全然、眠くない。
いま、12月2日の午前6時すぎ。サッカー・ワールドカップのグループリーグ最終戦。日本が強豪スペインを相手に2対1の逆転勝利を挙げ、決勝トーナメント進出を決めた。素晴らしい勝利だ。ブラボー!
試合開始は、カタールの現地時間の1日午後10時。日本時間では2日の午前4時というしんどい時間帯でのキックオフだった。なんでこんな時間に…サッカー先進国であるヨーロッパの皆さんのゴールデンタイムに合わせたのかよ、などとぼやきつつ、しかし、仕事の上でも個人の楽しみの意味でも、やはり僕はこの試合を生で見なければならなかった。
前夜の報道ステーションの終了が夜11時過ぎ。帰り支度をし、簡単に翌日(つまり、今日である)の打ち合わせをして、帰途に就いた。そして時刻は0時前。「今からすぐに寝れば、4時前に目覚ましをかけても4時間は眠れる」と冷静に判断した。眠りと観戦のベスト・バランスを慎重に考慮しての結論である。
しかし、人間というものはそう都合よく眠れるものではない。しかも、仕事を終えたばかりのこの時間はまだアドレナリンが残っていて、スイッチを切るようにして眠りに落ちることは難しい。
なるべくスムーズに眠るにはどうすればいいか。熟慮の結果、まずは、部屋のテレビをつけないことにした。普段はリラックスするために、仕事の後は深夜のバラエティを見たり、ネットの動画を見たりするのだが、心の平静をいつもより早く取り戻すためには、視覚や聴覚を刺激することは避けたいところだ。
普段は考えられないルーティーン・チェンジ。こうした試みを決断すること自体、この僕も日本代表の戦いに加わっていると言えるのではないか。サムライブルーが目に染みるぜ。
いやいや、そんなことを考えて興奮すべきではない。
アルコールの助けを借りて、少々難しめの本を手に取ってベッドに入った。スマホのアラームを午前3時50分にセットして。
しかし、目が字面を追うだけで中身が頭に入らないばかりか、眠くもならない。
そこでもう少しアルコールの助けを借りたが、これが度を超すと、寝過ごして試合を見ることができないという最悪の事態に陥りかねない。もう一杯、と行きたくなるところをぐっと我慢し、電気を消してしっかりと目を閉じた。
なかなか眠れなかったことだけは覚えている。浅い眠りだったが、それでも2時間程度は眠ったはずだ。アラームが鳴る20分前にはパッチリ目が覚めた。こちらの気合はもう十分だ。
椅子に座って足を伸ばすといういつもの姿勢で、腕を組み(さすがアルコールにはもう手を出さず)、テレビ画面に見入る。だが、残念ながら前半、日本は見せ場が少ないまま、1失点を喫して折り返した。
焦りが募った。ああ、僕にできることはないのだろうか。
森保監督は後半、メンバーチェンジをしてくるはずだ。そこで僕もひとつ、チェンジをすることにした。椅子に座っていた姿勢をやめて、ベッドに横たわりながら試合後半を見ることにしたのである。僕はすでに興奮状態にあり、横になったとしても眠る心配はない。
狭い僕の部屋でできることは、絶叫することではなく、心の中で叫びながら、小さなルーティーン・チェンジに挑むことなのだ。
そして、何ということだ!この試みはさっそく功を奏した。
堂安選手のミドルシュートが炸裂して同点に追いついたかと思うと、三笘選手の必死のセンタリングから田中碧選手がゴールに押し込んだ。あっという間の逆転劇だった。ベッドの上で、思わずガッツポーズをとった。
よし、これでいける。実は、ベッドに横たわって腕枕をしながらテレビ画面を見る姿勢は、この部屋のベッドとテレビの位置関係上、長く続けるのはかなり大変なのだ。だが、この姿勢をほんのわずかでも変えるわけにはいかない。意地でもこの姿勢で行くのだ。トイレにもいかないぞ。しんどいけど。
ところが、ほどなく気になる情報が入ってきた。同時刻に行われたドイツ対コスタリカの試合で、コスタリカがドイツを2対1で逆転したらしい。僕は瞬時に脳みそをフル回転させた。もしコスタリカが勝利して勝ち点を6とした場合、日本はスペインと引き分けると勝ち点4でスペインに次いで3位となり、決勝トーナメント進出はかなわなくなる。
ドイツがコスタリカに負けることはないだろうとタカをくくっていた。だから、日本は引き分けでも決勝トーナメントに進むことができそうだ、などと甘い計算をしていた。そこにはもうひとつの罠があったのだ。
僕は自分を恥じた。引き分けではだめだ。勝たなければならないのだ。一瞬の安堵も許されない。これがワールドカップの現実だ!
そこで、僕はまたもルーティーン・チェンジをすることを決意した。ベッドを離れ、やはり椅子に座ることにしたのである。やっぱり、椅子に座って、足を延ばして見る方が楽だなあ。と、思う間もなく、ドイツはコスタリカを瞬く間に逆転してしまった。そうなると、勝ち点争いはどうなる?ドイツが勝って日本が引き分けると、今度は得失点差?頭が混乱した。
難しいことは抜きにして、要は勝つしかないのだ。気持ちがサムライブルーに染まった僕も、椅子に座って楽ちんだ、などと言っている場合ではないのだ。
姿勢を正して必死にゲームに目を凝らす。
そして、日本はとうとう、7分という長いアディショナル・タイムをしのぎ切って、見事に勝利した。文句なし、グループリーグ1位での堂々の決勝トーナメント進出である。
雄叫びを上げそうになった。しかし、朝6時前に絶叫して近隣迷惑になってはいけないと、瞬時に冷静な判断を下し、小さなガッツポーズに留めた。
さあ、二度寝しよう、と思ったが、アドレナリンがあふれ出て眠れそうにない。ということで、このコラムを書き始めたというわけである。
ここまで読んでくださった皆様、未明のおじさんの小さな戦いの記録にお付き合いくださり、ありがとうございます。アドレナリンが収まって、ようやく眠くなってきました。
朝7時を回った。朝食をたっぷりとって、眠るとしよう。すっきりとした顔できょうの報道ステーションに臨もう。きっと日本勝利の舞台裏を詳しく伝えることができると思う。
あれ?このコラムは「報ステ後記」という題名がついていたはずだ。これじゃ「報ステ前記」だ。
でもまあいいか。日本代表、おめでとう!
(2022年12月2日 朝)