逃げる2月
2025年02月16日

 「2(に)月は逃(に)げる」と、昔の人が言っていたなと思い出し、調べてみると「1月は往(い)ぬる、2月は逃げる、3月は去る」という言葉の一部をとったものだという。つまり正月から3月までは行事が多く、あっという間に過ぎるものだ、というくらいの意味だそうだ。
 だが、雪国の新潟育ちの僕は勝手にこう解釈していた。1月は寒すぎて31日までがとても長く感じられるが、2月は寒いとは言っても28日(うるう年は29日まで)であっけなく終わってしまうので、やがてやって来る春を楽しみに待とうね、という意味だと。

 2月10日の月曜日、その前の週に休みをもらっていた関係で、ずいぶんと久しぶりだなと思いながら番組の打ち合わせに出ていると、気象コーナーのところでスタッフから報告があった。
 「今週は関東で春一番が吹く可能性があります」。
 これにはちょっと驚いた。なにせ、僕が休んでいた前の週、列島はずっと最強寒波に見舞われ、北陸や北日本を中心に降った大雪のニュースを、僕は家ではらはらしながら見ていたのだから。
 「これほどの寒波が居座って、まだ冬のど真ん中だというのに、春一番というのはちょっと早いのでは?」
 そんな僕の素朴な質問に、心優しい気象スタッフは微笑みを浮かべて答えてくれた。「2月4日ころの立春から、3月21日ころの春分までの間に、広い範囲で初めて強い南風が吹いた場合、気象庁が『春一番が吹いた』と判断する場合があるんです」。

 なるほど、そういうことだったのか。春一番は2月中旬でも十分ありうる話なのだ。生まれ育った雪国びいきが抜けない僕の体内時計はまだ冬にしがみついているが、関東という陽当たりの良い場所は、2月が「逃げる」間もなく、こんなにも早いタイミングで春一番が吹く可能性があるのだ。そう言えば、家の近くの公園では、もう2週間も前からロウバイが満開になっていた。強い香りを放つこの花は、春のさきがけでもある。

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 それにしても、逃げる2月に似つかわしく、どうにも心の落ち着かないニュースが多い。アメリカのトランプ大統領が繰り出す数々の大統領令は、どう扱うべきかいつも悩ましい。世界を相手に高関税を宣言してケンカを売ったかと思えば、紙製のストローはけしからんと人々の口もとにすら干渉する。
 そしてとうとう、ロシアとウクライナの停戦協議という難題にも、オレなら簡単さと言わんばかりの顔をして飛びついた。プーチン大統領と話をした結果、彼は戦争の終結を望んでいるそうだ。自分がプーチン氏のことを一番よく理解しているという。

 仮に今の米ロ首脳だけで停戦交渉を進めれば、ロシアが武力で占有したウクライナの領土は、そのままロシアが横取りすることになりかねない。僕の親しくしている元外交官は、「日本にとっての北方領土を思い起こさせる」と話していたが、そう言われて自分ごととして納得した。あってはならないことなのだ。
 その場合、トランプ氏が率いるアメリカはどうするつもりなのだろうか。ノーベル平和賞を夢見る大統領のもとで、ロシアが実効支配するドンバス地域から、レア・アース(希少金属)を安く仕入れる算段でもしているとすれば(していないと信じたいが)、まるで火事場泥棒だ。
 当のウクライナは、ゼレンスキー大統領が「頭越しの交渉は認められない」と怒った。ロシアの脅威を、少なくともアメリカよりは身近に感じているヨーロッパ諸国も、当然ながら同じ反応だ。

 しかし、ここでちょっと立ち止まって考えてみなければならない。
 戦場では毎日、命が失われている。本来何の関係もないはずが一方的にロシアに加勢させられた北朝鮮の兵士まで。そう考えると、トランプ氏が「戦争をやめさせよう」と動くことは、戦略がいかにお粗末なものであっても、その蛮勇をうまく活かすことができれば、膠着した事態を打開するきっかけになるかもしれない。
 今回トランプ氏がかき混ぜた渦が、物事を好転させる原動力となってほしいと願う自分がいる。ああ、だれかこの複雑な方程式に解を与えてくれないものか。いまだ厳しい寒さの中にあるあの大陸に、春を運んでくれる知恵者がいないものか。
 悩ましい2月である。

 そして、埼玉県八潮市で道路が大きく陥没した事故は、日本の地下インフラが耐用年数の壁に突き当たっていることを、連日、目の当たりにする思いだ。発生から2週間、最初の陥没地点の下水管から30メートルほどのところに、取り残されたままになっていた運転席がようやく確認された。その中に、安否不明の74歳の運転手がいる可能性がある。
 同時にこの日、穴の中であふれる水の量が一定程度抑制できているとして、県はこの下水道に関係する市町を対象とした節水要請を解除すると発表した。住民にとっては朗報のはずだ。お風呂だって食器洗いだって、これからは遠慮しなくていいのだから。

 ところが、住民たちの反応は僕の想像を超えていた。「まだ運転手さんが見つかっていないから」と、多くの人が口にする。「これからも節水には協力します」と。
 僕はなんだかジーンときて、「日本に生まれて良かった」と思った。日本は同調圧力が強い国と言われるが、今回の住民たちの声には、日本という国に住む人の根底にある、優しさやいたわりの気持ちがにじんでいるように思えたのだ。

 そんな気持ちで、スタジオに活けられた早咲きの河津桜を毎日見つめていた。月曜日にはつぼみだったのが、金曜日にはほぼ満開に近くなっていた。季節が着実に進んでいることを、スタジオの草木が必ず教えてくれる。

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 いや、ここでもいったん立ち止まらなければならない。この冬はやはり怖い。17日の月曜日から、またも寒波が北日本や北陸を覆いそうだ。すでに積もった雪の上に新雪が積もると、雪崩(なだれ)や落雪の危険が増す。しっかりと警戒を呼びかけなければならない。
 ちなみに、関東地方の春一番はまだ観測されていない。油断のならない2月である。

(2025年2月16日)

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