気合で2.5キロ
2024年12月01日

①

 新潟弁で「のめしこき」とは、何ごとにも面倒くさがりで、怠け者であることを言う。本来の僕は「のめしこき」そのものだ。
 1ミリも動かず、リクライニングのついたお気に入りのチェアに身体を沈め、テレビ(ネット配信のドラマであることも多い)から流れて来る画像と音声のシャワーを浴び続けるのは至福の休日だ。そんな時はスマホをいじることすらしない。

 そんな僕だが、いくつかは放ったらかしにできないものもある。仕事となればやはり休日でも出かけるし、こうして毎週のようにコラムを書くことももはや習慣化している。あえて分類すれば、比較的勤勉な方の領域に位置する「のめしこき」なのだろう。
 そんな僕に、球速130キロへの挑戦という、新たな課題が重くのしかかってきた。

 5か月前に1回目の放送をしたときは、好意的な評価を数多くいただいた。大学時代に投手だった僕が、60歳を超えた今、ピーク時にどれくらい近いボールを投げられるかやってみよう、という趣旨の企画だ。人生100年時代を元気に生きて行こうというメッセージでもある。
 この1回目の放送で106キロという球速が出た。ほぼぶっつけ本番だった割には速度が出ている。「こりゃいけるぞ」と感じた。すっかり前のめりになり、この企画「まだまだ続きます」と番組で宣言した。

 考えてみれば、この時すでに自分は課題を背負っていたはずだが、実際は気楽なものだった。久しぶりにボールを投げる幸せでいっぱいだったし、教えてもらったトレーニング方法を実践しさえすれば結果はついてくると楽観的だった。「のめしこき」だから、トレーニングをさぼる日も多々あったが、それは適度の休息と前向きにとらえ、自分の身体が130キロを向かってまっしぐらに研ぎ澄まされていく感じがした。

 そして迎えた計測の日。真っ赤なウェアを身にまとい、千葉県にある施設に向かった。十分にウォーミングアップをし、「2回目の挑戦で130キロを達成しちゃったら、番組としては面白みがないよね~」などとスタッフたちと軽口をたたいた。
 そしてボールを投げ始める。受けてくれるディレクターは本格的な野球経験者である。ミットはバシバシといい音を立てる。だんだん肩は温まってきた。

 「じゃあ、計測行っちゃいますか」と余裕をもって言い放ち、捕手に座って構えてもらった。投じたボールは気持ちよくミットに吸い込まれた。力の入れ具合で言えば8割くらいか。それでも前回よりはボールは走っている。まあ110キロちょっとかな。怠けながらではあるが、トレーニングで筋肉は若返り、フォームも良くなっているはずだしな。
 しかし、担当デスクのU君から響いた声は冷酷だった。「100キロです」。
 「何かの間違いでしょ」と言いたくなった。しかしこの施設は、複数台のカメラがボールを捕らえ、球速はもちろん、ITを駆使して回転数や球の軌道まで瞬時に算出できる本格的な機器が使われている。不平不満などとても言えない環境である。

 まあ、仕方ない。まだ8割だしな。
 ということで、次はもう少し力を入れてみる。そして、その次はもっと力を入れてみる。ところが球速は決まったように100キロを表示し、その上を行くことはない。焦りがつのってきた。130キロどころか、106キロを記録した前回にも届かないではないか。

②

 この企画のために、トレーニングの様子なども含めて撮影してきた。これまでに関わってきたスタッフの数は(冷やかしに来た人も含めて)両手の指でも足りない。場所代だってかかっている。この投球シーンは、僕という個人を越え、報道ステーションという番組全体の浮沈、さらに言えば全人類の期待がかかっているのだ(たぶん)。それなのにこの有様では、企画として成立しない。どうしよう。文字通り「課題がのしかかってきた」と実感したのはこの時からだ。

 何が足りないのか。「そうだ、気合いだ!」としか思い浮かばないのが、昭和のスポーツマンの限界ではある。だが、とにかく気合いしかない。
 投げる瞬間、「おりゃあ!」と思わず声が出た。102キロ。おお、声の分だけ球速が上がったぞ。もう一度「うおっしゃああ!」とさらに大きな声を上げて投げ込んだ。102.5キロ。計測画面を見ていたデスクのU君が「103キロ」と静かに言った。慈悲の心で四捨五入し、おまけしてくれたのである。
 球数は30球近くになっていた。僕は燃え尽きていた。真っ白な灰になった矢吹丈みたいに、その場にうずくまった。

 数日後、デスクのU君が僕のもとにやって来て、「まあ、とりあえずこれで1度放送してみましょう」とほほ笑んだ。なんだか後光がさして見えた。
 しかし、なかなか放送日が決まらない。世界野球プレミア12がニュースを賑わし、究極のパワーと技術を見せていた。これと同時期に放送したのでは視聴者にも迷惑というものかもしれない。しかも、結果が前回以下の103キロではどうにもオチがつけられず、制作担当者は苦しんでいるのかもしれない。

 しかし、企画は無事放送された。番組中に地震が起きて一度延期されはしたものの、とにかく一生懸命がんばる63歳の姿はオン・エアーされたのである。実際、オチはなかった。103とか106とか130とか、どこかニュースで聞いたような数字の壁にぶち当たっていることだけが、時代に呼応してしまっている。
 だが、ここで終わってはいけないのだ。また番組で宣言してしまった。「まだまだ挑戦を続けます」。

 「のめしこき」の僕は、この年末年始はほぼどこにもでかけず、ネットのサイトを見ながら、どのドラマを「イッキ見」しようかと今から思案中だ。一方で、まるで合宿さながらのトレーニングメニューも考えている。年明けからの僕は、まるで別人のようにきりりと引き締まった63歳として登場することになっている。あくまで予定だが。

 (2024年12月1日)

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