

そうめんを食べたいと強く思った。外はとんでもなく重苦しい梅雨空だ。この湿度の中を散歩に出れば、すぐに汗でベタベタになることは目に見えている。そうでなくても、いつ大雨が降り出してびしょ濡れになるかわからない。だから不快指数満点のまま家の中で寝転んでいる。わが身が巨大な粗大ごみであることを実感する。
何もせずに寝転んでいても、やっぱり腹はへる。そして運動もせずにメシだけ食えば、ただでさえ贅肉体質のこの身体が、ぷくぷくと膨れていくのは火を見るよりも明らかだ。腹の足しになりながらも何となくカロリー罪悪感が少なめの食材はないか。
そこで思ったのだ。そうめんが食べたい。こんな時こそそうめんだと。
そして、わが家にそうめんの在庫ありやなしやと家人に問えば、なんと「この前コンビニで買っておいたわよ」とさらりと言う。さっそく台所の棚の中からそうめんの袋を見つけ出し、欣喜雀躍の勢いで鍋に湯を沸かす。わが食欲の前に白くおびえたように佇むそうめんの一束を取り出し、上品な紙ひもを解くと煮えたぎった湯にばらりと放つ。すると、憐れそうめんたちは、観念しましたとばかりに湯の中に崩れ落ちるのであった。
あれ?なんでこんなこと書いているのだろう。本当は、ブラジル相手に接戦を演じたサッカー日本代表の活躍を書こうかとか、にっちもさっちもいきそうもない終盤国会の情勢を書こうか、などと思案していたのだが、ふとそうめんについて書き出したところの、このツルツルとした滑りの良さよ。
思えば、そうめんは長いこと僕の心の友だった。
アメリカという異国で出会った日本の友みたいなものだ。当時、ワシントンに単身赴任していた僕は自炊する機会が多かったのだが、料理上手なわけでもなく時間の余裕もない。そんな中、近所の日本食スーパーはありがたい食糧調達場所であり、コメと冷凍の納豆は生きるための必需品であった。それに加えて、そうめんはいわゆる「味変」的な存在として不可欠であり、時には温かい「にゅうめん」となって、孤独な僕の食卓に鎮座したものだ。
そんな僕もアメリカ暮らしから帰国してもう15年以上が経つ。浮気な僕の心はそうめんから遠く離れていた。帰国後も何度かは食したが、ワシントン時代のように心ひかれる友ではなくなっていた。なにせ他にも日本の食材は溢れている。
ところが、このそうめんを無性に食べたくなったのだ。
しかも、僕の身体はそうめんという食材の恐ろしさまでも同時に覚えていた。とにかく、やたらと吹きこぼれるのである。このそうめんの皆さんは。
硬かった一本一本が、熱湯の中でヘナヘナと腰くだけなっていく様子に騙されてはいけない。灼熱の中でいたぶられる彼らの矜持が、最後の怒りを爆発させるのか、油断すると、鍋の中にものすごい数の泡が立ち上がってくるのを見落とすことになる。
一度吹きこぼれたが最後、コンロへの深刻なダメージは避けられない(そうでもないか)。僕はワシントン時代、何度も痛い目を見て来た。だからこそと言うべきか、長いブランクにもかかわらず、僕は鍋から目を離す失敗を犯さなかった。泡がブクブクと湧き上がってくる瞬間をとらえ、咄嗟に弱火に戻して落ち着かせるという離れ業に成功したのだ。
こうなれば展開はこっちのものだ。1,2本摘み上げてゆで具合を確認し、良きタイミングでザルに取り、冷水で洗って器に取る。そうめんの皆さんは、ここで互いに乾いてくっつき合うというギリギリの抵抗に出るのだが、器に水を張り、氷を散らしてそれを阻止する。
「待て、麺つゆあったかな」とかすかに動揺したが、妻は台所の別の棚の方向へと顎をしゃくった。4倍から5倍に薄めるべしとの濃厚な麵つゆを得て、もう備えは万全だ。薬味なんてしゃれたものは要らない。よく冷えたそうめんを、ずずっとすする。ずずっ、ずずっ。欧米などでは音を立てる食べ方を嫌う向きもあるらしいが、ここは日本である。誰の遠慮がいるものか。
15年ぶりに友と再会した気分だった。長いことご無沙汰してごめんな。あんた、やっぱり最高だよ。
といってもこれでは炭水化物だけだ。そうめんを食する手をしばし止めて、裏の家庭菜園からミニトマトやキュウリをもいできた。こちらもドレッシングなど不要である。そうめん、トマト、キュウリの三重奏。リコピンもビタミンCも万全だ。夏の食卓には気どりもてらいも要らないのだ。
それにしてもなぜそうめんなのか。そこではたと気がついた。
僕には週1回だけ一緒に仕事をする大卒2年目のバディがいる。僕も偉くなったもので、彼はいわば僕の「付け人」のようにして、あれこれ資料をまとめたり、打合せの準備をしてくれたりしながら、ニュース番組ができるまでを学ぶ「門前の小僧」のようになっている。
その彼が先日、「この前、茨城の『空飛ぶそうめん』を食べて来ました!」と、驚きの報告をしてくれた。
ずいぶんと高い所から流しそうめんをする人気店とのことで、「前に報ステの中で紹介していましたよね」と彼はすました顔で言う。僕はどうやらそれがずっと頭の片隅に引っ掛かり、突然のそうめん願望となってさく裂したと思われる。
それにしても、神奈川の郊外に住む今どきの若者が、茨城までそうめんを食べに行くとは。その何とも言えぬ素朴な行動に、僕はすっかり感心したのである。
そうめんのパワーをもらった僕は、すっかり充電が完了した。週が明けて仕事に出ようとすると、さっそくバタバタとニュースが入って来た。
中国の原子力潜水艦が太平洋の公海に向けて戦略ミサイルを発射したそうだ。危ないじゃないか。それにしてもなんで中国が?
かと思えば、FIFAの会長とトランプ大統領が組んだのか、レッドカードを食らったサッカー・アメリカ代表のストライカーを試合に出させることにしたそうな。だとすりゃズルだよ、そんなこと。
なかなか手ごわいニュースが並んできたぞ。これはもう少しエネルギー・チャージが必要だ。そうだ、きょうは肉だ。そうめん、野菜ときたら今度は肉でタンパク質の補給だ。食って食って食いまくり、うっとうしい梅雨空を吹き飛ばし、難解なニュースをクリアに伝えきるのだ。
ということで、今夜はカツ丼でも食べようかな。ああ、腹へった。
(2026年7月6日)


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