出会いは、大学生のころ。
メディア論という授業で講師をしていた新聞社のカメラマンに連れられ参加した
展覧会のオープニング・セレモニー。
まわりを取り囲み、ひっきりなしにお祝いの言葉を述べるたくさんのお客さんの真ん中に、
その画家はいた。
白髪交じりのもしゃっとした髪の毛に、ラフにはだけた青い麻のシャツを着て、
おいしそうにワインを飲むその人は、顔をくしゃくしゃにして笑っていて。
話していると、こちらも自然と笑みがこぼれる。
コタツみたい、と思った。その人を中心に、空気がぬくぬくしていた。
からだいっぱい、明るくて、温かくて、楽しい。
それが第一印象。
社会人になって、銀座の画廊で開かれていた個展に足を運んだとき、再会。
それからというもの、フラメンコ鑑賞だったり、
ライブ・ペインティングの手伝いだったり…。
ユニークな体験を、たくさんさせてもらったな。
去年の夏休み、アトリエのあるマドリードを訪れた時のこと。
美術館やバルめぐりに連れて行ってもらいながら、
いろんな話をした。
闘牛について。スペイン人について。美術について。
順風満帆、綺麗なことばかり、というわけでは決してなかったけれど、
ひたすら明るく、足元は軽く、
それでもたぎるような情熱をおなかの底に抱えて生き続けてきた、
画家の人生について。
当時、仕事やプライベートに悩みを抱えていた私は、
誘われるように、いつの間にか苦しい胸の内を吐き出していた。
私の悩み事を真剣な顔をしてじっくりと聞いたあと、
画家は「甘いな」とつぶやいて、
背中をバンと叩いて、大声で笑った。
なあ、聞いたかい?大したことねえよ、なぁ?と、
神様に語りかけるように、そっくり返って。
つられて思わず一緒に笑っていた。
こんなに簡単に楽になれるんだ。そんな風に思った。
堀越千秋さんが亡くなった、との報せを受けたのは、
11月1日の朝だった。
67歳。癌だそうだ。
「もう会えない」
それだけで、ぽっかり、心の中に空間ができたようで。
いくつもの、根拠なき「また会える」に支えられて
ひとは生きているんだと思う。
それでもその朝、空を見上げたら、
突き抜けるような青空に綿のような雲が浮かんでいた。
いつも笑っていたあの人は、
きっと今日もどこかで、笑っているんだろう。
千秋さん。ありがとう。