セイジ戦隊参上!
2025年05月24日

 その時、隊員たちは当たり前のように、スタッフルームの一角に集った。報道ステーションの「セイジ戦隊」のディレクターたちである。
 5月21日、失言によって引責辞任を余儀なくされた江藤拓前農水相の後任に、小泉進次郎氏を充てる人事が明らかになった。「セイジ戦隊」(あくまで任意の集まりである)は、今にも変身ポーズを決め、赤や青やピンクや黄色や緑のコスチューム姿となって駆け出しそうな勢いだ。それほどにこの人事は、政治取材を得意分野とするディレクターの、心の琴線に触れるものだったのだ。

 江藤前大臣は生粋の「農林族」として知られた人で、コメ政策に明るく、熱血漢でもあった。価格高騰が止まらないコメの値下げのために、政府備蓄米の放出に踏み切ったのはこの人の決断だった。しかし、価格は一向に下がらず、そこに「私はコメを買ったことがない」という例の失言である。引責辞任の流れは確実となった。
 辞表提出が確実となった晩、僕と報道ステーションのスタッフたちは後任の予想を語り合った。
「政策通で、これまでも任期途中で助っ人を務めた閣僚経験のある人かな」
「齋藤健さん?林芳正さんとかも…」
「林さんは現職の官房長官だから無理じゃない?」
「いや、兼務ということだってあるかもよ」
「だったら石破さん自身が兼務したりして」
「さすがにそりゃないか」

 そして、ふたを開けてみれば後任は小泉氏だった。小泉氏と言えば知名度抜群、一方で昨秋の自民党総裁選挙では石破氏と戦った人物である。コメ高騰のさなか、農水相の後任に就くとなれば、火中の栗を拾うような役割と言えるが、もし事態に風穴を開けることができれば、小泉氏は大きく株をあげることになる。
 ピンチをチャンスに変えようという石破首相の意志を表す人事だ。石破氏にとっても、総裁選で一敗地にまみれた小泉氏にとっても、浮沈をかけた賭けである。こうなれば敏感な報道ステーション「セイジ戦隊」の面々が、じっとしていられないのは当然なのである。

 「戦隊」の面々が構成を練り上げたこの夜の放送では、江藤氏更迭のパートは既報のこととして短くまとめ、それより、石破・小泉ラインが取り組むコメ農政の今後に焦点を定め、分厚く伝えることにした。この日、石破首相は小泉氏に対し、備蓄米取引への随意契約の導入という新たな具体策を授けていた。また、国会の党首討論の場では、これまで続いてきた事実上のコメの減反から、増産へと大転換する方針を示すなど、ニュースの素材には事欠かなかったのである。

 番組終了後、「戦隊」ディレクターたちは、伝えるべきポイントはすべて伝えたと充実した面持ちを浮かべ、普段のいで立ちに戻り、街の雑踏へと消えていった。だが、事態はその後も息つく間もなく動くことになる。
 小泉農水相は、就任2日目にして、政府備蓄米を小売業者に直接「随意契約」で引き渡す仕組みをほぼ整えたという。そして、5キロあたり全国平均で4千円を軽く超えるコメの価格を、備蓄米に限っては2千円ちょうどで店頭に並べて見せると宣言した。
 スピード重視の切り込み隊長・小泉氏の挑戦は功を奏すのか、それとも思ったほどの効果が出ずに消費者の厳しい批判にさらされるのか。将来的に安値に傾くことを警戒するコメの生産農家たちの理解は得られるのか。「戦隊」のメンバーたちにとっても気が抜けない日が続く。

 実は報道ステーションという番組には、この「セイジ戦隊」に限らず、多様な戦隊的個性を持ったディレクターたちが存在する。
 ウクライナの戦争や、トランプ関税といった問題がニュースの核として浮上すると、いつの間にか「コクサイ戦隊」が集結し、国際問題の専門知識と飽くなき探求心で物事の本質をあぶり出してくれる。不幸にも日本中を震撼させる事件などがあれば、「ジケン戦隊」が速やかに行動を起こす。そして徹底した現場の地どり取材によって、ぎりぎりまで粘って目撃証言などをかき集めてくる。「こんなインタビュー、どうやって取ったんだ?」と、オンエア中に驚かされることも珍しくない。
 これにとどまらず、「ケイザイ戦隊」や「イリョウ戦隊」、「ブンカ・ゲイノウ戦隊」(特にカタカナで書く必要もないのだが)なども質の高いVTRを仕上げて来るし、棋士の藤井聡太さんが破竹の勢いでタイトルを獲得したときは、あっぱれ「ショウギ戦隊」の存在まで明らかになった。実に多士済々なのである。

 もちろん、こうしたディレクターも、人員配置の具合や「ネタ」の長短によって、いつも自分が得意な分野の制作ばかりを担当するわけではない。
 ところが、報道ステーションという番組のすごい所は、どのディレクターも、それぞれの得意分野を持ちながら、いかなる分野にも対応できるユーティリティ・プレイヤーであるというところだ。きのうは盗賊の雲霧仁左衛門の一味にいながら、きょうはさりげなく必殺仕事人の仲間に加わっている、とでもいうべきか。
 そして、大災害などがあれば、誰もが同じ方向に向かって一糸乱れず緊急報道にまい進する。それは「戦隊」を越えた「連帯」の姿そのものである。

 そんなことを考えていたら、デスクのひとりが「きょうの放送でちょっと相談が」と言いながら僕のところにやって来た。ひとしきり打ち合わせを済ませると、「ところで」と彼は話題を転換した。「大越さんは、やっぱり政治ヘンタイですね」。
 漢字で書けば「変態」だが、それでは容赦なさすぎるので、ここはカタカナの「ヘンタイ」と表記しておこう。なるほど、僕は政治記者歴が長く、政治が動こうとしているときはテンションが上がりがちだ。だから、彼の言葉は一種の敬意の表れということで理解しよう。同時に、政治のみならず、もっとユーティリティなキャスターになろうとひそかに決意したのだった。
 ちなみに言い添えると、このデスクは、江藤氏の後任の農水相は小泉氏に違いないと言い当てた、数少ないひとりだったそうである。

(2025年5月24日)

  • mixiチェック

2025年5月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031