。『セーラームーン』がすごいのは、オタクも小学生の女の子も、男女問わず熱狂してましたからね。実はエヴァとセーラームーンは、キャストが被ってるんですよ。 木村 ああああ! たしかにそうですね。 藤津 『エヴァ』の庵野秀明監督はすごく『セーラームーン』が好きで、制作にも参加してたりするんです。『エヴァ』は、1997年春に劇場版『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』の公開が決定して、テレビシリーズが深夜帯で再放送されたんですよ。それの数字がめちゃくちゃよくって! テレビ東京が「じゃあ深夜に積極的にアニメ枠を設けよう」と判断して、そこから深夜アニメが増えていくんです。今のようなかたちの深夜アニメが増えたきっかけのひとつが、『エヴァ』再放送だったんですね。 木村 今は深夜アニメを観るのでどんどん忙しくなってます(笑)。逆に子供向けアニメが少なくなってきましたもんね。『「鬼滅の刃」竈門炭治郎 立志編』(2019年)は深夜放送が先でしたし、昔は夕方に放送されてたアニメ自体がほぼ深夜になっちゃって。とはいえ、今の子はNetflixとか配信サイトで観れちゃいますからね。 藤津 あとハードディスクレコーダーが出てきて、録画が便利になりましたよね。我々、VHS(※ビクターなどが販売していた家庭向けビデオテープレコーダ)や、ベータマックス(※ソニーが販売していた家庭向けビデオテープレコーダ)のころから体験している世代からすると、こんなに便利かと……。 木村 本当に超便利ですよね。ビデオでいう3倍的な感じで録っててもすぐいっぱいになるぐらいアニメ録画してますけど(笑)。録画してるアニメをずっと観なきゃいけなくて、毎日録画を消化するのが大変で。毎期、新しいアニメは50番組ぐらいあるじゃないですか。全部観なきゃいけないとなると……。完全に子供向きのものと、僕が音楽の仕事をしてるので音楽絡みのアニメは省いてますが。 藤津 とはいえ、そのジャンルを省いても、かなりの数ありますよ(笑)。実際に木村さんの録画リスト画像を見せてもらいましたけど、絨毯爆撃的にご覧になってる感じで、すごいなって。 木村コウの実際の「録画リスト」の一部 木村 とりあえず1話だけは全アニメ観てます。観なきゃいけないというか、観てないと不安になるというか。誰と話をするわけではないけど、知らないって悲しいですよね。音楽では“学者聴き”っていうんですけど──学者の人は、自分の守備範囲より2割ぐらい広く知識を入れるみたいな。 藤津 チェックをしておこうってことですね。 木村 何かのときに合わせられますからね。あと、アニメ好きって全員同じだと思われません? アニメ好きの人はたくさんいるけど、それぞれ趣味が違って。クラブ音楽も同じで、クラブ音楽好き=クラブ好きといわれてしまって。「君たち話してみたら」って、知らないふたりをくっつけようとする人がけっこういるんですよね。アニメ好きと言うと、よくそうされて。話し出してみるけど、お互い腹の探り合いがいつも始まります(笑)。 藤津 どの範囲が好きなのか、わからないですもんね。 木村 だから会話が平行線なんですよ。この間も初めて会った人とアニメの話をしたら、途中からちょっと守備範囲が違うかなと思って。過去観てたアニメを遡りながら接点を探して、結果『少年アシベ』(1991年)とかになるみたいな。相手は「コウさんとアニメの話ができておもしろかったです! またお願いします!」と言ってくれたけど、僕は「次は何を話せば……」って(笑)。藤津さんは評論家をされていらっしゃるから、とにかくたくさん知ってないとで大変ですよね? 藤津 できるだけ観ようと思ってますが、数が多いのでね……。仕事関係で、過去作品で観直さなければならないものもわりとありますし。配信だと最新でアップされた作品を2話ずつぐらいまとめて観ていくようにしてます。1話ずつ連続していろんな作品を観るとほかの作品と印象が混ざってしまうので、ひとつの作品を連続して観たほうがしっかり覚えられます。 木村 少なくとも3話ぐらい連続で観たいですね。 異世界転生モノはおもしろい!? 藤津 僕、よく言うんですけど、「好きなアニメがある」と「アニメが好き」は違っていて。多くは「好きなアニメがある」人なんです。ただ、僕らはジャンル自体に興味があるといいますか。好きなジャンルの山の形を確認したいのであって、その山を形成している一つひとつへの関心とはまた別に、少し違う見方でアニメを観てるんです。ただ、個別のアニメをちゃんと観続けてないと、その山は何年かごとに形が変わってしまうんですよね。 木村 僕は昔からSFっぽいのが好きなのもあって、今はやっぱり異世界転生モノが好きですね。原作がマンガやラノベのものが多いですけど、そこまでは追えてないです。 藤津 異世界転生モノって、もともと小説投稿サイト『小説家になろう』などからスタートしているものが多いんですが、聞くと、あそこは『(週刊少年)ジャンプ』(集英社)よりも過酷ですね。デイリーでランキングが出るので、毎日読者を飽きさせずに更新をするのにすごく特化していて。だから流行の伝播と進化の度合いが早いんです。早すぎるぐらい。そのあたりのトレンドが、数年遅れでアニメ業界に現れてくるんです。異世界転生モノは、“普通に転生して、強い能力でうまくやっていく”というストーリーだったのが、最近だと転生して自動販売機になったりとか、スローライフを送ったりとか、変化球もいろいろあって(笑)。その進化の速度にアニメ業界が振り回されてる感はありますね。 木村 なるほど、だからラノベ作品が多いんですね。アニメでおもしろかったら原作も読む人もいますが、そっちまで手を出しちゃうと忙しすぎて……。 藤津 そっちはそっちで量がたくさんありますからね(笑)。 木村 買いまくらないといけなくなるから「異世界破産になる」と僕の友人が言ってました(笑)。異世界転生モノだけじゃなくてもってなるとよけいに。 藤津 僕もよっぽどのことがない限り、原作には手を出さないようにしてます。マンガ原作で原稿書くときに照らし合わせてアニメがどう工夫してるか確認したいときは買いますけど。それ以上のことをすると、大変なことになっちゃいます(笑)。 木村 原作はあんまりでもアニメになっておもしろくなる作品も多いですよね。『鬼滅の刃』はアニメになってさらにおもしろくなったと思います。 藤津 『鬼滅の刃』はアニメで跳ねましたね。原作は、連載当初はそこまでバカ売れしていたわけではなかった印象です。 ──木村さんは、異世界転生モノ以外だと、最近気になるジャンルは? 木村 やっぱりSFモノが好きですね。あと、キャラ萌えしない系が好きかな。好きな方向のキャラはありますが、この声優さんだからほかの作品を観ようとか、トークライブに行こうとかはできてないですね(笑)。 藤津 そっちはそっちで沼ですからね(笑)。SFモノが好きというのは世代的なところもありますよね。当時、映画『スター・ウォーズ』が流行っていましたし。1970年代後半から1980年代初頭に多感な時期だった世代は、SF好きが多いと思います。 木村 僕はもう50歳超えてるんですけど、こういう年齢になっても、アニメを観てられるような時代になったのはよかったと思います。音楽でもナイトクラブのような場所で最先端音楽をやってられますし。先日ナイトクラブでDJしていたら20歳ぐらいの女の子に「コウさんっていくつなんですか?」と言われて。すでにアラフィフですらないし、アラカンだけど微妙な感じで、だから「四捨五入して100歳」と伝えるようにしてますけど(笑)。 藤津 僕も、もうまわりが若いと、ひとりで平均年齢上げてると思っちゃいますよね(笑)。1960年前後生まれの人たちが、アニメを観るのが自然な最初の世代なんです。わかりやすくいうと庵野秀明監督とか、今上天皇と同世代で、子供のころ買ってもらった本が『図解 怪獣図鑑』(1967年/秋田書店)みたいな世代ですね。1963年に本格的テレビアニメ第1号の『鉄腕アトム』が放送開始なんですが、そこからテレビアニメや特撮番組が作られていく過程で、彼らが一緒に年齢を重ねていきます。そして、この人たちが大学生になるタイミングで『ガンダム』が来る。彼らが視聴者・ファンの中核を形成して、アニメを観る年齢を少しずつ上げていってくれてるんです。 木村 それはありがたいですよね。ここ数年、エヴァをやっている鷺巣詩郎(※さぎす・しろう/音楽家:『エヴァンゲリオン』シリーズ全作のアニメ音楽、映画『あぶない刑事』や『シン・ゴジラ』などあらゆる映像音楽を手がける)さんの音楽を、今時のダンスミュージックにするという仕事をやってます。余談ですけど、鷺巣さんは実際に特撮のスタジオにいることで作曲をすることになった、という話を伺いました。 藤津 鷺巣さんは『マグマ大使』(1967〜1968年)などを作っていた、ピープロ(※日本のテレビアニメ・テレビ番組・特殊映像の製作会社「株式会社ピー・プロダクション」)の社長(うしおそうじ)さんの息子さんなんですよね。 木村 だから小学生のころからスタジオで手伝いをしていたみたいですね。「みんな人生のターニングポイントあると思うけどいつ?」という話になったんだけど、鷺巣さんは「生まれたときがターニングポイントでした」っておっしゃっていて(笑)。すごいな、時代を作ってきた人だなと。 リアリティと丁寧さが求められるアニメ ──作品のジャンルはもちろん、アニメ音楽もどんどん変わってきてますよね? 木村 最近のアニメはレコード会社が推してるアーティストをアニメに入れ込もうと、少し製作委員会っぽい匂いがしますよね。20年ぐらい前の『交響詩篇エウレカセブン』(2005〜2006年)だと、京田知己監督や脚本家・佐藤大さんがダンスミュージック好きで、作品の中でテクノを流して注目されてたんですよね。僕も1曲だけ作らせてもらったんですが、のちに映画版を作る際は「アニメ具合がいろいろと変わって、自分がかけたい音楽を作中でかけられなくなった」と監督から聞きました。 藤津 『エウレカセブン』の全音楽を集めたCDが販売されてますが、テクノしか入ってないディスクもありますからね。 木村 作中に代々木公園みたいな場所でDJパーティーをやるシーンがあるんですけど、実際にそういうイベント(※1998年より代々木公園で開催されている野外フリーフェス『春風』)があって、現実とリンクしてるんです。 藤津 僕は『エウレカセブン』を何回か取材をしてるんですけど、公園のシーンは「明け方までみんなで騒いだあと、、ダルダルになっている空気の中で曲がかかってる」というイメージで作られているそうなんですよ。 木村 とりあえずその場でヘラヘラ動いてると楽しくなってくるみたいなシーンで、まさに実際もそうですし、リアルでとてもいいシーンでした。最近、DJアニメがたくさん出てきてますが、少しリアルから離れているかなと。「このグルーヴが〜」とか「バイブスが〜」とか実際は言わないですから(笑)。 藤津 (笑)。そういう意味ではDJがキャラ化したんですかね。「こういうことを言ってそう」みたいなね。ほんと音楽系のアニメ増えましたよね。 木村 最近はアニソン音楽にいろんなシーンの方が入ってきて、話題にはなりますけど、定番のアニソンが懐かしくてたまに聴きたくなってしまいますよね。 ──木村さんは本当に多くの作品を観られていますが、好きな監督の作品はあるんですか? 木村 そこはあまり関係なく観ています。逆に製作会社のほうが気になります。でも、基本的にはそういうのには縛られずになんでもチェックするようにしてます。SF以外だと、たとえば『君に届け』(2009〜2010年)はよかったですね。『四月は君の嘘』(2014〜2015年)や、最近では『わたしの幸せな結婚』(2023年)もストーリーがいいなと。『わたしの幸せな結婚』といえば、友達がフランス人の女性と結婚したんだけど、奥さんが『わたしの幸せな結婚』が好きなんですって。「Crunchyroll」(※海外の定額制ネット配信サービス)があるから、日本の最新アニメを観られるみたいで。普通に『SPY×FAMILY』(第1期:2022年、第2期:2023年)がいいとか、『モブサイコ100』(2018年)がいいとか言ってて、アニメの話をしているんです。改めて世界でアニメが流行ってるんだなと実感しました。 藤津 2015年ころから配信ビジネスが世界的に拡大して、日本のアニメがほぼ時間差なしで海外に届くようになったんですよね。以前は、海外のアニメファンはすぐには日本の作品を観られなかったので「日本でこういう新作アニメがあるらしい」という情報だけあって、そこを海賊版が補ってたんです。 木村 だから古いアニメとかだと、外国語字幕がついてるものがあるんですね。 藤津 80年代から海外では供給と需要のギャップがずっとあったのが、配信ビジネスでかなり解消されて、世界の配信会社に大量のアニメが売れていて。だから、現在アニメが活況なんです。たとえば『転生したらスライムだった件』(第1期:2018年、第2期:2021年)なども北米ですごい人気があるんですよ。その売り上げが次の作品の費用になるので、作品が増えていく仕組みになってるんですね。 木村 『ジャンプ』も「MANGA Plus」(※海外向けマンガ誌アプリ)で読めるようになりましたもんね。それぐらい海外では流行ってますからね。 藤津 アニメが売れると原作が紙で売れる。『NARUTO -ナルト-』(原作:岸本斉史)がまさにそのパターン。だけど今、出版社は「MANGA Plus」で英語でも読めるようにして、おそらくは最初のタッチポイントをマンガに切り替えたいと思ってるんです。その後にアニメが人気になったほうが出版社にとってはうれしいわけで。今、アニメビジネスは転換期だなと思っています。 木村 本当にそうですよね。 藤津 僕は大学で20歳ぐらいの学生にアニメ産業の歴史を教えているんですが、彼らは子供のころから動画共有サイトが当たり前で、中学生ぐらいからは配信サイトが主流になってる。テレビを観る習慣がない子ばっかりなわけですよ。「君たちはこれが当たり前だと思ってるかもだけど、この10年ぐらいで急激に起きたことで、このあとまだどうなるかわからない。今がめちゃくちゃ過渡期だよ」という話をしてます。テレビという柱がしっかりあって、そこにいろんな枝がついてるという状況じゃなくなったんです。テレビ局も放送外収入を求められる時代で、もっと積極的にアニメにコミットして自社の収入として入れられるように各社動いてる感じですよね。だから、地上波でアニメの枠が増えてるのは、視聴率が取れるからではないんですよね。この作品にコミットして長く運用していくとか、何回か続けているうちにそのうち大当たりが出るかも、という期待なんですよね。 木村 先行投資みたいなもんですよね。 藤津 それこそテレビ朝日だと「NUMAnimation」(※2020年から“沼落ち”をコンセプトに設けられた深夜アニメ枠)がありますよね。おそらく『ユーリ!!! on ICE』(2016年)が大ヒットしたことを機に、設けられた枠なんだと思います。 木村 『ユーリ!!! on ICE』は、おもしろかったですよね。 藤津 フィギュアスケートをあそこまでアニメで描くのはすごい。フィギュアスケートを全12話で描く上で3回は大きい試合がないとダメだろうと僕は思ってたんですよ、練習シーンを除いて。それをやりきれるの?って思っていたら、『ユーリ!!! on ICE』はやりきりましたね。ただ大変なのは、ビジュアル表現含めそういうふうに、「すごいことをやった」のが、その後のアニメの当たり前になっていくのは、ファンとしてはうれしいけど、同時に大変そうで。たとえば『黒子のバスケ』(2012〜2015年)とかも『SLAM DUNK』(1993〜1996年)よりも遥かに丁寧にバスケシーンが描かれるようになっているわけで、アニメの現場は大変そうだなと思います。 木村 2003年、『LAST EXILE』のころからやたらキレイな絵が出てきて驚いきました。キレイな絵だとより引き込まれやすい傾向はありますよね。 藤津 インパクトがありますからね。この間、大学生の息子に『呪術廻戦』(MBS/TBS系)の渋谷でのバトルの絵がすごかったから「観て!」って言われましたよ。家族がよく使う渋谷駅も出てるからって。そのシーンだけ見せられましたよ(笑)。 木村 それでいうと、聖地巡礼が『らき☆すた』(2007年)や『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)のときから一般的になりましたよね。聖地を巡ることを考えて作られてるなって思うこともあります。実家(岐阜県大垣市)の近くが『聲の形』(2016年)の聖地なんですけど、まさにここで遊んでたなっていうシーンがあって。 藤津 親水公園みたいなところ出てきますよね。 木村 自分も『灼眼のシャナ』(2005〜2006年)の聖地・大宮や『らき☆すた』の聖地は行きたいって思って行ってしまいました。『ノエイン もうひとりの君へ』(2005〜2006年)のために函館まで行って、「本当にハリストス正教会がある!」って興奮しました(笑)。 藤津 それはすごいですね(笑)! 2000年代に入って、アニメでもロケハンするのが当たり前になったんです。最終的に書く風景は架空でも、想像で描くより実際にその土地の街路樹や古い建物の古び方を見て、街の雰囲気から丁寧に作るとアニメのリアリティが増すんです。あと厳密にいうと、シナリオハンティングにも少し近いものでもあります。こういう空間があるなら、こういうシーンに使えるとかを見つけたり。あと、デジカメのおかげで資料写真を大量に手に入れられるようになり、場合によっては、撮ってきた写真をそのまま画面の中に反映することも増えました。 木村 リアルと重なるとやっぱり視聴者として、現実で見つけるとうれしいですもんね。田園調布に行ったとき『フルーツバスケット』(2001年)のシーンがあってうれしかったですし。 藤津 実写や映画のロケ地と違うのは、アニメの聖地巡礼に行くと二重映しになるんですよ。拡張現実じゃないですけど、実写だと「ここだな」で終わるんですが、アニメだと「ここが実際の風景で、アニメだとこうなってるのか」に加えて、そこにさらにキャラクターが重なって見えてきて、いろんなレイヤーが重なる感じが楽しいところなんですよね。 木村 現実世界では年月が経っていても、アニメの中だと描かれた時代の景色に一瞬で戻ることができるのもいいですよね。 藤津 原恵一監督の『カラフル』(2010年)という映画は、再開発中だった二子玉川が舞台なんです。だから今はもうない景色なんだけれど、映画の中には作ってる最中の工事現場が残ってるという。当時、そのあたりを車で通ったときに「ああああ! 『カラフル』に出てきた交差点だ!」と驚きましたもん。 木村 たしかに土地を見たら、作品がパッと浮かぶというか。本当におもしろいですよね。 10月クールアニメの注目作は? ──ここまでにいろんな作品が出てきましたが、現在放送中の10月クールの作品も魅力的な作品が多いですよね。 木村 『葬送のフリーレン』(日本テレビ系)が話題になってましたが、ほかに話題になってるものってどの作品なんですか? 藤津 まわりで出来栄えがいいよね、と話題になっているのは『オーバーテイク!』(TOKYO MXほか)ですね。 木村 『オーバーテイク!』はおもしろいですよね! 藤津 この作品はオリジナルなので期待が高いというか。 木村 僕はF1が好きなので観ちゃいますね。これ原作ないんですか? 藤津 ないんですよ。取材してゼロから作ってるので、観てる側も先の展開もわからないから新鮮ですよね。大変そうなレースシーンもとても丁寧に作っていて、すごいなと思います。あとは『薬屋のひとりごと』(日本テレビ系)ですね。ちょっとミステリーっぽい謎解き要素もあって。 木村 初回はスペシャルで90分ほどありましたよね。初回90分放送は『【推しの子】』(2023年4〜6月/TOKYO MXほか)のときからやってますし、『葬送のフリーレン』もそうでしたが、番組サイドが推したいからなんですかね? 藤津 狙って初回ロング放送にしてる作品もあると思います。『【推しの子】』は序盤のストーリーをまとめて観てもらったほうが、その後の新展開に入っていきやすいので、まとめて放送したのかなと思います。物語のセッティングとしてまずはここまで観てほしい、と。『金曜ロードショー』枠で放送した『葬送のフリーレン』は狙ってると思います。できるなら『鬼滅の刃』ぐらい大きく育てていきたいという期待があってのことだと思います。 木村 ヒットが出たらアニメの主題歌は儲かったりするみたいで。僕の知り合いが某アニメの主題歌を作ってるんですが「コウくん、アニメって儲かるね(※小声で)」って(笑)。シリーズものだったんだけど、シリーズ1で家が建ったと言ってました。僕はお金儲けというより、とにかくアニメが好きなのでアニメの仕事はいつもやりたいなと思っているんですが、仕事じゃなくて趣味としてやりたい。アニソンDJをやればと言われることもあるけど自分の手の内を見られてる感じがして。「ああ、こういうの好きなんだ……」とオタクの人に超上から目線で見られる気がして恥ずかしくてできません(笑)。けど、アニメには何かで参加したいです。 ──このあとの展開において、期待値が高い作品はどれでしょうか? 木村 『アンダーニンジャ』(TBS)はどうなるんだろうって、気になりますね。だんだん話がつながってきたけど、最終的に何が目的かまだわからないからよけい気になります。 藤津 あれは、どうなるんでしょうね(笑)? 『アンダーニンジャ』の笑いはけっこうオフビートじゃないですか(笑)。深夜アニメの中ではけっこう攻めてる企画だなって思います。あと、想像よりずっとジャンプっぽくておもしろいなと思ったのは『アンデッドアンラック』(MBS/TBS系)。 木村 キャラも含めてジャンプっぽいですよね。やっぱりジャンプ作品は外さないというか。 藤津 設定がかなり変なのにツボを押さえてあるのと、「ナンバリングされてる幹部と次々戦っていく」という展開に持ち込むあたりがいかにもジャンプで。そういう外枠がしっかりしているからキャラクターも楽しめるし。あとカラーの違いでいうと、『SHY』(テレビ東京系)もおもしろい。これは『(週刊少年)チャンピオン』(秋田書店)なんですよね。ジャンプでスーパーヒーローを日本版にアレンジすると『僕のヒーローアカデミア』(2016〜2023年)なんだけど、チャンピオンだと『SHY』なんだなって。 木村 たしかに! チャンピオンや『(週刊少年)サンデー』になるとヒーロー像が変わってきますもんね。それでいうと『NARUTO』もヒットしましたよね。DJしてると、DJブースの向こうから携帯画面を見せてきて曲のリクエストをしてくる人がいるんですが、海外で、この10年ぐらい「NARUTO」って文字をタイプして、「お前、日本人ならNARUTO知ってるだろ?」ってアピってくる人が増えたんです。 藤津 10年前ぐらいかな、動画投稿サイトとか見てると『NARUTO』の走り方をマネをしてるアメリカの若者がけっこういるんですよ。そこまで普通に伝わってるんだって思いましたけど。80年代にビデオが海外にも流通することになり、日本アニメにもおもしろい作品があるぞ、とアメリカの業界内で話題になるんです。『トイ・ストーリー』(1995年)のジョン・ラセターとかも、1980年代初頭に、宮崎駿監督の存在を知ってたんですよ。だから『となりのトトロ』(1988年)の制作段階で、ジョン・ラセターはジブリを訪ねてるんですよ。『広島国際アニメーションフェスティバル』に自分の初期のCG『レッズ・ドリーム』(1987年/ピクサー・アニメーション・スタジオが制作した短編アニメ)を持ってくるときだと思うんですが「ジブリに行きたい」と、尋ねてたと。その流れで『AKIRA』(1988年)とか『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)とか、向こうの一般的な人たちは知らないけど、“ミュージシャンズ・ミュージシャン”的にマニアックな人たちは知っているという。 木村 海外の人は『攻殻機動隊』系のジャンル好きですもんね。それこそウォシャウスキー兄弟監督の映画『マトリックス』(1999年)を観たときに「そのまんまやってるな」って思いました(笑)。 藤津 グリーンの文字でちょっとずつ決まるタイトルバックとか、『攻殻機動隊』の雰囲気を自己流にうまく持っていった感じですよね。話は逸れましたが、10月クール作品がほかにも……。 木村 『はめつのおうこく』(MBS/TBS系)もおもしろかったですね。 藤津 おお、僕はまだチェックしきれてないですね。いや、全然話が尽きないですね(笑)。 木村 毎クール、話をしたいぐらいです(笑)。本当にアニメは心を豊かにしてくれます。 撮影=服部健太郎 取材・文・編集=宇田川佳奈枝
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気づいたら“天才子役”と呼ばれていた 壁を乗り越え手にした美山加恋の “ふたつの武器”
美山加恋 1996年12月12日生まれ、東京都出身。2002年に子役デビューを果たし、ドラマ『僕と彼女と彼女の生きる道』(フジテレビ)で一躍脚光を集めると、ドラマ『ちびまる子ちゃん』シリーズ(フジテレビ)や『受付のジョー』(日本テレビ)など数々の作品に出演。ドラマ、映画のほかミュージカル『ピーター・パン』や舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』にも出演して話題に。また、テレビアニメ『キラキラ☆プリキュアアラモード』、『アイカツ!』シリーズ、映画『かがみの孤城』など声優としても活躍。現在、ドラマL『around1/4(アラウンドクォーター)』(ABCテレビ)にヒロイン・平田早苗役で出演中。 2002年に子役デビューを果たし、一度も活動を止めることなくドラマ、映画、舞台、声優とシーンを問わず活躍し続けてきた。子役としてのイメージが強かったが、2022年に俳優20周年を迎え、大人の女性としてさらに経験を積み重ね次なるフェーズへと踏み出している。そんな彼女が2023年夏、新たに挑戦するのが“25歳の壁”を描く恋愛群像劇『around1/4(アラウンドクォーター)』。赤裸々なテーマをもとにした本作で同年代ヒロインを演じることへの覚悟や想い、そしてこれまでの“俳優・美山加恋”の人生を振り返ってもらった。 目次偶然が重なりスタートした芸能活動“新しい自分探し”苦悩と葛藤を抱えた10代幻のように過ぎた撮影は忘れられない“青春”「楽しまないともったいない」と思えるようになった20代 偶然が重なりスタートした芸能活動 ──去年デビュー20周年を迎えられましたが、ご心境はどうですか? 美山 私にとっては、芸能活動が人生そのものなんですよね。だから「やっと」とか「長かった」とか、そういうのではなくて。「またひとつ大人になったな」という感覚ですね(笑)。 ──たしかに、デビューが5歳ですからね。 美山 私がこの世界に入ったのは、偶然だったんです。マンガ雑誌『ちゃお』(小学館)を読んでいたら、たまたま芸能事務所のレッスン生募集の広告を見つけて、お母さんが前の事務所に入れてくれました。そのときは「映像に出たい」とか「舞台に出たい」と考えてはいなかったんですけど、偶然オーディションがあって、偶然受けたら偶然合格して、偶然デビューできた感じで。 ──偶然が重なって気づいたら女優になっていた、と。 美山 流れに身を任せたスタートでした。ちゃんとお仕事をするようになった最初のターニングポイントでいうと……やっぱり2004年にフジテレビで放送された『僕と彼女と彼女の生きる道』は大きかったなと思います。 ──最高視聴率が27.1%の大ヒットドラマですからね。オーディションのことは覚えていますか? 美山 オーディションを受けに行く話をしたとき、女優の賀来千香子さんに「あなたなら絶対にこの役を取れるから、がんばってきなさい」と言われたのをすごく覚えています。そこでスイッチが入ったんですよね。賀来さんの言葉を信じて、自分なりにがんばったら、本当に合格をいただきました。 ──主演は草彅剛さんで、その娘の小柳凛役に大抜擢されましたが、これがいかにすごいことかっていうのは、幼いながらに感じていました? 美山 そのころ、あまりテレビを観ていなかったので、私自身は事の大きさをちゃんとは理解できていなかったです。それでも国民が愛するSMAPの草彅さん(演じる小柳徹朗)の娘役ということで、「これはとんでもないことなんだよ!」とまわりの方から言われたのは覚えています。ちなみに去年、ABEMAで放送されている、新しい地図さんの番組『7.2 新しい別の窓』に出させていただいて、約6年ぶりに草彅さんと再会したんですよ。「25歳になりました」と伝えたら「大人になったね。でも、加恋はあのころから大人だったよね。落ち着いていたよ」と言っていただきました。 ──じゃあ、年齢以上に大人っぽかったんですね。 美山 話している内容が大人だったみたいですね。あと、細かくは覚えていないですけど、草彅さんがセリフを忘れていたら、私がそのセリフを教えてあげるとか、そんなことをしていたらしいです(笑)。 ──素晴らしいですね! そのときは何歳ですか? 美山 5歳から7歳の間に作品を撮っていたので、小学1、2年生ですかね。 ──世間では“天才子役”といわれていましたけど、美山さん自身はその自覚がなかったとか。 美山 そうなんです(笑)。学校に行ったら上級生の子から「加恋ちゃん、芸能活動をしてるんだね!」と言われて、「誰から聞いたんだろう?」ぐらいの感じでしたね。 ──不思議に感じてることが、逆に不思議ですよ(笑)。 美山 そもそも、自分がテレビに出ている認識がその当時はなくて。初めて「自分はテレビに出ているんだ」と思ったのが『めざましテレビ』(フジテレビ)の占いコーナー。1位は射手座とか書いてあるじゃないですか。なぜか、そこに私の顔が映ってたんですよ(笑)。毎朝、学校へ行く前に『めざましテレビ』の占いコーナーを観ていたので、「え、私がテレビに出てる!」みたいな。初めての衝撃でしたし、逆にそれぐらいテレビを観ていなかったんです。だから自分が“天才子役”といっていただいていたのも、当時は認識していなくて。そういうのって、あとあと気づくんですよね。 ──小学生のころには「このまま私は女優をやっていくんだ」と考えていました? 美山 いえ、考えていなかったです。将来の夢を書く授業があって、そこにはパティシエとか飛行機の操縦士と書いていました。 ──まわりから「いやいや、女優でやっていきなよ!」とは言われなかった? 美山 言われなかったです(笑)。お母さんからは「無理はしないでね、いつ辞めてもいいんだからね」とずっと言われていたので、そんなに女優を意識していなかったです。それに職業として認識できていなかったので、楽しい習い事の延長というか「今日も現場へ行くのうれしいな!」と思っていました。 “新しい自分探し”苦悩と葛藤を抱えた10代 ──中学生になって、徐々にお仕事が落ち着いたことで、冷静に将来のことを考えたそうですね。 美山 学校で過ごすことも、友達といる時間もすごく増えまして。「こういう過ごし方もあるのか」と、そこで初めて普通の学生生活を知りました。それが、すごく楽しかったんですよね。一方で、このままお仕事をしなかったら、私は女優の仕事をやらなくなってしまうのかな?と初めて不安になったんです。「このままでいいのかな?」って。不安になるってことは、やっぱり“お芝居が好きで現場が好き”ということだから、学校も楽しいけど仕事もがんばらなきゃ!と自分を見つめ直しました。 ──それで学校も仕事も大事にしたいと。 美山 学校生活も楽しかったですけど、現場にいる楽しさとは全然違うからこそ、どちらかひとつに絞ることができなかったです。「女優という居場所をなくしたくない」と思っていたので、取り残されないように必死でしたね。常に未来のことを想像して、そのたびに不安になって、というのを繰り返していました。そうはいっても、先のことを考えてもわからないことばかりなんです。どんな仕事が来るのかもわからないし、いつ自分がテレビに映れるのかもわからない。運もすごく必要な職業なので、想像したって全部が思いどおりにいくことなんてないんだな、と心で覚悟していても、やっぱり不安が出てくる。 ──そんな苦悩と葛藤を中学生で抱えて……。 美山 一回でも仕事を辞めてしまったら、もう戻れないだろうな、と感じていたので、活動を途切れさせたくなかったです。だけど久々に現場に戻ったときは、すごく怖かったんですよ。「私は女優でいいのかな?」みたいな。「お芝居するのは久しぶりだけど、私のお芝居は合っているんだろうか?」と不安を感じたときがあって。でも、そこで「諦めよう」じゃなかったんですよね。「お芝居は辞めちゃいけない」「続けなくちゃいけない」と思ったのを覚えています。 ──そこまで追い込まれていたのは、どうしてだったんですかね? 美山 いろいろとタイミングが重なったんですよね。それまでは子役として、お母さんと一緒に台本を読んで教えてもらっていたし、レギュラー出演のドラマがわりと多くて。ずっと同じスタッフさんと仕事をしていたので、ドラマの現場をホームのように感じていたんです。だけど、中学生になったころから、レギュラー番組よりもゲスト出演が増えて。自分ひとりで台本を読んでお芝居を考えるようになったことで、急に独りになった感覚に襲われました。「独りぼっちで、この世界と戦わなくちゃいけないんだ」と思ったんです。そうすると、この世界に私のお芝居は通用するんだろうか?とわからなくなってしまって。ちょうど仕事が減ってきたときと、不安を抱えたタイミングがばっちりハマったんです。 ──その不安はどのように脱したんですか。 美山 “自分の形”みたいなものを、自ら決めているつもりはなかったんですけど、どこか決められているような感覚になっていて。高校生のころに「この殻を破らないと、新しい自分を見てもらえないな」と思いました。そこから18歳のときに、歌ったことも踊ったこともなかったけど、ミュージカルに挑戦したりとか、同時に2.5次元がちょうど流行り出したころに、ご縁があって舞台『「終わりのセラフ」The Musical』に出させていただいたりして。なんといっても、声優さんとお仕事をご一緒する機会が増えたんですね。それまで声優さんが舞台に出られるイメージがなかったんですけど、「声優さんは舞台にも出るんだ!」と衝撃を受けて。「私も声優さんみたいに、自分のイメージ以外の役も幅広く演じられるようになりたい」と思った矢先に、アニメ『エンドライド』が決まったので、自分の中ではすごくつながっている数年でしたね。 ──舞台といえば、『ハリー・ポッターと呪いの子』で嘆きのマートル役とデルフィー役を演じられて大きな話題になりましたね。しかも、マネージャーさんが「うちの美山はすごいんです!」とまわりの関係者に言っていたとか。 美山 自己肯定感が爆上がりですね、本当に! 一同 (笑)。 ──何がそう思わせたんですか? マネージャー 映画のイメージが強い役ですし、体力的にも大変な役なのに、軽々とやってみせるからよけいにすごいと思ったんですよね。舞台で見ると、すごく大きく見えました。 ──最も身近な方のそういう言葉が、自分の成長を感じられますよね。 美山 そうなんですよね。あまり自分で自己肯定感上げることができないので、すごく助かっています。 幻のように過ぎた撮影は忘れられない“青春” ──『ハリー・ポッター』のご出演も驚いたんですけど、現在放送中のドラマL『around1/4 (アラウンドクォーター)』でヒロイン・平田早苗役を演じることも驚いたし、覚悟が必要だったのかなと思って。 美山 あ、そうですか? 私は「ありがとうございます!」と思って、すぐにお受けしました。1年みっちり『ハリー・ポッター』をやってきて、久々のドラマ出演であること、しかもヒロインを私に任せていただけるのも、すごくうれしかったです。恋愛モノをやらせていただけることも、みなさんが私を信頼してくださっているのかなと思えて、そういう意味でもうれしかったです。 ──原作をお読みになって、どんな印象を持ちましたか? 美山 原作は縦スクロールマンガなのもあって、メインで登場する5人の日常がテンポよく進んでいくので、とても読みやすかったです。私が演じる早苗は、SEXを含め恋愛に苦手意識を持っていて、なかなか心を開くことができないけど、明るく生きている淡白な性格の女性なんですね。それを映像でどう落とし込んでいこうかな、と原作を読みながらいろいろと考えていました。 ──早苗を演じる上で、心がけたことはなんでしょうか? 美山 早苗の話は、かつてのバイト仲間だった新田康祐(佐藤大樹)との関わりが主軸にあるんですけど、いい意味で康祐と早苗は似ているようで対照的な部分もあって。とにかくすごく素直なんですよ。起こった物事に対して全力で向き合う。そのたびに叫んだり号泣したり、ボロボロになりながら25歳を全力で生きてるな、と思うシーンが多いです。だからこそ、あまり深くは考えずに、目の前で起こる出来事に対して毎回素直に反応できるようにしよう、と心がけていました。 ──主演を務める佐藤大樹さんの印象や人柄は、どのように感じました? 美山 FANTASTICS from EXILE TRIBEというグループでリーダーをされているからか、出演者やスタッフの結束力を高めて、現場を盛り上げるのがすごく上手なんです。だから私も安心して現場にいられましたし、とにかくみんなが笑っていましたね。それは佐藤さんがみんなとのコミュニケーションを大事にしてくださったから、現場もリラックスした雰囲気に包まれました。あと積極的に宣伝をしている姿は、私も見習いたいと思いました。目標を持たれて、それを口に出してくださる方なので、そういうのもチームとしてはすごく助けになるんですよね。「佐藤さんについていこう」と思えるので、本当に素敵な座長でしたね。 ──すでにクランクアップをされているそうですが、撮影を振り返っていかがですか? 美山 20日間ほどで全10話を撮影したので、なんか幻のようにも感じていて(笑)。本当に撮り終えたんだっけ?と思うくらい、あっという間に過ぎ去ったんですけど、一日一日がすごく濃かったんですね。今でもその日に何を撮って、どこで撮影して、どんなシーンがあって、監督とどんな話をしたのか鮮明に思い出せるほど、濃い撮影期間でした。なんか……青春だったなと思えるというか、1シーンごとに思い出が詰まっているので、本当に素敵な時間を過ごさせていただきました。 「楽しまないともったいない」と思えるようになった20代 ──変化球の質問ですけど、撮影を振り返って「このときの自分はゾーンに入っていたな」と思うシーンはどこでしょう? 美山 早苗の心がぐしゃぐしゃになっているシーンは、わりとゾーンに入ってましたね。高校時代から8年間、ずっと付き合っていた彼氏・林健太に振られるところから物語が始まるんですけど、早苗の中で健太に「つまらない」と言われたことが、いつまでも心に中でシコリのように残っているんです。それは、早苗が無理してでも行動を起こす原動力やきっかけにもなっているぐらいの出来事。健太に「つまらない」と言われて、うっぷんを晴らそうとサパークラブで大はしゃぎして、その結果後悔することになるんですけど、そのシーンは自己肯定感が爆下がりの早苗なんですね。おそらく10話の中で一番下がるシーンというか。そのときに康祐を誘って拒否されて「あ……私はまたダメだったんだ」と落ちるところまで落ちるシーンは本当にしんどかったですね。しかも長回しのオンパレードで、現場の温度も暑くて、わりと時間をかけて撮ったので、次の日は目がパンパンになりました(笑)。 ──ずっと大号泣してますからね。 美山 ふふ、そうなんですよ。撮影後半から大事なシーンがすごく多かったので、康祐とのラストシーンは時間も日にちもかけて大切に撮りました。早苗と康祐のシーンは大変な撮影が多かったですけど、そのぶん素敵に編集していただいて、たくさんの人に見てもらえたらすベての苦労が浮かばれます(笑)。 ──健太が早苗を振った理由って、まだ自分に伸びしろがあると思っているから「もっといい子と出会えるかもしれない。だから、早苗との関係を切っておこう」と思ったわけですよね。でも年齢重ねると伸びしろよりも、今ある幸せをちゃんとつかまなきゃと思うものなんですけど、それは僕が25歳をとっくに卒業したからそう思うわけで。ぶっちゃけ10代は勢いのまま恋愛しちゃっていいし、30代以降は相手のためにも結婚を意識する。じゃあ、その間にある25歳の恋愛ってなんなんでしょうね? 美山 まさしく、健太に関しては自分に伸びしろを感じたんですよね。女性と男性でそこの価値観もちょっと違うというか、早苗的には将来のことも考えた結果、目の前の幸せをつかもうと決めていたんですけど、きっと健太とは人生のスパンが違ったのかなって。でも早苗も早苗で、このままではいけないと思ってる自分もいる。25歳の早苗はちょうど現実と理想の狭間にいるというか……なんなんですかね? どういう恋愛をしてたらいいのかわからなくなり、そこで葛藤する様子が早苗の話なのかな、と思います。 ──これまで数々の作品に出演されてきた美山さんの中で、『around1/4(アラウンドクォーター)』はどんな立ち位置の作品ですか。 美山 今、出会えたことがすごくうれしい作品です。等身大の女の子ですし、今だからこそできる役でもありますし。別の道で活躍してきた同世代のみんなとお芝居ができたのは、今後の活力にもつながります。インタビューの時点では第1話が放送されたばかりですけど、すごく映像がキレイで! 「毎週このクオリティでやるんだ」ということにも驚きました。スタッフさんの気合いも入った作品に、ヒロインとして関わることができたのは、本当に大きな財産だなと思います。 ──今回は、美山さんの女優人生を中心にお話を聞いてきましたが、改めてその時々で壁にぶち当たり、それを乗り越えて今があるんだと思いました。 美山 5歳のときにお芝居を始めて、小学5年生ぐらいからひとりで現場に行くようになり、台本もひとりで読むようになり「台本ってどう読むんだろう?」とか、お芝居の基礎を学びました。中学生になってからは、まわりの方からも“大人の世界に片足を突っ込んだ”と認識されるので、子役だけど子役じゃない時期に突入しました。そうすると、求められることがわりとわかるようになってきて、そこがひとつの壁だったのかもしれないですね。 ──お芝居が楽しむだけではなくなった。 美山 そうですね。「自分は何かを求められているのか」とぼんやり気づくようになって、「じゃあ私は何をしたらいいだろう」と“正解を探し始める道”へ歩き始めました。そこから「もっとお芝居うまくならなければ」とお芝居の研究ゾーンが始まって──だんだん自分の得意不得意がわかってきて「できないことをやれるようになりたい」と自分のいいところより、悪いところのほうに目が行ってしまう時期が始まりました。「こんな自分を変えなければ」という焦りが、高校生ぐらいで1回くるんです。みんな進路を考え出すじゃないですか。ぼんやり「このまま私は女優さんかな? 女優だろうな」って。じゃあ、続けていくには自分ができないことをできるようになったり「何か特技がなきゃいけない」と思い、自分の武器を探す時期に入って、そこがもうひとつの壁でした。“今までのお芝居”と“新しいアプローチ”というふたつの武器を同時に使えたらいいんじゃないか、と思って声優さんのお仕事もやるようになって。そこから壁というより、楽しみ方がわかるようになってきたんです。しかも、自分のいいところにも目を向けられるようになった。「結局、楽しまないともったいない」と考えられるようになってきて、今に至ります。 ──今は生きやすくなっているし、自らそうしてきたんですね。 美山 そうなんです! 最大限の楽しみを持って、お芝居をやりたいと思えるようになりました。 『around1/4(アラウンドクォーター)』 毎週土曜深夜2時30分〜(テレビ朝日)/毎週日曜夜11時55分〜(ABCテレビ) ※ABCテレビ放送後TVer /ABEMAで見逃し配信 【出演】佐藤大樹(EXILE/FANTASTICS)、美山加恋、工藤遥、松岡広大、曽田陵介、藤森慎吾(オリエンタルラジオ)、平岡祐太 ほか 取材・文=真貝 聡 撮影=友野 雄 編集=宇田川佳奈枝 ヘアメイク=関東沙織 スタイリスト=椎名倉平
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誰しも愛せる魅力がある──漫画家としての文野紋を作り上げた作品たち
文野 紋 (ふみの・あや)漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月、『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で『ミューズの真髄』を連載スタート。単行本『ミューズの真髄』1巻&2巻は重版がしており、3月10日には最終3巻が発売された。 『logirl』記事コンテンツのコラム連載として、ドキュメンタリーへの愛を語っている漫画家・文野紋。今年3月に美大受験をテーマにした『ミューズの真髄』最終3巻が発売され、作品は完結を迎えた。そこで、彼女が『ミューズの真髄』を描くきっかけや漫画家となった経緯、また、並々ならぬ“ドキュメンタリー愛”を持つ理由など、話を聞いた。 目次『ミューズの真髄』キャラクター紹介いまだに夢に出てくる、美大浪人時代作品の大きなテーマは“承認” 部屋はギャップを描く大切な場所あふれ出るドキュメンタリーへの愛 『ミューズの真髄』キャラクター紹介 瀬野美優(せの・みゆう)一般企業に勤める23歳事務職。美大受験に失敗してから5年間、大好きな絵を描くことを諦め、母親の敷いたレールの上で生きてきた。合コンで鍋島に出会い、再び絵を描くことを決意し家を飛び出すのだが……。 鍋島海里(なべしま・かいり) 広告代理店勤務。美優とは合コンで知り合い意気投合するが、心ない言葉で傷つけてしまう。 月岡未来(つきおか・みらい) 東京藝術大学に通う学生。東中野美術予備校で油絵科夜間部講師のアルバイトをしており、美優のクラスを受け持つ。 龍円草太(りゅうえん・そうた)高円寺のバーの店主。家出をして行き場のない美優に、救いの手を差し伸べる。 いまだに夢に出てくる、美大浪人時代 ──『ミューズの真髄』が全3巻で完結となりました。美大受験をテーマにしたこの作品を描いたきっかけを教えてください。 文野 そもそも私が美大浪人を経験していまして、結局は美大に行けなかったんですけど……そのころの夢をいまだに見るんです。あまりにも何度も夢を見るので、これは何かかたちにしたほうがいいのかなと思っていて。ちょうど『月刊コミックビーム』の編集さんから連載をしませんか、と声をかけていただいていたので、この題材を選んで描きました。 ──どんな夢ですか? 文野 今の私が美大予備校に通っていて、マンガを描きながら受験とかできるのかな……と悩んでいたり、予備校講師の先生に「仕事は辞めたくないんですけど」と相談しながら受験をしたりする夢を見ます。 ──なるほど。『ミューズの真髄』は3巻で完結しましたけど、もともと青図として描いていたストーリーどおりに進みました? 文野 当初は美優がもう少し、いわゆるマンガ的なハッピーエンドになるようなかたちを想定していたんですけど、美優がキャラクターとして動いていくなかで、その終わり方だとちょっとわだかまりが残るかもしれないなと感じたので、一番最初の想定と比べると、ラストはけっこう変わっていきましたね。 ──マンガ的なハッピーエンドというと、美大に合格するということですか? 文野 もともと東京藝術大学には合格できないイメージはあったので、第2志望の地方公立の美大に受かるとか。そういう結末を当初は考えていました。ただ、2巻ラストで美優が髪型を憧れの月岡さんに寄せるというシーンで、これはすごい展開になるのかな?と思って、美優なりのハッピーエンドにしようと決めました。 ──その月岡さんに憧れて髪型を変えてピアスを開けるというアイデアは、月岡さんを描いていくなかで出てきたのですか? 文野 まだこの作品が何巻で完結とかも決まっていないとき、美優と月岡さんを軸にしたストーリーを考えていたので、月岡さんとのエピソードではいくつかやりたいことがあったんです。その中のひとつが(美優が月岡に)容姿を寄せることで。結果、物語の中で美優がそれを選択するシーンを描きました。 ──読者は途中で、月岡さんが実は浪人を重ねていることを知りますが、最初からそういう設定にしていたんですね。美優にはご自分を投影している部分もあるかと思うのですが、美優の人物造形のモデルがもしいたら教えてください。 文野 美優については、特定のこの人というのはなくて。自分と一緒に浪人していた仲間の話を参考にさせてもらいながら、自分の経験とをつなぎ合わせたキャラクターです。 作品の大きなテーマは“承認” ──どの登場人物も他人から承認されるとか、自分で自分自身を承認するとか、何かを認める/認められるみたいなものがテーマとしてあるように感じられました。 文野 はい、それはすごく考えていました。多くの人が幼少期に、特に家族から承認される経験があるかないかが人格形成にものすごく関わると私は考えていて。それが得られなかった人の苦しみというのは、それを当然に得られている人からはわかりにくい。逆に得られなかった人はそれがわかりにくいってことがわからなくて暴走したことをしてしまう、というのが現実でもたくさんあるのかなと。 それは『ミューズの真髄』もそうですし、短編集『呪いと性春』も同じで、制作するにあたってすごく考えているテーマのひとつです。そういう承認の経験が乏しいキャラクターが、この作品だと“美術”っていう承認される/されないが漠然としている──たとえば100メートルを何秒で走ればいいとかそういう話ではない──そういうところに身を置いたときの話で。『ミューズの真髄』を書くにあたって、“承認”はすごく大事なテーマでした。 ──明確な基準があるわけではなくということですよね。実際に美優とお母さんとの関係に、そういうところがあるのかと。最初に読んでいたときは、なんとなく“毒親”的な印象を受けていたのですが、読んでいくにつれて、それを超えているというか、毒親でもないのかなという気もしてきました。 文野 子供の精神的な影響において、悪影響を及ぼしているという面では毒親だと思うんです。ただ、性格が悪いから毒親というわけではなく、そういう人物にもほとんどの場合は原因や理由があってそうなっていて。親子関係に関わらず、全部そうだと思っているんですけど。鍋島とかも。 ──たしかに、そういう意味では鍋島もそうですね。読者は美優が知らないであろう、鍋島の事情とかも知ることができますし。みんな何かしらバックボーンを持っているのは絶えず意識して描かれていたんですね。この鍋島のモデルはいるんですか? 文野 はい。もともと別の作品で古着について描こうと思っていたときに取材した方で、その方が「自分はUNIQLOの服を着るのが怖い」という話をされていたんです。なぜなら自分に自信がないから、その土壌に立つと、その勝負になってしまう。そういう理由で古着が好きみたいで。古着好きの人って一見するとオシャレで自分に自信がありそうって思うじゃないですか。明らかに都会的なイメージだけど、そこにある気持ちは傍から見るとわからなくて、実は自信がないからそういうトガった服を着ている人もいることを知りました。第一印象との違いがある人物はおもしろいなとずっと感じていて、今回『ミューズの真髄』でキャラクターとして入れられそうだったので、入れてみました。 ──龍円に関しても、裏設定を考えていたんでしょうか? 文野 一応考えてはいました。一度ネームを描いたことがあるんですけど、担当編集さんに相談したら「美優との関わりが薄いから、今のタイミングで入れるのはどうなんだろう」という話になって。たしかに鍋島と違って龍円の過去のエピソードは美優の人生に影響しないから、それを見せる必要はないかもしれない。美優と近い部分はあるかもしれないけど、龍円はまったく違う価値観で生きているから。 ──たしかに、読者からすると、龍円は最初はすごく協力的でいい人なのかなと思わせつつ、実はその場しのぎのドライな人だったりするので、「え?」と思うところもありました。美優の印象的なシーンとして、1巻の、お母さんとケンカをした夜にキャンバスを持って2階から飛び降りるシーンがありますが、あのシーンはどんなところから発想が生まれたんですか? 文野 イメージ的には、映画の予告であったらおもしろそうなシーンが1話の中に入っていたほうがいいなと思っていました。映画の予告編でキャンバスを持って飛び降りるシーンがあったら、ちょっとは観たいと思ってもらえるかなって。 部屋はギャップを描く大切な場所 ──文野さんはこの作品に限らず、登場人物の部屋の中をすごく描き込むというか、わりと雑然と描くことが多いと感じています。そこにもこだわりはあるんでしょうか? 文野 そうですね。部屋は、キャラクターを言葉ではない部分で説明するのにすごく適している場所だと思っています。鍋島と美優に関しては、今時の感じがあるけど実は……という少し心が複雑なキャラクターなので、そのギャップを描くのに部屋は表現しやすくて大切な場所です。 ──なるほど。月岡さんの部屋は、まさにちゃんと絵を描いている人の部屋だなと。 文野 生活部屋とアトリエが一体化しているイメージで、家具や食べ物、化粧道具よりも画材とか絵の道具がいっぱいある部屋です。美優が自分の部屋との違いを感じるシーンとして描きました。 ──文野さん自身が美大受験をしていたころは、どちらの部屋に近かったですか? 文野 自分はわりと雑然としてました……(笑)。そのころは実家から通っていたので、アトリエみたいにできなかったんですけど、美大生になったら月岡さんみたいな部屋にしたいなと考えてました。 ──そうなんですね。あと、この作品だけではないのですが、表現としてものすごい量のセリフを一気に描き込む場面がいくつか出てくるじゃないですか。どういう効果を狙って作っているコマなのかを伺えればと。 文野 美優や『呪いと性春』に出てくる女の子は、抜けている部分と妙に理屈っぽい部分が同居していて、それが生きづらさや、難しさの理由のひとつだと思うんです。そういう人たちが感情が高ぶったとき、長文でしゃべってくれるのが、私はすごく好きで。なので、抜けているのに理屈っぽいキャラクターの表現として使っています。 ──吹き出しにノイズを入れている場面もありますよね。 文野 あれはすごく長いセリフをしゃべっているのが、もはやBGMみたいな。読んでね、というセリフじゃなくてたくさんしゃべっているということが伝わってほしいなというときに使っています。 ──絵としての表現ということですね。一番印象に残っているシーン、好きなシーンはどのあたりですか? 文野 3巻の試験のシーンですね。マンガのキャラクターとはいえ、美優みたいな人はものすごく現実にいそうで、2巻のラストから美優を苦手に感じる読者もいると思うんです。主人公は基本的に好感度があって、正しいことをする人が多いですし。けど、美優はそうではなく、わりと間違ったことをしてきているというのが1、2巻のストーリーで。それを踏まえた上で、美優が出す決断をどうしたらいいのかと悩んでいて。いわゆる王道のハッピーエンドではないんですけど、美優がやってきたことに対して誠実な答えを出せたのかなと思うので気に入っています。 ──欲を言うなら、もうちょっとここを描き込みたい、描き加えたいなという箇所はありますか? 文野 エピソード的に足したいなと思うところは実はそんなになくて、3巻でキレイに完結できたなと感じています。ただ、もっとちゃんと伏線を張ればよかったなという部分はたくさんあります……。技術的な話になるんですけど、構図を描くときに手で窓を作ってのぞき込むっていうシーンが3巻にあって、この仕草は1巻から絶対描いておくべきだったよな……とか。 ──これから『ミューズの真髄』を読まれる方には、どういうところに注目してほしいですか。 文野 読んだ方に、ここまで才能がない凡人にフォーカスしてる作品は珍しいと言っていただくことがすごく多くて。そういう才能がないと悩んでいる人がいたら、ラストで美優が導き出した結論で何かを感じていただけると思うので、ぜひ読んでもらえたらと思います。 SNSがきっかけで職業・漫画家の道へ ──そもそも文野さんがマンガを描き始めるようになったきっかけを教えてもらえますか? 文野 大きなきっかけというのは特にないんですが、小学生のときから絵を描くのが好きだったので、“マンガを描いてみよう”みたいな本を買ってマンガを描いていました。 ──当時から、まわりの人には「絵、上手だね」と言われてました? 文野 それがあんまり言われてなくて……。すごく記憶に残っているのは、兄や友達と絵を描いて、その中の好きな絵に投票するという遊びをやっていた時期があって。そのときの最下位が私で……。それがめちゃくちゃ悔しくて、そこから逆に練習しよう!と思ったのかもしれません(笑)。 ──漫画家になろう、と職業として意識したのはいつぐらいからですか? 文野 村田雄介さんの『ヘタッピマンガ研究所R』(集英社)を読んだことがきっかけで「漫画家いいな〜」と思い始めました。ただ職業として意識したのは、デビューする半年前とかです。 ──わりと最近なんですね。ちなみに好きな漫画家さんは? 文野 冨樫義博さんや浅野いにおさん、高屋奈月さんが好きです。 ──冨樫さんは……『幽☆遊☆白書』(集英社)だったりとか。 文野 そうです! 『幽☆遊☆白書』だと“仙水編”が好きで、あと『レベルE』(集英社)も。 ──『HUNTER×HUNTER』(集英社)とかも。展開、ついていけています? 文野 もちろん、読んでます! 『HUNTER×HUNTER』が休載している間にYouTubeで解説動画を10回ほど観たんですよ。なのに追いつけてないんです……みんな名前難しいから。 ──登場人物もセリフも多いですからね。『レベルE』とかは世代的には上ですよね。 文野 そうですね。コインランドリーに『(週刊少年)ジャンプ』(集英社)が置いてあって、そこで『HUNTER×HUNTER』にすごいハマったんです。『HUNTER×HUNTER』のためにジャンプを買うようになったので、冨樫さん作品は全部読もうと思って読みました。 ──なるほど。将来的にはSFやファンタジー要素が入っている作品も描いてみたいなって思っていたり……。 文野 はい、いつか挑戦してみたいです。鬼頭莫宏さんの『ぼくらの』(小学館)『最終兵器彼女』(小学館)にもハマりました。人間の感情を軸にしながら世界のことが関わってくるもの、いわゆる“世界系”はすごくいいな〜って思います。 ──世界系の作品だと、アニメもわりとありますよね。 文野 『新世紀エヴァンゲリオン』や『コードギアス』シリーズとか好きです! ──いろんな作品に触れていますね。実際に漫画家になる過程を伺えればと思うのですが、どういう経緯で? 文野 美大浪人を2年させてもらったんですけど、美大受験は学費だけじゃなくて、画材代とかでもお金がとてもかかるんです。とりあえずアルバイトをしながらSNSにイラストを投稿していたらフォロワーが増えていったことがあって。当時はまだSNSでマンガを投稿することがそれほど流行っていなかったからなのか、けっこう反応もよくて。同時期に『月刊!スピリッツ』(小学館)にも投稿したら“スピリッツ賞”で佳作をいただけました。コミティアで出展していたマンガを『月刊コミックビーム』の前の編集長が読んで、声をかけてくださって、商業誌で描くようになった、という経緯です。 ──漫画家としてデビューが決まったときはどうでしたか? 文野 雑誌に載るというのはもちろんうれしかったんですけど、仕上げの原稿を送るときや見本誌が届いたときとか、自分の拙さにめちゃくちゃ落ち込んでしまって。すごくうれしい!というよりは、もっと練習しないとやばいな……という気持ちで。 ──実際に読者の反応を見て、気にしたりします? 文野 気になるので見ないようにしてます(笑)。 ──次はどんなテーマを描きたいですか? 文野 テーマはまだ決まっていないんですけど、『ミューズの真髄』でキャラクターの人柄が誤解されて読まれてしまうこともあったなと感じてて。私はキャラクターを描くときに、それこそお母さんや鍋島とか悪者として登場したキャラについても、個人的には悪者を描くぞ!と考えて描いてはいなくて。いい人とはいえないけど知っていくとかわいい人、いろんな抱えているものがあって悪者だと一概にはいえない人。どのキャラクターにも魅力があることを伝えたいのに、それを伝えることは難しいなって。だから、次はもっとちゃんと伝えたいです。 あふれ出るドキュメンタリーへの愛 ──話は変わりますが、文野さんには現在『logirl』でドキュメンタリーについての連載「文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~」を執筆いただいています。たしかSNSで「ドキュメンタリーのコラムどっかで書けないかな」とつぶやいていたのを見て、オファーさせていただいたのですが、ドキュメンタリーを好きになったきっかけを教えてください。 文野 一番最初はアルバイト先にサブカルチャーに詳しい先輩がいて、その方が原一男監督をすごい好きで、「『ゆきゆきて、神軍』は絶対に観るべきだ!」っておすすめしてくれたんです。それがきっかけでドキュメンタリーを好きになりました。 ──最初が『ゆきゆきて、神軍』なんですね! 濃いですね。そこからは、どんな順番で? 文野 そこから原一男監督の作品をいくつか観ました。そのあとテレビ局に興味を抱くきっかけがあって、『さよならテレビ』(東海テレビ)を。上京してからミニシアターに行けるようになって、特にポレポレ東中野が好きで、新作は全部チェックしていてすごいハマって、過去作品も観るようになりました。 ──中でも一番刺さったドキュメンタリーは? 文野 東海テレビの『ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~』がすごく好きです。それこそ一見すると悪役みたいな人がたくさん登場します。現実にいたら万人受けしない、マンガの主人公には絶対ならないようなキャラクターしか出てこない作品で。でも、単に悪者という描き方ではなくて、ちゃんと愛せるところがあるように映しているので、そのバランスがいい作品です。過激なキャラクターでもおもしろく映すことができるというのはすごいなと。 中盤で、理事長がカメラを回しているテレビ局の方に「金を貸して」と土下座するシーンがあって、それは衝撃的でした。撮られていることで、お金を貸してくれるかもしれないと思って頼むってけっこうすごいシーンですよね。普通はカメラと撮影対象者って交わらないものじゃないですか。それが交わることでおかしなことが起きてしまう、カメラの暴力性。ドキュメンタリーというものにおいてのカメラの位置、カメラが入っている時点でリアルではないということのひとつだと思うんですけど。それもあって、すごく印象的な作品だなと思いました。 ──東海テレビのドキュメンタリーは、対象者との距離感がおもしろいですよね。 文野 『さよならテレビ』も、カメラがあることでのオチがあるというか。 ──東海テレビの作品は、ほとんど観られているんですね。海外ドキュメンタリーはご覧になります? 文野 日本の方が撮っている『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』(テレビ東京)は好きで観たんですが、それ以外は、まだそんなに掘れていないですね。外国の方が撮られているとその国の文化や常識など、勉強不足のところがあるので。 ──たしかに日本人の視点があるかないかで変わりますよね。連載では、直近だと『水俣曼荼羅』に触れていました。ボクも作品を観たんですけど、正直いうと6時間は長かった……。文野さん6時間全部観たんだ、すごいな、と思ったんですよね。 文野 私は映画館で観たんですけど、6時間は余裕でした。1部で出てくる大学教授の方は“マッド”と言われていて、いわゆる世間がイメージする科学者像とは異なるし、3部ではいろんな人に恋をする素敵な女性が出てきたり、登場人物がすごく興味深くておもしろいんです。 ──そうなんですよね。ちなみに、ご自分で何か密着したドキュメンタリーを撮りたいと思ったことは? 文野 自分でドキュメンタリーを撮るというのは、あんまりイメージができないです。もし撮るとしたら、私は変な人が好きなので(笑)、刺激的な人に密着して、自分も刺激をもらいたいなって思います。 取材=鈴木さちひろ 撮影=まくらあさみ 文・編集=宇田川佳奈枝
Daily logirl
撮り下ろし写真を、月曜〜金曜日に1枚ずつ公開
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岡本望来(Daily logirl #247)岡本望来(おかもと・みく)2011年10月13日生まれ。大阪府出身 Instagram:miku_okamoto_official 5月15日(金)公開、映画『チェイサーゲームW 水魚の交わり』に林月役にて出演 撮影=時永大吾 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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近藤 華(Daily logirl #246)近藤 華(こんどう・はな)2007年8月6日生まれ。東京都出身 Instagram:hanakondo_official 5月8日(金)公開、映画『未来』に森本真珠役にて出演 撮影=NAITO ヘアメイク=井手真紗子 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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新帆ゆき(Daily logirl #245)新帆ゆき(あらほ・ゆき)福岡県出身 Instagram:araho_yuki X:@araho_yuki 撮影=石垣星児 ヘアメイク=Saya 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤 【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
BOY meets logirl
今注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開
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萩原 護(BOY meets logirl #066)萩原 護(はぎわら・まもる) 2003年7月9日生まれ、東京都出身Instagram:mamoru_hagiwara ドラマ『スピナーベイト』(フジテレビ)2026年6月放送開始映画『Man』2026年9月11日公開写真展『あの人と私』(弘重GALLERY)2026年5月19日〜24日開催 撮影=Jumpei Yamada(Bright Idea) 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
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TAMU(BOY meets logirl #065)TAMU(たむ)2002年7月30日生まれ、東京都出身Instagram:tamura_ryosuke_0730 撮影=まくらあさみ 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
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藤本洸大(BOY meets logirl #064)藤本洸大(ふじもと・こうだい)2005年10月6日生まれ、兵庫県出身Instagram:kodai_fujimoto_official 映画『終点のあの子』公開中EXドラドラ大作戦『CUT.編集された世界』2月7日(土)24:40〜放送開始Hulu『時計館の殺人』2月27日(金)配信開始 撮影=井上ユリ 編集=宇田川佳奈枝 【「BOY meets logirl」とは】 今、注目の「BOY」をピックアップし、撮り下ろし写真を公開します。
若手お笑い芸人インタビュー連載 <First Stage>
「初舞台の日」をテーマに、当時の期待感や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語る、インタビュー連載
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「子供のころのまま楽しく過ごしたっていい」M-1決勝に進出したカナメストーンが、ずっと友達でいられる理由|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44『M-1グランプリ2025』、敗者復活戦から勝ち上がり、ファイナリストとなったカナメストーン。結成15年、最後の挑戦で、初めてにして最後の決勝で披露した、かわいげと狂気がミックスされたネタで、視聴者に強烈な印象を残した。 中学時代の同級生で結成した彼らは、ずっと同居しながら、漫才を磨いてきた。漫才で人をゾクゾクさせたいというふたりに、M-1以前の歴史と、これからを語ってもらった。 【こちらの記事も】 「おもしろいと思ってる部分はずっと変わんない」ラストイヤーでM-1決勝に進出したカナメストーンの初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44 目次零士に見せるためにボケてた漫才で人をゾクゾクさせたいまだ倒せない『バスク』の壁「辞めたい」は、一回もない漫才が一番 零士に見せるためにボケてた 左から:山口誠、零士 ──カナメストーンのふたりは中学時代に出会ったんですよね。そのときからお笑いは好きだった? 山口 俺はまったくでした。サッカーばっかやってて。テレビは『所さんの目がテン!』と『DASH村(ザ!鉄腕!DASH!!)』だけ。 零士 あと、あれでしょ。『(いきなり!)黄金伝説。』 山口 サバイバルものは好きだったね。あと生き物とかね。 零士 このへんが山口にとってお笑い番組(笑)。俺はめっちゃお笑い好きの自負もあって。だからお笑いをまったく知らない山口が不思議すぎておもしろかったんですよ。 ──お笑いのセオリーを外れたおもしろさ。 零士 そうです。同じサッカー部だったんですけど、普段から「え、なんでそんなことすんの?」ってことばっかだったし、試合中もふざけるんですよ。 ──試合中にふざけるんですか?(笑) 零士 味方が攻めててベンチも全員ボールを目で追ってるときに、誰も見てないからって変な走り方するんですよ。俺はキーパーだったから全部見えるんだけど。 山口 零士だけに見せるためにやってた。 零士 で、俺が「やめろ! 怒られっから!」って小声で注意するみたいな(笑)。 ──零士さんは当時からいつか芸人になりたかったんですか? 零士 めっちゃ憧れてました。テレビで芸人さんたちが「いや、こないだ飲み行ったらコイツがさ……」みたいに話すのがうらやましくて。高校卒業のときに絶対に芸人になることは決めてて、山口としかやりたくないからずっと誘ってました。 ──山口さんはずっと断ってた? 山口 俺は零士と何かやりたいって気持ちはあったんですけど、同じくらいサッカーもやりたくて、大学でもサッカーをしてて。でも零士は卒業と入学のタイミングで毎回誘ってきてくれて。 零士 俺は高校卒業したらすぐ養成所に行くつもりだったんで、山口から「大学行くよ」って電話で言われたときはびっくりしました(笑)。急遽、高校からそのまま上がれる大学に行って。 ──山口さん待ちの大学生活。 零士 完全に待ちの4年間です。親には「ごめん。本当にお願いします。やっぱ大学入れさせてください。絶対4年で卒業するから」っていう約束して、行かせていただきましたけど。 漫才で人をゾクゾクさせたい ──大学時代は会ってたんですか? 山口 零士が2週間に1回(大学のあった)静岡まで遊びに来てくれるんですよ。 零士 コイツの気持ちを切らしたら俺の人生終わっちゃうんで……っていうか、一緒にいるのが普通に楽しかったんで。大学生なんていっぱい時間あるし。「あれ? お笑いやんなくても、今も楽しいのか」みたいな(笑)。 山口がプロテストを受けに行ったときは「落ちろ、落ちろ、落ちろ」って祈ってました。落ちてくれたんで「よっしゃ。NSCの願書を取り寄せたから」っつって。 山口 そこで俺もスパッとサッカーはあきらめましたね。もう完全にやりきった。お笑いもどんなもんかは知んないけど、なんか楽しそうだなと思ってたし。 ──大学時代も相変わらずお笑いは見てなかった? 零士 M-1見なよ、とは言いましたね。 山口 M-1教えてくれたの零士っす。2005年の見たほうがいいよって。 零士 ブラマヨさん(ブラックマヨネーズ)の回。すごかったから。 山口 「あの小杉(竜一)さんっていう太ったボケの人さ……」とかって話して。 零士 小杉さんってツッコミじゃないですか。それすら山口はわかってなかった。でもその感覚が斬新だし新鮮で、俺はおもしろかった。 山口 芸人になるって決めてからも、零士も「そのまんまでいいから」って言うんで、そのまんま行かせていただきますって。 零士 これは不思議なことで、マジでお笑いを知ってないほうが、おもしろいんですよね。だから山口には好きなことだけやっててほしかった。 山口 『DASH村』とか『黄金伝説』が好きで、映画とかもバンバン人が死ぬとか、内臓が飛び出すのが好きなんで、ネタでもすぐ死ぬとか生きるとかってやっちゃう。 零士 俺らがゾクゾクさせてもらったように、人をゾクゾクさせたいから。 ──敗者復活は、『エクソシスト』のテーマから始まる怪奇ネタでした。 零士 このネタも映画で見たピアノと一緒に浮いていくのおもしろいじゃんってところから作ったよな。 山口 ホラーってやたら少女だよね、みたいな。 零士 映画も一緒に観るんですけど、めっちゃおもしろいよなって思うところがだいたい同じで。こないだ観に行った映画も、おばあちゃんが若い子に嫉妬して殺しちゃうんすよ。で、殺したあと、昔習ってたバレエを急に踊り出す。それがめっちゃおもしろくて。 山口 車のライトに照らされながらな。 零士 怖いっていうより、おもしろくなっちゃうんですよね。 ──ネタ作りもふたりでやるんですね。 零士 絶対、ふたりでいるときしか作らないです。 ──ネタ帳に書いたりは? 山口 書かなくなりましたねぇ。 零士 書くと、文字に囚われちゃう。 山口 そうだね。だから動画だけ残して。それが消えたらおしまい。 零士 で、動画見返して「こんなおもしろいボケあったっけ? コイツらおもしろ」ってなってます。 まだ倒せない『バスク』の壁 ──話を戻すと、大学卒業後はNSCに入ったと。しかし5年くらいで辞めちゃうんですよね。 山口 吉本では全然劇場にも出られなかったけど、俺らも4、5年で少しずつウケるようにはなってて。まぁ小手先だったのかもしれないけど。 零士 それまではウケてないっていっても、俺らには技術が足りないだけで、いつか絶対まくれると思ってたんです。でも『バスク』っていうライブに出て、ちょっとヤバいってなって吉本は辞めました。このまま吉本にいても出番はないし、俺らは『バスク』に出るような芸人には勝てないと思って吉本を辞めました。 ──『バスク』は伝説的なライブです。Aマッソの加納さんと、阿久津大集合さんが主催されていた。 零士 そこで衝撃を受けたんですよ。街裏ぴんくさんとか本当にヤバくて。どっちかといえば俺らと同じ側の人間なんですよ。わけわかんないはずのネタなのに、めちゃくちゃウケる。それで「自分らはおもしろいけど、お客さんに伝わってないだけ」っていう言い訳ができなくなった。 山口 ぴんくさんにはトイレで初めて会ったんですけど、そのときは「なんだよ、あの……」。 零士 「でぶっちょ。太っちょ」って言ってて(笑)。「出番、俺らの前だけどいけんのか? 頼むぞ」とかふたりでふざけて言ってたら、ぴんくさんがバコーン!ってウケた。そのあとの俺らは萎縮してるからひとつもウケない(苦笑)。 ──以前、街裏さんにインタビューしたとき『バスク』でウケて自分は変わったって言ってました。人生で一番ウケたのが『バスク』だったと。 零士 やっぱそうなんすね。俺らは真逆です。あそこで俺らは全然ダメだって気づかされた。俺らと真空ジェシカ、Aマッソあたりが後輩っていうライブで、先輩がモグライダーさんとか、ななまがりさん、メイプル超合金さん、錦鯉さん、虹の黄昏さん……。 山口 あと、浜口浜村さんな。これだけは出しとかないと。 零士 そうなんだよね。すねちゃうから。 山口 浜村(孝政)さんがすねちゃうから。 零士 ははは。いや、でもすごいメンバーだったね。あそこであの人たちと出られてよかった。全員、全身全霊で笑わせに行く。みんなスタイルは違うけど「は? ふざけんな。俺らが一番おもしろい」っていう人たちが集まって、その熱が渦巻いてた。『バスク』で「一ウケ取りてぇ」って気持ちで作り続けてたらちょっとずつウケ出したんですよね。 山口 そうだね。とにかく人間を見抜かれるライブだった。 零士 お客さんって見てくるんだよね。小手先で言葉だけのなんかね、届かない。 山口 余裕こいてやってたら、見抜かれる。厳しいお客さんだった。 零士 たぶん、本当に濃い人が観に来てたんだよ。だってぴんくさんが爆ウケだから。今以上にわけわかんないことやってウケてるんだから、ヤバいよね。マジのおもしろいことでもちゃんと伝わるんかいって。 山口 しかもひとりで。 零士 ああいうヤバい人たちの近くにいて、ヤバい人たちに勝ちたいっていう一心でしたね。吉本辞めても、仕事がどうたらとかは一切考えてない。変な話「絶対まくれる」っていう自信はあったんで。 山口 いったんこの人らを倒さねえとなって。 零士 その先に「売れ」があるだろうなと思ってたな。まだ倒せてないけど(笑)。 「辞めたい」は、一回もない ──吉本を2015年に退所したカナメストーンは、ライブシーンでは台頭していくのに、なかなか賞レースに勝てなかったですよね。この賞レースで結果を出せない10年はどうでしたか。 零士 一番手前の意見でいうと「ライブとまったく同じお客さんがM-1の予選に来ればいいのに」って思ってました。 山口 そうだね。まぁでも俺らのパフォーマンスも、確実にM-1のときだけ違った。 零士 やっぱ“かかっちゃう”んですよね。俺らも緊張している上に、何十組も出てくるんで、お客さんも疲れちゃってる。 山口 いつもライブでやってるような、遊びの部分が俺らは大事なのに、ガチガチに固めちゃったり。逆に遊びだけのネタやってもゼロウケだし。 零士 もうどうしたらいいんだよ!(笑) なんか今年の対策法みたいなのが噂で回ったりして、それも気になっちゃうんですよ。今の自分だったら、みんなが噂に乗っかってるんなら、逆に違うことやればいいんだよって言えますけどね。でもみんな勝ちたいから、冷静じゃなくなる。大会も、お客さんも、俺らも変わっていく。なんならその日の天気でもウケ方は違うだろうし。 山口 運も大きい。 ──ただ、令和ロマンの2連覇があったせいで、賞レースは分析して対策すれば、優勝とはいわなくても、ある程度まで行けるみたいな風潮もありませんか。 零士 あれはもうダメです。俺、めっちゃ悔しかったんですよ。決勝に1回行くのもこんなムズいのに、2連覇しやがって。でもその悔しさがあって、2025年になんとか俺らも行ったなというのは正直あります。 山口 令和ロマンの2連覇で、現役でM-1に出てる芸人はいったんみんな完全に負けたもんな。 零士 M-1終わるのかなぐらいに思ってた。 ──たくさん悔しい思いをしてきて、芸人を辞めたいと思ったことはありませんか? 零士 それは一回もないっすね。 山口 「辞めたい」は一回もないね。 零士 たしかに俺らよりウケてる人なんていっぱいいたよ? でも俺らが一番おもしろいってずっと思ってたよね。こんなおもしろいふたりが辞めちゃダメだよなって。 ──カナメストーンが消えるのは、お笑い界の損失。 零士 いや、ホントそうですよ。ふたりでずっと言い合ってるめっちゃおもしろいことを証明したかったんです。今ももっと広いとこで通用すんのかって気持ちで毎日過ごしてます。 漫才が一番 ──やっぱり不思議なんですけど、コンビとして15年、しかも同居し続けていて、息が詰まることとかないんですか。 零士 ないです。それはウケてるからだと思いますね。スベる日もあるけど、ゼロ笑いのことはないんですよ。 山口 うん。 零士 最初のウケない5年間が長かったし、あの時期でも腐らずにやれたんだから、笑ってくれる人がいる今は辞める理由なんかないじゃんって。 山口 同居もまぁ寝るときだけ別だったらよくて、それ以外はずっと一緒にいる。 零士 寝るのはどっちも好きだから。っていうか、中学生のときって仲いいやつとずっと一緒にいたかったでしょ? ──たしかに。 零士 俺らからしたら、なんで一緒にいて楽しいのに、大人になっただけで離れちゃうんだよって思うんですよ。「大きくなったら一緒に住もうよ、めっちゃ楽しそうじゃん」って、みんな言ってるはずなんですよ。子供のころのそれを今もやってるだけ。だから示したいっすね、「それをやったっていいんだ」って。 山口 でも本当の友達じゃないと難しいんだと思うよ。俺らは絶妙なバランスで。それは言葉では説明できない何かだけど。 零士 いや、マジでそう。 ──最後になりますが、M-1が終わった今、今後のことって考えますか? 零士 昔は「テレビスターになりたい」ってインタビューで言ってたこともあるんですけど、そこはちょっとずつ変わってきてて。漫才というものがすごく大事なものになってきてるんですよ。 山口 そうだね。漫才が一番ジャマされないぞみたいな。 零士 普段ジャマされてる人の言い方になってるよ(笑)。でもたしかに俺らだけを見てもらえる時間っていう意味でも、漫才は一番大事。もちろん、収録でも取材でもお仕事もらえたら全力で応えますけど、それも全部漫才に返ってくればいいなって思ってます。テレビで知ったら、漫才を観に来てください。 ──吉本芸人だと全国各地に劇場があって、漫才を続けることが現実的だと思うんですが、カナメストーンはどういうイメージですか? 零士 事務所の先輩にナイツさんがいて、漫才で全国回ってるんですよ。こんな近くにいいお手本がいるんで、そこは心強いです。こないだもお話しさせてもらって、未来が明るくなりました。背中追わせてくださいって感じですね。 山口 ナイツさんって漫才とラジオだもんな。 ──たしかに理想的な活動ですね。 零士 そうなんですよ。好きなことやってる。しかもその一方では漫才協会でちゃんと後輩も育ててる。その上、M-1の審査員もやってるし。 山口 すごいよな。 ──漫才協会に入る可能性も? 零士 こないだその話にもなりました。そのとき初めてちゃんと考えたんで、今後気持ちが動く可能性はありますね。たぶん、今俺らが浅草に出ても、ウケないんですよ。 山口 年齢層が違うから。 零士 ママタルトの檜原(洋平)が言ってたのは、今ライブに来てるお客さんと一緒に年取ったら、俺らもお客さんもおじいちゃんおばあちゃんになってウケるよって(笑)。たしかに40年後とかに「りくりゅうペア」って言ったら、「あったなぁ!」ってめっちゃ笑うじゃないですか。それは理想っすね。おじいちゃんになっても漫才する。 山口 最高だね。 零士 漫才やって、ウケて、今日も飲むぞ〜っていつまでもやりたいね。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 カナメストーン 山口誠(やまぐち・まこと、1986年6月24日、茨城県出身)と零士(れいじ、1986年12月19日、茨城県出身)のコンビ。2010年結成。『M-1グランプリ2025』決勝進出。Podcast番組『カナメストーンのカナメちゃん村』は毎週土曜日更新。YouTubeチャンネル『しゃれこめカナメストーン』は、毎週金曜日21時+不定期更新、月に1回生配信も。 【後編アザーカット】
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「おもしろいと思ってる部分はずっと変わんない」ラストイヤーでM-1決勝に進出したカナメストーンの初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44結成15年以内。それが『M-1グランプリ』、唯一の出場資格だ。「ラストイヤー」と呼ばれるその年に、涙を飲むものもいれば、拳を上げるものもいる。2010年結成のカナメストーンは、後者だった。 2025年のM-1、彼らはラストイヤーで初めて決勝に進出した。しかも敗者復活戦で勝ち上がって。 芸人仲間から愛され、お笑いファンに待望されたカナメストーンの決勝進出。初めてのM-1決勝戦、そして芸人としての初舞台について聞いた。 若手お笑い芸人インタビュー連載<First Stage> 注目の若手お笑い芸人が毎月登場する、インタビュー連載。「初舞台の日」をテーマに、当時の高揚や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語ります。 目次敗者復活の脳汁を超えることはない「芸人って熱いんですよ」M-1決勝、悔しさは一瞬ウケないのは、つまんないからじゃない 敗者復活の脳汁を超えることはない 左から:山口誠、零士 ──ラストイヤーでようやくM-1決勝に進出しました。その後、いかがですか? 零士 なんていうんですかね。まわりの見る目が変わったともいえるし、自分らがのびのびできるようになったっていうのもあるし。まぁ両方かな。一回決勝行って、完全に人生の幸福度は上がりましたね。 山口 そうだねぇ。 零士 自分らのラジオのコーナーに決勝で7位だったことに関するコーナーがあるんですけど、その文言を読むときに「『M-1グランプリ2025』決勝7位だったカナメストーンが……」って読んだとき「え、7位!? 俺ら7位なの!?」って新鮮にうれしくなって。 山口 あれから2カ月以上経って、ちょっと忘れかけてたけど。 ※取材は2026年2月末に行われた 零士 あのセットの中で漫才やったんだもんな。 山口 しかも敗者復活で上がって。なんなら「敗者復活までは優勝してた」って言われて。 零士 ああ、そうね。千鳥の大悟さんに「あの日夕方まではお前らが優勝」ってすごい言葉をいただいて。夕方まで優勝。本当に人生で一番興奮したんじゃないかな。 山口 そうだね。敗者復活の票の読み上げを陣内(智則)さんがやるんですけど、ミキとカナメで2票ずつになって、最後の1票。「ヤバいヤバい。行け行け行け行け」って。 零士 「頼む、頼む、頼む!」って(笑)。 ──脳汁ヤバそうですね。 零士 あれはヤバいっす。俺らパチンコ好きですけど、パチンコが楽しくなくなるぐらいの脳汁が出ました。マジでパチンコどころの騒ぎじゃなかった。だって、言ったら15年ギャンブルやってるようなもんじゃん。15年ずっと外れ続けて、最後の1回転でわーって吐き出された。 山口 投資して、投資してようやく。 零士 バコーンって来て。あれ以上の脳汁は出ないかもしれない。どうなんだろうな。 ──たしかにこれから『THE SECOND~漫才トーナメント~』も始まりますが、あれはまた違いますもんね。 零士 でも『セカンド』もM-1決勝行ってない状態で出てたらまた今と違う気持ちだったと思うんすよ。もっと楽しめてなかった。今はすごく楽しめそうですけど。 山口 そうだね。先輩たちと戦えるのが楽しみ。 零士 でも、人生で一回も大きな大会で決勝に行ってなかったら、今みたいには楽しめてないんだろうなってめっちゃ思いますね。でも、あのときは去年の準決勝のときとか、敗者復活のときですら「何がなんでも決勝行かないとヤバいぞ」なんて気持ちはまったくなかったんですよ。 ──気負いはなかった。 零士 はい。敗者復活の前は「よっしゃ。俺ら地上波でウケるじゃん」って感じで行けたんで。なんかね、よかったよね。 山口 いや、よかったよ。楽しかった。 零士 なんか本当にラストイヤーだけ楽しい気持ちでできたんですよ。 ──それまでM-1は楽しくなかった? 零士 M-1だけはダメでしたね。日々のライブはすごい楽しくできてるのに。ふたりとも負けず嫌いだからM-1になると「負けたくねえ」が先行しちゃって、僕らのいい部分みたいなのが隠れちゃうというか。でもラストイヤーは開き直れたんですよね。 「別にさ、芸人ダメだったら工場で働きながらふたりで暮らしていけばいいから」って、それまでもずっと言ってたんですけど、その気持ちに本当になれたのが去年だった。変なもんで、そしたらやっとうまく伝わりましたね。 「芸人って熱いんですよ」 ──そもそも準決勝も初めてだったわけですよね。いかがでしたか。 零士 準々決勝と同じネタ(決勝でもやった「ダーツの旅」をモチーフにしたネタ)だったんですけど、準々のときのほうがウケてるなぁっていうのはありましたね。でも、まわりの評判はよくって「あれ? これ決勝行けるかもしれないぞ」とは思ってて。 山口 生配信を仲間が見てくれてて、オズワルドの畠中(悠)とか元ダイヤモンドの野澤(輸出)が「これは行ったぞ」って言ってくれたんで。ラストイヤーの黒帯が先に出て、次俺らでな。 零士 そうだ! 忘れてた。何してくれてんすか、テレ朝さん! ラストイヤー並べるなんてこんな酷なことないよ! 山口 ラストイヤーを並べるって絶対仕込みじゃないですか。 零士 香盤見たとき、「じゃあどっちか行かすんじゃん」って思ったよな。 山口 どっちも落ちた! 零士 あーはーはー!(笑) 黒帯もずっとおもしろかったけどな。 ──『アナザーアナザーストーリー』で、最後のファイナリストのたくろうが読み上げられた瞬間、見つめ合ったふたりが印象的でした。 零士 あぁ。あそこ映ってないすけど、握手もしてたんすよ。 山口 「ありがとう」って握手してた。 零士 あのファイナリスト発表の場にずっといてぇと思ってた。そこにいられたから、結果ダメだったけど「来たよね、俺らここまで」みたいな感じだったんすよ。 山口 そのあと零士も泣かずに済んだし……。 零士 いや、泣いた。 山口 泣いてた!(笑) 零士 「今日」負けたことが悔しかったんですよ。 山口 はっはっは。決勝行かないと終われないって。 零士 いや、やめて(照)。本当にあの漫才で、今日負けたことが悔しくて。普段だったら、「いつも全国を一緒に回ってる真空ジェシカとママタルトが決勝行ったのに俺らは……」とか「後輩が行ってるのに悔しいな」とかあるんですけど、あの瞬間はそういう情けなさはなくて、あの日あの漫才で負けたことが悔しくて泣いちゃいましたね。 山口 はっはっは。 ──でもそのママタルトの大鶴肥満さんから「敗復があるから」って励まされてましたね。 零士 そこで初めて敗者復活のことを思い出しましたね。あの日負けて家まで帰るとき、最寄り駅が一緒のカベポスターの浜田(順平)といたんですよ。そしたら浜田が「すいません、今日はひとりイヤです。どうですか、カナメさん」って言ってきて。もともと仲いいんで「飲もう飲もう!」ってことになったんです。 そしたら畠中と野澤、あと鶴亀の古賀(充泰)も来てくれて。そこで「絶対、カナメは敗者復活行ける」って言われて、そこで作戦会議を開いてくれたんですよ。敗者復活はこのネタで行こう、最後のくだりはこっちにしようみたいな。だから準決の夜にはもう全部固まってて、その夜から何も変えてない。だからやっぱ魂込もってたんですよね。 ──いい話だ……。 零士 熱いんすよ、芸人って。特にここまで残ってきてる芸人って、いいヤツしかいない。だから繊細だし、傷つくことも多いけど。 山口 野澤なんて泣いてくれてたし。 零士 野澤は1回行ってるんでね、カナメにも行ってほしいって熱くなってくれてましたね。 M-1決勝、悔しさは一瞬 ──初めての敗者復活戦はどうでしたか? 山口 マジでね、なんかあの会場が居心地よかったです。なんでだ、って思ってたんですけど、あそこ地下3階なんですよ(EX THEATER ROPPONGI)。だからだったんですよ、いつも地下の劇場でやってたから、居心地よかったんだって。 零士 山口がそれ言ってたんで、最後決勝に送り出されるときに「行ってきます」が出たんすよ。あれは「地上に行ってきます」でした。 山口 あの「行ってきます」はよかったね。 零士 あれしかなかった。敗者復活なんていつもライブで一緒のメンバーばっかりだしね。 ──でもそうなると、テレビ朝日のスタジオはやりづらかった? 山口 なんだ! ここは! 零士 明るすぎる!(笑) もうちょい暗くして……。セットもうちょっと鈍い色にして。 山口 上戸……彩……? 零士 神々しい! 人も光ってる! ──(笑)。でもたしかにリハーサルもないまま、いきなりあのステージ、あの緊張感でネタをやるって大変ですよね。 零士 そうなんですよ! だからマジでネタ飛ぶかと思いました。出ていくところで泣きそうになってるのに、自己紹介して「頭下げなね!」とか言って、そこまでは、よしよしよしって言ってたんですけど、「はい、どうしたの?」って山口のほうを見たとき「審査員こんなにいんの!?」って(笑)。 山口 そこで初めて審査員が零士の視界に入った。 零士 そうそうそう。マジでそっぽ向いてくれって思いました(笑)。リハーサルしてればそれも全部わかったんでしょうけど、何もわかんないまま出ていってるから。だから今年のM-1は敗者復活の人をめっちゃ応援するんだろうな。 ──敗者復活勢へのアドバイスはありますか。 零士 その勢いのまま楽しめばいいよって思います。 山口 それしかない。作戦練ったとしても通用しないんだよな。たぶん飛んじゃうと思う。 零士 つべこべ考えてないで、やってやるぞっていう気持ちを本番まで日々高めるだけでいいような気がします。そういう気持ちが全部出る舞台なんですよ。 ──結果は7位でしたが、悔しさはありましたか。 零士 悔しいは一瞬あったんすけどね、でもほぼないんすよ。 山口 もう一瞬だけでしたね。「あ、7位? あれ?」っていうのは。 零士 順位よりも自分らの感覚がどうだったかのほうが大事で。そこはベストだったんですよ、敗者復活も決勝も。 山口 ベストが出たね。 零士 ただ……強いて言うなら、もう1年出られたら俺らどうなったんだろうはあります。決勝に出たことで、今までより絶対に知ってもらえたと思うんで、その状態でまた出たらどうなるんだろうって。 山口 まあね、それは考えちゃう。 零士 結果に悔しいとかではないですけど。 ──難しいですね。最後だから思いきりできたともいえるし。 零士 そうなんですよねぇ。まぁ俺たちも「勝ち逃げだ」とは言ってて。 山口 気持ち的には本当優勝ぐらい。今までの俺らの人生からしたら。 零士 そうそう。できすぎだよ。 ウケないのは、つまんないからじゃない ──15年かけてM-1決勝までたどり着いたカナメストーンの初舞台は覚えていますか? 零士 めっちゃ覚えてます。僕らは中学の同級生で、一緒にNSCに入ったんですけど、そのときですね。ネタ見せで「お前らおもしろいね。外のライブ出ようか」ってなったのが最初。NSC主催で、笹塚の劇場でした。 山口 めちゃくちゃウケて。 零士 ううん! なんなら5年間ぐらい1回もウケてない(笑)。 山口 そっか。舞台に出てったときだけちょっとな。ふたりで並んで出てったら「ふふふ」みたいなのは聞こえて、「あ、これウケる」って思ったんだけど……。 零士 それはね、「変な気持ち悪いのが来た」みたいなリアクションだよ。しゃべり出したら「何言ってんの?」って感じでまったくウケない。 山口 その状態が4〜5年続いたんですよ。 零士 養成所内ではウケてたからライブには出られたんすよ。でもお客さんの前ではゼロ笑い。 ──どんなネタだったんですか。 山口 一番最初はジョン・レノン。 零士 ジョン・レノンとリンゴ・スター。有名人を憑依させてみようっていうネタで山口がジョン・レノンなんだよね。 山口 そう。 零士 で、俺がリンゴ・スターで「なんでお前だけ主役なんだよ!」みたいな。「え、いいの? 俺は裏(拍)打ってればいいの?」みたいな。 山口 はっはっは。 零士 なんかかわいいことしてましたよね。ウケるわけない。 ──でも養成所で芸人にはウケたんですよね? 零士 そうなんですよ。やっぱ芸人って変なこと好きなんですよ。 山口 意味わかんねぇことしてたらウケる。 零士 みんな芸歴を重ねて、意味わかんないけどおもしろいことと、お客さんにちゃんと伝わるようにすることを、うまくバランス取っていくんですけどね。最初のころは、ウケないのをお客さんのせいにしちゃうんです。だからあのころは怒ってばっかりいました。 山口 人のせいにして。 零士 すぐ人のせいにする(笑)。だからふたりで仲よくやっていけるんですけどね。どっちかのせいには絶対しない。 ──お客さんにわかりやすいことをやってウケる同期もいるわけですよね。そっちに合わせようとは思いませんでしたか? 零士 それはなかったですね。ウケることへのうらやましさはありながら「絶対いつかまくれる」って気持ちだったから。 山口 俺たちのままで行けるって。「俺らつまんねえんだ」と思ったことは一回もないです。 零士 ウケないのは、つまんないからじゃなくて、伝わってないんだよねって。わけがわからないと思われてるだけ。だから、ちゃんとわけわかるようにしようってことはいつからか思うようになりました。 たぶん、おもしろいと思ってる部分はずっとふたりとも変わんない。ネタの作り方だけ「どうやったらわかってもらえんだろう」で丁寧になっていきました。いまだに畠中とかに「え……全然意味わかんないです」って言われますから(笑)。「こんなに丁寧に説明してるのに!?」って思いますよ。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 カナメストーン 山口誠(やまぐち・まこと、1986年6月24日、茨城県出身)と零士(れいじ、1986年12月19日、茨城県出身)のコンビ。2010年結成。『M-1グランプリ2025』決勝進出。Podcast番組『カナメストーンのカナメちゃん村』は毎週土曜日更新。YouTubeチャンネル『しゃれこめカナメストーン』は、毎週金曜日21時+不定期更新、月に1回生配信も。 【前編アザーカット】 【インタビュー後編】 「子供のころのまま楽しく過ごしたっていい」M-1決勝に進出したカナメストーンが、ずっと友達でいられる理由|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44
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R-1決勝敗退で涙し、M-1決勝敗退で大喜び…? 賞レースを駆け抜けた、おいでやす小田のこれから|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#43今では切れ味鋭い大声量のツッコミで知られる、おいでやす小田。しかし彼が芸人になったのは、意外にもダウンタウンへの憧れからだったという。 コンビ活動はうまくいかず、芸人として実力をつけるためにピンに転向。それから苦しい日々が待っていた。 その後、ピン芸人として力を蓄えた彼は、即席ユニットで臨んだ2020年の『M-1グランプリ』で、準優勝を飾る。 おいでやす小田に、逆転までの孤軍奮闘を振り返ってもらった。 【こちらの記事も】 「すべてが初めてすぎて、緊張とかいう次元じゃなかった」おいでやす小田の初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#43 目次相方にナメられてた6年連続、セミファイナル敗退のつらさ痺れた初舞台と、人生で一番ウケた日M-1決勝は「漫才」を背負わされる恐怖 相方にナメられてた ──小田さんはピン芸人ですが、もとはダウンタウンに憧れて、コンビでの活動を模索していたんですよね。 小田 そうですね。最初は2001年にモンスターエンジンの西森(洋一)と組んで、次は今、(吉本)新喜劇に所属している(奥重)敦史と「土瓶」というコンビを組みましたね。それが4年半で一番長い。その後もいろいろ組んでましたけど、2008年にピンになりました。 ──土瓶は4年半も続いたのに、なぜ解散したんですか。 小田 続いたのは、僕の思いどおりにできたからですね。敦史がホンマにいいヤツなんで。ただ、当時は吉本の劇場には全然立てなくて、地下ライブばっかり。地下ライブってダラダラできて楽しいんですよ。 でも4年も経つと、このままではアカンなと思ってきた。当時一緒に出てたのが先輩のスーパーマラドーナさん、とろサーモンさん、元相方の西森が組んでたモンスターエンジンあたり。まずはそこに勝たなアカン。それで「覚悟を決めよう」って敦史と話し合いをしたんです。「俺は同世代一のツッコミになる覚悟がある。せやから敦史もボケとして勝つ自信ないんやったら辞めよう」って。 ──アツいですね。 小田 ほな、1週間後に電話かかってきて「解散しよ」って言われましたけど(笑)。ビックリしましたよ。僕は「もっとがんばろう」ってハッパをかけたつもりやったんで。「続ける/解散」の2択だとは思ってなかった(笑)。まあそれで結局解散しました。 ──それからピン芸人ですか。 小田 いや、地下芸人まわりでも2〜3回組みました。でもネタ合わせはすっぽかされるわ、ネタ書いてくるって言って書いてこないわ。西森とか敦史とは違って、組んだ相方にナメられてた。 ──それは腹が立ちますね。 小田 いや、でも僕はそんとき気づいたんですよ。これ、僕のせいやなって。 ──なぜ? 小田 僕がナメられてるから遅刻されるし、ネタも書いてもらえないんです。だったら自分がおもしろくなって世に出るしかない。この状況をひっくり返すしか、ナメられんようになる方法がない。それでピンになりました。ピン芸人を辞めるときは、お笑いを辞めるときだと覚悟してました。 6年連続、セミファイナル敗退のつらさ ──ピン芸人としての目標は『R-1ぐらんぷり』ですか。 小田 もちろんそうです。今思うと、ピンになるまではカスでした。コンビ時代はインディーズで、メンバーもお客さんもみんな知ってる人で楽しいだけ。お金はないですけど別にバイトすればそれなりに稼げるし。もうサークル感覚です。ぬるま湯に浸かってたなってそこで気づけたのはよかったですね。 ──しかし2009年から2015年まで、6年間ファイナリストになれなかった。 小田 ああ、そうでしたね。あの時期は地獄でした。人生で一番つらかったんじゃないですかね。正直、あのときのことはあんま覚えてないです。関西のテレビ番組で1年間レギュラーをやらせてもらったり、劇場ではピン芸人ではかなり優秀なほうやったけど、もう全部忘れた。つらいのが、2010年から6年連続で準決勝敗退だったことで。 ──あと一歩のところで逃し続けた。 小田 人によって違うでしょうけど、僕はあと一歩で負ける、しかもそれが続くことが最大に苦しいと思いましたね。一番しんどかった。 ──でもレギュラー番組があったり、ピン芸人で劇場レギュラーになったり、まわりの芸人からナメられないくらいの評価は得たんですよね。 小田 それはうれしかったでしょうけど、R-1の悔しさが100倍ぐらい上回ってましたね。当時は劇場のお客さんだけ笑かしても、外には通用しないって勝手に思っちゃってましたから。今思うと、どっちが上とか下でもないと思うんすよ。種類が違うだけで。そのときは劇場で僕よりも下のランクの子がR-1の決勝にボンボン行き出して、R-1で勝てないことがコンプレックスになって。もう全否定されたような気分でした。 ──その悔しい時期を耐えて、なぜ2016年はついに決勝に行けたんだと思いますか。 小田 それはもう2015年のR-1で負けたとき、次も決勝に行けなかったら芸人を辞めると決めたからです。辞めないために決勝に行く。1年間、そのための準備だけやってた。 ──どんな準備ですか。 小田 とにかくネタを舞台にかける。だからまず舞台数を増やすために協力してくれる人を探してました。辞めるって決めたら、なりふり構ってられない。それで劇場のスタッフさんや作家さんにもいろいろお願いするようになりました。人生で一番人に迷惑かけた1年だったと思います。感謝しかないですね。 痺れた初舞台と、人生で一番ウケた日 ──苦労してようやくたどり着いた2016年のR-1決勝、その初舞台はどうでしたか。 小田 とんでもない緊張でしたね。呼吸もうまくできないですし、足が痺れて立ち上がるのもやっと。酸欠やったんですかね? イスを置いて座ったり立ったりするネタやったんですけど、後半はもう気力だけ。脳から足に伝達が行かない。ずっと震えてました。 ──今回の取材にあたって当時の映像を見直しましたが、気づきませんでした。 小田 そこはまぁ努力というか研磨して、オートでできるぐらい練習しましたから。そうじゃなかったらリズムが狂ってたんじゃないですか。 ──ブロック予選で破れましたが、初決勝で優勝を狙ってましたか。 小田 はい。もちろん。 ──それで負けてしまった。それは絶望ですか? それともとりあえず芸人を辞めずに済んだ安堵が勝る? 小田 うーんとね、めちゃくちゃうれしかったですよ。念願のR-1に出られて最高の日でした。たしかに優勝するつもりでしたけど、自分の直前に出た(ハリウッド)ザコシショウがむちゃくちゃやってスタジオを焼け野原にして、別の大会みたいになってましたから。そのままザコシショウは優勝まで行ったわけで、僕は圧倒的に負けてるんでしょうがない。晴れ晴れとした気持ちでしたね。ザコシショウのあとでも、まったく乱れんとネタもできた。万々歳やろ、と。 ほんで、次の日の新幹線でもずっと機嫌よかったんですけど、最後、京都ぐらいに来たとき初めて「あれ? ホンマはもうちょっとなんかできたんちゃうかな」と思ったんですよね。ネタに入る前、直前のザコシショウのネタに触れてもよかったかもしれん。ネタ中には思いもよらん対策があったんじゃないか。何を俺は大満足して帰ってるんやって最後の最後で思った。そっからめちゃくちゃ悔しくなって、新幹線でボロボロ大泣きしました。 ──その雪辱戦となった2017年は、また準決勝で破れます。準決勝で負けるのが一番つらいと言っていた小田さんが、よく立て直して敗者復活で勝ち上がりましたね。 小田 いや、このときは敗者復活に自信あったんですよ。準決勝のネタの仕上がりがまだ85%くらいの感じやって、突破できなかった。まわりからは「あれで落ちたん? 文句言ったほうがええで」って言ってもらえるくらいの出来ではありましたけど、自分としては落ちる要素を15%残してたんで、しょうがないと思えた。それに敗者復活の日まで2週間あったんで、そこで100に持っていく自信がありました。 実際、あのときの敗者復活戦は、人生最高の舞台やったかもしれないです。完璧でしたね。もうすべて思いどおり行きました。 ──決勝と同じネタですか? 小田 まったく同じです。でも出来が全然ちゃうんです。僕のネタってピン芸人には珍しいツッコミ芸のコントなので、演技で見せたり、間を溜めてひとこと言うとかもなくて、とにかくお客さんとのリズムが大事。波の満ち引きがあるなかで、呼吸を合わせんとズレるんです。ひとりコントではあるけど、ちょっと漫談に近い。決勝ではそこがうまくハマらなかった。 でも敗者復活戦は、すべて完璧でした。それまでの2週間、100まで持ってくために舞台をたくさん踏んで、ホンマにギリギリ最後の最後、あの舞台で完成したんですよ。あれは最高でしたね。 M-1決勝は「漫才」を背負わされる恐怖 ──ピンで活動してきた小田さんのブレイクのきっかけが2020年の『M-1グランプリ』です。同じくピン芸人のこがけんさんと組んだ「おいでやすこが」で決勝進出。即席ユニットのファイナリストは初の快挙でした。R-1同様、初めてのM-1決勝は緊張したんじゃないですか。 小田 いや、M-1は緊張ゼロです。もうゼロもゼロ。本業じゃないですから。ラッキー以外の何物でもなかった。 ──憧れていた松本(人志)さんの前で漫才をするのに……? 小田 いや、別に漫才は本業じゃないんで、もし評価低くされても関係ないです。別に漫才やし、普段やってへんし、と思ってました。だからあんな点数が出るなんて想像もしてなかった。 ──「これで人生変わるぞ」って気合いが入るとかでもなく。 小田 まったく。「トップバッター引いてくれ!」ってふたりで言ってましたから。僕らが前説代わりに大会を盛り上げて、あとは本業のみなさんどうぞってしたかった。僕らは色物なんで、当然の心境なんですよ。あと逆にR-1に普段はコンビだけどピンで来る芸人も「僕らは盛り上げるだけです」と言うんで、それのM-1版です。ほかの漫才師と闘ってる気持ちも全然ない。 ──さすがに高得点を叩き出して、2本目ができるとなったときは「優勝するかも」って期待も生まれたんじゃないですか。 小田 いや、逆に「優勝せんといてくれ!」と思ってましたね。漫才を一生やってくつもりはないから、漫才の十字架を背負わされたら……と思ってゾッとしてました。勝手に次の「漫才の顔」にされそうっていう怖さ。やめてくれって感じでしたね。 だから僕「優勝、マヂカルラブリー!」って発表された瞬間、飛び跳ねて喜んでたんですよ。賞レース史上初めてじゃないですか。ギリギリで負けて「やったー! よかったー!」って(笑)。 ──あのM-1から5年が経ち、仕事も安定的に活躍していますね。これからやってみたいことはなんですか。 小田 なんでもやりたいですけど、まずナレーションです。 ──ナレーション、ないんですか? 小田 いや、ないでしょ。僕の声をナレーションで聞いたこと。 ──たしかに具体的には思い出せないですが……。 小田 ほら、ないやん(笑)。ずっとナレーションの仕事したいって言ってるのに来ないんですよ。やりたいのは、ロートーンのナレーション。 ──いわゆる「おいでやす小田」っぽい大音量の絶叫ではなく。 小田 僕ってわからないくらいのロートーンでしっとりしたナレーションがしたいです。昔からお笑い芸人に憧れると同時に、そういうナレーションをかっこいいなと思ってて。NBAが大好きやって、その年のチャンピオンチームのドキュメンタリーとか観てたんですけど、それの日本語訳をしてるナレーションの方に憧れまくって家でマネしまくってたんです。試合の解説とかじゃなくて、ドキュメンタリーのナレーション。むちゃくちゃやりたいです。ずっと言うてるのに全然来ない! ──この記事でも引き続き伝えていきます。 小田 ぜひお願いします。お笑いの仕事でいうと、やっぱりダウンタウンさんと3人だけで仕事がしてみたいですね。まぁ叶わない夢とは思いますけど、それが叶えばお笑い始めた意味があったのかなって。お笑いにおいて、これ以上うれしいことはないなと思います。 ──最近は役者としての仕事もされていますよね。 小田 ドラマの現場は楽しいんで、毎クールやりたいくらいです。仕事してる感というか、達成感があるんですよ。迷惑かけられないから自由にはできない。言われたとおり、台本どおりにしゃべる。「仕事したなぁ!」と思いますね。 ──お笑いの現場とは違う? 小田 まったく違いますね。特にバラエティ番組は好きにやってるんで、半分仕事と思ってないですから。 文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平 おいでやす小田 1978年7月25日、京都府出身。2000年、NSC大阪校に23期生として入学。2008年からピン芸人として現名義で活動。『R-1ぐらんぷり』は2016年の初決勝進出から5年連続でファイナリストとなる。2020年、同じくピン芸人のこがけんとともに組んだ「おいでやすこが」でユニットコンビとして初めて『M-1グランプリ』ファイナリストとなり、準優勝。YouTubeチャンネル『おいでやす小田 どストレートチャンネル』の企画「『芸人の幸せ』ってなんですか?」は、『幸せってなんですか? おいでやす小田と14人の芸人が本気で考えてみた』として書籍化もされた。同チャンネルは最近、2023年に始めた趣味のゴルフ動画中心になっている。 【後編アザーカット】
focus on!ネクストガール
今まさに旬な、そして今後さらに輝いていく「ネクストガール」(女優、タレント、アーティスト等)を紹介していく、インタビュー連載
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映画『90メートル』ヒロイン・南琴奈──「もっとかわいく」演出と向き合った日々#22 南 琴奈(後編) 旬まっ盛りな女優やタレントにアプローチする連載『focus on!ネクストガール』。 南琴奈(みなみ・ことな)。2020年、Mr.ChildrenのMVなどへの出演から芸能活動を開始。ドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(2023年/Netflix)への出演を契機に、俳優活動も本格的に始める。以降、映画『アイスクリームフィーバー』(2023年)、『ミーツ・ザ・ワールド』(2025年)、『終点のあの子』(2026年)やドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』(2025年/フジテレビ)などへの出演を重ね、映画『夜勤事件 The Convenience Store』(2026年)では初主演を務める。今春公開される映画『90メートル』への出演を控えている。 インタビュー【前編】 目次“ガツガツ系”ヒロインは、アドリブもたくさん楽器、料理、陶芸──プライベートではあれこれ試したい “ガツガツ系”ヒロインは、アドリブもたくさん ──最新作の『90メートル』の話を聞かせてください。脚本をもらったときの印象はどうでしたか? 南 印象……んー、でも、すごく簡単な言葉になっちゃってイヤだな(笑)……なんだろう? ──役柄的には、普通っていうとあれですけど、さっき話されたみたいに、今回すごくキャラクターが濃いということでもないと思うんですよね。どんな感じなのかな?と思って、ストーリーを含めて。 南 そうですね……ストーリー、感動するなって思いました。 ──たしかに。クランクインをして撮影していくなかで、印象に残っている出来事はありました? 南 私は基本的に「藤村佑(たすく)」くん(山時聡真)とのふたりのお芝居か、学校のバスケ部でのお芝居だったんですけど。基本的にはふたりのシーンが多くて。山時くんも現場で言っていたんですけど「昨日はお母さんとの撮影がすごく大変で。バスケ部のシーンを楽しみにがんばったんだよね」とか。私には(それを聞いて)もう想像することしかできないから「お疲れさま」と思って。実際に(大変だったという)そのシーンを観るのを楽しみにしていました。 中川駿監督からは「ここはふたりのアドリブでやってみて」と任せてもらえることが多かったです。なので、合間にもいろいろとコミュニケーションを取ったりして……「きっとこのふたりだったらこうするんじゃないか」みたいなのを、なんとなく考えながら。考えて、でも考えすぎもせず……とにかく楽しい空気感を出せたらいいなと思って、ニコニコしていました。 ──アドリブのシーンが多いという感じですか? ふたりのシーンでは。 南 そうですね。ちゃんと台本はあるんですけど、台本にないところのセリフはもう全部、自分たちのアドリブで。そのときに思ったことを言っているんです。 ──佑くんに、きっかけを与えるような、導くようなところもある杏花さんの役柄。もし実際に佑くんのような友人がいて、南さんが接するとしたら、どうしますか? 南 そうですね、まあ、佑の出方にもよるんですけど(笑)。向こうがどれだけ心を開くか……でも私だったら杏花みたいにはガツガツ聞けないような気もして。ガツガツって言い方もあれですけど……杏花は本当に純粋な気持ちで、本当に力になりたくて、本当に気になって聞いているとは思うんですけど。私だったら、逆にいろいろと考えすぎてしまって「あ、こうやって聞かれたらイヤかな……?」とか。そんなのは聞いてもいないからわからないのに勝手に想像しちゃって、あまり聞けなそうだなというのが、リアルなところなんですけど。だから杏花はすごいなと思っていて。話を聞くことにはけっこうな責任が伴う気がするし。人の私生活とかプライベートすぎることに……。 ──わりと踏み込んでますもんね、杏花は……。 南 そうですね。だからもし私だったら、聞ける勇気があるのかなと思って。 ──佑を演じた山時さんとのシーンで、監督からのアドバイスは何かありました? 南 監督からは、ずっと明るくて楽しくて支えになってあげるような、心のよりどころになってくれるようなキャラクターでいてほしいと。意識してやっていたんですけど、いざ撮影をすると、監督が「もっとかわいく」って。「もっとかわいらしくやって」って……ムチャブリな注文をしてきて(笑)。「私、けっこうかわいくやったんだよ」と思ったり(笑)。「えー、かわいくなかったのー?」って。 ──これで満足いかないんですか?みたいなことですよね(笑)。 南 もっとあざとくやってほしいみたいな。 ──(笑)もっとあざとく……あざとキャラ。 南 はい(笑)。私はバスケ部のマネージャーをしていて、自分のおうちにはあまりお金がなくて、でもその環境に負けたくないからがんばるという、ガッツのある感じの女の子だなと思っていたので……「私、大丈夫だよ」みたいな感じの。体育会系みたいな感じのキャラクターなのかな?って、撮影に入る前にはイメージしていたんですけど、監督からは「もっとかわいく」と(笑)。なので、がんばりました。 ──じゅうぶん出ていた気はしますけど……共演者の方々との思い出はあります? 南 (一緒の撮影シーンがなかったので)菅野美穂さんと西野七瀬さんにはお会いする機会がなかったんです。山時くんと田中(偉登)くんとは、本当の高校みたいに、みんなめちゃくちゃ仲よくなって。撮影期間はけっこう短かったと思うんですけど。 バスケ部のみんなは、クランクインする前に(シーンのある)バスケの事前練習があったので、そこでもう仲よくなっちゃったんです。私は撮影から参加だったので、入る前はちょっと行きづらいかもと思っていたら、向こうからすごく話しかけてくださったりとか。みんなの明るさに助けられたな、と思いますね。 楽器、料理、陶芸──プライベートではあれこれ試したい ──今後やってみたい役柄ってあります? 南 そうですね……ちょっとまじめに答えると(笑)、今、楽器の練習をしているんですよ。練習をすると、特技が増えるじゃないですか、それが楽しい。自分がレベルアップしている気がして(笑)。 ──何か技術を身につける役ということですか? 南 そういう専門の……たとえばバイオリンだったりとか。そういう楽器って、やっぱり楽しいなと思って。私、特技がないんですよ! ──でもプロフィールを見ると……。 南 一応書いているんです(笑)。 ──でも、書道4段とかすごいじゃないですか。 南 (小声で)一応書いてるだけで……今できる特技が欲しいなと思っていて。 ──今、一番身につけたい特技はなんですか? 南 え、錠剤……錠剤をうまく飲むこと!(笑) 私、錠剤を飲むのが下手すぎて。もうすっごい下手で。 ──でもいますよね、たしかに。錠剤をうまく飲めない人って。 南 一回……こう(錠剤を)口に入れても、うわって吐いちゃうんですよ。そうすると、水に浸った錠剤をまた飲まなきゃいけないから(笑)。もうちょっとスマートに飲めるようになりたいですよね。 ──(笑)プライベートなこともお伺いしたんですけど、最近ハマっていることは何かあります? 南 そうですね。スープの素を組み合わせて……何かおいしいものができるか、みたいな。いろいろな種類のスープを買って、今日はこれとこれを混ぜてみよう、って。 ──(笑)それはもう……ガチャ的な感じ。 南 今日の気分はこれとこれだから!って。 ──今まで、一番イケていたのは? 南 もずくと、玉子スープですかね。 ──意外と王道な(笑)……普通に合いそうな感じ。 南 じゃあなしで(笑)。そうですねー、最近は自炊をしようかなと思って。そぼろ丼とかも作りました。 ──料理教室で最初に作るやつ……。 南 えー(笑)、でもちょっと興味が出てきていますね、料理に。 ──なるほど、では料理で。逆に今までで、すごくハマりましたみたいなものは……。 南 陶芸にハマっていたんです。花瓶をよく作っていたんですけど、最後に作った花瓶が自分の思ったようにはいかなくて、そこでやめちゃいました。 ──陶芸を始めたきっかけって、なんですか? 南 きっかけは……友達が誘ってくれて。やったことないし、やりたいなと思って。 ──なるほど。それでは最後の質問ですが、今後やってみたいお仕事はありますか? 南 ……なんだろう。それって、本当に来ちゃうかもしれないですもんね(笑)。 ──可能性はあります(笑)。 南 海外にいっぱい行きたいです。いろいろなところに。 ──海外ロケ! どのあたりに行きたいですか? 南 ちょっと過酷なのはイヤですけどね。でも……自分では選ばなそうなところ。んー、国名はパッと出てこないんですけど……そうですね、過酷でもやります!(笑) 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=Kanako(TRON) スタイリスト=池田ミレイ 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤 ************ 南 琴奈(みなみ・ことな) 2006年6月20日生まれ。埼玉県出身。2020年、Mr.ChildrenのMVなどへの出演から本格的に芸能活動をスタート。以降、俳優としてドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(2023年/Netflix)や映画『アイスクリームフィーバー』(2023年)、『ミーツ・ザ・ワールド』(2025年)、『終点のあの子』(2026年)、ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』(2025年/フジテレビ)などに出演。映画『夜勤事件 The Convenience Store』(2026年)では初主演を務める。今春公開される映画『90メートル』では、主人公「藤村佑」の同級生でもあるバスケ部のマネージャー「松田杏花」を演じている。
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新進俳優・南琴奈──“自分との共通点”を見つける役づくり#22 南 琴奈(前編) 旬まっ盛りな女優やタレントにアプローチする連載「focus on!ネクストガール」。 南琴奈(みなみ・ことな)。2020年、Mr.ChildrenのMVなどへの出演から芸能活動を開始。ドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(2023年/Netflix)への出演を契機に、俳優活動も本格的に始める。以降、映画『アイスクリームフィーバー』(2023年)、『ミーツ・ザ・ワールド』(2025年)、『終点のあの子』(2026年)やドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』(2025年/フジテレビ)などへの出演を重ね、映画『夜勤事件 The Convenience Store』(2026年)では初主演を務める。今春公開される映画『90メートル』への出演を控えている。 目次原宿でスカウトされ「本当にあるんだ!こういうの」「初主演のホラー作品は……終始不安でした」 原宿でスカウトされ「本当にあるんだ!こういうの」 ──この業界に入ったきっかけから、お聞かせいただけますか? 南 きっかけは……母と原宿に初めて遊びに行ったときに、今の事務所の方に声をかけていただいたことで。そこから、という感じです。 ──声をかけられて「わ。なんか、話が来た」みたいな感じですか? 南 「え……本当にあるんだ!こういうの」って思って。初めて原宿に行ったから、すごくキョロキョロしながら歩いていたら声をかけていただいて……「本当かな?」って(笑)。 ──声をかけられた時点で、すぐにやってみたいと? 南 すぐにではないですけど、家へ帰ってから、お母さんやお父さんといろいろ話して。最後は「楽しそうだからやってみれば?」と、お母さんが言ってくれました。 ──なるほど。事務所に入って、最初にした仕事は覚えてます? 南 最初にした仕事……最初にしたのは、着物のカタログのモデルですね。 ──その仕事をしたとき、どうでした? 南 最後は「楽しかったな」と思って帰った記憶はあるんですけど、最初のほうは、とりあえず全力で笑顔を作ることに徹してました。 ──それをきっかけに、いろいろな仕事をやって……その後、最初に“演技的なこと”をしたのは何になります? 南 演技は……ミュージックビデオですね。1週間ぐらい撮影をしたMr.Childrenさんのミュージックビデオ、14歳ぐらいのときなんですけど。このとき初めて、お母さんの元を離れて、ひとりで仕事に行って。セリフはなかったんですけど、感情を出す演技というか、そういうのを監督から初めて教えてもらった仕事だったので、印象的です。 ──やってみて、実際どうでした? 南 やってみて……難しかったし、恥ずかしかったですね、やっぱり。 ──セリフがある演技経験は、何になりますか? 南 是枝裕和監督のドラマ『舞妓さんちのまかないさん』ですかね。 ──どうでした? 南 楽しかったんですけど、撮影していたタイミングがコロナ禍ということもあって、ひとりの時間が多かったんです。ホテルへ帰ったあととか……撮影所とホテルを行ったり来たりするだけで「ちょっとひとりじゃ心細いな」というのもありつつ。それに、先輩の俳優さんたちと初めて実際にお芝居ができるという状況にも戸惑いながら……。中学生だったんですけど、幼いながらも「贅沢だなあ」と思って。 ──共演した俳優さんたちと話したりとか……。 南 話しましたね。女性のキャストの方が多かったので……実際にお母さんとかお姉ちゃんみたいな感じで接してくださって。松坂慶子さんとか、いつもニコニコ現場で温かく話しかけてくださって、すごく安心したのを覚えています。 ──そのあたりから、俳優の仕事も意識し始めた感じですか? 南 ん……いや、まだ、まったくです。 ──なるほど。俳優として仕事をしているという実感が出てきたのって、どのあたりの作品になります? 南 えー……なんだろう……(マネージャーに向かって)どのあたりだと思います!? 自分じゃ本当にわからなくて……(笑)。 ──自然と……なんですかね。実際に『舞妓さんちのまかないさん』での自分の演技を観たときの印象はどうでしたか? 南 そうですね。がんばって撮影したのが完成したな、という。キャリアとして「よし、積み上げていけたぞ!」というよりは「完成したんだ! よかった! すごいな!」みたいな。まだ自分のことと思っていないところもあったのかなとも思います。 「初主演のホラー作品は……終始不安でした」 ──その後、いろいろな作品をやっていく中で、一番印象に残っている作品って何になります? 南 一番印象に残っているのは……やっぱり『ミーツ・ザ・ワールド』ですかね。 ──それは役柄的に? それとも撮影が?みたいなことですか。 南 どちらもそうなんですけど、それこそ本当に、演じていること自体が、自分がやっているように思えなくて……撮影している間もすごく不思議で。自然にその現場へ行ってお芝居をして、普通に話して、ご飯を食べて帰るということ自体が、すごく不思議な感覚で楽しかったです。なんとなく、あまり現実味がなかった気がします。 ──演じている感覚が強かったんですかね。その『ミーツ・ザ・ワールド』も含めて、今まで演じてきたキャラクターで、一番素の自分に近いなと感じる作品は……。 南 一番自分に近い……そうですね、んー。 ──たとえば、『僕達はまだその星の校則を知らない』とか『ミーツ・ザ・ワールド』、それこそ『終点のあの子』や、もちろん『90メートル』もそうですけど……『夜勤事件』もそうかな? それぞれの作品で、あまりにも演じているキャラクターが違うじゃないですか。パッと見ると、本当に……カメレオン俳優とまではいわないんですけど、幅の広い役柄を演じているなと思っていて。 南 そうですね。私は、人としてちょっと汚いところというか……あまり人に見せたくないものが自分と似ているほうが「自分と近しいかな」と思っていて。そういう部分でいったら、やっぱり『終点のあの子』の「菊池恭子」なのかな、と。 ──なるほど。逆に、一番遠いのは『ミーツ・ザ・ワールド』? 南 『ミーツ・ザ・ワールド』も、ちょっとずつは共感できるというか、理解できるところがあるキャラクターかなとは思うんですけど。そこまで自分とかけ離れているなというキャラクターはあまりないかも……あ、一番遠いのは『夜勤事件』じゃないですかね(笑)。 ──初めて主演をした作品。その『夜勤事件』で、ホラーをやってみてどうでした? 南 やった感想は……もうやらないです!(笑) 今回、初めてホラーをやってみて「やってよかったな」と、すごく思うんですけど。ホラーのお芝居で、私、これ以上引き出せるものがあるのかな?と思うぐらいの経験だったので。監督に言われたことを必死にひとつずつやっていくという感じだったので……撮影では自分の中のボキャブラリーというか、そういうのがなさすぎて。終始不安だったんですよね、もう。 ──「もうやらないです」は、ホラーとしては、ある意味、最高の誉め言葉ですよね。その撮影時に、何かホラー的なことってあったりしました? 南 ホラーの撮影では、よくあるじゃないですか、現場でのお祓(はら)いが。今回、私たち役者陣はお祓いがなくて。監督やスタッフさんはやったらしいんですけど。だから、なんとなくすごく不安で。いつもホテルへ入る前には、スタッフさんに塩を振ってもらっていたんですけど、そのおかげか何もなく終えることができたと思います(笑)。 ──なるほど。撮影時に役づくりとして、自分で何か意識してやってることってあります? 南 作品ごとに違うんですけど……私、今までは、がっつりキャラクターがある役をあまりやったことがなくて。すごく個性の強いキャラクターとかを演じたことがないんですよね。自分とかけ離れすぎているキャラクターを演じることはあまりないので……どこかしらはちょっと共通しているところがあるから、まずはそこを見つけて。こういう気持ちになったんじゃないかな?とか、想像力をふくらませて、あとはもう、監督に全部聞きます。わからないまま現場に入るのは、失礼かなと思うし。 ──たとえば原作モノ、『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ)とか……それこそ『終点のあの子』(柚月麻子)もそうですけど、原作がある作品をやるときは、事前に原作を読んでから入ります? それとも読まずに……。 南 必ず読みます。 ──そのほうが入りやすい? 南 はい。入りやすいです。 ──原作がない作品だと、監督にもうとにかく聞く? 南 そうですね。わからないことは、がっつり聞きます! 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=Kanako(TRON) スタイリスト=池田ミレイ 編集協力=千葉由知(ribelo visualworks) 編集=中野 潤 ************ 南 琴奈(みなみ・ことな) 2006年6月20日生まれ。埼玉県出身。2020年、Mr.ChildrenのMVなどへの出演から本格的に芸能活動をスタート。以降、俳優としてドラマ『舞妓さんちのまかないさん』(2023年/Netflix)や映画『アイスクリームフィーバー』(2023年)、『ミーツ・ザ・ワールド』(2025年)、『終点のあの子』(2026年)、ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』(2025年/フジテレビ)などに出演。映画『夜勤事件 The Convenience Store』(2026年)では初主演を務める。今春公開される映画『90メートル』では、主人公「藤村佑(たすく)」の同級生でもあるバスケ部のマネージャー「松田杏花」を演じている。 【インタビュー後編】
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休日にはあえてグルテンを摂取!──女優・鳴海唯の「チートデイ」#21 鳴海 唯(後編) 旬まっ盛りな女優やタレントにアプローチする連載「focus on!ネクストガール」。 鳴海唯(なるみ・ゆい)。2019年、NHK連続テレビ小説『なつぞら』で、テレビドラマ初出演を果たす。2021年『偽りのないhappy end』で映画初主演。その後、大河ドラマ『どうする家康』(2023年・NHK)、ドラマ『Eye Love You』(2024年・TBS)、映画『赤羽骨子のボディーガード』(2024年)、ドラマ『七夕の国』(2024年・ディズニープラス)などへの出演を重ね、今夏、NHK連続テレビ小説『あんぱん』に、今田美桜演じる「若松のぶ」の同僚「琴子」役として出演。 インタビュー【前編】 目次余命宣告を受けた女性、感情を吐き出すシーン──難しい役に直面する日々休日にはあえてグルテンを摂取! ひとり旅にも行きたい刑事や弁護士、特殊な職業を演じてみたい 余命宣告を受けた女性、感情を吐き出すシーン──難しい役に直面する日々 ──これまでいろいろな作品に出演されてきたと思いますが、その中で特に印象に残っているものはなんですか? 鳴海 最近だと、やっぱり『あんぱん』が一番ホットですね。でも、印象に残っているという意味では、『わかっていても The Shapes of Love』(2024年/ABEMA)という、横浜流星さん主演のドラマですね。その作品で私は、余命宣告を受けた女性の役を演じさせていただいたんです。 その役は、必然的に命と向き合わなければならないキャラクターだったので、演じる上で本当にたくさんのことを考えましたし、それを経験したことが自分の中ではすごく大きな糧になっていて……。 もちろん私自身は実際に余命宣告を受けたことはないので、どこまでいっても埋められない差はあるんですけど、だからこそ、その中で「どう向き合っていくか」という難しさに直面しました。この経験を通じて、私自身、役への向き合い方が大きく変わったと思います。だから『わかっていても』は、すごく印象深い作品ですね。 ──そういう壁にぶつかったときは、どう乗り越えていくんですか? 鳴海 自分の人生と全然違う役柄に出会うと、やっぱりすごく難しいなって思いますし、「どうすればいいんだろう」って悩みます。でも、その壁を乗り越えたときに、またひとつ自分が成長できたような気がするんですよね。 だから、自分が取り組みやすい、演じやすい役ばかりじゃなくて、苦手意識のあるキャラクターにも、どんどん挑戦していきたいなと思っています。 ──なるほど。その意味では、先日、NHKで放送された村上春樹さん原作のドラマ『地震のあとで』(第2話「アイロンのある風景」)に出演されましたよね。あれは難しい作品だったと思いますが、どうでした? 鳴海 役がすごく難しくて、ずっと悩んでいました。撮影が終わっても、「これでよかったのかな」と、思い続けていました。 もちろん、正解がない作品だと思うので、正解を求めること自体が違うのかもしれないんですけど……どうしても正解を求めてしまう自分がいて。放送を終えて、視聴者の方から感想をいただいたときに初めて、「わからないままでいいのかもしれない」と思えたんです。 正解が出ないなかで悩み続けることって、その作品とひたすら向き合っている証拠だと思うので、正解が出るかどうかじゃなく、向き合っていた“時間”のほうが大事なんだなと……そういうことを視聴者の方々の感想から教えてもらいました。 ──堤真一さんと共演されていましたが、現場でお話はされましたか? 鳴海 はい。私が演じたキャラクターは、けっこう感情を吐き出すようなシーンがあって、そのときは堤さんが本当に静かに寄り添ってくださいました。監督ともアプローチについて話しながら撮影に臨んでいたんですけど……堤さんは細かくお芝居について話すというよりは、すごく自然に気持ちを引き出してもらえるような関わり方をしてくださって。 実は私、小学生のころから「好きな俳優さんは誰ですか?」と聞かれたら「堤真一さんです」と言っていたくらい、ずっと憧れていたんです。しかも堤さんは私と同じ兵庫県西宮市の出身で地元のスターでもあるので、いつか共演できたら……と思っていた夢が今回実現しました。 撮影中は悩む時間もありましたけど、堤さんとは地元トークで盛り上がったりして……「あそこの公園わかる!」みたいなお話もできたんです。東京にいるのに、地元にいるような感覚でお話しできて、とても楽しかったです。お芝居の面でも、本当にたくさん引っ張っていただきました。 休日にはあえてグルテンを摂取! ひとり旅にも行きたい ──地元トークができるのっていいですよね。ところで、少し仕事からは離れますが、最近ハマっていることや気になっていることってありますか? 鳴海 最近ハマっているのは、休みの日に「あえてグルテンを摂取しに行く」ことなんです(笑)。今、普段はグルテンフリーをゆるくやっているんですけど、完全に摂らないでい続けるというのは無理なので、次の日に撮影がないときは「今日は小麦を摂るぞ!」って決めて、気になるパン屋さんを調べて行くんです。 今はそれがすごく楽しみで……パン屋さんまで散歩して、近くのカフェでカフェラテを買って、公園で座ってのんびりするというのが最近のリフレッシュ方法ですね。ひとりでパンを食べたり、トンカツを食べたり……そういうのが今のささやかな楽しみです。(小麦を)ごほうび感覚にすると、適度に距離感が出ることで、より好きになって。 ──いわゆるグルテンフリー版「チートデイ」的な感じですね! 鳴海 そうです(笑)。おっしゃるとおり、チートデイですね。 ──グルテンフリーを始めて、何か変化はありましたか? 鳴海 そうですね。わかりやすく体重が減りましたし、朝の目覚めもすごくよくなりました。よく「本当に効果あるの?」って言われるんですけど、実際にやってみたら本当でした。おもしろいくらい、如実に効果が出ます。 ただ、普段パンを食べていない状態で久しぶりに小麦を食べると、そのあとすごく眠くなるんですよね。だから仕事に集中したいときは、お米を食べるようにしています。 ──なるほど。今後やってみたいことって何かありますか? 鳴海 私、ひとり旅が好きなんですよ。今年は(忙しくて)ちょっと行けそうにないんですけど……去年や一昨年は海外に行っていて。国内旅行は飛ばして、海外にばかり行っていたんです。でも最近は、時間があまりないなかで「どこか行きたいな」と思ったときに「国内旅行もいいな」と思うようになってきて。やりたいことっていうほどではないかもしれないですけど、今は国内旅行をしたい気持ちが強いです。 ──行ってみたい場所はありますか? 鳴海 今は三重県の伊勢神宮に行きたいです……というか、伊勢神宮の手前にある参道で、赤福のぜんざいを食べたいという(笑)。 東京から三重って絶妙に行きづらくて、なかなか友達とも計画が立てられないんですよね。大阪に帰ってくると、つい実家で過ごしてしまうので、やっぱりなかなか予定に組み込めなくて。なので「ちゃんと見に行くぞ!」って決めないと、きっと実現できないなと思っています。 刑事や弁護士、特殊な職業を演じてみたい ──三重、近いうちに実現するといいですね……あと、今後演じてみたい役柄はあります? 鳴海 今までは、自分に近い等身大の役が多かったんですけど、最近は特殊な職業の女性を演じてみたいなと思っていて。実はこの前、とあるそういう感じの役をやらせていただいたんです。その役づくりをしていく中でのプロセスが、すごくおもしろくて。 『あんぱん』だと土佐弁がそうだと思うんですけど、そういう役づくりで必要になる要素があると、自然と役と向き合う時間が増えるんですよね。いつも以上に役と向き合わないといけない。準備をしっかりしないといけないから、役やセリフが自分の中にどんどん染み込んでくる、血肉になっていく感じがあって、それが好きなんです。 これからも、そういう特殊な職業の役に挑戦してみたいです。刑事とか弁護士とか、以前からやってみたいと思っていた役にも……実は今後挑戦させていただく予定があるので、夢がひとつ叶ってうれしいですね。絶対、大変じゃないですか(笑)。もちろん大変だとは思っているんですが、限られた時間の中でどこまで取捨選択して準備できるか、挑戦していきたいと思っていますし、大人の女性の役柄を演じていけたらいいなとも思っています。 ──ありがとうございます。最後に、鳴海さんが出演する『あんぱん』の見どころを教えてください。 鳴海 私は『高知新報』という新聞社のパートに出演しているんですけど、そこは戦後最初のパートになるんですね。なので、すごく自由と活気にあふれていて、熱量の高い場面が続きます。ドラマの制作の方からも「開放感のある、明るいシーンにしたい」と最初に言われていたので、そういうエネルギーを意識しながら演じていました。 それと、(若松)のぶと(柳井)崇の恋が大きく進展するパートでもあるし、私が演じる琴子は、そのふたりの恋のキューピッド的な存在でもあるので、琴子の“愛あるおせっかい”によって、ふたりの恋がどう動いていくのか……ぜひ楽しみにしていただけたらと思います。 ──視聴者が思っているもどかしさを、全部代弁してくれるようなキャラクターですよね。 鳴海 そうなんです(笑)。『高知新報』のシーンは、ちょうど作品としては折り返し地点に入っているところなので、最初から観てくださっていて(のぶと崇の関係性が)「もどかしい!」と思っている方には、「ようやく動く!」と思っていただけるんじゃないかなと思います。 取材・文=鈴木さちひろ 撮影=時永大吾 ヘアメイク=丸林彩花 編集=中野 潤 ************ 鳴海 唯(なるみ・ゆい) 1998年5月16日生まれ。兵庫県出身。2019年、NHK連続テレビ小説『なつぞら』で、テレビドラマ初出演を果たす。2021年『偽りのないhappy end』で映画初主演。その後、テレビCMや大河ドラマ『どうする家康』(2023年/NHK)、ドラマ『Eye Love You』(2024年/TBS)、映画『赤羽骨子のボディーガード』(2024年)、ドラマ『七夕の国』(2024年/ディズニープラス)などへの出演を重ねる。2023年には写真集『Sugarless』を発売。今夏、NHK連続テレビ小説『あんぱん』に、今田美桜演じる若松のぶの同僚「琴子」役として出演。
サボリスト〜あの人のサボり方〜
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載
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「自分と向き合い、自分を知って上手に付き合う」山中瑶子のサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 2024年に公開された監督作『ナミビアの砂漠』が、カンヌ国際映画祭で「国際映画批評家連盟賞」を受賞するなどして大きな注目を集めた山中瑶子さん。自身を「サボりやすい」と語る山中監督に、創作の過程やそのサボり方について聞いた。 山中瑶子(やまなか・ようこ) 映画監督。日本大学芸術学部映画学科中退。初監督作『あみこ』が、PFFアワード2017で観客賞を受賞し、ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、ほか多数の海外映画祭に出品された。2024年に公開された河合優実主演の『ナミビアの砂漠』は、カンヌ国際映画祭の監督週間で「国際映画批評家連盟賞」を受賞した。 映画マニアになっていく自分に危機感を覚えて撮った初監督作 ──まずは、改めて映画監督を目指したきっかけから教えてください。 山中 高2の進路調査表が配られた時期に映画にハマっていたことからですね。子供のころから、会社勤めは無理だろうからものを作る分野に行きたいと思っていましたが、ずっと絵画教室で絵を習いながら漫画家やデザイナーに憧れてみたり、建築もいいなと思ったり、興味の移り変わりが激しくて。そんななか突然映画に出会いましたが、高校のまわりに映画館が4つある環境だったのも大きかったと思います。 ──映画にハマっても、監督になれるとまではなかなか思えないような気もします。 山中 昔の海外の大作とかを観ても「人間が作ってるな」という感覚にはなれなかったんですけど、アート系の作品や、ミニマルなフランス映画、2000年代の邦画などを観ていくうちに、作り手が見える気がしてきたんです。カメラの向こうに人がいて、なにやら思想があるようだぞ、と。それに気づいてから、自分でもやりたいし、できるかもしれないと思うようになりました。 ──でも、映画学科に進学後、ドロップアウトしてしまったそうですね。 山中 とにかく朝、起きることができないんです。小学校のころからずっとそうで、大学でひとり暮らしを始めたら、まったく行けなくなりました……(笑)。最初のほうになんとか通っていたときにできた友達に協力してもらって、自主映画の『あみこ』を作ったんです。今なら授業の大切さもわかるのでちゃんと受けておけばよかったと思うんですけど、当時は1年生はひたすら座学というカリキュラムが耐えられなかったんですよね。 ──『あみこ』を作ったということは、映画を撮りたいという気持ちは変わらずあったわけですね。 山中 そうです。学校に行かなくなってからも映画はめちゃくちゃ観ていました。でも、どんどんイヤな映画ファンみたいになっていくんですよ。批評ともいえない批判ばかりが鋭くなっていって、このままだと自分に対するハードルが上がりすぎて首を絞めることになるなと気づいて。それで、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)を目標に脚本を書き始めたんです。 ──結果はどうだったんですか? 山中 観客賞はもらえましたが、審査員からの賞は特にもらえず。入選作はウェルメイドな作品が多くて、自分の下手さに気づいて恥ずかしくなりましたね。技術的なものはあとからついてくるだろうから、大人たちが見ているのはそこじゃないと頭ではわかっていても、もっとスクリーンで観るべきものを作らなきゃなと思って。それで、けっこう気が引きしまったというか、もうちょっとがんばろうと思うようになりました。 ──映画を作ることへの迷いはなかったんですね。 山中 なかったですね。『あみこ』がベルリン映画祭に招待されたのも大きくて。小さい内輪の作品と見られても仕方ないと思っていたのが、意外とそれだけじゃない部分もあるのかなと。それが自信につながったんでしょうね。 我慢して人に合わせなくていいと気づいたら、映画作りが変わった ──映画は人と一緒に作り上げていく以上、結局社会性を求められるんじゃないかと思います。そのあたりの折り合いはつけられたのでしょうか。 山中 『ナミビアの砂漠』までは、まさにその向いてなさを感じていました。やっぱり、監督の振る舞いって正解がないので。どうしたら人に気持ちよく仕事をしてもらえるか、どうしたら思うようなパフォーマンスをしてもらえるか。それって人からは教えてもらえないんですよね。 その結果、自分の性に合わないような振る舞い方もしていました。最初は年齢も若く信頼されていないので、簡単にいうとナメられてしまう。そこでどうすれば自分のやりたいことを相手に具現化してもらえるか考えるほど、居心地の悪い振る舞いをして、居心地の悪い空気になっていく。それがキツかったですね。 ──それは経験を積むことでしか、乗り越えられないんですかね。 山中 場数を踏んで体得していくしかないですね。でも、頭で考えてもしょうがないから、難しいことは考えないようにしようとしたんですけど、コロナ禍になって本当に無理かもしれないと思ってしまって。一切現場の仕事はやらずに自分と密に向き合ったことで、「(監督を)辞めたいかも」と思うようになっていたんですね。ただ、そのあとに少し年上の女性プロデューサーからドラマのお仕事をいただいたんです。 その方は、まわりにどう思われようとまっすぐなところがあって。その姿を見ていたら「これでいいんだ」と勇気づけられて、自分が我慢して人に迎合するがんばり方は、ちょっと違うんじゃないかと気がつきました。それからは、自分でスタッフィングするなど、自分を軸に人と関わるように変えていき、ストレスも少なくなりました。結局、自分が我慢していると場の空気もよくならなくて、みんな楽しめないんですよね。 ──そういった自分なりの仕事の仕方が見えてきたところで、『ナミビアの砂漠』の企画が動き出したのでしょうか。 山中 そうですね。最初は別の原作小説を河合優実さんで撮る企画が進んでいたのですが、自分と向き合った期間があったことで、私ではこの原作をまっとうできないんじゃないかと思い、「降りたい」とプロデューサーに伝えたんです。そうしたら、「オリジナルならどうですか?」とご提案いただき、『ナミビアの砂漠』になっていくという。 ──では、河合さんの出演だけが決まっていて、あとはゼロだった。 山中 そうなんです。アイデアも何もないので、当て書きをする前提で、「インスピレーションを得たいです」と、脚本を書く前に河合さんと何度かお話しました。 ──その結果でき上がった主人公のカナは、河合さんとはまた違ったキャラクターなのではないかと思いました。 山中 実際の河合さんはカナとはほど遠い方だと思うんですけど、カナのことはよく理解できると言っていました。私も私でよくわかるというか、カナみたいな現代の子の精神性は、自分の中にもあると思うんです。物質量も情報量もあふれていて、たくさんの選択肢と可能性を提示され続けているのに、だからこそ自分の欲望がどこにあるのかわからない感じ。それに、ネットで簡単に答えにたどり着けてしまうという気にさせられてしまいがちで、何も楽しめず不全感だけがあるというか。東京特有の特殊さだと思うんですけど。 ──東京で生きていると、特にそうした空気にさらされやすい。 山中 絶対そうですね。情報量の多さは世界でもトップじゃないですか。どんな大都会に行っても、こんなに「これをしたほうがいい」「あれを買ったほうがいい」と社会から要請されないと思います。「でも、本当に自分がしたいことや自分がいらないものを明確にわかっている人って、どれくらいいるんだろう?」といったことなどを考えながら作りました。 ──では、カナというキャラクターには、今の若い世代のいろんな要素が入っているんですね。 山中 そうですね。あと、私は映画を作るときに、ある特定のひとりを思い浮かべて、「この人が気に入ってくれたらそれでいい」というふうに思っていて。昔からSNSで知らない人を一方的にウォッチしてるんですけど、その中のひとりにカナっぽい感じの子がいて、『ナミビアの砂漠』はその子が観てくれたら大成功だと思っていました。カナについて考えるときも、その子がどう思うかを指標にしていて。 ──漠然とした「お客さん」ではなく、まずはひとりの人に届けばいいと。 山中 お客さんといってもみんなバラバラなので、ひとりの人をイメージして考えることは多いですね。そうやって具体的なひとりの人について考えることで、結局全体のうちの数パーセントに届くんじゃないかと信じてやっています。カナの場合は、直感が鋭くて勘はいいのに、言語にするのが苦手だから人に当たっちゃう。そんなカナみたいな子たちにも届けたいし、そういう子たちを生き生きと描けたらいいなと思っていました。 突飛なアイデアほど、スタッフの意見を採り入れている ──『ナミビアの砂漠』について、ほかに制作中に意識していたことはありますか? 山中 どこに向かっていくのかわからない映画にしたいなと考えていました。他者って何を考えているのかが徹底的にわからない存在だと思うんですよ。観ている人が、カナのことをそう思えるといいなと。結果的に共感してくれる人もいて、それはそれでいいんですけど、作り手としては「どうしてそうなっちゃうの!?」というハラハラドキドキ感は意識していました。 ──たしかに、観ている側としてもカナがどういう行動をして、映画がどこに向かうのかわからないため、ずっと緊張感のようなものがあった気がします。 山中 そういった意味でのエンタメ性やサスペンス性もあると思っていて。トーンとしてはドライなところもありますが、意外とサービス精神旺盛にやってるつもりなんですよね。カナが階段から落ちたり、緊張感のある音が入っていたり。 ──音楽はかなり不穏さがありました。 山中 世界とか社会って冷静に考えると怖すぎるというか、なぜ世の中が回っているのかよくわからないじゃないですか。回っていないとも言えるし。そういった世界の不思議みたいなものは意識していました。音楽の渡邊琢磨さんとも「『この世は不思議だね』っていうことを意識しよう」と話していて、最後のクレジットでは動物が砂漠の水場に集まっている実際の音に合わせて、琢磨さんが作った世界の終わりと始まりみたいな電子音楽も入っているんです。 ──効果的なスタッフワークとしては、カナの脳内のような描写や、部屋のレイアウトが反転する場面など、劇中の印象的なシーンは、スタッフのアイデアを採り入れたものだそうですね。 山中 あとは、「キャンプだホイ」を歌うシーンもスタッフのアイデアですね。後半になって監督の「やってやったぞ!」感が押し寄せてくると言われたこともありますが、全部私のアイデアじゃない(笑)。自分の中に取り込んで出しているので、私のものでもあるんですけど。ただ、そういった一見突飛なアイデアがスタッフから出てくるのは、すごくいいことだと思うんです。そういう提案をしてもらいたかったし、それが気兼ねなく言える環境がいいと思っていたので。 ──作家性の強い作品という印象がありましたが、オープンな現場で意見を交わしながら作っていったんですね。 山中 そうですね。部屋を反転させるのはどうかというアイデアがカメラマンから出たときは、最初「なんで!?」って思いましたけど、一度持ち帰ったんです。理由を聞いてもなんかおもしろい、以上のことはわからなかったんですが、彼がとっさにそう思ったこと自体が大事だから、理屈はあとづけでいいからとりあえずやってみようとなって。もちろん、ちょっと違うなと思ったアイデアは反映しないんですけど、部屋の反転は結果としてだいぶしっくりきていますね。 ──撮影しながらさまざまなアイデアを取り入れていくのは、ダイナミックでおもしろいと思いますが、かなり大変なのではないでしょうか。 山中 決められた脚本をスケジュールどおりに撮っていくだけだと、作業感が強くてあまり楽しくなくて。もちろん、着々と積み重ねて準備してきた部分も大事にはしていますが、『ナミビアの砂漠』の場合は、それ以上に撮影を通じてみんなが感じたことのほうが大事なんじゃないかと思ったんです。 ──『ナミビアの砂漠』は河合優実さんの存在感も欠かせない要素だと思いますが、河合さんとの映画作りはどのようなものでしたか? 山中 河合さんは、カナからはみ出さない範囲で、お芝居を毎テイク変えてくるんですよ。何度も同じ演技ができる俳優も、そのときの気持ちを大事にして毎回変わってしまう俳優もそれぞれ魅力的だと思うんですけど、河合さんはそのハイブリッドというか、そのシーンに最適な領域の中で変えてくるのがおもしろくて。だから、撮影中は河合さんにもカナにも慣れるということがなかったです。 ──立ち姿というか、佇まいが圧倒的に「カナ」だったところにも驚かされました。 山中 撮影前から、河合さんとカナの歩き方を決めたりはしていました。あとは、「今、カナはどういう気持ちでいるのか」「外からどう見えて、内心ではどう思っているのか」など、シーンごとのカナのテンションもスタッフみんなと共有して。河合さんのカナがカナすぎて、スタッフがカナについて語るときに、まるで実際にいる友達みたいに話すのがおもしろかったです。 ──作品の反響については、監督としてどのように感じていましたか? 山中 万人に「おもしろい」「わかる」と言われる映画ではないという自覚はありましたが、それにしても感想がバラバラで。語る人の内面を鏡のように映し出してしまう側面があるというか、その人の価値観がにじみ出てくるような感想も多かったのが興味深かったです。 ──つい自分のことや、自分のまわりにいるカナについて話したくなってしまう。 山中 そうですね。個人的な記憶と結びついて、それが引きずり出されてしまう映画だというのは、いろんな人の反応を見て知りました。あと、「この人が気に入ってくれたらそれでいい」と思っていたSNSの人にも観てもらえたので、そういう意味では大成功でしたね。 基本サボってしまうので、本当に集中するときは生活から変える ──山中さんのサボりについても伺いたいのですが、ひとりで作業するようなときに、ついサボってしまうことはありますか? 山中 仕事をしている時間のほうが断然短いです(笑)。喫茶店に6時間いても、本当に集中しているのは全体の80分ぐらいの感じで。 ──仕事に集中できていないときは、何してるんですか? 山中 本を読んでいるときはまだよくて、仲のいい友達とやりとりしちゃうんですよ。用事があって連絡しても、話題が用事と関係ない方向に派生していってしまって。あとは、調べものをしているうちに関係ないことを調べ始めたりすることもありますね。でも、やらなきゃいけないことがやれていないこと自体はものすごくストレスなので、そのストレスに対する怒りをバネに仕事を片づけるんです。 ──作業は基本的に喫茶店でやるんですね。 山中 でも、喫茶店で仕事をしなさすぎて、仕事をする場所じゃなくなり始めてます。いくつか店を変えるんですけど結局やらなくて、最近は逆に家でやるようになりました。脚本を書かなきゃいけない時期は、さすがにもっと集中しますけど。脚本の期間は、本気で人に会わないようにするし、やりとりもしません。 ──やると決めたらできるタイプというか。 山中 撮影の半年前ぐらいのせっぱ詰まった段階になると、生活から変えて追い込みます。私の場合、脚本は自分の内面に潜らないと書けないので、外交的なモードだと書けないんですよ。 ──そういった集中モードのときこそ、意識的に息抜きをする必要があると思いますが、ひと息入れるためのポジティブなサボりはありますか? 山中 人に会えないし、仕事と関係のない本を読むようなこともなくなるので、食事だけはすごくこだわります。ステーキとかすき焼きとかパフェとか、普段食べないようなものを食べてエネルギーをつけるんです。逆に普段食べているようなものは好きでも食べない。それがジンクスのようになっていて、普段の自分からは出てこないようなものを生み出すために、普段とは違う自分に変えていくんです。 ──食事が儀式みたいになってるんですね。 山中 ガソリンだと思って食べてるので、息抜きにもなっていないのかもしれません。食べること自体は楽しいんですけど。 ──では、日常モードのときに純粋に心休まるのはどんなときですか? 山中 飼っている猫といるときですかね。もともとは旅行とかも好きだったんですけど、猫がいるし、結局疲れるので全然息抜きにならなくて。今は普通に歯医者に行ったり、整体に行ったりすることで癒やされます。自分をないがしろにせず、大事にしていると思えることでホッとできるというか。昔の自分だったら「ウソつくな!」って軽蔑しそうですけど(笑)。 ──日常の感覚が変わってきていると。 山中 そうですね。以前はホッとする時間があまりなくて。やっぱり趣味でも人と会って話すでも、何をやっていても仕事の役に立ってしまうから、ずっとオンの状態になってしまうのがつらかったんですよ。でも、最近はそれが受け入れられないとか言ってる場合じゃないというか、それもしょうがないなと思えるようになった感じですね。 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
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「AIによる映像作りは泥臭いが、あれこれ考えながら作る時間が楽しい」宮城明弘のサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 AI技術の進化が注目を集め続けるなか、その最前線で活躍するAIクリエイティブディレクターが宮城明弘さんだ。全編AIによるドラマ制作など、AIの可能性と限界を模索し続けている宮城さんに、独学で学んだというAIに対するスタンスや、サボりについて聞いた。 宮城明弘 みやぎ・あきひろ AIクリエイティブディレクター。映像制作会社を独立後、独学でAIを学び、AI技術を活用した映像作品の制作を開始。2025年にはフランス、ベルギー、オランダ、インド、さらにイギリス、アメリカを含む世界各国の大手映像制作プロダクションとの独占契約を獲得し、国際的な評価を確立。全編AI制作のドラマ『サヨナラ港区』(読売テレビ)、AI技術を活用したドラマ『TOKYO 巫女忍者』(日本テレビ)への参加など、AI映像による新たなエンタテインメントを切り拓いている。 株式会社TRUSTAR https://trustar.co.jp/ お仕事の依頼 https://x.gd/twDhO アシスタント募集 https://x.gd/9oghC 独学でAIを学び、1カ月後にはコンテンツで受賞 ──宮城さんがAIによる映像制作を始めたきっかけについて教えてください。 宮城 もともとうちの家系が商社で、そこで営業をやっていたところ、ある人との出会いをきっかけに映像制作会社でプロデューサーをやるようになったんです。それからプロデューサーとして十数年、CMなどを手がけていましたが、一度は自分の力で何かをやってみたいと思い、会社を独立してAIを学ぶようになりました。 ──なぜAIを学ぼうと思われたのでしょうか。 宮城 会社にいたころに、AIの開発をしている若いチームと出会って、AIによる映像を見せてもらったんです。自分のまわりにいる若い映像作家や俳優は、映画を作るにしてもなかなか資金が集められない。でも、その映像を見て、少ない制作費で壮大な演出を入れられるAIの映像なら彼らの役に立てるのではないかと思い、独学でAIについて学び始めました。 ──独学っていうのがすごいですよね。 宮城 自分でやり方を調べて、いろんなツールを手探りで試していたら、わりとすぐに映像は作れるようになりましたね。1カ月後には、AI動画コンテストで賞をいただき、海外からお声がけいただけるようになりました。当時はリアルな人間を描き出すのは難しかったので、受賞作ではキャラクターはゾンビにして、廃墟化した街で音楽を演奏するミュージックビデオ風にして。 ──1カ月ですか……。映像業界にいたという経験によるものもあると思いますが、早くから手応えが得られたことで、AIを軸足に活動されるようになったと。 宮城 いや、AIって価格もあってないようなものなので、なかなかそれだけだと難しかったです。CGほどお金をかけられないところで、「AIならこういうプラスアルファができますよ」とご提案してCMに携わるなど、元の仕事と近いところでやっていましたね。 個別に学習が進むことで、逆に職人的になっていくAIクリエイター ──CMや映像作品内でAIを活用して融合させるのと、AIで独立した映像作品を作ることは、だいぶ勝手が違いますよね。 宮城 まったく違いますね。技術だけでなく映画やCMの作り方、チームワークがわかっていないと難しいんじゃないでしょうか。だから、SNSなどで「CMも映画も、もうAIでできちゃうよね」みたいに言われることもありますが、ちょっと現実がわかってないなと思ってしまいます。 ──そういった現場感も理解した上でAIを活用できるから「AIクリエイティブディレクター」なんですね。今のところほかにない職業というか。 宮城 今まさに『TOKYO 巫女忍者』というドラマをやっていて、その難しさを改めて実感していますね。実写とAIが融合したドラマなので、人間じゃ撮影できないようなシーンをAIで作ったり、LEDスタジオでAIの映像を流して背景にしたり、CGチームと組んでグリーンバックで撮影したり、いろんなチームとのコミュニケーションがあるんですよ。 ──AI映像の場合、テキストで指示してでき上がった映像をチェックしていくわけですよね。作品全体のトーンや色味に合わせたり、各所からのオーダーに対応したりするのは難しそうな気がします。 宮城 AIだと映像を直接調整できるわけではないので、調整の指示を入れても出てきたものを見るまでどうなっているのかわからないんです。何度も指示を入れてはチェックするという、かなり泥臭いことをやっています。 しかも、AIは僕の好みやスタイルを学習しているので、ほかの人に同じプロンプト(入力する指示のこと)をお渡ししても、同じ映像にはならないんですよ。だから、本当はアシスタントと分業したいんですけど、なかなか難しくて。 ──再現性のない技術なので、共有が難しい。なんだか職人みたいですね。逆に宮城さんのAIは学習が進み、宮城さん自身も経験を重ねていくわけで、こなすのは大変ですが、独占状態ともいえそうです。 宮城 たぶん、そうなってますね。おかげさまでスケジュールがパンパンで……(笑)。 フルAIドラマであえて残した「AIっぽさ」 ──宮城さんがAIによる作品を作り始めたときは、具体的にどのように作られていたのでしょうか。 宮城 僕はプロンプトにChatGPTは使わず、全部自分で打ち込みます。それを一度英語に翻訳して、AIに落とし込むんですけど、そこで「この要素が足りない」と思ったときに、ChatGPTを使うんです。そこからよけいな要素がついてきたら減らして、といったことを繰り返します。最初は毎日のようにInstagramに作品をアップしていて、1〜3分の映像を2時間ぐらいで作っていました。映像と音楽だけでオリジナルを作るぶんには簡単なんですよ。 ──キャラクターにしゃべらせたりするとなると、また難しくなってくる。 宮城 そうですね。AIで音声から口の動きを生成することを「リップシンク」といいますが、なんとなく声とズレを感じるというか、まだまだ気持ち悪くなってしまうところがあって。だから、自分ではあまりしゃべる作品は作らず、ドラマでもセリフのないシーンをいかに壮大に見せるか、といったところに力を入れています。僕の場合、そもそも全部AIでやろうという発想があまりないんですよ。結局、映画監督やカメラマンとおもしろいことがしたいので、入口から違うというか。 ──そういった意味でも、宮城さんが「AIの可能性と限界を探る」と言っていた、全編AIのドラマ『サヨナラ港区』は、すごく実験的な試みだったんですね。 宮城 『サヨナラ港区』ではリップシンクは使わず、映像はフルAIで、声優さんにアフレコしてもらい、脚本は読売テレビの汐口(武史)プロデューサーに書いてもらいました。可能性としては、日本ではなかなかやれないような壮大なSF・アクションができるのではないか、という点がまずあって。 ほかにも背景としてAIを活用したりすることには可能性を感じましたが、人間を描くのはまだまだ難しいですね。あとは、どうしても映像に破綻が生じてしまう。さっきの場面であったものがなくなってしまったり、そういったところで一貫性を持たせるのが難しかったですね。 ──「初のフルAIドラマ」という点だけでも、価値というか、話題性はありましたね。 宮城 許可取りにはだいぶ苦労されたと思うんですけどね。権利や著作権の問題については、まだ法も整備されていない状態なので、弁護士さんに入ってもらいながら、いろいろと調整していきました。 ──AIっぽさはあるものの、あそこまで人間を描くことができることに驚きました。 宮城 AI感はあえて残しているんです。実写とは違う次元のリアルを目指したというか、AIであることを意識して観てほしくて。本当は炎上してほしかったくらいなんですけど、炎上はしませんでしたね。逆に業界での評価がわりと高くて、テレビ業界、映画業界の方からバンバン連絡が来るようになりました。 AIは新しい映画やドラマを作るための技術の一部でいい ──AIの利用については法の整備などが追いついていないとのことでしたが、実際にさまざまな議論が起こっていますよね。AIにまつわるルールや倫理について、宮城さんの考えを聞かせてください。 宮城 法が整備されていない以上、自分でできることをしっかりやるしかないと思います。まず著作権を守るための大前提として、プロンプトにタレント名や「東京タワー」といった建物の名称などは絶対に入れません。また、生み出したキャラクターについてもネット検索にかけて、酷似した人物がいないか確認しています。 AIを利用し、開発する側も、このままにしていると「結局、AIって何かのコピーでしょ」「倫理的に問題があるから使えないよね」といったイメージばかりが広がって、自らの首を絞めることになる。だから、僕ひとりじゃどうにもなりませんが、不正な利用の撲滅を訴えてはいるんです。でも結局、世界基準の法を整備することが一番なんですよね。AIによる著作権侵害について複数の出版社が抗議声明を出しましたが、法がないとそこで止まってしまいますから。 ──法以外にも、AI業界にはこれから作り上げていくべきものが多いかと思います。宮城さんが何か課題として意識されていることなどはありますか? 宮城 これからAIを扱っていく子供たちに、いち早くAIに触れてもらいつつ、権利関係などについても学んでもらいたいと思い、ボランティアでAIについて教えています。でも、子供の発想は僕らとはまったく違うので、逆にこちらがインスピレーションを受けることも多くて。今、僕の中で一番センスがいいAIクリエイターは、そこで出会った高校1年生ですから。 ──人材を育てていけば、AIによるクリエイションも職人的なものから産業的なものへと変わっていくかもしれませんね。 宮城 そのために、スタジオを作ろうとも考えているんです。あとは、アカデミー。アカデミーでAIクリエイターを育成して、そこから優秀な人材がスタジオに入ってきてくれるようになったらいいかなと。 ただ、僕が最終的にやりたいことは、お話ししたようにフルAIというわけではないんです。素晴らしい写真や映像を撮れるカメラマンやCGチームと一緒に、新しい映画やドラマのかたちを作っていきたい。リアリティを求めているクリエイターたちの一部に僕がいるようなものづくりのほうがおもしろいと思うんです。そのための仲間が集まるようなスタジオにしたいですね。 若い世代にAIを教えることが、リフレッシュであり希望になっている ──スケジュールがパンパンとのことでしたが、宮城さんにとっての息抜きのようなサボりは、どんなものがあるのでしょうか。 宮城 コーヒーを飲みながら、YouTubeなどで映像を観ることですかね。「調べ物ですよ」みたいな顔をしてますけど、サボってるといえばサボってますね。家にいるときは、料理が息抜きになっています。「これを足したらどうなるんだろう?」とか考えながら作っているのが、けっこう楽しいんですよ。 ──プロンプト作りみたいですね(笑)。 宮城 そうですね(笑)。料理はけっこう近いものがあるかもしれません。あとは、ボランティアで学生たちに会う時間も、自分にとってはリフレッシュになっていると思います。学生たちはAIクリエイターになりたいわけではないので、僕らとは違う感覚でAIに触れているのが新鮮なんです。刺激を受けたり、何かを吸収したりすることができる、ありがたい場を設けていただいているなと。 ──そういった学生たちは、AIをどう活用しようとしているんですか? 宮城 今の学生たちって、社会貢献をすごく意識しているんですよね。緑を増やした街をイメージするとか、社会貢献につながるような発想が多くて。自分が10代のときは、社会についてまったく考えていなかったなと思うんです。だから、すごく頼もしいし、教えがいもありますね。ほかにも、先生になってAIを教えたいという子や、歌手になりたくて自分でMVを作る子もいて、それぞれ違いがあっておもしろいんですよ。 ──都市計画の専門家になって、AIを使って新しい都市のイメージを作るとか、いろいろな使い方があるわけで。宮城さんのもとで学んだ学生たちが、どうAIを活用してくれるのか楽しみですね。 宮城 だから、子供のころからAIに触れておいたほうがいいと思うんですよ。若くてセンスがある子を育てていけば、どんどんおもしろいことになっていくなと感じています。 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
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「ポップで軽いノリの作品も、本気で作って、上手にサボる」亀山陽平のサボり方クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。 2025年に放送・配信されるや、SFなのに懐かしさを感じるビジュアルや、ナチュラルな会話などが大きな話題を呼んだショートアニメーション『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』。全12話の3DCGアニメをほぼひとりで作り上げ、映画版として再編集・新作パートも加えた『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』の公開を控える亀山陽平監督に、作品作りの背景や、ちょっとしたサボりについて聞いた。 亀山陽平 かめやま・ようへい 2016年、欧米スタイルの手描きアニメーションを学ぶためにアメリカに留学。2019年、欧米では手描きアニメーションが主流ではなくなっていることや、Dに興味を持ったことから、大学を自主退学し帰国。専門学校生時代の2022年、個人制作兼卒業制作として作ったショートアニメーション『ミルキー☆ハイウェイ』を公開。同作が評判を呼び、2023年に『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』の制作を開始し、2025年に放送・配信された。2026年2月には同作を再編集し、作パートを入れた『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』が公開される。 ビジュアルは派手にしつつ、ストーリーは地に足をつける ──『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』のSFなのに懐かしさや親しみを覚える世界観、ナチュラルに会話する等身大のキャラクターといった世界観は、どのように生み出されたのでしょうか。 亀山 世界観は、「ビジュアル的に映えるかどうか」で決めています。だから、設定よりも見た目優先なんです。取っつきづらくなさそうなビジュアルにして、設定をあとづけしていくような感じですね。 (C)亀山陽平/タイタン工業 ──『ブレードランナー』(※1)の世界観を意識されている部分があると聞きましたが、一方で本作ならではのポップさも感じられます。その点で影響を受けた作品や世界観などはありますか? 亀山 高校時代に『ルーニー・テューンズ』(※2)にハマっていて、あのごちゃごちゃ感、ビジュアルのかわいさみたいなものは、原点としてあるかもしれないです。 ──宇宙暴走族のカナタが、電流を受けて硬直してしまうシーンなどはルーニー・テューンズ感がありますね。 亀山 たしかにありますね。そういうポップそうでちょっと泥臭い感じもあるのは、ギャップでインパクトを持たせようとしているからなんです。警察官が宇宙っぽくない制服を着ているのも、「ポップなの? ポップじゃないの?」という謎感を出そうしているところがあるかもしれません。 ──また、つまはじき者のキャラと宇宙という世界観を持つ作品として、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(※3)も想起されました。 亀山 予告編で心をつかむという意味でビジュアルのリファレンス(参考資料)にはなっていますが、特別好きな作品というわけではないんですよね。同じジェームズ・ガン監督の作品なら、『スーサイド・スクワッド』(※4)とかのほうが好きですね。残酷描写といった監督独自のテイストを存分に発揮しているので。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は、自分の中で感情移入できる要素が少ないというか、入り込める隙があまりないんですよ。 だから『ミルキー☆サブウェイ』のストーリーは、暴走した列車からなんとか帰ろうとする程度の危機が起こるくらいでいいと思ったのかもしれません。小さいころ、まだ電車に乗り慣れていなくて、間違った電車に乗って軽くパニックになるようなイメージというか。そのくらいわかりやすいほうがいいような気がします。 ──SF的な設定の壮大さがありつつ、ストーリーは大風呂敷を広げない。そういった地に足のついたバランス感が、親しみやすさを生んでいるんでしょうね。 亀山 ビジュアルが派手なぶん、演出やストーリーで地に足のついた部分を残すことは強く意識しています。『スター・ウォーズ』の1作目(エピソード4/新たなる希望)も、宇宙が舞台のSFだけど、序盤に農場で育った主人公が人生に鬱憤(うっぷん)を感じて夕日を眺める描写があって。ああいった感情移入できる瞬間があることは、やっぱり大事だと思いますね。 (※1)1982年に公開された、リドリー・スコット監督、ハリソン・フォード主演のSF映画。ディストピア(荒廃した未来社会)を描く「サイバーパンク」と呼ばれるジャンルを代表する作品で、長きにわたり愛されている (※2)アメリカのワーナー・ブラザースが製作するアニメーションシリーズ。バッグス・バニーやダフィー・ダック、トゥイーティーといった人気キャラクターを生み出した (※3)ジェームズ・ガン監督による、「マーベル・コミック」の実写映画シリーズ。銀河のお尋ね者がヒーローチームを結成し、宇宙の危機に立ち向かう (※4)「DCコミックス」の悪役キャラクターたちがチームを結成するアクション映画シリーズ。ジェームズ・ガン監督作品は、2021年公開の『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』 ネタだったはずの日常描写が、作品にリアリティを生んだ ──『ミルキー☆サブウェイ』といえば、亀山監督がほぼおひとりで制作されている点も注目されていますが、そういったスタイルのこだわりについても伺いたいです。 亀山 ひとりでやってよかったのは、自分の中で正解だと思ったアイデアをそのまま採用できたことですね。グループになるとアイデアが受け入れられなかったり、意図が伝わらなかったりすることもあると思いますが、自分にとっての正解をストップがかからずにやれたことは、強みになっていたんじゃないかと。 ──その結果、監督の個性やスタイルも感じられる作品になっているんでしょうね。 亀山 キャラクターにアニメっぽくしゃべらせない、セリフを被せるといった、聞かせるためではないセリフを作る演出は、自分のスタイルとして理解されているのかなと思います。これも地に足のついた表現のひとつなんですけど。 ──セリフの演出は、この作品の個性やリアリティのポイントですよね。ほかにリアルな人間臭さを生むための演出として、うまくいったところはありますか? 亀山 カートとマックスというキャラクターがゲームをプレイしているときに、主人公のチハルとマキナから話しかけられるんですけど、その途中でゲームが盛り上がって会話を中断してしまうシーンは、個人的にもうまくできたなと感じています。実際にそういった場面はよくあるし、「なんかこいつらイヤなヤツらだな」と思ってもらえるような描写にもなったかなって。 マックス(左)とカート(右) (C)亀山陽平/タイタン工業 ──カートとマックスが鏡の前で髪を整えたりしているのも、日常で見かけた場面を取り入れているそうですね。 亀山 そうですね。だから、共通の日常演出があるというよりは、普段の生活の中で「こういう瞬間ってあるよな」と感じたことを、場面に応じてキャラクターにやらせているような感じですね。それも最初はギャグのつもりでやっていたんです。「サイボーグに髪整えさせるんかい!」みたいな。ただ、結果的にそれが「この人たちって実際にいそうだな」と思ってもらえるような現実感や、自己投影のしやすさ、この世界の説得力にも寄与していたんじゃないかと思います。 ──食堂車に懐かしい食品の自動販売機が登場したりするのも、ネタといえばネタですけど、リアリティや親しみやすさを生んでいて、作品世界をより豊かにしているのかもしれませんね。 亀山 そういう点では、ニール・ブロムカンプ作品の存在は大きいです。『第9地区』や『エリジウム』といった映画の監督なんですけど、そのSF描写が衝撃的で。カッコよくないけど、なんだか見たことがあるようなガジェットが登場するんです。画的な映えよりも、細かい設定ありきでビジュアルを作り込んでいる。それが「ここまでやっちゃうんだ」というギャグにもなっているし、世界観の説得力にもなっているので、ブロムカンプ作品はビジュアル的にすごく好きなんですよね。 軽いノリは大事だけど、手を抜いていいわけじゃない ──『ミルキー☆サブウェイ』には、よりストレートなオマージュもありますよね。 (C)亀山陽平/タイタン工業 亀山 それはハリウッド映画の影響ですね。マーベル作品などはそういったオマージュがたくさんあって、向こうのオタクの人たちがひとつずつピックアップして説明している動画を観るのが好きで。 あと、背景の要素として、看板などにはどうしてもテキストを入れなきゃいけないので、そこは小ネタとして何かを想起するようなものを入れたほうが、観ていておもしろくなるんじゃないかと。 ──その遊びの部分は、純粋に監督の好みだったりするんですか? 亀山 何を入れるかは大事だと思っています。日本のアニメでもそういう文化は広がっていますが、「なんで今それを入れたの?」と疑問を抱かれてしまうのはよくないと思うんです。ただオマージュすることをおもしろがるだけじゃなくて、なぜそれをするのかといったテーマの部分も重視したほうがいいというか。自分でもそれがちゃんとできているかというと、怪しいところはあるんですけど。 ──では、作品における必然性とは関係なく、監督個人の趣味やノリが出てしまっているような部分はあまりないのでしょうか。 亀山 いや、現場のノリでやってしまうこともあります。あくまでエンタメ作品なので、日常の息抜きとして気軽に観てほしいという気持ちもあって。肩に力を入れて観なくてもいいような、ポップさやノリの軽さも大事にしています。ただ、作っているときの姿勢は軽くなってはいけないので、しっかり作って完成度を担保することも大事で。 ──そこはやはりバランスですよね。ひとりで作りながら客観性も持たなくてはいけない。 亀山 だから、軽いノリは大事だけど、手を抜いていいわけじゃないんですよね。軽いノリを本気でやっているからこそ、「何に本気を出しているんだ」というギャグにもなるわけで、映像はできるだけ気合いを入れてやらなくてはと思っています。 うまい手の抜き方というか、そういう演出もあるので、本当にさじ加減によるんですけど。アニメの『ぼっち・ざ・ろっく!』とかはそれがうまいですよね。3Dではなく作画だからこそ、描き込まないことによるギャグ演出があったりして。3Dだとデフォルメのようなことはできないので。 ──急にラフなタッチでゆるくキャラクターが描かれるような演出ですよね。たしかに3Dでは難しそうです。ただ、『ミルキー☆サブウェイ』に登場する警察署のキャラクター人形の古びた味などは、3Dだからできる質感の演出なのかなと思いました。 亀山 正直、古びた質感を出すのはそんなに難しくなくて。むしろ、新品でピカピカしているものに重厚感を出すほうがテクニックはいるんです。3Dだと安っぽく見えてしまうので。 もっと『ミルキー☆サブウェイ』の世界を広げていきたい ──映画用にショートアニメシリーズを再編集された『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』も公開されますが、何か意識されたことなどはありますか? 亀山 再編集ではあるので、映画用の演出を組むようなことは難しかったんですけど、そのぶん、映画として1本にまとめたときに違和感なく物語が流れていくよう、構成に注力しました。構成的なつなぎとして、警察側のパートを入れているんです。 新たなシーンに登場する警察官・アサミ (C)亀山陽平/タイタン工業 ──映画版になるほどの反響があったわけですが、作品を世に出したことで感じたことなどはありますか? 亀山 テレビ放送やYouTubeでの配信がされたとき、1話3分半で12話分を毎週放送することが世間にどう受け取られるか、まったく想像がつかなかったんです。「3分半のエピソードのために、みんな1週間も待ってくれるのだろうか」と思ったりして。でも、みんなほかのアニメと変わらない感じで楽しんでくれたので、そこはちょっとした衝撃でした。 ──どんなリアクションがあったのでしょうか。 亀山 ファンメイドのマンガをSNSに上げてくれたりしたので、キャラクターの日常にまで想像を広げてもらえるくらいの魅力は出せたんだなと思いましたね。ファンメイドのマンガの中にはキャラクター描写がうまくて、「俺、こんなセリフ書けないかも」と思うようなこともあって、勉強させてもらっていたくらいです。 ──それも、個々のキャラクターの魅力あってのことですよね。 亀山 そうですね。でもこの作品の世界って、まだ警察署と列車しか描けてないんですよ。だからこちらとしても、あのキャラクターたちの普段の生活みたいな、新しい映像を出せていけたらいいなと思っています。 ──「ミルキーユニバースシリーズ」がまだ広がる可能性があるということですね。楽しみです。 亀山 ノリで作った世界なだけに、ちゃんと設定を決めていかないとどんどん矛盾が出てきてしまうので、そこから考えるのは大変ですけどね……(笑)。でも、それも作品を観てもらってこそできることなので、ありがたい限りです。 ──ちなみに、ほかに興味のあるテーマや設定などはあるんですか? 亀山 時代劇が好きなので、いつかやってみたいですね。歴史考証が大変な上に、観る人も歴史を把握していないと深く楽しめない部分もあるので、エンタメとして成立しづらいジレンマはあるんですけど。でも、みんな侍とか刀とかは好きじゃないですか。だから、「擬人化した動物たちによるポップな時代劇ならエンタメとして成立させられるかな」とか、そういったことはずっと考えています。 自転車をこいでいると、アイデアが降ってくる ──監督のサボりについても伺いたいのですが、仕事に追われるなかでついサボってしまうようなことはありますか? 亀山 よくないかたちでサボってしまっていて。今、サボれる時間って食事のときぐらいしかないんですけど、「これが終わったら、また仕事に戻らなきゃ……」と思うと、ついダラダラ食べてしまって、体重も増えていく、みたいな(笑)。ただ、うまくサボらないと集中力は生み出せないので、サボりの時間は必要だと思います。だから、何分働いて、何分休む、みたいに、ちゃんと時間を決めてサボりたいですね。 ──「ポモドーロ・テクニック」(※5)みたいな感じですかね。 亀山 たぶんそれですね。漫画家さんのワークスタイル動画を観て、そういうのをちゃんとやっていきたいなと思っています。 ──ノってきているときに作業を中断することへの抵抗はないんですか? 亀山 ノってきたところで止めるぐらいのほうが、本当はいいのかもしれないです。客観的に仕事を見直す時間が定期的にあったほうがいいので。今は、グッズやコミカライズの作業もあったりして、一日一日を大事に生きなきゃいけない状況ではあるので、サボりについても最適な手順を勉強したいです。 ──では、リフレッシュできるような、息抜きの瞬間はどんなときですか? 亀山 毎日のように自転車で近所のスーパーに通っているんですけど、自転車をこいでいるときはいいアイデアがたくさん浮かんできます。やっぱり有酸素運動は大事なんでしょうね。ずっと部屋にいると、どんどんよくない状態になっていくので。気分も明るくなるし、アイデアもしっかり出てくるので、運動は優秀だなと思います。 ──スーパーでの買い物も、けっこう気が紛れるんじゃないですか。 亀山 そうですね。ただ、あまりにも食材のことに頭が行きすぎて、戻ってこられないこともあったりします(笑)。「大根、そろそろなくなるかな」とか、けっこう考えることがあって。 ──買い物も意外と忙しい。 亀山 そうなんですよ。でも、スーパーで見かける人にもキャラクターのヒントはあったりするので、地に足のついた世界を描くなら、日常的な生活の時間も持っていないといけないんじゃないかなと。やっぱり世捨て人みたいになってしまうと、人が観て共感できるような話は作れないような気がします。 (※5)タスクを25分(1ポモドーロ)ごとに区切り、5分休憩を挟み、4ポモドーロごとに長めの休憩を取る時間管理術 撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平 『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』2026年2月6日(金)公開 (C)亀山陽平/タイタン工業 『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』を再編集し、新作パートを加えた映画『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』が全国の映画館で公開。 https://milkygalacticuniverse.com/movie/
エッセイアンソロジー「Night Piece」
気持ちが高ぶった夢のような夜や、涙で顔がぐしゃぐしゃになった夜。そんな「忘れられない一夜」のエピソードを、オムニバス形式で届けるエッセイ連載
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チキン南蛮弁当に別れを告げる、食べ尽くし食べすぎた私だけの夜(ぼる塾・あんり)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 ぼる塾・あんり(ぼるじゅく・あんり) 1994年10月7日、東京都江戸川区生まれ。2014年、幼なじみのきりやはるかとお笑いコンビ「しんぼる」を結成、2019年に田辺智加と酒寄希望の先輩コンビ「猫塾」と合流してお笑いカルテット「ぼる塾」としての活動を開始。『女芸人No.1決定戦 THE W』2020・2023・2024で決勝進出。『ラヴィット!』(TBS)、『ぼる部屋』(九州朝日放送)、『イマドキッ』(MBSラジオ)などにレギュラー出演中。4月からメンバーの田辺智加とパーソナリティを務める『ぼる塾あんりと田辺の食べて喋って』(TBS Podcast)がスタート。 食べすぎた夜の次の日にもっと食べすぎた夜を過ごせば、昨日の夜の食べすぎは少しマシになる。 この考えを、私は【食べすぎのマトリョーシカ】と呼んでいこうと思う。 コンビニで買った夜ご飯、空の弁当箱やホットスナックが入っていた袋、その他もろもろ。 ゴミを入れたら、今日買った3円の袋はすぐにパンパンになった。 これを繰り返していくと、1週間も経たずに45リットルのゴミ袋もあっという間にパンパンになるのだ。 わかっている。 ひとり暮らしだから、誰のせいにもしない。 私がすべて食べた。 食い尽くした。 大人な私は、潔く食べすぎる。 今日の朝は、5時にマンションを出た。 見上げた空はまだ暗かった。 暗ければ朝ではなく、夜だ。 誰かが誰かにそう言って、もう少しだけ眠れたらいいのに。 そんなことを願いながら始まった1日。 夜まではまだ長い。 仕事は嫌いじゃない。 仕事があることはありがたい。 でも、早く帰りたい。 夜が待ち遠しい。 今夜も誰かと会う予定は特にないけど。 早朝からがんばった自分へのごほうびを存分に与えることができるのは、私だけだ。 今夜私は、昨日の私より食べすぎる。 帰りのタクシー、スマホの画面を見なくても指がデリバリーアプリの位置を覚えている。 そのまま慣れた手つきでお店一覧をスクロール。 デリバリーアプリの配達時間と地図アプリで自宅までの到着時間を比較しながら、今夜食べすぎるものを決めていく。 しかし、ダメだ。 今日は決まらない。 お腹が空きすぎて、わずか10分の配達時間でさえ待てそうにない。 よし、こうなったら、今夜はコンビニの商品で宴だ。 夜の暗闇で光る24時間営業の楽園で暴れてやろうじゃないか。 お弁当のコーナーに行く道中で、レジ前のホットスナックが充実していることを確認した。 この効率のよさをほかのことにも使えたら、もっと立派な大人になれるかも。 まあ、それは少し先の未来の私に期待しよう。 今は、宴の準備に集中。 このコンビニでよく買うチキン南蛮のお弁当と目が合った。 「おかえり」と言われた気がした。 自然と手が伸びた。 だけど、チキン南蛮弁当に触れる直前に止めた。 今日はもっと非日常を楽しみたい。 チキン南蛮弁当、今日はごめんね、また明日ね。 返事はもちろんなかった。 さて、どうしようか。 静かに悩む私の近くに、大学生くらいの男性3人が楽しそうに笑いながらやってきた。 彼らのカゴの中には、すでにお酒やお菓子がたくさん入っている。 これから誰かの家で宅飲みでもするのだろう。 ピザポテト、じゃがりこサラダ味、柿の種、しみチョココーン。 カゴの中のお菓子のラインナップで、特別な記念日や特別な理由があるような宅飲みではないとわかる。 目的も理由も曖昧な、ただなんとなく集まってする宅飲み。 これがどんなに楽しいか、私は知っている。 パーティー開けにしたピザポテトのパッケージがお皿になって、そこにほかのお菓子も盛り合わせていくのだろう。 明日の朝、柿の種は少し余り、家主のものになる。 知らない大学生たちの宅飲みを想像して、なんだか私まで楽しくなる。 私がそんな宅飲みをしていたのは、20歳から23歳くらいのとき。 芸人になって、1年目から3年目。 バイトやライブ、オーディションが終わったあとに、終電で同期の家に集まって、始発まで宅飲みをするのが習慣になっていた。 夜が深くなるほど、会話の内容も濃くなっていく。 売れたらどんな番組に出たいか、どんな芸人でありたいか、同期とそんなことを語っていると、なんだかもう叶っているかのような満足感があった。 今語り合っている夢がこれ以上遠ざからないように、同期との差が、結果ではなく努力から生まれないように、がんばらなければ。 同期との宅飲みは、楽しみながらも自分を焦らせる時間にもなった。 正直にいうと、本当にただ集まって、お菓子を食べて、朝には覚えていないようなしょうもない話をして、始発に帰るだけの無意味な宅飲みのほうが数でいえば多い。 でも、だからこそ、少しだけまともに語り明かすことができた夜を昨日のことのように覚えていたりする。 隣にいる大学生たちにまた視線を戻す。 彼らは今夜、何を語り合うのだろう。 「俺、弁当いっちゃおうかな!!」 私がさっき「また明日ね」と別れたチキン南蛮弁当を大学生のひとりが手に取る。 「今メシ食ってきたばっかだろ!」とか「食欲バカすぎ!」とか笑う友達に、うれしそうな表情をしている。 サービス精神が旺盛なチキン南蛮弁当の青年よ。 私が人生の先輩として予言しよう。 今日、君は宅飲みで一番先に寝ることになる。 青年にあのころの自分を重ねて、気づいたら私は弁当売り場からお菓子売り場に移動していた。 ピザポテトに「久しぶり」と声をかけられた気がする。 あのころみんなで分け合っていたものは、今日はひとりでたいらげる。 いや、あのころもほとんどひとりでたいらげていたかもしれない。 ピザポテトが入ったカゴにさっき別れたチキン南蛮弁当も追加した。 私に非日常はまだ早い。 日常の中で暴れよう。 今日の宴のテーマは“あのころの自分と今の自分の宅飲み”。 コーラとシュークリームもカゴに入れて、レジでアメリカンドッグと骨なしチキンも頼む。 3円で買った袋にパンパンに詰まった宅飲みの材料たち。 今夜私を楽しませてくれる、最高の演者たち。 なんだか大学生3人のカゴに入っていたものより多い気がするが気にしない。 今夜の宅飲みルールは、罪悪感を抱かないこと。 最高の夜にするんだ、遠慮なくはしゃごう。 その夜の私の食欲は、あのころと変わっていなかった。 宣言どおり、楽しくて仕方がない最高の夜を過ごし、満足して満腹で眠った。 あのころと変わらない自分、あのころから少し変われた自分、どちらも好きだと自覚する夜。 私はきっと、この夜をまた過ごしたくなるだろう。 大切にしたい私だけの夜。 朝に来るであろう胃もたれは、朝の私に任せてしまおう。 文・写真=ぼる塾・あんり 編集=宇田川佳奈枝
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祖母のために買い続けていたパンとお惣菜。“移動式祖母の家”になった夜(瀬戸璃子)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 瀬戸璃子(せと・りこ) 2001年6月10日生まれ、24歳。食べることをこよなく愛する俳優、モデル。2023年にボックスコーポレーションに所属。モデルでは「ピンクハウス」や「シープ」のビジュアルを担当、映画『ボウル ミーツ ガール』で主演を務め、MOOSIC LAB 2025にてベストアクター賞、第19回札幌国際短編映画祭にて最優秀国内作品賞を受賞。2025年8月は舞台『七つ数えて』(新宿シアタートップス)に立ち、2026年2月公開の映画『結局珈琲』に須藤役として出演。MOOSIC LAB 2026には『結局珈琲』に加えて、主演・矢吹ことり役を務めた“しどろもどり”最新作『床一面こんな感じ』と、主演・田中揚羽役を務めたマツモトタクロウ監督作品『ペキ・ペキ・ペキ』の3作品が上映される。 Instagram:@umauma_bot 駅から家に帰る途中に祖母の家があった。ひとり暮らしで心配だからというのもあったけど、高校や大学からの帰りに夜ご飯を2回食べたい日や甘やかされたい日、お小遣いが欲しい日に寄っていた。 いつも突然行くから「これしかないわよ」と言って、パスタを茹でてくれたり「Tさんに教えてもらったピンチ料理のワンタン麺よ」(すぐできる料理を祖母はピンチ料理と呼んでいた)と私に提供してくれていた。 お買い物好きでおしゃれ好き、お出かけ好きな祖母に、自由が丘や近所にあるあらゆる百貨店、博品館とかによく連れて行ってもらっていた。 歩いていてちょっと左のほうのコンビニとかお店を見てると、「何が欲しいの? 早く買いなさい!」という感じの買ってあげたい症候群の人だった。大して欲しいものがなくてもかなりしつこく聞いてくるから、とりあえずメントスグレープを買ってもらったりしていた。 気づくと祖母は歳を取って、脳梗塞を2回か3回、骨盤の骨を1回折っていてひとりで暮らせなくなる、歩けなくなると言われた。 入院した祖母を父が見舞いに行くと、看護師さんに見守られながらひとりで歩いて父に向かって手を振ったそうで父が「宇宙人かと思った」と言っていた。そのくらい自分が歩けなくなるなんて夢にも思っていないタイプの人だった。信じることってすごいな。 とはいえ、いろんな病気とケガを経てひとりで暮らせても、ひとりでは出歩けない身体になっていた。 お出かけ好きでグルメで世話焼きな祖母にとって、出かけられないのは相当なストレスがかかっているように見えた。だからなるべく合間を縫って、週に3回くらいおいしいパン屋さんのパンとかお惣菜とかを届けて、月に1回は近所の歯医者さんに散歩がてら引っ張り出すお出かけをしていた。 大学生で遊びたい盛りだった私にとっては、「歩けなくなって本当に不自由、つまらない。早く祖父のところに行きたい」と話す祖母との時間は退屈で、私も時間を割いて来てあげているのにそんなふうにつまらないとか、早く行きたいとか言うなよとイライラした。 ある日、「パンを届けに今から行くね。家いる?」と連絡をしたら返ってこず、私にも都合があるのにどうして今家にいるのか教えてくれないのかとイライラして、ものすごくイライラしながら祖母用のパンを5つ見繕った(不定期でおじいちゃんおばあちゃん介護の会みたいなやつに車で連れて行ってもらう日があった)。 パン屋さんで大学の課題をしながら、お茶をして連絡を待った。そのあと連絡も返ってこないし、だいぶ外も暗くなっていたのでいよいよプンスカしながら(頼まれてもないのに勝手に届けてるのにプンスカするのも変な話だが)祖母の家をピンポンした。 何回ピンポンしても出てくれなくてLINEも返信くれなくて、祖母の身に何か起こったんじゃないかとやっと気づいた。実家に連絡して祖母宅の鍵を母と妹が持ってきて、「おばあちゃんいる? 開けるからね?」と叫びながら開けたら、祖母が倒れていた。 看護師のたまごの妹が心臓マッサージをして、私が救急車を呼び、母が祖母に声をかけていた。 あれよあれよといううちに病院にいて、死んだと告げられ、兄やいとこ一家が来たりして、最後に父が来た。母の配慮で父には直接安否を伝える連絡はせず、父が来た瞬間どんなリアクションをするだろうと考えながら過ごしていた。母親が死ぬってどんな感じなんだろうなとか妄想していた。泣くかな?とか。 父が来て、見たことないカエルみたいな笑っているのか緊張しているのかわからない顔をして開口一番「しんだ?」と言った。父らしいなと思った。気が抜けてみんな笑った。 自宅で亡くなったから一応検死したりなんだりで気がついたら4時になっていた。ほぼ朝。祖母に買った5つのパン類を見ていられなくて、祖母を思いながら家族みんなが寝た家で、ひとりでパンをバクバク食べた。5つ全部バクバク食べて、悲しいとかもよくわからずに疲れたなと思って眠った。 死んだあとも火葬されるまでは毎日祖母に会いに行ったりして、火葬されるときもいまいち実感が湧かなかった。葬式やもろもろを済ませて、家を売ることになった。 なんとなく家にあいさつするかと思って、友達と遊んだ帰りに祖母宅を訪れた。たぶん25時とかだったと思う。 祖母の家に入って、リビングに着いて、三つ指ついて「ありがとうございました」って口に出した瞬間、やっと祖母がいなくなった、いなくなるって気がついて涙が止まらなくなった。泥だらけになって遊びに来ちゃった小さい私たちの思い出から、お泊まりしたときに「マッシュ(マッシュポテト)にする?」と毎回確認してきたことや、キレートレモンが好きと言ったらいつ行っても6瓶セットで置いてあったこと。反抗期の私のシェルターになってくれた思い出や、祖父に買ってもらったというアクセサリーたちを毎度お決まりのエピソードつきで100回くらい見せてきたことや、晩年愚痴ばかり言って、気づけばキレートレモンも買えなくなっていた祖母から、歩けなくなっても私をもてなそうとしきりにお寿司を取ろうとした祖母、何から何まで急に思い出してしまって。 プンスカしながら勝手に届けて祖母を助けているつもりだったけど、救われていたのは私だったと気がついた。身体の悪くなった祖母のエンタメ枠として訪れていたつもりだったのに、あの時間に私はこの家で無意識に甘え散らかしていたのだと実感した。 なんかよくわからないけど、申し訳ないとか恥ずかしいとかもう甘えられないとか話せないとか後悔とか感謝とかごちゃごちゃになった。 思い出は場所に宿るんだって改めて気がついて、その場所が売りに出されるってことは祖母がいなくなるってことで、悲しかった。夜も遅いしここで泊まって帰ろうかと思ったけど、祖母死んだ場所だしいないし(思い出は場所に宿るんじゃないのかよ)、怖いし素直に帰宅した。家までがものすごく長く感じた。歩いても歩いてもたどり着かないし、着きたくなかった。でも、すぐ着いた。 あれから2年以上経った。相手のためって思ったことはだいたい自分のためになってるっぽいから、いい意味でなんも考えずに気負わず素直に生きられるようになった気がする。祖母がいなくなって甘える場所がなくなったぶん、帳尻合わせるように生きやすくなった。 今、お墓よりも私に祖母が宿ってる気がする。私が“移動式祖母の家”になった夜だった。 文・写真=瀬戸璃子 編集=宇田川佳奈枝
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ちっぽけな後悔に涙する、みじん切り大会が開催された夜(中島侑香)エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」 「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。 中島侑香(なかしま・ゆうか) 1999年1月19日、愛知県生まれ。2019年より女性ファッション誌『JJ』を中心に活躍。2022年には映画『名もなき一篇・東京モラトリアム』で俳優としてのキャリアを本格始動。2023年には『なのに、千輝くんが甘すぎる。』で商業映画デビューを果たし、以降『朝をさがして』『祝日』『チャチャ』(2024年)など、話題作への出演が続く。テレビドラマでは、『あなたがしてくれなくても』や『イップス』(ともにフジテレビ)、『ザ・ロイヤルファミリー』(TBS)などに出演。 忘れられない夜。忘れたい夜。 忘れたくない夜。忘れた夜。 ああ、久しぶりにあの夜を思い出した。 「私は心を落ち着かせるとき、野菜をみじん切りにします」 特にそれが始まるのは夜。 夜は、ちっぽけな悩み事が“人生最大の危機”みたいな顔をしてやってくる。 そんな危機から私を守ってくれるのが、みじん切りなのだ。 たとえば新しい作品のクランクイン前夜。ついこの間もプレッシャーに負けじと大量の野菜をきれいな四角に刻んだばかり。 「あれ、“みじん切り”はいつから始まったんだっけ」 この仕事を始めてもうすぐ7年。7年前はみじん切りをしていなかった。20歳の私は自分を守る術なんてまだ知らなかったし、どんな心配事も、根拠なき大自信で乗り越えられていた。20代をドタバタと生きている間に、みじん切りという護身術を習得していた。 大人になるということは、自分を守れるようになることなのでしょうか。 2年前のあの夜。 とあるちっぽけな後悔が、“人生最大の危機”の顔をしてやってきた。 初めて主演を務めた映画の撮影終盤、帰りの電車で乗った駅から降りた駅まで涙した日があった。自分の演技にどうしても納得がいかなくて悔しかった。 そういうとき、目の前に座っていた会社帰りの男性、隣に座っていた高校生ふたり、止まる駅まですべてが、私の陰口で大盛り上がりなんじゃないかって本当に思ってしまう。 こうなったら涙は止まらない。もはやすべて流れ出てしまえ状態。大人になったら涙くらい止められると思っていたのに。 撮影現場に居合わせた人はそこまで大事に思っていなかったみたいだが、どうしても自分だけが自分を許せないときがある。 家に帰ると、すぐさま冷蔵庫を開けて入っていたすべての野菜をキッチンに並べた。 緊急みじん切り大会の開幕だ。 次の日もその次の日も映画の撮影は続くのに、ぐちゃぐちゃになったこの心で明日には行けない。 ならば、みじん切りをするのみ。(心の声になるとヒーロー調になるわけではない) まずは玉ねぎ2個。ザクザクとみじん切りを始める。 くう、目にしみる。もうなんの涙なのか訳がわからなくなって、ちょうどよかった。 次はにんじん。にんじんしりしり用に買ったものだが、今夜は例外。 そして茄子。絶対に揚げ浸しが食べたかったけれど、今夜はみじん切りになっていただく。 トントンザクザク。 カラフルのきれいな四角がどんどん生産されていく。 ぼーっとしながら次の野菜を手に取りザクリ。 うっかりブロッコリーのモサモサ部分に包丁を入れてしまった。「元みじん切りの集まり」みたいなブロッコリーはたちまち崩れて、また少し落ち込む。今宵の私は面倒だ。 冷蔵庫にそれを戻して、みじん切りに戻る。 だんだんと、「ジャガイモの芽に含まれている“ソラニン”そんな響きで毒なのはズルい」とか、「ついでに万能ねぎ刻んで冷凍しとくか」と順調に頭の中が野菜で埋もれていった。 キッチンに積もったカラフルの四角は、立派なものだった。 2、3歩下がってつい眺めた。腫れぼったい目の奥がにんまりとする。 「よし」 深呼吸をし、いってらっしゃいと野菜たちをフライパンに進ませる。 ポイントは弱火で大切に炒めること。せっかく刻んだ悩み事を粗雑に扱ってはダメ。 大切に向き合えば、あんなに泣かされた玉ねぎも狐色になり甘くなる。 それから少しの水で伸ばし、ルウを溶かして完成。 私の“人生最大の危機”は、キーマカレーになった。 浮かない顔した私よ。後悔や悩み事は、今日中に刻んで食べてしまえ。 もちろん、みじん切りをしたって、どんなにおいしいキーマカレーができたって、解決しないことだらけなのはわかっている。だってみじん切りをしているだけだし、キーマカレーがおいしいだけだから。けれど、「みじん切りをすれば大丈夫」というおまじないの効果は絶大だった。本当に、すごく。 それに、人生最大の危機なんてやっぱり大げさだった。 どうでもいいことがどうでもよくなくなったり、このまま夜に閉じ込められてしまう気がしたら、全部夜のせい。(あまりにも眠れない日「誰でも眠れる催眠術」という動画を観終わったことがある) 寂しがり屋で、時々私たちにいじわるをする。夜はひとりぼっちなのかもしれない。そう思うと途端にかわいいやつめ、とも思えた。 ついこの間、プラネタリウムに行きたくなり、レインボーブリッジを越えお台場へ。 谷川俊太郎さんの『夜はやさしい』という作品に出会った。 地球上のさまざまな場所から見える星空と音に包まれて、世界がぐんと横に広がった。夜の優しさが少しだけわかった気がして、ビルみたいなガンダム立像を見上げながら、自動販売機で買ったコーンスープでホッとした日を思い出した。 最後に。今まさに真っ暗な夜にひとりな私とあなたへ。 真夜中にキッチンの暖色灯ひとつでザクザク四角を生産する大人が今どこかにいます。 泣きながら、怒りながら、みじん切りをしています。 夜はひとりぼっちだらけです。ひとりぼっちが集まれば大人数です。 みんなでみじん切りをしましょう。 そしたら暖かいお茶でも飲んで、おやすみなさい。 文・写真=中島侑香 編集=宇田川佳奈枝
文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~
人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など──漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記
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なぜクラシックに惹かれるのか? クラシックに青春を捧げる4人を追いかけた1371日間──浅野直広『カルテットという名の青春』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2024年7月、WEBコミック配信サイト『サイコミ』連載の『感受点』(原作:いつまちゃん)の単行本を発売。2025年1月から『週刊SPA!』(扶桑社)にて『トムライガール冥衣』(原作:角由紀子)、2026年3月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)にて『今際の際のファムファタール』の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya 2011年にBS朝日で放送され、第49回ギャラクシー賞など数々の賞を受賞したドキュメンタリー番組が再編集され、劇場公開された。浅野直広が監督を務める本作は、タイトルのとおりカルテットに青春を捧げる若者たちを1371日間にわたりカメラで追った青春映画である。カルテットとは2本のヴァイオリンとヴィオラ、チェロで構成される合奏形態のことで「クラシック音楽の本質」ともいわれる究極のアンサンブルだ。 私は正直にいうと王道の……才能ある善良な若者の成長を追ったような作品が好みというわけではないのだが……本作の外せない見どころのひとつとして監督である浅野の視点がある。物語序盤の浅野の「クラシック嫌い」宣言がなかったら、私はこの映画に入り込めていなかったかもしれない。浅野の少し斜に構えた姿勢には個人的に共感を覚える。浅野の視点に乗って彼らを見ることで、浅野の変化とともに偏見を取り外すことができ、4人の青春がよりいっそう胸に響くようになる。 2008年、クラシック嫌いを自称する浅野が出会ったのは、カルテットを組む4人の若き音楽家たち。リーダーも務めるファーストヴァイオリン・タロウ(植村太郎)、芯の強い性格のセカンドヴァイオリン・マドカ(佐橘マドカ)、天真爛漫でムードメーカーのヴィオラ・マリコ(原麻理子)、これまでコンクールで1位以外を取ったことがないというチェロ・ダイ(宮田大)。4人とも経歴を聞いただけでまぶしくなるほどのエリートだ。4人は国内最高の若手演奏家集団の名をほしいままにしていた。クラシックが好きな人間からすると、垂涎ものの被写体なのだろう。だが、浅野にとって初めて聞いた4人の演奏は難解で「あくびを噛み殺す」時間になっていたというほど、退屈なものだった。何度も繰り返される演奏の違いは素人にはわからないような高度なものだし、無理もないと思う。私も、この映画についていけるのか不安になった。 「絶対そういう変なことはしてないから!」 コンクールへ提出する音源のレコーディング中、マドカがタロウに言い放った。楽譜の解釈についての言い争いだ。 「それが長いんだっつんだって!」 「じゃあ自分で弾いて!」 揉めに揉めた結果、4人は書類審査で落選となった。 浅野はこの日まで、この優秀な4人のサクセスストーリーを撮る予定だったという。そんな彼らがまさか一次審査での落選だなんて。浅野が前のめりになったのを感じた。 タロウが言った。 「僕たちのよさをわかってないだけ」 一次審査での落選を受けても強気にうそぶく若者たちは魅力的で、浅野が「なぜ彼らがこれほどまでクラシックに惹かれるのか」知りたくなったというのもうなずける。私はこの映画はおもしろく見られるぞ、と確信した。 その後、4人はマリコの海外留学によってさらに揺れ動くことになる。マリコは海外の自由で創造的な音楽に触れることで、ほかの3人とは違う音楽観を持つようになっていた。そして彼女は、ついにはカルテットからの脱退を申し出ることになる。 誰も彼女を引き止めようとはしなかった。誰も強い言葉を使わなかった。だが、4人の心がバラバラになっているのは明白だった。 その後、タロウ、マドカ、ダイはそれぞれ別の場所へ留学していくことになる。 そして浅野は4人の音楽に対する誠実な姿勢を目の当たりにし、「クラシック嫌い」という偏見から解放されていく。そうして、物語後半4人がカルテットを再開し「演奏に感情を込める」という壁にぶつかるころには、浅野は人生で初めてクラシックのCDを購入するようにまでなっていた。もともと音楽に造詣のある浅野だ。偏見がなくなれば、クラシックによさを感じるのも当然の流れなのかもしれない。 私がドキュメンタリーを好きだと感じる大きな点のひとつに、「被写体との接触、撮影を通して起こる監督の視点の変化」(またはその逆)がある。本作も、それがわかりやすく描かれているところが好きだ。欲をいえばもっと赤裸々な浅野の感情も知りたかったところだが、きっと4人へのリスペクトが大きくなるにつれて茶々を入れるのは野暮だ、という考えになったのだろう。それもまた、音楽好きである監督の「らしさ」な気がしてよい。 個性豊かな4人の中でも、私が特に惹かれた人物がファーストヴァイオリンのタロウだ。タロウは物語序盤、浅野からの「自分をおでんの具でたとえると?」という質問に「大根(メイン)かなぁ」「もちろんカルテットは4人平等だけども、ある意味で(僕の)責任は大きいんですよ」と答えていた。4人のリーダーも務めている彼のまじめさと責任感の強さがにじみ出た回答だ。 物語序盤、一次審査での落選を受けて強気にうそぶいていたのも彼だった。 「こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないんですけど、ちっちゃいころから、あんまりヴァイオリン弾くことに苦労しなかったんです」 音楽家一家に生まれ、環境にも才能にも恵まれていた彼にとって、今は初めてのスランプだという。「自由な演奏をしなさい」と言われ続けたタロウは、そのことをよけいに考えてしまい、よけいに気持ちを込められなくなる、という負のスパイラルに陥っていた。 並列して語るのもおこがましい話だが、表現の仕事をしている身として非常に共感し苦しい気持ちになるシーンだった。私はネーム(マンガの下書きのようなもの)に対して「この内容じゃあなたが描いている意味がない」という理由でボツをくらうことがよくある。そういうとき、どうしたら自分らしくなるのだろう、自分らしさを表現できる構成はどんなだろう、と考えれば考えるほど、学ぼうとすればするほど、素の自分らしさから離れていき、何をしたら自分らしいのかわからなくなってしまう。また、そうして「自分らしさ」を求められ続けると、今まで言われてきた「ダメ」によって、がんじがらめになっていく気がするときがある。 話が逸れてしまったが、そんな私にとってタロウが音楽の美しさに気づき涙を流すシーンは心にくるものがあった。 「なぜ彼らがこれほどまでクラシックに惹かれるのか」 実は、その答えが作品内で明言されることはないのだが、本作を見た人はみんな、自ずとその答えを見つけることができるだろう。 物語の最後、浅野は4人に再び同じ質問をする。 「自分をおでんの具にたとえると?」 その答えはぜひ劇場で確かめてほしい。 『カルテットという名の青春』 2026年4月3日(金)から、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開 監督・撮影・編集・ナレーション:浅野直広 制作・配給:テレビマンユニオン 製作:BS朝日、テレビマンユニオン 出演:植村太郎(ヴァイオリン)、宮田大(チェロ)、佐橘マドカ(ヴァイオリン)、原麻理子(ヴィオラ)ほか ナレーション:原田知世 (C)テレビマンユニオン
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生い立ち〜恋愛まで、ママタルト・大鶴肥満の赤裸々な人生──白武ときお『まーごめ180キロ』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2024年7月、WEBコミック配信サイト『サイコミ』連載の『感受点』(原作:いつまちゃん)の単行本を発売。2025年1月から、『週刊SPA!』(扶桑社)にて『トムライガール冥衣』(原作:角由紀子)の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya 「まーちゃんごめんね」。略して「まーごめ」。 謎の言葉を発して登場する身長182cm、体重188kg。ピンクのジャケットを羽織った一度見たら忘れない巨漢、その名は大鶴肥満(おおつる・ひまん)。「僕がもう少し細ければ」そう言って登場するのは相方・檜原洋平(ひわら・ようへい)。大鶴肥満に隠れているが、実は174cm、82kgと少々太め。凸凹コンビならぬ、凸とちょい凸コンビ──サンミュージックプロダクション所属のお笑いコンビ、ママタルトだ。 『まーごめ180キロ』は新進気鋭のお笑い芸人、ママタルト・大鶴肥満に密着したドキュメンタリー……ではなく、彼が発するあいさつのような……ギャグのような……ともかく彼がバラエティ番組でよく発している言葉「まーごめ」の真髄に迫るドキュメンタリー映画である、らしい。 監督は放送作家の白武ときお。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の最年少作家でありながら、『しもふりチューブ』、『ララチューン』、『ママタルト本物チャンネル』など数多くの芸人のYouTubeも手がけている。 ひと言でまとめるのは難しい映画だが、あえてひと言でいうと、“180kgのおもしろい男に出会える映画”だ。実際、作中で「まーごめ」という単語はそれほど登場しない。大鶴肥満が現在の大鶴肥満という存在になって得たものの象徴として「まーごめ」という単語が使われているといった感じだ。いわばメタファー。 「ファン向けのムービーなのか?」と思われてしまうかもしれない。だが、大鶴肥満という人間をよく知らない映画ファン、ドキュメンタリーファンの方も興味を失わないでほしい。最初は知らない巨漢でも、2時間見たらきっと好きになるから。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 私がママタルトというお笑いコンビを知ったのは、2021年の冬だった。 個人的な話になるが、私は趣味のひとつとして『ぷよぷよ』というパズルゲームを挙げている。8年ほど前に出会ったこのゲームはなかなかおもしろく、私は大会やオフライン対戦会にも赴き、中級者といっても差し支えない程度の実力を手に入れるほどにはやり込んでいた。2021年11月、ぷよぷよの対戦会で知り合ったいわば“ぷよぷよ友達”のひとりから、ある日こんなことを言われた。 「今年のM-1(グランプリ)、追ってます?」 私は好きなコンビが準々決勝で落ちてしまった旨を話した。 「だったら真空ジェシカを応援しましょう。ボケの川北さんがぷよぷようまいんで」 彼らがYouTubeで芸人仲間を集めてぷよぷよを配信しているということを教えてもらった私はさっそくアーカイブを視聴した。 配信に参加しているのは真空ジェシカ・川北茂澄、ママタルト大鶴&檜原、ストレッチーズ高木貫太、さすらいラビー・中田和伸の5人。全員ちゃんとこのゲームをやり込んでいるのだろうとわかるプレイをしている。うまい。正直、競技人口も多くないゲームだ。芸人さんがこんなにたくさんこのゲームをやり込んでいるのか、と驚いた。 そんなきっかけでこの4組の芸人のファンになった私は、彼らの出演している番組を録画して観たり、西新宿ナルゲキの合同ライブに行ったり、単独ライブに行ったり、ラジオを聴いたり……と彼らを追いかけるようになった。そう、彼らは4組とも、ネタもおもしろかったのだ。ついでにいうと、MCのフリートークもめちゃくちゃおもしろい。おもしろくてぷよぷよがうまい、そりゃあ当然好きになるだろう。 前置きが長くなったが、それからしばらく経った2023年春。ママタルトの……いや、「まーごめの」ドキュメンタリー映画が公開されるという情報を耳にした。どうやらライブ用に作った映像を再編集したものを映画版として全国公開する、という経緯らしい。ドキュメンタリー映画が好きでママタルトも好きな私には願ってもない出来事だった。 さらに、私は大鶴肥満という人間の生い立ちにも興味があった。私は当時、ママタルトの冠ラジオ『ママタルトのラジオ母ちゃん』(GERA)をよく聴いていたのだが、大鶴肥満は時折、実家との確執や学生時代のトラウマに関する話をすることがあった。特に父親との反りの合わなさは繰り返し語られているトピックだった。率直に気になっていた。 とはいえ、芸人さんの(元は)ライブ用の映像ということであまり深い話は期待しないように、ライブの幕間を観る気持ちで観るべきだろう。そんな気持ちで臨んだ上映だったが、結果は期待の上の上を行く大満足だった。お笑い(コメディ)とドキュメンタリーのいいとこ取りをした素晴らしい映画だった。 2021年夏、表参道。ワタナベエンターテインメント本社の前に大鶴肥満はいた。大鶴肥満は言う。 「まーを待ってます」 「まー?」 「マルシアです」 大鶴肥満は俳優の大鶴義丹に似ていることから、現在の芸名を名乗っている。 2004年、大鶴義丹が記者会見でマルシアに対して発した言葉「まーちゃん(マルシア)、ごめんね」を略して「まーごめ」と言っているらしい。 ……えっ、もう答え出たじゃん。いやいや、まだ続く。 本作は3つの軸で進行していく。 1つめは、大鶴肥満がママタルトを結成し活躍するに至るまでの経緯について。大鶴肥満の語りを中心に、大学お笑い時代から親交の深い真空ジェシカやサツマカワRPGら10人のお笑い芸人の視点で語られていく。 2つめは、大鶴肥満の恋の行方について。これは現在進行形の話。マッチングアプリで知り合い1年間もの間気になっているMちゃんとデートを重ね、告白を試みる肥満の様子が映されている。 3つめは、大鶴肥満の……いや、粕谷明弘(かすや・あきひろ/大鶴肥満の本名)のこれまでの人生について。お笑いを始めるきっかけとなった大学のある明大前駅、嫌な思い出の小学校を巡る。 さらにはいじめを受けたという高校時代を振り返りながら 「お笑いは復讐だよ?」 ウエストランド井口浩之の言葉を借りて、自身の原動力を語る。 この映画は入れ子構造にもなっている。前述のとおり本作はもともとライブ用に作られた映像で、真空ジェシカ、大鶴小肥満(※スカート・澤部渡)による上映ライブが行われていた。映画版では上映ライブでの音声や映像も使われており、観客の笑い声や真空ジェシカによるツッコミが副音声的に被せられている。 そんな複雑な構成を取っている本作だが、実際見てみると案外見やすい。 大鶴肥満をはじめとした演者のしゃべりがうまいことに加えて、編集のバランス感覚が非常にいいことが理由だろう。退屈になりがちなインタビューシーンでも館内は常に笑いが起きていた。 おそらくこれは、視聴者の大半がお笑いファンであろうという想定から生まれた配慮だろう。 たとえば、大鶴肥満が語っているとき、ちょっとおもしろい遊具にまたがっていたとする。どう見てもおもしろいしツッコんでほしいけど、大事な話をしているから話の腰は折らないでほしい。そんなとき、後づけのテロップや真空ジェシカによる副音声で処理する。バラエティの手法をドキュメンタリーに取り入れたこの編集は秀逸で、作品にマッチしていたと思う。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 ともかく、「お笑いファンが楽しめる」ドキュメンタリーになっているので、見やすいのだ。 とりわけ印象的なのが、前述のいじめを受けたという高校のあとに訪れた実家のシーンだ。実家が近づくにつれ大鶴肥満の顔が曇っていくように見える。 実家では今どき珍しい、息子の芸を、いや、息子がお笑いの道へ進んだこと自体をまったく認めていない父親が登場する。 「芸能人になるなんて許せないですね」 「情けない。早くコロッて死んじゃえばいいんだよね。誰にも迷惑かけずに死んでください」 さらに父親は、自分はコロナウイルスの関係でできないから友人に葬式をしてもらえと続ける。 「ごめんな、そんな子供に育てちゃって。もうちょっと才能がある子供に育ててあげればよかったのに」 ……もちろん、まったく愛がないわけではないだろう。母親は、父親は自分よりも大鶴肥満の活動を追いかけているとフォローする。 (C)劇場版まーごめ製作委員会 大鶴肥満は最後、「そのままでいてくれてありがとう」という言葉を残して実家を去る。そのまま、というのはもちろん、俺の嫌いな親父でいてくれて、という意味だろう。 物語の最後は相方・檜原への想いで締められる。マンガ『HUNTER×HUNTER』の主人公・ゴンと 親友・キルアの関係になぞらえて、ひわちゃん(檜原)は俺にとっての光だ、という。これまでの1時間半で大鶴肥満の暗い側面をたくさん見てきたので、よりいっそう、このふたりが出会ったことへ感謝の気持ちが湧いてくる。そんなママタルトは、2024年に初めてM-1の決勝へと進出した──結果は10組中10位と、グランプリを獲得することはできなかったが、平場の強さとふたりの人柄からか、今やお茶の間の人気者となっている。 総じていい映画だったな、と思う。エンディングで流れる音楽も素晴らしい。 私は初見時、少し泣きそうになった。実家のシーンがあまりにもリアルなのもいい。芸人など“しゃべりがうますぎる”人の語りは本心なのかトークをおもしろくするための誇張なのかがわかりづらいときがあるが、あのシーンによって疑う余地もない、本心の部分が見えた気がする。 実はこの映画は以前から紹介したかった一本なのだが、自分がファンだからこそためらっていた。 「知らない人が観てもおもしろいのか?」と。 2025年10月、「第17回下北沢映画祭」で『まーごめ180キロ』が再上映されるということで、私は“ママタルトのことはテレビで見たことがある”程度の認識の友人を誘って観に行くことにした。反応がよければ自信を持って読者に勧められる。結果は想像以上で、かなり気に入ってくれたようだった。物販のクリアファイルを購入し、マックを食べて帰ろうとまで提案してきた。自分の好きな映画、そして自分の好きな芸人にそれだけ人を動かす魅力があることが誇らしい。 『まーごめ180キロ』を観たあと、きっと思うだろう。 このおもしろい男に出会えてよかった、と。 監督:白武ときお プロデューサー:雨無麻友子 構成:橋本拓実、エレファントかさ増し、梶本長之 音楽:PARKGOLF 出演:檜原洋平(ママタルト)、大鶴肥満(ママタルト)、ほか (C)劇場版まーごめ製作委員会
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誰を信じたらいいのか、全聾の作曲家“ゴーストライター”の真実──森達也『FAKE』文野紋のドキュメンタリー日記 ~現実(リアル)を求めて~ 人生を変えた一本、退屈な日々に刺激をくれる一本、さまざまな愛に気づく一本など── 漫画家・文野紋によるリアルな視点、世界観で紹介するドキュメンタリー映画日記 「全聾(ぜんろう)の作曲家佐村河内守はペテン師だった!」 今から約10年前の2014年2月、世間を騒がせる“ゴーストライター騒動”の発端となる記事が「週刊文春」(文藝春秋)に掲載された。作曲家である新垣隆(にいがき・たかし)氏が18年間にわたり佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏のゴーストライターを務めていたことなどを告発した一連の騒動である。 (※以下、敬称略) 佐村河内は当時、聴覚障害を持ちながらゲーム音楽や交響曲などを発表し“現代のベートーベン”と評されていた。新垣はこの18年間で20曲以上もの楽曲を提供したことに加え、佐村河内に対し「耳が聞こえないと感じたことはない」「彼のピアノの技術は非常に初歩的で、譜面は書けない」と、佐村河内の聴覚障害の真偽についてや作曲能力についても告発した。佐村河内は、制作が自分ひとりによるものではないことは認めた上で、新垣に対し名誉毀損で訴える可能性もあると公言した。 本作は、映画監督・森達也による佐村河内を追ったドキュメンタリーである。 まず最初に、この映画を評価するのは非常に難しい。そもそも真偽不明な事件を扱っている上に、映像によって登場人物たちへの印象や好感度がコントロールされているように感じる。佐村河内も18年にわたり誇張した自己プロデュースを成功させ世間から評価されていただけあって、(それが意図的な演技なのか、彼の人柄から滲み出る天然ものなのかはわからないが)同情心を煽るのがうまい。大好きな豆乳をコップに並々注いで飲む姿がなんともかわいらしい。佐村河内を献身的に支え、森を含めた来客に毎回違うケーキを振る舞うような気遣いの人である妻・香の存在もそれを助長させる。ついでに猫もかわいい。 でも冷静に考えるとおかしな箇所はたしかに存在していて、作曲に関しても聴覚に関しても、佐村河内は1の真実を100と誇張していたことが問題なのに、メディアが0だと決めつけている(1を取り上げてもらえない)ことについて掘り下げられていく。もちろんそれも問題だしマスメディアの悪いところなのだが、本来は1であるのになぜ100だと誇張したのか、その部分の丸裸の本音が語られることはない。作中で佐村河内は杖をついていないし(足が悪く杖をつかないと歩けないとされていた)、激しい耳鳴りに悩まされ向精神薬(※)を服用しているとされていたが、そのようなシーンもない。もちろんカメラが回っているときにたまたま症状がなかっただけかもしれないので断言はできないが、いち視聴者として「あれって設定だったの?」と思ってしまう部分はある。 (※精神症状の治療に使われる薬物の総称) 大前提として、そもそも佐村河内の肩書は作曲家であるし、実際に足が悪かったかどうかはどうでもよい。別に「キャラ設定のために杖をついていました」と言ってくれたっていい。だが、そういったシーンはないし、きっと佐村河内はそれを認めないだろう。認めない以上、本当に足が悪く、よほど調子のいい日以外は杖がないと歩けない(撮影した日はたまたま調子のいい日だった)という可能性もある。そういうアンバランスさがどうにも気持ち悪い作品だ。 だが私は、この作品をおもしろいと感じた。まがりなりにも、同じものづくりをしている人間として感じるものがあった。この連載では基本的に、テーマ作品の案を私が数点提案し、それを編集部のみなさんに選んでもらうかたちを取っているのだが、私は『FAKE』を今回含め計3回提案し、ようやく記事を書くに至ったくらいだ。 物語は佐村河内の家を訪ねる監督・森のシーンから始まる。そこには森の言葉を手話で通訳し、森にケーキを振る舞う妻・香と夫婦の愛猫が映っている。 「事件から9カ月くらい経つと思うんですけど、日に日にマスコミで報道されている共作問題以外の──特に耳ですね──の嘘。それへの悲しみとか日本中がメディアの言うことを鵜呑みにして、誤解されたままになって日本一低い人間のように扱われて、その悲しみというか……」 佐村河内は自身の聴覚に関する再検査の結果を森に見せる。佐村河内の平均聴力が約50デシベルの感音性難聴であるという事実がマスコミによって取り上げられることはほとんどなかったという。この結果は、脳波を検査して発覚したもので不正などはできない。 ある日、佐村河内の自宅にフジテレビのプロデューサーらが現れる。机には妻・香が用意したであろうケーキが並べられている。プロデューサーらは年末の特番に佐村河内に出演してほしいと、打診のため自宅を訪ねたという。おもしろおかしくイジるのではなく、彼の今後をテーマとして未来に向かった音楽活動を取り上げたい、という。 佐村河内はこんなに目を見て話してくれる人たちを疑いたくないが、もし自分が出演を断ったら復讐のためボロクソにイジられるのではないかと思ってしまう、と申し訳なさそうに伝えた。プロデューサーらはそのような扱いは絶対にしないと説明する。 佐村河内は結局、そのバラエティ番組の出演を断った。そしてその番組には佐村河内の代わりに新垣が出演することになった。番組では新垣が佐村河内に関しての質問を受け「楽器は弾けるというレベルではない」と答える場面が放送されていた。テロップでは「自分の演奏を一度も見せなかった」とも。覚えている人も多いかと思うが、このころ新垣は一躍時の人となっており、バラエティ番組にファッション誌にと引っ張りだこだった。ゴーストライター騒動を話題に、笑いを取っていた。「違ってましたね」と落胆する佐村河内に対し、森は言う。 「出演していたらだいぶ趣旨は変わっていたと思います。つまりどういうことかというと、テレビを作っている彼らには信念とか思いとかが全然ないんです」 このセリフがなんともいえない。その場をおもしろくすることばかり考えている、というのなら佐村河内もそうだったのではないか。音楽を愛しているのなら、そこに信念があるのなら、そもそも全聾であるという嘘は信念を汚すもののような気がする。 ……と書いていくと新垣が真っ黒の悪人のように感じるが、おそらくそうでもないと思う。ゴーストライター問題について長年黙っていたのも、きっと気弱で佐村河内やプロデューサーに流されていただけなのだろう。新垣は大学で教鞭をとっているのだが、学生たちからの評判も非常にいいという。作中でも自著のサイン会に訪れた森に対し、「ぜひお話ししたいと思っていた」と穏やかに対応した。結局、取材の依頼は新垣の事務所から断られてしまうのだが。 物語中盤、アメリカの著名なオピニオン誌の記者から取材を受けるシーンがある。今まで佐村河内への同情心を煽るような撮り方をしていたが、ここで風向きが変わる。 「誰もが気になることだが、そもそもどうして作り話を?」 「18年の間に、なぜ楽譜の読み書きを覚えようとしませんでした? 覚えれば役に立ちません?」 極めつきは、 「なんでピアノがないのですか? 捨てる必要はないんじゃないですか?」 この質問に佐村河内は、 「んーなんですかね。部屋が狭いから」 と答える。腱鞘炎で弾けなくなったのではないのか。 「指示書は見てる。文書は見てる。でも、多くの読者がそれが作曲の半分までと思えない可能性が高い。ぜひ何か佐村河内の作曲である音源なりなんなりを見せてほしいんです」 現実世界でドラマチックなフィクションを演じた人間を追ったドキュメンタリーという企画自体、ある種メタ的なように感じるが、撮り方も観客の感情を振り回すよう巧みに構成されている。佐村河内に肩入れさせられたかと思えば、マジレスする海外の記者を登場させ、でもやっぱり佐村河内の言ってることっておかしくない? 全部嘘なんじゃ?と思わされたり……。 私が本作を初めて観たのは、公開から何年も経ってからだった。 この映画のポスターには大きな文字で「誰にも言わないでください、衝撃のラスト12分」という宣伝文が書いてある。この映画を観て最初に思ったことは、「このラストって“衝撃”なんだ……」ということだった。直接的なネタバレは避けるが、映画を観るにあたり佐村河内のWikipediaを読むと、元バンドマンであることや、新垣と出会う前から作曲の仕事をしていることなどが書かれていたので、本作のラストは私にとって騒動に関する真相がどうであれ、真っ先に想像されるドラマチックな結末であったからだ。いやむしろ、騒動に関して佐村河内が黒に近ければ近いほどラストの展開が見たいと思うはずだ。 本作が公開されたのが騒動から約2年後、まだ騒動について世間が強く記憶していたころということを考えると、当時の観客にとっては「誰にも言えない衝撃のラスト」だったのだろうか。それは佐村河内をなめすぎではないだろうか。というよりも、佐村河内が本作のラストとは違う結末を選ぶような人間だったなら、こんな2時間にも及ぶ映画の主役にはならなかったのではないだろうか。 新垣は佐村河内との制作作業について、 「彼の情熱と私の情熱が、共感し合えたときはあったと思っています」 と会見で語っている。 ラストの展開は少なくとも音楽の専門知識のない私にとっては、騒動に関する真偽を証明できるものではない。曲を聴いて作曲家が同じかどうか判別できるだけの知識などない。だがものづくりを生業とするいち表現者として、感じるものがないわけではない。佐村河内が音楽を愛していた……というよりも音楽というものに期待していた、夢を見ていたことは事実だと思う。事実であってほしい。惜しむらくは作曲に取りかかるシーンがほとんどカメラに収められておらず、撮影を再開したときにはすでにメロディができてしまっていたことだ。 佐村河内は作中で新垣に対し「非常に優秀な技術屋さん」と評した。私事だが、私は以前、ネーム(マンガのコマ割りをしたラフのようなもの)原作のマンガの作画担当をしてほしい、という旨でいただいたお仕事が、いつの間にか「口頭で物語を説明するからあなた(作画家)が内容を詰めて描き起こしてね」というものにすり替わっていたことがある。もちろんそれでは作画担当としての仕事の域を逸脱している、ということでお断りさせていただいたが、きっと佐村河内と新垣の関係性もそういった積み重ねで歪になっていたのではないかと思う。 私だってマンガのアシスタントさんに対して、いつだって細かく指示を出せるわけではなく「ここの背景、いい感じに木を描いておいてください」というような、アシスタントさんの能力にお任せするような指示をすることもある。編集者にアイデアがないかと相談し、それを採用したこともある。私に口頭で説明すると言った原作者もきっと「こいつを使って楽して稼いでやろう。うっしっし」なんて思っていたわけではないと思う。共作自体は悪いことではないし、発表方法を変えてしまえば問題ないのだが、佐村河内の場合、それをプライドが許さなかったことが問題なのだろう。曲作りにおいてプロデューサーのような立場で新垣に指示をしていたのは事実なのだから初めからそう言えばよかった。でも佐村河内はそれができなかった。虚勢を張ってしまった。どんどん誇張して、メディア受けする嘘の自分を演出してしまった。それが彼の業だろう。 物語の最後でもまた、妻・香が森にケーキを振る舞うシーンが映される。チョコレートの装飾のきれいなそのケーキを見て佐村河内は言う。 「うわーすごい」 「こんなことで、楽器が手元に戻ってくるまで、自分こんなことに感情が動くことなかったもん。きれいだとか」 森は『FAKE』の公式サイトに次のようなコメントを寄せている。 「僕の視点と解釈は存在するけれど、結局は観たあなたのものです。でもひとつだけ思ってほしい。様々な解釈と視点があるからこそ、この世界は自由で豊かで素晴らしいのだと。」 (映画『FAKE』公式サイトより引用) この連載でどこまで自分の仕事や作品に絡めて文章を書くか毎回悩むのだが、自著である『ミューズの真髄』(KADOKAWA)にも似たシーンがある。美大を志す主人公の美優は、自分の至らなさを受け入れられず、憧れの先生(月岡)の模倣に走ってしまう……というどうにも業の深い女性キャラクターなのだが、彼女が物語の最後にどうして絵を描くのか自問自答し、出した答えが「自分を責め立てる大嫌いな世界でも、絵のモチーフだと思えば美しくおもしろく見えてくるから」というもので、最終的には模倣をやめて自分の絵を描く、という概要だ。ちょっとだけ『FAKE』に近いものがある気がする。 このコラムを書きながら、この作品の何が自分にとってよかったのかがうまく説明できず何日も悩んでいた。結局真相はどうであれ、創作の持つ力を信じさせてくれる演者と作り手だからという、それだけなのかもしれない。佐村河内は、まだ全然我々に丸裸は見せてくれてはいない。きっと彼の虚勢を張る癖、誇張して自己を演出するような部分は、そう簡単なものではないのだろう。 だが、彼が発した「作曲できたおかげ」という言葉は本当のように見えるので、やっぱりいい映画だったなと思う。 文野 紋(ふみの・あや) 漫画家。2020年『月刊!スピリッツ』(小学館)にて商業誌デビュー。2021年1月に初単行本『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を刊行。同年9月から『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載していた『ミューズの真髄』は2023年に単行本全3巻で完結。2024年7月、WEBコミック配信サイト『サイコミ』連載の『感受点』(原作:いつまちゃん)の単行本を発売。2025年1月から、『週刊SPA!』(扶桑社)にて『トムライガール冥衣』(原作:角由紀子)の新連載がスタートしている。 X:@bnbnfumiya (C)2016「Fake」製作委員会
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第59話「大人になるということ」|マンガ『ぺろりん日記』鹿目凛【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
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第58話「4歳児のプライド」|マンガ『ぺろりん日記』鹿目凛【「Daily logirl」とは】 テレビ朝日の動画配信サービス「logirl」による私服グラビア。毎週ひとりをピックアップし、撮り下ろし写真を月曜〜金曜日に1枚ずつ公開します。
林 美桜のK-POP沼ガール
K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム
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次世代の最先端を走る『82MAJOR CONCERT <BEBEOM : BE THE TIGER> in JAPAN』東京公演の見どころをレポート|「林美桜のK-POP沼ガール」特別編「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 北米での単独ツアーを成功させ、世界から注目を集める次世代K-POPボーイズグループ・82MAJOR。 『82MAJOR CONCERT <BEBEOM : BE THE TIGER> in JAPAN』が2月14日にZepp Haneda(TOKYO)で開催されました。 なんと今回、CSテレ朝チャンネル1にて 4月25日(土)よる6:00〜よる7:00 東京公演のダイジェストとビハインド映像を収録した特別番組が放送されるということで、 今回の記事では、私が感じた見どころをまとめてみました。 圧巻のオープニングと、癒やしトークのギャップ メンバーの一人ひとりを映したオープニング映像。 モノクロからカラーへ……始まりが近づいている。 ライブのスタートは「Heroes」。 真っ赤なバックスクリーンに、6人の凛としたシルエットが際立つ。 「東京、準備はいいか」というかけ声で 「Passport」へ、一気に加速して高まるボルテージ!! メンバーとファンのテンションがガッチリと合う選曲、圧巻でした。 メンバーのみなさん、なめらかな日本語でごあいさつ。 さっきまでの雰囲気とは一変、フニャッとした癒やしのトーク。 完璧すぎるギャップの魅力……(沼)。 今回のライブのタイトル<BEBEOM : BE THE TIGER>には、「普通を超える存在になる」「虎になる」という意味が込められているんだそう。 「タイガーになりタイガー」なんて、かわいらしさ全開の意気込みにほっこり。 ハイレベルなパフォーマンスから感じる「次世代」 82MAJORの高いラップスキルには、ラップの楽曲ってこんな幅が出せるのかと驚かされました。 ラップと聞いて思い浮かぶようなものだけでなく、爽やかだったり、キュートだったり、クールだったり。 一人ひとりの音色の違いが重なると、本当におもしろくて新鮮に楽しい。 ダンスもカッチリ合わせるのではなく、個のよさを存分に引き出しながら、それでも“団”としてのまとまりがある。 曲間では、それぞれの曲に込めた想いやポイントを自然に説明されていて、メンバーみんなで曲を作っているからなのだなぁ、と。みなぎる自信と説得力がありました。 みなさんの最新の“今”が詰め込まれているからこそ、「次世代」なのだなぁと体感しました。 そんな中でも、私は「Choke」という曲の中毒性にハマっちゃいました。 エッジの効いたキレのあるサビ、一音一音が明瞭で気合いがこもっていて、エネルギーを存分に感じるステージでした。 「SQUAD」は、華やかで力強いラップが体に刻み込まれる感じ。 ファンを巻き込んでのコールアンドレスポンスは、咆哮(ほうこう)のような迫力がありました。 バレンタインチョコが溶けるほどの熱気! そして、注目はアンコール。 走ったり跳んだり、ステージの上を縦横無尽に駆け回るメンバーのみなさん、爽やかでかわいかったです。ただ、どれだけ走っても息切れしないラップ。プロフェッショナルでした。 ファンもメンバーもお互い楽しくなる曲を何度も披露。 じゅうぶんすぎるほどの満足感。最高のアンコールでした。 実はバレンタインの日のライブだったんですが、 もちろんチョコが溶けるほどの熱気の中、幕を閉じました。 私は「次世代」の最先端を走る82MAJORさんを目撃しました。 今後がますます楽しみ! さあ、最後に改めまして、 CSテレ朝チャンネル1にて 4月25日(土)よる6:00〜よる7:00 東京公演のダイジェストとビハインド映像を収録した特別番組が放送されます。 ぜひご覧ください!! 撮影=大橋祐希 文=林 美桜 編集=高橋千里
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K-POP好きこそ観てほしい。日韓の美術交流をさかのぼる『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』主任学芸員・日比野民蓉が伝えたかったこと|「林美桜のK-POP沼ガール」マレジュセヨ編「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 2025年12月6日(土)~2026年3月22日(日)まで開催されている展覧会『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』は、1945年以降、日本と韓国が影響を与え合いながら紡いできた、美術の軌跡を見つめ直す企画です。 本展開催の横浜美術館があるみなとみらい駅周辺は、コンサート会場が多く、K-POPファンの方にもおなじみの場所かもしれません。ライブの高揚感とはまた違う角度から、「おとなりの国」とのつながりを感じられる時間になるでしょう。 Kカルチャーが私たちの日常に根づいた今、アーティストたちが紡いできた長い対話の歴史、そこで生まれた表現が映し出すものとは? 展示をじっくり鑑賞した林美桜が、本展を企画した横浜美術館主任学芸員の日比野民蓉(ひびの・みよん)さんにお話を伺います。 優劣をつけず「多様性」を表現する展覧会 林 見応えたっぷりで本当に素晴らしい展示でした……! これまでの展覧会であまり目にすることのなかった視点もたくさん感じ取れたのですが、そもそも日比野さんが本展を企画したきっかけはなんだったのでしょうか? 日比野 話し始めると少し長くなってしまうのですが(笑)。これは日韓国交正常化60周年を記念する展覧会でもありますが、その10年前、日韓国交正常化50周年の節目のとき、私は国立新美術館(新美)にアシスタント・キュレーターとして在籍していました。その際に新美が、開館当初から毎年開催していた現代美術のグループ展を韓国の美術館と一緒にやることになったんです。 さらにその前、大学院の修士課程での私の専門領域は、1945年以前の日本と朝鮮半島の美術の関わりでした。ただ学芸員の仕事を始めてからは、現代美術分野のお仕事をする機会が多くなっていった。つまり、学生時代に関心を持っていた1945年以前から、一足飛びに2000年代へと対象にする時代が飛んでいったんですね。 そうすると「1945年から2000年代に至るまでの韓国、あるいは朝鮮半島と日本の美術の関係はどうなっていたのだろう?」という疑問が湧いてきました。そこで調べてみたところ、45年以降の日韓の現代美術の歴史を、大きな視点でさかのぼる展覧会は、両国とも過去に開催されていないことがわかったんです。 「これはどこかで誰かがやらなければいけない」と思っていたのですが、美術品の海外輸送がある・なしで展覧会にかかる費用が桁違いに変わります。国内作品だけで成立させるのか、海外からも借りるのかで、予算規模はまったく違ってくるんです。 マティスやモネ、ゴッホのように、何十万人もの来場者が見込める、いわゆるブロックバスター的な展示とは事情が違うわけで、正直コストパフォーマンスがいいとはいいにくい企画になる。ですから、いつ実現できるだろうかとずっと機会をうかがっていました。 そんな折、横浜美術館が大規模改修工事のために長期休館することになりました。そしてリニューアル後の館のコンセプトをどうするかという議論の中で、「多様性」というキーワードが掲げられたんです。 そのときに「もうこれしかない」と思い、長く温めてきたこの企画を、館のリニューアルオープンの理念を体現する展覧会としてぜひ実現させてほしいと提案したところから、すべてが始まりましたね。 林 「多様性」を体現する展覧会ということは、韓国と日本、そして在日コリアンのアーティストによる作品が並列で展示されているところにも表れていますよね。 日比野 そうですね。これまでにない試みなので、「大変だったことはありますか?」と聞いていただく機会も多いのですが、意外とないんです。 というのも「そこに優劣はない」ということが、最初から展覧会の基本コンセプトにあったからです。在日コリアンであるがゆえに、日本の美術史からも韓国の美術史からもこぼれ落ちてきた部分が少なからずある。その活動をきちんと位置づけたい、という思いが出発点でした。 グローバル社会の現在は、国や民族、共同体といった単位で美術を語ること自体がナンセンスになりつつある時代です。それでもあえて「日韓」というフレームを掲げる展覧会である以上、その“はざま”にいる在日コリアンの活動を一緒に語らなければ、日本と韓国の現代美術史を正しく描くことはできない。そう考えてスタートしました。 林 在日コリアンの人々による“はざま”の感覚が、この展示には強く表れていると思いました。在日コリアンのアーティストの作品で、日本と韓国のはざまにあると感じられる表現の傾向のようなものはありますか? 日比野 「在日コリアンによる作品だから、こういう表現傾向がある」という語り方は、私自身はしないようにしています。属性から作品を捉えるのではなく、まず作品そのものがどのような意味や感覚を鑑賞者に与えるのか、そこから作家のバックグラウンドへとさかのぼるほうが、キュレーターとしては適切なアプローチだと考えているからです。 ただ、時代ごとに各作家が置かれた社会状況でどのような表現をしてきたのかを見ると、たとえば1950年代の在日コリアンの作家たちは、当時の社会問題に対して非常に強い問題意識を持って制作していたことがわかります。 もちろん、それは在日コリアンの作家だけに限った動きではありません。1950年代の日本でも、社会的テーマを美術に積極的に取り入れる流れはありました。ただ、在日コリアンの作家の中には、帰国事業のような自分自身の立場に直結する問題や、日常生活の中のコミュニティや集住地を描く作品など、より切実なテーマが表れやすい傾向はあったのではないかと思います。 日韓国交正常化以降の、美術交流で生まれた作品たち 林 社会状況の変化の中でアートが何を映し出していったかというお話は、個人的に、日韓国交正常化で両国の交流が一気に盛んになった1965年以降の作品を見て強く実感しました。 日比野 たとえば、本展にも展示されている関根伸夫さんの『位相-大地』(1968年発表)は、土を掘り起こし、その形をそのまま隣に置くという作品で「もの派」(1970年前後の日本で起こった美術の動向)の先駆けともいわれています。 手前:『位相-大地1』(関根伸夫、1986年/個人蔵)、左奥:『風景(I)(II)(III)』(李禹煥、1968年/2015年/個人蔵(群馬県立近代美術館寄託))、撮影=加藤 健 ただ、関根さんがあの作品を作っただけでは、もの派は成立しなかったと考えられています。日本を拠点に活動し、当時の日本の最前線の美術動向から強い刺激を受けていた作家の李禹煥(リ・ウーファン)さんが『位相-大地』を目撃し、「ここから新しい美術が始まる」と直感し、それを言葉で理論化しました。そのテキストは韓国語にも翻訳され、韓国の若い作家たちにも読まれた。つまり日本で起こっている動向が、ほとんど時差なく韓国に伝わったわけです。 また李禹煥さんに関してはもちろん言葉だけでなく、作品も象徴的だといえます。中でも『点より』『線より』のシリーズは、絵の具を筆につけ、点を打ち、かすれるまで線を引くといった、書道にも通じる行為の痕跡を通じて、日本と韓国を含む東洋の視覚文化に根差しながら表現するものです。韓国出身の李さんが日本を活動拠点にして、より広い視点から文化を見つめ直したことで、このシリーズが生まれたとも考えられるでしょう。 写真上:『点より』、写真下:『線より』(李禹煥、1977年/東京国立近代美術館蔵)/日比野「1970年代前半に始まった李禹煥の代表的な絵画シリーズで、絵画作品は韓国の『単色画』にも数えられますが、絵の具がかすれていくさまや筆のリズムの痕跡が単純に見ていて楽しい作品ですよね」 こうした思考や表現の往復が、国交正常化をきっかけに本格的に始まった。1960年代後半から80年代にかけてが、日本と韓国の直接的な美術交流の萌芽期だったと思います。 林 さまざまな作品が行き来することで生まれた表現というものを、実際に目の前にすると「交流ってこういうことなんだ」と実感しますね。 日比野 一つひとつが個人的なバックグラウンドと密接なことがわかりますよね。たとえば海老塚耕一さんの『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』という作品は興味深いです。こちらが制作されたのは2024年ですが、その素材に関しては、さかのぼること1979年に初めて韓国を訪れたときに買い求めたものなんです。 『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』(海老塚耕一、2024年/個人蔵)/林「オンドルに使われる紙が使用されているんですね」 日比野「はい。壮版紙(チャンバンジ)というもので、伝統的なオンドルに使用するときと同様の表面処理が本作にも施されています」 海老塚さんは横浜・鶴見の出身で、在日コリアンが多い地域で育ちましたが、その歴史について深くは知らなかった。大学時代に在日コリアンのジャーナリストの著作を読み、日本の帝国主義の歴史と彼らの人生がどう結びついているのかを知り、大きな衝撃を受けたそうです。 1979年に韓国へ渡航し大邱(テグ)で滞在制作を行い、伝統的なオンドル(かまどを焚いたときに出る煙を利用した暖房)の床に使われる紙の質感に強く惹かれ、持ち帰ります。しかしその紙は、先ほどの背景があったことから、海老塚さんにとってあまりに大きな意味を持つものとなって、長い間使えなかった。およそ半世紀近く経って、ようやく作品に用いたのが『Correspond-1977年7月 大邱の余韻』だといいます。 「視覚的な体験」で、若い世代にもより響く展示に 林 会場には若い来場者も多くいらっしゃいましたが、本展を通じて初めて日韓の歴史を知る方も多いのではないかと思います。 日比野 そうですね。どんな方が来て、どんな感想を持ってくださっているのか、私も日々SNSなどで拝見しています。特に第1章『はざまに──在日コリアンの視点』のところで「全然知らなかった」という声が多く、在日コリアンの歴史があまり知られていなかったことも、改めて感じました。 第1章『はざまに──在日コリアンの視点』は、日本と朝鮮半島に国交がなかった1965年までの20年間の在日コリアンに焦点が当てられている/日比野「林典子さんやナム・ファヨンさんといった、1965年以降に生まれた世代の作家の作品をあえて並べて見せることで、遠い過去の話ではない問題として引き寄せて考えてもらおうと考えました」 ただ「在日コリアンの歴史に関する展示です」という言葉が先行してしまうと、どうしても入りにくい部分があると思うんです。高嶺格さんの作品『Baby Insa-dong』にもありましたが、「在日」というワード自体が日本社会の中で排他的に扱われ、差別の対象になってきた歴史があるからです。 若い世代によって韓国や朝鮮半島に対する感覚が大きく変わったとはいえ、日本人にとって「在日コリアン」という言葉に対する一種の恐れや戸惑いがまだあるのではないかと思います。どこまで話していいのか、間違ったことを言ってはいけないのではないか、と。知ること自体が、自分たちの過去や先祖を振り返ることにつながる。その触れ方が難しい、と感じる方もいるのが事実です。 でも、美術作品はまず目の前に“ある”ものです。本をひとりで読むのとは違い、同じ空間で多くの人と共有できる。視覚的な体験として入ってくるのが、美術の強みです。たとえば古美術を見たとき、何千年も前に作られたものが今も目の前に存在しているという驚きがありますよね。近代美術であっても、80年前の人たちがこういうものを作っていたという事実が、まざまざと迫ってきます。 言葉や概念から入るのではなく、視覚的な体験から入ることができる。そういう意味で、若い方々にとっても新鮮な驚きとして受け止められているのではないかと思います。 林 展示の中でも、中村政人さんの写真作品は、若い来場者に刺さるのではないかと感じました。ソウルで撮影された一連の作品からは、街の細部に寄せられた関心を感じ取ることができて、すごく現代っぽいなと。 中村政人による写真作品の展示/日比野「中村さんの作品は着眼点が秀逸ですよね。ソウルの街が持つダイナミックさを細部に見出して芸術として捉える視点が感じ取れます」 SNS上などで、旅行先の看板やオブジェなど何気ないものの写真をアップする若い方が多いので、それに近い感覚だったのかもとおもしろく鑑賞しました。中村さんは1990年に、日本から韓国へ留学されていたんですよね。 日比野 そうですね。80年代後半から、旅行などで日本から韓国へは行っていたそうです。 中村さんが美大生だった当時は、多くの日本の若者がアメリカを目指していました。アメリカで最先端のアートを観て、ギャラリーに扱われて認められるというのが、アーティストにとっての「ゴール」としてまなざされていた時代だったんですね。 でもその感覚が、中村さんとしてはあまり腑に落ちなかったそうで、「それって本当にそうなの?」という違和感があった。そんななか韓国に行き始めて、「近い国にダイナミックな世界が広がっている!」と感じたそうです。 中村さんの写真って、ソウルの街で一般市民が行っている営みが、そのまま芸術のように見えてしまうところがおもしろいですよね。街の中の風景や、人々の振る舞い、制度やルールのズレみたいなものに、非常に鋭く目を向けている。欧米を目指す前に、すぐ隣にある国にまったく違うおもしろさの文化や社会があることに気づいたんですね。その感覚が、中村さんを韓国留学へと向かわせたのだと思います。 「いつもとなりにいる“から”、その先は?」と、問いを投げかける 林 そして近年の若い世代による作品も、興味深かったです。特に、武蔵野美術大学と朝鮮大学校によるプロジェクト『突然、目の前がひらけて』(市川明子、鄭梨愛、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉/2014〜15年/2025年)のコーナーでは、作品もそうですが、作家同士による話し合いの記録が展示されている形式が印象的でした。 『突然、目の前がひらけて』(市川明子、鄭梨愛、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉/2014〜15年/2025年)/プロジェクトを実践したメンバーがそれぞれ「日本人」「在日朝鮮人」の立場で続けた対話の記録が展示されている 日比野 塀を隔てて隣り合っている武蔵野美術大学と朝鮮大学校の間に、橋を架けるプロジェクトですよね。ただ最も重要なことは、今おっしゃっていただいたように「橋を架けたこと」そのもの以上に、そこに至るまでのプロセスでした。 5人の作家たちが、各自のアイデンティティに関わる問題意識について、痛みを伴いながらもやめなかった対話。その軌跡こそが、このプロジェクトの本質なのではないか。だからこそ今回の展示でも、抜粋にはなりますが、そこで交わされた彼らの言葉がちりばめられています。 林 ここで観た作品についても誰かと話したくなるようなものばかりでしたし、対話を続ける大切さは、この展覧会の鑑賞後に最も強く感じました。 日比野 ありがたいことに、「人と感想を交換したくなった」という声をよくいただいています。 『いつもとなりにいるから』という展覧会タイトルは、あえて「~から」と文章を途中で止めることで「いつもとなりにいる“から”、その先は?」と、問いを投げかけるかたちになっています。「いつもとなりにいるから、どうなのか」「だから、私たちはどうするのか」といった、日本と韓国が地理的に隣にあるという事実のその先を、どう考えていくのか。 誰かと一緒に語り合うのも、自分の中で言葉をつないでもいい。来場してくださった一人ひとりが、「から」の続きを考えられるような展覧会になっていたらと思います。 横浜美術館リニューアルオープン記念展 『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』 2025年12月6日(土)~2026年3月22日(日) 10時~18時 ※入館は閉館の30分前まで ※木曜日は休館 文=菅原史稀 撮影=佐々木康太 編集=高橋千里
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チュ・ヨンウさんに“チュうもく”! 飾らない魅力が光る『2025 チュ・ヨンウ ASIA FANMEETING TOUR [Who (is) Choo?] in JAPAN』レポート|「林美桜のK-POP沼ガール」特別編「林 美桜のK-POP沼ガール」 K-POPガチオタク・林美桜テレビ朝日アナウンサーの沼落ちコラム 昨年末に開催された『2025 チュ・ヨンウ ASIA FANMEETING TOUR [Who (is) Choo?] in JAPAN』に行ってきました!! チュ・ヨンウさんは、『オク氏夫人伝 -偽りの身分 真実の人生-』や 『トラウマコード』『広場』『巫女と彦星』など話題作に出演。 『第61回百想芸術大賞』放送部門の男性新人演技賞をはじめ 名だたる賞を受賞している、今大注目の俳優さんです。 今回は特別編として、本イベントのレポートをお届けします! チュ・ヨンウさんにとって、初めての日本ファンミということで 最初から最後まで語り尽くしたい気分ですが…… 2月14日(土)ひる12時からCSテレ朝チャンネル1にて ファンミーティングが放送されるということで ネタバレ禁止で、私が感じた見どころポイントをご紹介したいと思います。 <ファンミーティングツアー日本公演を独占放送!> 2月14日(土)ひる12時~午後2時 CSテレ朝チャンネル1 <独占放送>2025 チュ・ヨンウ ASIA FANMEETING TOUR [Who (is) Choo?] in JAPAN https://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/variety/0841/ 飾らないユニークなトークに、笑いすぎ注意!? まずは、トーク。 日本語がお上手でびっくり!! 日本のアニメをよくご覧になるからなじみがあるそうなんですが、 たくさんの日本語を混ぜながら話してくださいました。 (C)2026 J HARMONY Co., Ltd. All rights reserved. ヨンウさんの飾らないナチュラルな雰囲気が、とにかくとっても魅力的!! ファンに褒められると大爆笑、リアクション一つひとつが自然で どんどん生まれる親近感に、取り込まれていく。 フレッシュかつ堂々としたオーラ。ものすごいパワー。 今まで感じたことのない独特の雰囲気に、すべてのシーンが印象に残りまくり。 (C)2026 J HARMONY Co., Ltd. All rights reserved. 見ているこちらのイメージがふくらむ、ユニークな語り口・内容、 大爆笑でした(放送で初めて見る方、笑いすぎ注意ですよ、本当に)。 エピソードの随所に20代の感性がちりばめられていて、新鮮な感覚。 皆様、何回も何回も観たくなっちゃうはずです。録画もお忘れなく! 歌とダンスも器用にこなす、完璧すぎるパフォーマンス! 歌、ものすごく感動。 深みがあって、力強く響いていました。 心がキュンとするようなビブラートも効いていて、 感性のぐんと深いところまで刺さってきました。 (C)2026 J HARMONY Co., Ltd. All rights reserved. 驚いてばかりになってしまいますが、ダンスのレベルも高すぎました。 長い手足を活かしたダンスは、息を飲む腕前。 俳優さんであることを忘れるくらい、プロでした。 (C)2026 J HARMONY Co., Ltd. All rights reserved. なんでも器用にさらりと素敵にこなす姿、まぶしいほどに完璧。 インタビューで感じた、謙虚で朗らかな人柄 今回、『大下容子ワイド!スクランブル』でインタビューさせていただきました。 こちらもぜひご覧いただけるとうれしいです。 ファンミーティング前のお忙しい時間にもかかわらず応じていただきました。 質問に一つひとつまっすぐ丁寧にお答えいただき、 謙虚な姿勢に、こちらの背筋もピンと伸びるようでした。 ヨンウさんが作り出すフレッシュで朗らかな空気が 観てくださる方々にも伝わるといいなと思います。 (C)2026 J HARMONY Co., Ltd. All rights reserved. 見れば見るほど、お話を伺うほどに こちらの期待感がぐんぐん増していく感じ。 一瞬一瞬がきらめく。ライジングスターとはこのことかと。 勢いを肌で感じました。 <ファンミーティングツアー日本公演を独占放送!> 2月14日(土)ひる12時~午後2時 CSテレ朝チャンネル1 <独占放送>2025 チュ・ヨンウ ASIA FANMEETING TOUR [Who (is) Choo?] in JAPAN https://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/variety/0841/ ファンミーティングの様子が放送されます!! なんと2時間。お見逃しなく。 チュ・ヨンウさんに“チュうもく”です!! <チュ・ヨンウさん出演ドラマ> 韓国ドラマ『トキメク☆君との未来図』 CSテレ朝チャンネル1にて放送中 https://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/drama/1127/ 文=林 美桜 編集=高橋千里
奥森皐月の喫茶礼賛
喫茶店巡りが趣味の奥森皐月。今気になるお店を訪れ、その魅力と味わいをレポート
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カボチャのムースがピカイチ!喫茶店の未来を考える「カフェ トロワバグ」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第10杯先月、友達と名画座に行ってきた。期間限定で上映している作品がおもしろそうだと誘われ、私も興味があったので観ることに。同じ監督の作品が2本立てで楽しめて、大満足で映画館をあとにした。 2本分の感想が温まっている状態で、その街でずっと営業している喫茶店に行った。けっして広くないお店のカウンターであれこれ楽しく映画のことを話していると、店の奥にいた男女のお客さんの声が聞こえてきた。どうやらそのふたりも私たちと同じ映画を観ていたそうだ。 その街での思い出を、その街の喫茶店で話している客が同時にいて、これこそ喫茶店のいいところだよなと感じた出来事だった。 「3つの輪」を意味する店名とロゴマーク 今回は神保町駅から徒歩1分というアクセス抜群の場所にある「カフェ トロワバグ」を訪れた。 大きな看板と赤いテントが目印の建物の、地下へ続く階段を降りていく。トロワバグとはフランス語で「3つの輪」という意味だそう。輪が3つ連なっているロゴマークが特徴的だ。 店内に入るとまず目に入るのは、かわいらしいランプやお花で飾られたカウンター。お店全体はダークブラウンを基調としていて、照明も落ち着いている。大人の雰囲気をまとっていながらも、穏やかな時間が流れている空間だ。 昼過ぎではあったが、若い女性のグループからビジネスマンまで幅広い客層のお客さんがコーヒーを飲んでいた。独特なフォントの「トロワバグ」が刻まれたお冷やのグラスでテンションが上がる。カッコいいなあ。 横型の写真アルバムのような形のメニューが素敵。一つひとつ写真が載っていてわかりやすく、メニューも豊富だ。 コーヒーのバリエーションが多く、サンドウィッチ系の食事メニューや甘いものなど全部おいしそうで、どれにしようか悩む。喫茶店ではあまり見かけないような手の込んだスイーツも豊富で、すべてオリジナルで手作りしているそうだ。 いつかホールで食べ尽くしたい「カボチャのムース」 今回は創業から一番人気でロングセラーの「グラタントースト」と「カボチャのムース」と「トロワブレンド」をいただくことにした。結局、人気と書かれているものを頼みたくなってしまう。 グラタントーストにはサラダもついている。ありがたい。 ハムやゴーダチーズなどの具材が挟まれたトーストに、自家製のホワイトソースがたっぷり。ボリューミーだけれど、まろやかで優しい味わいなのでもりもり食べられる。 クロックムッシュを置いている喫茶店はたまにあるが、「グラタントースト」というメニューは案外見かけない。わかりやすい名前と誰もが虜になるおいしさで、50年近く愛されているのだという。 カボチャのムースがこれまたおいしい。おいしすぎる。カボチャそのものの甘さが活かされていて、シンプルながら完璧な味。なめらかな舌触りで、少し振りかけられているシナモンとの相性も抜群。添えられているクリームはかなり甘さ控えめで、ムースと食べると食感が少し変わる。 カボチャのムースがある喫茶店は多くないだろうが、トロワバグのものはピカイチだと思う。いつかお金持ちになったらホールで食べ尽くしたい。食べ終わるのが名残惜しかった。 ブレンドは苦味と酸味のバランスが絶妙で、食事にもケーキにも合う。 まろやかで甘みも感じられるので、コーヒーの強い苦みや酸味が苦手という人にも飲みやすいのではないかと思う。 喫茶店が50年も残り続けているのは「奇跡的」 カフェ トロワバグについて、店主の三輪さんにお話を伺った。 オープンしたのは1976年。お母様が初代のオーナーで、娘である三輪さんが2代目として今もお店を継いでいるそうだ。学生時代からお店で過ごし、お母様とともにお店に立たれている時代もあったとのこと。 地下のお店なのでどうしても閉塞感があり、当時はタバコも吸えたので男性のお客さんが多かったそうだ。しかし、禁煙になってからは女性客も増え、最近は昨今の喫茶店ブームで若いお客さんも多いという。 女性店主ということもあり、なるべく華やかでかわいらしさのあるお店作りを心がけているそう。たしかに、テーブルのお花や壁に飾られている絵は店内を明るくしている。 客層の変化に合わせて、メニューも少しずつ変わったとのことだ。パンメニューの中にある「小倉バタートースト」は女性に人気らしい。 若い女性のグループが食事とスイーツをいくつか注文し、シェアしながら食べていることもあるそうだ。これだけ豊富なメニューだと誰かと行ってあれこれ食べてみたくなるので、気持ちがよくわかった。 落ち着きのある魅力的な店内の内装は、松樹新平さんという建築家さんが手がけたもの。特徴的な柱やカウンター、板張りの床などは創業以来変わらず残り続けている。 喫茶店というものは都市開発やビルのオーナーの都合などで移転や閉店をしてしまうことが多い。そのため、50年近く残り続けているのは奇跡的だ。 松樹さんは今でもたまにトロワバグを訪れることがあるそうで、自分のデザインのお店が残り続けていることを喜ばしく思っているそうだ。店内のあちこちに目を凝らしてみると、歴史が感じられる。 店主とお客さん、お互いの「様子の違い」にも気づく これまでにも都内の喫茶店を取材して耳にしていたのだが、三輪さんいわく喫茶店の店主は“横のつながり”があるそうだ。お互いのお店を訪れたり、プライベートでも交流したり。 先日閉店してしまった神田の喫茶店「エース」さんとも親交があったそうで、エースの壁に吊されていたコーヒーメニューの札をもらったそう。トロワバグの店内にこっそりと置かれていた。温かみがあって素敵だ。 神保町にはかなり多くの喫茶店が密集している。ライバル同士でお客さんの取り合いになっているのではないかと思ってしまうが、実際は違うようだ。 たとえばすぐ近くにある「神田伯剌西爾(カンダブラジル)」は現在も喫煙可能なため、タバコを吸うお客さんが集まっている。また「さぼうる」はボリューミーな食事メニューがあるため、男性のお客さんも多い。 そしてトロワバグさんは女性客が多め。このように、時代の流れによってそれぞれの特色が出て、結果的に棲み分けができるようになったとのことだ。 街に根づいている喫茶店には、もちろん常連さんがいる。常連さんとのコミュニケーションについて、印象的なお話を聞いた。 たとえば三輪さんの疲れが溜まっていたり、あまり元気がなかったりするときに、常連さんは気づくのだという。それは雰囲気だけでなく、コーヒーの味などからも違いを感じるのだそう。きっと私にはわからない違いなのだろうが、長年通っているとそういった関係が構築されていくようだ。 反対に、お客さんの様子がいつもと違うときには三輪さんも気づく。「コーヒーを1杯飲むだけ」ではあるが、それが大切なルーティンでありコミュニケーションであるというのは喫茶店ならではだ。喫茶店文化そのもののよさを、そのお話から改めて感じられた。 2号店「トロワバグヴェール」を開いた理由 実は、トロワバグさんは今年の6月に2号店となる「トロワバグヴェール」をオープンしている。同じ神保町で、そちらはコーヒーとクレープのお店。 週末のトロワバグはお客さんがたくさん来店し、外の階段まで並ぶこともあるという。そこで、せっかく来てくれた人にゆっくりしてもらいたいという思いがあり、2号店をオープンしたそうだ。 また、現在のトロワバグのビルもだんだんと老朽化してきていて、この先ずっと同じ場所で営業するというのはなかなか難しいのが現実だ。 その時が来たらきっぱりとお店をたたむという考えもよぎったそうだが、喫茶店業界では70代以上のマスターが現役バリバリで活躍している。それを見て三輪さんも「身体が元気なうちはお店を続けよう」と決心したそうだ。 結果として、喫茶店の新しいかたちを取ることになった。元のお店を続けながら2号店を開く。 古きよき喫茶店は減っていく一方のなか、トロワバグがこの新しい道を提案したことによって守られる未来があるように思える。 三輪さんは喫茶店業界の先を見据えた営業をされていて、店主仲間ともそのようなお話をされているそうだ。私はただ喫茶店が好きで足を運んでいるひとりにすぎないが、心強く思えてなんだかとてもうれしい気持ちになった。 最終回を迎えても、喫茶店に通う日々は続く 時代の変化に伴いながら、街に根づいた喫茶店。神保町という街全体が、多くの人を受け入れてきたということがよくわかった。 喫茶店のこれからを考える三輪さんは、これからのリーダー的存在であろう。大切に守られてきたトロワバグからつながる「輪」を感じられた。神保町でゆっくりとしたい日には、一度は訪れていただきたい名店だ。 昨年12月に始まったこの連載だが、今月が最終回。私も寂しい気持ちでいっぱいなのだが、これからも喫茶店が好きなことには変わりない。 今までどおり喫茶店に日々通って、写真を撮って記録していく。いつかまたどこかで、みなさんに素晴らしいお店を紹介したい。そのときにはまた読んでね。ごちそうさまでした。 カフェ トロワバグ 平日:10時〜20時、土祝日:12時〜19時、日曜:定休 東京都千代田区神田神保町1-12-1 富田ビルB1F 神保町駅A5出口から徒歩1分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
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贅沢な自家製みつまめを味わう。成田に佇む“理想の喫茶店”「チルチル」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第9杯これまでに行った喫茶店とこれから行きたい喫茶店の場所に、マップアプリでピンを立てている。ピンに絵文字を割り振ることができるので、行った場所にはコーヒーカップ、行きたい場所にはホットケーキ。 都内で生活をしているため、東京の地図にはコーヒーカップの絵文字がびっしりと並んでいる。少しずつ縮小していくにつれ、全国に散り散りになったホットケーキのマークが見える。 いつか日本地図を全部コーヒーカップの絵文字で埋め尽くしたいなぁと、地図を眺めながらよく思う。 そのためには旅行をたくさんしてその先で喫茶店に行くか、喫茶店のために旅行するか、どちらかをしなければならない。どちらにせよ遠くまで行ったら喫茶店に立ち寄らないのはもったいないと思っている。 旅行気分で、成田の喫茶店「チルチル」へ 今回はこの連載が始まって以来一番都心から離れた場所に行ってきた。JR成田駅から徒歩で12分、成田山新勝寺総門のすぐそばのお店「チルチル」さんだ。 ずっと前から SNSや本で写真を見ていて、いつか行ってみたいと思っていた喫茶店。取材させていただけることになり、成田という土地自体初めて訪れた。 駅から成田山までの参道にはお土産屋さんや古い木造建築の商店などが建ち並んでおり、成田の名物である鰻(うなぎ)のお店も軒を連ねていた。 賑やかな道なので、体感としては思ったよりもすぐチルチルさんまで行けた。よく晴れた日で、きれいな街並みと青空が最高だった。旅行気分。 レンガでできた門に洋風のランプ、緑色のテントがとてもかわいらしい外観。 この日は店の外に猫ちゃんが4匹いた。地域猫に餌をあげてチルチルさんがお世話をしているそうで、人慣れしたかわいらしい猫たちがお出迎えしてくれた。 製造期間20日以上!とっても贅沢な手作りのみつまめ 店内に入り、思わず息を飲んだ。ゴージャスかつ落ち着きのある「理想の喫茶店」といってもいいような空間。 木目調の壁、レトロなシャンデリア、高級感のある椅子やソファ。天井が高いのも開放的でよい。装飾の施されたカーテンや壁のライトは、お城のような華やかさがある。 メニューは喫茶店らしさにこだわっているようで、コーヒー・紅茶・ソフトドリンク・ケーキ・トーストとシンプルなラインナップ。 レモンジュースやレモンスカッシュは、レモンをそのまま絞ったものを提供しているそう。写真映えするのでクリームソーダも若い人に人気なようだ。 ただ、チルチルのイチオシ看板メニューは、手作りのみつまめだという。強い日差しを浴びて汗をかいてしまっていたので、アイスコーヒーとみつまめを注文した。 店内の椅子やソファに使われている素敵な布は「金華山織」という高級な代物だそう。しかし布の部分は消耗してしまうため、定期的にすべて張り替えているとのこと。お値段を想像すると恐怖を覚えるが、ふかふかで素敵な椅子に座ると、家で過ごすのとは違う特別感を味わえる。 アイスコーヒーはすっきりしていておいしい。ごくごくと飲んでしまえる。ちなみにシロップはお店でグラニュー糖から作っているものだそう。甘いコーヒーが好きな人にはぜひたっぷり使ってみてもらいたい。 そして、お店イチオシのみつまめ。「手作り」とのことだが、なんと寒天は房州の天草を使った自家製。さらに「小豆」「金時」「白花豆」「紫豆」の4種類の豆は、水で戻すところから炊き上げまですべてをしているそうだ。完全無添加で、素材の味が存分に活かされたとにかく贅沢なみつまめ。 粉寒天や棒寒天で作るのとは違って、天草から作る寒天は磯の香りがほのかにする。また食感もよい。まず寒天そのものがおいしいのだ。 また、お豆は何度も何度も炊いてあり、とても柔らかい。甘さもほどよく、豆だけでもお茶碗一杯食べたくなるようなおいしさ。花豆はそれぞれ最後の仕上げの味つけが違うそうで、紫花豆は黒砂糖、白花豆は塩味。すべて食べきったあとに白花豆を食べると異なる味わいが楽しめるので、おすすめだそう。 このみつまめすべてを作るのには20日以上かかるとのことだ。完全無添加でこれほど時間と手間がかかっているみつまめは、ほかではないだろう。一度は食べていただきたい。 1972年に創業。店名は童話『青い鳥』から お店について、店主のお母様にお話を伺った。 「チルチル」は1972年11月に成田でオープン。当初は違う場所で、ボウリング場などが入っているビルの中で営業していた。 夜遅くもお客さんが来ることから夜中の0時までお店を開けていたため、毎日忙しく、寝る暇もなかったらしい。当時は20歳で、若いうちから相当がんばっていらしたそう。 2年後の1974年12月25日から現在の成田山の目の前の場所で営業がスタート。もとは酒屋さんが使っていた建物だそうで、1階はトラックが停まり、シャッターが閉まるような造りだったらしい。そこに内装を施して喫茶店にしたため、天井が高いようだ。 店名の「チルチル」は童話の『青い鳥』から。繰り返しの言葉は覚えやすいため、店名に選んだらしい。かわいらしいしキャッチーだし、とてもいい名前だと思う。 「チルチル」の文字はデザイナーさんに頼んだそうだが、お店の顔ともいえる男女のイラストは童話をモチーフにお母様が描いたもの。画用紙に描いてみた絵をそのまま50年間使い続けているとのことだ。今もメニューやマッチに使われている。 記憶にも残る素晴らしいデザインではないだろうか。おいしいみつまめも、トレードマークの看板イラストも作れる素敵な方だ。 「お不動さまに罰当たりなことはできない」 成田山のすぐそばで喫茶店を営業するからには、お不動さまに罰当たりなことはできない、というのがチルチルのポリシーらしい。 お参りをしに来た人がゆったりとくつろげて、「来てよかったな」と思ってもらえるようにやってきたそう。お参りをしてからチルチルに立ち寄る、というルーティンになっているお客さんも多いらしい。 店内は何度か改装をしているが、全体の造りや家具は50年間ほとんど変わりがないとのこと。椅子やテーブルはお店に合わせて職人さんに作ってもらったもので、細やかなこだわりを感じられる。 お店の奥のカウンターとキッチンの棚もとても素敵だ。これも職人さんがお店に合わせて作ったもの。喫茶店の特注の家具は、たまらない魅力がある。 随所にこだわりが光る「チルチル」は、50年間大切に守られてきた成田の名所のひとつであろう。 素通りするわけにはいかないので、成田山のお参りももちろんしてきた。広い境内は静かで、パワーをもらえるような力強さもあった。 空港に行く用事があっても「成田」まで行こうと思うことがなかったため、今回はとてもいい機会であった。成田山に行き、帰りに「チルチル」に寄るコースで小旅行をしてみてはいかがだろうか。 次回もまたどこかの喫茶店で。ごちそうさまでした。 チルチル 9時30分〜16時30分 不定休 千葉県成田市本町333 JR成田駅から徒歩12分、京成成田駅から徒歩13分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
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40年前から“映え”ていたクリームソーダにときめく。夏の阿佐ヶ谷は「喫茶 gion」で|「奥森皐月の喫茶礼賛」第8杯「奥森皐月の喫茶礼賛」 喫茶店巡りが趣味の奥森皐月。今気になるお店を訪れ、その魅力と味わいをレポート 暑さが一段と厳しくなってきたので、大好きな散歩も日中はほどほどにしている。 昼間に家を出ると、アスファルトの照り返しのせいかフライパンで焼かれているようだ。寒さより暑さのほうが苦手な私は、夏の大半は溶けながらだらりと過ごしてしまう。 しかしながら、夏の喫茶店は大好き。汗をかきながらやっとお店に着いて、冷房の効いた席に座るときの幸福感は何にも変えられない。冷たいドリンクを飲んで少しずつ汗が引いていくあの感覚は、夏で一番好きな瞬間だ。 阿佐ヶ谷のメルヘンチックな喫茶店 今回訪れたのはJR阿佐ケ谷駅から徒歩1分、お店が建ち並ぶ駅前でひときわ目立つ緑に囲まれたレトロな外装の喫茶店。阿佐ヶ谷の街で40年近く愛されている「喫茶 gion(ぎおん)」さん。 実はこのお店は、私のお気に入りトップ5に入る大好きな喫茶店。中学生のころに初めて行ってから今日まで定期的に訪れている。取材させていただけてとてもうれしい。 店内はかわいいランプやお花や絵で装飾されていて、青と緑の光が特徴的。いわゆる「喫茶店」でここまでメルヘンチックな雰囲気のお店はかなり珍しいと思う。 どこの席も素敵だが、やはり一番特徴的なのはブランコの席。こちらに座らせていただき、人気メニューのナポリタンとソーダ水のフロートトッピングを注文した。 ブランコ席は窓に面していて、この部分だけ壁がピンク色。店内中央の青色を基調とした空気感とはまた違う、かわいらしさと落ち着きのある空間だ。 店先の木が窓から見える。今の季節は緑がとてもきれいだ。 焦げ目がおいしい!一風変わったナポリタン ここのナポリタンは、一般的な喫茶店のナポリタンとは異なる。大きなお皿にナポリタン、キャベツサラダ、そしてたまごサラダが乗っている。店主さんいわく、このたまごサラダはサンドイッチに挟むためのものだそう。それを一緒に提供しているのだ。 まずはナポリタンをいただく。ハムが1枚そのまま乗っている見た目がいい。このナポリタンは色が濃いのだが、これは少し焦げるくらいまでしっかりと炒めているから。麺にソースがしっかりとついていて、香ばしさがたまらなくおいしい。 次にキャベツと一緒に食べてみると、トマトのソースが絡んで、シャキシャキとした食感が加わり、これもまたいい。 最後にたまごサラダと食べると、まろやかさとナポリタンの風味が最高に合う。黒胡椒も効いていて、無限に食べられる味だ。ボリュームたっぷりだがあっという間に完食した。 トーストもグラタンもお餅も少し焦げ目があるくらいが一番おいしいので、スパゲッティもよく炒めてみたところおいしくできたから今のスタイルになったそうだ。 ただ、通常のナポリタンなら温める程度でいいところを、しっかり焼くとなると手間と時間がかかる。炒めてくれる店員さんに感謝だ。ごく稀に、焦げていると苦情を入れる人がいるそう。そこがおいしいのになあ。 トロピカルグラスで飲む、おもちゃみたいなクリームソーダ これまた名物のクリームソーダ。 正確にいうと、gionで注文する場合は「ソーダ水」を緑と青の2種類から選び、フロートトッピングにする。すると、丸く大きなグラスにたっぷりのクリームソーダを飲むことができる。このグラスは「トロピカルグラス」というそうだ。 gionさんのまねをしてこのグラスを使い始めたお店はあるが、このかわいいフォルムはオープン当初から変わらないとのこと。「インスタ映え」という言葉が生まれる遙か前からこの「映え」な見た目のクリームソーダがあったのは、なんだか趣深い。 深く透き通る青と炭酸のしゅわしゅわ、贅沢にふたつも乗った丸いバニラアイス。どこを切り取ってもときめくかわいさだ。 見た目だけでなく、味もおいしい。シロップの風味と炭酸に、バニラ感強めのアイスが合う。「映え」ではなくなってくる、アイスが溶けたときのクリームソーダも好きだ。白と青が混じった色は、ファンシーでおもちゃみたい。 内装から制服までこだわった“かわいい”世界観 お店について、店主の関口さんにお話を伺った。 学生時代に本が好きだった関口さんは、本をゆっくりと読めるような落ち着いた場所を作りたかったそうで、20代はとにかく必死で働いてお店を開く資金を貯めていたとのこと。 1日に16時間ほど働き、寝るためだけの狭い部屋で暮らし、食べ物以外には何もお金を使わず生活していたとのことだ。 そしてお金が貯まったころから1年かけて東京都内の喫茶店を300店舗ほど回り、どんなお店にしようかと参考にしながら計画を練ったそう。 お店を開くにあたって、設計から何からすべてを関口さんが考えたそうで、1cm単位で理想の喫茶店になるように作って、できたのがこの喫茶 gion。 大理石の床、板張りの床、絨毯の床、どれも捨てがたいと思い、最終的には場所ごとに変えて3種類の床になったらしい。贅沢な全部乗せだ。ブランコはかつて吉祥寺にあったジャズ喫茶から得たエッセンス。 オープン時には資金面でそろえきれなかった雑貨やインテリアも少しずつ集めて、今のお店の独特でうっとりするような空間になっていったようだ。 白いブラウスに黒のリボン、黒のロングスカートというgionの制服も関口さんプロデュース。手書きのメニューもキュートで魅力的だ。 ご自身の好みがはっきりとあり、それを実現できているからこそ、調和した世界観になっているのだとわかった。お店のマークも、関口さんの思い描く素敵な女性のイラストだという。ナプキンまでかわいい。 「帰りにgionに寄れる」という楽しみ 喫茶gionのもうひとつの魅力は、午前9時から24時(金・土は25時)まで営業しているところ。モーニングが楽しめるのはもちろん、夜も遅くまで開いている。阿佐ヶ谷には喫茶店が多くあるが、たいていは夕方〜19時くらいには閉店してしまう。 私は阿佐ヶ谷でお笑いや音楽のライブに行ったり、演劇を観に行ったりする機会が多い。終わるのは21時〜22時が多く、ちょうどお腹が空いている。ほかの街なら適当なチェーン店に入るのだが、阿佐ヶ谷に限っては「帰りにgionに寄れる」という楽しみがある。 ナポリタン以外にもピザやワッフルなど、小腹を満たせるメニューがあってありがたい。夜のgionは店先のネオンが光り、店内の青い灯りもより幻想的になる。遅くまで営業するのはとても大変だと思うが、これからも阿佐ヶ谷に行ったときは必ず寄りたい。 夏の阿佐ヶ谷の思い出に、gion 関口さんの理想を詰め込んだメルヘンチックな喫茶店は、若い人から地元民まで幅広く愛される名店となった。 阿佐ヶ谷の街では8月には七夕まつりも開催される。駅前のアーケードにさまざまな七夕飾りが出される、とても楽しいお祭りだ。夏の阿佐ヶ谷を楽しみながら、喫茶gionでひと休みしてみてはいかがだろうか。 次回もまたどこかの喫茶店で。ごちそうさまでした。 喫茶 gion 月火水木日:9時〜24時、金土:9時〜25時 東京都杉並区阿佐谷北1-3-3 川染ビル1F 阿佐ケ谷駅から徒歩1分、南阿佐ケ谷駅から徒歩8分 文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里
奥森皐月の公私混同<収録後記>
「logirl」で毎週配信中の『奥森皐月の公私混同』。そのスピンオフのテキスト版として、MCの奥森皐月が自ら執筆する連載コラム
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涙の最終回!? 2年半の思い出を振り返る|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第30回転んでも泣きません、大人です。奥森皐月です。 この記事では私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』の収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを毎月書いています。今回の記事で最終回。 『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の9月に配信された第41回から最終回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがすべて視聴できます。過去回でおもしろいものは数えきれぬほどあるので、興味がある方はぜひ観ていただきたいです。 「見せたい景色がある」展望タワーの存在意義 (写真:奥森皐月の公私混同 第41回「タワー、私に教えてください!」) 第41回のテーマは「タワー、教えてください!」。ゲストに展望タワー・展望台マニアのかねだひろさんにお越しいただきました。 タワーと聞いてやはり思い浮かべるのは、東京タワーやスカイツリー。建築のすごさや造形美を楽しんでいるのだろうかとなんとなく考えていました。ところが、お話を聞いてみるとタワーという概念自体が覆されました。 かねださんご自身のタワーとの出会いのお話が本当におもしろかったです。20代で国内を旅行するようになり、新潟県で偶然バス停として見つけた「日本海タワー」に興味を持って行ってみたとのこと。 実際の画像を私も見ましたが、思っているタワーとはまったく違う建物。細長くて高い、あのタワーではありません。ただ、ここで見た景色をきっかけにまた別のタワーに行き、タワーの魅力にハマっていったそうです。 その土地を見渡したときに初めてその土地をわかったような気がした、というお話がとても素敵だと感じました。 たとえば京都旅行に行ったとして、金閣寺や清水寺など名所を回ることはあります。ただ、それはあくまでも京都の中の観光地に行っただけであって「京都府」を楽しんだとはいえないと、前から少し思っていました。 そこでタワーのよさが刺さった。たしかに、その地域や都市を広く見渡すことができれば気づきがたくさんあると思います。 もちろん造形的な楽しみ方もされているようでしたが、展望タワーからの景色というものはほかでは味わえない魅力があります。 かねださんが「そこに展望タワーがあるということは、見せたい景色がある」というようなことをお話しされていたのにも感銘を受けました。 いわゆる“高さのあるタワー”ではないところの展望台などは少し盛り上がりに欠けるのではないか、なんて思ってしまっていたけれど、その施設がある時点でその景色を見せたいという意思がありますね。 有効期限がたった1年の、全国の19タワーを巡るスタンプラリーを毎年されているという話も興味深かったです。最初の印象としては、一度訪れたところに何度も行くことの楽しみがよくわからなかったです。 でも、天気や季節、建物が壊されたり新しく建築されたりと常に変化していて「一度として同じ景色はない」というお話を聞いて納得しました。タワーはずっと同じ場所にあるのだから、まさに定点観測ですよね。 今後旅行に行くときはその近くのタワーに行ってみようと思いましたし、足を運んだことのある東京タワーやスカイツリーにもまた行こうと思いました。 収録後、速攻でかねださんの著書『日本展望タワー大全』を購入しました。最近も、小規模ではありますが2度、展望台に行きました。展望タワーの世界に着々と引き込まれています。 究極のパフェは、もはや芸術作品!? (写真:奥森皐月の公私混同 第42回「パフェ、私に教えてください!」) 第42回は、ゲストにパフェ愛好家の東雲郁さんにお越しいただき「パフェ、教えてください!」のテーマでお送りしました。 ここ数年パフェがブームになっている印象でしたが、流行りのパフェについてはあまり知識がありませんでした。 このような記事を書くときはたいていファミレスに行くので、そこでパフェを食べることがしばしばあります。あとは、純喫茶でどうしても気になったときだけは頼みます。ただ、重たいので本当にたまにしか食べないものという存在です。 東雲さんはもともとアイス好きとのことで、なんとアイスのメーカーに勤めていた経験もあるとのこと。〇〇好きの範疇を超えています。 そのころにパフェ用のアイスの開発などに携わり、そこからパフェのほうに関心が向いたそうです。お仕事がキッカケという意外な入口でした。それと同時に、パフェ専用のアイスというものがあるのも、意識したことがなかったので少し驚かされました。 最近のこだわり抜かれたパフェは“構成表”なるものがついてくるそう。パフェの写真やイラストに線が引かれていて、一つひとつのパーツがなんなのか説明が書かれているのです。 昔ながらの、チョコソース、バニラソフトクリーム、コーンフレークのように、見てわかるもので作られていない。野菜のソルベやスパイスのソースなど、本当に複雑なパーツが何十種も組み合わさってひとつのパフェになっている。 実際の構成表を見せていただきましたが、もはや読んでもなんなのかわからなかったです。「桃のアイス」とかならわかるのですが、「〇〇の〇〇」で上の句も下の句もわからないやつがありました。 ビスキュイとかクランブルとか、それは食べられるやつですか?と思ってしまいます。難しい世界だ。難しいのにおいしいのでしょうね。 ランキングのコーナーでは「パフェの概念が変わる東京パフェベスト3」をご紹介いただきました。どのお店も本当においしそうでしたが、写真で見ても圧倒される美しさ。もはや芸術作品の域で、ほかのスイーツにはない見た目の豪華さも魅力だよなと感じさせられました。 予約が取れないどころか普段は営業していないお店まであるそうで、究極のパフェのすごさを感じるランキングでした。何かを成し遂げたらごほうびとして行きたいです。 マニアだからとはいえ、東雲さんは1日に何軒もハシゴすることもあるとのこと。破産しない程度に、私も贅沢なパフェを食べられたらと思います。 1年間を振り返ったベスト3を作成! (写真:奥森皐月の公私混同 第43回「1年間を振り返り 〇〇ベスト3」) 第43回のテーマは「1年間を振り返り 〇〇ベスト3」ということで、久しぶりのラジオ回。昨年の10月からゲストをお招きして、あるテーマについて教えてもらうスタイルになったので、まるまる1年分あれこれ話しながら振り返りました。 リスナーからも「ソレ、私に教えてください!」というテーマで1年の感想や思い出などを送ってもらいましたが、印象的な回がわりと被っていて、みんな同じような気持ちだったのだなとうれしい気持ちになりました。 スタートして4回のうち2回が可児正さんと高木払いさんだったという“都トムコンプリート早すぎ事件”にもきちんと指摘のメールが来ました。 また、過去回の中で複雑だったお話からクイズが出るという、習熟度テストのようなメールもいただいて楽しかったです。みなさんは答えがわかるでしょうか。 この回では、私もこの1年での出来事をランキング形式で紹介しました。いつもはゲストさんにベスト3を作ってもらってきましたが、今度はそれを振り返りベスト3にするという、ベスト3のウロボロス。マトリョーシカ。果たしてこのたとえは正しいのでしょうか。 印象がガラリと変わったり、まったく興味のなかったところから興味が湧いたりしたものを紹介する「1時間で大きく心が動いた回ベスト3」、情報番組や教育番組として成立してしまうとすら思った「シンプルに!情報として役立つ回ベスト3」、本当に独特だと思った方をまとめた「アクの強かったゲストベスト3」、意表を突かれた「ソコ!?と思ったランキングタイトルベスト3」の4テーマを用意しました。 各ランキングを見た上で、ぜひ過去回を観直していただきたいです。我ながらいいランキングを作れたと思っています。 ハプニングと感動に包まれた『公私混同』最終回 (写真:奥森皐月の公私混同最終回!奥森皐月一問一答!) 9月最後は生配信で最終回をお届けしました。 2年半続いた『奥森皐月の公私混同』ですが、通常回の生配信は2回目。視聴者のみなさんと同じ時間を共有することができて本当に楽しかったです。 最終回だというのに、冒頭から「マイクの電源が入っていない」「配信のURLを告知できていなくて誰も観られていない」という恐ろしいハプニングが続いてすごかったです。こういうのを「持っている」というのでしょうか。 リアルタイムでX(旧Twitter)のリアクションを確認し、届いたメールをチェックしながら読み、進行をし、フリートークをして、ムチャ振りにも応える。 ハイパーマルチタスクパーソナリティとしての本領を発揮いたしました。かなりすごいことをしている。こういうことを自分で言っていきます。 最近メールが送られてきていなかった方から久々に届いたのもうれしかった。きちんと覚えてくれていてありがとうという気持ちでした。 事前にいただいたメールも、どれもうれしくて幸せを噛みしめました。みなさんそれぞれにこの番組の思い出や記憶があることを誇らしく思います。 配信内でも話しましたが、この番組をきっかけにお友達がたくさん増えました。番組開始時点では友達がいなすぎてひとりで行動している話をよくしていたのですが、今では友達が多い部類に入ってもいいくらいには人に恵まれている。 『公私混同』でお会いしたのをきっかけに仲よくなった方も、ひとりふたりではなく何人もいて、それだけでもこの番組があってよかったと思えるくらいです。 番組後半でのビデオレターもうれしかったです。豪華なみなさんにお越しいただいていたことを再確認できました。帰ってからもう一度ゆっくり見直しました。ありがたい限り。 この2年半は本当に楽しい日々でした。会いたい人にたくさん会えて、挑戦したいことにはすべて挑戦して、普通じゃあり得ない体験を何度もして、幅広いジャンルを学んで。 単独ライブも大喜利も地上波の冠ラジオもテレ朝のイベントも『公私混同』をきっかけにできました。それ以外にも挙げたらキリがないくらいには特別な経験ができました。 スタートしたときは16歳だったのがなんだか笑える。お世辞でも比喩でもなくきちんと成長したと思えています。テレビ朝日さん、logirlさん、スタッフのみなさんに本当に感謝です。 そしてなにより、リスナーの皆様には毎週助けていただきました。ラジオ形式での配信のころはもちろんのこと、ゲスト形式になってからも毎週大喜利コーナーでたくさん投稿をいただき、みなさんとのつながりを感じられていました。 メールを読んで涙が出るくらい笑ったことも何度もあります。毎回新鮮にうれしかったし、みなさんのことが大好きになりました。 #奥森皐月の公私混同 最終回でした。2021年3月から約2年半の間、応援してくださった皆様本当にありがとうございます。メールや投稿もたくさん嬉しかったです。また必ずどこかの場所で会いましょうね、大喜利の準備だけ頼みます。冠ラジオは絶対にやりますし、馬鹿デカくなるので見ていてください。 pic.twitter.com/8Z5F60tuMK — 奥森皐月 (@okumoris) September 28, 2023 『奥森皐月の公私混同』が終了してしまうことは本当に残念です。もっと続けたかったですし、もっともっと楽しいことができたような気もしています。でも、そんなことを言っても仕方がないので、素直にありがとうございましたと言います。 奥森皐月自体は今後も加速し続けながら進んで行く予定です。いや進みます。必ず約束します。毎日「今日売れるぞ」と思って生活しています。 それから、死ぬまで今の好きな仕事をしようと思っています。人生初の冠番組は幕を下ろしましたが、また必ずどこかで楽しい番組をするので、そのときはまた一緒に遊んでください。 私は全員のことを忘れないので覚悟していてください。脅迫めいた終わり方であと味が悪いですね。最終回も泣いたフリをするという絶妙に気味の悪い終わり方だったので、それも私らしいのかなと思います。 この連載もかれこれ2年半がんばりました。1カ月ごとに振り返ることで記憶が定着して、まるで学習内容を復習しているようで楽しかったです。 思い出すことと書くことが大好きなので、この場所がなくなってしまうのもとても寂しい。今後はそのへんの紙の切れ端に、思い出したことを殴り書きしていこうと思います。違う連載ができるのが一番理想ですけれども。 貴重な時間を割いてここまで読んでくださったあなた、ありがとうございます。また会えることをお約束しますね。また。
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W杯で話題のラグビーを学ぼう!破壊力抜群なベスト3|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第29回季節の和菓子が食べたくなります、大人です。奥森皐月です。 私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』が毎週木曜日18時にlogirlで公開されています。 このブログでは収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを奥森の目線で書いています。 今回は『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の8月に配信された第36回から第40回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがたくさん視聴できます。『奥森皐月の公私混同』以外のさまざまな番組も、もちろん観られます。 「おすすめの海外旅行先」に意外な国が登場! (写真:奥森皐月の公私混同 第36回「旅行、私に教えてください!」) 第36回のテーマは「旅行、教えてください!」。ゲストに、元JTB芸人・こじま観光さんにお越しいただきました。 仕事で地方へ行くことはたまにありますが、それ以外で旅行に行くことはめったにありません。興味がないわけではないけれど、旅行ってすぐにできないし、習慣というか行き慣れていないとなかなか気軽にできないですよね。 それに加え、私は海外にも行ったことがないので、海外旅行は自分にとってかなり遠い出来事。そのため、どういったお話が聞けるのか楽しみでした。 こじま観光さんはもともとJTBの社員として働かれていたという、「旅行好き」では済まないほど旅行・観光に詳しいお方。パッケージツアーの中身を考えるお仕事などをされていたそうです。 食事、宿泊、観光名所、などすべてがそろって初めて旅行か、と当たり前のことに気づかされました。 旅行が好きになったきっかけのお話が印象的でした。小学生のころ、お父様に「飛行機に乗ったことないよな」と言われて、ふたりでハワイに行ったとのこと。 そこから始まって、海外への興味などが湧いたとのことで、子供のころの経験が今につながっているのは素敵だと感じました。 ベスト3のコーナーでは「奥森さんに今行ってほしい国ベスト3」をご紹介いただきました。海外旅行と聞いて思いつく国はいくつかありましたが、第3位でいきなりアイルランドが出てきて驚きました。 国名としては知っているけれど、どんな国なのかは想像できないような、あまり知らない国が登場するランキングで、各地を巡られているからこそのベスト3だとよく伝わりました。 1位の国もかなり意外な場所でした。「奥森さんに」というタイトルですが、皆さんも参考になると思うので、ぜひチェックしていただきたいです。 11種類もの「釣り方」をレクチャー! (写真:奥森皐月の公私混同 第37回「釣り、私に教えてください!」) 第37回は、ゲストに釣り大好き芸人・ハッピーマックスみしまさんにお越しいただき「釣り、教えてください!」のテーマでお送りしました。 以前「魚、教えてください!」のテーマで一度配信があり、その際に少し釣りについてのパートもありましたが、今回は1時間まるまる釣りについて。 魚回のとき釣りに少し興味が湧いたのですが、やはり始め方や初心者は何からすればいいかがわからないので、そういった点も詳しく聞きたく思い、お招きしました。 大まかに海釣りや川釣りなどに分かれることはさすがにわかるのですが、釣り方には細かくさまざまな種類があることをまず教えていただきました。11種類くらいあるとのことで、知らないものもたくさんありました。釣りって幅広いですね。 みしまさんは特にルアー釣りが好きということで、スタジオに実際にルアーをお持ちいただきました。見たことないくらい大きなものもあるし、カラフルでかわいらしいものもあるし、それぞれのルアーにエピソードがあってよかったです。 また、みしまさんがご自身で○と×のボタンを持ってきてくださって、定期的にクイズを出してくれたのもおもしろかった。全体的な空気感が明るかったです。 「思い出の釣り」のベスト3は、それぞれずっしりとしたエピソードがあり、いいランキングでした。それぞれ写真も見ながら当時の状況を教えてくださったので、釣りを知らない私でも楽しむことができました。 まずは初心者におすすめだという「管理釣り場」から挑戦したいです。 鉄道好きが知る「秘境駅」は唯一無二の景色! (写真:奥森皐月の公私混同 第38回「鉄道、私に教えてください!」) 第38回のテーマは「鉄道、教えてください!」。ゲストに鉄道芸人・レッスン祐輝さんをお招きしました。 鉄道自体に興味がないわけではなく、詳しくはありませんが、好きです。移動手段で電車を使っているのはもちろん、普段乗らない電車に乗って知らない土地に行くのも楽しいと思います。 ただ、鉄道好きが多く規模が大きいことで、楽しみ方が無限にありそう。そのため、あまりのめり込んで鉄道ファンになる機会はありませんでした。 この回のゲストのレッスン祐輝さん、いい意味でめちゃくちゃに「鉄道オタク」でした。あふれ出る情報量と熱量が凄まじかった。 全国各地の鉄道を巡っているとのことで、1日に1本しか走っていない列車や、秘境を走る鉄道にも足を運んでいるそうです。 「秘境駅」というものに魅了されたとのことでしたが、たしかに写真を見ると唯一無二の景色で美しかったです。山奥で、車ですら行けない場所などもあるようで、死ぬまでに一度は行ってみたいなと思いました。 ベスト3では「癖が強すぎる終電」について紹介していただきました。レッスン祐輝さんは鉄道好きの中でも珍しい「終電鉄」らしく、これまでに見た変わった終電のお話が続々と。 終電に乗るせいで家に帰れないこともあるとおっしゃっていて、終電なんて帰るためのものだと思っていたので、なんだかおもしろかったです。 あのインドカレーは「混ぜて食べてもOK」!? (写真:奥森皐月の公私混同 第39回「カレー、私に教えてください!」) 第39回は、ゲストにカレー芸人・桑原和也さんにお越しいただき「カレー、教えてください!」をお送りしました。 私もカレーは大好き。インドカレーのお店によく行きます、ナンが食べたい日がかなりある。 「カレー」とひと言でいえど、さまざまな種類がありますよね。日本風のカレーライスから、ナンで食べるカレー、タイカレーなど。 近年流行っている「スパイスカレー」も名前としては知っていましたが、それがなんなのか聞くことができてよかったです。関西が発祥というのは初めて知りました。 カレー屋さんは東京が栄えているのだと思っていたのですが、関西のほうが名店がたくさんあるとのことで、次に関西に行ったら必ずカレーを食べようと心に決めました。 インドカレーにも種類があるらしく、たまにカレー屋さんで見かける、銀のプレートに小さい銀のボウルで複数種類のカレーが乗っていてお米が真ん中にあるようなスタイルは、南インドの「ミールス」と呼ばれるものだそうです。 今まで、ミールスは食べる順番や配分が難しい印象だったのですが、桑原さんから「混ぜて食べてもいい」というお話を聞き、衝撃を受けました。銀のプレートにひっくり返して、ひとつにしてしまっていいらしいです。 違うカレーの味が混ざることで新たな味わいが生まれ、辛さがマイルドになったり、別のおいしさが感じられるようになったりするとのこと。次にミールスに出会ったら絶対に混ぜます。 ランキングは「オススメのレトルトカレー」という実用的な情報でした。 レトルトカレーで冒険できないのは私だけでしょうか。最近はレトルトでも本当においしくていろいろな種類が発売されているようで、3つとも初めてお目にかかるものでした。 自宅で簡単に食べられるおいしいカレー、皆さんもぜひ参考にしてみてください。 9月のW杯に向けて「ラグビー」を学ぼう! (写真:奥森皐月の公私混同 第40回「ラグビー、私に教えてください!」) 8月最後の配信のテーマは「ラグビー、教えてください!」で、ゲストにラグビー二郎さんにお越しいただきました。 9月にラグビーワールドカップがあるので、それに向けて学ぼうという回。 私はもともとスポーツにまったく興味がなく、現地観戦はおろかテレビでもほとんどのスポーツを観たことがありませんでした。それが、この『公私混同』をきっかけにサッカーW杯を観て、WBCを観て、相撲を観て、と大成長を遂げました。 この調子でラグビーもわかるようになりたい。ラグビー二郎さんはラグビー経験者ということで、プレイヤー視点でのお話もあっておもしろかったです。 ルールが難しい印象ですが、あまり理解しないで観始めても大丈夫とのこと。まずはその迫力を感じるだけでも楽しめるそうです。直感的に楽しむのって大事ですよね。 前回、前々回のラグビーW杯もかなり盛り上がっていたので、要素としての情報は少しだけ知っていました。 その中で「ハカ」は、言葉としてはわかるけれど具体的になんなのかよくわからなかったので、詳しく教えていただけてうれしかったです。実演もしていただいてありがたい。 ここからのランキングが非常によかった。「ハカをやってるときの対戦相手の対応」というマニアックなベスト3でした。 ハカの最中に対戦相手が挑発的な対応をすることもあるらしく、過去に本当にあった名場面的な対応を3つご紹介いただきました。 どれも破壊力抜群のおもしろさで、ランキングタイトルを聞いたときのわくわく感をさらに上回る数々。本編でご確認いただきたい。 今年のワールドカップを観るのはもちろん、ハカのときの対戦相手の対応という細かいところまできちんと見届けたいと強く感じました。 『奥森皐月の公私混同』は毎週木曜18時に最新回が公開 奥森皐月の公私混同ではメールを募集しています。 募集内容はX(Twitter)に定期的に掲載しているので、テーマや大喜利のお題などそちらからご確認ください。 宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp です、たくさんのメールをお待ちしております。 logirl公式サイト内「ラジオ」のページでは毎週アフタートークが公開されています。 最近のことを話したり、あれこれ考えたりしています。無料でお聴きいただけるのでぜひ。 (写真:『奥森皐月の公私混同 アフタートーク』) 『奥森皐月の公私混同』番組公式X(Twitter)アカウントがあります。 最新情報やメール募集についてすべてお知らせしていますので、チェックしていただけるとうれしいです。 また、番組やこの収録後記の感想などは「#奥森皐月の公私混同」をつけて投稿してください。 メール募集! 今週は!1年間の振り返り放送です!!! コーナーリスナー的ベスト3 奥森さんへの質問、感想メール募集します! ▼奥森!コレ知ってんのか!ニュース▼リアクションメール▼感想メール 📩宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp メールの〆切は9/19(火)10時です! pic.twitter.com/nazDBoFSDk — 奥森皐月の公私混同は傍若無人 (@s_okumori) September 18, 2023 奥森皐月個人のX(Twitter)アカウントもあります。 番組アカウントとともにぜひフォローしてください。たまにおもしろいことも投稿しています。 キングオブコントのインタビュー動画 男性ブランコのサムネイルも漢字二文字だ、もはや漢字二文字待ちみたいになってきている、各芸人さんの漢字二文字考えたいな、そんなこと一緒にしてくれる人いないから1人で考えます、1人で色々な二文字を考えようと思います https://t.co/dfCQQVlhrg pic.twitter.com/LMpwxWhgUF — 奥森皐月 (@okumoris) September 19, 2023 『奥森皐月の公私混同』はlogirlにて毎週木曜18時に最新回が公開。 次回は、なんと収録後記の最終回です。 番組開始当初から毎月欠かさず書いてきましたが、9月末で番組が終了ということで、こちらもおしまい。とても寂しいですが、最後まで読んでいただけるとうれしいです。
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宮下草薙・宮下と再会!ボードゲームの驚くべき進化|『奥森皐月の公私混同<収録後記>』第28回ドライブがしたいなと思ったら車を借りてドライブをします、大人です。奥森皐月です。 私がMCを務める番組『奥森皐月の公私混同』が毎週木曜日18時にlogirlで公開されています。 このブログでは収録後記として、番組収録のウラ話や収録を通して感じたことを奥森の目線で書いています。 今回は『奥森皐月の公私混同〜ソレ、私に教えてください!〜』の7月に配信された第32回から第35回までの振り返りです。 月額990円ですが、logirlに加入すれば最新回までのエピソードがたくさん視聴できます。『奥森皐月の公私混同』以外のさまざまな番組ももちろん観られます。 かれこれ2年半もこの番組を続けています。もっとがんばってるねとか言ってほしいです。 宮下草薙・宮下が「ボードゲームの驚くべき進化」をプレゼン (写真:奥森皐月の公私混同 第32回「ボードゲーム、私に教えてください!」) 第32回のテーマは「ボードゲーム、教えてください!」。ゲストに、宮下草薙の宮下さんにお越しいただきました。 昨年のテレビ朝日の夏イベント『サマステ』ではこの番組のステージがあり、ゲストに宮下草薙さんをお招きしました。それ以来、約1年ぶりにお会いできてうれしかったです。 宮下さんといえばおもちゃ好きとして知られていますが、今回はその中でも特に宮下さんが詳しい「ボードゲーム」に特化してお話を伺いました。 巷では「ボードゲームカフェ」なるものが流行っているようですが、私はほとんどプレイしたことがありません。『人生ゲーム』すら、ちゃんとやったことがあるか記憶が曖昧。ひとりっ子だったからかしら。 そんななか、ボードゲームは驚くべき進化を遂げていることを、宮下さんが魅力たっぷりに教えてくださいました。 大人数でプレイするものが多いと勝手に思っていましたが、ひとりでできるゲームもたくさんあるそう。ひとりでボードゲームをするのは果たして楽しいのだろうかと思ってしまいましたが、実際にあるゲームの話を聞くとおもしろそうでした。購入してみたくなってしまいます。 ボードゲームのよさのひとつが、パーツや付属品などがかわいいということ。デジタルのゲームでは感じられない、手元にあるというよさは大きな魅力だと思います。見た目のかわいさから選んで始めるのも楽しそうです。 ランキングでは「もはや自分のマルチバース」ベスト3をご紹介いただきました。宮下さんが実際にプレイした中でも没入感が強くのめり込んだゲームたちは、どれも最高におもしろそうでした。 「重量級」と呼ばれる、プレイ時間が長くルールが複雑で難しいものも、現物をお持ちいただきましたが、あまりにもパーツが多すぎて驚きました。 それらをすべて理解しながら進めるのは大変だと感じますが、ゲームマスターがいればどうにかできるようです。かっこいい響き。ゲームマスター。 まずはボードゲームカフェで誰かに教わりながら始めたいと思います。本当に興味深いです、ボードゲームの世界は広い。 お城を歩くときは、自分が死ぬ回数を数える (写真:奥森皐月の公私混同 第33回「城、私に教えてください!」) 第33回は、ゲストに城マニア・観光ライターのいなもとかおりさんお越しいただき、「城、教えてください!」のテーマでお送りしました。 建物は好きなのですが歴史にあまり詳しくないため、お城についてはよくわかりません。お城好きの人は多い印象だったのですが、知識が必要そうで自分には難しいのではないかというイメージを抱いていました。 ただ、いなもとさんのお城のお話は、本当におもしろくてわかりやすかった。随所に愛があふれているけれど、初心者の私でも理解できるように丁寧に教えてくださる。熱量と冷静さのバランスが絶妙で、あっという間の1時間でした。 「城」と聞くと、名古屋城や姫路城などのいわゆる「天守」の部分を想像してしまいます。ただ、城という言葉自体の意味では、天守のまわりの壁や堀などもすべて含まれるとのこと。 土が盛られているだけでも城とされる場所もあって、そういった城跡などもすべて含めると、日本に城は4万から5万箇所あるそうです。想像していた数の100倍くらいで本当に驚きました。 いなもとさん流のお城の楽しみ方「攻め込むつもりで歩いたときに何回自分がやられてしまうか数える」というお話がとても印象的です。いかに敵に対抗できているお城かというのを実感するために、天守まで歩きながら死んでしまう回数を数えるそう。おもしろいです。 歴史の知識がなくてもこれならすぐに試せる。次にお城に行くことがあれば、私も絶対に攻める気持ち、そして敵に攻撃されるイメージをしながら歩こうと思います。 コーナーでは「昔の人が残した愛おしいらくがきベスト3」を紹介していただきました。 お城の中でも石垣が好きだといういなもとさん。石垣自体に印がつけられているというのは今回初めて知りました。 それ以外にも、お城には昔の人が残したらくがきがいくつもあって、どれもかわいらしくおもしろかったです。それぞれのお城で、そのらくがきが実際に展示されているとのことで、実物も見てみたいと思いました。 プラスチックを分解できる!? きのこの無限の可能性 (写真:奥森皐月の公私混同 第34回「きのこ、私に教えてください!」) 第34回のテーマは「きのこ、教えてください!」。ゲストに、きのこ大好き芸人・坂井きのこさんをお招きしました。 きのこって身近なのに意外と知らない。安いからスーパーでよく買うし、そこそこ食べているはずなのに、実態についてはまったく理解できていませんでした。「きのこってなんだろう」と考える機会がなかった。 坂井さんは筋金入りのきのこ好きで、幼少期から今までずっときのこに魅了されていることがお話を聞いてわかりました。 山や森などできのこを見つけると、少しうれしい気持ちになりますよね。きのこ狩りをずっとしていると珍しいきのこにもたくさん出会えるようで、単純に宝探しみたいで楽しそうだなぁと思いました。 菌類で、毒があるものもあって、鑑賞してもおもしろくて、食べることもできる。ほかに似たものがない不思議な存在だなぁと改めて思いました。 野菜だったら「葉の部分を食べている」とか「実を食べている」とかわかりやすいですけれど、きのこってじゃあなんだといわれると説明ができない。 基本の基本からきのこについてお聞きできてよかったです。菌類には分解する力があって、きのこがいるから生態系は保たれている。命が尽きたら森に葬られてきのこに分解されたい……とおっしゃっていたときはさすがに変な声が出てしまいました。これも愛のかたちですね。 ランキングコーナーの後半では、きのこのすごさが次々とわかってテンションが上がりました。 特に「プラスチックを分解できるきのこがある」という話は衝撃的。研究がまだまだ進められていないだけで、きのこには無限の可能性が秘められているのだとわかってワクワクしちゃった。 この収録を境に、きのこを少し気にしながら生きるようになった。皆さんもこの配信を観ればきのこに対する心持ちが少し変わると思います。教育番組らしさもあるいい回でした。 「神オブ神」な花火を見てみたい! (写真:奥森皐月の公私混同 第35回「花火、私に教えてください!」) 7月最後の配信のテーマは「花火、教えてください!」で、ゲストに花火マニアの安斎幸裕さんにお越しいただきました。 コロナ禍も落ち着き、今年は本格的にあちこちで花火大会が開催されていますね。8月前半の土日は全国的にも花火大会がたくさん開催される時期とのことで、その少し前の最高のタイミングでお越しいただきました。 花火大会にはそれぞれ開催される背景があり、それらを知ってから花火を見るとより楽しめるというお話が素敵でした。かの有名な長岡の花火大会も、古くからの歴史と想いがあるとのことで、見え方が変わるなぁと感じます。 それから、花火玉ひとつ作るのに相当な時間と労力がかけられていることを知って驚きました。中には数カ月かかって作られるものもあるとのことで、それが一瞬で何十発も打ち上げられるのは本当に儚いと思いました。 このお話を聞いて今年花火大会に行きましたが、一発一発にその手間を感じて、これまでと比べ物にならないくらいに感動しました。派手でない小さめの花火も愛おしく思えた。 安斎さんの花火職人さんに対するリスペクトの気持ちがひしひしと伝わってきて、とてもよかったです。 最初は、本当に尊敬しているのだなぁという印象だったのですが、だんだんその思いがあふれすぎて、推しを語る女子高校生のような口調になられていたのがおもしろかったです。見た目のイメージとのギャップもあって素敵でした。 最終的に、あまりにすごい花火のことを「神オブ神」と言ったり、花火を「神が作った子」と言ったりしていて、笑ってしまいました。 この週の「大喜利公私混同カップ2」のお題が「進化しすぎた最新花火の特徴を教えてください」だったのですが、大喜利の回答に近い花火がいくつも存在していることを教えてくださっておもしろかったです。 大喜利が大喜利にならないくらいに、花火が進化していることがわかりました。このコーナーの大喜利と現実が交錯する瞬間がすごく好き。 真夏以外にも花火大会はあり、さまざまな花火アーティストによってまったく違う花火が作られていることをこの収録で知りました。きちんと事前にいい席を取って、全力で花火を楽しんでみたいです。 成田の花火大会がどうやらかなりすごいので行ってみようと思います。「神オブ神」って私も言いたい。 『奥森皐月の公私混同』は毎週木曜18時に最新回が公開 『奥森皐月の公私混同』ではメールを募集しています。 募集内容はTwitterに定期的に掲載しているので、テーマや大喜利のお題などそちらからご確認ください。 宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp です、たくさんのメールをお待ちしております。 logirl公式サイト内「ラジオ」のページでは、毎週アフタートークが公開されています。 ゆったり作家のみなさんとおしゃべりしています。無料でお聴きいただけるのでぜひ。 (写真:『奥森皐月の公私混同 アフタートーク』) 『奥森皐月の公私混同』番組公式Twitterアカウントがあります。 最新情報やメール募集についてすべてお知らせしていますので、チェックしていただけるとうれしいです。 また、番組やこの収録後記の感想などは「#奥森皐月の公私混同」をつけて投稿してください。 メール募集! テーマは【カレー🍛】【ラグビー🏉】です! ▼奥森!コレ知ってんのか!ニュース▼ゲストへの質問▼大喜利公私混同カップ2▼リアクションメール▼感想メール 📩宛先は s-okumori@tv-asahi.co.jp メールの〆切は8/22(火)10時です! pic.twitter.com/xJrDL41Wc9 — 奥森皐月の公私混同は傍若無人 (@s_okumori) August 20, 2023 奥森皐月個人のTwitterアカウントもあります。 番組アカウントとともにぜひフォローしてください。たまにおもしろいことも投稿しています。 大喜る人たち生配信を真剣に見ている奥森皐月。お前は中途半端だからサッカー選手にはなれないと残酷な言葉で説く父親、聞く耳を持たない小2くらいの息子、黙っている妹と母親の4人家族。啜り泣くギャル。この3組がお客さんのカレー屋さんがさっきまであった。出てしまったので今はもうない。 — 奥森皐月 (@okumoris) August 20, 2023 『奥森皐月の公私混同』はlogirlにて毎週木曜18時に最新回が公開。 次回は「未体験のジャンルからやってくる強者たち」を中心にお送りします。お楽しみに。
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生きづらさを乗り越える「大人のためのマンガ入門」
仕事、恋愛、家族、結婚……大人のありきたりでありがちな悩みや生きづらさと向き合い、乗り越えていくためのヒントを探るマンガレビュー連載(文=山本大樹)
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「才能」という呪縛を解く ミューズの真髄【連載】生きづらさを乗り越える「大人のためのマンガ入門」 仕事、恋愛、家族、結婚……大人のありきたりでありがちな悩みや生きづらさと向き合い、乗り越えていくためのヒントを探るマンガレビュー連載。月1回程度更新。 『ブルー・ピリオド』をはじめ美大受験モノマンガがブームを呼んでいる昨今。特に芸術というモチーフは、その核となる「才能とは何か?」を掘り下げることで、主人公の自意識をめぐるドラマになりやすい。 文野紋『ミューズの真髄』も、一度は美大受験に失敗した会社員の主人公・瀬野美優が、一念発起して再び美大受験を志し、自分を肯定するための道筋を探るというストーリーだ。しかし、よくある美大受験マンガかと思ってページをめくっていくと、「才能」の扱い方に本作の特筆すべき点を見出すことができる。 「美大に落ちたあの日。“特別な私”は、死んでしまったから。仕方がないのです。“凡人”に成り下がった私は、母の決めた職場で、母の決めた服を着て、母が自慢できるような人と母が言う“幸せ”を探すんです。でも、だって、仕方ない、を繰り返しながら。」 (『ミューズの真髄』あらすじより) 主人公の美優は「どこにでもいる平凡な私」から、自分で自分を肯定するために、少しずつ自分の意志を周囲に示すようになる。芸術の道に進むことに反対する母親のもとを飛び出し、自尊心を傷つける相手にはNOを突きつけ、自分の進むべき道を自ら選び取っていく。しかし、心の奥深くに根づいた自己否定の考えはそう簡単に変えることはできない。自尊心を取り戻す過程で立ち塞がるのが「才能」の壁だ。 24歳という年齢で美術予備校に飛び込んだ美優は、最初の作品講評で57人中47位と悲惨な成績に終わる。自分よりも年下の生徒たちが才能を見出されていくなかで、自分の才能を見つけることができない美優。その後挫折を繰り返しながら、予備校の講師である月岡との出会いによって少しずつ自分を肯定し、前向きに進んでいく姿には胸が熱くなる。 「私は地獄の住人だ あの人みたいにあの子みたいに漫画みたいに 才能もないし美術で生きる資格はないのかもしれない バカで中途半端で恋愛脳で人の影響ばかり受けてごめんなさい でももがいてみてもいいですか? 執着してみていいですか?」 冒頭で述べたとおり、本作の「才能」への向き合い方を端的に示しているのがこのセリフである。才能がなくても好きなことに執着する──功利主義の社会では蔑まれがちなこのスタンスこそが、他者の否定的な視線から自分を守り、自分の人生を肯定していくためには重要だ。才能に執着するのではなく、「絵」という自分の愛する対象に執着する。その執着が自分を愛することにつながるのだ。それは「好きなことを続けられるのも才能」のような安い言葉では語り切れるものではない。 才能と自意識の話に収斂していく美大受験マンガとは別の視座を、美優の生き方は示してくれる。そして、美優にとっての「美術」と同じように、執着できる対象を見つけることは、「才能」の物語よりも私たちにとっては遥かに重要なことのはずである。 文=山本大樹 編集=田島太陽 山本大樹 編集/ライター。1991年、埼玉県生まれ。明治大学大学院にて人文学修士(映像批評)。QuickJapanで外部編集・ライターのほか、QJWeb、BRUTUS、芸人雑誌などで執筆。(Twitter/はてなブログ)
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勝ち負けから離れて生きるためには? 真造圭伍『ひらやすみ』【連載】生きづらさを乗り越える「大人のためのマンガ入門」 仕事、恋愛、家族、結婚……大人のありきたりでありがちな悩みや生きづらさと向き合い、乗り越えていくためのヒントを探るマンガレビュー連載。月1回程度更新。 30代を迎えて、漠然とした焦りを感じることが増えた。20代のころに感じていた将来への不安からくる焦りとはまた種類の違う、現実が見えてきたからこその焦りだ。 周囲の同世代が着々と実績を残していくなか、自分だけが取り残されているような感覚。いつまで経っても増えない収入、一年後の見通しすらも立たない生活……焦りの原因を数え始めたらキリがない。 真造圭伍のマンガ『ひらやすみ』は、30歳のフリーター・ヒロト君と従姉妹のなつみちゃんの平屋での同居生活を描いたモラトリアム・コメディだ。 定職に就かずに30歳を迎えてもけっして焦らず、のんびりと日々の生活を愛でながら過ごすヒロト君の生き方は、素直にうらやましく思う。身の回りの風景の些細な変化や季節の移り変わりを感じながら、家族や友達を思いやり、目の前のイベントに全力を注ぐ。どうしても「こんなふうに生きられたら」と考えてしまうくらい、魅力的な人物だ。 そんなヒロト君も、かつては芸能事務所に所属し、俳優として夢を追いかけていた時期もあった。高校時代には親友のヒデキと映画を撮った経験もあり、純粋に芝居を楽しんでいたヒロト君。芸能事務所のマネージャーから「なんで俳優になろうと思ったの?」と聞かれ、「あ、オレは楽しかったからです!演技するのが…」と答える。 「でも、これからは楽しいだけじゃなくなるよ──」 「売れたら勝ち、それ以外は負けって世界だからね」 数年後、役者を辞めたヒロト君は、漫画家を目指す従姉妹のなつみちゃんの姿を見て、かつて自分がマネージャーから言われた言葉を思い出す。純粋に楽しんでいたはずのことも、社会では勝ち負け──経済的な成功/失敗に回収されていく。出版社にマンガを持ち込んだなつみちゃんも、もしデビューすれば商業誌での戦いを強いられていくだろう。 運よく好きなことや向いていることを仕事にできたとしても、資本主義のルールの中で暮らしている以上、競争から距離を置くのはなかなか難しい。結果を出せない人のところにいつまでも仕事が回ってくることはないし、自分の代わりはいくらでもいる。嫌でも他者との勝負の土俵に立たされることになるし、純粋に「好き」だったころの気持ちとはどんどんかけ離れていく。 「アイツ昔から不器用でのんびり屋で勝ち負けとか嫌いだったじゃん? 業界でそういうのいっぱい経験しちまったんだろーな。」 ヒロト君の親友・ヒデキは、ヒロトが俳優を辞めた理由をそう推察する。私が身を置いている出版業界でも、純粋に本や雑誌が好きでこの業界を志した人が挫折して去っていくのをたくさん見てきた。でも、彼らが負けたとは思わないし、なんとか端っこで食っているだけの私が勝っているとももちろん思わない。勝ち/負けという物差しで物事を見るとき、こぼれ落ちるものはあまりに多い。むしろ、好きだったはずのことが本当に嫌いにならないうちに、別の仕事に就いたほうが幸せだと思う。 私も勝ち負けが本当に苦手だ。優秀な同業者も目の前でたくさん見てきて、同じ土俵に上がったらまず自分では勝負にならないということも30歳を過ぎてようやくわかった。それでも続けているのは、勝ち負けを抜きにして、いつか純粋にこの仕事が好きになれる日が来るかもしれないと思っているからだ。もちろん、仕事が嫌いになる前に逃げる準備ももうできている。 暗い話になってしまったが、『ひらやすみ』のヒロト君の生き方は、競争から逃れられない自分にとって、大きな救いになっている。なつみちゃんから「暇人」と罵られ、見知らぬ人からも「みんながみんなアナタみたいに生きられると思わないでよ」と言われるくらいののんびり屋でも、ヒロト君の周囲には笑顔が絶えない。自分ひとりの意志で勝ち負けから逃れられないのであれば、せめてまわりにいる人だけでも大切にしていきたい。そうやって自分の生活圏に大切なものをちゃんと作っておけば、いつでも競争から降りることができる。『ひらやすみ』は、そんな希望を見せてくれる作品だった。 文=山本大樹 編集=田島太陽 山本大樹 編集/ライター。1991年、埼玉県生まれ。明治大学大学院にて人文学修士(映像批評)。QuickJapanで外部編集・ライターのほか、QJWeb、BRUTUS、芸人雑誌などで執筆。(Twitter/はてなブログ)
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克明に記録されたコロナ禍の息苦しさ──冬野梅子『まじめな会社員』【連載】生きづらさを乗り越える「大人のためのマンガ入門」 仕事、恋愛、家族、結婚……大人のありきたりでありがちな悩みや生きづらさと向き合い、乗り越えていくためのヒントを探るマンガレビュー連載。月1回程度更新。 5月に『コミックDAYS』での連載が完結した冬野梅子『まじめな会社員』。30歳の契約社員・菊池あみ子を取り巻く苦しい現実、コロナ禍での転職、親の介護といった環境の変化をシビアに描いた作品だ。周囲のキラキラした友人たちとの比較、自意識との格闘でもがく姿がSNSで話題を呼び、あみ子が大きな選択を迫られる最終回は多くの反響を集めた。 「コロナ禍における、新種の孤独と人生のたのしみを、「普通の人でいいのに!」で大論争を巻き起こした新人・冬野梅子が描き切る!」と公式の作品紹介にもあるように、本作は2020年代の社会情勢を忠実に反映している。疫病はさまざまな局面で社会階層の分断を生み出したが、特に本作で描かれているのは「働き方」と「人間関係」の変化と分断である。『まじめな会社員』は、疫禍による階層の分断を克明に描いた作品として貴重なサンプルになるはずだ。 2022年5月末現在、コロナがニュースの時間のほとんどを占めていた時期に比べると、世間の空気は少し緩やかになりつつある。飲食店は普通にアルコールを提供しているし、休日に友達と遊んだり、ライブやコンサートに出かけることを咎められるような空気も薄まりつつある。しかし、過去の緊急事態宣言下の生活で感じた孤独や息苦しさはそう簡単に忘れられるものではないだろう。 たとえば、スマホアプリ開発会社の事務職として働くあみ子は、コロナ禍の初期には在宅勤務が許されていなかった。 「持病なしで子供なしだとリモートさせてもらえないの?」「私って…お金なくて旅行も行けないのに通勤はさせられてるのか」(ともに2巻)とリモートワークが許される人々との格差を嘆く場面も描かれている。 そして、あみ子の部署でもようやくリモートワークが推奨されるようになると、それまで事務職として上司や営業部のサポートを押しつけられていた今までを振り返り、飲食店やライブハウスなどの苦境に思いを巡らせつつも、つい「こんな生活が続けばいいのに…」とこぼしてしまう。 自由な働き方に注目が集まる一方で、いわゆるエッセンシャルワーカーはもちろん、社内での立場や家族の有無によって出勤を強いられるケースも多かった。仕事上における自身の立場と感染リスクを常に天秤にかけながら働く生活に、想像以上のストレスを感じた人も多かったはずだ。 「抱き合いたい「誰か」がいないどころか 休日に誰からも連絡がないなんていつものこと おうち時間ならずっとやってる」(2巻) コロナによる分断は、働き方の面だけではなく人間関係にも侵食してくる。コロナ禍の初期には「自粛中でも例外的に会える相手」の線引きは、限りなく曖昧だった。独身・ひとり暮らしのあみ子は誰とも会わずに自粛生活を送っているが、インスタのストーリーで友人たちがどこかで会っているのを見てモヤモヤした気持ちを抱える。 「コロナだから人に会えないって思ってたけど 私以外のみんなは普通に会ってたりして」「綾ちゃんだって同棲してるし ていうか世の中のカップルも馬鹿正直に自粛とかしてるわけないし」(2巻) 相互監視の状況に陥った社会では、当事者同士の関係性よりも「(世間一般的に)会うことが認められる関係性かどうか」のほうが判断基準になる。家族やカップルは認められても、それ以外の関係性だと、とたんに怪訝な目を向けられる。人間同士の個別具体的な関係性を「世間」が承認するというのは極めておぞましいことだ。「家族」や「恋人」に対する無条件の信頼は、家父長制的な価値観にも密接に結びついている。 またいつ緊急事態宣言が出されるかわからないし、そうなれば再び社会は相互監視の状況に陥るだろう。感染者数も落ち着いてきた今のタイミングだからこそ本作を通じて、当時は語るのが憚られた個人的な息苦しさや階層の分断に改めて目を向けておきたい。 文=山本大樹 編集=田島太陽 山本大樹 編集/ライター。1991年、埼玉県生まれ。明治大学大学院にて人文学修士(映像批評)。QuickJapanで外部編集・ライターのほか、QJWeb、BRUTUS、芸人雑誌などで執筆。(Twitter/はてなブログ)
L'art des mots~言葉のアート~
企画展情報から、オリジナルコラム、鑑賞記まで……アートに関するよしなしごとを扱う「L’art des mots~言葉のアート~」
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【News】西洋絵画の500年の歴史を彩った巨匠たちの傑作が、一挙来日!『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』が大阪市立美術館・国立新美術館にて開催!先史時代から現代まで5000年以上にわたる世界各地の考古遺物・美術品150万点余りを有しているメトロポリタン美術館。 同館を構成する17部門のうち、ヨーロッパ絵画部門に属する約2500点の所蔵品から、選りすぐられた珠玉の名画65 点(うち46 点は日本初公開)を展覧する『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』が、11月に大阪、来年2月には東京で開催されます。 この展覧会は、フラ・アンジェリコ、ラファエロ、クラーナハ、ティツィアーノ、エル・グレコから、カラヴァッジョ、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、レンブラント、 フェルメール、ルーベンス、ベラスケス、プッサン、ヴァトー、ブーシェ、そしてゴヤ、ターナー、クールベ、マネ、モネ、ルノワール、ドガ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌに至るまでを、時代順に3章で構成。 第Ⅰ章「信仰とルネサンス」では、イタリアのフィレンツェで15世紀初頭に花開き、16世紀にかけてヨーロッパ各地で隆盛したルネサンス文化を代表する画家たちの名画、フラ・アンジェリコ《キリストの磔刑》、ディーリック・バウツ《聖母子》、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドニス》など、計17点を観ることが出来ます。 第Ⅱ章「絶対主義と啓蒙主義の時代」では、絶対主義体制がヨーロッパ各国で強化された17世紀から、啓蒙思想が隆盛した18世紀にかけての美術を、各国の巨匠たちの名画30点により紹介。カラヴァッジョ《音楽家たち》、ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》、レンブラント・ファン・レイン《フローラ》などを御覧頂けます。 第Ⅲ章「革命と人々のための芸術」では、レアリスム(写実主義)から印象派へ……市民社会の発展を背景にして、絵画に数々の革新をもたらした19世紀の画家たちの名画、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む》、オーギュスト・ルノワール《ヒナギクを持つ少女》、フィンセント・ファン・ゴッホ《花咲く果樹園》、さらには日本初公開となるクロード・モネ《睡蓮》など、計18点が展覧されます。 15世紀の初期ルネサンスの絵画から19世紀のポスト印象派まで……西洋絵画の500 年の歴史を彩った巨匠たちの傑作を是非ご覧下さい! 『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』 ■大阪展 会期:2021年11月13日(土)~ 2022年1月16日(日) 会場:大阪市立美術館(〒543-0063大阪市天王寺区茶臼山町1-82) 主催:大阪市立美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社、テレビ大阪 後援:公益財団法人 大阪観光局、米国大使館 開館時間:9:30ー17:00 ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜日( ただし、1月10日(月・祝)は開館)、年末年始(2021年12月30日(木)~2022年1月3日(月)) 問い合わせ:TEL:06-4301-7285(大阪市総合コールセンターなにわコール) ■東京展 会期:2022年2月9日(水)~5月30日(月) 会場:国立新美術館 企画展示室1E(〒106-8558東京都港区六本木 7-22-2) 主催:国立新美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社 後援:米国大使館 開館時間:10:00ー18:00( 毎週金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで 休館日:火曜日(ただし、5月3日(火・祝)は開館) 問い合わせ:TEL:050-5541-8600( ハローダイヤル) text by Suzuki Sachihiro
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【News】約3,000点の新作を展示。国立新美術館にて「第8回日展」が開催!10月29日(金)から11月21日まで、国立新美術館にて「第8回日展」が開催されます。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5部門に渡って、秋の日展のために制作された現代作家の新作、約3,000点が一堂に会します。 明治40年の第1回文展より数えて、今年114年を迎える日本最大級の公募展である日展は、歴史的にも、東山魁夷、藤島武二、朝倉文夫、板谷波山など、多くの著名な作家を生み出してきました。 展覧会名:第8回 日本美術展覧会 会 場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2) 会 期:2021年10月29日(金)~11月21日(日)※休館日:火曜日 観覧時間:午前10時~午後6時(入場は午後5時30分まで) 主 催:公益社団法人日展 後 援:文化庁/東京都 入場料・チケットや最新の開催情報は「日展ウェブサイト」をご確認下さい (https://nitten.or.jp/) 展示される作品は作家の今を映す鏡ともいえ、作品から世相や背景など多くのことを読み取る楽しさもあります。 あらゆるジャンルをいっぺんに楽しめる機会、新たな日本の美術との出会いに胸躍ること必至です! 東京展の後は、京都、名古屋、大阪、安曇野、金沢の5か所を巡回(予定)します。 日本画 会場風景 2020年 洋画 会場風景 2020年 彫刻 会場風景 2020年 工芸美術 会場風景 2020年 書 会場風景 2020年 text by Suzuki Sachihiro
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【News】和田誠の全貌に迫る『和田誠展』が開催!イラストレーター、グラフィックデザイナー和田誠わだまこと(1932-2019)の仕事の全貌に迫る展覧会『和田誠展』が、今秋10月9日から東京オペラシティアートギャラリーにて開催される。 和田誠 photo: YOSHIDA Hiroko ©Wada Makoto 和田誠の輪郭をとらえる上で欠くことのできない約30のトピックスを軸に、およそ2,800点の作品や資料を紹介。様々に創作活動を行った和田誠は、いずれのジャンルでも一級の仕事を残し、高い評価を得ている。 展示室では『週刊文春』の表紙の仕事はもちろん、手掛けた映画の脚本や絵コンテの展示、CMや子ども向け番組のアニメーション上映も予定。 本展覧会では和田誠の多彩な作品に、幼少期に描いたスケッチなども交え、その創作の源流をひも解く。 ▽和田誠の仕事、総数約2,800点を展覧。書籍と原画だけで約800点。週刊文春の表紙は2000号までを一気に展示 ▽学生時代に制作したポスターから初期のアニメーション上映など、貴重なオリジナル作品の数々を紹介 ▽似顔絵、絵本、映画監督、ジャケット、装丁……など、約30のトピックスで和田誠の全仕事を紹介 会場は【logirl】『Musée du ももクロ』でも何度も訪れている、初台にある「東京オペラシティアートギャラリー」。 この秋注目の展覧会!あなたの芸術の秋を「和田誠の世界」で彩ろう。 【開催概要】展覧会名:和田誠展( http://wadamakototen.jp/ ) 会期:2021年10月9日[土] - 12月19日[日] *72日間 会場:東京オペラシティ アートギャラリー 開館時間:11:00-19:00(入場は18:30まで) 休館日:月曜日 入場料:一般1,200[1,000]円/大・高生800[600]円/中学生以下無料 主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団 協賛:日本生命保険相互会社 特別協力:和田誠事務所、多摩美術大学、多摩美術大学アートアーカイヴセンター 企画協力:ブルーシープ、888 books お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル) *同時開催「収蔵品展072難波田史男 線と色彩」「project N 84 山下紘加」の入場料を含みます。 *[ ]内は各種割引料金。障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料。割引の併用および入場料の払い戻しはできません。 *新型コロナウイルス感染症対策およびご来館の際の注意事項は当館ウェブサイトを( https://www.operacity.jp/ag/ )ご確認ください。 ▽和田誠(1932-2019) 1936年大阪に生まれる。多摩美術大学図案科(現・グラフィックデザイン学科)を卒業後、広告制作会社ライトパブリシティに入社。 1968年に独立し、イラストレーター、グラフィックデザイナーとしてだけでなく、映画監督、エッセイ、作詞・作曲など幅広い分野で活躍した。 たばこ「ハイライト」のデザインや「週刊文春」の表紙イラストレーション、谷川俊太郎との絵本や星新一、丸谷才一など数多くの作家の挿絵や装丁などで知られる。 報知映画賞新人賞、ブルーリボン賞、文藝春秋漫画賞、菊池寛賞、毎日デザイン賞、講談社エッセイ賞など、各分野で数多く受賞している。 仕事場の作業机 photo: HASHIMOTO ©Wada Makoto 『週刊文春』表紙 2017 ©Wada Makoto 『グレート・ギャツビー』(訳・村上春樹)装丁 2006 中央公論新社 ©Wada Makoto 『マザー・グース 1』(訳・谷川俊太郎)表紙 1984 講談社 ©Wada Makoto text by Suzuki Sachihiro
logirl staff voice
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「誰も観たことのないバラエティを」。『ももクロChan』10周年記念スタッフ座談会ももいろクローバーZの初冠番組『ももクロChan』が昨年10周年を迎えた。 この番組が女性アイドルグループの冠番組として異例の長寿番組となったのは、ただのアイドル番組ではなく、"バラエティ番組”として破格におもしろいからだ。 ももクロのホームと言っても過言ではないバラエティ番組『ももクロChan』。 彼女たちが10代半ばのころから、その成長を見続けてきたプロデューサーの浅野祟氏、吉田学氏、演出の佐々木敦規氏の3人が集まり、番組への思い、そしてももクロの魅力を存分に語ってくれた。 浅野 崇(あさの・たかし)1970年、千葉県出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『ももクロChan』 『ももクロちゃんと!』 『Musee du ももクロ』 『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』、など 吉田 学(よしだ・まなぶ)1978年、東京都出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~』 『ももクロちゃんと!』 『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』 『Musée du ももクロ』、など 佐々木 敦規(ささき・あつのり)1967年、東京都出身。ディレクター。 有限会社フィルムデザインワークス取締役 「ももクロはアベンジャーズ」。そのずば抜けたバラエティ力の秘密 ──最近、ももクロのメンバーたちが、個々でバラエティ番組に出演する機会が増えていますね。 浅野 ようやくメンバー一人ひとりのバラエティ番組での強さに、各局のディレクターやプロデューサーが気づいてくれたのかもしれないですね。間髪入れずに的確なコメントやリアクションをしてて、さすがだなと思って観てます。 佐々木 彼女たちはソロでもアリーナ公演を完売させるアーティストですけど、バラエティタレントとしてもその実力は突き抜けてますから。 浅野 あれだけ大きなライブ会場で、ひとりしゃべりしても飽きがこないのは、すごいことだなと改めて思いますよ。 佐々木 そして、4人そろったときの爆発力がある。それはまず、バラエティの天才・玉井詩織がいるからで。器用さで言わせたら、彼女はめちゃくちゃすごい。百田夏菜子、高城れに、佐々木彩夏というボケ3人を、転がすのが本当にうまくて助かってます。 昔は百田の天然が炸裂して、高城れにがボケにいくスタイルだったんですが、いつからか佐々木がボケられるようになって、ももクロは最強になったと思ってます。 キラキラしたぶりっ子アイドル路線をやりたがっていたあーりんが、ボケに回った。それどころか、今ではそのポジションに味をしめてる。昔はコマネチすらやらなかった子なのに、ビックリですよ(笑)。 (写真:佐々木ディレクター) ──そういうメンバーの変化や成長を見られるのも、10年以上続く長寿番組だからこそですね。 吉田 昔からライブの舞台裏でもずっとカメラを回させてくれたおかげで、彼女たちの成長を記録できました。結果的に、すごくよかったですね。 ──ずっとももクロを追いかけてきたファンは思い出を振り返れるし、これからももクロを知る人たちも簡単に過去にアクセスできる。「テレ朝動画」で観られるのも貴重なアーカイブだと思います。 佐々木 『ももクロChan』は、早見あかりの脱退なども撮っていて、楽しいときもつらいときも悲しいときも、ずっと追っかけてます。こんな大事な仕事は、途中でやめるわけにはいかないですよ。彼女たちの成長ドキュメンタリーというか、ロードムービーになっていますから。 唯一無二のコンテンツになってしまったので、ももクロが活動する限りは『ももクロChan』も続けたいですね。 吉田 これからも続けるためには、若い世代にもアピールしないといけない。10代以下の子たちにも「なんかおもしろいお姉ちゃんたち」と認知してもらえるように、我々もがんばらないと。 (写真:吉田プロデューサー) 浅野 彼女たちはまだまだ伸びしろありますからね。個々でバラエティ番組に出たり、演技のお仕事をしたり、ソロコンをやったりして、さらにレベルアップしていく。そんな4人が『ももクロChan』でそろったとき、相乗効果でますますおもしろくなるような番組をこれからも作っていきたいです。 佐々木 4人は“アベンジャーズ"っぽいなと最近思うんだよね。 浅野 わかります。 ──アベンジャーズ! 個人的に、ももクロって令和のSMAPや嵐といったポジションすら狙えるのではないか、と妄想したりするのですが。 浅野 あそこまで行くのはとんでもなく難しいと思いますが……。でも佐々木さんの言うとおりで、最近4人全員集まったときに、スペシャルな瞬間がたまにあるんですよ。そういう大物の華みたいな部分が少しずつ見えてきたというか。 佐々木 そうなんだよねぇ。ももクロの4人はやたらと仲がいいし、本人たちも30歳、40歳、50歳になっても続けていくつもりなので、さらに化けていく彼女たちを撮っていかなくちゃいけないですね。 早見あかりが抜けて、自立したももクロ (写真:浅野プロデューサー) ──先ほど少し早見あかりさん脱退のお話が出ましたけど、やはり印象深いですか。 吉田 そうですね。そのとき僕はまだ『ももクロChan』に関わってなかったんですが、自分の局の番組、しかも動画配信でアイドルの脱退の告白を撮ったと聞いて驚きました。 当時はAKB48がアイドル界を席巻していて、映画『DOCUMENTARY of AKB48』などでアイドルの裏側を見せ始めた時期だったんです。とはいえ、脱退の意志をメンバーに伝えるシーンを撮らせてくれるアイドルは画期的でした。 佐々木 ももクロは最初からリミッターがほとんどないグループだからね。チーフマネージャーの川上アキラさんが攻めた人じゃないですか。だって、自分のワゴン車に駆け出しのアイドル乗っけて、全国のヤマダ電機をドサ回りするなんて、普通考えられないでしょう(笑)。夜の駐車場で車のヘッドライトを背に受けながらパフォーマンスしてたら、そりゃリミッターも外れますよ。 (写真:『ももクロChan』#11) ──アイドルの裏側を見せる番組のコンセプトは、当初からあったんですか? 佐々木 そうですね、ある程度狙ってました。そもそも僕と川上さんが仲よしなのは、プロレスや格闘技っていう共通の熱狂している趣味があるからなんですけど。 当時流行ってた総合格闘技イベント『PRIDE』とかって、ブラジリアントップファイターがリング上で殺し合いみたいなガチの真剣勝負をしてたんですよ。そんな血気盛んな選手が闘い終わってバックヤードに入った瞬間、故郷のママに「勝ったよママ! 僕、勝ったんだよ!」って電話しながら泣き出すんです。 ああいうファイターの裏側を生々しく映し出す映像を見て、表と裏のコントラストには何か新しい魅力があるなと、僕らは気づいて。それで、川上さんと「アイドルで、これやりましょうよ!」って話がスムーズにいったんです。 吉田 ライブ会場の楽屋などの舞台裏に定点カメラを置いてみる「定点観測」は、ももクロの裏の部分が見える代表的なコーナーになりました。ステージでキラキラ輝くももクロだけじゃなくて、等身大の彼女たちが見られるよう、早いうちに体制を整えられたのもありがたかったですね。 ──番組開始時からももクロのバラエティにおけるポテンシャルは図抜けてましたか? 佐々木 いや、最初は普通の高校生でしたよ。だから、何がおもしろくて何がウケないのか、何が褒められて何がダメなのか。そういう基礎から丁寧に教えました。 ──転機となったのは? 佐々木 やはり早見あかりが抜けたことですね。当時は早見が最もバラエティ力があったんです。裏リーダーとして場を回してくれたし、ほかのメンバーも彼女に頼りきりだった。我々も困ったときは早見に振ってました。 だから早見がいなくなって最初の収録は、残ったメンバーでバラエティを作れるのか正直不安で。でも、いざ収録が始まったら、めちゃめちゃおもしろかったんですよ。「お前らこんなにできたのっ!?」といい意味で裏切られた。 早見に甘えられなくなり、初めて自立してがんばるメンバーを見て、「この子たちとおもしろいバラエティ作るぞ!」と僕もスイッチが入りましたね。 あと、やっぱり2013年ごろからよく出演してくれるようになった東京03の飯塚(悟志)くんが、ももクロと相性抜群だったのも大きかった。彼のシンプルに一刀両断するツッコミのおかげで、ももクロはボケやすくなったと思います。 吉田 飯塚さんとの絡みで学ぶことも多かったですよね。 佐々木 トークの間合いとか、ボケの伏線回収的な方程式なんかを、お笑い界のトップランナーと実戦の中で知っていくわけですから、貴重な経験ですよね。それは僕ら裏方には教えられないことでした。 浅野 今のももクロって、収録中に何かおもしろいことが起きそうな気配を感じると、各々の役割を自覚して、フィールドに散らばっていくイメージがあるんですよね。 言語化はできないんだろうけど、彼女たちなりに、ももクロのバラエティ必勝フォーメーションがいくつかあるんでしょう。状況に合わせて変化しながら、みんなでゴールを目指してるなと感じてます。 ももクロのバラエティ史に残る奇跡の数々 ──バラエティ番組でのテクニックは芸人顔負けのももクロですが、“笑いの神様”にも愛されてますよね。何気ないスタジオ収録回でも、ミラクルを起こすのがすごいなと思ってて。 佐々木 最近で言うと、「4人連続ピンポン球リフティング」は残り1秒でクリアしてましたね。「持ってる」としか言えない。ああいう瞬間を見るたびに、やっぱりスターなんだなぁと思いますね。 浅野 昔、公開収録のフリースロー対決(#246)で、追い込まれた百田さんが、うしろ向きで投げて入れるというミラクルもありました。 あと、「大人検定」という企画(#233)で、高城さんがタコの踊り食いをしたら、鼻に足が入ってたのも忘れられない(笑)。 吉田 あの高城さんはバラエティ史に残る映像でしたね(笑)。 個人的にはフットサルも印象に残ってます。中学生の全国3位の強豪チームとやって、善戦するという。 佐々木 なんだかんだ健闘したんだよね。しかも終わったら本気で悔しがって、もう一回やりたいとか言い出して。 今度のオンラインライブに向けて、過去の名シーンを掘ってみたんですが、そういうミラクルがたくさんあるんですよ。 浅野 今ではそのラッキーが起こった上で、さらにどう転していくかまで彼女たちが自分で考えて動くので、昔の『ももクロChan』以上におもしろくなってますよね。 写真:『ももクロChan』#246) (写真:『ももクロChan』#233) ──皆さんのお話を聞いて、『ももクロChan』はアイドル番組というより、バラエティ番組なんだと改めて思いました。 佐々木 そうですね。誤解を恐れずに言えば、僕らは「ももクロなしでも通用するバラエティ」を作るつもりでやってるんです。 お笑いとしてちゃんと観られる番組がまずあって、その上でとんでもないバラエティ力を持ったももクロががんばってくれる。そりゃおもしろくなりますよね。 ──アイドルにここまでやられたら、ゲストの芸人さんたちも大変じゃないかと想像します。 佐々木 そうでしょうね(笑)。平成ノブシコブシの徳井(健太)くんが「バラエティ番組いろいろ出たけど、今でも緊張するのは『ゴッドタン』と『ももクロChan』ですよ」って言ってくれて。お笑いマニアの彼にそういう言葉をもらえたのは、ありがたかったなぁ。 誰も見たことのない破格のバラエティ番組を届ける ──そして11月6日(土)には、『テレビ朝日 ももクロChan 10周年記念 オンラインプレミアムライブ!~最高の笑顔でバラエティ番組~』を開催しますね。 吉田 もともとは去年やるつもりでしたが、コロナ禍で自粛することになり、11周年の今年開催となりました。これから先『ももクロChan』を振り返ったとき、このイベントが転機だったと思えるような特別な日にしたいですね。 浅野 歌あり、トークあり、コントあり、ゲームあり。なんでもありの総合バラエティ番組を作るつもりです。 2時間の生配信でゲストも来てくださるので、通常回以上に楽しいのはもちろん、ライブならではのハプニングも期待しつつ……。まぁプロデューサーとしては、いろんな意味でドキドキしてますけど(苦笑)。 佐々木 ライブタイトルに「バラエティ番組」と入れて、我々も自分でハードル上げてるからなぁ(笑)。でも「バラエティを売りにしたい」と浅野Pや吉田Pに思っていただいているので、ディレクターの僕も期待に応えるつもりで準備してるところです。 浅野 ここで改めて、ももクロは歌や踊りのパフォーマンスだけじゃなく、バラエティも最高におもしろいんだぞ、と知らしめたい。 さっき佐々木さんも言ってましたけど、まだももクロに興味がない人でも、バラエティ番組として楽しめるはずなので、お笑い好きとか、バラエティをよく観る人に観てもらいたいです。 佐々木 誰も見たことない、新しくておもしろい番組を作るつもりですよ。 浅野 『ももクロChan』が始まった2010年って、まだ動画配信で成功している番組がほとんどなかったんですね。そんな環境で番組がスタートして、テレビ朝日の中で特筆すべき成功番組になった。 そういう意味では、配信動画のトップランナーとして、満を持して行う生配信のオンラインイベントなので、業界の中でも「すごかった」と言ってもらえる番組にするつもりです。 吉田 『ももクロChan』スタッフとしては、番組が11周年を迎えることを感慨深く思いつつ、テレビを作ってきた人間としては、コロナ以降に定着してきたオンライン生配信の意義を今改めて考えながら作っていきたいです。 (写真:『テレビ朝日 ももクロChan 10周年記念 オンラインプレミアムライブ!~最高の笑顔でバラエティ番組~』は、11月6日(土)19時開演 logirl会員は割引価格でご視聴いただけます) ──具体的にどういった企画をやるのか、少しだけ教えてもらえますか? 浅野 「あーりんロボ」(佐々木彩夏がお悩み相談ロボットに扮するコントコーナー)はやるでしょう。 佐々木 生配信で「あーりんロボ」は怖いですよ、絶対時間押しますから(笑)。佐々木も度胸ついちゃってるからガンガンボケて、百田、高城、玉井がさらに煽って調子に乗っていくのが目に見える……。 あと、配信ならではのディープな企画も考えていますが、ちょっと今のままだとディープすぎてできないかもしれないです。 浅野 配信を観た方は、ネタバレ禁止というルールを決めたら、攻められますかねぇ。 佐々木 たしかに視聴者の方々と共犯関係を結べるといいですね。 とにかく、モノノフさんはもちろんですが、少しでも興味を持った人に観てほしいんですよ。バラエティ史に残る番組の記念すべき配信にしますので、絶対損はさせません。 浅野 必ず、期待にお応えします。 撮影=時永大吾 文=安里和哲 編集=後藤亮平
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logirlの「起爆剤になりたい」ディレクター・林洋介(『ももクロちゃんと!』)インタビューももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、AKB48 Team8などのオリジナルコンテンツを配信する動画配信サービス「logirl」スタッフへのリレーインタビュー第5弾。 今回は10月からリニューアルする『ももクロちゃんと!』でディレクターを務める林洋介氏に話を聞いた。 林洋介(はやし・ようすけ)1985年、神奈川県出身。ディレクター。 <現在の担当番組> 『ももクロちゃんと!』 『WAGEI』 『小川紗良のさらまわし』 『まりなとロガール』 リニューアルした『ももクロちゃんと!』の収録を終えて ──10月9日から土曜深夜に枠移動する『ももクロちゃんと!』。林さんはリニューアルの初回放送でディレクターを務めています。 林 そうですね。「ももクロちゃんと、〇〇〇!」という基本的なルールは変わらずやっていくんですけど、画面上のCGやテロップなどが変わるので、視聴者の方の印象はちょっと違ってくるかなと思います。 (写真:「ももクロちゃんと!」) ──収録を終えた感想はいかがですか? 林 自粛期間中に自宅で推し活を楽しめる「推しグッズ」作りがトレンドになっていたので、今回は「推しグッズ」というテーマでやったんですが、ももクロのみなさんに「推しゴーグル」を作ってもらう作業にけっこう時間がかかってしまったんですよね。「安全ゴーグル」に好きなキャラクターや言葉を書いてデコってもらったんですが、本当はもうひとつ作る予定が収録時間に収まりきらず……それでもリニューアル1発目としては、期待を裏切らない内容になったと思います。 ──『ももクロちゃんと!』を担当するのは今回が初めてですが、収録に臨むにあたって何か考えはありましたか? 林 やっぱり、リニューアル一発目なので盛り上がっていけたらなと。あとは、ももクロは知名度のあるビッグなタレントさんなので、その空気に飲まれないようにしないといけないなと考えていましたね。 ──先輩スタッフの皆さんからとも相談しながらプランを立てていったのでしょうか? 林 そうですね。ももクロは業界歴も長くてバラエティ慣れしているので、トークに関しては心配ないと聞いていました。ただ、自分たちで考えて何かを書いたり作ったりしてもらうのは、ちょっと時間がいるかもしれないよとも……でも、まさかあそこまでかかるとは思いませんでした(笑)。ちょっとバカバカしいものを書いてもらっているんですけど、あそこまで真剣に取り組んでくれるのかって逆に感動しました。 (写真:「ももクロちゃんと! ももクロちゃんと祝!1周年記念SP」) 「まだこんなことをやるのか」という無茶をしたい ──ももクロメンバーと仕事をする機会は、これまでもありましたか? 林 logirlチームに入るまで一度もなくて、今回がほぼ初対面です。ただ一度だけ、DVDの宣伝のために短いコメントをもらったことがあって、そのときもここまで現場への気遣いがしっかりしているんだという印象を受けました。 もちろん名前はよく知っていますが、僕は正直あまりももクロのことを知らなかったんですよね。キャリア的に考えたら当然現場では大物なわけで、そのときは僕も時間を巻きながら無事に5分くらいのコメントをもらったんですが、あとから撮影した素材を見返したら、あの短いコメント取材だけなのに、わざわざみんなで立ち上がって「ありがとうございました」と丁寧に言ってくれていたことに気がついて、「めっちゃいい子たちやなあ」って思ってました。 ──一緒に仕事をしてみて、印象は変わりましたか? 林 『ももクロちゃんと!』は、基本的にその回で取り上げる専門的な知識を持った方にゲストで来ていただいてるんですが、タレントさんでない方が来ることも多いんですよね。そういった一般の方に対しても壁がないというか、なんでこんなになじめるのかってくらいの親しみ深さに驚きました。そういう方たちの懐にもすっと入っていけるというか、その気遣いを大切にしているんですよね。しかもそれをすごく自然にやっているのが、すごいなと思いました。 ──『ももクロちゃんと!』は2年目に突入しました。今後の方向性として、考えていることはありますか? 林 「推しグッズ」でも、あそこまで真剣に取り組んでるんだったら、短い収録時間の中ではありますが、「まだこんなことをやってくれるのか」という無茶をしてみたいなと個人的には思いました。過去の『ももクロChan』を観ていても、すごくアクティブじゃないですか。だから、トークだけでは終わらせたくないなっていう気持ちはあります。 (写真:「ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~」) 情報番組のディレクターとしてキャリアを積む ──テレビの仕事を始めたきっかけを教えてください。 林 大学を卒業して特にやりたいことがなかったので、好きだったテレビの仕事をやってみようかなというのが入口ですね。最初に入ったのがテレビ東京さんの『お茶の間の真実〜もしかして私だけ!?〜』というバラエティ番組で、そこでADをやっていました。長嶋一茂さんと石原良純さんと大橋未歩さんがMCだったんですが、初めは知らないことだらけだったので、いろいろなことが学べたのは楽しかったですね。 ──そこからずっとバラエティ畑ですか。 林 AD時代は基本的にバラエティでしたね。ディレクターの一発目はTBSの『ビビット』という情報番組でした。曜日ディレクターとして、日々のニュースを追う感じだったんですが、そもそもニュースというものに興味がなかったので、そこはかなり苦戦しました。バラエティの“おもしろい”は単純というか、わかりやすいですが、ニュースの“おもしろい”ってなんだろうってずっと考えていましたね。たとえば、殺人事件の何を見せたらいいんだろうとか、まったくわからない世界に入ってしまったなという感じがしていました。 ──情報番組はどのくらいやっていたんですか? 林 『ビビット』のあとに始まった、立川志らくさんの『グッとラック!』もやっていたので、6年間ぐらいですかね。でも、最後まで情報番組の感覚はつかめなかった気がします。きっとこういうことが情報番組の“おもしろい”なのかなって想像しながら、合わせていたような感じです。 番組制作のモットーは「事前準備を超えること」 ──ご自身の好みでいえば、どんなジャンルがやりたかったんですか? 林 いわゆる“どバラエティ”ですね。当時でいえば、めちゃイケ(『めちゃ×イケてるッ!』/フジテレビ)に憧れてました。でも、情報バラエティが全盛の時代だったので、結果的にAD時代、ディレクター時代を含めてゴリゴリのバラエティはやれなかったですね。 ──情報番組のディレクター時代の経験で、印象に残っていることはありますか? 林 芸能人の密着をやったり、街頭インタビューでおもしろ話を拾ってきたりと、仕事としては濃い時間を過ごしたと思いますが、そういったネタよりも、当時の上司からの影響が大きかったかなと思います。『ビビット』や『グッとラック!』は、ワイドショーだけどバラエティに寄せたい考えがあったので、コーナー担当の演出はバラエティ畑で育った人たちがやっていたんですよね。今思えば、バラエティのチームでワイドショーを作っているような感覚だったので、特殊といえば特殊な場所だったのかもしれません。僕のコーナーを見てくれていた演出の人もなかなか怖い人でしたから(笑)。 ──その経験も踏まえ、番組を作るときに心がけていることはありますか? 林 どんなロケでも事前に構成を作ると思うんですが、最初に作った構成を越えることをひとつの目標としてやっていますね。「こんなものが撮れそうです」と演出に伝えたところから、ロケのあとのプレビューで「こんなのがあるんだ」と驚かせるような何かをひとつでも持って帰ろうとやっていましたね。 自由度の高い「配信番組」にやりがいを感じる ──logirlチームには、どのような経緯で入ったんでしょうか? 林 『グッとラック!』が終わったときに、会社から「次はどうしたい?」と提示された候補のひとつだったんですよね。それで、僕はもう地上波に未来はないのかなと思っていたので、詳細は知らなかったんですけど、配信の番組というところに興味を持ってやってみたいなと思い、今年の4月から参加しています。 ──参加して半年ほど経ちますが、配信番組をやってみた感触はいかがですか? 林 そうですね。まだ何かができたわけじゃないんですけど、自分がやりたいことに手が届きそうだなという感じはしています。もちろん、仕事として何かを生み出さなければいけないですが、そこに自分のやりたいことが添えられるんじゃないかなって。 具体的に言うと、僕はいつか好きな「バイク」を絡めた企画をやりたいと思っているんですが、地上波だったら一発で「難しい」となりそうなものも、企画をもう少ししっかり詰めていけば、実現できるんじゃないかという自由度を感じています。 ──そこは地上波での番組作りとは違うところですよね。 林 はい、少人数でやっていることもありますし、聞く耳も持っていただけているなと感じます。まだ自分発信の番組は何もないんですけど、がんばれば自分発信でやろうという番組が生まれそうというか、そこはやりがいを感じる部分ですね。 logirlを大きくしていく起爆剤になりたい ──logirlはアイドル関連の番組も多いです。制作経験はありますか? 林 テレビ東京の『乃木坂って、どこ?』でADをやっていたことがあります。本当に初期で『制服のマネキン』の時期くらいまでだったので、もう9年前くらいですかね。いま売れている子も多いのでよかったなと思います。 ──ご自身がアイドル好きだったことはないですか。 林 それこそ、中学生のころにモーニング娘。に興味があったくらいですね。ちょうど加護(亜依)ちゃんや辻(希美)ちゃんが入ってきたころで、当時はみんな好きでしたから。でも、アイドルに熱狂的になったことはなくて、ああいう気持ちを味わってみたいなとは思うんですけど、なかなか。 ──これからlogirlでやりたいことはありますか? 林 先ほども言ったバイク関連の企画もそうですが、単純に何をやればいいというのはまだ見えてないんですよね。ただ、logirlはまだまだ小さいので、僕が起爆剤になってNetflixみたいにデカくなっていけたらいいなって勝手に思っています。 ──最後に『ももクロちゃんと!』の担当ディレクターをとして、番組のリニューアルに向けた意気込みをお願いします。 林 『ももクロちゃんと!』はこれから変わっていくはずなので、ファンのみなさんにはその変化にも注目していただければと思います。よろしくお願いします! 文=森野広明 編集=中野 潤
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言葉を引き出すために「絶対的な信頼関係を」プロデューサー・河合智文(『でんぱの神神』等)インタビューももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、AKB48 Team8などのオリジナルコンテンツを配信する動画配信サービス「logirl」スタッフへのリレーインタビュー第4弾。 今回は『でんぱの神神』『ナナポプ』などのプロデューサー、河合智文氏に話を聞いた。 河合智文(かわい・ともふみ)1974年、静岡県出身。プロデューサー。 <現在の担当番組> 『でんぱの神神』 『ナナポプ 〜7+ME Link Popteen発ガールズユニットプロジェクト〜』 『美味しい競馬』(logirl YouTubeチャンネル) 初めて「チーム神神」の一員になれた瞬間 ──『でんぱの神神』には、いつから関わるようになったんでしょうか? 河合 2017年の3月から担当になりました。ちょうど、でんぱ組.incがライブ活動をいったん休止したタイミングでした。「密着」が縦軸としてある『でんぱの神神』をこれからどうしていこうか、という感じでしたね。 (写真:『でんぱの神神』) ──これまでの企画で印象的なものはありますか? 河合 古川未鈴さんが『@JAM EXPO 2017』で総合司会をやったときに、会場に乗り込んで未鈴さんの空き時間にジャム作りをしたんですよ。企画名は「@JAMであっと驚くジャム作り」。簡易キッチンを設置して、現場にいるアイドルさんたちに好きな材料をひとつずつ選んで鍋に入れていってもらい、最終的にどんな味になるのかまったくわからないというような(笑)。 極度の人見知りで、ほかのアイドルさんとうまくコミュニケーションが取れないという未鈴さんの苦手克服を目的とした企画でもあったんですが、@JAMの現場でロケをやらせてもらえたのは大きかったなと思います。 (写真:『でんぱの神神』#276/2017年9月22日配信) 企画ではありませんが、ねも・ぺろ(根本凪・鹿目凛)のふたりが新メンバーとしてお披露目となった大阪城ホール公演(2017年12月)までの密着も印象に残っていますね。 ライブ活動休止中はバラエティ企画が中心だったので、リハーサルでメンバーが歌っている姿がとても新鮮で……その空間を共有したとき、初めて「チーム神神」の一員になれたという感じがしました。 そういった意味ではねも・ぺろのふたりに対しては、でんぱ組.incという会社の『でんぱの神神』部署に配属された同期入社の仲間だと勝手に感じています (笑)。 でんぱ組.incが秀でる「自分の魅せ方」 ──でんぱ組.incというグループにどんな印象を持っていますか? 河合 僕が関わり始めたころは、2度目の武道館公演を行うなどすでにアイドルグループとして大きく、メジャーな存在だったんです。番組としてもスタートから6年目だったので、自分が入ってしっかり接していけるのかな、という不安はありました。 自分の趣味に特化したコアなオタクが集まったグループ……ということで、それなりにクセがあるメンバーたちなのかなと構えていたんですけど、そのあたりは気さくに接してもらって助かりました。とっつきにくさとかも全然なくて(笑)。 むしろ、ロケを重ねていくうちにセルフプロデュースや自己表現がすごくうまいんだなと思いました。自分の魅せ方をよくわかっているんですよね。 ──そういったご本人たちの個性を活かして企画を立てることもあるのでしょうか? 河合 マンガ・アニメ・ゲームなどメンバーが愛した男性キャラクターを語り尽くすという「私の愛した男たち」はでんぱ組にうまくハマった企画で、反響が大きかったので、「私の憧れた女たち」「私のシビれたシーンたち」と続く人気シリーズになりました。 やはり好きなことについて語るときはエネルギーがあるというか、とてもテンション高くキラキラしているんですよね。メンバーそれぞれの好みというか、人間性というか……隠れた一面を知ることのできた企画でしたね。 (写真:『でんぱの神神』#308/2018年5月4日配信) ──そして5月に『でんぱの神神』のレギュラー配信が2年ぶりに再開しました。これからどんな番組にしていきたいですか? 河合 2019年2月にレギュラー配信が終了しましたが、それでも不定期に密着させてもらっていたんです。そのたびにメンバーから「『神神』は何度でも蘇る」とか、「ぬるっと復活」みたいに言われていましたが(笑)。そんな『神神』が2年ぶりに完全復活できました。 長寿番組が自分の代で終了してしまった負い目も感じていましたし、不定期でも諦めずに配信を続けたことがレギュラー再開につながったと思うと、正直うれしいですね。 今回加入した新メンバーも超個性的な5人が集まったと思います。やはり今は多くの人に新メンバーについて知ってほしいですし、先ほどの「私の愛した男たち」は彼女たちを深掘りするのにうってつけの企画ですよね。これまで誰も気づかなかった個性や魅力を引き出して、新生でんぱ組.incを盛り上げていきたいです。 (写真:『でんぱの神神』#363/2021年5月12日配信) 密着番組では、事前にストーリーを作らない ──ティーンファッション誌『Popteen』のモデルが音楽業界を駆け上がろうと奮闘する姿を捉えた『ナナポプ』は、2020年の8月にスタートしました。 河合 『Popteen』が「7+ME Link(ナナメリンク)」というプロジェクトを立ち上げることになり、そこから生まれたMAGICOURというダンス&ボーカルユニットに密着しています。これまでのlogirlの視聴者層は20〜40代の男性が多かったですが、『ナナポプ』のファンの中心はやはり『Popteen』読者である10代の女性。そういった人たちにもlogirlを知ってもらうためにも、新しい視聴者層への訴求を意識した企画でもあります。 (写真:『ナナポプ』#29/2021年3月5日配信) ──番組の反響はいかがでしょうか? 河合 スタート当初は賛否というか、「モデルさんにダンステクニックを求めるのはいかがなものか?」といった声もありました。ですが、ダンス講師のmai先生はBIGBANGやBLACKPINKのバックダンサーもしていた一流の方ですし、メンバーたちも常に真剣に取り組んでいます。 だから、実際に観ていただければそれが伝わって応援してもらえるんじゃないかと思っています。番組も「“リアル”だけを描いた成長の記録」というテーマになっているので、本気の姿をしっかり伝えていきたいですね。 ──密着番組を作るときに意識していることはありますか? 河合 特に自分がディレクターとしてカメラを回すときの場合ですが、ナレーション先行の都合のよいストーリーを勝手に作らないことですね。 僕は編集のことを考えて物語を固めてしまうと、その画しか撮れなくなっちゃうタイプで。現場で実際に起きていることを、リアルに受け止めていこうとは常に考えています。一方で、事前に狙いを決めて、それをしっかり押さえていく人もいるので、僕の考えが必ずしも正解ではないとも思うんですけどね。 音楽の仕事をするために、制作会社に入社 ──テレビ業界を目指したきっかけを教えてください。 河合 高校時代に世間がちょうどバンドブームで、僕も楽器をやっていたんです。「学園祭の舞台に立ちたい」くらいの活動だったんですけど、当時から「仕事にするならクリエイティブなことがいい」とはずっと考えていました。初めは音楽業界に入りたかったんですが、専門学校に行って音楽の知識を学んだわけでもないので、レコード会社は落ちてしまって。 ほかに音楽の仕事ができる手段はないかなと考えたときに浮かんだのが「音楽番組をやればいい」でした。多少なりとも音楽に関われるなら、ということで番組制作会社に入ったのがきっかけです。 ──すぐに音楽番組の担当はできましたか? 河合 研修期間を経て実際に採用となったときに「どんな番組をやりたいんだ?」と聞かれて、素直に「音楽番組じゃなきゃ嫌です」と言ったら希望を叶えてくれたんです。1998年に日本テレビの深夜にやっていた、遠藤久美子さんがMCの『Pocket Music(ポケットミュージック)』という番組のADが最初の仕事です。そのあとも、同じ日本テレビで始まった『AX MUSIC- FACTORY』など、音楽番組はいくつか関わってきました。 大江千里さんと山川恵里佳さんがMCをしていた『インディーウォーズ』という番組ではディレクターをやっていました。タレントさんがインディーアーティストのプロモーションビデオを10万円の予算で制作するという、企画性の高い番組だったんですが、10万円だから番組ディレクターが映像編集までやることになったんです。 放送していた2004〜2005年ごろ、パソコンでノンリニア編集をする人なんてまだあまりいませんでした。ただ僕はひと足先に手を出していたので、タレントさんとマンツーマンで、ああでもないこうでもないと言いながら何時間もかけて動画を編集した思い出がありますね。 ──現在も動画の編集作業をすることはあるんですか? 河合 今でもバリバリやっています(笑)。YouTubeチャンネルでも配信している『美味しい競馬』の初期もそうですし、『でんぱの神神』がレギュラー配信終了後に特別編としてライブの密着をしたときは、自分でカメラを担いで密着映像とライブを収録して、それを自分で編集したりもしました。 やっぱり、自分で回した素材は自分で編集したいっていう気持ちが湧くんですよね。忘れかけていたディレクター心に火がつくというか……編集で次第に形になっていくのがおもしろくて。編集作業に限らず、構成台本を作成したり、けっこうなんでも自分でやっちゃうタイプですね。 (写真:『でんぱの神神』特別編 #349/2019年5月27日配信) logirlは、やりたいことを実現できる場所 ──logirlに参加した経緯を教えてください。 河合 実は『Pocket Music(ポケットミュージック)』が終わったとき、ADだったのに完全にフリーになったんですよ。そこから朝の情報番組などいろんなジャンルの番組を経験して、番組を通して知り合った仲間からいろいろと声をかけてもらって仕事をしていました。紀行番組で毎月海外に行ったりしたこともありましたね。 ちょうど一段落して、テレビ番組以外のこともやってみたいなと考えていたときに、日テレAD時代の仲間から「テレ朝で仕事があるけどやらない?」と紹介してもらい、それがまだ平日に毎日生配信をしていたころ(2015〜2017年)のlogirlだったんです。 (写真:撮影で訪れたスペイン・バルセロナにて) ──番組を作る上でモットーにしていることはありますか? 河合 今は一般の方でも、タレントさんでも、編集ソフトを使って誰でも動画制作ができる時代になったじゃないですか。だからこそ、「テレビ局の動画スタッフが作っている」というクオリティを出さなければいけないと思っています。難しいことですが、これを諦めたら番組を作る意味がないのかなという気がするんですよね。 あとは、出演者との信頼関係を大切に…..といったことですね。特に『でんぱの神神』『ナナポプ』といった密着系の番組は、出演者の気持ちをいかに言葉として引き出すかにかかっていますので、そこには絶対的な信頼関係を築いていくことが必要だと思います。 ──実際にlogirlで仕事してみて、いかがでしたか? 河合 自分でイチから企画を考えてアウトプットできる環境ではあるので、そこは楽しいですね。自分のやりたいことを、がんばり次第で実現できる場所。そういった意味でやりがいがあります。 ──リニューアルをしたlogirlの今後の目標を教えてください。 河合 まずは、どんどん新規の番組を作って、コンテンツを充実させていきたいです。これまで“ガールズ”に特化していましたが、今はその枠がなくなり、落語・講談・浪曲などをテーマにした『WAGEI』のような番組も生まれているので、いい意味でいろいろなジャンルにチャレンジできると思っています。 時期的にまだ難しいですが、ゆくゆくはlogirlでイベントをすることも目標です。logirlだからこそ実現できるラインナップになると思うので、いつか必ずやりたいと思っています。 文=森野広明 編集=田島太陽
大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』
仙波広雄@スポーツニッポン新聞社 競馬担当によるコラム。週末のメインレースを予想&分析/「logirl」でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(NHKマイルC)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(NHKマイルC) 先週の天皇賞・春は、クロワデュノールが一枚抜けているとの判断だったので、後は相手の選択だけだと思っていました。一枚抜けていても距離に多少のリスクがあるクロワデュノールは、もう少し仕掛けを遅らせると思っていましたが、堂々としたものでしたね。そのぶん、末脚に懸けたヴェルミセルに迫られましたが、着差は数センチでもクロワデュノールの完勝でした。自分の馬券的には、あんなに早くに前をつぶしにいかなくてもいいのに、とは思いましたが、それも競馬です。今週は5月10日(日)の東京11R・NHKマイルCを予想していきます。このレース、大好きなんですよね。自分にとって最も相性のいいG1なので、力が入ります。 【NHKマイルC、過去10年の傾向・特異点】 ・6~8枠で9勝 ・母父ダンチヒ系、ミスプロ系。あとこのレースは基本、フレンチデピュティ持ち ・前走2~5着の成績がいい。というか前走1着馬の成績が悪い ◎⑤ギリーズボール。 傾向で前走1着馬の成績が悪いとありますが、前走1着馬の中心はニュージーランドTとファルコンS組。ギリーズボールの前走はフィリーズレビュー。1400メートルの限定戦なのでどこまで信用したものかとは思いますが、阪神の良馬場G2を上がり3F最速で差し切ったことを評価してもいいのでは。前走410キロ台の牝馬ですが、近年ほとんどのG1が大型馬優位に振れる中で、NHKマイルCは比較的小柄な差し馬が健闘しています。末脚勝負になることが大きく、もまれ倒してどうにもならないリスクはありつつ、この戦績で下馬評通りの人気ならいい博打になるのではないかと。 ○⑩エコロアルバ。 このレース、休み明けは良くないというか、できれば3月以降に1走しておきたいのですが、エコロアルバの場合は予定通りのここ直行。なにかあっての休み明けではないので大丈夫かと。朝日杯FSはちょっと残念な運びでハードラックでもあり、狙い澄ましての一戦なら好勝負。配合的にはぴったり。 ▲⑦ダイヤモンドノット。 強めのトライアルホースという印象はありますが、強気に乗ってレースの主導権は取れる。そのうえで何か差し馬が飛んできそうなので、馬券的には2、3着がいい気がしています。 馬券は3連単フォーメーション。 <1着>⑤⑩→<2着>⑤⑩→<3着>⑥⑦⑧⑨⑯⑰。 <1着>⑤⑩→<2着>⑥⑦⑧⑨⑯⑰→<3着>⑤⑩。24点。 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(天皇賞・春)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(天皇賞・春) 先週のフローラSは◎△▲で、勝負の対抗だったエイシンウィスパーが4着…。プラスではあるので、前向きに5月3日(日)の京都11R・天皇賞(春)を予想していきます。1番人気が阪神大賞典完勝のアドマイヤテラ、2番人気が大阪杯で復活したクロワデュノール、3番人気が昨年覇者ヘデントールかな?ヘデントールは復帰の前走京都記念が8着でどこまで復調しているか、が焦点です。 【天皇賞・春、京都開催過去15回の傾向・特異点】 ・内枠 ・前走4角2~5番手で運んでおり、2~3角から番手を上げている馬 ・欧州ノーザンダンサーの母父はプラスで、欧州血統が利く ◎⑦クロワデュノール。 4歳馬はミュージアムマイル、マスカレードボールともに秋以降も結果を出しており、ダービーを勝って世代の代表格であるこの馬も大阪杯でG1勝利を追加。レベルが高い。クロワデュノールはダービーを先行して押し切っており、速めのラップでの巡航能力が高く、ラップが独特なステイヤーズSやダイヤモンドSならともかく、天皇賞・春なら距離もそんなに心配いらないかと。番手がちょっと後ろ目のキタサンブラック…までは言い過ぎですが、そんな感じ。 ○②サンライズソレイユ。 キズナ産駒は牝馬には切れる馬もいますが、牡馬は父のイメージよりも長い距離が合っている馬が多い。サンライズソレイユは前に行って味のある大型のキズナ牡馬。配合的には南米牝系なので、春天に実績のある欧州ノーザンダンサーとは反対方向のベクトルですが、なにせ母は父ディープインパクトと配合した牝馬で春天3着カレンブーケドールを出しており、父キズナの弟はステイヤーでしょう。春天名物だったディープボンドに擬するには実績が足りませんが、4角いい位置で回ってくることができれば粘り込みがあってもいいかと。 ▲③アドマイヤテラ。 阪神大賞典は完勝でした。京都でも菊花賞3着があり、近況の充実度は一番。立ち回り巧者というか、外からねじ伏せるほどではないので、内枠がほしかった。その点で2枠3番はプラスです。 馬券は3連単2頭軸フォーメーション。 <1着>⑦→<2着>②→<3着>③④⑧⑫⑭。 <1着>⑦→<2着>③④⑧⑫⑭→<3着>②。10点。 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(フローラS)大胆に予想!『美味しい馬券〜「美味しい競馬」スピンオフ〜』(フローラS) 皐月賞は◎バステールが11着。枠が悪く、鞍上も決め打ちですからあんなものでしょう。ただ今年はバステールのようなひいきもいて、例年以上にクラシックが楽しめています。これまたひいきの松山弘平が大活躍しているのがうれしい。筆者はほとんど騎手買いをしないので恩恵はこうむっていませんが、それはそれ。デビュー時から知っている松山弘平がもう36歳なのに戦慄を禁じ得ませんが、今年は彼のキャリアハイになる公算が大きく、昔から知っているというだけで後方腕組み状態。そんな読者がいれば、一緒に腕組みしながら「やるな、弘平」と、うなずき合いましょう!ともあれ今週は4月26日(日)の東京11R・フローラS。例年ならフルゲートのマイラーズCを取り上げるところですが、今年はクラシック路線優先で。 【フローラS過去10年の傾向・特異点】 ・1800、2000デビュー組に少しアドバンテージ。2000で勝ち星ありならなおよし ・阪神、京都で負けている馬の東京替わり ・身もふたもないが、あまりレベルが高くないので、傾向分析はそこまで有効ではなく、参考程度にしておく ◎⑤ラフターラインズ。 弘平ひいきと書いておいて、◎はノーザンサンデーのレーンかよ、と突っ込む声を聞きつつ、近年息を吹き返しているバラ一族牝系のこの馬。曽祖母ローズバドはこのレース3着。おばスタニングローズの活躍は記憶に新しく、なんだかんだ春のクラシックに間に合わせてくる早咲きの牝系。募集価格2400万円のアルアイン牝馬というサンデーレーシングでは地味な存在ですが、牡馬相手のきさらぎ賞3着があり、順調に使っていけば黒字は確実です。開幕週で前が止まらなくとも、上がり3Fが物語るこの馬の切れ味なら届くでしょう。 ○⑩エイシンウィスパー。 逃げ経験があるのがコウギョクの新馬だけ。初距離の馬も多く、できればハナは切りたくない組み合わせ…となれば、腹をくくって行くのは人気薄が相場。上がり3Fも走破時計も目立たないエイシンウィスパーがハナを切っても、誰も競りかけてこない…との読みで対抗に抜擢します。 ▲⑦リアライズルミナス。 皐月賞ロブチェンを逃げ切らせた松山弘平。そこまで積極的にハナを切るタイプではありませんが、彼のキャリアなら柳の下にはいくらでもドジョウがいることを知っています。リアライズルミナスのハナも一考。 馬券は3連単2頭軸マルチ。 <軸>⑤⑩→<相手>①③⑦⑪⑬。 <軸>⑤⑦→<相手>①③⑪⑬。54点。 text:仙波広雄@大阪スポーツニッポン新聞社 競馬担当/【logirl】でアーカイブ公開中『美味しい競馬』MC
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WAGEI公開収録<概要・応募規約>テレ朝動画「WAGEI 公開収録」番組観覧無料ご招待! 2025年1月18日(土)開催! logirl(ロガール)会員の中から抽選で100名様に番組観覧ご招待! 番組概要 テレ朝動画で配信中の伝統芸能番組『WAGEI』の公開収録! 番組MCを務める浪曲師「玉川太福」と、五代目三遊亭円楽一門の落語家「三遊亭らっ好」が珠玉のネタを披露します。 ゲストには須田亜香里と、SKE48赤堀君江が登場!出演者からの貴重なプレゼントも用意する予定です。 超レアなプログラムを是非お楽しみください。 日時:2025年1月18日(土)開場12:30 開演13:00(終演15:15予定) 場所:浅草木馬亭 東京都台東区浅草2−7−5 出演:玉川太福(浪曲師)・玉川みね子(曲師)/三遊亭らっ好(落語家)/須田亜香里/赤堀君江(SKE48) 応募詳細 追加応募期間:2024年12月27日(金)15:00~2025年1月9日(木)17:00締切 応募条件:logirl(ロガール)会員のみ対象(当日受付で確認させていただきます) 下記「応募規約」をよく読んでご応募ください。 応募フォーム:https://www.tv-asahi.co.jp/apps/apply/jump.php?fid=10062 追加当選発表:当選した方のみ、2025年1月10日(金)23:59までに 当選メール(ご招待メール)をご登録されたアドレスまでお送りさせていただきます。 「WAGEI公開収録」応募規約 【応募規約】 この応募規約(以下「本規約」といいます。)は、株式会社テレビ朝日(以下「当社」といいます。)が 運営する動画配信サービス「テレ朝動画」における「WAGEI」(以下「番組」といいます。)に関連して 実施する、公開収録の参加者募集に関する事項を定めるものです。参加していただける方は、本規約の 内容をご確認いただき、ご同意の上でご応募ください。 【募集要項】 開催日時:2025年1月18日(土)13:00開始~15:15頃終了予定 (途中、休憩あり) ※スケジュールは変更となる場合があります。集合時間等の詳細は当選連絡にてお伝えいたします。 場所:浅草木馬亭(東京都台東区浅草2-7-5) 出演者(予定):玉川太福(浪曲師)・玉川みね子(曲師)/三遊亭らっ好(落語家)/須田亜香里/赤堀君江(SKE48) ※出演者は予告なく変更される場合があります。 募集人数:100名様(予定) ※応募者多数の場合は、抽選とさせていただきます。 【応募資格】 ・テレ朝動画logirl(ロガール)会員限定 ・年齢性別は問いません 【応募方法】 応募フォームへの必要事項の入力 ・テレ朝動画にログインの上、必要事項を入力してください。 【ご参加お願い(参加決定)のご連絡】 ■ご参加をお願いする方(以下「参加決定者」といいます。)には、1月10日(金)23:59までに、応募フォームにご入力いただいたメールアドレス宛に、集合時間と場所、受付手続等の詳細を記載した「番組公開収録ご招待メール」(以下「ご招待メール」といいます。)を送信させていただきます。なお、ご入力いただいた電話番号にお電話をさせて頂く場合がございます。非通知設定でかけさせていただく場合もございますので、非通知拒否設定は解除して頂きますようお願いします。 ■当日の集合時間と集合場所は「ご招待メール」に記載します。集合時間に遅ることのないようご注意ください。 ■「ご招待メール」が届かない場合は、残念ながらご参加いただけませんのでご了承ください。 ■「ご招待メール」の送信の有無に関するお問い合わせはご遠慮ください。 ■公開収録の参加は無料です。参加決定のご連絡にあたって、参加決定者に対し、参加料等のご入金のお願いや銀行口座情報、クレジットカード情報等のお問い合わせをすることは、一切ございません。「テレビ朝日」や本サービスの関係者を名乗る悪質な連絡や勧誘には十分ご注意ください。また、そのような被害を防止するため、ご応募いただいた事実を第三者に口外することはお控えいただけますようお願い申し上げます。 ■「ご招待メール」および公開収録への参加で知り得た情報、公開収録の内容に関する情報、及び第三者の企業秘密・プライバシー等に関わる情報をブログ、SNS等への記載を含め、方法や手段を問わず第三者への開示を禁止いたします。また、当選権利および当選者のみが知り得た情報に関して、譲渡や販売は一切禁止いたします。 【注意事項】 ■ご案内は当選したご本人様1名のみのご参加となります。(同伴者はご案内できません) ■未成年の方がご応募いただく場合は、必ず事前に保護者の方の同意を得てください。その場合は、電話番号の入力欄に保護者の方と連絡の取れる電話番号をご入力ください。(保護者にご連絡させていただく場合がございます。) ■開催当日、今回の公開収録の参加および撮影・映像使用に関しての承諾書をご提出いただきます。(未成年の方は保護者のサインが必要となります。) ■1名につき応募は1回までとします。重複応募は全て無効になりますので、お気をつけください。 ■会場ではスタッフの指示に従ってください。指示に従っていただけない場合は、会場から退去していただく場合がございます。 ■会場でのスマートフォン等を用いての録画・録音についてはご遠慮ください。 ■会場までの交通手段は、公共交通機関をご利用ください。駐車場はございません。 ■会場までの交通費、宿泊費等は参加者のご負担にてお願いいたします。 ■当日は、ご本人であることを確認させていただくために、お手持ちのスマートフォン等で表示または印刷した「ご招待メール」と、「身分証明書」(運転免許証・パスポート等、氏名と年齢が確認できるもの)をお持ち下さい。ご本人確認が出来ない方は、ご参加いただけません。 ■荷物置き場はご用意しておりません。貴重品の管理等はご自身にてお願いいたします。貴重品を含む持ち物の紛失・盗難については、当社は一切責任を負いません。 ■公開収録に伴い、参加者・客席を含み場内の撮影・録音を行い、それらの映像または画像等の中に映り込む可能性があります。参加者は、収録した動画、音声を、当社または当社が利用を許諾する第三者(以下、当社および当該第三者を総称して「当社等」といいます)が国内外テレビ放送(地上波放送・衛星波放送を含みます)、雑誌、新聞、インターネット配信およびPC・モバイルを含むウェブサイトへの掲載をはじめとするあらゆる媒体において利用することについてご同意していただいたものとみなします(以下、かかる利用を「本件利用」といいます)。なお、本件利用の対価は無料とさせていただきますので、ご了承ください。 ■諸事情により番組の公開収録が中止又は延期となる場合がありますのでご了承ください。 【個人情報の取り扱いについて】 ■ご提供いただいた個人情報は、番組公開収録への参加に関する抽選、案内、手配又は連絡及び運営等のために使用し、収録後に消去させていただきます。 ■当社における個人情報等の取扱いの詳細については、以下のページをご覧下さい。 https://www.tv-asahi.co.jp/privacy/ https://www.tv-asahi.co.jp/privacy/online.html
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新番組『WAGEIのじかん』(CS放送)CSテレ朝チャンネル1「WAGEIのじかん」 落語・浪曲・講談など日本の伝統芸能が楽しめる番組。MCを務める浪曲師玉川太福と話芸の達人(=ワゲイスト)たちが珠玉のネタを披露します。さらに、お笑いを愛する市川美織が番組をサポート!お茶の間の皆様に笑いっぱなしの15分をお届けします。 お届けするネタ(3月放送)は、玉川太福の浪曲ほか、古今亭雛菊・春風亭かけ橋・春風亭昇吉・昔昔亭昇・柳家わさび・柳亭信楽の落語、神田松麻呂の講談などが登場します。お楽しみに〜!(※出演者50音順) ★3月の放送予定 3月17日(日)25:00~26:00 3月21日(木)26:00~27:00 3月24日(日)25:00~26:00 ⇩【収録中の様子】市川美織さん箱馬に乗って高さのバランスを調整しました。笑