

僕が住む自治体では、段ボールの収集は隔週の金曜日と決まっているので、その日までとりあえず、空き箱はそのままベランダに置いておくことが多い。そこはすなわちコタローの寝床となり、春のうららかな日差しの中で、ずいぶんと長い時間を彼はウトウトと過ごしている。コタローを見ながら、こうしたゆっくりとした時間を大切にしなければならないと思った。特に今は。
「春眠暁を覚えず」と言う。穏やかな春はついつい寝過ごしてしまうという例えであり、若い頃は確かにそういう実感があった。だが、歳を重ねたせいか、眠りは浅く短い。特に最近は、連日重たいニュースが降りかかってくるだけでなく、番組のオンエアの最中に事態が急展開することも多く、身体を駆けめぐったアドレナリンのせいでなかなか眠れなくなる。
京都府南丹市の山中で、11歳の男子児童・安達結希さんが遺体で見つかった。結希さんの行方が分からなくなって以降、ひとりの少年の行方不明事案は、広く世間の耳目を集めた。
そして極めて残念なことに、不明から3週間余りが経った4月13日の月曜日、結希さんが遺体で遺棄されているのが発見され、この不幸な出来事は一気に事件化した。京都府警が結希さんの家に家宅捜索に入ったのがその2日後の15日水曜日だ。
事件は大きく進展した。15日の「報道ステーション」では、番組の開始早々に「父親の逮捕状請求へ」という一報が駆け巡った。その日の番組構成を急きょ変更し、結希さんの事件のニュースを大きく展開することになった。
埼玉県警捜査一課の元刑事で、いまは防犯などの啓発活動にあたっている佐々木成三さんにリモート出演してもらい、これまでの経緯についての分析や、今後の捜査の焦点などを聞いた。こうした場合、スタジオがそのまま取材現場となる。
そして父親の安達優季容疑者が、日をまたいだ16日未明に死体遺棄の容疑で逮捕された。
アドレナリンのせいだけではないだろう。その夜はなかなか眠れなかった。僕も3人の子の父親である。彼らが小学校高学年だった頃のことをどうしても思い返す。その年齢で命が、将来が失われる無念を思わずにいられない。
それでも、と目を閉じて考え直す。悲しく打ち捨てられる命がある一方で、自分はこうして平和と健康のうちに生きている。そのことに感謝しなければならない。自分には自分の役目があり、それは丹念にニュースを伝えることだ。そのためにも丹念な生活を心がけなければならない。深呼吸をし、しばらくすると眠りについていた。
毎日を丹念に生きよう。そう考えるようになったのは、あまりにもやるせないニュースが続いたからだ。悲しいことに、僕が「報道ステーション」のキャスターを務めるようになって以来、ずいぶんと理不尽なことが起きている。ロシアのプーチン大統領が身勝手な歴史観と領土的野心によってウクライナに侵攻してから、もう4年以上が経つ。翌年にはイスラム組織ハマスへの報復として、イスラエル軍がパレスチナ自治区のガザで容赦ない殺戮と破壊に乗り出した。
そして今回の、イランでの戦闘である。犠牲者は増え続け、当局の発表によれば、イランでは少なくとも3200人以上、親イランのヒズボラの拠点であるレバノンでも2300人近くに上っている。戦闘勃発後にインタビューをした駐日イラン大使は、開口一番、イラン南部で起きた女子小学校への空爆への怒りをあらわにした。小学校があるのは以前に軍事関連施設が置かれた場所であり、アメリカ軍の誤認による空爆だったと言われている。
だが、トランプ大統領から民間の犠牲者への哀悼や遺憾の言葉(この小学校の例に限らずだが)が述べられた記憶はあまりない。一方で「イランを石器時代に戻す」などと脅しの言葉には事欠かない。
この人の言葉を聞くたびにめまいがする。本当にアメリカという民主主義国家において、正当な選挙で選ばれたリーダーなのか。脈が乱れる。その都度、深呼吸して気持ちを整える。冷静に、丹念にニュースを伝えようと切り替える。その前提として、自分自身が丹念に、丁寧な日常を送らなければならない。
いまはつかの間の停戦中だ。それが継続するのか、それともアメリカがインフラ破壊などの大攻勢に打って出て、イランを屈服させようとするのか。17日の金曜日、イランのアラグチ外相が「条件付きでホルムズ海峡を全面開放する」と宣言し、両国の距離が縮まったかに見えた。これも放送中に入ってきた速報だった。
だが、トランプ氏が突き付けるハードルはむしろ高くなり、イランの革命防衛隊もそれに応じて強硬姿勢を崩さない。週末にも開かれるとされていた両国の再協議は、また霧の中に入ってしまった。
京都の死体遺棄事件では、容疑者は逮捕前の取り調べで、結希さんの首を絞めて殺した旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で明らかになっている。しかし、裏付け捜査はこれからだ。そして何より、なぜ結希さんの命が失われ、遺体を遺棄されるような事態になったのか。その犯行の動機の解明がなされなければならない。元刑事の佐々木成三さんが言う「デジタルとアナログの双方を駆使した捜査」は、これからもヤマ場が続く。
「丹念に」という言葉は、投手の心構えに関してよく使われる。自分が学生野球で投手を務めていたころ、「丹念に外角低めに集める投球」ができれば、相手打線を抑えることができた。逆に、力任せに投げてしまったときは必ずと言っていいほど打ち頃のボールになる。手から離れた瞬間に、「これは打たれる」と覚悟し、実際いつもその通りになるから不思議だ。
週が明けた。今週もこれらの重たいニュースに向き合い続けなければならない。感情に流されてスタジオワークを務めるのはプロの仕事ではない。丹念であり続ける姿勢が大切だ。毎日、適度な距離を散歩し、ストレッチングをし、程よく筋肉強化の運動を行うこともその中に含まれる。丹念に、丹念に。そう言い聞かせる日々がこれからも待っている。
(2026年4月20日)

