先週末、被災地を訪れました。
宮城県の石巻、南三陸、気仙沼。
今までテレビや新聞などの報道で目にしてきた光景ではありますが、
実際にその場に立ってみると、あまりのむごさに言葉も失うほど、圧倒されます。
石巻市。被災した門脇小学校前。
南三陸町。右に見えるのは防災庁舎。
津波の被害を受けた町を歩いていると、
「がれき」と呼ばれているものたちが「瓦礫」でないことがわかります。
食器棚に整然と並んでいただろう、藍の模様の入った和皿の破片。
物干し竿に掛かったままなぎ倒され、泥だらけになった、クリーム色のエプロン。
幼稚園児ぐらいの女の子がおねだりして買ってもらったのでしょうか、
ピンクのかわいらしい縁取りのある、人気のキャラクターポーチ。
お父さんが大事に大事に取っていたのであろう、ビニールがかかったレコードの欠片。
のどかな漁師町の、のどかな生活の記憶が、
無残にかき乱され、一瞬にしてさらわれていったことが
痛ましく伝わり、胸がきゅぅと絞られるような居た堪れない思いに包まれました。
「3カ月経ってもうずいぶん片付いて。最初は電柱も道路も、なかったものですから」
南三陸町で出会った方はそう明るい声を出しておっしゃいました。
今回初めて町を訪れた私には、とても「片付いて」いるように見えません。
それだけに、震災直後、いかに凄まじい様相が広がっていたかが伺えます。
役所の方によると、復興計画とそれに伴う予算が見通せない中、
闇雲に復旧するわけにいかず、次の一歩がなかなか踏み出せないのだそうです。
それでも、お会いした皆さんは、心の中は少しずつ片づけて整理しようと、
明るく前を向こうとされていました。
さまざまな思いや困難や苦悩を乗り越えようとしている皆さんの
強さと勇ましさと、その裏にある哀しさを感じます。
被災地の方々の静かな奮闘を、
町の匍匐前進のような復興を、
お伝えし続けなければ、と心から思っています。