メトロノームの振り子の先に、目。
「どうなのよ」と挑発的にも、
「こっちを見て」と耽美的にも、
「だめ」と教条的にも感じられるまなざしに誘われ、
思わず足を止めてしまったのでした。
ニューヨークのMOMAに所蔵されている、
マン・レイの作品です。
ダリやピカソとともにシュールレアリズムの一時代を築いた
20世紀を代表する芸術家のひとりです。
物象、事象を嘲笑しつつ、愛しむようなマン・レイの作品は、
「ものの見方は一つじゃないんだよ」「それがすべてじゃないんだよ」と、
凝り固まったように見えた思考の空きスペースを開拓してくれるような気がして好きです。
と、わかったようなことを言っていますが、モダン・アートって、
あまりにも発想が明後日どころかしあさってあたりの方向を向いていて、
私も思わず「訳がわからん」と呟いてチーンとなってしまいがちなんです。
でも、表面ではそう突っぱねながらも心の奥で何かが疼くあの感じ、なんなんでしょうね。
思いがけない胸騒ぎやカタルシスを自分の中に連れ込んでくれるあの感覚。
訳がわかっていないはずなのに実は訳がわかっているんじゃないか、という。
あれこそがアートの醍醐味だと勝手に思っています。
そんな疼きに、会社の廊下で出会いました。
疼いたのは、私だけでしょうか。