中くらいなり
2021年11月01日

めでたさも 中くらいなり おらが春 (小林一茶)

いきなり江戸時代の名句を紹介したのは、「オレは文学に詳しいんだぜ」とひそかに自慢したかったわけではない。実際、大学時代は文学部の国文学科だったのに野球ばかりしてゼミにもろくすっぽ出なかった僕が、俳句を語る資格などないのだが、開票作業が進む中での岸田総理大臣の表情を見て思い浮かんだのがこの句だった。
実は、番組の中で紹介しようかと思ったのだが、踏みとどまってよかった。頭に浮かんだのは「よろこびも 中くらいなり おらが春」という言葉で、とっさのことで「めでたさも」の部分を間違っている。すんでのところで無教養がバレるところだった。

きのう(10月31日)投開票が行われた衆議院選挙。正直に言うとこの選挙、誰が勝者で誰が敗者なのか、うまく整理できない。結果がぼんやりしたまま宙に浮かんでいるのだ。

開票が進みつつあった夜10時前、岸田総理が自民党本部に姿を見せた。候補者の一覧が記された大きなボードの前に立ち、当選が決まった候補者の名前にバラをつけていく。おなじみの光景。特別番組「選挙ステーション」でその映像を紹介しながら、「あまり笑顔がないな」と思った。「いや、本当は自民党が順調に議席を伸ばしそうで嬉しいのに、わざと引き締めているのかな」とも思った。

というわけで、岸田総理との中継インタビューがつながると最初の質問で、「バラをつけながらあまり笑顔がなかったようですが」と質問を振ってみた。「いや、そんなことありませんよ。当選が決まった人の名前にバラをつけるわけですから嬉しいに決まっています」との答え。深読みしすぎたかな。

しかし考えてみれば、この段階での岸田さんにとって、まだ喜ぶにも悲しむにも早すぎるのは自然なことだ。投票が締め切られてからまだ2時間。いまは報道各社の出口調査の精度が高くなっているから、与党である自民党と公明党の獲得議席は全議席の過半数である233議席を超えることは見えていた。岸田総理が掲げた勝敗ラインをクリアしたことになる。自民党単独でも過半数を取ることはほぼ確実と言えた。
だが、開票はまだ始まったばかりであり、接戦となっている選挙区は多い。岸田さんとしては確定的なことは言えるはずもない。
しかし、ここだけはきっぱり言った。「政権選択の選挙ですから、与党で過半数をいただけば、国民に信任をいただいたものと考えております」。引き続き責任をもって政権を担っていくという覚悟の表明である。

4時間に及んだ「選挙ステーション」は日付が変わるところで第一部が終了。僕はとりあえずお役御免となった。出口調査による当初の予測通り、自民党は単独過半数を超えようとしている。一方、共産党などと協力して野党候補の一本化を図り、政権交代の選択肢を示したかった立憲民主党は伸び悩んでいた。
スタジオを出てドーランを落とし、スーツから普段着に着替えて近くのビジネスホテルに宿をとった僕は、その後もホテルの部屋で開票速報番組に見入った。
自民党の甘利幹事長が小選挙区で敗北した。これは党の屋台骨を揺るがす出来事である。そして開票速報というものは、見る側にとっては日付をまたいだこのあたりからが興味深い。小選挙区で敗れた候補が、比例代表で復活するのかしないのか、小選挙区比例代表並立制という複雑な選挙制度のなせるドラマ。開票最終盤で息を吹き返す候補者、消沈する候補者。悲喜こもごもである。
甘利幹事長は惜敗率が上位だったおかげで、比例代表で復活当選した。しかし、選挙を主導する責任者にはふさわしくないということだろう、甘利氏が幹事長職を退く意向を固めたという速報が流れた。
このあたりで寝てしまった。

結果は自民党が選挙前から15議席減らして261議席。政権交代を掲げた立憲民主党は14議席減らして96議席。自民・立憲両党に飽き足らない層の受け皿となったのは日本維新の会で、選挙前の4倍近い41議席を獲得した。
維新には大きな風が吹いたが、与党の自民党、野党第1党の立憲民主党はいずれも議席を減らした。
翌朝の朝刊は、「自民 単独過半数」とでかでかと見出しを掲げているものもあれば「自民伸びず 過半数は維持」と抑え気味のところもある。「立憲惨敗」という厳しい見出しと「立憲後退」と事実のみの見出しもある。
誰が勝者で誰が敗者なのか。立憲が振るわなかったのは確かだが、夜が明けて朝になっても、結果をどう評価すべきかは相変わらずぼんやりしたままだ。

あら何ともなや 昨日は過ぎて 河豚汁 (松尾芭蕉)

大学時代、ほとんど講義に出なかった国文学科劣等生の僕だが、この句はよく覚えている。
河豚汁は「ふぐとじる」と読む。芭蕉は晩年の「奥の細道」に代表される「わびさび」の境地に入る以前、日常生活の中の滑稽さなどを五七五にまとめた俳諧の詠み手でもあった。
きのう、毒があるフグをおっかなびっくり食べたが、きょうになってみたら全然何ともないことであるよ、くらいの意味である。

選挙を終えたきょう、少しそんな気分になる。だが、芭蕉翁には失礼ながら、きのうの衆議院選挙をこの句に重ねるべきではないだろう。
新型コロナで傷ついた人たちは、今回の一票にどのような思いを込めたのだろう。地球温暖化が進んで地球が悲鳴を上げる中、この上なく不透明な未来を生きていく若い人たちは政治にどのような期待をかけたのだろう。
自民・公明を与党とする日本政治の姿は変わらなくても、中身は時代とともにアップデートしてもらわなければ困る。政治が努力を怠っていないか、厳しく見極めていくのが私たちの仕事である。

もう若くないからか、早く目が覚める。朝起きて、ここまでつたない文章をつづってまだ午前9時すぎだ。きょうは遅めの出勤だから時間はまだたっぷりある。
散歩に出よう。六本木から芝の増上寺あたりに出て、東京タワーでも見上げてこよう。

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(2021年11月1日)

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