臆面
2023年11月26日

写真1

 ネコは、変に群れないからいい。
 とても超然としている。この日のコタローは、空き箱のへりにあごを乗せてじっとしていた。孤高な生き物だ。だから、ネコが派閥を作るという話はあまり聞かない。

 一方、人間は派閥が好きで、やたらと群れたがる。少なくとも、派閥を作る心理は理解できてしまう。政治の世界で、派閥が幅を利かすのも道理なのかもしれない。
 しかし、派閥があまり前面に出て来る政治はいただけない。
 自民党の5つの派閥(政治団体として総務省に届け出ている)で、政治資金パーティー収入の記載漏れが発覚した。大きな問題だ。だが、僕がもっと首をかしげたのは、派閥という存在に対する自民党議員たちの「臆面のなさ」である。

 派閥は必要悪だと、僕は思う。平成の初め、政治改革をめぐって永田町も世論も大騒動になっていた頃、諸悪の根源とされたのが自民党の派閥だった。
 当時、派閥のボスは絶大な権力を誇った。力の源泉はカネの配分とポストの差配だ。そこが問題の温床となるのは毎度のことと言える。当時、最大派閥・経世会(竹下派)の金丸信会長(元自民党副総裁)にまつわる巨額な不正献金、蓄財事件を経て、政治とカネにまつわる国民の政治不信は頂点に達した。

 痛手を負った自民党は、1993年(平成5年)の衆議院選挙で過半数を割り込み、野党に転落した。いまの岸田文雄首相が初当選したのがこの選挙だった。つまり岸田さんは、野党暮らしから議員生活をスタートしたことになる。
 だから、知らないはずはない。政治不信にさらされた当時の自民党への逆風の強さを。派閥という存在がどう批判されたかを。岸田さんは、宏池会(宮沢派)の幹部だった父親の故岸田文武氏のもとで秘書を務めた経験もあるのだから、なおさらのことだ。

 ところが、先日の衆議院予算委員会の答弁は、僕には意外だった。
 岸田さんは、宮沢派の流れを引き継ぐ「宏池政策研究会」という派閥の会長である。野党議員が、派閥の政治資金記載漏れの問題を批判し、「現職の総理大臣なのだから、派閥の会長職を外れては?」と質したのに対し、「現職の総理で派閥の会長を続けて行った例は過去にいくつもある」と語気を強めたのである。
 それだけではない。経済再生担当大臣を務める新藤義孝氏は、現職閣僚である今も茂木派の事務総長を続けているという。

 それが僕には、「臆面」がないと映った。
 僕はかつて、小渕派(茂木派の前身)を担当するNHK政治部の記者だった。前述した経世会のスキャンダルは、金丸会長の後継をめぐる派閥内の抗争へとつながった(こう書くと昔の任侠映画みたいだが、確かに似ている)。そして経世会は分裂し、大ざっぱに言うと、分かれた半分はやがて自民党を離脱し、残った半分が小渕恵三氏をトップとする小渕派となった。
 党内最大から、規模で4番目の小さな派閥となった小渕派は、「政策集団」という顔で再生を図ろうとした。毎週、派閥の総会とともに政策勉強会を開いた。所属議員が得意分野をレクチャーしたり、外部講師を招いてその話に聞き入ったりしていた。

 派閥が本来、党内の権力闘争の基地であり、装置であることに変わりはない。だから「政策集団」と気張ってみたところで、額面どおりに受け止めるのは無理があった。ただ、この派閥から総理大臣となった橋本龍太郎氏、小渕氏(いずれも故人)は、政権を預かる立場になると派閥を離れた。
 形式上の話ではある。だが、せめてもの「臆面」はあったのである。

 「臆面」。辞書で調べると、「気後れした顔つき」という意味である。「臆面もなく」という使われ方をする場合、その人の行為が、いけしゃあしゃあと図々しく映っている。開き直っているようにも見える。
 岸田首相の答弁しかり、政治資金収支報告書の記載漏れしかり。そういうところから国民は自民党長期政権の奢り(おごり)を感じ取るのではないだろうか。

 自身の経験から言えば、派閥の取材は面白かった。掘れば掘るほど見えて来る人間模様と権力闘争の生々しさ。記者としては実に興味深い取材テーマだ。
 今となっては赤面する思い出もある。経世会の分裂騒動のさなか、夜のラジオ番組から、「記者に電話で中継解説してほしい」と、報道局政治部に依頼があった。当時の自民党キャップは、一番若い僕を指名し、好きに話せと言ってくれた。
 キャスターが、「露骨な権力闘争、国民不在ですね」と同意を求めてきた。僕は「陳腐な誘導だな」と感じてへそを曲げ、「政治家は権力を取ってなんぼです。私は権力闘争そのものを批判するつもりはありません」と生意気なコメントをした。後で番組側から「国民感情を分かっているのか」と苦情が来たが、キャップは笑ってやり過ごし、「お前、度胸あるな」とからかった。
 今となっては未熟も甚だしい。取材対象に肩入れしてしまい、なるほど僕は国民感情が分かっていなかった。

 こうした経験も経て、国民感情を多少は分かるようになった僕は、やはり、派閥の活動は控えめであるべきだと思う。仲良しサークルでいてほしい、などと気色悪いことは言わないが、派閥が幅を利かす党内の権力闘争を、世の中が面白がる気風など、とっくに失せている。せめて、後ろ指を指されるようなカネ集めは、金輪際やめてほしい。

写真2

 我が家には、コタローと小夏という2匹のネコがいる。3匹目は飼わない。
 人間は、3人寄れば派閥ができるという。2対1で多数派を形成しようとするからだ。ネコの場合も同じかどうかは分からないが、家では派閥争いなど見たくない。だから3匹目は飼わないつもりだ。たぶん。

(2023年11月26日)

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