寒椿
2022年10月31日

01

 10月25日。生放送のスタジオにいながら、こみ上げるものがあった。51年前に起きた「渋谷暴動」の被告の初公判を伝えるニュース。そのVTRの最後に紹介された一句である。

 星一つ落ちて都の寒椿

 ハロウィンの喧騒に代表されるように、若い人たちが楽しげに行き交い、外国人観光客が物珍しそうにカメラを向ける今の東京・渋谷からは、想像もつかない事件があった。1971年11月14日。当時の革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派・警察が極左暴力集団に指定)が、東京・渋谷駅周辺で起こした暴動事件である。
 佐藤栄作内閣による沖縄返還協定の批准をめぐって国会審議が行われる中、米軍が駐留し続ける内容に反発した中核派は、渋谷での反乱暴動を呼びかけた。そして渋谷はこの日、火炎瓶や鉄パイプで武装した若者たちと、盾を手にした警察の機動隊員たちとが激しく衝突する事態となった。
 
 この暴動で、21歳の若き警察官が命を奪われた。新潟の佐渡島出身。新潟中央警察署から派遣された機動隊員・中村恒雄さん(巡査・殉職後2階級特進)である。犯行に加わったひとりの証言によると、中村さんは暴徒に鉄パイプで激しく殴打された挙句、油を注がれ、火炎瓶を放たれた。残虐極まりない殺され方だったという。

 事件の主犯格と目された大坂正明被告は2017年、46年に及ぶ潜伏の末に広島市内のアジトで発見、逮捕された。そしてこの日の東京地裁での初公判となった。
 大坂被告は「無実であり、無罪です」と主張。弁護側は冒頭陳述で、「指紋やDNAなどの物証はなく、客観的な証拠はない」と述べたほか、「被告は暴動に参加はしたものの、殺害の実行行為の現場にはいなかった」とした。

 この日の初公判。東京地裁前では支援者たちが、「我々は闘うぞ!最後まで闘うぞ!」
とシュプレヒコールを繰り返していた。戦う対象は何か。無実だからか。米軍駐留を認めた沖縄返還協定か。それとも、権力という巨大な壁そのものなのか。
 公判を傍聴した井澤健太朗アナウンサーによると、傍聴席からは「大坂さんがんばれ!」という掛け声や拍手が起きるなどして、裁判官が制止する場面もあったという。大坂被告の意見陳述では、事件と関係のない政治的な主張も多かったそうだ。

 1960年代後半から70年代にかけての日本は、学園闘争や街頭闘争が各地で繰り広げられた時代だった。
 日本は高度成長期にあった。ベビーブーム世代の若者のエネルギーが溢れかえっていた。それは社会の経済成長の土台にもなったし、一方では日米同盟一本槍に突き進む当時の政権や、旧態依然とした大学運営への不満となって噴出した。
 僕が幼い頃に見たテレビ報道として記憶しているのが、1969年の安田講堂事件だ。東京大学のシンボル・安田講堂に全共闘の学生が立てこもり、警察の機動隊と激しく攻防戦を繰り広げた。闘争は全国の大学に広がっていた。
 まだ小学一年生だった僕にはよく意味が分からなかったが、若さというエネルギーが止めることのできない奔流となり、時にそれは人命をも脅かすという現実だけは、胸に刻み込まれた。
 
 渋谷暴動から半世紀余りを経た初公判は、そのときの記憶が呼び起こされるものではあった。だが、セピア色に変色もしていた。かつての闘士なのだろうか、東京地裁の前で声を上げ続ける人々は、高齢者が目立った。
 僕がまだ駆け出しの記者として岡山県警を取材していたころ、ある中堅の警察官が、僕に語ってくれたことがある。自身もまた若き機動隊員だったとき、同僚とともに岡山から東京の大学闘争の現場に派遣された。そのとき、同僚の警察官は、学生からの投石によって重篤な傷を負ったそうだ。
 「その理想がどれほど高邁なものかはわからないが、暴力は人の命を奪う。自分はあの暴徒化した学生を今も許す気持ちになれない」。

 警察官は危険を伴うことを自覚して任務に就いている。しかし、警察官という記号として生きているわけではない。渋谷暴動で亡くなった中村恒雄さんには、中村さんとしての人生があり、未来があったはずである。警察官なら襲われても仕方ないという理屈など通っていいはずがない。

02

 星一つ落ちて都の寒椿

 中村さんが殺害された場所に建てられた慰霊碑に刻まれた一句だ。事件の後、同じ新潟の警察職員が詠んだとされる。「星一つ」とは、駆け出しの警察官として、巡査という階級で命を落とした中村さんを指している。
 寒椿という言葉に惹かれた。寒椿は冬の季語だが、新潟の人には、椿という花に特別な感傷があるように思う。新潟県の県木は雪椿だ。作者は寒椿という季語に、故郷のイメージも重ねたのではないか。花弁がぽとりと落ちるような、命の不条理とともに。
 僕も新潟の出身だから、そんな気持ちを抱いたのかもしれない。

(2022年10月31日)

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