ある週末の東京・有楽町。
入り口に飾られた旗の赤と黄色に胸をときめかせながら、
お店の扉を開けて廊下を進んでいくと・・・
あ。いた。
既に席についている2人と目が合うと、だれからともなく思わず吹き出し、
しばらく笑い転げて・・・ふぅ、と一息ついてからも、クスクス。止まらない。
10年ぶりの再会って、こんな感じなんですね。
何というか、みんな変わってないのに、変わっていて。
“ひと夏だけ”を濃密に過ごした友人たちと、長らくぶりに集まると、
こんな感覚をおぼえるものなのか、と。
幼馴染やかつてのクラスメイトとの再会とはまた一味違った感覚が、
なんだかとても新鮮でした。
ひと夏、というのは、大学2年の夏。
スペインのサラマンカという大学都市に、
ちょこっとだけ語学留学していたことがあるんです。
初日に空港で顔合わせをした仲間とはすぐ仲良しになって、
毎日いっしょに朝ごはんを食べて授業に出て、
お昼寝をして宿題して、夜な夜な街に繰り出して。
涙が出るほど不味かった寮の食事。
その代わりにお腹を満たすべく口にし続けたフライドポテトと、
広場の絶品リモンジェラート。(これで留学の間に5キロ太る)
結局スペイン人より一緒に留学していたイタリア人、アメリカ人、
台湾人とばかり交流していたこと。
敢えて日本の曲をと、毎日聴いていたレミオロメンの「アカシア」。
毎週末行った小旅行、バスの運転手さんのラテンすぎる運転。
街の小さな映画館で、がんばってスペイン語で観たニコール・キッドマンの映画。
面白い響きのスペイン語を見つけては笑い合ったこと。
短い期間だったけれど、毎日が非日常で、今もひとつひとつの記憶が鮮明なんです。
・・・と、思っていたのですが・・・。
再会した当時の仲間たちと話していると、どうも随所でかみ合わない。
あの黒髪の先生、可愛かったよね。
ん?髪の毛は栗色だった気が。
すらっと身長も高くて・・・
いや、結構小柄だったよ?
真夜中にさ、街の散策したよね、アメリカ人のグループと。
真夜中だったっけ?夕方だった気がするんだけど。
そんなことそもそもあったっけ?覚えてない。
あったよー!あれ?アメリカ人だったっけ、あの人たち。
ぽろぽろ・・・。
思い出が、こぼれていく・・・。
「記憶はウソをつく」という新書が昔、流行りましたよね。
ひとは無意識に記憶を書き換えながら生きている、というもの。
「思い出す」という作業は、かつて経験したことをそっくりそのまま「冷凍保存」して
それを「解凍」する、というようなプロセスではなく、
断片的な記憶をかき集めて、ストーリーを再構築する、という作業なんですって。
思い出す時点で加わる新たな情報や、その時の精神状態などが影響して、
記憶は姿を変えていくそう。
時に全く実際に起きていないことを、あたかも起きたかのように
記憶を一から作り出してしまうことも可能で、
こうした記憶と想起のメカニズムが、偽証や冤罪につながってしまう・・・というようなことも、
その本では紹介されていたような。
10年前のこととはいえ、
大切な大切なスペインでの思い出は、
繰り返し色々なところで自信満々に話してきたことでもあったので、
自分の記憶のあまりの曖昧さにたじろぐ、再会の夜でした・・・。
でも、特殊なメンバーで過ごした特殊な夏は、兎にも角にも楽しかった!
そこに関しては3人とも揺るがなかったので、
あのキラキラは、現実だった、はず。
あとからそんな風に振り返ることができる思い出を、
沢山作っていきたいものですね。