赤根さんのメッセージ
2026年08月31日

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 やはりものを言うのは人間が持つ意志の強さだ。ICC・国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)の赤根智子所長とインタビューしたときに、痛切にそのことを感じた。
 ここからは赤根さんと呼ばせてもらおう。赤根さんは覚悟の勝負に出たのだと思う。
 アメリカが赤根さん個人に対する制裁を発動したのは、ICCなど解体してやるというトランプ政権による明確な脅しだ。この脅しには屈しないと、赤根さんは自らの声で訴えたのだ。

 アメリカは、ICCの設立過程にむしろ前向きに参加し、戦争犯罪の定義づけなどの理論構築に役割を果たしたが、ICCの締約国にはならないという、やや複雑な選択をしてきた。クリントン政権の時に大統領の署名までは事を運んだが、議会で批准するには至らなかった。自国の兵士や政府関係者が訴追の対象になることを嫌ったためとされる。
 そしてトランプ政権は、今日に至るICCとの微妙な距離感を一気に飛び越え、敵対感情を極限まで増幅させた。ルビオ国務長官はICCを「政治化されている」と批判し、「非常に傲慢で非合法な」機関だとして、解体キャンペーンの旗を振っている。所長である赤根さん個人に対する制裁の発動はその最後通牒と言っていい。

 報道ステーションでは、トランプ政権の露骨な横やりが入って以来、赤根さんへのインタビューをお願いしてきた。そして、赤根さんもタイミングを見計らっていたのだと思う。
 高市首相が制裁発動について、「残念」の一言でほぼ片付けてしまったとき以来、日本政府に対して「弱腰」との批判が殺到した。そして高市首相は「弱腰との批判は当たらない。今回の措置は日本の立場とは相いれず、引き続きしっかりと支援していく」と強調せざるを得なくなった。そのタイミングで、赤根さんは日本記者クラブの会見に応じ、そして矢継ぎ早に報道ステーションの単独インタビューに臨んだ。

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 高市首相の新たな発言については、「大変に嬉しいことです。日本が理念に基づいてきちんとものを言う姿勢を、首相自ら記者の前で『明言』したことは、国としての『決意』と受け止めました」と語った。
 「明言」、「決意」という言葉に力がこもった。赤根さんは、これで日本政府をすっかりピン止めしたとも言える。もう政府として、法の支配を揺るがす行為に対し、曖昧な態度をとることはできない。

 赤根さんは、その静かな口調の中にも、「法の支配」が遠のき「力の支配」が幅をきかせることへの強い危機感を露わにした。そもそも、常設の国際裁判所の設立は、「2度の世界大戦で大きく苦しんできた人類の、長年の夢だった」と赤根さんは語る。
 そうだ。数えきれない戦争犯罪、人道犯罪の被害者の血の上に構築された普遍の価値を、疑う人はまずいないはずだ。

 赤根さんは、1982年に検事に任官、アメリカへの留学などを挟んで一貫して検察畑を歩んできた。「政府の方針にもとづいた上層部からの強い勧誘」(著書「戦争犯罪と闘う」より)によってICCの裁判官に立候補して当選、2018年に任官し、2024年からは所長の重責を担っている。

 その赤根さんをして、認識を転換せざるを得なかったのが、2022年のロシアによるウクライナへの全面侵攻だったという。
「私はウクライナ侵攻の時に目が覚めたんです。第二次世界大戦以降、そうしたことはヨーロッパでは起きないという考えがありましたが、それが打ち砕かれた感じがして。これが世界の変わり目になるのではないかと」。

 だからこそ、「法の支配」の恩恵を受けてきた日本の奮起を、赤根さんは願っている。「力の支配」が当たり前の世界になれば、日本は平和と民主主義という大事な支えを失い、ただ強い国に従うしかなくなってしまう。そうならないためにも、「これからの日本をどう導いていくのか。これは国民一人ひとりの肩に背負わされた問題なのです」と訴えた。「法の支配」を守ることができるかどうか、世界はその正念場にあるのだと。

 インタビューの最後、僕はこう聞いてみた。「裁判官がわれわれメディアの前で発言することは異例のこと。勇気が必要だったのではないですか」。
 赤根さんはしっかりうなずいて、「本来ならば裁判官は裁判書きと決定によってのみ語るべきなのは確かなのですが、一方で私は裁判所長として、裁判所を守り法の支配を守り抜く使命も担わされていると感じています」と言い切った。

 皮肉な話だが、日本人がこれほどまでに「法の支配」の重要性について考える機会を得たことはなかったのではないか。自らに降りかかった災難というタイミングを逃さず、赤根さんは分厚い法廷の扉を飛び出して発信した。そして大事なのはこれからである。

 赤根さんはこの機会に具体的な提言を行っている。日本には、ICCが拠って立つ「ローマ規程」に定められた「中核犯罪」、具体的にはジェノサイド犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪を処罰する規定がないという問題点についてだ。
 赤根さんによると、これらは「とても刑法では対応できない」ものだという。刑法では個々の殺人にしか焦点を当てることができないためだ。集団に対して行われるジェノサイドなどをしかるべき罪として位置づけることができていない現状では、世界標準からかなり遅れていると赤根さんは指摘する。

 日本はあの昭和の戦争の悲惨を味わって以来、まさか自分の国が大量殺りくなどの犯罪に関わったり、巻き込まれたりすることはないだろうという意識に染まっていたのかもしれない。その認識を改め、日本にこうした法体系を設けることは、世界に対するメッセージにもなるし、万一そうした不穏な動きが出てきたときのための抑止力にもなる。

 赤根さんの勇気ある言動を、「世界で活躍するすばらしい日本人女性」と拍手喝采して終わりでは意味がない。彼女が肌身で感じる危機感をどれほど真剣に捉えるか。それは外交を主導する日本政府だけでなく、立法府である国会にとっても極めて重要だ。そして我々一人ひとりにとっても、どれだけ自分ごととして受け止めるかが問われている。
 
(2026年8月31日)
 

 

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